京都地方裁判所 平成元年(ワ)2774号 判決 1991年4月12日
原告
山田一郎
右法定代理人親権者父
山田太郎
同母
山田花子
右訴訟代理人弁護士
國弘正樹
同
井上博隆
被告
京都市立東養護学校長
塩貝孝雄
被告
京都市教育委員会
右代表者委員長
大辻一義
被告
京都市
右代表者市長
田邊朋之
右三名訴訟代理人弁護士
香山仙太郎
主文
一 原告の被告京都市立東養護学校長に対する訴え及び被告京都市教育委員会に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告の被告京都市に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告(請求の趣旨)
1 被告京都市立東養護学校長(以下養護学校長という)が、原告が同月一〇日に提出した同校高等部平成元年度入学応募の入学願書を、平成元年一月一一日、受理しないとした処分を取り消す。
2 被告京都市教育委員会(以下教育委員会という)が、昭和六二年八月二七日、京都市立中学校長宛に発した発教特第七八号「心身に障害のある生徒の進路指導・就学指導について」と題する通知(以下本件通知という)を取り消す。
3 被告京都市は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決。
二 被告ら
1 被告養護学校長
(本案前の答弁)
(一) 原告の被告養護学校長に対する訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
(本案の答弁)
(一) 原告の被告養護学校長に対する請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
2 被告教育委員会
(本案前の答弁)
(一) 原告の被告教育委員会に対する訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
(本案の答弁)
(一) 原告の被告教育委員会に対する請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
3 被告京都市
(一) 原告の被告京都市に対する請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 原告
原告は、三歳児検診で「知恵遅れ」(精神薄弱者)の判定を受け、小学校入学時の就学時健康診断の結果及び適正就学指導委員会の相談結果が「特殊学校での教育が適当」であったが、親権者(両親)の選択により、義務教育期間を普通学級で教育を受け、京都市立大宅中学校(以下大宅中学校という)を平成元年三月に卒業した者である。
2 事案の経過
(一) 被告教育委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下地教行法という)三三条の規定に基づき、京都市立東養護学校(以下東養護学校という)の管理運営に関する規則(以下管理運営規則という)を定め、その中で、同校の目的、入学資格及び高等部への入学に関して次のように規定する。
(本校の目的)
二条 本校は学校教育法第七一条の規定に基づき、本市の区域内に住所を有する保護者(子女の親権者又は後見人をいう。以下同じ。)の子女である精神薄弱者に対し、小学校、中学校及び高等学校に準ずる教育を行い、併せてその障害を克服するために、必要な知識、技能を身に付けさせることを目的とする。
(入学資格)
三五条 本校に入学することのできる者は、次の各号に該当する者とする。
(1) 小学部、中学部にあっては学校教育法第二三条に規定する学齢児童または同法第三九条第二項に規定する学齢生徒、高等部にあっては同法第四七条に規定する高等学校入学資格を有する者
(2) 心身の障害が学校教育法施行令第二二条の二に規定する程度の精神薄弱者
(3) 本校の通学区域内に住所を有する保護者の子女
(高等部への入学)
三七条 高等部に入学しようとする者(編入学しようとする者及び転入学しようとする者を含む。)は、入学願書その他別に定める書類を学校長に提出しなければならない。
2 校長は、前項の入学願書その他必要な書類を資料として、入学者を決定する。
3 校長は、入学者を決定するに当たっては、教育委員会の行う入学指導の措置を経るものとする。
(二) 被告教育委員会は、昭和六二年八月二七日、事務局指導部長の名前で、本件通知を発し「京都市立白河、東、西養護学校(高等部)への進学に際しては、中学校二年次終了までに、養護学校中学部又は中学校特殊学級に在籍した者であることを条件」とする旨を職員及び保護者に周知徹底するよう指導した。
(三) 被告教育委員会と東養護学校は、平成元年度の同校高等部の生徒募集要項(以下募集要項という)を次のように定め、これを同年一月一日付「市民しんぶん」などで公表した。
(1) 応募資格
次の各号すべてに該当する者
ア 保護者の居住地が別表通学区域内にある者
イ 養護学校中等部(精神薄弱)または中学校特殊学級(精神薄弱、情緒障害)を昭和六四年三月に卒業見込みの者、または卒業した者
(2) 募集定員及び学科
ア 募集定員 第一学年三〇人
イ 学科 設置学科「普通科」
各教科、道徳、特別活動、養護・訓練およびそれらをあわせた指導を行ないます。
(3) 出願の手続
ア 願書の交付
出願に必要な書類は、在籍校、東養護学校または京都市教育委員会特殊教育課で交付いたします。
イ 出願の期間
昭和六四年一月九日から同月一一日の午前一〇時から午後四時まで
ウ 提出する書類
入学願書、報告書(在学または出身学校長)、調査書(保護者)
エ 願書の提出先
京都市立東養護学校(在学又は出身学校長を通して提出のこと)
(4) 入学相談
ア 相談日と相談場所
昭和六四年一月二一日 京都市立東養護学校
イ 相談内容
学習及び心理の検査、健康診断、面接(本人及び保護者)
(四) 原告は、昭和六三年一二月二七日、大宅中学校長に対し、東養護学校高等部の平成元年度入学願書の取寄せ及び応募書類の作成交付を求めたが、同校長は原告が中学校特殊学級に在籍しないことを理由にこれに応じなかった。
(五) 原告は、昭和六三年一二月二七日及び平成元年一月一一日、東養護学校に対し、高等部入学願書の交付を求めたが、同校教頭はこれを交付しなかった。
(六) そこで、原告は、東養護学校に対し、平成元年一月一〇日、「入学願書」と題する書面を作成して郵送し、同校高等部への入学応募の意思表示をした。
(七) しかし、被告養護学校長は、原告に対し、平成元年一月一一日、右の「入学願書」と題する書面を受理しない旨の意思表示をした。
3 入学願書不受理処分の違法
(一) 右の不受理の理由の一は、原告が、応募資格(前記2(三)(1))イ〔養護学校中等部(精神薄弱)または中学校特殊学級(精神薄弱、情緒障害)を昭和六四年三月に卒業見込みの者、または卒業した者〕(以下応募資格という)を欠くというが、この応募資格は、以下の点で違法である。
(1) 応募資格は、学校教育法七六条、四七条、管理運営規則三五条により入学資格を有する者を応募の段階で制限し、中学校卒業時に普通学級に在籍する知恵遅れ(精神薄弱)の障害者の養護学校高等部での教育の機会を奪い、知恵遅れが中学校卒業時に発見された者及び義務教育段階での教育の機会を普通学級とすることを選択した知恵遅れの障害者に対する不当な差別的取扱であって、憲法二六条一項、教育基本法三条一項に違反する。
(2) 心身障害者の福祉対策に関する国及び地方公共団体の基本的な責務を定めた心身障害者対策基本法は、一二条において障害者福祉施策のひとつとして障害児教育を位置付けており、中学校卒業後の障害児を対象とする福祉施設が少なく、事実上養護学校高等部のみが進路として限定されている実情からすると、現行の障害者施策の制度内において、原告に対し、被告教育委員会が取り得る唯一の行政施策は、保護者がそれを希望する限り、養護学校高等部への入学を認めることにある。
(二) 不受理の理由の二は、前記2(三)(3)エの手続(在学又は出身学校長を通して提出のこと)を満たさないというが、前記のとおり、原告の在籍学校長は応募手続を拒否し、東養護学校は、入学願書交付を拒否しているのであるから、被告養護学校長自らが原告の手続の履践を不可能とする状態を作り出しているのであって、行政手続における信義則に違反する。
4 本件通知の違法
本件通知は、従来、中学三年次に普通学級から特殊学級に変更した生徒にも養護学校高等部の応募資格を認めていた取扱を変更したもので、昭和六二年当時普通学級に在籍していた原告を違法不当に不利益に扱う処分である。
5 損害賠償請求(国家賠償法一条一項)
原告は、被告京都市の設置する大宅中学校長が、原告の入学応募の手続きを行なわず、被告養護学校長が、前記3に記載のとおり違法な応募資格の定めを根拠に原告の入学願書を受理しないとした行為によって、養護学校高等部で教育を受ける権利を違法、不当に奪われた結果、損害を受け、その損害は金銭に換算し金一〇〇万円を下らない。
6 結論
よって、原告は、被告養護学校長に対し、入学願書不受理処分の取消を、被告教育委員会に対し、本件通知の取消を、被告京都市に対し、国家賠償法一条に基づき、金一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。
二 被告ら(本案前の主張、本案の認否、主張)
1 本案前の主張
(一) 被告養護学校長(訴えの利益の不存在)
平成元年度の入学願書の受付期間は既に終了しているから、原告の被告養護学校長に対する訴えは法律上の利益がない。
(二) 被告教育委員会
(1) 本件通知は、行政機関相互の通達であって、直接に市民を拘束するものではないから、行政訴訟の対象となる処分ではない。
(2) 本件通知後、本訴提起までに一年を経過しているから、行政事件訴訟法一四条三項に照らし、原告の被告教育委員会に対する訴えは不適法である。
(3) 教育委員会には被告適格がない。
ア 本件通知の発信者は指導部長であり、被告は処分行政庁ではない。
イ 本件通知は、被告教育委員会が教育長に委任した事務に属する。権限の委任の場合において、受任行政庁のした処分の取消を求める訴えは、受任行政庁を被告として提起すべきである。
(三) 被告ら(応募資格の周知)
応募資格は、東養護学校高等部設置(昭和五三年四月)以来、募集要項に明記しており、「市民しんぶん」を通じて、毎年、市内全世帯に周知するとともに、関係保護者に対しては、在学中学校を通じて十分徹底している。とくに、原告の保護者に対しては、中学校一年時から中学校三年時に進級する前段階まで、校長、教頭又は教育委員会事務局職員が、随時説明している。原告の保護者は、その都度特殊学級への入級を拒否し、養護学校高等部への応募資格を得られないことを十分承知のうえで普通学級に在籍していたもので、原告は、養護学校高等部への入学応募資格を放棄したと解さざるを得ず、法律上の保護を受ける地位にない。
2 本案の認否
(一) (被告ら)
請求原因1及び2の事実をいずれも認める。
(二) (被告養護学校長)
同3を争う。
(三) (被告教育委員会)
同4を争う。
(四) (被告京都市)
同3、5を争う。
3 主張(被告ら)
(一) 応募資格の定めの適法性
(1) 入学者の選抜については、学校教育法施行規則七三条の一六第五項において養護学校高等部に準用する同規則五九条一項に規定されているが、その入学者の選抜方法(応募資格を含む)の決定は、地教行法二三条一号に規定する学校管理事務の一部として、当該学校を設置する地方公共団体の教育委員会が行ない得ると解されている。したがって、被告教育委員会として、義務教育段階の学校ではない養護学校高等部入学者の選抜において、選抜方法の一形態として応募資格に一定の制限を設けたとしても何ら違法ではない。
仮に、地方教育行政の事務が教育の外的事項の条件整備確立のみに限定されるとしても、入学者の決定方法については、通学区域、募集定員等と同様に、全市的視野に立って一定の基準を設ける必要があり、まさに外的事項に外ならず、教育委員会が行ない得る事務である。
(2) また、管理運営規則との関係では、本件の募集要項及び応募資格は、同規則四五条の委任規定に基づいて三七条三項の入学指導についての運用細目として教育長が決定したものであって適法である。
(二) 応募資格と入学資格の関係
管理運営規則三五条は、学校教育法四七条、七一条、七一条の二、同法施行令二二条の二に規定される養護学校高等部の入学資格を包括的に規定したものである。したがって、形式的にいえば、東養護学校の高等部に入学できる資格のある者は、養護学校中等部の卒業者のみということになる。これに対して、募集要項の応募資格は、「養護学校中学部、中学校特殊学級卒業者」としているのであって、養護学校中等部に加えて特殊学級で教育を受けた軽度の者をもすべて対象としているのであり、管理運営規則の定めよりも広い範囲の者に門戸を開いている。更に、中学校特殊学級卒業者について希望者全員を入学させている実態から言えば、実質的には何ら入学資格の制限にはあたらない。
(三) 応募資格限定の妥当性
仮に、応募資格が入学資格より狭い範囲であるとしても、以下のとおり、応募資格を養護学校中等部及び中学校特殊学級在籍者及び卒業者とすることは妥当である。
(1) 管理運営規則三五条に定める入学資格は、東養護学校高等部生徒としての身分を得るために必要な前提条件を規定し、同規則三七条の規定に基づいて行なわれる入学者の選抜における応募資格とは必ずしも一致しなければならないものではない。養護学校高等部は、義務教育と異なり、管理運営につき設置者の裁量に委ねられている部分が多く、当該高等部の設置目的等に基づき応募資格に限定をつけることにも問題がない。そして、養護学校高等部の設置義務は都道府県にあり(学校教育法七四条、地方自治法二条六項四号)京都市にはないが、京都府の設置する養護学校高等部が、被告教育委員会が管理運営について権限を有する義務教育諸学校で特殊教育を受けた者(養護学校中等部及び中学校特殊学級在籍者)の受入れに十分でないことから、被告教育委員会の施策として、京都市の設置する義務教育諸学校で特殊教育を受けたものに後期中等教育を保障することを趣旨として、養護学校高等部を設置しているものである。更に、養護学校高等部では、従前から定員を上回る入学を許可しており、これ以上応募資格を広げると、養護学校高等部の設置義務のない京都市は財源確保が困難であることから、優先して進路を保障すべきより障害の重い生徒の進路を狭める虞もある。そこで、一定の線引きも必要やむを得ないのであって、養護学校中等部又は中学校特殊学級に在籍の者を普通学級在籍の者よりも一般的には障害の程度が重いとみなして、一律にこれらの者について収容するという取扱をしているのである。
(2) 更に、盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領(昭和五四年七月二日文部省告示第一三二号)では、精神薄弱の養護学校高等部の学習内容は、養護学校の小学部及び中学部における教育内容を基盤とすることが定められ、東養護学校高等部の教育課程もこの学習指導要領を基準としており、この点からも、応募資格を養護学校中学部又は中学校特殊学級卒業又は卒業見込みとすることが教育上必要である。
(四) 大宅中学校長の応募手続きの不履行、被告養護学校長の入学願書不受理処分及び本件通知は、右のように適法な募集要項及び応募資格の定めに従いなされたものであるから、適法であって、これに違法性はない。
三 原告(本案前の反論)
(一) 訴えの利益
平成元年度の入学ができなくても、平成二年度以降の入学も可能であり、この点で、応募資格の回復を求める利益がある。原告の出願は、原告が明示的に撤回の意思表示をするまでは有効に維持され、これを受理しないとする被告養護学校長の不作為の処分は、受理されるまで継続する処分である。出願期間として定められた期間は、学校長による応募受理の制限期間ではない。
また、前記学校管理規則三七条は、「高等部に入学しようとする者(編入学しようとする者及び転入学しようとする者を含む。)は、入学願書その他別に定める書類を校長に提出しなければならない。」と定め、編入学しようとする者を入学しようとする者に含めているから、平成元年度入学の応募も、中途入学を当然に予定しており、入学願書受付期間を徒過しても平成元年度入学が不可能となるものではない。
(二) 通知の処分性
本件通知は、実質的には、当時中学二年に在籍していた原告を含む普通学級在籍の障害児に対し、中学校二年次終了までに特殊学級に移籍することを強制する不利益処分である。
(三) 出訴期間徒過の正当事由
原告の法定代理人親権者は、本件通知を昭和六四年一月まで知らず、かつ、本件通知が学校長宛で、公告等の一般人が知り得る手続きが取られていなかったから、知らなかったことにつき正当な理由がある。
四 被告ら(本案前の反論に対する認否)
(一) 被告養護学校長
本案前の反論(一)を争う。
(二) 被告教育委員会
本案前の反論(二)、(三)をいずれも争う。
第三 証拠<省略>
理由
第一事実関係
請求原因1(原告の障害)及び2(事案の経過)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
第二被告養護学校長に対する取消の訴え(訴えの利益の存否)
一原告は、原告がした入学応募の意思表示に対して被告養護学校長がした不受理処分は違法であると主張して、その取消を求めるが、<証拠>及び弁論の全趣旨によると、原告の右の意思表示は、「入学願書」と題する書面で、「一九八九年(平成元年)度京都市立東養護学校高等部入学者の募集に応募致します」として、平成元年の入学について応募する旨の意思表示をしたものであって、その入学対象学年の最終期限である平成二年三月三一日の経過により、平成元年度の入学は既にできなくなったものであるから、これにより、原告には、処分の取消により回復すべき法律上の利益のなくなったことが明らかである。
二原告は、平成二年度以降の入学についても、応募資格の回復を求める利益があると主張するが、平成二年度の入学資格は、本件の不受理処分の取消により当然かつ直接的に生ずるものではないから、これにより原告の訴えの利益を基礎付けるものにはならない。
三したがって、被告養護学校長に対する取消の訴えは、訴えの利益を欠き、不適法である。
第三被告教育委員会に対する取消の訴え
一行政訴訟で取消の訴えを提起できるのは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為であって(行政事件訴訟法三条一項)、行政庁の処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行なう行為のうちで、その行為により直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最判昭和三〇・二・二四民集九巻二号二一七頁、最判昭和三九・一〇・二九民集一八巻八号一八〇頁)。
二<証拠>、当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨によれば、本件通知は、教育長が教育委員会から委任を受けた権限に基づき(地教行法二三条五号、二六条、京都市教育委員会通則一三条[<証拠>])、教育長の下位機関である指導部長が各学校長に対してした指導であって、本件通知の内容は、教育委員会指導部長から各学校長に対し、心身に障害のある生徒の進路指導、就学指導をなす際に、1特殊教育分野では小・中・高の一貫した教育が重要であり、高等部以後の教育には義務教育段階で特殊教育を受けていることが必要であること、2(1の教育的見地から)京都市立養護学校(高等部)への進学に際しては、中学校二年次終了までに養護学校中等部又は中学校特殊学級に在籍した者であることを条件としていること、3心身に障害のある生徒の教育に関しては、適正就学指導委員会及び教育委員会特殊教育課と連携を保ちながら就学指導の推進に努めなければならないことに十分留意して指導を進めるよう注意を促すとともに、この留意点を、学校職員及び保護者にも周知徹底するように求めたものであること、原告の親権者である山田花子は、本件通知が発せられた後である昭和六三年一月二七日及び同年二月一二日、在籍していた大宅中学校長及び教育委員会職員らから養護学校高等部へ進学を希望するのであれば、三年次から特殊学級へ入級するよう説得されたが、これを拒否し、同年四月、原告は、三年次も、普通学級に入級し、そのまま普通学級を卒業したことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。
右の事実を総合すると、本件通知により、当時、中学校普通学級二年に在籍していた原告に対し、中学校二年次終了までに特殊学級に移籍することが強制されたものではないことが明らかである。
三したがって、本件通知は行政処分であるといえないのみならず、原告が現在右通知の取消により回復すべき法律上の利益がないことが明らかであるから、本件通知の取消を求める原告の訴えは、その対象である行政処分を欠き、かつ、訴えの利益を欠いた不適法な訴えとして却下を免れない。
第四被告京都市に対する賠償請求(国家賠償法一条一項)
原告は、違法な大宅中学校長の応募手続きの不履行及び被告養護学校長の願書不受理により損害を受けたと主張するので検討する。
一大宅中学校長の応募手続きの不履行
<証拠>、弁論の全趣旨、当事者間に争いのない事実によれば、大宅中学校長は、原告の親権者及び原告の代理人が、平成元年一二月二七日、東養護学校高等部の平成元年度入学願書の取寄せと応募書類の作成交付を求めたのに対し、東養護学校高等部募集要項の応募資格が中学校特殊学級又は養護学校中学部卒業と定められているから、中学校普通学級三年次に在籍していた原告はこれに当たらないと判断し、手続きをとらないと原告の親権者に伝えたことが認められ、これを覆すに足る証拠がない。
二被告養護学校長の願書不受理
<証拠>、弁論の全趣旨、当事者間に争いのない事実によれば、被告養護学校長は、原告の親権者が、平成元年一月一〇日、「入学願書」と題する書面を、東養護学校宛に郵送して、原告について同校高等部への入学応募の意思表示をしたのに対し、同月一一日、これを受理しないと意思表示をしたが、それは、原告に東養護学校の応募資格がないこと及び原告が募集要項に定められた在学学校長を通しての出願を行なっていないことを理由としたものであることが認められ、これを覆すに足る証拠がない。
三大宅中学校長及び養護学校長の過失(応募資格の定めの適法性)
原告は、違法な応募資格の定めにしたがった大宅中学校長及び養護学校長の行為には過失があると主張するので、以下、この点につき検討する。
1 <証拠>、弁論の全趣旨、当事者間に争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。
(一) 本件の募集要項(昭和六四年度京都市立東養護学校高等部入学者募集要項)(<証拠>)は、京都市教育委員会と京都市立東養護学校の名で作成されているが、その内容は、教育長が決定したもので、その1に応募資格として、次の各号すべてに該当する者(1)保護者の居住地が別表通学区域内にある者(2)養護学校中等部(精神薄弱)または中学校特殊学級(精神薄弱・情緒障害)を昭和六四年三月に卒業見込みの者、または卒業した者としている。
(二) 被告教育委員会は、右の募集要項の定めが適法であることの根拠として次のように解釈している。
(1) 制定権限
入学者の選抜方法(応募資格を含む)の決定は、地教行法二三条一号に規定する学校の管理事務の一部として、被告教育委員会が、行ない得る。そして、管理運営規則との関係では、同規則四五条の委任規定に基づいて三七条三項の入学指導の措置に関する運用細目として教育長が決定したものであって適法である。
(2) 応募資格と入学資格の関係
管理運営規則三五条は、学校教育法四七条、七一条、七一条の二、同法施行令二二条の二に規定される養護学校高等部の入学資格を包括的に規定したもので、形式的にいえば、東養護学校高等部に入学できる資格のある者は、養護学校中等部の卒業者のみとなるが、募集要項の応募資格はこれを広げたものである。
(3) 応募資格限定の妥当性
仮に、応募資格の定めが入学資格より狭い範囲であるとしても、入学資格は、東養護学校高等部生徒としての身分を得るために必要な前提条件であって、応募資格と一致する必要はない。養護学校高等部は義務教育と異なり、設置目的等に基づき応募資格に限定をつけることは設置者の裁量の範囲内である。そして、京都市教育委員会が管理運営について権限を有する義務教育諸学校で特殊教育を受けた者(養護学校中等部及び中学校特殊学級在籍者)の受入れのため、また、財源が限定され、受入れ人数が限られることから、養護学校中等部又は中学校特殊学級に在籍の者を普通学級在籍の者よりも一般的には障害の程度が重いとみなして、一律にこれらの者について収容するという取扱をしているものである。更に、盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領(昭和五四年七月二日文部省告示第一三二号)では、精神薄弱児の養護学校高等部の学習内容は、養護学校の小学部及び中学部における教育内容を基盤とすることが定められ、東養護学校高等部の教育課程もこの学習指導要領を基準としており、この点からも、応募資格を養護学校中学部又は中学校特殊学級卒業又は卒業見込みとすることが教育上必要である。
(三) そして、右の教育委員会の示す解釈、運用は、間接的にせよ養護学校高等部へ進学するためには、精神障害児童が、義務教育課程において特殊学級への編入を強いることにもなる点で、ノーマライゼーション(normali-zation・平準化の意)の趣旨にいささか悖るのではないかとの疑問が生じ、その政策的当否につき議論の余地がないとはいえないが(障害者権利宣言(3)、(4)項参照)、これが法律の明白かつ確定的な文言に反するものとはいえず、本件当時これと異なった行政解釈、通説・判例の存在、あるいは、右の解釈が明白に誤りであることを示す事実の存在は、これを認めるに足る的確な証拠がない。
(四) 原告は募集要項中の応募資格の定めは、学校教育法七六条、四七条、管理運営規則三五条により入学資格を有する者を応募の段階で制限するもので、憲法二六条一項、教育基本法三条一項に反し、また、養護学校高等部が原告の入学を認めないことは、心身障害者対策基本法一二条に反すると主張するが、高等学校について義務教育制度をとっていない我が国の教育制度の下では、入学資格を有する者の中から更に条件を付して高等学校入学応募資格を定めたとしても直ちに憲法二六条一項に反するものではなく、また、本件の応募資格の定めはその内容を検討しても、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上合理性のない差別を行なっていることが明らかとはいえないから教育基本法三条一項に違反することも明白であると認めることができない。更に心身障害者対策基本法一二条一項は、「国及び地方公共団体は心身障害者がその年齢能力並びに心身障害の種別及び程度に応じて、充分な教育が受けられるようにするため、教育の内容及び方法の改善及び充実を図る等必要な施策を講じなければならない。」と規定するのみで、個々の心身障害者の教育機関への具体的な収容義務を定めたものではないから原告の右の主張はいずれも認められない。
(五) <証拠>、弁論の全趣旨、当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められ、これを覆すに足る証拠がない。
(1) 昭和五四年一一月、原告の小学校入学前に就学健康診断を受けたが、原告は言葉による応答ができなかった。
(2) 昭和五五年一月から三月まで、前後七回に亘り学校、教育委員会係官が教育指導上必要であるとして、特殊学級への入級を勧めた。
(3) 昭和五五年三月二六日、原告の保護者(表記の原告法定代理人父母)は、特殊学級入級を拒否する旨の電話を学校に入れた。
(4) 同年四月、原告は大宅小学校普通学級に入学。
(5) 同年七月、原告は、学習内容の理解不可能で、授業中立ち歩く、教室の外へ飛び出すなどの行動があり、知的理解到達程度は三歳程度であったので、教育委員会の教育指導主事二名が、特殊学級入級を指導したが、父母はこれを拒否。
(6) 昭和五七年三月から昭和六一年三月まで、前後五回に亘り、教頭らが特殊学級入級指導をしたが、父母はこれを拒否。
(7) 昭和六一年四月、原告は、勧修寺中学校(後に大宅中学校が独立し、これに編入)に入学。同月から昭和六三年一月一八日まで、前後五回に亘り、中学校長らが、養護学校か、特殊学級への入学、入級を指導するが、父母は拒否。
(8) 昭和六三年一月二七日、野中常治(大宅中学校長)が、母に対し「養護学校高等部への入学を希望するならば、その資格条件である中学三年次の特殊学級入級は不可欠の条件である。」ことを説明して、特殊学級への入級を勧めたが、父母はこれを拒否。
(9) 同年二月一二日、右野中校長は、塩貝指導主事、福井障害児教育係長と共に、右(8)の趣旨を繰り返し説明し、三年から特殊学級へ入級することを強く勧めたが、母は「ここまで来た以上最後まで頑張る。中学後の進路は、共同作業所、職業訓練校も含め親の方で何とかする」といって、入級を拒否。
(10) 平成元年三月、原告は、大宅中学校を卒業し、父母は職業訓練校、就職先などを探したが、いずれも入学、就職ができず、本件養護学校高等部への入学を希望して、本件入学願書などを提出したが、これが受理されず、本訴を提起するに至った。
(六) そして、前記(三)の解釈に従えば、教育長の作成した募集要項は、教育委員会と所管の学校の関係を規律する行政規則である管理運営規則の委任に基づく、具体的な指示命令に当たり、前示(三)、(四)に認定、説示のとおりこの指示命令は違法といえず、まして、これが明らかに違法であるとは到底いえず、障害児の一貫教育指導の趣旨などから、それはそれなりの合理性もあるから、教育委員会の下位機関である大宅中学校長及び養護学校長に、その違法を予見認識する可能性がなく、また、前認定(五)の原告に対する小学校入学以降の指導経過に照らすと、同人らにこれに反する行動を求める期待可能性も乏しく、右指示命令に忠実に従った同人らの本件行為には、これを違法であることを予見認識すべき注意義務を怠った過失があると認めることができない。また、大宅中学校長及び養護学校長が、応募資格遵守の形式を借りて殊更に原告を害する目的をもって前記の行為をしたと認めるに足る特段の事情もないし、右の認定を覆すに足る証拠もない。
四被告養護学校長の信義則違反
原告は、大宅中学校長が原告に対して応募手続きを拒否し、東養護学校が、原告に対して入学願書交付を拒否したにもかかわらず、被告養護学校長が、在学学校長を通じて入学願書を提出するとの要件を満たしていないとの理由で、原告の応募の意思表示を受理しなかったことは、信義則に反すると主張するが、被告養護学校長と大宅中学校長とは、異なる学校の管理者であって、互いに相手の行為に拘束されて矛盾のない処分をすべき関係にはなく、また、被告養護学校長について、原告に対して入学願書交付を拒否したことと、原告の応募の意思表示を前示の理由で受理しないことはもとより矛盾する行為ではないから、原告の信義則違反の主張は失当である。
五したがって、その余について判断するまでもなく、原告の被告京都市に対する国家賠償法に基づく賠償請求は理由がない。
第五結論
以上によれば、原告の被告養護学校長及び被告教育委員会に対する訴えは不適法であるから、いずれもこれを却下し、被告京都市に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、行政事件訴訟法七条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官吉川義春 裁判官菅英昇 裁判官堀内照美)