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京都地方裁判所 平成10年(ワ)2349号 判決 2000年3月23日

原告 泉新司

<他1名>

被告 A野一郎

<他1名>

被告ら訴訟代理人弁護士 針間禎男

主文

一  被告らは、原告泉新司に対し、各自金四六五六万一八四五円及び内金四五六三万三〇一〇円に対する平成八年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告泉文子に対し、各自金四六五六万一八四五円及び内金四五六三万三〇一〇円に対する平成八年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告らに対するその余の金銭請求をいずれも棄却する。

四  原告らの被告A野一郎に対する請求の趣旨第3項の訴え(供養請求)をいずれも却下する。

五  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの負担とする。

六  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告泉新司に対し、各自金一億三四五六万六五三八円及びこれに対する平成八年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告泉文子に対し、各自金一億三四五六万六五三八円及びこれに対する平成八年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告A野一郎は、平成八年七月一八日、平成八年八月一日及び平成八年八月一〇日に記した供養のため左記の内容を行え。

(一) 被告A野一郎は、死亡するまでの間

(1) 月命日の供養参り(現在のところ京都)

(2) 原告の自宅(現在のところ埼玉)での年一度の供養

(3) 本件事故発生場所付近での週一度の供養、本件事故発生場所付近での年一度の僧侶を含めた供養

(4) 被告の自宅での毎日の供養

(二) 被告A野一郎は必要経費の全額支払い

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主位的答弁

(一) 請求の趣旨第1項及び第2項の原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

(二) 請求の趣旨第3項の原告らの被告A野一郎に対する請求をいずれも却下する。

(三) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  予備的答弁

(一) 請求の趣旨第1項及び第2項の原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

(二) 請求の趣旨第3項の原告らの被告A野一郎に対する請求をいずれも棄却する。

(三) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、有料道路料金所の安全地帯でビラ配りのアルバイトに従事中に暴走してきた加害車両に衝突されて死亡した被害者の遺族(父母)が、加害車両の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、加害車両の所有者に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を請求するとともに、加害車両の運転者に対し、合意に基づき被害者の供養の履行を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 発生日時 平成八年四月一九日午後七時三五分ころ

(二) 発生場所 神戸市灘区六甲山町字南六甲一〇三四の二九〇先路上

(三) 加害車両 被告A野一郎(以下「被告一郎」という。)が運転する普通乗用自動車(神戸××××××。以下「被告車」という。)

(四) 被害者 泉亜衣(当時二二歳。神戸大学医学部三回生。独身。以下「亜衣」という。)

(五) 事故態様 被告一郎が、カーステレオの操作による脇見運転と時速約八〇キロメートルという高速度運転により、進入してはならない下り料金所の車線へ進入し、同料金所の安全地帯でビラ配りのアルバイトをしていた亜衣に被告車を衝突させ、亜衣を約一〇メートルはね飛ばし、即死させたもの。

2  責任原因

(一) 被告一郎は、被告車を運転中、カーステレオの操作による脇見運転と制限速度時速四〇キロメートルを大幅に超過した時速約八〇キロメートルという高速度で運転をした過失により、本件事故を惹起したものであり、民法七〇九条に基づき、亜衣及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告A野太郎(以下「被告太郎」という。)は、被告車の所有者として、自賠法三条に基づき、亜衣及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  亜衣の相続

原告泉新司(以下「原告新司」という。)は亜衣の父であり、原告泉文子(以下「原告文子」という。)は亜衣の母である。

原告らは、亜衣の死亡により、亜衣の被告らに対する本件事故に基づく損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

4  損害の填補

原告らは、本件事故に関し、平成八年一一月六日に被告一郎から入院関係費として一七万七七〇〇円を受領し、平成九年七月一五日に自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から死亡保険金として三〇〇〇万二二〇〇円を受領した。

二  争点

1  本件事故により亜衣及び原告らに生じた損害額

2  原告らの被告一郎に対する供養請求(請求の趣旨第3項)の訴えの利益の有無

三  争点1(本件事故により亜衣及び原告らに生じた損害額)に関する当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 本件事故により亜衣に生じた損害

(1) 入院関係費 一七万七七〇〇円

(2) 逸失利益その一 二億四三一四万三〇一八円

① 就労開始時期 平成一二年四月

亜衣は、平成六年四月に神戸大学医学部に入学し、本件事故当時は、同大学三回生であったところ、健康で、医師としての資質及び医師となって働く意思を有しており、さらに、勉学が好きで学力は極めて高く、神戸大学医学部での成績も極めて優秀であったから、生存していれば、平成一二年三月の医師国家試験に合格し、同年四月には医師となり得た。

② 就労可能期間の終期 七五歳

ア 財団法人厚生統計協会発行の「国民衛生の動向(平成五年版)」によれば、女性の平均寿命は平成四年には八二・二二歳であり、平成七年簡易生命表によれば、二二歳女子の平均余命は六一・五〇年である。

亜衣は、本件事故がなければ、平均余命六一・五〇年の八〇ないし九〇パーセントの期間、医師として仕事をなし得た。

したがって、

二二歳+(六一・五〇年×〇・八~〇・九)=七一・二~七七・三五歳

となり、平均は七四・二七五歳となるから、就労可能年齢を七五歳までとするのが相当である。

イ なお、厚生省大臣官房統計情報部の資料(平成八年一二月三一日現在)によると、女性医師の六七歳を超えて八四歳までの就労比率は九〇パーセント以上である。

③生活費控除率 三〇パーセント

総務庁の家計調査年報(平成八年)において、年間収入一二三五万円以上の世帯では消費支出は一人当たり収入の一〇パーセント程度である。

また、亜衣は、平成六年四月に神戸大学医学部に入学して以降、原告らからの毎月の送金約一二万円で家賃及び生活費をまかない、つつましく生活していた。

亜衣は、女性であり、原告ら主張の生活費控除率三〇パーセントは、十分に控え目である。

④ 中間利息控除の方法 四パーセント単利

ア 現在の低金利の状況からすれば、年五分の法定金利は高く、国民生活から乖離し、実態に即しておらず、年四分でも高すぎると思われる。

イ 遅延損害金の支払は単利であり、現在の低金利の状況からすれば複利は現状に合っていない。したがって、単利を採用すべきである。

複利を採用する場合は、法定金利の適正化をはかり、また、昇給の加算を考慮すべきである。

⑤ 基礎収入

社団法人日本病院会の「一九九七年病院職種別賃金実態資料」は、信頼性が高く、かつ、医学生の将来所得をより正確に算定しうる実態資料であることから、右資料のうち公的病院・病床計・年間実支給賃金額を年収の基礎とすべきである。

⑥算定要領

各年齢ごとに中間利息を控除し、積算する方法(いわゆる表計算方式)を採用すべきである。

医師という職域は、賃金及び賃金上昇率において、病院内の他の職域とは基本的にその内容を異にし、表計算方式により将来の逸失利益をより正確に算定することが可能である。初任給固定とか全年齢平均賃金固定は、医師という職域の逸失利益の算定には不適当である。

⑦ 損害額

①ないし⑥に基づき、各年齢ごとに中間利息を控除し、積算すると、亜衣の死亡による逸失利益は、別紙一のとおり、合計二億四三一四万三〇一八円となる。

(3) 逸失利益その二(選択的主張) 二億一四七六万七四四一円

選択的に、中間利息控除の方式を二・六パーセント(日本銀行調査統計局「平成八年経済統計年報」の預入金額一〇〇〇万円以上・預入期間一〇年超の定期平均金利)の複利とし、基礎収入として平成八年賃金センサス「医師(男)」の各年齢ごとの年収を採用し、生活費控除率を三〇パーセントとして、各年齢ごとに中間利息を控除して積算する方法を主張する。

賃金センサスの全年齢平均賃金(医師の場合は経験年数計平均賃金)は、加重平均であり、若い世代の給与領を偏重しているから、公平の観点から相当でない。

この場合の亜衣の死亡による逸失利益は、別紙二のとおり、合計二億一四七六万七四四一円となる。

(4) 慰謝料 三〇〇〇万円

慰謝料の算定に当たっては、次の事由を斟酌すべきである。加害者側に重大な過失がある場合には、「積極的過失相殺」をし、慰謝料を割増すべきである。

① 亜衣は、本件事故当時、神戸大学医学部三回生に在学していたが、本件事故によって、医師となる将来の夢を一瞬にして砕かれたものであり、その無念さは極めて大きい。

② 亜衣は、青春まっただ中の二二歳で死亡し、人生の四分の一しか生きることができなかった。

③ 亜衣は、本件事故の発生に関し、何ら落ち度がなく、被告車が安全地帯にいた亜衣の背中方向から衝突したもので、身をかわすことも逃げることもできない状態であった。

④ 本件事故により、亜衣は一二・四メートルもはね飛ばされた結果、遺体は見るに忍びないボロボロの状態であった。

⑤ 本件事故は、極めて稀れで重大かつ悪質な事故である。

被告一郎は、最高指定速度が時速四〇キロメートルに制限されているにもかかわらず、これを四〇キロメートルも超過する時速八〇キロメートルの高速度で走行していたこと、安全地帯へ進入したこと、カーステレオの操作に気をとられて約一〇〇メートルの間脇見運転であったことを考慮すると、被告一郎の行為は、重過失又はそれ以上、ひょっとすると未必の故意による行為であるかもしれない。

また、被告一郎は、本件事故直前には左に急転把したが、ブレーキをかけず、また、被害者を救助することさえしなかった(現実にはできなかった)。

⑥ 被告一郎は、約一〇年前、二名の死亡者を出す交通事故を起こしながら、その後の執行猶予期間中にも道路交通法違反を繰り返すなど、十分反省をして行動しているものとは思われない。

⑦ 被告太郎は、被告一郎の父親としての監督義務を遂行していない重大な過失がある。

(5) 合計 二億七三三二万〇七一八円

(二) 原告ら固有の損害

(1) 葬儀費用等 四〇三万四〇九九円

①葬儀費用 一八〇万三九一四円

(内訳)

ア 葬儀一式 一五七万一九三〇円

イ 集会所使用代 一万六〇〇〇円

ウ 供物(フルーツ) 二一〇六円

エ 毛布代 二万八八〇〇円

オ 食事代 一六万一七〇八円

カ 飲み物代 二万三三七〇円

②交通費 八〇万三三六〇円

(内訳)

ア 原告ら家族四人分 三〇万三三六〇円

埼玉の自宅最寄りの東毛呂駅から池袋までの電車(東武東上線)代 二四〇〇円

池袋駅から兵庫県灘警察署までのタクシー代 二四万円

遺体解剖のため右警察署から神戸大学医学部までのタクシー代(二台分) 三〇〇〇円

伊丹官舎から埼玉の自宅までの交通費 五万七九六〇円

イ 親族分 五〇万円

茨城県・神奈川県・愛知県・広島県などから二六名の親族が亜衣の葬儀に参列し、新幹線代として約四〇万円、タクシー代として約四万二〇〇〇円、ホテル代として約八万四〇〇〇円、合計約五二万六〇〇〇円をそれぞれの親族が負担した。このうち五〇万円の限度で請求する。

③ 納棺・遺体輸送費 四五万三一四九円

(内訳)

ア 御棺料等 四二万五八九〇円

イ 輸送費 二万六九五〇円

ウ 振込手数料 三〇九円

④仏壇・法要(四九日、初盆、平成八年九月の彼岸)費用 六四万五四五六円

(内訳)

ア 仏壇一式 四三万六〇〇〇円

イ 四九日法要費用(原告新司の伊丹官舎から自宅までの往復交通費、布施) 八万〇九八〇円

ウ 新盆法要費用(ちょうちん、布施) 七万九四九六円

エ お彼岸法要費用(原告新司の伊丹官舎から自宅までの往復交通費、布施) 四万八九八〇円

⑤挨拶状(四九日法要後) 七万八二二〇円

(内訳)

ア 印刷代(二回) 二万五五〇〇円

イ 切手代 五万二七二〇円

⑥供花(平成八年五月から平成九年四月まで) 二五万円

(内訳)

自宅近くの花屋から供花を購入し、仏壇に一週間に一回供える。一回当たりの経費五〇〇〇円。

五〇週×五〇〇〇円=二五万円

(2) 弁護士との相談費用等 一〇万〇四九〇円

①神戸の弁護士との相談費用 五万円

②交通費 一万三八六〇円

③資料費用 三万六六三〇円

本代 一六八〇円

死体検案書 二〇〇〇円

一九九七年病院職種別賃金実態資料 三万一五〇〇円

実況見分調書のコピー代 一三〇〇円

閲覧印紙代 一五〇円

(3) 慰謝料 二〇〇〇万円

慰謝料の算定に当たっては、次の事由等を斟酌すべきである。

①原告らに共通の事由

ア 本件事故が発生した平成八年四月一九日午後九時ころ、亜衣の死亡を確認した旨の電話連絡を受けた時は、原告ら家族全員がパニックに陥り、一分でも早く傍にと夜を徹してタクシーで駆けつけた兵庫県灘警察署の霊安室での亜衣の姿は、見るも無惨なものであった。原告ら家族全員は、言葉では言い表せない悲しさ、怒りと悔しさを感じた。

イ この悲しさと怒りと悔しさは、本件訴訟がすべて終了したとしても、原告ら家族にとって一生続くものである。

ウ 本件事故によって、原告ら家族全員の生活などが大きく乱された。

何気ないことからふと亜衣のことを思い出し、涙がとめどなく出ること、悔しくて悲しくて夜寝つかれないこと、後ろから来る車が怖いこと、子供たちの夜の帰宅が遅い時は特に心が乱れるなど、原告らの生活が大きく乱れた状態が現在もなお続いている。

また、本件事故が発生した日から、亜衣のことを片時も忘れることなく、また、思い出さない日もなく、家族の団欒等、原告らの人生の享受が半減した。

そして、原告らは、本件訴訟への関与などで再度苦しんでいる。

エ 被告らには、示談及び調停を通じて、原告らに対する誠意が全く見られなかった。

示談・調停を通じての被告らの態度・やり方などは、被害者家族の気持ちを逆撫でするに等しく、誠意が感じられなかった。被告らは、法廷に出頭し、被害者家族が大切な娘を奪われどのように苦しんでいるのかなどを理解する場がありながら、これを放棄しているなど、現在においても誠意は全く感じられない。

オ 被告らの主張する事由は、いずれも慰謝料斟酌事由とはならない。

仮に、被告らが主張する事由が慰謝料斟酌事由に該当するとしても、本件は本人訴訟であり、原告らは弁護士に準じた仕事をしていることによる報酬、原告らは亜衣の意思を継承するため神戸大学医学部へ九〇万円の寄付をしたこと、原告文子は本件訴訟追行のため、埼玉の自宅から出廷しており、交通費を要していることを考慮することにより相殺されるものである。

②原告新司に固有の事由

ア 自ら訴訟を追行するほど怒り・悔しさが非常に大きい。

イ 亜衣が女医となる将来の素晴らしい夢・楽しみを奪われた。

ウ 思い出す度に悔しさが膨れ、現在でも遺影を直視することができず、趣味等をする気持ちにならず、涙もろくなったことなど生活が大きく乱されている。

③原告文子に固有の事由

ア 本件事故の日のことは考えると恐ろしいので、深く考えないように避けて過ごしているが、ふと思い出すと涙が止まらなくなる。

イ 何をしても、何があっても、欠けた家族では、心の底から喜んだりすることができない。いつも死亡した亜衣に気兼ねして、将来に対し、何も楽しみを見いだすことができない。

ウ 亜衣のアルバムや遺品等を見ることができない。

エ 家族で出かける気分にならない。

(4) 合計 二四一三万四五八九円

(三) 各原告は、(一)の二分の一に当たる一億三六六六万〇三五九円の損害賠償請求権を相続により取得し、(二)の二分の一に当たる一二〇六万七二九四円の固有の損害を被ったものであり、合計すると、各原告の損害額はそれぞれ一億四八七二万七六五三円となる。

右各損害額に前記一4の既払額の二分の一を充当すると、各原告の残損害額は一億三三六三万七七〇三円となる。

(四) 原告らが平成九年七月一五日に自賠責保険から受領した保険金三〇〇〇万二二〇〇円について、本件事故の日から右保険金を受領した日の前日まで四五二日間の年五分の割合による遅延損害金は、合計一八五万七六七〇円(各原告につき九二万八八三五円)であり、これらは、被告らが支払うべき金員である。

(五) よって、原告らは、それぞれ、被告らに対し、各自金一億三四五六万六五三八円及びこれに対する本件事故の日である平成八年四月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告らの主張

(一) 本件事故による亜衣に生じた損害について

(1) 入院関係費については、認める。

(2) 逸失利益について

①就労開始時期について

就労開始時期を平成一二年四月とすることについて、特に異議はない。

②就労可能期間の終期について

逸失利益は被害者の将来の蓋然性を前提にして算定されるべきものであるから、現実の就労の実態が六七歳を超えてもなお相当高い(少なくともその年齢層の七〇パーセント以上)ということでなければ、現状の六七歳を七五歳まで引き上げる合理性はない。現在においても、高齢者の就労率は決して高くなく、六五歳から七〇歳までの年齢層でさえ半分以下(女医の就労率は更に低い。)と言われている。

全労働者につき六七歳を超えた年齢層の就労比率の検証結果が未だ出ていないのに、医師のみのそれを対象として、七五歳まで引き上げることは公平の理念に反する。

③基礎収入について

原告らは、日本病院会発行の「一九九七年病院職種別賃金実態資料」を基礎とすべきであると主張するが、調査目的・調査対象施設数・調査対象医師人数・調査方法等を比較すると、労働省政策調査部編「賃金センサス賃金構造基本統計調査」を基準にするのが相当である。そして、損害算定の基準時は死亡時とすべきであるから、死亡時の賃金センサスを使用するのが公平妥当である。

④生活費控除率について

将来の稼働期間の生活費は、学生時代と異なり、将来の家族状態、健康状態、就業状態、経済状況等によって千差万別であり、様々な不確定要因が生じうることを考慮すれば、単純に学生時代の生活態度等を基礎に、将来の稼働期間の生活費を推算すべきではない。

逸失利益は、被害者の将来の蓋然性を前提にして算定されるべきものであるから、いきおい各種統計資料に根拠を求めざるを得ず、事柄の性質上、ある程度類型的、定型的に算定せざるを得ない。高額の収入を前提とする場合、収入と生活費は密接に関連し、両者がアンバランスになることは通常考えられない。

⑤中間利息控除の割合について

低金利時代とはいえ、必ずしも預貯金による金銭の運用利益が将来にわたって長期的に低水準のまま継続するとは認めがたいし、中間利息を年五分の割合で現在の損害額を算定することが著しく公平を失するような社会・経済情勢が高度の蓋然性をもって将来に発生すると予測することもできないから、他に的確な指標のない現行法の下においては、利率を年四分に引き下げるべきとの原告らの主張は相当でない。

⑥中間利息控除の方法について

単純にライプニッツ方式(複利)とホフマン方式(単利)のいずれが合理的であるかの問題としてではなく、全年齢平均賃金を基礎収入としてライプニッツ方式を用いて中間利息を控除する方法、初任給を基礎収入としてホフマン方式を用いて中間利息を控除する方法、表計算方式、又はその他の方式のいずれが、バランスが取れて合理的であるかという観点から考察すべきである。

(3) 慰謝料について

本件事故が被告一郎の重過失により発生した悲惨な事故であることは認めるが、その余は不知ないし争う。

(4) 子の死亡による損害賠償について

① 我が国における従前の裁判実務では、生命侵害による損害賠償請求につき、死者の損害賠償請求権を相続したものとして請求するのが通常である。

本件においても、原告らは、子の死亡による逸失利益等の損害賠償について、死者に生じた逸失利益等を想定し、その相続として計算するいわゆる相続説の考え方に依拠している。

しかしながら、権利能力を喪失している死者にはもともと死亡による損害など生じ得ないから、その相続ということもあり得ない。逸失利益の相続というのは、遺族を救済するための一種の擬制であり、本来は、扶養請求権の侵害による遺族固有の損害賠償請求権ないし慰謝料請求権として構成されるべきものである。また、慰謝料については、民法七一一条という遺族固有の慰謝料請求権を認めた規定があるから、相続という擬制によって遺族の救済をはかる必要はない。

こうした相続の擬制は、子の死亡の場合(いわゆる逆相続の場合)には破綻を来す。すなわち、子の死亡の場合、本来、親については子から受けるべき扶養の分しか財産的損害はないにもかかわらず、子が一生の間に稼ぐはずの総収入を親が相続するというのは、親に実損害以上の超過利益を与えることになる。この超過利益を親に相続として取得させる合理的理由はない。実損害以上の超過利益を相続の擬制によって与えることは心情論はともかく、損害の公平な分担を究極の目的とする損害賠償制度の理念からは望ましいことではない。

このような逆相続の不合理性は、権利能力を喪失している死者自身が損害賠償請求権を取得し、それが相続されると解する相続説(相続構成)を採用するところに端を発しており、その不合理性を抜本的に解消するためには、相続説(相続構成)を改めるべきである。

② 仮に本件について相続説の立場で逸失利益を算定する場合は、逆相続の場合の不合理性等諸般の事情を総合的に考慮し、年収については平成八年賃金センサス第一巻・第一表・産業計・企業規模計・大卒・二五~二九歳の女子労働者の平均賃金を基礎とし、生活費控除率は五〇パーセントとし、稼働期間は二五歳から六七歳までとし、中間利息控除については年五分の新ホフマン方式で計算するのが相当である。

亜衣は、本件事故当時、学生であって医師ではなく、在籍学部の如何によって年収の基礎につき異なる取扱いをすることは、被害者相互間の公平という観点から相当でない。

(二) 本件事故による原告ら固有の損害について

(1) 葬儀費用等について

現実に支出した金額が仮に原告ら主張どおりであったとしても、原告ら請求金額の中には、本来の葬儀費用以外の接待飲食費、交通費、仏壇、法要費用、挨拶状、供花代など、本件事故と相当因果関係のない損害が多分に含まれている。

葬儀費用自体の性質から、加害者に賠償請求できる金額には社会通念上自ら一定の限界があり、亜衣の年齢、職業に照らすと、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用は、原告ら請求額のうち一二〇万円を相当と考える。

(2) その他弁護士との相談費用等について

いずれも加害者に請求できる妥当な範囲を超え、本件事故と相当因果関係がない。

(3) 慰謝料について

① 原告らは、被告らに誠意がないと主張するが、被告一郎は、原告らに対し、入院関係費、慰霊碑代、見舞金を支払っているほか、本件事故発生以降、現在に至るまで三年余りの間、毎月(服役中は被告太郎が代わって)、月初めには五〇〇〇円相当の供花を宅急便で原告新司の官舎に届けると共に、月命日には五〇〇〇円相当の供花と香料一万円を携えて原告新司の官舎を訪れ、供養を継続するなど、誠意の限りを尽くしている。

② 原告らは慰謝料について、加害者に対する制裁性を強調するが、民事責任と刑事責任は異質のものであり、これを混同することは両責任の分化の原則を破壊するものであること、加害者の過失の段階付けを適切になし、これに至当な制裁額を対応させることは不可能であること、犯罪行為による精神的損害の賠償について制裁性を強調することは一事不再理の原則をおかすことになることなどから、妥当でない。

③ 仮に、相続説の立場に立ち、本件について亜衣と原告ら双方に慰謝料を認める場合には、本件事故の重大性と原告らの心情並びに被告一郎が適法な裁判手続と刑の執行手続に基づいて科され執行された刑事責任を既に果たしている上、未だに供養を継続するなど誠意の限りを尽くしていること、原告らが入院関係費及び自賠責保険金のほかに労災保険の遺族特別支給金(三〇〇万円)、被告らから見舞金(一〇〇万円)、香典(平成一〇年九月一八日時点で合計七〇万円)、慰霊碑代(五一万五〇〇〇円)の支払を受けていることなど諸般の事情を総合的に考慮し、亜衣分及び原告ら分を合計して二〇〇〇万円を相当と考える。

(三) 自賠責保険金が支払われるまでの遅延損害金の請求について

不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。したがって、被害者が不法行為によって損害を被ると同時に同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地からその利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある。

この点については、被害者又はその相続人が取得した債権についても同様で、当該債権が現実に履行された場合に限らず、これと同視し得る程度にその履行が確実視される自賠責保険金等については、現実の履行時でなく、事故等を基準に、損益相殺的な調整を図ることが公平の理念に合致する。したがって、自賠責保険金の一部を事故日から受領日までの遅延損害金に充当したり、自賠責保険金相当額の損害について事故日から支払日の前日までの遅延損害金をつけることは相当でない。

原告らの主張は、葬儀費用等の遅延損害金について、それぞれ現実に支出された日を基準とせず、事故日を基準に請求していることとも整合性を欠く。

四  争点2(原告らの被告一郎に対する供養請求(請求の趣旨第3項)の訴えの利益の有無)に関する当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 被告一郎は、原告らに対し、平成八年七月一八日付け、平成八年八月一日付け及び平成八年八月一〇日付け手紙により、亜衣の供養のため左記の内容を行うことを約した。

したがって、原告らは、被告一郎に対し、右合意に基づき、左記の内容を実行することを求める。

(1) 死亡するまでの間

① 月命日の供養参り(現在のところ京都)

② 原告の自宅(現在のところ埼玉)での年一度の供養

③ 本件事故発生場所付近での週一度の供養、本件事故発生場所付近での年一度の僧侶を含めた供養

④ 被告の自宅での毎日の供養

(2) 必要経費の全額支払い

(二) 訴えの利益について

本件供養請求は、法的責任能力を有する被告一郎と原告らとの間の社会一般通念の範囲内の合意に基づく請求であり、法律の適用により解決することができるから、訴えの利益を有し適法である。

被告一郎の一方的な行為により、亜衣は何ら落ち度もなく生きる権利を奪われ、人生の四分の一しか生きられなかったことなどから、その贖罪としての右供養は、社会的に許容しうる限度を超え公序良俗に反するとは到底言い難い。

右合意に基づく被告一郎の債務は、自然債務とは言い難い。

また、被告一郎は、右(1)③のうち本件事故発生場所付近での年一度の僧侶を含めた供養は一度も実行しておらず、右(1)②は平成一〇年には実行しなかったのであり、継続して実施していない部分もある。

2  被告一郎の主張

(一) 原告らの被告一郎に対する供養請求(請求の趣旨第3項)は、次のとおり、自然債務の履行を求めるものであり、かつ、被告一郎はこれを履行しているから、訴えの利益を欠き、不適法であるから、訴えの却下を求める。

(1) 供養とは、供給資養の意、具体的には、仏・法・僧の三宝や父母・師長・亡者などに香華・灯明・飲食・資材などの物を捧げることを意味し、仏教儀礼の一つである。したがって、供養は人間の心の問題であり、良心の宗教的表現の問題であり、信教の問題でもある。

原告らが供養請求の根拠として提出する各文書(《証拠省略》)は、原告新司の執拗な要求に基づき、半強制的に差し入れさせられたものであり、仮にそうでないとしても、これに基づく被告一郎に対する原告らの供養請求は、憲法が保障する人間性の尊重、良心の自由、信教の自由の精神そのものを否定するものであり、社会的に許容しうる限度を超え、公序良俗に違反し、無効である。

仮に無効でないとしても、このような問題は、当事者間の自由な意思決定に任せるべきものであって、たとえ加害者と被害者の間であっても、要求したり要求されたりなどして行うべきものではなく、いわんや裁判所がタッチすべき問題ではない。

(2) 原告らの供養請求には、必要経費全額の支払も含まれているが、これは、供養の履行を停止条件として発生する金銭の将来の給付請求であるところ、その前提条件である供養の請求自体が公序良俗に反し無効であるから、不法の条件を附した法律行為として民法一三二条により無効である。

仮に不法条件でないとしても、停止条件である供養の履行は、単に被告一郎の意思のみに係る随意条件であるから、民法一三四条により無効である。

(3) 原告らの供養請求は、以上のとおり、その内容において公序良俗に反し無効であり、当事者の具体的な権利義務に関する紛争とは認め難く、権利の存否の判断を通して解決できるものではないから、実体判決を受けるに適する一般的資格(請求適格)、すなわち訴えの利益を欠く。

(4) また、原告らの供養請求は、将来の給付を求める訴えであるところ、被告一郎(服役中は被告太郎が代わって)は、毎月、月初めには五〇〇〇円相当の供花を宅急便で原告新司の官舎に届けるとともに、月命日には五〇〇〇円相当の供花と香料一万円を携えて原告新司の官舎を訪れ、供養を継続しており、あらかじめその請求をする必要が認められないから、訴えの利益を欠く(民事訴訟法一三五条)。

(二) 仮に訴えの利益があるとしても、原告らの被告一郎に対する供養請求は、公序良俗に違反し無効である上、被告一郎は現在なおこれを履行しているから、本件訴訟における供養請求は権利濫用というべきであり、その棄却を求める。

第三争点1(本件事故により亜衣及び原告らに生じた損害額)に対する判断

一  前提となる事実

1  本件事故の態様等について

前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故が発生したのは、北行は三田・有馬方面に、南行は三宮方面に通ずる県道灘三田線であり、交通量の多い幹線道路である。本件事故発生場所は、六甲山トンネルの南側に位置し、最高指定速度は時速四〇キロメートルである。

本件事故発生場所には、通行料金徴収所が四ブース設置されており、東側から第一ないし第三車線が南行、第四及び第五車線が北行となっていた。各車線のブース上には横二燈式の信号機が設置されており、第三車線は常時赤色が点灯しており、通行不能となっていた。また、第三車線上のブースから北方六・四メートルの位置にはバリケードが設置されていた。

本件事故が発生したのは夜間であったが、本件事故発生場所付近は、照明により明るい状態であった。また、天候は雨で、トンネル外の路面は湿潤であった。

(二) 亜衣は、本件事故当時、よく目立つ明るい緑色のユニホームを着用して第三車線と第四車線の間の料金所(第三ブース)の北側安全地帯(正式名称・アイランド)上に南方を向いて立ち、第四車線を走行して来て第三ブースで通行料金を支払った後の北行車両に対し、神戸市道路公社からの「六甲山トンネル夜間通行止めのお知らせ」のビラを配布するアルバイト(アルバイト料・一日一万三〇〇〇円)に従事していた。

(三) 被告一郎(昭和四三年一二月一二日生)は、本件事故当時、前田に購入し引渡を受けたばかりの被告車に自動車用品店でカーステレオを取りつけてもらった後、帰宅するため、被告車を運転して県道灘三田線南行車線を走行していた。

被告一郎は、六甲山トンネルを南へ抜けた約五五メートルの地点に料金所があり、そこで右トンネルの通行料金を支払わなければいけないことや、右トンネルを抜けてから右料金所へ向けて道路が左にカーブを描いていることなど、本件事故発生場所付近の道路状況をよく知っており、また、本件事故当日、県道灘三田線北行車線を走行して自動車用品店に行く途中に、本件事故発生場所の料金所(第四ブース)を通過した際、安全地帯に立っていた人から、亜衣が配布していたのと同じビラを受け取ったことから、本件事故発生場所の料金所の安全地帯で何人かの人がビラを配布していたことも知っていた。

にもかかわらず、被告一郎は、走り慣れた道であることから安心し、また、自己の運転技術を過信していたことも相まって、必要もないのに取り付けたばかりのカーステレオの操作をしてみようと思い立ち、料金所が近づいているにもかかわらず、減速等の措置を講じることなく最高指定速度時速四〇キロメートルを大幅に超過する時速約八〇キロメートルの高速度のまま、視線を左斜め下のカーステレオに向けて前方注視を怠った状態で約九二・九メートルもの距離を漫然と進行した。

被告一郎は、数秒後はっとして顔を上げて前方を見て初めて第三車線と第四車線の間の料金所(第三ブース)手前の安全地帯が目前に迫っているのに気づき、被告車を右安全地帯に乗り上げる危険を感じて咄嗟にハンドルを左に切ったが間に合わず、ブレーキをかける暇もないまま、被告車を前方に暴走させて、車両が進入してはならない右安全地帯(高さ二〇センチメートル)に乗り上げ、植え込みをなぎ倒しながら更に前方に暴走し、右安全地帯上でビラを配布するアルバイトに従事しつつ佇立していた亜衣に対し、その背後から、自車前部を衝突させた。

被告車は、亜衣に衝突した後、右安全地帯を乗り越えて第四車線に進入し、第四ブースに前部を激突させて停止した。被告車は、ボンネット及びルーフが曲損するなど大破した。

(四) 亜衣は、本件事故により、衝突地点から約一二・八メートルはね飛ばされて路面に転倒し、本件事故直後、神戸市立中央市民病院に収容されたが、全身打撲による失血性ショックにより即死状態であった。

平成八年四月二〇日に神戸大学医学部において亜衣の遺体解剖が行われた結果、左下肢の広範囲かつ複雑な挫裂創、左大腿骨及び右下腿骨の粉砕状骨折、右大腿骨骨折、第六及び第七頚骨椎間板離断、第六頚椎椎体骨折、前頭骨骨折、右後頭葉後部の軽度の挫傷、肝挫滅、右腎臓及び脾臓の挫傷などが認められ、亜衣は後方から被告車に衝突され、左大腿部は被告車の車輪で轢過された可能性が強いとの所見であった。

(五) 被告一郎は、本件事故により右足下腿骨骨折等の傷害を負い、六甲病院に救急搬送されて入院し、平成八年六月九日に退院した。

被告一郎は、本件事故に関し、平成八年八月二二日に免許取消の行政処分を受け、同年一〇月三一日、業務上過失致死罪で神戸地方裁判所に起訴された。平成九年四月一八日、同裁判所において禁錮一年六月に処する旨の実刑判決の言渡しを受けたが、被告一郎は、量刑不当を理由に控訴・上告し、同年九月一二日に控訴棄却の判決の言渡しを受け、同年一二月一五日に上告棄却決定を受け、平成一〇年一月三〇日から平成一一年三月一七日まで加古川刑務所で服役した。

2  亜衣について

前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 亜衣は、自衛官である原告新司と妻である原告文子の間の三人姉妹の長女として昭和四九年三月二日に生まれ、平成四年三月に東京都立小石川高等学校を優秀な成績で卒業した後、一年浪人し、難関の慶應義塾大学経済学部、早稲田大学政治経済学部経済学科及び一橋大学経済学部に合格し、平成五年四月に一橋大学経済学部に入学した。

しかし、亜衣は、一橋大学入学後も、男女差や定年がなく一生働くことが可能な医師になりたいという夢を抱き続け、同大学経済学部の勉強と並行して医学部の受験勉強に励み、翌年の平成六年に難関の神戸大学医学部医学科に合格し、一橋大学を退学して、同年四月に神戸大学医学部医学科に入学した。亜衣は、本件事故当時、神戸大学医学部医学科三回生に在学中で、専門分野の勉強も徐々に始まり、医師になるべく勉学に励んでいた。

(二) 亜衣は、神戸大学入学当初は、兵庫県西宮市夙川のアパートで一人暮らしをしていたが、平成七年一月の阪神大震災で右アパートが全壊し、埼玉の自宅に一時帰省しながらも、神戸の病院において被災者救援のボランティアに参加するなどしていた。

その後、平成七年三月に原告新司が兵庫県伊丹市に転勤となり、原告新司と亜衣は同市内の官舎で同居するようになった。原告文子と亜衣の二人の妹は、埼玉県の原告らの自宅において生活していた。

(三) 亜衣は、健康で、勉強やスポーツ等、何事にも一生懸命に取り組んでいた。そして、亜衣が、素直で明るく、また、心優しく思いやりがあり、周囲の人から信頼され愛される人柄であったことは、亜衣が祖母や原告文子らに宛てた手紙等からも窺われるところである。

二  本件事故により亜衣に生じた損害

1  入院関係費 一七万七七〇〇円

前記一1で認定した事実、《証拠省略》によれば、亜衣が本件事故後、神戸市立中央市民病院に救急搬送された際の入院治療費等として一七万七七〇〇円を要したことが認められ、右費用については、本件事故と相当因果関係が認められる。

2  逸失利益 九五八六万〇五八二円

(一) 相続構成について

不法行為により被害者が死亡した場合には、被害者の逸失利益、慰謝料等の損害賠償請求権全額を、その相続人が相続により取得することになると解するのが相当である。

ただし、右法律構成は、被告らが指摘するように、被害者が子で親が子の損害賠償請求権を相続により取得することになるいわゆる逆相続の場合には、両親は子よりも先に平均余命が尽きてしまうのが通常であるにもかかわらず、両親の平均余命が尽きた後の子の稼働収入を想定してその逸失利益をも両親が相続する結果となるという理論的矛盾をはらんでいる側面があること自体は否定できない。

以上をふまえつつ、以下、亜衣の死亡による逸失利益について具体的に検討することとする。

(二) 就労開始時期

前記一2で認定したとおり、亜衣は、医師になりたいという強い希望を抱き、いったん一橋大学経済学部に入学しながらも医学部を受験し直し、本件事故当時、神戸大学医学部医学科三回生に在学していたところ、亜衣の神戸大学医学部医学科における成績は、成績が付けられる三四科目のうち「優」が一六科目、「良」が一二科目、「可」が六科目と優秀であったこと、神戸大学医学部出身者の平成九年における医師国家試験合格率は九六・四パーセントと高率であったこと、医学部は、大学の諸学部の中でも、学生の卒業後の進路・職種がほぼ確定している点に特色があることを総合考慮すると、亜衣は、本件事故に遭わなければ、平成一二年三月に神戸大学医学部医学科を卒業した後、医師国家試験に合格して医師の免許を取得し、同年四月から医師として稼働を開始したであろう蓋然性が極めて高いと認められる。

したがって、亜衣の死亡による逸失利益の算定に当たって、同人の就労開始時期を平成一二年四月(亜衣二六歳、死亡後四年目)と認めるのが相当である。

(三) 就労可能期間

厚生省大臣官房統計情報部の「平成八年医師・歯科医師・薬剤師調査」によれば、平成八年一二月三一日現在、六五歳以上八四歳以下の女性医師は四七三三人おり、そのうち医療施設従事者は四二八六人と全体の約九〇パーセントを占めており、専門職である女性医師の稼働期間は長期にわたり、六七歳以降も就労を継続する蓋然性が高いものと認められる。

したがって、亜衣の死亡による逸失利益算定に当たっては、前記の逆相続の場合の理論的矛盾点も考慮しつつ、就労可能期間を七〇歳までとみるのが相当である。

(四) 基礎収入

(1) 亜衣の死亡による逸失利益算定の基礎とすべき収入について、原告らは、社団法人日本病院会発行の「一九九七年病院職種別賃金実態資料」(以下「実態資料」という。)によるべきである旨主張するのに対し、被告らは、労働省政策調査部編「賃金センサス賃金構造基本統計調査」(以下「賃金センサス」という。)によるべきである旨主張するので、まず、この点について検討する。

賃金センサスは、主要産業に雇用される常用労働者について、その賃金の実態を労働者の種類、職種、性、年齢、学歴、勤続年数、経験年数別等に明らかにし、我が国の賃金構造の実態を詳細に把握することを目的として、昭和二三年から毎年実施されている賃金構造基本統計調査の結果をとりまとめたものである。調査対象は、常用労働者一〇人以上の民営事業所及び一部公営事業所並びに常用労働者五人以上九人以下の民営事業所から一定の方法によって抽出された事業所であり、調査方法は、労働大臣官房政策調査部の企画の下に、都道府県労働基準局及び労働基準監督署の職員並びに統計調査員による実施自計調査として行われている(当裁判所に顕著である。)。そして、平成八年賃金構造基本統計調査において、調査対象となった医師(男性)の人数は、四万七九二〇人であった。

これに対し、実態資料は、《証拠省略》によれば、社団法人日本病院会に加盟する全国の病院二三四三施設(国立病院を除く。)を対象に、職種別・職位別賃金の実態についてアンケート調査をした結果をまとめたものであり、一九九七年版実態資料は、平成八年九月二日に調査票を発送し、同月三〇日までに回答が到着した二二七施設(公的病院九二、私的病院一三五)のみを対象としたものであり、調査対象となった医師の人数は不明である。

なお、平成一〇年厚生白書によれば、平成七年の医療施設総数(一般診療所を除く。)は九六〇〇余りであり、厚生省大臣官房統計情報部の「平成八年医師・歯科医師・薬剤師調査」によれば、平成八年一二月三一日現在の医師総数は二四万〇九〇八人である。

以上によれば、実態資料は、極く限られた医療施設を対象とした実態調査結果をまとめたものに過ぎず、賃金センサスは、実態資料よりも調査対象が広範囲にわたり、調査方法も、実態資料とは異なり、アンケート調査ではなく実地自計調査であることから、医師の賃金構造の実態を把握する客観的資料としてより信頼性が高いと認められる。

したがって、亜衣の死亡による逸失利益算定の基礎収入については、賃金センサスによるのが相当であり、損害算定の基準時が被害者亜衣の死亡時であることから、本件事故が発生した平成八年の賃金センサスによるのが相当である。

(2) 次に、亜衣の死亡による逸失利益算定の基礎収入として、平成八年度賃金センサスのうち、具体的にどの統計数値を採用すべきかが問題となる。

① 被告らは、平成八年賃金センサス第一巻・第一表・産業計・企業規模計・大卒・二五ないし二九歳の女子労働者の平均賃金を基礎とすべきである旨主張する。

しかしながら、《証拠省略》によれば、専門職である医師の収入は一般の大卒労働者よりも高額であることが認められ、前記認定のとおり、亜衣が大学卒業後医師として勤務することはほぼ確実であったことから、亜衣の死亡による逸失利益算定に当たって、一般の大卒労働者の平均賃金を基礎とするのは相当ではなく、医師の平均賃金を基礎とするのが相当である。そして、亜衣が本件事故当時未だ学生であったとはいえ、前記認定の亜衣の医師になろうとする意欲や能力、就労可能期間等から見て、就労開始時の平均賃金を基礎収入とするのは相当でなく、平成八年賃金センサス第三巻・第五表医師(男)の経験年数計平均賃金一〇九九万四八〇〇円を基礎とするのが相当である(なお、賃金センサス上、調査対象とされているのは男性医師のみであるが、男性医師と女性医師の年収とを区別すべき事情は認められない。)。

② これに対し、原告らは、賃金センサス第三巻・第五表医師(男)の経験年数計平均賃金は、経験年数別医師構成比を加重する加重平均値であり、単純平均値ではないから、亜衣の死亡による逸失利益算定の基礎とするのは相当でない旨主張する。

しかしながら、賃金センサス第三巻・第五表で対象としている医師とは、医師免許を取得して医療業務に従事している者をいい、専ら医学的な検定・検査・診療に伴う病理・細菌に関する業務に従事する者、専ら臨床以外の医学教育または研究に従事する者、及び専ら保健衛生行政の業務に従事している者は除外されているところ(当裁判所に顕著である。)、亜衣が将来医師免許を取得した後にどのような職に就くかは未だ具体的には定まっていなかったこと、亜衣が、将来、出産・育児等より一時医療業務から離職することもあり得ること(離職中の家事労働分を逸失利益の対象とすべきであることは言うまでもないが、医師として医療業務に従事している場合と同様の金銭的評価をすることは困難である。)などを総合考慮すると、経験年数別平均賃金の単純平均値が亜衣の将来の収入金額を推認するのに適切であるとは認めがたい。

したがって、原告らの右主張は採用することができない。

③ また、原告らは、各年齢ごとに中間利息を控除し、それを積算するいわゆる表計算方式によるべきである旨主張する。

しかしながら、医師の中でも、開業医か勤務医か、臨床医か研究医などによって収入に格差があることが推認され、亜衣が既に医師として就職していて勤務先の賃金体系が明らかとなっているというのであれば格別、亜衣が本件事故当時、医学部の三回生であって、医師として何を専門にし、どのような道に進むのかも未だ具体的に定まっていなかったことを考慮すると、賃金センサス等の統計資料のみに基づいて、亜衣の就職後の収入の変化を高度の蓋然性をもって推認することはできないと言わざるを得ない。

したがって、表計算方式を採用するのは相当でない。

(五) 生活費控除率

《証拠省略》によれば、亜衣は、アパートで一人暮らしをしていたころ、アルバイトと原告らからの月額約一二万円の仕送りで生活費と賃料をまかない、自炊をしながら慎ましく学生生活を送っていたことが認められる。

しかしながら、亜衣の学生時代の質素な暮らしぶりから、直ちに遠い将来にわたる稼働期間中の亜衣の生活費割合が低率にとどまるとの結論を導き出すことはできない。死亡による逸失利益の算定において、一般に、女性について男性と比較して生活費控除率が低くされているのは、実質的には、専ら女性の平均給与が男性と比較して低いため、公平の観点から賃金の男女間格差を是正する目的によるものと解されるところ、前記認定のとおり、本件では、亜衣が男性医師と変わらない収入を得ることを前提に逸失利益を算定すると、亜衣には婚姻後は主婦として、子の出生後は母としての役割も加わるため、亜衣が医師として第一線で稼働し続けるためには保育料等の相当の出費を要したであろうと推認されることなどを総合考慮すると、前記認定の基礎収入を得るために要する経費としての性格を有する生活費は、その収入の四〇パーセントとみるのが相当である。

(六) 中間利息控除の方法

(1) 逸失利益の算定における中間利息控除の方法としては、ライプニッツ方式とホフマン方式があるところ、基礎収入として医師の経験年数計平均賃金を採用したこととの均衡、年五分の割合によるホフマン方式(単利)の場合には、就労可能年数が三六年以上になると、損害賠償金元本から生じる年五分の割合による利息額が年間の逸失利益額を超えてしまうという不合理な結果となるのに対し、年五分の割合によるライプニッツ方式(複利)の場合にはそのような問題が生じないことなどを総合考慮すると、中間利息控除の方法としては、ライプニッツ方式を採用するのが相当である。

(2) なお、原告らは、中間利息控除に用いる利率を、年五分ではなく、実質金利ないし公定歩合を考慮した利率とすべきである旨主張するので、この点について判断する。

たしかに、《証拠省略》によれば、我が国では景気低迷が長期化し、公定歩合は、平成七年九月以来、史上最低水準の年率〇・五パーセントに据え置かれ、定期預金等による資産運用によっても年五分の割合による複利の利回りで運用利益を上げることは困難な社会経済状況にあることが認められる。

しかしながら、逸失利益の算定において、将来の一定時期における給付額を現在価値に引き直すために中間利息を控除するに当たり、一般に、その利率として民法四〇四条所定の年五分の割合が用いられているのは、同条が、利息を生ずべき金銭債権について、その運用利益に相当する利率の特約のない場合の利率及び履行遅滞の場合の遅延損害金について一律に年五分の割合と定め、右割合の増減を許さない趣旨であることからすると、これと表裏をなす関係にある将来の給付額の現在価値への引き直しに当たっても、一律に民法所定の年五分の割合により中間利息を控除するのが相当であるとの考え方に基づくものであって、将来にわたって民事法定利率相当の実質金利が維持されることを前提としているものではない。すなわち、損害賠償金元本に附帯する遅延損害金の請求については民法所定の年五分の割合で認められていることとのバランスを考慮すると、将来の一定の時点で受けるべき給付額を現在価値に引き直すために中間利息を控除する場合においても、同様に民法所定の年五分の割合によるのが相当と考えられるからである。

したがって、原告らの右主張は採用することができない。

(3) 以上によれば、中間利息控除の方法としては、年五分の割合によるライプニッツ方式を採用することとし、本件事故発生時(亜衣二二歳)から就労期間終期(亜衣七〇歳)までの四八年に対応するライプニッツ係数から、本件事故発生時から就労開始時期(二六歳)までの四年に対応するライプニッツ係数を控除した係数を以て中間利息を控除することとする。

(七) 損害額

以上を前提として、亜衣の死亡による逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり、九五八六万〇五八二円となる。

一〇九九万四八〇〇円×(一-〇・四)×(一八・〇七七一-三・五四五九)=九五八六万〇五八二円

3  慰謝料 一三〇〇万円(亜衣本人分)

ここでは、亜衣本人の慰謝料及び原告ら固有の慰謝料を併せて検討することとする。

(一) 本件事故の態様等

前記一1で認定した事実によれば、被告一郎には、本件事故の発生に関し、極めて重大な過失が認められる。被告一郎は、業務上過失致死傷の前科があり、その際にも二名の若者を死亡させ、他の者にも重傷を負わせたことがあるのであるから、自動車を運転する場合には、些細な不注意でも大事故に至ることがあり得ることは十分理解していたはずであるにもかかわらず、極めて無謀・危険・安易な運転態度により、本件事故を惹起し、再び被害者を死亡させたものであることを考慮すると、本件事故は非常に悪質というべきである。

他方、安全地帯にいた亜衣には、本件事故の発生に関し、何ら落ち度は認められない上、背後から被告車に衝突されており、何ら防御する術を持たないまま本件事故の被害に遭ったものであり、その遺体の状態は無惨で、本件事故の結果は悲惨かつ重大というべきである。

(二) 亜衣及び原告らの精神的苦痛

前記一2で認定した事実によれば、亜衣は、本件事故当時、医師を志して努力を積み重ねていた途上にあり、将来、医師としてキャリアを積み、社会に様々な形で貢献して行く夢を思い描いていたであろうにもかかわらず、本件事故によって志半ばにして二二歳の若い命を奪われたものであり、亜衣自身の無念さ、悔しさは計り知れない。

また、原告らは、その将来を期待し、その成長を楽しみにしていた愛娘の亜衣を、突然、本件事故のような悲惨な事故態様で一瞬のうちに失ったものであり、親にとって我が子を失う以上の不幸はなく、その無念さ、悔しさ、怒り、悲しさ、苦しさは未だ癒されない状態にあり、ことに、原告らは、兵庫県灘警察署霊安室で変わり果てた無惨な亜衣の遺体と対面した時の精神的衝撃が強く、未だに亜衣の死を受け容れることができないでいることが認められる。

(三) 被告らの本件事故後の対応

(1) 他方、《証拠省略》によれば、後記第四の一で認定する経過により、被告一郎(服役中は被告太郎が代わって)は、毎月の月初めには原告新司の官舎に仏花を宅急便で送るとともに月命日には原告新司の官舎に仏花と一万円程度の香料を持参してお参りに行っていること、被告一郎は、平成八年、九年、一一年の盆には埼玉県所在の原告らの自宅にお参りに行き、平成九年八月には一〇〇万円の香料(ただし、被告太郎が出捐した。)をお供えしたこと、平成九年四月には、被告らが五一万五〇〇〇円の費用を負担して、本件事故発生場所の道路脇に亜衣の霊を弔うための慰霊碑が建立されたこと(ただし、敷地利用についての神戸市道路公社との交渉や慰霊碑の文案作成は、原告新司が行った。)が認められる。

原告らは、被告らに誠意が見られないと主張、供述する。愛娘の亜衣を突然の悲惨な事故で失った原告らの精神的苦痛は非常に大きく、被告らの態度等が原告らの満足の行くものではないことから、被告らに誠意がないと非難せずにはいられない原告らの心情も理解できるが、右認定事実によれば、被告らは、被告一郎が惹起した悲惨かつ重大な結果を悔やみ、亜衣を供養するため、原告らから見れば不十分ながらも、被告らなりに誠意をもって対応をしているものと評価するのが公平である。

(2) なお、原告らは、被告らには示談、調停及び本件訴訟を通じて原告らに対する誠意が全く見られないとも主張する。

《証拠省略》によれば、原告らは、被告らが、原告新司の官舎を二回訪れたのみで示談交渉を打ち切って調停を申し立て、双方の提示金額に大きな差があることが判明するや調停を取り下げたことについて、一方的であると感じ、また、被告らが本件訴訟の口頭弁論期日に出頭しないことなどから、民事責任については代理人弁護士任せにしていると感じ、そのため、被告らに誠意がないとして感情を害していることが認められる。しかしながら、被告らの右のような態度をもって、慰謝料増額事由に該当する著しく不誠実な態度とまで評価することはできない。

(四) その他

(1) 原告らは、(三)(1)で認定した事情を相殺する事情として、本件は本人訴訟であり原告らが弁護士に準じた仕事をしていることによる報酬、原告らは亜衣の意思を継承するため神戸大学医学部に九〇万円の寄付をしたこと、原告文子は本件訴訟追行のため、埼玉の自宅から出廷しており、交通費を要していることを主張する。

しかしながら、右事情は、いずれも、原告らの喪失感、精神的苦痛が著しいことを示唆する事情として、(二)において評価するのが相当であり、また、原告文子が出廷のために要する旅費は訴訟費用に含まれるものであり、訴訟費用に関する裁判において考慮されるべき事項であるから、右費用負担自体を慰謝料斟酌事由としてとらえることはできない。

(2) また、原告らは、平成九年八月二七日、労災保険から遺族特別支給金として三〇〇万円の支払を受けたことが認められ、被告らは、これを慰謝料斟酌事由として主張する。

しかしながら、右特別支給金は、労働者の遺族の福祉の増進を図るための労働福祉事業の一環として給付されるものであって、被災労働者が被った損害を填補する性質を有しないから、損益相殺の対象とすることはできない。さらに、交通事故の加害者が労災保険の保険料を負担しているわけではないから、交通事故の加害者が自ら保険料を負担している自動車保険から被害者に対して搭乗者傷害保険金が支払われた場合とは異なり、右特別支給金の支払を以て慰謝料斟酌事由とするのは相当でない。

(五) 以上の本件に顕れた事情を総合斟酌すると、亜衣の死亡による慰謝料として、亜衣本人について一三〇〇万円、各原告について各五〇〇万円、合計二三〇〇万円を認めるのが相当である。

なお、原告らは、被告一郎に本件事故に関して重大な過失があることから、「積極的過失相殺」と称して、本来の慰謝料額を割増すべきである旨、徴罰的慰謝料ないし制裁的慰謝料に類似した趣旨の主張をするが、我が国においては、刑事責任と民事責任は峻別されており、民事損害賠償は損害の填補を目的とするものであるから、事故態様その他諸般の事情を斟酌した上で当該事件に関する慰謝料額を一般的水準よりも高額に認定することはあるとしても、慰謝料額の認定に損害の填補という目的を超えて制裁的要素を持ち込むのは相当ではない。したがって、原告らの右主張は、独自の見解と言わざるを得ず、採用することができない。

4  合計 一億〇九〇三万八二八二円

三  本件事故により原告らに生じた固有の損害

1  葬儀費用等 二三七万一〇〇九円

(一) 葬儀費用、法要費用、挨拶状 一二〇万円

《証拠省略》によれば、原告らは、亜衣の葬儀、四九日・新盆・お彼岸の法要を執り行い、その費用として合計一八〇万円を超える費用を要したことが認められる。

人間の死が不可避なものである以上、葬儀・法要関係費用は、いずれにせよ支出を避けがたいものであることを考慮すると、その支出額の全てが当然に本件事故による損害額として認められるものではないが、本件は、両親が子の葬儀を執り行うことになったいわゆる逆相続の場合であって、亜衣が若年であり、原告らは突然に費用の支出を余儀なくされた事情や、後記のとおり、納棺・遺体搬送費や仏壇一式の費用については、葬儀・法要関係費用とは別に検討することを勘案すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀・法要関係費用としては、右費用のうち一二〇万円と認めるのが相当である。

(二) 交通費 二八万一八六〇円

(1) 原告ら家族四名分

①兵庫県灘警察署までの交通費 二二万二四〇〇円

《証拠省略》によれば、本件事故当日、原告新司は、東京出張のため、埼玉県の自宅に戻っていたところ、午後九時ころ、亜衣が本件事故により死亡した旨の知らせを受けて、原告ら及び亜衣の二人の妹の四人は、一刻も早く亜衣の許に赴こうと考え、自宅最寄り駅から東京都豊島区の池袋駅まで東武東上線で行き、池袋駅から兵庫県灘警察署までは、飛行機や新幹線は既にない時間帯であったことから、やむを得ずタクシーで向かったことが認められる。

交通事故によって家族の一員、特に子が死亡した場合、事故発生場所から遠隔地に居住している被害者の両親や兄弟姉妹が、一刻も早く被害者の許に赴こうとするのは当然の行為であり、原告らが亜衣の死亡の連絡を受けた時間帯には他に交通手段がなかったことから、原告らにはタクシーを利用する必要性があったことも認められ、これに要した費用については、本件事故と相当因果関係が認められる。

そして、《証拠省略》によれば、自宅最寄り駅から池袋駅までの電車代は四人分で二四〇〇円であり、池袋駅から東名及び名神高速道路を経由して兵庫県灘警察署までの約五六七キロメートルをタクシー(乗客が四人であったことから、中型車を利用したものと推認される。)を利用して行った場合のタクシー代はおよそ二二万円であったと推認される。したがって、本件事故と相当因果関係のある兵庫県灘警察署までの交通費は、合計二二万二四〇〇円である。

②兵庫県灘警察署から神戸大学医学部までのタクシー代 一五〇〇円

《証拠省略》によれば、原告ら四人は、兵庫県灘警察署において亜衣の遺体を確認した後、同警察署の要請により、遺体解剖のため、神戸大学医学部へ向かったところ、その際、他に交通手段がなかったことからタクシーを利用したことが認められ、原告ら四人が利用したタクシー一台分の費用一五〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

③原告新司の官舎から埼玉県の自宅までの交通費 五万七九六〇円

《証拠省略》によれば、亜衣の葬儀が終わった後、原告ら及び亜衣の二人の妹が埼玉県の自宅に戻るために、交通費五万七九六〇円を要したことが認められ、右費用については、本件事故と相当因果関係が認められる。

(2) 親族分 認められない。

原告らは、親族が葬儀に参列するために負担した交通費やホテル代のうち五〇万円を本件事故による損害として請求するが、原告らの主張によっても、右費用を支出したのは親族であり、親族との間で原告新司が右費用を負担する旨の合意があるわけでもないから、右費用は、本件事故と相当因果関係のある原告らの損害とは認められない。

(三) 納棺・遺体輸送費 四五万三一四九円

《証拠省略》によれば、原告らは、神戸大学医学部における解剖後、亜衣の遺体を葬儀を執り行った大阪府伊丹市の原告新司の官舎まで搬送するのに、棺料・ドライアイス料・仏衣料・浴衣下着着付料・処置料・納棺料として合計四二万五八九〇円、遺体輸送費として二万六九五〇円、振込手数料として三〇九円、総合計四五万三一四九円を要したことが認められ、右費用については本件事故と相当因果関係が認められる。

(四) 仏壇費用 四三万六〇〇〇円

《証拠省略》によれば、原告らは、埼玉県の自宅において亜衣を供養するため、仏壇一式を購入し、その費用として四三万六〇〇〇円を支出したことが認められる。

仏壇をもって死者を祀り、死者の霊を供養することは、我が国における一般的な習俗であること、本件は、両親が子の葬儀を執り行うことになったいわゆる逆相続の場合であり、原告らは、亜衣の不慮の事故死により仏壇を購入することを余儀なくされたこと、原告らが仏壇購入に支出した金額はさほど高額ではないことを考慮すると、右仏壇購入費用は、社会通念上、亜衣の霊を弔うのに必要かつ相当な費用と認められる。

(五) 供花 認められない。

原告らは、仏壇に供える花の経費も損害として請求するが、亜衣を供養するために右費用を支出しないではいられない原告らの心情を慰謝料の認定において既に斟酌していることから、これとは別に供花の費用を積極損害として認めるのは相当でない。

2  弁護士との相談費用等 三万六六三〇円

(一) 相談費用及び交通費 認められない。

原告らは、神戸弁護士会所属弁護士に相談した際の相談料五万円及び交通費一万三六八〇円を本件事故による損害として主張するが、原告らは、結局、右弁護士には示談・調停・訴訟追行を委任するに至らなかったことを考慮すると、右費用を本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに負担させるのは相当でない。

(二) 資料費用 三万六六三〇円

《証拠省略》によれば、原告らは、本件訴訟を本人訴訟として追行するため、資料費用として合計三万六六三〇円を要したことが認められ、右費用については、本件事故と相当因果関係が認められる。

3  慰謝料 一〇〇〇万円(原告各五〇〇万円)

前記二3(五)で認定したとおり、原告ら固有の慰謝料として、それぞれ五〇〇万円を認めるのが相当である。

4  合計 一二四〇万七六三九円

四  各原告の損害額

各原告は、二の亜衣の損害賠償請求権の二分の一に当たる五四五一万九一四一円を相続により取得し、三で認定した損害額の二分の一に当たる六二〇万三八一九円の固有の損害を被ったものであり、その損害額の合計は六〇七二万二九六〇円となる。

五  損益相殺

前記争いのない事実のとおり、原告らは、本件事故に関し、被告一郎から入院関係費用として一七万七七〇〇円、自賠責保険から死亡保険金三〇〇〇万二二〇〇円、合計三〇一七万九九〇〇円を受領しているから、右保険金の二分の一を各原告の損害額から損益相殺すると、各原告の残損害額は、四五六三万三〇一〇円となる。

六  自賠責保険金を受領するまでの遅延損害金

1  不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生(本件では本件事故の発生)と同時に、何らの催告を要することなく、遅滞に陥るものと解され、後に自賠責保険からの保険金の支払によって元本債務に相当する損害が填補されたとしても、右保険金額に相当する損害金の支払義務に対する本件事故の日から右支払日までの遅延損害金は既に発生しているのであるから、右遅延損害金の請求を制限する合理的理由はない。

したがって、本件において、前項で総損害額から控除した自賠責保険金三〇〇〇万二二〇〇円相当の損害額に対する本件事故の日(平成八年四月一九日)から右保険金支払の前日(平成九年七月一四日)まで四五二日間の民法所定の年五分の割合による遅延損害金一八五万七六七〇円(各原告につき各九二万八八三五円)の支払を求める原告らの請求には理由がある。

2  なお、原告らは、自賠責保険金を受領するまでの右確定遅延損害金について、更に遅延損害金を附帯請求しているが、確定遅延損害金に更に遅延損害金が発生することはないから、原告らの右附帯請求は理由がない。

七  結論

以上によれば、各原告の被告らに対する金銭請求は、損害額四五六三万三〇一〇円及び自賠責保険金を受領するまでの確定遅延損害金九二万八八三五円の合計四六五六万一八四五円並びに右損害額四五六三万三〇一〇円に対する本件事故の日である平成八年四月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

第四争点2(原告らの被告一郎に対する供養請求の訴えの利益の有無)に対する判断

一  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  被告一郎は、原告新司から亜衣の供養をどのように行うつもりなのかと問われて、月命日には原告新司の官舎を訪ねて亜衣の霊前にお参りすることを約束する趣旨の平成八年七月一八日付け手紙を原告新司方に持参したところ、原告新司は右の内容では亜衣の供養としては不十分と考え、被告一郎に対し、他に亜衣の供養の方法として考えられることをアドバイスした。

これを受けて、被告一郎は、右に追加して、(一)週一度、本件事故発生場所に行き、亜衣の冥福を祈ること、(二)本件事故発生場所近くに、亜衣の一周忌までには慰霊碑を建てること、(三)亜衣の遺品を預かり、被告一郎の自宅に祀り、毎日手を合わせてその冥福を祈り、詫びること、(四)年一度、本件事故発生場所に僧侶を招き、お経を上げてもらうこと、(五)年一度、埼玉県にある原告ら自宅まで行き、亜衣の霊前で詫びること、(六)必要経費は被告一郎において支払うことを約束する趣旨の同年八月一日付け手紙を作成し、これを原告新司方に持参した。

これに対し、更に原告新司の指摘を受け、被告一郎は、(六)については、被告一郎において必要経費を全額支払うと訂正するほか、右の供養は、被告一郎が死亡するまで行うことを約束する趣旨の同年八月一〇日付け手紙を作成して原告新司に渡し、原告新司の一応の納得を得た。

右三通の手紙は、被告一郎が原告新司から要求されて書いたものではあるが、被告一郎自身の慰謝の気持ちから右供養を約束したものである。

2  被告一郎は、右約束に基づき、前記第三の二3(三)で認定したとおり、亜衣の供養をしてきている。ただし、被告一郎は、資力が乏しいことから、年一度、本件事故発生場所に僧侶を招いてお経を上げてもらうことは未だ実行していない。

二  以上の認定事実によれば、本件事故のように悲惨な事故を起こした加害者である被告一郎が、被害者亜衣の遺族に対して、自由な意思に基づいて右供養の約束を行ったものであり、約束することを強制された等の事情は何ら認められないから、右約束自体は有効と解される。

しかしながら、右約束の内容である供養は、本来、被告一郎が良心に基づき自発的に任意に行うのでなければ全く意味がないものであるから、右約束に基づく債務は、債務者である被告一郎の任意の履行に期待すべきものであって、国の機関である裁判所の判決による強制力をもってその実現を求めることはできない、いわゆる自然債務であるというべきである。

そして、自然債務については、債権者には、裁判上履行を求める権能自体が欠けており、ただ、任意の履行・給付の受領権能のみが存在すると解されるので(それゆえ、前記判示の慰謝料額の認定においては、被告一郎がこれまでに行った供養の内容のみを斟酌事由とし、将来、右約束に基づいて供養を行うか否かは斟酌していない。)、原告らの右約束に基づく供養請求(請求の趣旨第3項)は、訴えの利益に欠けることになり、却下を免れない。

第五結論

以上によれば、各原告の被告らに対する金銭請求は、金四六五六万一八四五円及び内金四五六三万三〇一〇円に対する本件事故の日である平成八年四月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容することとし、原告らの被告一郎に対する請求の趣旨第3項の訴え(供養請求)は、訴えの利益がないから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三木素子)

<以下省略>

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