大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

京都地方裁判所 平成10年(ワ)1780号 判決 2000年4月18日

原告

西條史朗

右訴訟代理人弁護士

黒澤誠司

右同

高山利夫

右同

吉田隆行

右同

小川達雄

右同

村松いづみ

右同

佐藤克昭

右同

小笠原伸児

被告

株式会社ミロク情報サービス

右代表者代表取締役

是枝伸彦

右訴訟代理人弁護士

湯浅正彦

右同

是枝辰彦

主文

一  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、二二万五二九六円及び平成一〇年六月から本判決確定の日まで毎月二五日限り一か月三五万〇六一四円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求

主文一、二項同旨

二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告による解雇が無効であるとして、雇用契約上の地位の確認と賃金(なお、主文二項の二二万五二九六円は平成一〇年五月分の賃金の未払分)の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実

(一)  原告は、昭和五九年八月二七日から被告に雇用され、当初は京都支社に配属され、昭和六〇年九月一六日大阪支社に転勤し、平成五年四月一日から京都支社に勤め、平成九年四月一日から同支社会計新規営業主任主事補となり、顧客の新規開拓の営業に従事し、毎月二五日限り賃金の支払を受けてきた。

(二)  被告は、コンピユーター、同周辺機器等の販売、賃貸、リース及び保守サービス等を目的とする株式会社であり、京都、大阪を含めて全国に二六か所の支社及び全国に五か所の営業所を有し、約八〇〇名の従業員を雇用している。

(三)  原告は、平成一〇年四月一日、被告京都支社長中堀宣夫(以下「中堀」という。)から同日付をもって被告大阪支社への転勤を命じられた(以下「本件転勤命令」という。)が、これに応じられないと答え、転勤の辞令の受取りを拒否し、その後も京都支社に出勤したが、大阪支社には出勤しなかった。

(四)  被告は、原告に対し、同年五月二二日、被告東京本社総務部長内山脩より即時解雇を通告すると共に、解雇予告手当を提供したが、原告がこれを拒否したため、同月二七日原告に到達した書面により、業務命令違反、無断欠勤を理由とする解雇通知をした(以下「本件解雇」という。)。

(五)  また、被告は、同月二二日、原告が右手当を受け取らなかったため、解雇予告手当として京都中央信用金庫の原告名義の預金口座に三五万〇六一四円を振り込んだが、原告がこれを被告に返金したため、同年六月三日、原告に対する解雇予告手当を法務局に供託した。

(六)  原告は、同年二月分三四万五二八〇円、同年三月分三四万五二八〇円、同年四月分三六万一二八〇円の賃金の支払を受けており、右三か月間の平均賃金は三五万〇六一四円であるが、同年五月分の賃金から同年四月二一日以降の無断欠勤を理由として二二万五二九六円を控除された。

2  争点

本件解雇は権利の濫用として無効になるか。その前提として本件転勤命令の効力が問題となるので、具体的な争点は次の(一)及び(二)のとおりである。

(一)  原告と被告との間の労働契約には勤務地を京都に限定する旨の合意が含まれていたか。

原告は、被告の採用面接の際、勤務地を京都に限定し、他に転勤がないことを条件として応募し、被告の面接担当者であった被告関西事業部長畠中邦彦においても右条件を了解し、京都を勤務地として採用された旨主張している。なお、原告は、約七年六か月間にわたって大阪に勤務したことにつき、昭和六〇年九月、被告関西事業部長であった中堀に辞めるか転勤するかの選択を迫られ、京都支社に二、三年後に戻すとの条件を提示され、やむなく大阪へ転勤したが、その約束が守られなかったため、京都支社に戻して欲しいと訴え続けた末、漸く平成五年四月に京都支社に転勤したものであると主張している。

被告は、原告が被告に提出した履歴書では、転勤を前提として京都支社と大阪支社を希望し、入社志願書にも、勤務地を京都に希望するとは記載されていない上、原告の採用の際、就業規則を遵守して忠実に勤務する旨の誓約書が提出され、右就業規則一三条には「転勤・配置換えを命ずることがある。この場合、従業員は正当な理由なくこれを拒むことができない。」と記載されているので、原告と被告との間において、勤務地を京都に限定する旨の合意は存在しない旨主張している。

(二)  仮に右合意が認められないとしても、本件転勤命令は、被告の転勤命令権の濫用であって許されないのか。

原告は、(1) 本件転勤命令につき、業務上の必要性はなく、事実、被告から業務上の必要性について何ら具体的な説明を受けなかった、(2) 大阪支社への転勤は、役職降格を内包するものであり、本件転勤命令は、原告を退職に追い込む目的で行われた、(3) メニエール病に罹患しているため、大阪支社への転勤に伴う長時間の通勤には耐えられない、と主張している。

被告は、(1) 京都支社は支社長以下一二名の小さな組織であり、業績を向上させるため、同支社の従業員全員が一致団結しなければならなかったのに、原告の売上実績は悪く、同支社の業績に寄与しなかっただけでなく、原告が組織を無視した発言をした上、他の従業員との協調性のない性格のため孤立し、京都支社全体のモラルを低下させる原因となっていたため、大阪支社(支社員数三八名)への転勤を命ぜざるを得なかった、(2) 原告がメニエール病であることを知らなかった上、原告から右疾患を理由として就労の制限等を希望されたことはなく、右疾患が転勤拒否の理由であると言われたこともなかった、と主張している。

三  争点に対する判断

1  争点(一)について

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和五九年八月二日付で履歴書を作成したが、同履歴書に通勤時間として京都支社三〇分、大阪支社一時間三〇分と記載し、入社志願書には勤務地に関する希望を記載しておらず、同月二七日には、被告の就業規則を遵守し、業務上の指示命令に従うなどと記載された誓約書を被告に差し入れたこと、被告は、従業員を採用するに当たって勤務地を限定したことはなく、新聞等による従業員の募集広告に勤務地として支社名を記載したのは、勤務地を限定する趣旨ではなく、最初の勤務地を示したに過ぎないものであること、また、被告の就業規則一三条には、「業務上必要があるときは、従業員に対し転勤、配置換え、出向を命ずることがある。この場合、従業員は正当な理由なくこれを拒むことができない。」と規定されていること、中堀は、昭和六〇年九月から平成二年三月まで被告関西事業部長として大阪、京都及び神戸の各支社を統轄する立場にあったが、昭和六〇年九月上旬、原告に大阪支社への転勤の内示をした際、原告から勤務地が京都に限定されている旨の主張をされたことはなく、二、三年後に原告を京都に戻すと約束したこともないこと、また、中堀は、昭和六一年一二月から平成元年三月までは大阪支社長を兼務しており、原告の上司であったが、その間に原告から京都支社へ戻して欲しいと希望されたことはなかったことなどの事実を認めることができ、これらの事実をもとに判断すると、原告と被告との間の労働契約において勤務地を京都に限定する旨の合意が含まれていたということはできない。

なお、原告は、履歴書を書いたときには大阪での勤務も考えていたが、実際に大阪支社まで面接に行ったとき、一時間四〇分以上かかったので、大阪への通勤は無理であると思い、採用面接のとき、京都で働きたいと希望を述べ、京都で勤務できることから、被告で働くことに決めた旨供述しているが、右面接時の状況に関する原告の供述内容にかんがみても、原告が勤務地を京都に限定して欲しいとの希望を持っていたということはできるが、これを被告が了解したと認めることはできない。また、原告は、昭和六〇年九月に大阪支社への転勤の内示を受けた際、中堀が二、三年で京都に戻すと約束したので、右転勤を承諾した旨供述しているが、中堀は、右のような約束をしたことはないと証言していること、原告は、平成五年四月に漸く京都支社に戻ったが、それまでに右約束違反を問題とした形跡がないことなどに照らすと、原告の右供述は信用し難いといわなければならない。その他、本件全証拠を検討しても、原告と被告との間で原告の勤務地を京都に限定する旨の合意が成立したと認めるには証拠が不十分であるといわざるを得ない。

2  争点(二)について

まず、証拠(<証拠・人証略>、原告)及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成五年四月から京都支社に戻ったが、同支社の業績が悪かったため、その向上のため残業や休日出勤をするなど懸命に働き、同年一〇月九日、新規会計事務所を一二件獲得したことにより、社長賞を受賞したこと、ところが、原告は、同月から京都支社長となった清水伸義(以下「清水」という。)と考えが合わず、平成六年四月五日、清水から年間二四事務所の新規会計事務所の開拓のノルマを命じられた外、同年五月三一日、有給休暇の申請をしたとき、清水から結果を出してから休めと言われ、右申請を却下されたこと、原告は、同年六月二日、再度有給休暇の申請をし、同月一六、一七日と二〇日から二二日まで有給休暇を取得したが、同年七月四日、有給休暇の申請の際に清水に暴言を吐いたとして、清水及び中日本営業部部長鈴木晃昭から自宅待機を命じられたこと、その後、原告は、被告専務取締役山本清や総務部長中谷研二と話し合ったが、右両名から始末書を提出するよう要求され、これを拒否したものの、結局、平成七年一月一四日、自宅待機命令を解除され、同月一七日をもって中日本営業部京都支社勤務に復帰するよう命じられたこと、なお、被告では、京都支社長や中日本営業部部長が従業員を懲戒処分に付することはできない以上、就業規則には自宅待機命令に関する規定はなく、懲戒処分として自宅待機を命じることはできず、原告に対する右自宅待機命令は根拠のないものであったことなどの事実を認めることができる。

次に、証拠(<証拠・人証略>、原告)及び弁論の全趣旨によると、原告(昭和二九年生)は、自宅待機中の平成六年一一月一三日、急に気分が悪くなり、吐き気とめまいが起こり、その後も症状が改善しなかったため、同月一八日、京都警察病院と本庄耳鼻咽喉科で受診し、メニエール病と考えても矛盾はないと診断されたこと、また、原告は、平成七年七月一七日付及び平成一〇年五月二三日付の各診断書において、病名をメニエール病とされ、平成六年一一月よりメニエール病で断続的に強度のめまいがあるため、車の運転や残業は禁止するのが適当である旨付記されたこと、メニエール病は、めまい発作期とめまい休止期を反復し、めまい発作期には耳鳴り、難聴等の聴覚症状や吐き気、嘔吐等の自律神経症状がみられ、めまい休止期には聴覚症状は改善又は消失するもので、過労やストレスが誘因となることが多く、男女とも壮年期に多く発症すること、また、めまい発作期には就労が不可能になることもあり、この発作を防ぐ方法として、医師から処方された薬を服用する外、体調を整えて疲労やストレスを蓄積させないため、残業を控え、睡眠不足にならないようにすることなどが指摘されていることこと(ママ)などの事実を認めることができる。なお、原告は、聴力の異常を訴えておらず、健康診断の際にも聴力に異常はなかったのである(<証拠略>)が、右認定のとおりメニエール病では常に聴力障害が出現するわけではないので、右の点から直ちにメニエール病を否定することはできない。

更に、証拠(<証拠・人証略、原告)及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成七年一月一七日、職場に復帰し、無遅刻無欠勤で、飛び込みによる会計事務所の新規開拓の仕事に従事したが、メニエール病のめまい発作を防ぐため、車の運転を控え、基本的に残業はせず、体調に気を配り、歓送迎会等には参加せず、無理をしないようにしていたこと、原告は、同年七月一七日、めまい発作が起こり、清水に診断書を提出すると共に、京都支社の従業員にも診断書のコピーを回覧してもらい、平成九年四月一日には、清水の後任として京都支社長に就任した中堀に対しても、右コピーを渡して病状等を説明したこと、被告においては、原告以外の営業担当者が顧客である会計事務所や企業を担当し、コンピューターの入れ替え、新規に開発したソフトの販売等を行い、これによる売上が大半を占めており、原告の担当していた飛び込みによる会計事務所の新規開拓による売上はごく僅かであったこと、中堀は、原告の売上が伸びないのは労働意欲や営業努力が欠如しているからであり、また原告には他の従業員との協調性もないと判断し、原告の大阪支社への転勤を本社に申請し、平成一〇年三月二五日、本社から連絡を受け、原告に大阪支社への転勤と主任からの降職の内示を行ったが、原告にこれを拒否されたことなどの事実を認めることができる。

そこで、以上の認定事実等を勘案すると、原告は、被告から法的根拠がないのに自宅待機命令を受け、その間にメニエール病に罹患したため、自宅待機命令が解除されて職場に復帰した後は、睡眠不足等によりめまい発作が起こらないよう注意しながら生活していたこと、原告は、メニエール病に罹患していることを京都支社長であった清水及び中堀はもちろん、京都支社の他の従業員にも知らせていたのであり、メニエール病のため仕事等に支障が生じるかも知れないことは周知されていたこと、被告は、原告につき、他の従業員とは異なり、飛び込みによる会計事務所の新規開拓の仕事に専任させており、この仕事による売上はもともと僅かしか期待できないものであったこと、原告の供述によると、原告が自宅から大阪支社に通勤するには一時間四〇分以上を要するが、メニエール病のため、このような長時間の通勤に耐えられるかどうかは疑問であることなどを指摘することができ、これらの諸点を勘案すると、本件転勤命令は、被告の転勤命令権の濫用であって許されないというべきである。

3  結論

原告は、本件転勤命令に従わず、右命令後も京都支社に出勤し、大阪支社には出勤しなかったのであるが、右命令が被告の転勤命令権の濫用であって許されないものである以上、原告が右命令に違反し無断欠勤したということはできないから、これを理由とする本件解雇も権利の濫用として無効になるというべきである。したがって、原告の請求はいずれも理由がある。

(口頭弁論の終結の日平成一二年二月二九日)

(裁判官 河田充規)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例