京都地方裁判所 平成10年(ワ)2361号 判決 2001年7月12日
原告
甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
出口治男 草地邦晴 由良尚文 野々山宏 長野浩三
浅野則明 小松琢 柴田茲行 新谷正敏 高田良爾
髙山利夫 武田信裕 塚本誠一 中田良成 中村利雄
藤原東子 三野岳彦 谷田豊一 林敏彦 上田國廣
福島康夫 児玉晃一 大石和昭 飯森和彦 梶山公勇
彦惣弘 荻原統一 幣原廣 斎藤利幸 浅野元広
五十嵐二葉 出口崇 赤松範夫 浅井正 荻原猛
上野勝 佃克彦 竹内浩史 後藤尚三 武井泰年
梅澤幸二郎 角山正 小林美智子 小坂井久 鈴木和憲
森徳和 中村元弥 末永睦男 内山成樹 釆女英幸
砂田徹也 森下文雄 国松治一 山崎博幸 平哲也
四宮啓 田口光伸 竹之内明 小久保哲郎 財前昌和
金子武嗣 黒田一弘 青木佳文 井上洋子 辻公雄
西村正治 岩本朗 内山新吾 越尾邦仁 豊川義明
沢田篤志 藤田正隆 辻田博子 千本忠一 大川一夫
羽柴修 森下弘 加納雄二 内橋裕和 巽昌章
岸上英二 美奈川成章 秋田真志 前田裕司 太田真美
竹下政行 武村二三夫 小出重義 河原林昌樹 岡慎一
城塚健之 高見秀一 竹森茂夫 三上陸 下川和男
松岡泰洪 笠松健一 大迫唯志 信岡登紫子 杉本吉史
関谷信夫 氏家都子 小泉征一郎 横内勝次 高階叙男
山口健一 中川祐夫 村岡啓一 遠藤達也 河野勉
川村暢生 宮本恵伸 戸谷嘉秀
被告
国
同代表者法務大臣
森山真弓
同指定代理人
黒田純江
外四名
被告
大阪府
同代表者知事
齋藤房江
同訴訟代理人弁護士
井上隆晴
同
細見孝二
同指定代理人
平塚勝康
外六名
主文
1 被告大阪府は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成一〇年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告国に対する請求及び被告大阪府に対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用の四分の一と被告大阪府に生じた費用の二分の一を被告大阪府の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは、各自、原告に対し、二〇万円及びこれに対する平成一〇年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、警察署附属の留置場に勾留中の被疑者らの弁護人である原告が、担当の検察官の警察署長あての被疑者と弁護人との接見等に関し、その日時、場所及び時間を指定することがあるとの通知書のために、留置係の警察官に被疑者との即時の接見を拒まれ、被疑者との接見を妨害されたとして、被告国及び同大阪府に対し、国家賠償法一条に基づき損害賠償(慰謝料)及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年七月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事件である。
2 基礎となる事実(末尾に証拠等を掲げた事実のほかは、全当事者間に争いがない。)
(1)ア 原告は、京都弁護士会所属の弁護士であり、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)の被疑者乙田次郎(以下「乙田」という。)及び同丙山三郎(以下「丙山」という。)の弁護人であった。
イ 大阪地方検察庁(以下「大阪地検」という。)の丁川四郎検事(以下「丁川検事」という。)は、本件被疑事件の捜査を担当していた。
ウ 被告大阪府は、大阪府旭警察署(以下「旭署」という。)及び大阪府曽根崎警察署(以下「曽根崎署」という。)に留置場を設置し、警察官である留置係官に留置業務を遂行させていた。
(2) 乙田は、平成一〇年六月二六日、本件被疑事件で逮捕され、同月二八日、いわゆる代用監獄である旭署の留置場に勾留された。丙山は、同月二七日、本件被疑事件で逮捕され、同月二八日、代用監獄である曽根崎署の留置場に勾留された。
(3) 原告は、同月二七日に乙田から、同月三〇日に丙山から、それぞれ弁護人に選任された。
(4) 丁川検事は、同年七月一日、乙田の接見に関しては旭署長に対し、丙山の接見に関しては曽根崎署長に対し、それぞれ「被疑者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類(新聞、雑誌及び書籍を含む。)若しくは物(糧食、寝具及び衣類を除く。)の授受に関し、捜査のため必要があるときは、その日時、場所及び時間を指定することがあるので通知する。」と記載された「接見等の指定に関する通知書」を送付した(乙5の1、2。以下「本件各通知書」ということがある。)。
(5) 原告は、同月四日午前九時三五分ころ、曽根崎署において留置係官の戊沢五郎巡査部長(以下「戊沢留置係官」という。)に対し、丙山との接見を申し入れたところ、戊沢留置係官から、検察官から接見等の指定に関する通知書の交付を受けており、接見指定をするかどうかを検察官に確認するとして待機を求められた。原告は、しばらく待機し、同日午前一〇時二〇分ないし二五分ころから同日午前一一時まで、丙山と接見した(以下「本件接見(1)」という。)。
(6) 原告は、同月一六日午前八時四三分ないし四五分ころ、旭署において乙田との接見を申し入れ、直ちに、接見室において接見を開始した。ところが、その直後、留置係官の東野六郎警部補(以下「東野留置係官」という。)が接見室に入室し、検察官の指定書がなければ接見は認められない旨述べて、接見を中断させ、乙田を接見室から退室させた。原告は、しばらく待機した後、同日午前九時二八分ないし三〇分から同五〇分まで乙田と接見した(以下「本件接見(2)」という。)。
(7) 上記「接見等の指定に関する通知書」(以下「通知書」という。)は、昭和六二年一二月二五日刑総第一〇六一号法務省刑事局長通達「事件事務処理規程の改正について」(以下「本件法務省通達」という。)に、「接見等の指定を行うことがあると認める場合には、監獄の長に対して(中略)「接見等の指定に関する通知書」によりその旨を通知することとされたい。」とされていることに基づくものである。
本件法務省通達を受けて、昭和六三年一月二八日丙総発第七号警察庁官房長通達「刑事訴訟法第三九条第三項の規定による検察官等の指定に係る事件事務規程の改正について」(以下「本件警察庁通達」という。)が発出されており、これによると、「通知書が発せられた被疑者について、弁護人等から接見等の申出があった場合には、その者が接見等に関する指定を受けているときを除き、当該通知書による協力依頼に基づき、速やかに申出があった旨を検察官等に連絡すること」とされている。
第3 主要な争点及び当事者の主張
1 事実経過について
(1) 本件接見(1)(平成一〇年七月四日の曽根崎署における接見)について
(原告の主張)
ア 原告が待機していると、午前九時四五分ころ、東京の西田七郎弁護士(以下「西田弁護士」ともいう。)が別の被疑者に対する接見の申出をした。同弁護士は、午前一〇時ころ接見室に入り、午前一〇時一五分ころ接見を終えた。原告は、午前一〇時二〇分ころ、接見指定がされないとして接見を開始できた。
イ この事実経過に照らすと、検察庁から曽根崎署留置係官に接見指定しない旨の連絡が入ったのは、午前一〇時二〇分ころ(早くとも午前一〇時一五分ころ)であると考えられる。
(被告らの主張)
ア 午前九時五二分、西田弁護士が別の被疑者に対する接見申出をし、同弁護士は、午前一〇時から接見を開始した。午前一〇時三分、検察庁から曽根崎署留置係官に対し、丙山について接見指定をしない旨の連絡が入った。午前一〇時二〇分ころ西田弁護士の接見が終了し、午前一〇時二五分ころ、原告の丙山に対する接見が始まった。
(2) 本件接見(2)(平成一〇年七月一六日の旭署における接見)について(原告の主張)
原告は、午前八時四三分ころ乙田との接見を申し出、午前八時四四分ころから乙田との接見を開始した。午前八時四八分ころ、留置係官が乙田の背後のドアから接見室に入ってきて、「指定書がなければ会わせられない。」と言って、乙田を接見室から連れ出し、接見室を消灯した。午前九時三〇分ころ、乙田が係官と共に接見室に入室した。係官は、「検事は、接見指定をしないので、自由に会ってくださいと言ってます。」と告げ、原告は、接見を再開した。(被告ら)
原告は、午前八時五〇分ころ、乙田との接見を開始した。八時五二分ころ、東野留置係官は、原告が指定書を持参しているか否か未確認であることを知り、接見室に入り、原告に対して指定書の持参の有無を確認したところ、持参していないとの返事であったので、検察官に確認をとる間、接見の中断を申し入れ、乙田を退室させた。午前九時二八分ころ、検察庁から接見指定しない旨の連絡が入ったので、直ちに原告と乙田との接見を開始させた。
2 丁川検事が本件各通知書を発したことは違法か。
(原告の主張)
(1) 刑訴法三九条三項は憲法に違反する。
ア 憲法三四条違反
憲法三四条前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されない。」と規定して、身体を拘束された被疑者及び被告人に対して、弁護人依頼権を保障している。その趣旨は、形式的に弁護人を選任する権利を認めたものにとどまらず、実質的に弁護人から有効な援助を受ける機会を保障したものである。
殊に、身体の拘束を受けた被疑者は、捜査機関により証拠が固められ、その将来を決定付けられる重要な時期であるにもかかわらず、外部との連絡を遮断され、自らが自己に有利な証拠を収集するなどの防御活動を行うことができない。その上、名誉の失墜や失業のおそれ、拘禁状態がいつまで続くかわからない不安等により極度に緊張し、正常な判断をしえない精神状態に陥ってしまう。被疑者には、黙秘権をはじめとする様々な憲法上・刑訴法上の権利が保障されているものの、一般に法律的知識を欠いていることも多く、上記のような不安定な精神状態のもと捜査官から自白を強要されるときは、被疑者が簡単に虚偽の自白をしてしまうおそれがあることは、冤罪事件の証明するところである。憲法三四条前段は、このように圧倒的に弱い立場にある身体を拘束された被疑者に対し、法律の専門家である弁護人と立会人なくして面接して、被疑者の主張や捜査の状況等を説明して助言を受けさせ、自己に代わって有利な証拠の収集をゆだねる機会を保障して、被疑者の有効な防御活動を可能にするとともに、捜査機関による違法・不当な捜査を是正させようとするものである。
以上のとおり、身体を拘束された被疑者と弁護人とが自由に面談することができる権利、すなわち接見交通権は、憲法三四条前段の弁護人依頼権の核心であり、弁護人にとっても弁護活動の基盤となる重要な権利である。
ところが、刑訴法三九条三項は、「捜査のため必要があるとき」は、検察官、検察事務官又は司法警察職員(以下「検察官等」という。)が被疑者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)との接見又は物の授受の日時、場所及び時間を指定できる旨定めているが、これは、捜査の必要性を接見交通権に常に優先させるものであり、憲法三四条前段が抑留拘禁の条件として弁護人依頼権を保障し、捜査権よりも弁護人依頼権を優先すべきものと位置づけている点を看過するもので、違憲である。
イ 憲法三八条一項違反
憲法三八条一項は、何人にも自己に不利益な供述を強要されない旨を保障しているから、身体を拘束された被疑者は捜査機関による取調べを受忍する義務はない。したがって、捜査機関は、弁護人から接見の申出がされた場合には、直ちに取調べを終了して弁護人との接見を許さなければならず、この意味で、接見交通権は憲法三八条一項と密接に関連する。そうすると、被疑者の取調べは、接見交通権の行使を制限する理由にはならず、「捜査のため必要があるとき」に取調べ中であることを含むとの解釈運用がされている刑訴法三九条三項は、憲法三八条一項に違反し違憲である。
ウ 小括
以上のとおり、刑訴法三九条三項は、憲法三四条及び三八条一項に反し無効であり、弁護人等が捜査官によって接見交通権を制限される根拠はないから、丁川検事が同項を根拠に本件各通知書を発したことは、違法である。
(2) 通知書実務の違法性
仮に、刑訴法三九条三項が憲法に違反しないとしても、通知書を発することによる接見妨害は、次のとおり、刑訴法三九条三項、憲法三一条に違反するから、丁川検事が本件各通知書を発した行為は、違法である。
ア 刑訴法三九条三項違反
(ア) 通知書は、それ以前の一般的指定書に基づく指定方式、すなわち、一般的指定書が発せられた事件については、具体的指定書を持参した弁護人に対してのみ接見を許すという運用を引き継いだものであり、通知書が発せられると弁護人が直ちに接見することができなくなるという点で、上記の運用とその機能は変わらない。通知書が発せられることにより、「即時の接見、例外指定」との原則が逆転し、弁護人は、留置係官が検察官に対して指定権行使の有無を照会する間、指定の要件がなくても待機を強いられることになる。
(イ) 接見交通権が前記のとおり憲法に由来する重要な権利であることに照らし、接見交通権の制限を認めることには厳格でなければならない。
すなわち、留置係官は、①「捜査のための必要」があり、②その指定が被疑者の防御の準備をする権利を不当に制限するようなものでなく、③現実に捜査機関が指定権を行使したときのみに接見交通権を制限でき、これらの要件の一つでも欠ける場合には、直ちに接見させなければならないのであり、刑訴法三九条三項は、留置係官が検察官に対して接見指定をするか否かを照会する間、弁護人を待機させることを許容していない。
(ウ) そうすると、本件法務省通達及び本件警察庁通達は、検察官が留置係官に対し、弁護人等を待機させる措置をとることを要請し、留置係官において同措置をとることを定めている(同措置をとることについての協力要請にすぎないとしても、同措置をとることが現実にシステム化されている以上、同措置をとることを定めているということができる。)ものであるから、各通達は、弁護人の接見交通権を違法に侵害することを内容としており、違法である。
(エ) 接見指定の要件である「捜査のため必要があるとき」とは、①現に捜査機関において被疑者を取調べ中である場合や、実況見分、検証等に立ち会わせている場合で、かつ②接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合をいうと解するべきところ、①の要件は、留置係官において把握できるから、留置係官は、①の要件が認められる場合にのみ捜査機関に接見指定権を行使するか否かを照会すればよいのであって、検察官が事前に通知書を発しておく必要はない。また、仮に、「間近い時に被疑者を取り調べるなどの確実な予定があって、弁護人等が必要とする接見等を認めたのでは、その取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合」も①に含まれると解するとしても、捜査機関が留置係官に対し取調べの予定を事前に告知しておけば、①の要件の把握は可能であるから、やはり通知書を発する必要はない。
イ 憲法三一条違反
(ア) 通知書を発出する要件が本件法務省通達に定められておらず、被告国もその発出の要件を明らかにしない。現実には、通知書は、否認事件、重大事件、社会的影響の大きな事件等で発出されており、発出の基準は、「検察官が被疑者を弁護人に会わせたくない事件」ということ以外に考えられない。すなわち、検察官は、今なお、いわゆる「捜査全般説」にたって恣意的に通知書を発しているのである。
(イ) 通知書を発せられたことは、被疑者にも弁護人にも知らされず、知る手だてもない。したがって、悪意を持った留置係官が通知書事件でないのに、「通知書が出ているから待ってください。」と告げて、接見を遅らせることすら可能なのである。
(ウ) このように、通知書制度は、法律を無視して弁護人の接見交通を巧妙に制限、妨害しようとする制度で、手続的にもまったく不透明であって、憲法三一条に違反する。
(被告国の主張)
(1) 原告の主張(1)に対し
接見交通権は、憲法三四条の趣旨にのっとるものであり被疑者の重要な基本的権利であるが、一方で、憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを認めているのであり、接見交通権が刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものではない。憲法三四条は、被疑者が弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨が実質的に損なわれない限りにおいて、法律に捜査権の行使と接見交通権の行使との合理的な調整の規定を設けることを否定するものではなく、刑訴法三九条三項本文は、その調整を図る趣旨で置かれたものであり、憲法三四条前段に違反するものではない。
また、憲法三八条一項所定の不利益供述の強要の禁止については、これを実効的に保障するためどのような措置が採られるべきかは、基本的には捜査の実状を踏まえた上での立法政策の問題に帰するものというべきであり、同条項の定めから、身体を拘束されている被疑者と弁護人との接見交通権の保障が当然に導き出されるとはいえず、刑訴法三九条三項の定めが、憲法三八条一項に違反するとはいえない。
(2) 原告の主張(2)に対し
ア 原告の主張アに対し
弁護人等が直接代用監獄に赴いて接見の申出をした場合に、検察官等が指定権を行使するためには、留置係官から検察官等に対する連絡が不可欠であるから、刑訴法三九条三項がこの連絡を当然に予定していることは明白である。
通知書は、検察官等が指定権を行使することがあり得ると認める場合に、あらかじめ監獄の長に対してその意図を通知する連絡文書にすぎず、留置係官は、通知書が発出された場合には、検察官の指定権行使の有無を確認するため、検察官に連絡するものにすぎない。
原告は、留置係官において接見指定の要件を判断できる旨主張するが、捜査は極めて流動的であり、接見指定の要否は、接見申出時点における捜査の進展状況を踏まえ、当該事案の性格、内容、当該事案の真相を解明するために必要な捜査の手段、方法等を総合的に判断して決すべきものであり、この要件を何ら捜査状況を把握していない留置係官が判断することは不可能である。
そうすると、留置係官が、検察官等に対し接見の申出があったことを連絡し、その具体的措置について指示を受けるなどの手続を要することにより、弁護人等が待機することになり又は接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲内にとどまる限り違法とはならないというべきである。
イ 原告のイの主張について
通知書は、検察官が監獄の長に対して通知する連絡文書であって、何らの処分性を有するものではないから、原告の主張は、その前提を欠く。
3 丁川検事ないし大阪地検の他の検察官が、留置係官からの照会に対して速やかに回答しなかったことが原告に対する不法行為となるか。
(原告の主張)
(1) 仮に、通知書が発出された事件について、留置係官が検察官等に接見申出の事実を連絡し、検察官等に接見指定の機会を与えるため、弁護人等が合理的時間待機させられることが容認されるとしても、原告は、本件各接見において、いずれも合理的時間を超えて待機させられた。そして、その原因は、次のとおり、いずれの場合も、丁川検事が常に連絡がつくようにしていなかったこと、他の大阪地検の検察官及び検察事務官が留置係官からの連絡に即時に対応しなかったことにある。
(2) 本件接見(1)について
ア 本件接見(1)がされた平成一〇年七月四日は土曜日であり、大阪地検は閉庁日で、丁川検事は出勤していなかった。原告から丙山との接見の申出を受けた曽根崎署の留置係官は、直ちに大阪地検に電話をかけ、当直の検察事務官にその旨を連絡した。検察事務官は、丁川検事の自宅に電話をかけたが、連絡がつかなかった。そこで、検察事務官は、当直検察官である南山八郎検事(以下「南山検事」ともいう。)の判断を仰ぎ、同検事が接見指定をしない旨の判断をした。その結果、原告は、接見申出から検察官からの回答が来るまで、四五分間(九時三五分から一〇時二〇分まで)の待機を強いられた。
イ 丁川検事は、本件各通知書を発した以上、出勤していなくとも、原告が乙田又は丙山に接見しようとしたときに、直ちに接見の申出がある旨の連絡を受けることができ、接見指定をするかどうかの回答をすることができるようにしておく義務があった。しかるに、丁川検事は、原告が接見の申出をしている旨の連絡を受け得ないのに、その態勢をとっていなかったために、また、当直の検察官は、担当の検察官に連絡がつかなければ、速やかに自らが判断しなければならなかったのに、これを怠ったために、原告は四五分間の待機を強いられた。なお、被告国が主張するように、南山検事が他の被疑者の弁解録取の手続を行っていたとしても、被告国としては、接見指定をするかどうかを即座に回答し得る態勢を整えているべきであって、検察庁内の内部の事情で、即座に回答する義務を免れるものではない。
(3) 本件接見(2)について
ア 本件接見(2)の際、東野留置係官は、原告と乙田との接見を中断させた後、直ちに大阪地検に電話をかけ、検察事務官に対し、接見申出の事実を連絡した。その検察事務官は、丁川検事の立会検察事務官にその旨を伝え、同検察事務官は、出勤途中の丁川検事の携帯電話機に電話をかけたが、つながらなかった。丁川検事は、午前九時二〇分すぎころ大阪地検に登庁し、立会検察事務官からの報告を受け、接見指定をしない旨の判断をし、午前九時二八分ころ、その旨、旭署留置係官に連絡した。その結果、原告は、四七分間(八時四三分から九時三〇分まで)の待機を強いられた。
イ 丁川検事は、前記のとおり、原告が乙田又は丙山との接見の申出をした場合に、直ちに連絡を受け、接見指定をするかどうかの回答をし得るようにしておく義務があり、自分の携帯電話に連絡がとれない場合の措置についても自己の立会検察事務官等に指示をしておくべきであった。しかるに、丁川検事は、その指示を怠り、立会検察事務官も、単に丁川検事の出勤を待ち、他の検察官の判断を受けるなどの適切な対応をしなかったため、原告は四七分間の待機を強いられた。
(被告国の主張)
(1) 本件接見(1)について
大阪地検が接見申出の連絡を受けてから接見指定の有無についての回答をするまでに要した時間が二八分間(九時三五分から一〇時三分)であるところ、当日が閉庁日であったこと、担当検察官に連絡がとれない場合は、当直検察官が接見指定の要否を判断する態勢がとられており、現に当直検察官である南山検事によって判断がされたこと、原告は、当日が閉庁日であることを知りながら、事前連絡なしに接見に赴いたこと等の事情に照らすと、上記の時間は、合理的な時間の範囲内にとどまるというべきであり、丁川検事や南山検事の措置に違法はない。
(2) 本件接見(2)について
大阪地検が接見指定の有無の照会を受けてから回答をするまでに要した時間が三四分間(八時五四分から九時二八分まで)であるところ、原告が接見申出をしたのは丁川検事が出勤途中と思われる時間帯であったこと、原告が、そのような時間帯であることを知りながら、事前連絡なしに接見に赴いたこと等の事情に照らすと、上記の時間は、合理的な時間の範囲内にとどまるというべきであり、丁川検事や丁川検事の立会事務官の措置に違法はない。
4 戊沢留置係官が、原告を待機させたことが原告に対する不法行為になるか。
(原告の主張)
(1) 留置主任官ないしこれを補佐する留置係官(以下、併せて「留置担当官」ということがある。)は、留置業務を独立して遂行する権限を有し(監獄法四五条、被疑者留置規則四条二項、二九条一項)、弁護人等から接見の申出があった場合、刑訴法三九条三項に該当する事由が存在しない限り、接見を許すべき職務上の義務を負っている。
(2) 原告が本件接見(1)の申出をしたとき、次のとおり、刑訴法三九条三項に該当する事由が存在しなかった。
ア 接見指定がされていなかった。
イ 接見指定の要件が存在しなかった。すなわち、当時、(ア)丙山は、曽根崎署の房の中におり、取調べ、検証、実況見分等によって丙山の身柄が捜査のために利用されている状態ではなかったし、(イ)間近な取調べの予定もなかった。
(3) 戊沢留置係官は、(2)のアの事実、イの(ア)の事実を知っていた。また、イの(イ)の事実については、警察官の取調予定については、曽根崎署内で捜査主任官に問い合わせれば知り得たし、検察官の取調予定については、検察庁に電話したときに検察官が在庁していないことを知ったのであるから、間近な取調べの予定がないことを知り得た。
(4) よって、戊沢留置係官が原告を待機させたのは、(1)の職務上の義務に違反し、違法であって、原告に対する不法行為に当たる。
(被告大阪府の主張)
(1) 検察官から通知書が発せられている被疑者に対し、弁護人等より接見の申出があった場合において、その弁護人等が接見指定を受けていないとき、留置担当官は、検察官に速やかに連絡をとり、指定権行使の有無を照会し、その内容によって処置をする。ただし、検察官の回答が合理的な範囲を超えて遅延していると判断されるときは、留置係官は、回答を待たずに接見させる。これは、本件警察庁通達に基づいて各警察署においてとられている措置である。
(2) この場合、検察官からの回答を受けるために弁護人等が待機することになり、それだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲にとどまる限り、許容されている。
(3) 本件接見(1)において、戊沢留置係官は、原告から接見申出を受けた後、直ちに検察庁に連絡して接見指定の有無について照会をしており、同日午前一〇時三分ころその回答を得た。原告の接見の開始が同日午前一〇時二五分となったのは、他の弁護士が、原告の了解を得て、曽根崎警察署の唯一の接見室において他の被疑者と接見していたからであり、戊沢留置係官が検察官からの回答を得るために原告を待機させた時間は二八分にすぎない。そして、この時間は、合理的な範囲にとどまる。
5 東野留置係官が、検察官に対し接見指定の有無を照会するに際し、原告と乙田との接見を中断させ、その回答があるまで原告を待機させたことが原告に対する不法行為になるか。
(原告の主張)
(1) 接見交通権は憲法三四条に根拠のある、身体を拘束された被疑者にとって重要な権利であるとともに、弁護人の固有の権利として、弁護活動の核心部分でもある。弁護人がいったん適法に接見を開始した場合、それは弁護人にとっても被疑者にとっても、憲法上の権利行使そのものであり、留置係官が、何らの正当な理由、合理的な法的根拠なくして、その接見を中断することができないことは自明である。留置係官は、その業務に関し、捜査機関とは独立して留置業務を遂行するものであり、弁護人が適法に開始した接見を中断できる法的根拠としては、刑訴法三九条三項により検察官等が接見指定権を行使した場合しかあり得ない。
そうすると、原告は、いったん、乙田との接見を適法に開始したのに、検察官等による接見指定権の行使がされておらず、かつ客観的に見ても接見指定要件が存在しない状況であったにもかかわらず、東野留置係官は、接見室に立ち入り、原告と接見中の乙田に対して、いきなり「乙田、立て。」と声を大きくして退室を命じ、乙田の左腕を持って引き上げて、接見室を消灯して退室させたという、威力を用い、威嚇的かつ暴力的な方法で接見を中断させたのであって、東野留置係官のこの行為が違法であることは明らかである。
(2) また、東野留置係官は、原告と乙田との接見を中断した後も、捜査官による接見指定権の行使自体がなく、かつ接見指定要件が欠いていた状況であったにもかかわらず、約四二分間にわたり接見の妨害を続けたもので、これが違法であることも明らかである。
(3) (1)(2)の違法行為について、東野留置係官に、少なくとも過失があることも明らかである。
(被告大阪府の主張)
(1) 東野留置係官が原告と乙田との接見を中止させたのは、検察官から通知書が発せられている被疑者に対し、弁護人より接見の申出があった場合において、その弁護人が接見指定を受けていないとき、留置係官は、検察官に速やかに連絡をとり、指定権行使の有無を照会し、その内容によって処置をするとの本件警察庁通達に基づく一般的な取扱いにしたがったにすぎず、違法性はない。
(2) 東野留置係官は、原告と乙田との接見を中止させた後、直ちに検察庁に連絡をとって接見指定の有無を照会し、その回答を得た後は直ちに接見を再開させており、回答を得るのに要した時間は合理的な範囲内であって、違法性はない。
第4 当裁判所の判断
1 事実経過について(争点1)
(1) 前記基礎となる事実に証拠(甲6ないし8、13、14、乙1ないし6の各1、2、乙7、9、11、丙1ないし8、証人丁川四郎、同北川九郎、同東野六郎の各証言及び原告本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア 本件被疑事件の被疑事実の概要は、元暴力団幹部で、いわゆる総会屋である丙山及び同グループの構成員である乙田が、他の総会屋と共謀の上、○○株式会社の株主総会会場において、一般株主を脅迫して総会を混乱させたというものであり、逮捕当初、丙山及び乙田は犯行を否認し、あるいは供述を拒否していた。丁川検事は、本件被疑事件の処理に当たっては、各共犯者の役割、共謀状況、犯行状況、背景事情等を明らかにする必要があり、被疑者らを集中して取り調べる必要があると考えていたが、更に平成一〇年六月三〇日に、取調べ警察官から、乙田が取調室で自傷行為等の特異な行動に及んだとの報告を受けたことから、今後弁護人が頻繁に接見するものと予想し、被疑者らの取調時間を確保する必要上、接見の日時、場所等を指定しなければならない場合も出てくると判断し、同年七月一日、本件各通知書を発した。
丁川検事は、本件各通知書を発するに先立ち、原告に電話をかけ、丙山と乙田との接見については接見指定をすることがある旨説明し、接見に赴く場合の事前の連絡方を依頼した。これに対し、原告は、弁護人に検察官に対する接見の事前連絡をする義務はないとして、その依頼を断った。
イ 本件接見(1)について
(ア) 原告は、同月四日(土曜日)午前九時三五分ころ、事前の連絡なく曽根崎署に赴き、戊沢留置係官に対し、丙山との接見を申し出、併せて丙山に「模範六法」一冊を差し入れたところ、戊沢留置係官から、接見については、検察官に接見指定の有無を確認するとして待機を求められた。
(イ) 戊沢留置係官は、直ちに大阪地方検察庁に電話をかけ、応対に出たA検察事務官(以下「A事務官」という。)に対し、原告が丙山との接見を求めて曽根崎署に来ていることを告げ、検察官が接見指定をするか否かを照会した。
(ウ) A事務官は、当日が閉庁日で丁川検事は出勤していなかったので、自宅に電話をかけたが、応答がなかった。そこで、A事務官は、当直検察官である南山検事の指示をうけようとしたが、同検事は、当日送致された身柄事件の被疑者の弁解録取手続中であったので、弁解録取手続の終了を待って同検事の指示を仰いだ。A事務官は、同検事の接見指定をしないとの判断を得て、午前一〇時一五分ないし午前一〇時二〇分ころ、曽根崎署留置係官に対し、その旨電話連絡した。なお、それまでの間、曽根崎署の留置係官である北川九郎警部補(以下「北川留置係官」という。)は、A事務官に対し、二度にわたって、回答を催促する電話をかけていた。
(エ) 曽根崎署では、午前九時四五分ころ、東京の西田弁護士が、接見の日時を同日午前一〇時から一一時までの間の二〇分間と指定する旨の接見指定書を持参して、他の被疑者との接見を求めた。ところで、曽根崎署留置場の接見室は一つしかなかったが、原告が、午前一〇時が近づいたころ、西田弁護士の依頼で同弁護士が先に接見することを了解したので、西田弁護士は、原告より先に午前一〇時ころから午前一〇時二〇分ころまで接見した。その間、原告は、午前一〇時一五分ころ、丙山に対し、「口語六法」一冊を差し入れた。西田弁護士が接見を終えてしばらくして、原告は、北川留置係官から接見室への入室を促され、午前一〇時二五分ころ、丙山との接見を開始し、午前一一時ころまで接見した。
(オ) 同日丙山の取調べは午後から開始された。
ウ 本件接見(2)について
(ア) 原告は、同年七月一六日午前八時四五分ころ、事前の連絡なく旭署留置場に赴き、乙田との接見を申し入れた。これを受け付けた旭署の留置係官であるB巡査部長(以下「B留置係官」という。)は、通知書が発せられていることを失念し、接見指定書の確認をすることなく、直ちに原告を接見室に案内し、乙田との接見を開始させた。
(イ) その直後、東野留置係官は、B留置係官から、接見指定書を確認していないことを聞き、直ちに接見室に入り、原告に対し、接見指定書の提示を求め、原告が接見指定書を持参していないことを知った。東野留置係官は、「指定書がなければ会わせられない。」と言って、乙田を接見室から連れ出そうとした。原告はこれに抗議し、乙田も抵抗の姿勢を示したが、東野留置係官は、接見室を消灯し、乙田に対し、「立て。」と語気強く命じ、左腕を掴んで乙田を接見室から連れ出した。その時間は、午前八時五〇分ころであった。
(ウ) 東野留置係官は、遅くとも午前八時五四分ころまでに大阪地検に電話をかけ、応対に出たC検察事務官(以下「C事務官」という。)に対し、原告が乙田との接見を求めて旭署に来ていることを告げ、接見指定をするか否かを照会した。C事務官は、丁川検事若しくはその立会事務官であるD(以下「D事務官」という。)に連絡を取ろうとしたが、両名の当日の出勤予定時刻は午前九時一五分であり、まだ出勤していなかった。C事務官は、旭警察署留置係官に電話をかけ、検察官がまだ登庁していないが、連絡が取れ次第、電話する旨伝えた。
(エ) D事務官は、午前九時ころ大阪地検に出勤し、午前九時五分ころ、C事務官から、乙田の接見指定についての照会が来ている旨の報告を受けた。D事務官は、直ちに丁川検事が携行している携帯電話機に二度にわたって電話をかけたが、つながらなかった(そのとき、丁川検事が乗車していた電車が地下区間を走行していたためであろうと推測される)。
(オ) 丁川検事は、午前九時二〇分ころ大阪地検に出勤したが、その直後、D事務官から、乙田の接見指定についての照会が来ている旨の報告を受け、接見指定をしない旨の判断をし、午前九時二八分ころ旭署に電話をかけ、留置係官に対し、その旨の回答をした。
(カ) 原告は、午前九時二八分ころ、乙田との接見を再開し、午前九時五〇分ころまで接見した。
(キ) 同日乙田についての取調べはなく、乙田は終日在監していた。
(2) これに対し、
ア 被告らは、本件接見(1)に関し、A事務官が曽根崎署留置係官に接見指定しない旨を回答したのは、平成一〇年七月四日午前一〇時三分ころであると主張し、乙9(丁川検事の陳述書)中には、その主張に沿う部分があり、丙1(北川留置係官の陳述書)中には、これに加え、北川留置係官が午前一〇時三分ころ、原告に対し、大阪地検から接見指定をしない旨の回答があったことを伝えたとの部分があり、さらに証人北川九郎は、これに加え、一〇時一〇分ころにも原告に対し、同様の伝達をしたとの供述をしている。
他方、原告作成に係る「接見活動に関する事実経過」と題する書面(甲6)中には、本件接見(1)の際、原告が留置係官から、検察官の接見指定しない旨の回答内容を伝えられたのは、西田弁護士の接見が終了した後であるとの部分がある。
乙9の上記部分は、被告大阪府の調査結果を記載したものにすぎないし、丙1も北川留置係官が本件接見(1)から約九か月が経過した平成一一年四月六日に被告大阪府の指定代理人等から事情聴取を受け、記憶を喚起して作成したものであり(証人北川九郎)、同人の証人としての供述も、大筋は、その事情聴取の際に整理され固定化した記憶に基づいてされたものと推認できる。また、上記陳述書の内容には、客観的な証拠と付合しない部分(原告が「模範六法」を差し入れた時刻を午前九時四五分としているが、差入書(丙6)には差入時刻が九時三五分と記載されている。)もある。
他方、原告は、被疑者と接見するたびにメモを残しており、更に、本件各接見における検察官、留置係官の対応を問題にしようと考え、記憶が鮮明な平成一〇年七月二九日に、そのメモの記載を踏まえ、自らの記憶を交えて、上記「接見活動に関する事実経過」と題する書面(甲6)を作成していた(原告本人)というのであるから、上記「接見活動に関する事実経過」と題する書面(甲6)の記載内容は、時刻の僅かな誤差を除いては、おおむね信用できるというべきであり、前記乙9、丙1、証人北川九郎の供述は採用することができない。
イ 原告は、本件接見(1)の開始時刻は同月四日午前一〇時二〇分、本件接見(2)の再開時刻は同月一六日午前九時三〇分であると主張し、上記甲6中には、その主張に沿う部分がある。しかしながら、本件接見(1)の際の接見受付表(丙7)には接見(1)の開始時刻が午前一〇時二五分と、旭警察署長作成に係る丁川検事宛の乙田についての接見に関する照会回答書(乙6の2)には、接見(2)の開始時刻が九時二八分とそれぞれ記載されていることが認められるところ、前者は、接見(1)の際に留置係官が記入した一次資料であるし、後者も、それ自体は二次資料であるが、一次資料に基づいて作成されたものと考えられるから、その信用性を肯認するべきである。甲6の信用性をおおむね肯定できることは前記のとおりであるが、数分程度の時刻の食い違いについては、これらの証拠(丙7、乙6の2)の信用性に及ばないというべきである。
2 丁川検事が本件各通知書を発したことは違法か(争点2)。
(1) 原告は、本件各通知書は刑訴法三九条三項に根拠を有するところ、同項は憲法三四条及び三八条一項に違反する旨主張する。しかし、刑訴法三九条三項が憲法三四条、三八条一項に違反するものではないことは、最高裁判所の判例(最高裁平成五年(オ)第一一八九号同一一年三月二四日大法廷判決・民集五三巻三号五一四頁)であって、原告のるる主張するところを検討しても、当裁判所も、この判例のとおり、刑訴法三九条三項は憲法三四条、三八条一項に違反しないと考える。
(2) さらに、原告は、刑訴法三九条三項が憲法に違反しないとしても、丁川検事が本件通知書を発した行為が刑訴法三九条三項、憲法三一条に違反する旨主張するので検討する。
ア 通知書は、被疑事件の担当検察官が監獄の長に対して送付される文書であり、その文面は「上記被疑者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類(新聞、雑誌及び書籍を含む。)若しくは物(糧食、寝具及び衣類を除く。)の授受に関し、捜査のため必要があるときは、その日時、場所及び時間を指定することがあるので通知する。」というものである。
すなわち、その文面は、刑訴法三九条三項の条文とほぼ同一であるところ、刑訴法三九条三項は、弁護人等から具体的な接見の申出があった場合に、検察官等による接見指定がそれに応じてなされることを予定していると考えられるから、通知書は、検察官等が、留置担当官から接見申出があった旨の連絡を受けて、接見指定をする機会を得ることを目的とするもので、検察官等が監獄の長等に対し、接見指定をすることがあり得ると考える一定の事件について、弁護人等が指定を受けないで接見の申出をした場合に、その旨を検察官等に連絡することを依頼する趣旨の行政機関間の事務連絡文書であるというべきである。そして、本件法務省通達が「検察官等において指定権を確保し、これを円滑に行使するためには、監獄の長に対する通知を欠くことができず、かつ、これを確実に行う必要があるので、接見等の指定を行うことがあると認める場合には、監獄の長に対して通知書によりその旨を通知することとされたい」とし、本件警察庁通達が「通知書は、弁護人等が指定を得ないで当該被疑者との接見等をいわゆる代用監獄の長に申し出たときは、検察官等に指定するか否かを判断する機会を与えるため、いわゆる代用監獄の長が検察官等にその旨を連絡することを依頼する行政機関間の事務連絡文書であると解される。」とし、併せて、「通知書が発せられた被疑者について、弁護人等から接見等の申出があった場合には、その者が接見等の関する指定を受けているときを除き、当該通知書による協力依頼に基づき、速やかに申出があった旨を検察官等に連絡すること」としているのも、上記の趣旨を明らかにしたものということができる。
イ 通知書が発せられた場合、上記各通達に基づき、監獄の長等が、検察官等に対し連絡をする取扱いがされているが、それ自体は行政機関間のいわば便宜供与として行われているのであって、検察官等の接見指定がされていない限り、接見を申し出た弁護人等に対し、これを認める否かは、監獄の長(代用監獄においては留置主任官)が、その独自の権限(監獄法四五条、被疑者留置規則四条二項、二九条一項)に基づいて決することができるのであるから、検察官が通知書を発すること自体が、弁護人等に対して違法となることはない。
ウ また、上記のとおり、通知書は行政機関間の連絡文書であり、被疑者や弁護人に対して何らの処分性を有するものでないから、これが憲法三一条に反するとの原告の主張は、その前提を欠くといわざるを得ない。
3 丁川検事ないし大阪地検の他の検察官が、留置係官からの照会に対して速やかに回答しなかったことが原告に対する不法行為となるか(争点3)。
(1) 1の(1)で認定した事実によると、検察官が曽根崎署及び旭署の各留置係官から接見指定の有無についての照会を受け、回答するまでに要した時間は、本件接見(2)の場合は、約四〇分ないし四五分(午前九時三五分ころから午前一〇時一五分ないし二〇分ころ)、本件接見(2)の場合は、約三四分(午前八時五四分ころから午前九時二八分ころ)である。
(2) 上記時間は、接見指定をするかどうかを回答するまでの時間としては、相当の長時間であり、本件法務省通達において、「弁護人等から検察官等とのいわゆる事前協議を経ないで監獄の係官に対して直接接見の申出があった場合には検察官等において直ちにその旨の連絡を受けられるよう配意する。」とされていること(乙12)、通常の接見時間は四五分以内が大部分(三〇分以内も少なくない。)と推認することができる(甲15(京都弁護士会のアンケート結果))ところ、上記の回答に要した時間は、通常の接見時間に匹敵ないし上回るものであること、法務省は、日本弁護士会連合会との間で継続的に開催された「接見交通に関する協議会」において、平成三年三月までに、「代監側から検察官に連絡がとれないという事態が起こらぬよう、各庁の実情に応じて態勢を整備している。合理的な時間内に指定をするか否かについて検察官から連絡がない場合には、指定はしないものとして扱われる。合理的な時間とは、指定の要否を判断するのに通常要する時間程度である。通常の場合、連絡を受けてから三〇分ないし四〇分を超えることはあまりないであろうと思う。」との見解を述べていること(甲3及び弁論の全趣旨)に照らすと、その相当性には疑問が残る。
(3) しかしながら、前記のように、監獄の長は、接見を申し出た弁護人等にこれを認めるかどうかを独自の権限で決すべきであり、後記のとおり、合理的な範囲内にとどまる限りにおいて、検察官等の回答がされるまでの間、弁護人等を待機させることができるのにすぎず、通知書は結局のところ、合理的な範囲内において弁護人等を待機させることを依頼するものと解されるから、検察官が、接見指定をするかどうかを照会することを依頼しておきながら、それに速やかに回答しないことが監獄の長に対する関係において相当であるかどうかはともかく、そのことが原告に対する関係において違法となることはない。
(4) よって、この点についての原告の主張も採用できない。
4 戊沢留置係官が、原告を待機させたことが原告に対する不法行為になるか(争点4)。
(1) 代用監獄においては、留置担当官は、留置業務を独立して遂行する権限を有し(被疑者留置規則四条二項、二九条一項)、弁護人等から接見の申出があった場合、刑訴法三九条三項に該当する事由が存在しない限り、すなわち、検察官等の接見指定がない限り、接見を許すべき職務上の義務を負っている。
(2) もっとも、刑訴法三九条三項は、前記のように、弁護人等が検察官等とのいわゆる事前協議を経ないで、直接留置担当官に対して接見の申出をしたときは、検察官が通知書を発しないことによって接見指定をする意思がないことを包括的に明らかにしている被疑者に対する接見申出の場合を除き、留置担当官において、検察官等に対し、その旨を連絡して、接見指定する機会を与えることを予定しているものと考えられる。そして、このような検察官等に連絡をして接見指定するかどうかの回答を得るためにはある程度の時間を要するのは当然であって、その間、弁護人等が待機することになり、それだけ接見が遅れることになっても、それが合理的な範囲内にとどまる限り、許容されているものと解するのが相当である(最高裁昭和六一年(オ)八五一号平成三年五月三一日第二小法廷判決・裁判集民事一六三号四七頁参照)。もっとも、上記のように、弁護人等を待機させることが許容されるのは、合理的な範囲内にとどまる場合に限られているから、これを超えてなお検察官等からの回答が得られないときには、留置担当官としては、自らの権限に基づいて接見をさせるべきであって、合理的な範囲を超えてなお接見を認めないことは、違法というべきである。
この点、原告は、留置担当官は、接見指定の要件のうち、①現に取調べ中である場合、②実況見分、検証に立ち会わせている場合、③間近いときに取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合を満たすか否かは自ら判断できるのであって、これらの要件のいずれもが認められないときは、直ちに接見を認めるべきであり、これらの要件の一つでも認められる場合に、はじめて検察官等に連絡し、捜査の中断によって顕著な支障が生ずるか否かを判断して接見指定権を行使する機会を与えれば足りると主張する。
しかしながら、上記①②はともかく、③については留置担当官としては充分には把握できないと考えられる(捜査機関が取調べ等の予定を事前に留置担当官に連絡する運用をしたとしても、事態が刻々と変化する捜査の流動性に照らせば、留置担当官が取調べ等の予定を完全に把握するのは困難である。)から、原告の上記主張は採用できない。
また、原告は、留置担当官としては、被疑者が在監している場合は直ちに接見させるべきであり、その後検察官等に連絡した結果、接見指定がされれば、その段階で接見を中断させればよい旨主張する。しかし、刑訴法三九条三項の接見指定は、接見が開始される前にされることを予定していると解せられるから、いったん始まった被疑者と弁護人等との接見を、中断させることは、かえって接見交通権を侵害することになるから、原告の上記主張も採用できない。
(3)ア そして、上記の合理的な範囲内にとどまるかどうかは、接見指定がされる可能性の有無、接見の申出があったのが、検察官の通常の執務時間内であるのか、検察庁の閉庁日や検察官の通勤の時間帯など、担当検察官との連絡をとるのが必ずしも容易ではない時間であるのか、その時点での担当検察官が他の用務を担当していたのかどうか、弁護人等において、あらかじめ留置担当官に接見の申出をする旨の連絡をしていたのか、予告なく接見に赴いたのかどうかなどの諸般の事情を総合的に考慮して、検察官等が接見指定をするか否かを判断するについて通常必要な時間を確保するとともに、それによって弁護人等と被疑者との接見交通権を実質的に制限することのないようにとの観点から判断すべきものである。
イ これを本件接見(1)において見ると、一の(1)のイで認定した事実によると、西田弁護士が接見を開始した午前一〇時ころから後は、原告自身が西田弁護士に接見の順序を譲ったために待機する結果となったものであり、西田弁護士の接見終了後間もなく原告の接見が開始しているのであるから、曽根崎署留置係官が原告を待機させた時間は、午前九時三五分ころから午前一〇時ころまでの約二五分間ということになる。当日は、土曜日で閉庁日であったのであるから、土曜日の午前中が接見の取扱時間であることを考慮しても、平日の通常の執務時間内に比べて、担当検察官に連絡をし、連絡が可能かどうかを見極めるのにも時間を要するし、限られた当直検察官が、判断をするとしても、他の用務に手をとられているなどのために時間を要することがあっても、ある程度はやむを得ない。一方、原告は、当日が閉庁日であること、閉庁日においては、平日に比べて担当検察官の回答がされるまでに時間がかかり得ることを理解していたことを推認し得るところ、それにもかかわらず、曽根崎署の留置係官にあらかじめ連絡することなく接見に赴いていること(原告自身、接見に行く日時において被疑者がいるかどうか不安があるときには、留置係官に事前連絡をしており(原告本人)、留置係官に上記の連絡をすることは容易であって、原告にそれほどの負担をかけるものでもないことは明らかである。)を考慮すると、近時、通信手段が著しく向上したことを考慮しても、上記の約二五分間は、いまだ合理的な範囲を超えたものとまでは認めることはできない。
ウ よって、戊沢留置係官が原告を待機させたことは、違法ということはできず、原告に対する不法行為になると解することはできない。
5 東野留置係官が、検察官に対し接見指定の有無を照会するに際し、原告と乙田との接見を中断させ、その回答があるまで原告を待機させたことが原告に対する不法行為になるか(争点5)。
(1) 前記のとおり、刑訴法三九条一項所定の接見交通権は、憲法三四条に由来し、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものである。そして、身体の拘束を受けている被疑者が、弁護人に相談し有効な助言を得るためには、立会人のないところで弁護人と自由な意思の疎通を図ることが確保されなければならない。刑訴法三九条三項は、接見又は物の授受の日時、場所及び時間を指定できる旨定めているにすぎないことに照らし、弁護人と被疑者とが接見を開始した後は、留置係官が、被疑者と弁護人の接見を中断させることはできないというべきである(留置係官がいつ接見室に立入り、接見を中断させるか知れないというのでは、落ち着いて接見をすることができず、上記の接見交通権の趣旨・目的を害することは明らかである。)。このことは、検察官から通知書の発せられている事件について、検察官に対する連絡をしないで接見を開始させた場合であっても変わりはない。
(2) ところが、1の(1)のウで認定したとおり、東野留置係官は、原告が乙田との接見を開始した直後、接見室に入室し、「検察官の指定書がなければ会わせられない」と言って、原告が抗議したにもかかわらず、乙田に語気強く退室を命じ、接見室を消灯し、乙田の左腕をつかんで乙田を接見室から連れ出して、原告と乙田との接見を中断させたというのであるから、東野留置係官の係る行為は、違法であって、これが留置係官としては、接見を中断させる権限がないことを知らないことについて、少なくとも過失があることは明らかである。そして、原告が接見を中断された際の対応からすると、原告が、接見を中断されて、その後、接見を再開するまでの約三八分間(午前八時五〇分ころから午前九時二八分ころまで)の待機を余儀なくされたことによって、精神的苦痛を被ったことは推認するに難くないから、東野留置係官の上記行為は、原告に対する不法行為となり、原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、東野留置係官の上記行為の態様、その後接見を再開するまでの待機時間の長さ、原告の請求金額その他本件に表われた諸般の事情を考慮すると一〇万円が相当であると認める。
6 結論
以上により、原告の本訴請求は、被告大阪府に対し一〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年七月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告国に対する請求及び被告大阪府に対するその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文に従い、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・水上敏、裁判官・井戸謙一、裁判官・吉田静香)