京都地方裁判所 平成10年(行ウ)9号 判決 2003年5月29日
原告
甲
原告訴訟代理人弁護士
柴田茲行
被告
東山税務署長 堀内信忠
被告指定代理人
中村和洋
同
鴫谷卓郎
同
田中茂樹
同
小西弘樹
同
北口仁紀子
同
日下文男
同
村上幸隆
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、原告に対し、いずれも平成8年12月16日付でした次の各処分を取り消す。
一 原告の平成5年分の所得税に係る更正のうち総所得金額443万9000円及び納付すべき税額25万3800円を超える部分並びにこれに対する過少申告加算税賦課決定
二 原告の平成6年分の所得税に係る更正のうち総所得金額457万6000円及び納付すべき税額14万8400円を超える部分並びにこれに対する過少申告加算税賦課決定
三 原告の平成7年分の所得税に係る更正のうち総所得金額348万5000円及び納付すべき税額13万8900円を超える部分並びにこれに対する過少申告加算税賦課決定
四 原告の平成5年1月1日から同年12月31日までの課税期間に係る消費税についての決定及び無申告加算税賦課決定
五 原告の平成6年1月1日から同年12月31日までの課税期間に係る消費税についての決定及び無申告加算税賦課決定
六 原告の平成7年1月1日から同年12月31日までの課税期間に係る消費税についての決定及び無申告加算税賦課決定
第二事実関係
一 事案の概要
本件は、被告が、管工事業を営む原告に対し、平成8年12月16日付で、平成5年分ないし平成7年分(以下「係争年分」という。)の原告の所得税の各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分、更に、平成5年1月1日から同年12月31日まで、平成6年1月1日から同年12月31日まで及び平成7年1月1日から同年12月31日までの各課税期間(以下、順次「平成5年課税期間」、「平成6年課税期間」及び「平成7年課税期間」といい、これらを併せて「本件各課税期間」という。)に係る消費税の各決定処分及び各無申告加算税の賦課決定処分(以下、以上の各処分を一括して「本件各処分」という。)をしたのに対し、原告が、係争年分の所得税の各処分は、推計課税の必要性及び合理性がなく、しかも、所得を過大に認定してされた違法な処分であり、本件各課税期間の消費税の各処分は、仕入税額控除の要件を誤ってされた違法な処分であるなどと主張して、本件各処分の取消しを求めた事案である。
二 当事者間に争いのない事実等
1 原告は、京都市山科区椥辻西浦町の肩書住所地(以下「原告宅」という。)に居住して管工事業を営む者であり、その所得税の申告については白色申告をしていた。
2 本件訴訟に至る経緯等
(一) 原告は、係争年分の所得税につき、それぞれ、別表1の確定申告の項中の各年月日に、同項中の総所得金額及び納付すべき税額欄記載のとおりの内容で白色の確定申告をした。ただし、原告は、本件各課税期間に係る消費税の確定申告については、いずれも、申告期限内に申告をしなかった。
(二) 被告は、平成8年12月16日付で、原告に対し、原告の係争年分の所得税について、総所得金額、納付すべき税額及び過少申告加算税額をそれぞれ別表1の更正処分等の項記載のとおりとする各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分を行った。また、被告は、同日付で、原告に対し、本件各課税期間に係る消費税について、課税標準額、納付すべき税額及び無申告加算税額をそれぞれ別表2の決定処分等の項記載のとおりとする決定及び無申告加算税の賦課決定処分を行った。
(三) 原告は、平成8年12月26日、被告に対し、本件各処分に対する異議申立てを行ったところ、被告は、平成9年3月24日付で、別表1及び別表2の各異議決定の項記載のとおり、これを棄却する旨の決定をした。原告は、これを不服として、同年4月1日、国税不服審判所長に本件各処分に対する審査請求をしたところ、同所長は、同年12月16日、同審査請求をいずれも棄却する旨の裁決を行った。原告は、同年12月21日、同裁決に係る裁決書謄本を受領し、平成10年3月19日、本件訴えを提起した。
3 本件各処分の課税要件についての被告の主張
(一) 平成5年分の所得税
売上金額は、別表4の平成5年分の合計金額欄記載のとおり1億3068万4732円である。別表3のとおり、同金額に後記(四)の基準で選定した他の事業者(以下「本件同業者」という。)の総売上金額に占める算出所得金額の割合の平均値(以下「平均算出所得率」という。)0.1477を乗じると算出所得金額1930万2134円となり、同額が事業所得の金額である。
(二) 平成6年分の所得税
売上金額は、別表4の平成6年分の合計金額欄記載のとおり1億7574万8475円である。別表3のとおり、同金額に本件同業者の平均算出所得率0.1493を乗じると算出所得金額2623万9247円となり、同額が事業所得の金額である。
(三) 平成7年分の所得税
売上金額は、別表4の平成7年分の合計金額欄のとおり1億4712万7781円である。別表3のとおり、同金額に本件同業者の平均算出所得率0.1616を乗じると算出所得金額2377万5849円となり、同額が事業所得の金額である。
(四) 本件同業者の抽出方法
大阪国税局長は、原告宅の所在地を管轄する被告税務署長及び上京、中京、下京、右京、左京、伏見の各税務署長に対し、各税務署管内において下記<1>ないし<7>のすべての要件を満たす者を抽出の上、報告するよう通達を発し、これにより上記各税務署長から報告を受けた結果に基づき、別表5ないし7の本件同業者を抽出した。
<1> 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること。
<2> 管工事業を営む者であること。
<3> 他の業種を兼業していないこと。
<4> 事業所が上京、中京、下京、右京、東山、左京及び伏見税務署のいずれかの管内にあること。
<5> 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
<6> 売上金額が6500万円以上、3億5200万円未満であること。
<7> 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。
なお、上記売上金額の範囲は、被告が把握し得た原告の売上金額を基に、売上金額が最も大きい平成6年分の売上金額1億7574万8475円の約2倍を上限とし、売上金額が最も小さい平成5年分の1億3068万4732円の約半分を下限としたものである。
(五) 本件各課税期間の消費税
別表4の係争年分にそれぞれ対応する課税期間の各売上金額の合計(課されるべき消費税額を含む。)に103分の100を乗じて算出した金額から国税通則法(以下「通則法」という。)118条1項によって1000円未満の端数を切り捨てた金額が課税標準額であり、これに消費税率100分の3を乗じた金額が各課税標準額に対する消費税額である。
そして、本件各課税期間については、消費税法(平成6年法律第109号による改正前のもの、以下「法」という。)30条7項にいう「帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当するから、控除対象仕入税額を0円とし、通則法119条1項によって100円未満の端数を切り捨てると、平成5年課税期間の納付すべき税額は380万6300円、平成6年課税期間の納付すべき税額は511万8800円、平成7年課税期間の納付すべき税額は427万9800円以上となる。
また、原告は、本件各課税期間の消費税について、いずれも、その申告期間内に申告をしなかったから、通則法66条1項の規定に基づき、本件各課税期間の消費税の各決定により原告が新たに納付すべきことになった税額(通則法118条3項により1万円未満の端数を切り捨てた金額。)に100分の15の割合を乗じて計算した金額が無申告加算税額である。
よって、被告がこれらの各金額の範囲内でした本件各課税期間に係る消費税の各決定は適法である。
三 争点及び当事者の主張
(争点)
本件の主要な争点は、次のとおりである。
(1) 本件各処分に至る税務調査、特に行政書士の資格を有する者の立会を認めなかったこと等に違法な点があるのか、それは本件各処分の取消事由になるのか。
(2) 係争年分の所得税についての推計の必要性。
(3) 係争年分の所得税についての推計の合理性。
(4) 係争年分の所得税についての実額主張の成否。
(5) 本件各課税期間の消費税の仕入税額控除の要否。
(6) 原告が本件各課税期間の消費税の申告をしなかったことにつき、通則法66条1項ただし書の「正当な理由」があるか。
(当事者の主張)
1 争点(1)について
(一) 原告の主張
原告は、当初から一貫して調査には積極的に協力し、調査がスムーズに進められるように、最初の調査日には、原告宅で帳簿書類をすべて用意して経理担当者と共に待機していた。しかしながら、被告の部下職員である乙調査官(以下「乙」という。)及び丙調査官(以下「丙」という。)は、原告に対して調査の具体的かつ合理的な理由を説明せず、第三者の立会いを口実に、原告が用意した帳簿書類の調査もせず、一方的に取引先等の反面調査を行った。かかる税務調査は違法であるから、これに基づく本件各処分は取り消されるべきである。
(二) 被告の主張
乙及び丙は、原告との間で、電話や連絡せんにより調査日の調整を図り、また、何度となく原告宅に赴き、再三にわたり原告に対し、調査に関係のない第三者の立会いなしに帳簿書類を提示して調査に協力するよう求めるとともに、帳簿書類の提示がなければ消費税については仕入税額控除ができなくなる旨を説明した。また、行政書士の丁(以下「丁」という。)が同席する場では、守秘義務との関係及び税理士法の関係で帳簿書類を確認することができないことを説明した。原告は、それにもかかわらず、終始、調査に関係のない第三者たる丁の立会いに固執し、丁の退席を求める乙ないし丙に対し、丁の立会いのない状態での帳簿書類の提示を明確かつ強固に拒絶し、調査に協力しなかった。
本件各処分に至る税務調査はすべて適法である。
2 争点(2)について
(一) 被告の主張
前記の被告の主張のとおり、原告は、調査において、第三者たる丁の立会いのない状態での帳簿書類の提示を明確かつ強固に拒絶し、調査に協力しなかった。したがって、被告は、原告の所得金額を実額で把握することができなかったから、推計の必要性がある。
そして、本件訴訟において原告が提出した各証拠によっても、原告の係争年分の所得金額を実額で把握できないことに変わりがない。
(二) 原告の主張
前記の原告の主張のとおり、被告は、丁の立会いを口実に、原告の帳簿書類の調査を不当に拒否し、調査を尽くさずに所得税に関する本件各処分をしたもので、推計の必要性はない。
3 争点(3)について
(一) 被告の主張
(1) 別表3の平均算出所得率の算出の基礎となった別表5ないし7の本件同業者は、原告と業種、業態、事業所の所在地及び事業規模等の点で類似している者で、その申告の内容も、法制度上信用に値する青色申告者の全員を機械的に選定したものである。本件同業者の抽出過程に被告の恣意が介在する余地はない。別表3の算出所得金額の推計には合理性がある。
(2) 原告が主張する第3次、第4次の下請業者であることなどの細部の業態の差異は、複数の同業者を選定すれば通常生じ得る問題であって、抽出された同業者の所得率の平均値の中に捨象し得るものである。本件同業者の数は、係争各年分ともに10名であり、被告の主張の推計の合理性を担保するのに十分である。
(二) 原告の主張
原告は、第3次、第4次以下の下請の管工事業者であり、事業専従者のある業者ではない。また、外注費、労務費及び材料費を原告が負担している。東山税務署及び下京税務署管内の原告と同じ個人営業形態で年間の売上金額が1億円以上の5業者の所得率は3.6パーセントないし7パーセントに過ぎない。本件同業者は、原告と異なり、1次或いは2次の下請で、かつ外注費、労務費及び材料費の負担のない業者である。東山税務署管内においても管工事業者は多数存在するのに、何故か市内全域に対象者を拡大している。このように、被告が主張する同業者と原告とは、その事業実態に類似性があるとは到底いえないから、被告がした推計には合理性はない。
4 争点(4)について
(一) 原告の主張
(1) 原告の係争年分の所得の内訳の実額は、平成5年分が別表11のとおりであって、所得は444万7936円であり、平成6年分が別表12のとおりであって、所得は578万5172円であり、平成7年分が別表13のとおりであって、所得は229万6238円である。
(2) 推計課税は、所得の実額を把握することができない場合に同所得に近似する所得を算出するため補充的に行われる課税方法であると考えられるから、適法な推計が行われた場合でも、所得の実額が判明したときは推計の結果は維持できなくなるというべきである。
所得の実額は、事業に関する収入金額や必要経費の取引関係が分かる資料(原始記録)があれば証明することが可能である。その原始記録が、取引先が作成又は証明した領収書等或いは原告名義の通帳によって真実性が確認できるものであり、併せてその原始記録が、その取引の時に作成され、法定の保存期間の始期から継続して所持、保管されていたものであれば、それを証拠として十分に所得の実額の立証をすることができる。本件では、原告が提出した別表11ないし13の各甲号証番号の欄の各甲号証によって、原告が主張する所得実額の立証がされているというべきである。
(二) 被告の主張
(1) 納税者が、所得の実額を主張し、課税庁が推計課税の方法により認定した額が上記実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するためには、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的な疑いを入れない程度にまで立証する必要がある。したがって、原告において、その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての収入金額(総収入金額)であることだけでなく、必要経費については、その費用と収益との対応関係を合理的な疑いを入れない程度にまで主張・立証しなければならない。そして、このような主張・立証をするためには、実際には会計帳簿の提出が不可欠である。
(2) ところが、原告は、売上金額及び必要経費のすべてについて正確に記帳された会計帳簿を提出していない。また、原告は、本件訴訟において、売上金額を立証するための請求書控え及び領収書控え等を早期に一括して提出せず、長期間にわたって小出しに提出したのみであり、その提出経緯自体も不自然であり、改ざんや隠匿、破棄等も強く疑われる。
(3) また、原告は、必要経費の立証のためとして、別表11ないし13の「経費(支出)」欄に掲記の各甲号証を提出している。しかし、原告が提出したこの関係の書証についても多くの問題点があり、その支払内容等が明らかでないもの、領収証等が提出されていないもの、重複して計上されているもの、家事関連費が含まれていたり、事業との関連性が明らかでないもの、計上する年分を誤っているものや年分が不明のもの、支払者が原告以外のものなどがある。それらの一部を挙げると、被告の別表14の1-1ないし7-3のとおりである。
(4) いずれにしても、原告は、その主張の実額による収入金額も必要経費の実額もいずれも証明していないことは明らかである。
5 争点(5)について
(一) 原告の主張
(1) 原告は、本件各課税期間中にした課税仕入れに係る領収書、請求書等の各書類を、いずれも、法令の定めに従って所持して保管しており、本件訴訟においても、別表11ないし13の各「経費(支出)」欄の「甲号証番号」欄のとおりの各甲号証として提出している。
上記請求書等の各書類のうち、預金通帳、領収証、振込金受取書、郵便振替払出書、振込明細書、出金伝票、その他原告主張の材料費、外注費、水道光熱費、旅費、通信費、接待交際費、消耗品費等に関する書証は、すべて、原告が提出した工事現場別外注業者等一覧表及び業務日誌等の補充資料により、それらの記載要件は充足されているといえる。仮にそうでなくても、預金通帳は、公共料金や電話代について、社会通念上その相手方は確定しており、領収証も、原告主張の接待交際費、福利厚生費、交通費等について相手方は確定しており、役務の内容等も経験則上推認できるものばかりであり、結局、経験則上、その記載要件は推認できる。
(2) 上記の請求書等の各書類は、いずれも法30条8項所定の帳簿又は9項所定の請求書等に該当し、これらを補完するその他の証拠によって、原告が主張する課税仕入れは認められる。そして、原告が上記の請求書等を保存(法30条7項所定)していたことは、明らかである。
(3) 税務調査における帳簿等の提示の拒否を法30条7項の「保存」がない場合に該当する、或いはそれと同視した結果に結び付けることは法解釈の域を超える。また、消費税額の確認の主体は課税庁に限られるわけではなく、裁決庁や裁判所も当然に予定されており、課税庁への提示が租税実体法上の効果に結び付くことを窺わせる規定はない。
(4) 原告は、約束の日時に税務調査を受けるべく、請求書等の必要書類を整え、かつ被告部下職員の乙らに提示して調査を求めた。それにもかかわらず、乙らは、立会人がいることを理由に、上記書類の確認義務も尽くさなかった。
(二) 被告の主張
(1) 法30条7項の「保存」の意義
法30条7項に規定する「保存」とは、単に客観的・物理的な意味での保存をいうのではなく、税務職員の適法な税務調査に応じて、その内容を確認することができるように提示し得る状態、態様での保存と解するのが相当である。税務調査の際に法所定の帳簿又は請求書等が存在しないか、或いは税務職員による適法な提示要請に対し納税義務者たる事業者が正当な理由なくそれらの帳簿又は請求書等の提示を拒否した場合には、「保存」がないというべきである。
(2) 帳簿や請求書等の提示拒否
被告部下職員である乙らは、本件税務調査の期間を通じて、原告に対し、また、原告が不在の時は妻の戊(以下「戊」ともいう。」)に対して、連絡せんを交付する等して、再三にわたり消費税に関する帳簿又は請求書等の提示を求めるとともに、上記帳簿等を提示しなければ消費税の仕入税額控除がされないこと等を説明し、また、丁が同席する場では、守秘義務の関係及び税理士法の関係で帳簿等を確認することができないことを十分に説明した。にもかかわらず、原告は、丁の立会いに固執して提示を拒否したものである。したがって、原告は、調査に応じてその内容を確認し得るように提示できる状態、態様で法所定の帳簿や請求書等を保存していなかった場合に該当することは明らかである。また、原告は、法所定の帳簿や請求書等を客観的・物理的意味においても保存していなかった。
6 争点(6)について
(一) 原告の主張
(1) 原告のような第3次、第4次下請業者は、売上に対する消費税分の代金を請求しても支払ってもらえず、自ら支払う材料費、外注費等の消費税分は、実質的には預り消費税を上廻ることになり、結局、原告は、消費税の申告・納付義務はないのではないかと考えた。
(2) 原告は、本件各課税期間の消費税について、課税仕入れに係る帳簿及び請求書等を保存していたが、被告側がその調査ないし検査を拒絶した。
(3) このような事実経過のもとでは、本件各課税期間の消費税の申告について、原告には、通則法66条1項ただし書の「正当な理由」がある。
(二) 被告の主張
原告の主張を争う。
第三当裁判所の判断
一 当事者間に争いがない事実等に、甲1ないし25、36、226ないし236(枝番を含む。)、乙1ないし27(枝番を含む。)、証人丙、同A、同丁(一部)、同戊(一部)の各証言、原告本人尋問の結果(一部)(以上の各証拠を、以下「本件各証拠」という。)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 原告は、建設業の許可を受け、管工事業を営んでいたが、行政書士の丁にその労務、営業状況等の分析や指導を依頼していた。丁は、昭和55年に行政書士の登録をし、以来行政書士の業務を行っているが、税理士資格は有していない。
2 被告は、平成8年4月ころ、原告の係争年分の所得税及び本件各課税期間の消費税について調査するため、部下職員をして調査に当たらせることにした。
3 被告の部下職員である乙及び丙は、事前に連絡せんや電話により原告と日時の調整を行った上、平成8年5月7日午前10時ころ、原告宅に赴き、調査を実施しようとした。原告は、これに応対したが、玄関奥の居間に妻の戊及び行政書士の丁を同席させていた。
乙らは、自己紹介をした後、居間において、原告に、平成5年分から平成7年分の所得税及び消費税の調査のために来訪したことを告げると、同席していた丁が「行政書士の丁です。西村さんのところの申告をまかされているので来ました。」と言って、調査に立ち会う態度を示した。そこで、乙らは、原告に対し、税理士資格のない者の税務調査への立会いは認められないとして、丁を退席させるよう要請した。
しかし、原告は、「わしは何も分からんから来てもらっている。何か都合の悪いことがあるのか。」と言い、丁の退席の要求には応じず、丁も、「今までこういう状態でやってきた。」などと言いはじめ、退席しようとはしなかった。そこで、乙らは、原告に対し、税務職員には守秘義務があること等を説明し、再度丁を退席させるよう求めるとともに、帳簿書類を提示して調査に協力するよう要請した。しかし、原告は、「わしが頼んで来てもらっている。わしは居てもらっても構わんから、調査を進めてくれ。」と繰り返すのみで、丁の退席の要求には応じなかった。
乙らは、更に、「丁さんには、まず、別の場所に行っていただきたい。その上で調査に協力して下さい。」と、繰り返し説得を試みた。しかし、原告は、あくまで「わしは協力しているので、丁さんの同席のもとで早くやってくれ。」と言うばかりであり、このようなやり取りが約1時間続いたが、結局、丁もその場から退席しなかった。
なお、その際、原告や戊は、帳簿類等の原告の所得金額を算定する際の資料となる書類を用意しているから見てくれと言ったり、また、原告の所得についての具体的な項目や資料についての説明をしたことはなく、更に、帳簿書類を乙らに提示したこともなかった。
乙らは、同日の調査を断念し、原告宅を辞去した。
4 乙は、平成8年5月27日、28日の両日、原告に対して調査協力要請を行うため、原告の携帯電話や原告宅の留守番電話に電話を架けて、電話連絡をいただきたい等の録音を入れるなどしたが、原告から連絡はなかった。
5 被告の部下職員であるBは、平成8年6月20日、電話で原告に対し、調査日時を入れて調査に協力するよう要請した。しかし、原告は、「今忙しい。昼ころに電話する。」と言って、電話を切った。その日、原告からの連絡はなかった。
6 丙は、平成8年8月23日、電話で原告に対し、帳簿書類等を提示して調査の協力に応じるよう要請したところ、原告は、「立会いをしてもらう。わしがいいと言っているんだからいいんとちがうんか。」などと言って丁の立会いに固執する旨を言って、一方的に電話を切った。
7 丙は、平成8年10月7日、原告宅に赴いたが、不在であったため、「所得税及び消費税の調査のために伺ったが不在であったので、10月8日の午前8時45分から同9時15分の間及び午後4時30分から同5時の間に連絡をいただきたい。」旨を記載した連絡せん(乙19の2)を原告方に投函した。その連絡せんには、そのほか、原告には消費税の申告義務があると認められること、帳簿及び請求書等を保存し、これを提示しないときは仕入税額控除が認められない旨も記載されていた。しかし、翌8日、原告からの連絡はなかった。
8 丙は、平成8年10月9日、原告の取引銀行であるC信用金庫山科支店に反面調査に赴いた。しかし、同信用金庫の職員から、原告の妻戊らから税務署員が来店しても書類等は見せないでもらいたい旨の強い要望があったので調査に協力できないと言われ、同信用金庫側の協力が得られなかったため、やむなく帰署した。
9 丙は、平成8年10月14日、原告宅に赴き、原告が不在であったので、戊に対し、同月7日に投函した連絡せんの内容を説明し、更に、所得税と消費税の調査に伺ったが不在であったこと及び翌15日に連絡をいただきたい旨を記載した連絡せん(乙19の3)を戊に交付し、翌15日中に必ず原告から丙まで電話連絡をするように依頼した。その連絡せんには、原告には消費税の申告義務があると認められること、帳簿及び請求書等を保存し、これを提示しないときは仕入税額控除がされない旨が記載されていた。
翌15日、原告から電話があり、丙は、「西村さんと2人で話をする機会を作っていただきたい。所得税及び消費税についての帳簿書類等を備え付けていれば、提示していただきたい。」と要請したところ、原告は、「忙しくて会えない。帳簿なんかつけておらん。丁先生にすべてを任せている。」などと言い、やはり丁の立会の下でなければどうしても調査に協力しようとはしなかった。
10 丙は、平成8年11月12日、原告宅に赴き、在宅していた妻戊に対し、それまでと同様の説明と依頼をし、帳簿及び請求書を保存してそれを提示しないときは仕入税額控除がされないこと等の前記と同様の内容を記載した連絡せん(乙19の4)を交付したが、翌13日に原告からの電話はなかった。
11 丙は、その後も、同年12月10日ころまでの間、原告宅に赴いたり原告に電話をかけるなどして、調査への協力要請をするとともに、所得税については調査による金額との間に差異があること、消費税についても申告義務があること、申告の基になった帳簿書類を平成8年12月10日午前中までに税務署に持参してもらいたい、消費税は帳簿書類の保存、提示がなければ、消費税の仕入税額控除が認められないこと等を説明し、また、その旨を記載した連絡せん(乙19の5)を原告宅に投函するなどしたが、原告は、結局、一方的に電話を切るなどして、調査に協力しようとする姿勢を示さなかった。
12 丙は、平成8年12月11日、原告に電話をしたところ、原告は依然として丁の立会いに固執し、調査のための具体的な日時を決めることもできなかったので、各申告の基になった帳簿書類等を持参して税務署に提示する最終期限を同月13日午前中までとすること、同日までに帳簿書類の持参・提示がなければ、税務署側で更正、決定をする旨を伝えた。
しかし、原告は、同月13日までに、税務署に帳簿書類を持参することはなかったし、電話等による連絡も一切しなかった。
13 そこで、被告は、平成8年12月16日付で、原告に対し、本件各処分をした。
二 争点(1)(2)について
1 税務調査の手続に違法があったとしても、国家賠償法上の責任問題が生じることがあることは別として、その手続の違法のみが理由となってそれに基づく課税処分が課税要件事実の有無に関わらず違法となることは原則としてないものと解するのが相当である。また、税務調査による質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当程度にとどまるといえる限り、調査に当たる税務職員の合理的な選択に委ねられており、また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知等も、質問検査を行う上で法律上必要な要件とされているものではないというべきである(最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・訟務月報40巻2号305頁参照)。そして、税務調査において、納税者本人以外に税理士資格等を有しない第三者を立ち会わせるか否かについても、調査担当者の合理的な裁量に委ねられていると解される(最高裁昭和61年2月13日第一小法廷判決・税務訴訟資料150号317頁参照)。
2 確かに、前記認定のとおり、丁は、税理士資格はないが、行政書士の資格を有しており、行政書士は、官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成することを業とするとされており(行政書士法1条の2第1項)、業務上取り扱った事項について守秘義務があり(同法12条)、その守秘義務に違反した場合の罰則も定められている(同法22条)。更に、行政書士は、ゴルフ場利用税、自動車税、軽自動車税、自動車取得税、事業所税その他政令で定める租税に関し税務書類の作成を業として行うことができるとされている(税理士法51条の2)。
しかし、行政書士であっても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができないとされており(行政書士法1条の2第2項)、税理士法においては、税理士でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、税理士業務を行ってはならないとされている(同法52条)。したがって、行政書士は、前記のゴルフ場利用税等の租税以外の、例えば、所得税や消費税の申告や不服申立、税務書類の作成等を行うことはできないこととされており、そうである以上、所得税や消費税の税務調査の際の立会については、税理士の場合とは異なる扱いを受けることもあり得るものというべきである。
3 前記の認定事実によれば原告に対する税務調査は、原告の所得税及び消費税の調査であったのであり、また、証人丁の証言及び弁論の全趣旨によれば、損益計算書(乙24)は丁が作成したものと認められるが、その内容は、係争年分の売上金額その他の金額も原告の申告内容と一致しておらず、丁が申告内容の説明を特にする必要があったとも認め難い。むしろ、乙及び丙は、電話や連絡せんにより原告と調査日の調整を図り、また、頻繁に電話連絡をしたり原告宅に赴くなどして、原告に対し、税理士資格のない丁の立会いなしに帳簿書類を提示して調査に協力するよう要請しており、被告側の税務調査は、約8か月間に亘って相当ねばり強く、原告側の都合も考慮しながら、原告宅訪問や電話連絡、それに連絡せんによる方法によって進められたことが認められる。それにもかかわらず、原告は、結局、丁の立会いに固執し、被告の税務調査に協力しなかったものといわざるを得ない。
したがって、本件各処分に至る前記の調査の手続に違法な点は見当たらず、むしろ、一連の調査は、すべて適法であったということができる。
4 また、このような状況の下では、被告において、原告の所得金額を実額をもって把握することは不可能であったというべきであり、更に、後記判断のとおり、原告が本件訴訟において提出した各証拠からも、原告の所得金額を実額で把握することはできないといわざるを得ない。したがって、原告の係争年分の所得金額を推計する必要性もあるというべきである。
三 係争年分の各売上額について
1 被告の主張は、まず、係争年分の原告の各売上金額をいずれも別表4のとおりの実額で把握したものとして主張し、これを基に本件同業者の平均算出所得率から係争年分の各算出所得金額を推計するものであるので、まず、係争年分の各売上額について検討する。
2 原告の係争年分の各売上金額について、被告の主張は別表4のとおりであり、平成5年分では、被告主張額が合計1億3068万4732円で、原告主張額の合計額が1億2467万2243円であり、平成6年分では、被告主張額が合計1億7574万8475円で、原告主張額の合計額が1億6965万9476円であり、平成7年分では、被告主張額が合計1億4712万7781円で、原告主張額の合計額が1億3811万4961円であり、係争年分のいずれにおいても、少なくとも、それぞれの原告主張額あったことは、当事者間に争いがなく、また、その内訳においても、別表4の平成5年分の<4><12>、平成6年分の<4><9><11><12>、平成7年分の<4><5><9>の各関係は、当事者間に争いがない。
3 次に、別表4の<1>のD有限会社(以下「D」という。)からの各売上の内訳についての被告と原告との主張を対比すると、別表8ないし10のとおりであるが、同社から国税局への回答である乙4の1ないし3及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額のとおりであると認められる。なお、乙4の1ないし3の各決済金額中の各小切手欄、各手形欄、各その他(相殺等)欄は、本件各証拠及び弁論の全趣旨によれば、その決済方法が請求のあった日の翌日の払いであったことが認められるから、1か月ずれていると認められる。
なお、原告は、この点につき、原告とDのE専務との間で材料代等は同社の経費として処理する旨の合意をし、その分は原告の同社からの売上分にはならないとの趣旨の主張をし、原告も、本人尋問において同旨の供述をする。しかし、乙4の1ないし3の記載は、備考欄に「相殺分の内訳については材料支給」と記載されており、その趣旨は、その材料支給分の金額は、原告の売上分ではあるが、原告は同社に対して同額の材料代の支払義務を負うことになるので相殺処理するとの意味と解され、この記載に照らして、原告本人尋問の結果の前記部分は採用できず、原告の売上金額としては、同金額を計上すべきことになるというべきである。原告のこの点の主張は採用できない。
4 別表4の<2>の有限会社Fの平成5年分及び平成7年分の各売上額は、被告主張額以上であったことは原告も認めている。
5 別表4の<3>の株式会社Gの平成6年分及び平成7年分の売上金額は乙8の1、2によって、同表の<6>のHの平成7年分の売上金額は乙11によって、同表の<7>のI株式会社の平成6年分及び平成7年分の各売上金額は乙3、9、12及び証人Aの証言並びに弁論の全趣旨によって(なお、甲143及び甲211は採用しない。)、いずれも、被告主張額のとおりと認められる。なお、原告主張額は、銀行振込による振込手数料額分を差し引いた金額と考えられ、この振込手数料額も、所得税法36条の収入すべき金額に含まれるから、それが差し引かれた金額が実際に原告の口座に振込入金されたとしても、その手数料額分も売上金額に計上すべきであると考えられる。
6 別表4の<8>の株式会社Jからの平成5年分の売上金額は、乙6によって、相殺分も含めて被告主張額のとおりと認められる。同社からの平成6年分の売上額については、国税局からの回答書は提出されていないが、少なくとも、原告の主張額である3743万5971円あることは、当事者間に争いがない(なお、甲46の4ないし7によれば、同社からの入金は振込によるもので、原告主張額よりも振込手数料額分加算した額が売上金額ではないかと窺われる。平成6年分の被告主張額と原告主張額との差額は7万1349円である。)。
7 別表4の<10>のKの平成6年分の売上金額は、乙10により、被告主張額のとおりと認められる。
8 別表4の<13>の有限会社Lの平成5年分の売上金額は、乙7、15により被告主張額のとおりと認められる。なお、原告は、被告がLの売上であると主張する取引は、実際には、Mとの取引であると主張するが、乙15に照らして甲210は採用できない。
9 別表4の<14>のN(以下「N」という。)の平成5年分及び平成7年分の各売上金額については、甲45及び47によれば、Nから原告の口座に、平成5年3月5日に8万9691円が、同年8月5日に14万9382円が(平成5年中に合計23万9073円)、平成7年6月30日に50万6973円が各入金されており、それが売上であれば被告主張額のとおりとなる。この金額について、原告は、立替金の弁済であって、売上ではないとの趣旨の主張をし、甲91には同旨の記載がある。
しかし、甲91は、丁が作成したものであって、Nが作成したものではなく、しかも、立替金の具体的な内容も一切記載されておらず、直ちに採用できないというべきであり、むしろ、甲130の23、甲196の6、原告本人尋問の結果(一部)や弁論の全趣旨を総合すると、当時、原告がNから受注した分の売上があったことは明らかであって、上記の各入金は、Nからの売上金と認めるのが相当である。この点の原告の主張は採用できない。
10 そうすると、係争年分の各売上金額は、平成6年分の<8>を3743万5971円とするほかは、別表4のとおりの各金額であり、その合計額は、平成5年分が1億3068万4732円、平成6年分が1億7567万7126円、平成7年分が1億4712万7781円となる。
四 争点(3)について
1 前記の争いがない事実や認定事実、それに、本件各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。
(1) 原告(昭和24年生)は、昭和62年6月に独立して個人で管工事業を営むようになり、昭和63年ころから、主として、Dの仕事を直接請け負うようになった。
(2) 原告は、平成元年2月ころ、建設業の許可を受け、商号をO(以下「O」という。)とし、京都市山科区の肩書住所地で管工事業を営むようになった。この事業は、主に、第3次、第4次の下請事業であった。
(3) 平成5年から平成7年当時、原告と妻戊それに2人の子供が原告宅で同居していた。原告の妻戊は、Oの日ごろの伝票の処理・整理などの経理事務を担当した。その実家は、鹿児島県の名瀬であった。原告は、昭和63年ころから、Oの運営に関する相談・指導等を行政書士の丁に依頼し、丁に顧問料を支払うようになった。
(4) 原告の管工事業の業務の内容は、主に、マンション、大学、病院等の大型の建物内における水道管、排水管、汚水管、給湯管の配管工事であった。
(5) 通常の場合、工事が2、3割進んだ時点で、その現場において原告が受け取る工事全体の金額が口頭で伝えられ、毎月20日締めの翌月22日から25日の間に原告名義の銀行口座に当該月の出来高に応じた金額が振り込み支払われていた。
(6) 係争年分の期間において、原告宅の所在地を管轄する東山税務署及び上京、中京、下京、右京、左京、伏見の各税務署管内で、次の条件、すなわち、<1>青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること、<2>管工事業を営む者であること、<3>他の業種を兼業していないこと、<4>年間を通じて事業を継続して営んでいること、<5>事業所が上京、中京、下京、右京、東山、左京及び伏見税務署のいずれかの管内にあること、<6>売上金額が6500万円以上、3億5200万円未満であること、<7>係争年分の所得税について不服申立て又は訴訟が係属中でないこと、をすべて満たす同業者は、別表5ないし7の同業者欄の合計10名の本件同業者であった。
(7) 本件同業者の係争年分の売上金額、売上原価及び一般経費の額、算出所得金額、算出所得率は、それぞれ、別表5ないし7のとおりであり、本件同業者10名の算出所得率(パーセント)の平均値は、平成5年分が別表5のとおり14.77、平成6年分が別表6のとおり14.93、平成7年分が別表7のとおり16.16であった。
2 上記認定事実によれば、本件同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点において同業者の類似性を判別する要件として一応合理的なものであったというべきである。
また、係争年分の本件同業者の各算出所得率をみると、平成5年分においてはその最大の者が左京のBで23.04、最少の者が伏見のBで9.99、平成6年分においてはその最大の者が左京のBで26.97、最少の者が伏見のAで9.50、平成7年分においてはその最大の者が右京のAで21.74、最少の者が伏見のDで9.38であり、本件各同業者相互間の数値の差異に照らして、極めて特異な数値を示す同業者として、これを廃除して推計すべきであると考えられるような同業者は、係争年分のいずれにおいても、ないというべきである。
このようにみてくると前記の係争年分の各売上金額に別表3の平均算出所得率を乗じて係争年分の算出所得金額を推計することは合理性があるということができる。
3 原告は、第3次、第4次以下の下請であること、材料費負担付の下請であること、職人として家族専従者は存在しないこと等から、被告の本件同業者と原告の事業形態には同一性がなく、推計の合理性がない旨主張する。
しかし、推計によって算出所得率を算定する場合には、その性質上、同業者との間に通常存在する程度の営業条件等の相違は当然に予想されるもので、それは同業者の平均化の過程で平均値の中に吸収されるものといわざるを得ない。原告の主張する第3次、第4次以下の下請であること等の細部の業態の差異は、複数の同業者を選択すれば通常生じ得るものであるから、抽出された同業者の所得率の平均値の中に捨象されるものである。原告の上記主張は採用できない。
五 争点(4)について
1 前記のとおり、被告が係争年分の一般経費・売上原価を推計で主張するのに対し、原告は、これらについて、別表11ないし13の各経費欄のとおりであるとして(ただし、同各表のうち地代家賃、並びに管理費用とされている丁に対する報酬の支払については、被告の平成11年12月10日付第6準備書面27頁の主張に照らしても、特別経費と考えられる。この点については、後記のとおりである。)実額で主張し、これらを証する書証として、同各表の甲号証番号欄のとおりの各甲号証を提出する。
2 しかしながら、原告の一般経費・売上原価の実額の主張、及びその証拠として提出された各書証には、以下のとおり、数々の問題点があり、各書証の信用性には相当の疑問があるといわなければならない。
(1) そもそも、必要経費の書証として原告から提出された各書証は、いずれも、領収証等のいわゆる原始記録であって、日々その都度継続的に記帳された仕入帳及び現金出納帳等の会計帳簿は提出されていない。
(2) 例えば、旅費交通費の書証として提出された甲57のE-4-44、通信費の書証として提出された甲58のE-5-12は、その支払内容自体が不明であるといわざるを得ず、原告提出の書証の中にはこのようなものが混在している。また、甲57のE-4-91の各領収証は、日本道路公団発行のハイウエイカードの領収証であるが、他方、甲57のE-4-5ないしE-4-33の各領収証の中には、日本道路公団のハイウエイカードによる支払領収証(「前払」の記載のあるもの。)も含まれており、これは、経費の二重計上になる。
(3) 労務費の書証としてPほか合計14名の従業員一覧表(甲38)、源泉徴収簿と賃金台帳(甲55、68、80)、業務日誌(カレンダーに各現場に派遣した者等を記載したもの、甲128ないし130)、平成5年1月分と2月分のみの給与支払明細書控え(甲267)が提出されている。しかし、その中の妻戊の弟のQ(戊証言)の従事状況は業務日誌には全く記載されておらず、また、同人には給与支払明細書を作成せず、所得税の源泉徴収もされていないと窺われ、更には、賃金台帳に記載された平成6年7月ないし12月分のQの従事日数は、業務日誌に記載された原告の長男のRの従事日数と同じである。戊の実弟のS(戊証言)も、所得税の源泉徴収がされていないことが窺われ、また、業務日誌には平成5年10月9日まで従事したとなっているのに(甲128の30)、賃金台帳には平成6年3月まで給与を支払った旨の記載がある(甲68のDイ-3)。Sの平成5年1、2月分については、給与支払明細書控え(甲267の7)の金額と賃金台帳(甲55Dア-3)の金額が異なる。Qの妻のT、及びSの内縁の妻のUに対しては、賃金台帳(甲55のDア-13、14)上は、平成5年分にそれぞれ毎月8万円(合計96万円)及び毎月6万円合計(72万円)を支払ったとなっているが、業務日誌には同人らの従事の状況の記載がなく、給与明細書控えも作成されていない。Vの平成6年8月分及びWの同年8、9月分の各支払について、賃金台帳(甲68のDイ-7、9)はいずれも10日であるのに、業務日誌には同人らが従事した記載はない。これらに加えて、そもそも、甲267の給与支払明細書控えは、第17回口頭弁論において漸く提出されたもので、しかも、それは平成5年1、2月の2か月分のみにすぎず、この点は、原告はその本人尋問において、それ以降の分も保存していると思われるが、紛失したかまだ見当たらないと供述している。このように、労務費の実額として提出された各書証からは、親族が従事した分を他人の労務費とするなどして架空の労務費を水増しして計上しようとしたことが窺われる。
(4) また、経費の資料として提出された書証には、家事関連費用と認められるものや、原告の業務との関連が不明であるものも多数ある。例えば、甲57、70、82には多数のタクシー代金の領収証があるが、これらは、原告が管工事の事業のために現場等に行くのにタクシーを利用するとは考えられないから、業務との関連が不明である。中には、原告の事業の現場とは考えられない鹿児島県名瀬市や福岡県で使用したタクシーの領収証(甲57のE-4-62、64、甲70のE-4-46、47、甲82のE-4-75、76)もある。また、福利厚生費や接待交際費として提出されている甲59、60、72、73、84、85の多数の飲食代金の領収証のうち、例えば、年末年始やお盆の時期を含む休日の飲食代金の領収証(甲59のE-7-103、104、甲84のE-7-65、甲60のE-8-34、甲73のE-8-2、甲59のE-7-58ないし60)もある。水道光熱費及び通信費として提出された甲56、69、81、58、71、83は、電話代や上下水道代であるが、その中には事業上の必要経費と家事関連費が混在しており、それらは、本来は事業上の必要経費部分を合理的に按分して経費として計上すべきものである。また、甲56のE-2-1は、平成4年分の所得税の納付分であるが、これは、所得税法45条1項2号によって必要経費に算入できないとされている。
(5) 更に、例えば、甲57のE-4-84、E-4-89、甲71のE-5-1、甲59のE-7-37、甲72のE-7-16、E-7-18の各領収証は、計上すべき年分を誤っているか、又はそれが不明である。同様のものは、甲60、73、85にも随所にある。
(6) 本件各証拠によれば、原告やその家族は、自宅において、事業による出費とそれ以外の個人や家族の日常の出費を明確に区別せずに、しかも、各年分も明確に区別せずに、領収証等の保管をしていたもので、しかも、原告の事業による経費について、正確な仕入帳等の会計帳簿は作成されていなかったことが認められる。
3 以上のように、まず原告の主張する労務費の中の相当部分は、架空に計上されたものがある疑いが強いといわざるを得ないと共に、その他の一般経費及び売上原価の実額主張を証するものとして提出された各書証も、その相当部分に疑問があって直ちに採用できないものがある。しかも、このように、原告が意図的に過大に経費を計上しようとしたことが窺えることからすると、原告が一般経費及び売上原価を証するものとして提出した各書証の全体に亘って、その信用性には問題が残るといわなければならない。そもそも、各書証が事業に係る経費を証するものとして明確に区別されて整理された形態で保管されていたものでないことも明らかであって、このようにみてくると、原告主張の一般経費・売上原価の実額の証拠として提出された各甲号証、それにこの点に関する証人戊、同丁の各証言、原告本人尋問の結果は、いずれも、直ちに採用できないというべきであって、原告のこの実額の主張は、その全体が採用できないものといわざるを得ない。むしろ、前記のとおり、被告の主張する推計の方が、原告の係争年分の一般経費及び売上原価の内容としては、より合理的であるというべきである。
4 したがって、原告の係争年分の一般経費・売上原価は、前記のとおり実額で認定した各売上金額を基に、被告主張の本件同業者の平均算出所得率による推計によって認定すべきものであり、そうすると、原告の係争年分の各算出所得金額は、別表15のとおり、平成5年分が1930万2134円、平成6年分が2622万8594円、平成7年分が2377万5849円となる。
六 争点(5)について
1 法30条1項は、事業者が国内において課税仕入を行った場合には、当該課税仕入を行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額からその課税仕入に係る消費税額等を控除する旨を規定する。そして、同条7項は、1項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入の税額については適用しない、ただし、災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合には、この限りでない旨を規定する。更に、同条8項は帳簿について、同条9項は請求書等についてそれぞれ記載されていなければならない各法定記載事項を具体的に列挙している。また、同条10項の委任に基づく消費税法施行令50条1項は、仕入税額控除の適用を受けようとする事業者は、法定記載事項の記載のある帳簿又は請求書等を整理し、帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日から2か月を経過した日から7年間、請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から2か月を経過した日から7年間、これを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これに準ずるものの所在地に保存しなければならない旨を規定している。
更に、法は、一般的な記帳義務として、58条において、事業者は、政令で定めるところにより、帳簿を備え付けてこれにその行った資産の譲渡等又は課税仕入に関する事項を記録し、かつ当該帳簿を保存しなければならない旨も規定している。
2 これらの各規定及び法の他の規定によれば、仕入税額控除は、広く消費税を課税する結果、取引の各段階で課税されることによる税負担の累積を防止するため、それぞれの取引の前段階の取引に係る消費税額を控除することを認めたものと解される。そして、仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等を保存しない場合についての法30条7項は、法定の帳簿や法定の請求書等の記載要件を定めた同条8項及び9項、更には保存期間や保存場所についての上記規定と共に、主として課税庁において、多量の課税仕入の存否及びそれに係る消費税額を迅速かつ正確に把握して事務処理をするためには、明確な内容の帳簿や請求書等が必要であるところから、かような法定帳簿や法定請求書等の保存がない場合を仕入説額控除をしない場合の実体要件(仕入税額控除の不適用要件)として定めたものと解される。
したがって、同条7項の規定は、主として、課税庁側から課税仕入れについての調査・確認をする場合を念頭に置いたもので、しかも、租税実体法規としての性質を有することは明らかであるというべきである。
3 このようにみてくると、法30条7項の保存とは、法定帳簿又は法定請求書等が単に物理的状態として納税者の下に存在しているだけでは足りず、前記のとおりに法令で定められた期間を通じて、法令所定の場所において、税務職員の質問検査権に基づく適法な調査により直ちに確認できるような状態での保存を意味するものと解するのが相当である。そして、税務調査において、税務職員が納税者に対し、社会通念上当然に要求される程度の努力を行って、適法に法定帳簿や法定請求書等の提示を求めて調査しようとしたのに対し、納税者がこれを明確に拒絶した場合には、納税者は、そもそも法定帳簿等を保管していないか、又はそれらを何らかの形で保管していても、少なくとも以上のような意味での保存がなかったものとの推認が強く働くものと解すべきである。
被告は、税務調査において納税者が拒否をすれば保存がないなどと主張するが、保存と提示とはその意味が異なるものである以上、法30条7項の趣旨を上記のように解したとしても、被告の主張をそのまま採用することはできない。また、同項の趣旨は前記のとおりであって、前記判断と異なる原告の主張も採用することができない。
4 前記の一の認定事実の下では、被告の部下職員は、本件各処分に至るまでの原告の係争年分の所得税及び本件各課税期間の消費税の税務調査において、原告に対し、帳簿書類を提示しないと消費税の仕入税額控除がされなくなることも何度も連絡せん等によって明確に伝えながら、ねばり強く原告に提示を求め、説得を続けたもので、それにもかかわらず、原告は、法所定の帳簿や請求書等の提示を妨げる事情もなかったのに、明確に強固にこれを拒絶したものといわざるを得ない。したがって、原告は、当時、課税仕入についての帳簿や請求書等について少なくとも前記のような意味での保存をしていなかったものと強く推認されるというべきである。のみならず、原告が本件訴訟において一般経費・売上原価の実額を立証するために提出した前記の各甲号証についての前記判断のとおり、原告は、そもそも、その都度正確に記帳した会計帳簿を有していなかったのではないかと考えられ、更に、本件訴訟で提出された前記の原始記録についても、調査当時、家事費と明確に区別されて保管されていたのではなく、調査に応じて提示することができる程度に整理して保管されていなかったものと推認せざるを得ない。
したがって、いずれにしても、前記の調査当時、原告には法所定の「保存」はなかったというべきであり、本件各課税期間の各消費税については、原告主張の課税仕入があったとしても、仕入税額控除は受けられないというべきである。
七 争点(6)について
1 原告が本件各課税期間の消費税の申告に関して通則法66条1項ただし書の正当な理由として主張する事由のうち、前記第二の三6の原告の主張(1)の点は、原告とその事業者の間の代金額の決定の問題か又は売上代金の回収の問題であり、同(2)の点は、前記判断のとおり、むしろ、原告の方が被告の部下職員の税務調査に協力しないで、帳簿等の提示をしなかったというべきであり、いずれにしても、本来原告が納付すべき本件各課税期間に係る消費税の申告をしなかったことについての正当な理由となるものではないと考えられる。
2 この点の原告の主張は採用できない。
八 結論
1 そうすると、係争年分の原告の各算出所得金額は、別表15のとおりとなるから、仮に、原告主張の別表11ないし13の販売費及び一般管理費の項目のうちの地代家賃(平成5年分が225万9748円、平成6年分が80万6965円、平成7年分が53万2100円)、それに丁への報酬として支払った金員として管理費用としている額(係争年分いずれも各180万円)を、それぞれ、各年分の特別経費として、前記の各算出所得金額から更に控除して、所得を計算すべきものであるとしても、それらの各点について判断するまでもなく、係争年分の所得税の各更正処分(総所得金額は、平成5年分が1211万7793円、平成6年分が1576万8058円、平成7年分が1389万7729円)は、原告の所得金額の範囲内でされたことになる。
2 また、各売上金額が前記のとおりである以上、本件各課税期間の消費税の各課税標準額は、被告がした各決定の課税標準額を上回ることになり、しかも、仕入税額控除額はいずれも0円とすべきであるから、同各決定は適法というべきである。通則法66条1項ただし書の正当な理由もないから、各無申告加算税の賦課決定処分も適法である。
3 以上のとおり、本件各処分は、いずれも適法というべきで、原告の本件請求は、いずれも理由がない。そこで、原告の本件請求をいずれも棄却することとし、行訴法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 飯野里朗 裁判官 財賀理行)
別表1
課税の経緯(所得税)
<省略>
別表2
課税の経緯(消費税)
<省略>
別表3
原告の事業所得の金額
<省略>
別表4
売上金額の内訳
<省略>
別表5
同業者一覧表(平成5年分)
<省略>
別表6
同業者一覧表(平成6年分)
<省略>
別表7
同業者一覧表(平成7年分)
<省略>
別表8
平成5年分 D有限会社売上金額対比表
<省略>
別表9
平成6年分 D有限会社売上金額対比表
<省略>
別表10
平成7年分 D有限会社売上金額対比表
<省略>
別表11
平成5年度の所得等一覧表(原告主張)
<省略>
<省略>
別表12
平成6年度の所得等一覧表(原告主張)
<省略>
<省略>
別表13
平成7年度の所得等一覧表(原告主張)
<省略>
<省略>
別表14
1-1 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
<省略>
1-2 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
1-3 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
2-1 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
2-2 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
3 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-1 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-2 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-3 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-4 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-5 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-6 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-7 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-8 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-9 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-10 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-11 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
4-12 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
5 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
6-1 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
6-2 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
7-1 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
7-2 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
<省略>
7-3 原告の必要経費の立証における問題点一覧表
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別表15(裁判所認定額)
原告の事業所得の金額
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