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京都地方裁判所 平成10年(ワ)3594号 判決 2000年2月18日

原告

破産者a信販株式会社破産管財人 X

右常置代理人弁護士

三浦正毅

三野岳彦

池上哲朗

武田信裕

被告

安田信託銀行株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人支配人

右訴訟代理人弁護士

田原睦夫

主文

一  被告は、原告に対し、金一億〇六一〇万四二二四円及びこれに対する平成一〇年七月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、破産管財人である原告が、被告に対し、合同運用指定金銭信託契約の終了に基づき、破産者が被告に信託した元本一億円及び収益配当金の内金六一〇万四二二四円の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実

1(一)  原告は、平成八年六月三日午後〇時京都地方裁判所において破産宣告を受けた破産者a信販株式会社(以下「破産会社」という。)の破産管財人である。

(二)  被告は信託業務、預金などの受入れ、資金の貸付等を目的とする信託銀行である。

2  破産会社は、被告に対し、平成三年七月二日、信託期間を同日から元本支払日(平成一〇年七月二日)の前日までの約定で、合同運用指定金銭信託(商品名ポーラースター コモディティ・トラスト)に二口、合計一億円信託した(以下「本件信託」という。)。

3  原告は、破産宣告のなされた平成八年六月三日、破産会社が本件信託にかかる元本及び収益配当金の入金先として指定していた口座(被告京都支店、普通預金口座、口座番号四〇八九九一〇)を解約した。

4  被告は、被告の別段預金口座(被告京都支店、貸付一時預り金口、口座番号<省略>)に、平成一〇年七月一日に、本件信託の同年六月三〇日までの収益配当金六一〇万四二二四円を、同年七月二日に、元本一億円及び同月の一日分の収益配当金三万六三四五円をそれぞれ振り込んだ。

5  被告は、同年七月二日時点で、破産会社に対し、別紙債権一覧表≪省略≫一記載のとおりの貸付金債権を有していた。

被告は、原告に対し、同年七日到達の書面で、同表二記載の債権をもって、原告の元本及び収益配当金交付請求権と、その対当額において相殺する旨の意思表示をした(以下「本件相殺」という。)。

二  争点

本件相殺は有効か。

(原告の主張)

本件相殺は、信託法一七条(信託財産の相殺の禁止)、二二条(受託者の権利取得の制限)、破産法一〇四条一号(相殺の禁止)に違反し無効である。

第三争点に対する判断

一  信託とは、委託者が法律行為によって受託者に財産権を帰属させつつ、同時に、その財産を一定の目的に従って、委託者のために管理・処分すべき拘束を加えるところに成立する法律関係をいう(信託法一条)。

すなわち、受託者が財産権の名義者となり、財産の管理・処分の権限を取得するが、右権限は自己のために与えられたものではなく、他人のために一定の目的に従って行使しなければならないのであって、信託財産は、実体的に受託者の固有財産から区別される特性を持つ(信託財産の独立性)。

二  右独立性を表現するものとして、信託法一七条は、「信託財産に属する債権」と「信託財産に属さない債務」との相殺を禁止している。

これは、受託者が相殺によって信託財産を自己の用に供する不都合を避けるべく、信託財産は、形式的に受託者の名義となっていても、受託者個人の財産からは独立した存在であることを明らかにし、別個の法主体間の債権債務の相殺を禁じた規定である。

三  本件の争点は、受益債権と受託者個人が受益者に対して有する債権(貸付金債権)との相殺が許されるか否かであるが、「信託財産に属する債務」と「信託財産に属しない債権」との相殺に関する規定はないため、信託の趣旨に遡って考察する。

金銭信託においても、受託者が信託を引き受けた金銭は、受託者個人の財産から独立した存在であることに変わりはない。一方、受託者の受益者に対する貸付けは、金銭信託に当然に伴うものではなく、貸付金債権は受託者個人の固有の債権である。したがって、受託者の受益者に対する貸付金債権と受益債権とは別個の法主体間の債権債務であり、両債権の相殺を認めることは、信託法一七条の趣旨に反して許されないと解するのが相当である。

したがって、本件相殺は許されない。

四  この点について、被告は、本件相殺は、信託契約が終了した後に、原告の元本及び収益配当金交付請求権を受働債権としてなしたものであり、右各請求権は一般の金銭債権であるから、信託法一七条の禁じる信託契約継続中の受託財産をもって相殺をなしたものではないと主張する。

しかし、受託者が負担している元本及び収益配当金の支払債務は、信託契約の終了に伴う当然の処理として受託者が負う債務であって、信託契約と切り離して単純な金銭債権と同視することはできない。

この場合に相殺を認めれば、受託者は、たまたま受託者の地位にあったために、そうでなければ行えなかった相殺という簡便な方法により、受託者個人の貸付金債権の満足を得ることになり、一般の債権者相互間では得られない利益を得ることになる。これは、受託者は自己の受託者たる地位を利用して利益を図ってはならないとの信託法一七条の趣旨に反する。

五  なお、かかる相殺が否定されれば、信託銀行が受益者に銀行勘定で貸し付けるのをためらうこととなり、受益者が受益権という資産を流動化することが困難となる危険性を指摘する論者もいる(≪証拠省略≫)。

信託銀行が、定期預金担保の貸付(預担)と同様に、貸付信託の顧客(受益者)にその受益権を担保として信託銀行の貸付勘定(銀行勘定)から融資することは広く行われているものと思われる。

しかし、右のような取扱いは事実上行われているに過ぎないし、信託契約という法形式を取った以上、信託法の制約に服するのは当然であり、預金債権と同一視することはできない。そして、こう解しても、信託法一七条は、当事者による相殺契約を禁止するものではなく、特約によって相殺制限を回避することは差し支えないから、右指摘の危険性を重視する必要はない。

六  結論

以上によれば、本件相殺は信託法一七条に違反し無効であるから、被告は、原告に対し、元本及びこれに対する収益配当金合計一億〇六一〇万四二二四円及びこれに対する元本支払日の翌日である平成一〇年七月三日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払義務がある。

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 山本和人 平井三貴子)

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