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京都地方裁判所 平成10年(ワ)1092号 判決 2001年9月20日

主文

1  被告は,原告に対し,670万円及びこれに対する平成13年3月31日から支払済みまでは年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを3分し,その2を原告の,その余は被告の各負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,2073万1815円及びこれに対する平成10年5月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告の従業員である原告が,被告に対し,女性であることを理由に差別を受けたとして,不法行為に基づき,差額賃金相当の損害金や慰謝料等の支払を求めている事案である。

1  争いのない事実等(証拠によって認定する場合は証拠を示す。)

(1)  当事者

ア 被告は,昭和36年9月15日に設立された,主には株式会社大阪ガス(以下「大阪ガス」という。)の指定工事会社としてガス配管工事請負並びにこれに関連する器具の販売・設置等を業とする資本金3000万円の株式会社である。

会社組織は,総務部・営業部・住設部・設備部・建設部に分かれている。従業員は,現業員(工事士)約60名,職員(監督,営業,事務など)約30名(従業員のうち女性は7名,残りは全て男性)である。

イ 原告は,昭和24年4月28日生まれの女性であって,広島県立農業短期大学を昭和46年に卒業後,昭和50年4月に立命館大学経済学部に入学し,昭和56年3月同大学業後,同年5月6日に被告に入社した。

原告は,同日から総務部管理課に配属され,内管の精算業務を担当した。当時の制度改革に伴う資材管理の新システムの下で,精算とコンピューターによる在庫管理を主な業務としていたが,昭和61年6月1日から建設部に配転され,同部の精算及び積算業務に従事して現在に至っている。平成10年4月に同部係長に昇進した(乙17)。

(2)  被告における男女賃金の差

ア 被告の賃金決定方法

給与支給時に職員に配布される支給明細書上,職員の賃金は「基本給」と「各種手当」からなる。

また,夏・冬には,賞与が支払われていた。賞与の額は,各人の基準内賃金に労使間で協定された一定の率を乗じて算出する方法を採られており,賞与について,査定は行われていない。

イ 原告の賃金中の基本給及び賞与を,原告と同期入社の男性社員の訴外P1のそれと比較すると,両者間には,別紙「賃金比較表」記載のとおりの差が存在する(甲19,弁論の全趣旨)。

2  争点

(1)  原告と訴外P1との間に,問題となるような賃金格差(以下「本件賃金格差」という。)が存在するか。

(2)  本件賃金格差は,原告が女性であることを理由とする差別によるものかどうか。

(原告の主張)

本件賃金格差は,原告が女性であることを理由とする差別によるものであり,憲法14条及び労働基準法4条に違反し,かつ男女平等原則という公序に違反するから民法90条に違反して,不法行為を構成する。

また,同一価値労働同一賃金原則にも違反する。更に,①ILO100号条約②国際人権規約A規約7条③国連女性差別撤廃条約11条1項(d)の直接或いは間接適用により,女性労働者に対する貸金,労働条件などの差別的取扱はこれらの条約違反として違法となり,本件賃金格差は不法行為を構成する。

(被告の主張)

本件賃金格差は,原告が女性であることを理由とする差別によるものではない。

(3)  消滅時効

(被告の主張)

原告が主張する損害のうち,本訴提起(平成10年4月27日)の3年以上前の分は,消滅時効が成立しているので,これを援用する。

(4)  本件賃金格差により生じた損害額は幾らか。

(原告の主張)

原告には,本件賃金格差により,①平成2年4月から平成13年3月までの差別賃金相当額の1393万1815円,②慰謝料500万円及び③弁護士費用180万円相当の合計2073万1815円の損害が生じた。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件賃金格差が存在するか。)について

上記争いのない事実等(第2の1の(2)のイ)のとおり,平成2年4月から平成13年3月までの訴外P1の給与総額は,5431万6630円であり,原告のそれは,4046万9415円であって,その差額は1384万7215円である。また,原告の同給与総額は被告のそれの75パーセント弱である。

したがって,本件賃金格差が存在すると評価できる。

2  争点(2)(本件賃金格差は,原告が女性であることを理由とする差別によるものであるかどうか。)について

(1)  証拠(甲3ないし11,14ないし18,20ないし22,32ないし48,原告本人,弁論の全趣旨。枝番のある書証は枝番を含む〔以下,同様である。〕。)によれば,原告の建設部で担当する職務内容は,概ね①積算業務②検収(精算)業務③大阪ガスとの連絡,折衝④その他の業務に分かれ,その具体的内容は次のようなものであると認めることができ,また,原告は,いずれも,それらの処理に関し,その知織と理解等に基づいて,重要な役割を果たしていると認めることができ,これらの認定を覆すに足りる証拠はない。

① 積算業務

見積入札と経費率入札の2つのケースがあり,いずれの場合も,発注元から来る入札工事に関する「指令書」と「設計図面」に基づき,「工事費用単価基準」等を用いて,工事代金見積金額或いはその経費のカット率を算出する業務である。

② 検収(積算)業務

検収業務は,ガス配管工事を施工した後に,工事に実際にかかった労務費,用いた材料の実費等を算出し,大阪ガスに支払の請求をする業務であるが,原告が相当する職務の中で最も大きな比重を占める。大阪ガスとのオンラインMSCSによる工事費用の請求までの一連の検収業務(現場写真のチェック,竣工図面の作成,施工報告書等の作成,工事精算実績書・見積書の作成,供給管工事の検収業務等)は,工事完了後20日以内に処理される取り扱いとされている。

③ 大阪ガスとの連絡など

工事の受注が決定後,大阪ガス購買部からの,工事内容の変更に伴う見積書の再度の作成などの依頼は,原告に連絡が来る。

④ その他の業務

土砂入替・残土処理月間集計表,外注費の振替伝票等の各種書類の作成及び地域住民からの電話による苦情への対応をする。

(2)  証拠(乙1ないし3,9,10,17,証人P2,同P3,弁論の全趣旨)によれば,訴外P1の①経歴と②職務内容の概略は,次のようなものであると認めることができ,また,訴外P1は,同職務を格別な問題もなく処理しているものと認めることができ,これらの認定を覆すに足りる証拠はない。

① 経歴

昭和23年7月24日生まれの男性であり,高校卒業後他の職業に就いていた。

昭和56年5月20日 被告に入社。建設部に所属

平成2年10月  建設部係長に昇進

平成5年4月   同部課長補佐昇進

平成10年4月  同部課長に昇進

なお,訴外P1は,入社時,被告の業務については経験がなかった。

② 職務内容

ⅰ 施工前業務

資料等による事前調査をし,大阪ガス工事担当者・他工事会社・官公庁との打ち合わせ,現場調査や地域でのPR活動をする。

ⅱ 行程管理

施工班等の手配,材料の調達,工事士との作業内容の打ち合わせ,現場での立ち会い,資材置き場・残土処分地の確保や工事騒音等に対する苦情・事故等への対応等をする。

ⅲ 現場間の移動

現場に行くために車で移動するが,その途中,大阪ガス及び官公庁等に各種書類を提出する。

ⅳ 各種書類の作成

大阪ガスへの提出書類の作成や工事出来型図等の作成をする。

ⅴ 会議への出席

監督者会議等への出席ををする。

ⅵ 資格取得への指導

工事士が各種試験を受験するに際し,工事仕様書に基づいて,その指導をする。

ⅶ 大阪ガスのパトロールに随行・立会をする。

(3)  以上の原告と訴外P1の各職務の遂行の困難さにつき,その(ア)知識・技能(イ)責任(ウ)精神的な負担と疲労度を主な比較項目として検討するのに,証拠(甲42,証人P2,同P3,原告本人,弁論の全趣旨)を総合すれば,それの困難さにさほどの差はないもの,すなわち,その各職務の価値に格別の差はないものと認めるのが相当である。

被告は,原告の職務の中には,判断力を要せず,資料に基づいて当てはめをすればよいものがあるとか,被告取締役建設部長P4が判断し,その指示と監督の下に原告が補助的な職務をしているに過ぎない旨主張し,P4部長も,証人として,当法廷でこれに沿う証言をしているが,同証言は,原告が担当している仕事の具体的な内容について十分な説明ができていないと評価できるのであって,原告本人の当法廷における供述と対比して採用できない。

その他,被告の主張に即して検討しても,上記判断を左右しない。

(4)  証拠(甲14,20,原告本人,弁論の全趣旨)によれば,次の事実を認めることができ,これを覆すに足りる証拠はない。

ア 被告の就業規則(甲14)には,事務職と監督職は同じ事務職員に含まれている。

イ 被告では,男性社員は一定の社内経験後,監督見習いとなり,その後監督の試験に合格すれば監督となることができるものであるところ,訴外P1も採用時点では監督職の経験も資格もなく,上記方法で監督職となった。

女性社員である原告は,本人の意欲や能力に関わりなく,監督になることができる状況にはなかった。

(5)  以上を前提に,本件賃金格差は,原告が女性であることを理由とする差別によるものであるかどうかについて検討する。

以上認定の,①原告と訴外P1とは同期入社であり,年齢は原告が昭和24年生まれで(第2の1の(1)のイ),訴外P1は昭和23年生まれであって,ほぼ同じであること②被告の就業規則(甲14)には,事務職と監督職も同じ事務職員に含まれていること③被告では,男性社員のみ監督となることができ,女性社員である原告は,本人の意欲や能力に関わりなく監督になることができる状況にはなかったこと④原告と訴外P1の各職務の価値に格別の差はないものと認めるのが相当であることからすると,本件賃金格差は,原告が女性であることを理由とする差別によるものと認めるのが相当である。

そうすると,本件賃金格差は,労働基準法4条(男女同一賃金の原則)に違反して違法であり,原告の主張するその余の法的責任根拠を検討するまでもなく,被告は,原告に対し,民法709条(不法行為)に基づき,生じた損害を支払う義務がある。

3  争点(3)(消滅時効)について

証拠(甲28,29,32,証人P2,同P3,原告本人,弁論の全趣旨)を総合すれば,昭和59年以来,原告は,被告に対し,賃金の男女差別の是正を要求していたことが認められるところ,原告としては,その是正を被告との交渉で実現しようとしたことは十分に理解できることであって,この是正の期待ができなくなったときに,損害回復のための権利行使が実現化すると考えるのが相当である。そうだとすると,平成9年10月に,原告が大阪地方労働委員会にあっせんを申請し,同年12月に被告がこれを辞退し,その後本件訴えが提起されたものと認められるので,上記の平成9年12月をもって,原告の本件に関する損害回復のための権利行使が実現化したものと解すべきであり,その意味で,損害の発生を認識したのは,同年12月であると認められる。そして,原告が,本件訴えを提起したのは,平成10年4月27日であることは記録上明らかであるから,本件につき,消滅時効は成立していないことになる。

4  争点(4)(本件賃金格差により生じた損害額は幾らか。)について被告は,原告に対し,本件賃金格差を生じさせた不法行為により,原告に負わせた損害を賠償すべき責任があるところ,原告が負った損害は,差別がなければ支払われたはずの賃金額等ということになる。①そして,原告は,その差額賃金として,訴外P1の賃金との差額を主張する。しかし,上記2のように,原告と訴外P1の各職務の価値に格別の差はないものと認めるのが相当ではあるが,賃金の決定の要素は,それだけではなく,その個人の能力,勤務成績等諸般の事情も大きく考慮されるものであるところ(証人P3,弁論の全趣旨),全証拠によっても,その点の両名に関する事情が十分に明らかにされているとはいえないので,これを考慮し,その損害(原告にその立証責任がある。)を控えめに算出すべきである。

そうすると,上記の点を考慮し,原告が女性であることを理由とする差別がなければ原告に支払われたはずの賃金額は,訴外P1の上記1で認定した給与総額5431万6630円の概ね8割5分に相当する4610万円と認めるのが相当である。

以上のことからすると,賃金額に関して原告に生じた損害は,上記4610万円と上記1で認定した原告に支払われた給与総額約4050万円との差額である560万円を下らないものと解する。②慰謝料については,①の損害が回復されるのではあるが,上記のとおり,原告は,長年に亘って賃金差別を受けていたものと認められることの他,本件記録に現れた一切の事情を考慮すると,50万円が相当と認める。③弁護士費用については,本件事案の内容,審理経過,認容額等を考慮すると,60万円を相当と認める。

第4結論

よって,原告の本件請求は,被告に対し,670万円(560万円+50万円十60万円)及びこれに対する平成13年3月31日(原告は,訴状送達の日の翌日から,遅延損害金の支払を求めているが,平成13年3月までの差額賃金相当の損害金も請求していること等から,認容すべき遅延損害金についても,同年3月31日から認めることにした。)から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 松本信弘)

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