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京都地方裁判所 平成元年(わ)339号 決定 1990年10月03日

主文

司法巡査尾崎良樹作成の昭和六三年七月二日付写真撮影報告書(検察官請求番号二〇)添付の写真七枚を証拠として採用する。

理由

一  司法巡査尾崎良樹作成の昭和六三年七月二日付写真撮影報告書(検察官請求番号二〇)添付の写真七枚(以下「本件写真」という。)の証拠能力について、検察官は、本件写真は、同巡査が、本件被告事件の犯行現場である京都大学教養部構内から病院に搬送された負傷者二名に対して事情聴取した際、犯人特定と負傷状況の証拠保全のために撮影したもので、証拠保全の必要性、緊急性及び方法の相当性が認められ、その撮影は適法なものであるから、証拠能力を有する旨主張し、これに対し、弁護人は、本件写真は、いずれも被撮影者の承諾を得ずして撮影されており、このような写真撮影が許容されるのは、最高裁判所昭和四四年一二月二四日判決・刑集二三巻一二号一六二五頁によれば、現に犯罪が行われ、もしくは行われたのち間がないと認められる場合であって、しかも、証拠保全の必要性及び緊急性があり、かつ、その撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行われる場合に限られるのに、本件写真の撮影はその要件を欠いており、憲法一三条、三五条に違反する重大な違法があるばかりか、これを排除しなければ、将来の違法捜査を抑制することが不可能であるから、証拠能力を否定されるべきである旨主張する。

二  当裁判所の判断

1  まず、一般論として、何人といえども、その者の承諾なしにみだりにその容貌、姿態を撮影されない自由を有することは、憲法一三条の趣旨に照らして明らかであるが、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけではなく、公共の福祉のためには、必要かつ最小限度の合理的な制限を受けることもまた、同条に照らして明らかである。右の法理に照らすと、いかなる場合に個人の容貌、姿態をその者の承諾なくして撮影することが許容されるかは、具体的事案に即して、その写真撮影がなされた目的、方法、態様、他の代替手段の有無等の捜査機関側の利益と、被撮影者が右の自由を侵害されることによって被る不利益とを、総合的に比較考量して判断されるべきである。そうだとすると、前記最高裁判決が写真撮影の適法性の要件として掲げるところは、一応当該事案における警察官の写真撮影が許容されるための要件を判示したものにすぎず、右の要件を具備しない限りいかなる場合においても犯罪捜査のための写真撮影が許されないとする趣旨まで判示したものではないと考えられる。

ところで、本件写真撮影は、後記のとおり、その目的が昭和六三年七月一日京都大学教養部構内で発生したいわゆる中核派構成員といわゆる革マル派構成員の対立抗争事件(以下「本件対立抗争事件」という。)の犯人の特定と、負傷状況の証拠保全にあったことが認められるが、本件の場合、負傷状況の証拠保全という点については、これを独立してそのための写真撮影の許容される要件を論ずるのは相当でなく、負傷状況が犯人特定の情況的証拠としての意味を有する限度において付随的に参酌すれば足りるものと考えられる。そして、当裁判所は、すでに行われた犯罪の犯人特定のための証拠保全を目的とした写真撮影については、①その犯罪が社会、公共の安全を確保する上で重大な事案であり、②被撮影者がその犯罪を行った犯人であることを疑わせる相当な理由のある者に限定されており、③写真撮影によらなければ犯人の特定ができず、かつ、証拠保全の必要性及び緊急性があり、④その撮影が社会通念上相当な方法をもって行われているときには、それが被撮影者の承諾なくして行われたとしても、比較考量上、捜査機関による写真撮影が許容される場合にあたり、憲法一三条、三五条に違反しない適法なものとして、その写真の証拠能力が認められると考える。

2  これを本件についてみると、証拠によれば、次の各事実が認められる。

(一)  本件写真は、上鴨警察署警備課勤務の前記尾崎巡査が、昭和六三年七月一日午後一時四七分ころから同日午後二時ころまでの間に、京都市内の浜田病院において、自称A及び同Bの両名を対象に撮影したものであること

(二)  同年五月三〇日及び同年六月二三日の二度にわたって、被告人の所属するいわゆる中核派と政治経済研究会ないしいわゆる革マル派とが京都大学教養部構内で抗争するという事件があったが、本件対立抗争事件はそうした右両派の対立抗争が繰り返される中で発生したこと

(三)  前記自称Aらは、いずれも本件対立抗争事件発生の直後に、傷の手当てを受けるため、救急隊によって右大学構内から前記病院に搬送されたこと

(四)  前記尾崎巡査は、上司の指示に基づき、右負傷者らが病院に搬送された直後の同年七月一日午後一時四七分ころ、本件抗争事件についての事情聴取を行うため、右病院に赴き、診療待ちのため廊下にいた前記自称Bに対し、警察手帳を示した上、負傷した原因、住所、氏名、年齢等を質問したが、同人は全くこれに答えようとしなかったこと

(五)  そこで、同巡査は、犯人の特定及び負傷状況の証拠保全の目的で、廊下にいた右自称Bの容貌、姿態の写真を三枚撮影するとともに、さらに、担当医師の許可を得て、治療中の同人の写真を三枚撮影したこと

(六)  また、同巡査は、前記自称Aに対しても同様の目的で、同人が治療室から廊下に出てきたところを、その容貌、姿態の写真を一枚撮影した上、自称Bに対するのと同様の事情聴取をしたが、右自称Aも一切答えようとしなかったこと

3  以上の事実に照らして、本件写真撮影が前示の適法要件を具備するかどうかについて検討すると、本件公訴事実は兇器準備集合罪ではあるが、その実態は、いわゆる中核派と革マル派の対立抗争事件であると認められ、対立抗争が激化すれば公共の平穏を害し、かつ、多数人の生命、身体に危害が及ぶ可能性が極めて大きいのであるから、社会、公共の安全を確保する上で、重大な事案であるというべきである。そして、前記のとおり、同じ京都大学教養部構内で過去二度にわたって同様の対立抗争事件が繰り返される中で本件対立抗争事件が発生し、その直後、本件写真の被撮影者である自称Aら両名が、傷の手当てを受けるため、救急隊によって同大学構内から浜田病院に搬送されており、かつ、前記尾崎巡査が同病院において右両名から事情聴取をするべく質問したが、いずれもこれに全く答えようとしなかったというのであるから、同人らが本件対立抗争事件で負傷したものと優に推認することができ、したがって、同人らが本件犯罪を行った犯人であることを強く疑わせる相当な理由があるというべきであり、しかも、本件写真の被撮影者は右の嫌疑のある両名に限られている。しかも、右両名は、前記尾崎巡査に対して、氏名、住所等を一切黙秘しており、同人らが病院に自己申告している氏名、住所が真実のものであるかどうか疑わしいため、同人らが治療を終えて病院を去ってしまうと、もはやその所在が分からなくなってしまう蓋然性は極めて高く、一方、本件写真撮影は本件対立抗争事件から約一時間後になされており、その間に右事件の現場において目撃者を確保するとともに、その者に協力を求めて、右病院に同行させ、自称Aらと面会させることにより犯人を特定する方法をとらなければならないとすれば、捜査機関に事実上不可能を強いることになるので、結局本件の場合、犯人を特定するためには、右病院において右両名の容貌等を写真撮影の方法によって証拠保全する以外に方法がなかったものというべきであって、右のような状況下では、その場で同人らの容貌等を写真撮影しておくことの必要性及び緊急性も肯認することができる。さらに、本件写真は、前記尾崎巡査が前記病院において撮影したものであり、そのうちの三枚は右自称Bの、一枚は右自称Aの容貌、姿態をそれぞれ同病院の廊下において撮影したもの、三枚は同人の治療状況を同病院の治療室においてそれぞれ撮影したものであるが、廊下における同人らの容貌、姿態の撮影については、病院の廊下が一般人の自由に立ち入れる場所であり、しかも、自称Bが一応手や衣服で顔を覆うしぐさをしたものの、右両名はそれ以上に本件写真撮影に対して異を唱えることなく、これを無視する態度をとっていたものであり、また、治療室における自称Bの治療状況の撮影についても、尾崎巡査は治療にあたった右病院の李医師から治療室への立ち入り及び同所での写真撮影の許可を得ており、右の治療は傷の手当て程度のものであって、その際、自称Bが写真撮影に対して異を唱えてもいないことから、いずれの撮影方法も社会通念上相当なものと認められる。

4  要するに、本件写真撮影は、罪名こそ兇器準備集合罪であるが、実質的には、公共の平穏を害し、多数人の生命、身体に危害が及ぶ可能性を有する重大事件の捜査のため、犯人特定の目的で、犯人であることが強く疑われる相当な理由のある者のみを被撮影者としてなされており、他に犯人特定のために代替すべき方法がなく、証拠保全の必要性及び緊急性があり、かつ、その撮影方法も社会通念上相当であるというべきであるから、被撮影者が本件写真撮影によって被る不利益を考慮しても、なお適法な写真撮影として許容されるものと解される。

以上の次第であるから、本件写真はいずれも証拠能力を有するものと認めて、これを採用することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 白井万久 裁判官 松尾昭一 釜元修)

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