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京都地方裁判所 平成10年(ワ)1801号 判決 2000年3月27日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは連帯して、原告甲野太郎に対し金五四六六万二八一九円、原告甲山大助に対し金三五七四万六七六三円、及びこれらに対する平成七年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、製造物責任法施行前に製造・販売された立ち乗りスタイルの水上オートバイ(水上ジェットスキー)が海水浴場において無人で暴走し、これにより負傷した海水浴客らが、その製造・販売業者に対し民法七〇九条により損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成七年七月二五日午後三時頃

(二) 場所 石川県加賀市片野町二の部所在の片野海水浴場内

(以下「本件海水浴場」という。)

(三) 加害船舶 カワサキ製ジェットスキー

(以下「本件ジェットスキー」という。)

型式 JS五五〇C型

検査済票番号 第二五三―一一四二〇号

エンジン番号 〇一一〇二九号

39.0馬力

(四) 被害者 原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)

原告甲山大助(以下「原告甲山」という。)

(五) 事故態様 丙野一郎(以下「丙野」という。)が、本件海水浴場の波打ち際でエンジンを停止したまま流されそうになっていた本件ジェットスキーを浜辺に戻そうとした際、エンジンが始動し、無人のまま暴走して浜辺で遊んでいた原告らの頭部等に衝突した(以下「本件暴走」という。)。

2  原告らの受傷内容

(一) 原告甲野 脳挫傷、環軸椎亜脱臼、外傷性くも膜下出血、顔面挫創、下顎骨骨折、頚椎損傷等

(二) 原告甲山 脳挫傷、髄液漏、頚髄損傷、開放性頭蓋骨陥没骨折等、頚椎損傷等

3  本件事故に関する刑事処分

捜査当局は、丙野に対する重過失傷害罪の容疑による捜査において、本件ジェットスキーの構造的・機能的欠陥の有無につき、金沢大学工学部システム工学熱機関研究室の瘧師信彦教授に工学鑑定(以下「本件刑事鑑定」という。)を依頼したが、本件ジェットスキーに構造的・機能的欠陥は見あたらない旨の報告がなされ、その結果、丙野には、操縦する意思もないのに本件ジェットスキーを安易に起動させてアクセルを全開にしたなどの過失は認められるものの、右過失と本件暴走との間に相当因果関係はないものと判断し不起訴処分とした。

4  本件ジェットスキーの製造、販売等

(一) 被告川崎重工業株式会社(以下「被告川崎重工」という。)は、船舶、海洋機器、航空機、車両等の製造を主たる業とする株式会社であり、本件ジェットスキーを設計し、その設計をもとに、系列会社である「KAWASA-KI MOTORS MANUFACTURING CORP USA」(アメリカ合衆国法人)において、本件ジェットスキーが製造された。

被告カワサキモータースジャパン(以下「被告カワサキ」という。)は、日本国内において、被告川崎重工等が設計、製造した水上ジェットスキーの販売を主たる業とする株式会社で、製造元である「KAWASAKI MOTORSMANU-FACTURINGCORPUSA」から、完成されたジェットスキーの引渡しを受けると、これらを小売販売店等に納入している。

(二) 本件ジェットスキーは、平成三年七月ころ、丁山二郎(以下「丁山」という。)が被告カワサキの正規販売店である「ジェットスキープラザ・ユニコ」(以下「販売店ユニコ」という。)から購入したものであるが、本件事故当時、そのスロットルレバーは製造時の純正品ではないスロットルレバーに取り替えられていた(以下「本件改造レバー」という。)。

(三) 立ち乗りタイプである本件ジェットスキーは、操縦者が落水してスキーを操縦できなくなる事態が当然織り込まれ、この場合は、車のアクセルに該当するスロットルレバーが戻ってアイドリング状態となり、ジェットスキーの本体がゆっくりとブーメランのように孤を描きながら操縦者の回りを旋回するというセルフライティング・セルフサークリング機能(以下「セルフサークリング機能」という。)が採り入れられ、無人の場合の暴走を防止していたが、本件事故は無人のまま暴走をした事故である。

第三  当事者の主張

一  原告らの主張<省略>

二  被告らの主張<省略>

三  争点

1  本件ジェットスキーの構造的・機能的欠陥の有無

2  販売者(販売代理店)が、本件ジェットスキーのスロットルレバーを交換・改造してユーザーに販売するにあたり、被告らの安全配慮義務、監督義務の有無、その内容及び同義務違反の有無

第三  当裁判所の判断

一  認められる事実

証拠(甲三六、三七、乙一ないし一六、検乙三、四、証人上野博英)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。なお、ジェットスキーの各部品名については、別紙のとおりであり、以下、その名称を使用することにする。

1  本件ジェットスキーの基本構造等

(一) 本件ジェットスキーは、水面を滑走する立ち乗りスタイルの水上オートバイであり、登載した水冷式ツーストローク(ツーサイクル)エンジンにより船体後方に設置されたプロペラを回転させ、船底の吸水口から水を吸い込み船体後尾に設置されたノズルから勢いよくこの水を噴出することによって推進力を得ている。このノズルは左右に動く構造となっており、ハンドルと連動して蛇の役割を果たしている。

(二) 本件ジェットスキーの操縦方法は、まず、本体を水上(適切な深さが必要である)に浮かべ、ハンドルを両手で持って、左ハンドル側に設置されたボックス内の右側の位置にある「エンジンスタータボタン」を押し込むことによりエンジンを始動する(なお、左位置にあるボタンは、「エンジンストップボタン」といい、エンジンを停止させるためのものである。)が、スタータボタン下部に設置された左右に移動するスタータロックスイッチが右位置(ON)になくてはエンジンは始動せず、このロックスイッチを左側にロックすることにより、誤ってスタータボタンを押してもエンジンは始動せず、不用意な始動を防止する仕組みとなっている。

ジェットスキーは、エンジンを始動させるとアイドリング状態になり、ハンドル右側のケースについたスロットルレバーを右手親指で前方に押すと、スロットルレバーと、エンジンにガソリンと空気の混合気を供給する「キャブレタ」とを繋いだワイヤー(スロットルケーブル内を通っている。)が引っ張られ、引っ張られた分だけキャブレタのスロットルバルブ(開閉弁)が開き、より大量の混合気がエンジンに供給されて回転数が上がり、速度を出して滑走し始める。いわゆる「エンジン全開」とは、スロットルバルブが最大角度に開かれ、最大量の混合気がエンジンに供給されている状態のことを指す。スロットルレバーから右手親指を離すとスプリング力(スロットルの回転軸にはリターンスプリングと呼ばれるバネが設置されており、常にスロットルバルブを閉じるようにスプリング力が働いている。このリターンスプリングは極めて強力で、操縦者がハンドルレバーから手を離すと瞬時にキャブレタのスロットルバルブは閉じられる。ジェットスキーは、スロットルレバーを押さないとスロットルは開かない構造となっている。)により後方に戻り、エンジンの回転数が下がって速度は落ち、スロットルレバーを元の位置に戻したままにするとやがて推進力が低下し、ジェットスキーは極低速になってアイドリング状態に戻り、エンジン・ストップボタンを押すとエンジンが停止し、推進力がなくなって停止する。なお、ジェットスキーには、他の船舶と同様、ブレーキ装置なるものは存在しない。また、ジェットスキーは前進のみであって、後進することはできない。

2  純正品レバーについて

本件ジェットスキーに製造当初備え付けられているスロットルレバー(純正品レバー)は、スロットルケースと一体となったものである。スロットルケースは上下に分割できる形状になっており、下部ケースのネジ切りされた穴に、スロットルケーブルのネジ切りされた先端を回転させて挿入し、ネジ止め固定して取り付けられる。スロットルケース内部にはスロットルレバーと連動するようになっているスロットルケースレバーがボルトによって連結され、このケースレバーの先にスロットルケーブル内を通ってきたワイヤーの終端部(「タイコ」と呼ばれる部品)が差し込まれ、ケースの下部はゴムシール付の蓋をかぶせて密閉する構造になっている。操縦者がスロットルレバーを押すと、ケース内のスロットルケースレバーが円弧運動をしてワイヤーを引っ張り、スロットルケースレバーの下にはリターンスプリングと呼ばれるバネがあり、スロットルレバーから手を離すとリターンスプリングによる引力が働き、スロットルケースレバーは元の位置に戻る構造となっている。

なお、先に見たとおり、リターンスプリングは、右のケース内だけではなく、ワイヤーの反対側になるキャブレタにも取り付けられていて、これら二つの強力なスプリング力により、操縦者がスロットルレバーから手を離すと瞬時に元の位置に戻る仕組みになっている。すなわち、スロットルの回転軸だけではなく、本件ジェットスキーに当初設置されていたスロットルレバー内にもリターンスプリングが備わっていることにより、操縦者の手(指)がスロットルレバーを離すと、キャブレタ側のリターンスプリングだけではなく、スロットルレバー内のリターンスプリングも作用して、スロットルレバーは元に戻る仕組みになっているものである。

3  本件改造レバーについて

(一) ところが、本件事故当時、本件ジェットスキーのスロットルレバーは、純正品レバーが使用されておらず、改造品(本件改造レバー)に取り替えられていた。その形状は、次のとおりである。

本件改造レバーが設置されてあるハンドルパイプは、ハンドルポストから左右両端までがそれぞれ直線ではなく、左右それぞれのほぼ中央で緩やかに前方に湾曲しているが、①本件改造レバー(プラスティック製)はレバーケースがなく、ハンドルパイプのその湾曲部分をまたぐ形で取り付けられ、②加えてその取付角度がハンドルパイプの湾曲方向よりやや下付に向けて取り付けられている。そのため、本件改造レバーとハンドルパイプとが並行になっておらず、本件改造レバーの片側がハンドルパイプと接触している。また、③純正品スロットルレバーには、スロットル側と同様のリターンスプリングが設置されているが、本件改造レバーにはリターンスプリングが付いていない。

(二) なお、スロットルレバーとは反対側にある、キャブレタ側の箇所については何らの改造もなされていない。

4  操縦者の落水時における安全装置(事故防止装置)について

(一) 本件ジェットスキーのセルフサークリング機能

操縦者が落水してスロットルレバーから手が離れることにより、リターンスプリングのスプリング力によってレバーが元に戻り、ケーブル先のスロットルもほぼ閉じられてエンジンはアイドリング状態になり、本件ジェットスキーは緩速となるが、スキー本体の重心の位置が前方にあるため、操縦者の落水により浮いていた船首が着水して水の抵抗が船首に加わり、他方、船尾には未だ推進力が存する状態であるため、船体は、不安定な状態になる。

そこへ、波、風等によって船体が左右のどちらかに傾くと船首により左右に分けられる水流は非対称になり、傾いた側への水流は横へ押し出す力が大きくなり、その結果、船首は、傾いた側と反対側に押されて旋回を始め、同時に、船尾に働く推力は、船首が傾いた方向に作用する。その結果、船体は、同一方向に円を描いて操縦者の周りをゆっくりと旋回することになり、落水者が再びジェットスキーを掴み、あるいは身体で停止させることができる。

(二) テザーコードキルスイッチ

水上オートバイの中には、テザーコードキルスイッチが採用されているものがある。

テザーコードとは、筒状のバンドに短く細い線をつなぎ、その線の先端にフックを付けたものである。このフックはエンジンストップスイッチに掛ける構造となっていて、エンジンストップスイッチに掛けておかないとエンジンスタートスイッチ(スタータボタン)を押してもエンジンは始動しない構造となっている。そして、一旦エンジンを始動させた後、このフックを引っ張って外すと、点火系の電流が切れ、自動的にエンジンは停止する仕組みとなっている。

テザーコードキルスイッチが備わっている水上オートバイに搭乗する場合、操縦者はこのテザーコード先端のフックをエンジンストップスイッチに掛け、エンジンを始動できる状態にしておき、反対側の筒状のバンドは自分の手首に巻いておく(エンジンストップスイッチは左手側に設置されているので左手首に巻くことになる。なお、バンドからフックまでの線は短く、通常足首に巻くことはできない。)。しかる後、操縦者が本体のエンジンを始動させ、水上オートバイを操縦するのであるが、万一落水した際は、操縦者は、当然、水上オートバイと離れてしまうことになり、操縦者の手首に巻いてあったテザーコードも引っ張られ、その先端フックは水上オートバイ本体から外れる結果、エンジンが自動的に停止する。すなわちそのまま無人で暴走することはない、ということになる(もとより、操縦者が筒状のバンドを手に巻かずに落水すれば、エンジンが停止することはない。)。

なお、本件ジェットスキーと同種のものを含め、水上オートバイの無人暴走事例は本件事故時まで報告された例がなかった。

5  本件事故発生の経緯、発生状況

(一) 丙野とその仲間らは、本件事故当時、互いに本件ジェットスキーの操縦や海水浴、甲羅干しをするなどして遊んでいたが、やがて、仲間の誰かが、本件ジェットスキーを操縦した後、砂浜に上げることなくそのまま海面上に放置しており、エンジンを停止した本件ジェットスキーが次第に沖合に流される様子であったため、これに気付いた丙野が浜辺に引き上げようと考えて本件ジェットスキーに辿り着き、押して浜辺に引き上げようとしたものの、波の力が強く、押しても押しても浜辺に近づくことができず、らちがあかなかった。

(二) そこで丙野は、横着にも操縦態勢にないままエンジンを始動させて浜辺に上げようと考え、スタータボタンを押し、両ハンドルを持ちながら、水中から本件ジェットスキーを海岸側に旋回させようとしたところ、加減をわきまえないまま右ハンドルの本件改造レバーを強く握ったため、アクセルがふかされた状態(スロットルが全開になった状態)で本件ジェットスキーが勢いよく発進し、このため、丙野自身、後ろに振り飛ばされた。

(三) ところが、本件ジェットスキーは、予想に反してアイドリング状態にならずに無人のまま暴走を始め、エンジン全開のまま全速力の状態で(速度が落ちることはなかった。)、海水浴客である原告らに突進し、エンジン始動後約一五〇メートルないし二〇〇メートル滑走した後砂浜に乗り上げて停止した(乗り上げて動かなくなった後、海水浴客等の何者かによってエンジンが切られたものと推認される。)。

(四) 本件事故後、届を受けて直ちに現場に臨場した警察官茂登豊は、事故態様からしてスロットルレバーの異常を疑い、本件ジェットスキーの本件改造レバーを握ってみたところ、同レバーは、手を離してもすぐには元に戻らない状態(一〜二秒ほど挟まったまま膠着して元に戻るという状態)であったことが確認された。

6  捜査段階における本件暴走の原因についての解明

石川県警察本部は、平成七年八月一五日付けで、金沢大学工学部システム工学科研究室に対し、本件ジェットスキーのエンジン本体の機能的異常の有無、スロットルレバー及びケーブルの異常の有無につき、鑑定嘱託(本件刑事鑑定)を行ったが、その結果、エンジン本体、スロットルレバー、ケーブルのいずれにも機能的異常は存しない旨の報告がなされた。

7  スロットルレバーの改造実態に対する被告らの認識

(一) 本件改造レバーは、当時人気のあったタイプのスロットルレバーであり、丁山が本件ジェットスキーを購入した際に、販売店ユニコにおいて、純正品レバーと交換・設置された。

なお、販売店ユニコでは、約八割のジェットスキー購入者が、スロットルレバーを純正品からいわゆる社外品のスロットルレバーに交換していた。

(二) 被告らは、販売店ユニコに限らず、他の販売店においても、ジェットスキーが販売される場合、その販売時点において、いわゆる純正品のスロットルレバーから、いわゆる社外品のスロットルレバーに交換・改造される例が多いことを認識していた。

(三) 被告らは、販売店で行われるスロットルレバーの交換・改造につき、これがスロットルの開閉作用や走行の安全性にどのような影響をもたらすかについては具体的な調査は行っておらず、もとよりスロットルレバーの改造そのものについての警告を発することもしていなかった。また、本件改造レバーが、前記のようなハンドルパイプとの膠着という危険性を有することについても調査したことはなかった。

8  現在のスロットルレバー

現在、本件改造レバーの形式のスロットルレバーは、市場から姿を消しており、販売店においてもハンドルパイプを包み込むような形状のものには交換されていない。

二  争点1(本件ジェットスキーの構造的・機能的欠陥の有無)に対する判断

1  本件暴走原因について

(一) まず、前記認定事実によれば、本件ジェットスキーの暴走は、推進力であるエンジンの全開状態が継続したことに起因することは明らかであるが、これに先んずるエンジンの始動、スロットルレバーの握り込みが丙野の手によるもので、それ自体は本件ジェットスキー内部の機械的、機能的欠陥に基づくのではなく人為によるというべきである。

そして、例えエンジンが始動されても、無人の場合はスロットルレバーを引き続ける人力が加わらないから、問題は、本件暴走時に、キャブレタに設置されたリターンスプリングが効いてスロットルバルブを閉じ、アイドリング状態までに減速されるという本来的機能が、いずれかの原因により阻止されたことにあるといわねばならない。前記認定事実のとおり、本件刑事鑑定においては、これに関連する個所であるエンジン本体、スロットルレバー、スロットルケーブルに機械工学的な問題点は一切認められなかったことや、これまで本件ジェットスキーに同種の暴走が発生したとの証跡もない本件では、その原因は本件暴走時にのみ一時的に作用したものと考えるのが相当である。

原告らは、仮に右のような原因を探るとしても、それは、本件ジェットスキーがスロットルケーブル内に砂粒等の嵌入を阻止できない構造になっており、そこから砂粒等が嵌入してスロットルが戻らない状況が発生したと主張する。しかし、指摘のスロットルケーブルへの砂粒等の嵌入経路についてみるならば、スロットルレバーについては、純正品はそれを被覆するケースが密閉状態になっていることは前記認定のとおりであって本来的に砂粒等の嵌入を許す構造になっていない。次いで、証拠(乙三)によれば、冷却水の循環経路も密閉されていることが認められるから、同経路から砂粒等の嵌入は容易に考えられない。さらに、エンジンフードの空気取り入れ口から砂粒等がエンジンルームに嵌入する可能性を認めるに足る証拠はない。

何よりも、本件刑事鑑定(乙八)によれば、スロットルケーブルが分解された結果、ケーブル内のワイヤーに直接0.3ミリ程度の砂粒が少量付着していたが、ワイヤーとケーブルの管の間隙が広いため、それ自体がワイヤーの膠着状態を起こす原因にはならないことが認められ、ケーブル内に嵌入可能な砂粒等の大きさでは、ワイヤーの膠着が起こらないことが明らかとなっている。

ひるがえって本件事故後の本件ジェットスキーについてみると、本件刑事鑑定(乙八)によれば、本件改造レバーのレバー本体は、プラスティック製であるのに、その裏面がハンドルパイプに噛合った個所に一条となった接触痕があったことが認められる。ハンドルパイプは金属製で、本件改造レバーがプラスチック製であることを考えれば、金属の表面にできた右のような接触痕は、プラスティックより固い物質が改造レバーの裏面とハンドルパイプの間に挾まれた摩擦痕とみるのが自然であり、本件ジェットスキーが海浜で使用されることを考えれば、嵌入した異物は海砂、貝殻等の固形物と推認するのが、これまた合理的である。

前記のとおり、本件改造レバーは、スロットルレバー側には純正部品と異なりリターンスプリングを欠き、これに期待される作用はすべてキャブレタ側のリターンスプリングに負うのであるが、それにしても、キャブレタ側の強力なリターンスプリングの作用を考えれば、ハンドルパイプとレバー裏面のわずかな間隙に嵌入した砂粒等が、リターンスプリングの復元力を超えた摩擦力を生み出すなどは一見不自然と思われないでもない。しかしながら、被告らが反証として行った再現実験のビデオテープ(検乙四)によれば、本件改造レバーとハンドルパイプとの間に水に濡れてハンドルパイプに付いた砂粒等が挟まった場合、スロットルレバーとハンドルパイプとががっちり噛合い、操縦者がレバーから手を離してもリターンスプリングが利かず、エンジンが全開に近い状況が続くことが明らかとなっており、その再現実験自体に疑問を差し挟むべき余地はない。

以上のような検討を重ねれば、本件暴走の原因は、丙野が本件ハンドルを握った際、本件改造レバーの裏面とハンドルパイプの間に砂粒等が嵌入したための摩擦力で、丙野が本件ジェットスキーから振り払われて無人となっても、本件改造レバーがハンドルパイプに食込んだ状態から元に戻らずアクセルが効いた状態になってしまい、そのままエンジン全開の状態が維持されたと認めるのが相当であり、本件事故後、本件ジェットスキーが浜辺に乗り上げたときに衝撃を受けてレバーが元に戻ったことが推測されるのに、現場に臨んだ警察官が本件改造レバーを握ったときに、直ちにレバーが元に戻らなかったとの客観的事実はこれを裏付けるものと評すべきである。

(二) なお、被告らは、本件暴走の原因の一つとして、別途、「丙野が手を離した後に、本件改造レバーは元に戻ったものの、『タイコ』部分が右レバー内の台座から落ちてしまっていたために、ケーブルが戻りきらず、アクセルが半分かかった状態になってしまった。」との可能性を指摘するが、前記認定事実によれば、本件ジェットスキーは、アクセル全開の状態で暴走したというのであり、仮に、右の指摘のように「ケーブルが戻りきらず、アクセルが半分かかった状態になってしまった。」というのであれば、暴走速度はやや落ちていたはずと考えられるし、証拠(乙九ないし一六)によっても、ケーブルがスロットルレバーから元々抜け落ちていたとか、あるいは丙野がケーブルを故意に引っ張ったなどの事実は窺えないから、右の事実が本件暴走の原因であると認めるには足りない。

2  本件ジェットスキーの設計について

原告らは、本件ジェットスキーにはテザーコードキルスイッチが設置されておらず、設計上安全性に欠ける旨主張する。

(一) まず、原告らは、本件ジェットスキーにテザーコードキルスイッチが設置されていなかったことが、丙野による不用意なエンジン始動に結び付いたかの如く主張するが、前記認定のとおり、エンジン始動ボタンは左側ハンドルバーのグリップの横に設けられたボックスにストップボタンと共に設置され、しかも、エンジンを始動させるにはこれを一定程度押し込み、エンジンを全開するにはスロットルレバーを握り込むことが必要であるから、その取付位置、構造からして、丙野が本件ジェットスキーを押し戻す際に意図せずしてエンジンを始動してしまい、かつ、意図せずにエンジンを全開状態にしたとは容易に考え難く、本件ジェットスキーにテザコードキルスイッチが設置されていなかったことと本件暴走との間に相当因果関係を認めることはできない。

確かに、本件ジェットスキーにテザコードキルスイッチが設置され、管理者がこれを抜いておれば、本件暴走が発生しなかった関係にあることは原告ら指摘のとおりであるが、丙野が意図的にエンジンを始動したと見るべきことは右のとおりであって、そのことはもはや操縦者らの管理や使用方法の問題であり、本件暴走との相当因果関係を認めることもできない。

(二) さらに、本件ジェットスキーではスロットルレバーから操縦者の手が離れれば、リターンスプリングの作用により、スロットルが閉じられてアイドリング状態になり、セルフサークリングにより、操縦者の周りを低速で旋回する仕組みになっており、右の一連の機能が働く限り、無人暴走はあり得ないというべきであるから、本件事故態様との関係に照準を合わせて考えれば、テザーコードキルスイッチ方式を採用せずに、セルフサークリング方式を採用した設計思想に瑕疵があるともいえない。

3  以上説示したところによれば、本件暴走原因は、本件改造レバーの設置に原因があったというべきであり、その他本件全証拠を検討しても、本件ジェットスキーにおいて、ワイヤー、スロットル、エンジン等の構造的・機能的欠陥が存在したと認めるに足りない。

したがって、原告らの右主張は採用することができない。

三  争点2(販売者[販売代理店]が、本件ジェットスキーのスロットルレバーを交換・改造してユーザーに販売するにあたり、被告らの安全配慮義務、監督義務の有無、その内容及び同義務違反の有無)に対する判断

1  思うに、大規模な生産設備を有する製造者、大規模卸売業者の中には、他の卸売業者または小売業者を特約店等として、これに対する製品供給業者として製品販売の形式をとりながら、特約店契約等により一手販売権の授与や販売地域の指定、販売ノウハウの供与、信用供与等を行い、実際には、経済上の優位に立ってこれら特約店を自己の販売系列に組込み、特約店等の事業経営に一定の統計・指導等を行う関係の成立する場合もないではないから、仮に、一般消費者との窓口となる特約店等が、製造者の製品を消費者に販売するに当たり、違法な改変を加えたり、製品の使用による危険性を惹起させかねない重要な部分において、当該製品の設計、製作等一連の過程を担い、かつ、膨大な情報量を蓄積している製造者の設計思想と異なる危険な改造や、部品交換を恒常化させている場合は、製造者としては危険回避に関する技術情報の開示の一環として、危険の現実化を防止すべく警告・指導し、さらにはより強力な措置を採るべき法律上の義務が生ずる場合があることは原告ら主張のとおりである。右のような作為義務は、このような製造者と特約店等との契約内容にのみ規定されるだけではなく、その関係の強弱、改造・部品交換等の及ぼす危険の程度、態様、製造者等の知り得る情報の性質、内容等を総合して、条理を根拠とする義務として生ずることもあるというのが相当である。

被告らは、このように販売店に対してハンドル等の交換に関する指示や指導をすることは、独占禁止法上禁止されている「不公正な取引」に該当し、右法律に違反する旨主張するが、そもそも「不公正な取引」が禁止される趣旨は、自己の取引上の地位(市場における力の差)を利用して指導する側の利益を目論む不当な指導を行ってはならないというものであって、自らの製品が一般消費者に使用される場合の安全確保の見地から、必要な警告や指導等が許されないはずはなく、そのような警告や指導等は、むしろ製造者として当然尽くすべき注意義務であって、それらの行為が独占禁止法に違反する余地はないというほかない。

2  これを本件についてみるに、本件ジェットスキーにおけるスロットルは、エンジンシリンダー内に供給される混合気の量を調節し、エンジンの出力や速度を調節する中心的機能を担う部分であり、これを調節するスロットルレバー(リターンスプリング付)は、安全走行(暴走防止)のための枢要な構造部分であって、これを安易に交換することは単なるハンドルの握り手の色の変更や、何ら本体機能(特に安全機能)に影響のないアクセサリーの類などのオプションの交換とはおよそ本質的に異なる性質の事柄であるというべきところ、証拠(乙二〇、二一の1、2、二三、証人上野)及び弁論の全趣旨によれば、水上オートバイのパーツカタログ(乙二〇)には、純正品のスロットルレバーのような親指で押すタイプより本件改造レバーのような親指以外の指で握るタイプのレバーの方が、微妙なアクセルワークを楽しめる上級熟達者用であるかのように喧伝されており、販売店ユニコでは、新規に販売するジェットスキーの約八割のスロットルレバーが純正部品でない社外製品と交換されていたこと、本件改造レバー自体は、確かに、前述のとおり、リターンスプリングがなく、しかもハンドルパイプをほとんど隙間なく覆ってしまう形状のため、砂粒等が嵌入して噛合った場合に元に戻らなくなってしまうという極めて危険な製品と断ぜざるを得ないものの、交換される純正部品以外のスロットルレバーであっても、およそスロットルレバーとハンドルパイプが噛合わないように配慮された構造の製品も販売されていることが認められる。

3  右認定事実によれば、被告らも、本件ジェットスキーが一般消費者と直接契約する販売店において、スロットルレバーを純正品レバーから社外製品のレバーに変更にされているとの実態を当然に認識していたことが推認されるが、一小売店である販売店ユニコで得られたに過ぎない八割の交換率というのがスロットルレバーの一般的な交換率として信頼ある数値か否か、また、そのうち、本件改造レバーと同種の危険な製品が幾分の割合で含まれていたのかを確定すべき証拠はない。

また、そもそもジェットスキーは、操縦者が水面を滑走するレジャー艇であるところ、丙野が行ったような操縦者が操縦の意図もなしに船体に跨いで座ることもなくエンジンを始動させるという使用方法は必ずしも本則に従った利用方法でない上(仮に、本件において丙野が本件ジェットスキーに搭乗するという通常の使用方法をとっていたならば、本件改造レバーがハンドルパイプに噛み込んだとしても即座に対処できて本件暴走は生じなかった可能性も否定することができない。)、本件暴走に至るまで一つの暴走事例の報告もなかったというのである。

そうすると、これらの諸般の事情を考慮した場合、本件の証拠関係上、いまだ被告らに、純正品レバーから本件改造レバーへの交換が危険であることを販売店や消費者に警告、指導すべき義務があったとまで認めるのは困難であるといわざるを得ない。

四  結論

そうすると、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当として棄却を免れないから、主文のとおり判決する。

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