京都地方裁判所 平成10年(そ)1号 決定 1999年6月18日
主文
請求人に対して金一〇四万円を交付する。
理由
一 本件請求の趣旨及び原因は、請求人代理人提出の刑事補償請求書記載のとおりであるから、これを引用する。
二 記録によれば、以下の事実を認めることができる。
1 請求人は、住居侵入・窃盗二件(以下「別件第一及び第二の各侵入窃盗事件」という。)の各被疑事実により逮捕(平成二年六月一五日。罪名表示は窃盗。)・勾留(執行日同月一八日。罪名表示は住居侵入・窃盗。)の上同年七月六日釈放され、同日、住居侵入・窃盗(以下「本件侵入窃盗事件」という。)の被疑事実により逮捕(罪名表示は窃盗。)され、勾留(執行日同月九日。罪名表示は住居侵入・窃盗。)の上、同月二七日、同事実を公訴事実として公訴を提起(当庁同年(わ)第七六三号)されたものであるが、さらに、同年九月五日、別件第一及び第二の各侵入窃盗事件を公訴事実として公訴を提起(当庁同年(わ)第八六〇号)されて、同日右各公訴事実により勾留され、同日、更に別件の窃盗(以下「別件第三の侵入窃盗事件」という。)の被疑事実により逮捕され、勾留(執行日同月七日)の上、同月二六日、同事実(ただし、牽連犯となる住居侵入が加わっている。)を公訴事実として公訴を提起(当庁同年(わ)第九五八号)されるに至った。
2 請求人は、当庁において右各被告事件につき併合審理を受けていたところ、平成九年七月二八日、京都地方裁判所は、本件侵入窃盗事件については無罪、その余については有罪(懲役三年、未決勾留日数中右刑期に満つるまでの分を算入。)とする判決を言い渡し、右判決のうち無罪部分については、控訴期間の経過により同年八月一二日に確定した。
3 この間、請求人は、平成七年一〇月二〇日、右各被告事件についての勾留執行停止決定により釈放され、右決定は、同年一一月一〇日に取り消されたが、同日、保釈されたため不拘束状態が継続され、その後、平成九年七月二八日、右各被告事件についての勾留がいずれも取り消されたため、請求人は、右判決に至るまでの間、右各被告事件について身柄を拘束されたことはなかった。
三 判断
1 前記認定事実によれば、請求人は、刑事訴訟法による通常手続において無罪の判決を受けた者であり、平成二年六月一五日から平成七年一〇月二〇日までの一九五四日間、未決の抑留又は拘禁を受けたことが明らかである。
(一) このうち、平成二年六月一五日から同年七月六日までの二二日間のうち、末日の同年七月六日を除く二一日間については、別件第一及び第二の各侵入窃盗事件の被疑事実のみで身柄拘束を受けている。
(二) 次に、同年七月六日は、別件第一及び第二の各侵入窃盗事件の被疑事実による勾留と、本件侵入窃盗事件の被疑事実による逮捕とが重複している。
(三) 第三に、同年七月七日から同年九月四日までの六〇日間(うち未決勾留日数五八日)については、本件侵入窃盗事件のみを理由として身柄拘束を受けている。
(四) 第四に、同年九月五日から平成七年一〇月二〇日までの一八七二日間は、<1>別件第一及び第二の各侵入窃盗事件の起訴後の勾留、<2>本件侵入窃盗事件の起訴後の勾留、並びに<3>別件第三の侵入窃盗事件の被疑事実による逮捕と、これに引き続く起訴前及び起訴後の勾留の三つが並列的になされている。
2 そこで検討すると、まず、1(一)については、請求人は別件第一及び第二の各侵入窃盗事件につき有罪となっているから、刑事補償の対象外であるが、このうち、同年六月一八日から同年七月五日までの一八日間は、未決勾留日数として本刑に算入し得るものである。
また、1(二)については、有罪となった別件第一及び第二の各侵入窃盗事件の捜査と、無罪となった本件侵入窃盗事件の捜査の双方のために利用されたと解されるが、右各事案の性質・内容やその後の各事件の審理状況等に照らせば、この一日が、有罪となった別件第一及び第二の各侵入窃盗事件の捜査と、無罪となった本件侵入窃盗事件の捜査のために利用された割合は、二対一であったと認められる。
さらに、1(三)については、もっぱら無罪となった本件侵入窃盗事件の捜査及び審理のために利用されていたものと考えられる。
最後に、1(四)については、前記のとおり、有罪となった第一ないし第三の各侵入窃盗事件による起訴前及び起訴後の身柄拘束と、無罪となった本件侵入窃盗事件による起訴後の身柄拘束とが並存していたものであるが、弁護人は、無罪となった本件侵入窃盗事件のほか、別件第一から第三までの各侵入窃盗事件についても無罪を主張して争っており、かつ、これら四つの侵入窃盗事件は、いずれも事案が類似していることなどからすれば、この間の身柄拘束は、これら四つの侵入窃盗事件の捜査及び審理のために、同様の比率で利用されたと解されるから、有罪となった別件第一及び第三の各侵入窃盗事件の捜査及び審理と、無罪となった本件侵入窃盗事件の審理のために利用された割合は、三対一であったと認められる。
3 ところで、被告人は、前記判決で、懲役三年の刑を受け、その刑に満つるまで未決勾留日数が算入されているから、刑事補償すべき未決の抑留又は拘禁の期間の算定上、この分の一〇九五日(一年を三六五日で計算)を、同期間から控除すべきであるが、一個の裁判によって併合罪の一部について無罪の裁判を受けても、他の部分について有罪の裁判を受けた場合は、補償の一部又は全部をしないことができるとする刑事補償法三条の趣旨にかんがみれば、本件のように本刑に未決勾留日数の一部が算入された場合、刑事補償すべき未決の抑留又は拘禁の期間の算定上、本刑に算入されたとの理由で補償すべき期間から控除すべき未決勾留日数は、請求人が刑事補償を請求するという観点から最も不利益な取扱いを受けるべき部分から順に有利な取扱いを受けるべき部分に遡るのが相当である。
(一) 本件において、本刑に算入し得る未決勾留日数としては、1(一)の一八日、同(二)の一日、同(三)の五八日及び同(四)の一八七二日の合計一九四九日がある。
(二) このうち、 1(一)の一八日については、およそ刑事補償の対象となり得ないから、まず、右一八日を本刑に算入すべき未決勾留に充てることになる(一般的な刑事訴訟の実務では、起訴前の未決勾留日数を本刑に算入することは少ないが、本件では事案の性質上、これが全部本刑に算入されたものとして請求人に有利に取り扱う。)。
(三) 残る1(二)から(四)までの未決勾留については、いずれも無罪となった本件侵入窃盗事件の捜査及び審理にも利用されたものであるが、その利用された割合は、同(四)が最も低く(四分の一)、同(二)がこれに次ぎ(三分の一)、同(三)が一番高い(一〇割)。
(四) そして 前記のとおり、無罪となった本件侵入窃盗事件の捜査及び審理に利用された割合が低ければ低いほど、請求人が刑事補償を請求する上で不利益な取扱いを受けるのであるから、刑事補償すべき未決の抑留又は拘禁の期間の算定上、本刑に算入されたものとして控除すべき順序は、1(四)、同(二)、同(三)となる。
よって、前記(二)で控除した一八日の残余一〇七七日(1095-18=1077)は、同(四)の一八七二日のうちから充当すべきことになる。
(五) その結果、刑事補償すべき未決の抑留又は拘禁の対象となり得る期間としては、1(二)の一日、同(三)の六〇日(逮捕を含む。)、及び同(四)のうち本刑に算入された未決勾留日数の残余の七九五日(1872-1077=795)となるところ、このうち、1(三)は、その全部が無罪となった本件侵入窃盗事件の捜査及び審理に利用されているが、同(二)及び同(四)については、無罪となった本件侵入窃盗事件の捜査及び審理に利用された割合は、前述のとおり、それぞれ三分の一、四分の一とみるべきものであるから、次の算式により、結局、二六〇日分(小数点以下切上げ)が刑事補償すべき未決の抑留又は拘禁の対象となる。
60+1/3+795/4=(約)259.083
4 そして、本件侵入窃盗事件については、被告人宅にあった米袋には賍物と同じ記載があったことを被告人自身が公判廷で認めていること、捜査官による証拠収集過程の違法を理由に証拠が排除されたため、本件侵入窃盗事件が無罪となったこと、その他、請求人の年齢、請求人が無職であったこと等、刑事補償法四条二項にいう一切の事情を考慮し、右二六〇日の未決の抑留又は拘禁について、同法四条一項所定の補償金額の範囲内である一日四〇〇〇円の割合で算出した金一〇四万円の補償をするのが相当であると認められる。
四 以上のとおりであるから、刑事補償法一六条前段により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 榎本 巧 裁判官 松田俊哉 裁判官 宮本博文)