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京都地方裁判所 平成11年(ワ)1947号 判決 2001年10月16日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告Aに対し,246万9251円及びこれに対する平成11年4月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告Bに対し,283万7791円及びこれに対する平成12年4月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,平成8年3月当時,京都市立高等学校に養護教諭として勤務していた原告らが,京都市教育委員会(以下「市教委」という。)から,同年4月1日,京都市立小学校に異動決定を受けたこと(以下「本件異動」という。)に関し,本件異動及びこれにともなう給与額決定には,原告らの同意がないなどの手続違反や裁量権の濫用があり,またこれにより原告らは給与月額及び退職金の減少という損害を被ったとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,上記損害の賠償及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  当事者

ア(ア) 原告A

原告Aは,昭和40年4月1日,京都市立学校養護職員に採用されて京都市立a中学校に勤務し,京都市立中学校間を異動するなどした後,同57年4月1日,京都市立学校養護教諭として,京都市立b工業高等学校全日制に勤務することになり,以後,平成8年3月31日まで同校に勤務していた。

(イ) 原告B

原告Bは,昭和38年4月1日,京都市立学校養護職員に採用され,京都市立c中学校に勤務し,京都市立中学校間を異動するなどした後,同58年4月1日,京都市立学校養護教諭として,京都市立d高等学校に勤務することとなり,その後の同61年4月1日,京都市立e高等学校全日制に勤務し,以後,平成8年3月31日まで同校に勤務していた。

(ウ) 京都市職員としての養護教諭・養護職員(以下「養護教諭等」という。)は,校種の限定なく採用される。

イ 被告の設置する市教委は,原告らの任命権者である。

(2)  市教委は,平成8年度の人事異動に当たり,同年4月1日付で,原告らに対し,それぞれ,京都市立小学校への異動を命じた。

(3)  本件異動について,原告らの同意はなく,本件異動に伴う給料の減額について,市教委から,原告らに対し,何らの説明もされなかった。

(4)  給料月額,教職調整額及び調整手当(以下「給料月額等」という。)の差(ただし,具体的損害額については後記のとおり争いがある。)

養護教諭等については,勤務先が高等学校であるか,同小学校・中学校であるかによって給与負担者が異なり,前者は京都市が,後2者は京都府が給与負担者となるため,適用される給料表も異なる。

平成8年4月1日において,原告らに対し,引き続き市条例に規定する高等学校教育職員給料表が適用されていたと仮定した場合の給料月額等と現に原告らが受領した給料月額等の差は以下のとおりである。

ア 原告A

仮定給料月額等 54万5688円

受領額 52万4752円

差額 2万0936円

平成8年度から同10年度までの支給総額(期末勤勉手当を含む。)の差 98万5297円

退職手当の差額 100万3954円

合計 198万9251円

イ 原告B

仮定給料月額等 53万8824円

受領額 52万1778円

差額 1万7046円

平成8年度から同11年度までの支給総額(期末勤勉手当を含む。)の差 126万2247円

退職手当の差額 102万5544円

合計 228万7791円

2  争点

(1)  本件の国家賠償請求訴訟は,給与決定処分に対する取消訴訟とは別に提起することは許されないか,又は,不服申立前置主義に違反し,違法となるか。

(被告の主張)

給与額決定に対する取消訴訟と,本件のような給与差額を損害とする国家賠償請求訴訟とは,全く同一の機能を有するから,取消訴訟とは別に国家賠償請求訴訟を提起することは許されない。また,本件給与額決定手続は,直接金銭債権債務にかかわるものであるから,その処分が不利益処分であれば,地方公務員法51条の2により,不服申立前置主義が妥当することになり,当該手続を経ていない本件訴訟は許されない。

(原告らの主張)

行政訴訟としての取消訴訟と国家賠償請求訴訟とではその目的を異にし,行政処分の違法を理由とする国家賠償請求訴訟を提起するために,あらかじめその行政処分について取消しの判決を得なければならないものではない。また,原告Aは,京都市人事委員会に対して勤務条件に関する措置の要求を行い,その判定を受けたうえで本件訴訟を提起しているのであって,不服申立前置主義に反するところはない。同原告Bは,先行した同原告Aに対する判定結果からみて京都市人事委員会に対する不服申立は無意味と考えられたため,これをしなかったのであって,不服申立前置主義の趣旨に反するところはない。

(2)  本件異動は原告らの同意がなく,違法となるか。

(原告らの主張)

原告Aは,昭和57年4月以降,同原告Bは,同58年4月以降,いずれも長期にわたり一貫して京都市立高等学校に勤務してきたが,原告らは,本件異動によって,いったんそれぞれ勤務していた京都市立高等学校を辞職し,又は免職となり,次いで新たな採用手続を経たところ,給与支給者・給与体系がいずれも異なり,給与月額が大幅に減額となる,互助組合等の変更もあるといった身分・勤務条件の変更を余儀なくされるに至った。このような実質的不利益をもたらす処分を行うに当たっては,原告らの同意が必要であると解すべきところ,市教委は,原告らの同意を得ることなく本件異動を行っており,本件異動は違法である。

(被告の主張)

そもそも,養護教諭等は,京都市立学校において,児童・生徒の養護に携わる職として京都市に採用されるものであって,採用時に勤務校種を限定されておらず,異なる校種間の異動も,「免職」後「採用」という形式を取るのではなく,「転任」となる。そして,公務員の転任は,国家公務員法35条,人事院規則8ー12第6条,地方公務員法17条1項の規定によって,任命権者に付与された権限の行使として行われるものであって,人事行政上の処分として,任命権者が一方的に命じうるものであるから,対象となる公務員の同意は転任の要件とならない。また,転任は,昇任又は降任とは異なる任用形式であって,本来,職員に不利益を与えるものではない。本件では,棒給等に若干の変動を生じさせてはいるが,養護教諭等にあっては,勤務校種が限定されていないこと,校種によって給与負担者が異なり,異なる校種間の異動が給与に変動を及ぼすことは,当初から予定されていることなのであって,実質的不利益ということはできず,本件異動は違法ではない。

(3)  本件異動は裁量権の濫用であり,違法となるか。

(原告らの主張)

いわゆる教育公務員は,教育基本法6条2項等の規定によって,一般公務員と比較して強い身分保障が定められており,任命権者の人事異動等の裁量権にも自ずから限界があると解されるが,本件異動は,教育行政上の必要性,処分を受ける原告らの不利益の種類・程度,処分発令に至る手続などを総合的に考慮しても,裁量権の濫用に当たり,違法である。

(被告の主張)

公務員の転任処分は,任命権者の自由裁量行為であって,ある処分が全く事実上の根拠に基づかないと認められるか,社会通念上著しく妥当を欠き裁量権の範囲を超えると認められる場合でない限り,濫用とはならないと解すべきところ,本件においてそのような事情は認められず,本件異動は違法とはならない。

(4)  本件異動に伴う給与額決定手続(以下「本件給与額決定手続」という。)には重大な瑕疵があり,違法となるか。

(原告らの主張)

本件異動に伴い原告らが格付けされかつ支給されるべき給与額の決定については,京都府の定める「職員の給与,勤務時間等に関する規則」(以下「府規則」という。)18条又は20条2項が適用されるべきであり,市教委は,異動後の原告らの給与月額を決定するに際し,事前に京都府の「人事委員会の承認」を得る必要があったのに,これを怠り,市教委は職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と給与額の決定をしたという重大な手続きの瑕疵が認められ,本件給与額決定手続は違法となる。

(被告の主張)

前提として,国家賠償法上の違法性とは,公務員が具体的状況の下に置いて,職務上尽くすべき法的義務に違反したか否かという観点から判断すべきものであり,行政処分がその根拠となる行政法規に定められた実体的又は手続的な要件を客観的に欠缺しているかどうかという瑕疵判断とはその判断基準をことにしているというべきであって,ある行政処分についての瑕疵の存在が直ちに国家賠償法上の違法性に結びつくわけではないというべきである。

次に,給与額決定手続の違法性の有無であるが,原告らは,府規則20条2項にいう「新たに職員となった者」ではなく,同規則18条2号の「人事委員会を置く他の地方公共団体の職員」から人事交流によって引き続き職員となった者であるから,同規則20条2項は適用されず,同規則18条2号が適用されることとなる。そして,本件においては同条の定めるあらかじめの「人事委員会の承認」を欠くが,当該承認の手続きは,給与額決定について,同じ教育公務員である教頭及び校長と同等の扱いとなるように行われてきたものであるから,市教委に過失はないというべきである。また仮に過失があるとされる場合でも,後日の承認手続の結果は,本件において市教委が再計算方式によって決定した月額と同額であったのであり,原告らには損害が生じていないというべきである。

(5)  損害

(原告らの主張)

原告A 前記1争いのない事実(4)記載の損害合計198万9251円に,弁護士費用48万円を加えた額(合計246万9251円)が損害となる。

原告B 前記1争いのない事実(4)記載の損害合計228万7791円に,弁護士費用55万円を加えた額(合計283万7791円)が損害となる。

(被告の主張)

仮に,原告らの損害賠償請求権が認められるとしても,原告らの主張する金額は,本来給料等にかかる所得税・住民税を含んだ名目額であり,原告らの被った実損害額を超えたものである。したがって,原告ら主張の金額から本来差し引かれるべき所得税・住民税を除いた額が損害というべきである。

(6)  消滅時効

(被告の主張)

地方公共団体の職員の賃金の消滅時効期間は,通常の労働契約に基づく賃金債権と同様に2年であるから,本件訴え提起日である平成11年8月2日の2年前である同9年8月2日以前に弁済期が到来している同年7月分以前の賃金債権等に係る損害には,消滅時効が完成している。

(原告らの主張)

争う。

第3争点に対する判断

1  (1)について

地方公務員法51条の2は,取消の訴えと不服申立手続との関係を規定したものであって,本件のような国家賠償請求訴訟(給付訴訟)との関係を直接規定したものではないし,行政処分の法的効力を左右しない国家賠償請求訴訟には,直ちにその趣旨が類推されるものでもないと解するのが相当である。また,取消の訴えと国家賠償請求訴訟とは,要件・効果等を異にし,全く同一の機能を有するということはできず,取消の訴えが可能であったからといって,国家賠償請求訴訟の提起が不適法となるということはできない。以上の理由から,本件訴えが許されないものではなく,また違法となるものでもないというべきである。

2  (2)について

ア  争点(2)を検討するに当たり,①養護教諭の異動において,異動対象となる教諭の同意が一般的に要件となるか,②同意が一般的要件ではないとしても,原告らの被った具体的不利益からすれば,本件においては,同意を得る必要があったかに分けて,以下検討する。

イ  ①について

証拠(乙13,14,34の1・2,証人C,同証人D,原告A,同原告B)を総合すれば,養護教諭等の異動に際しては,年度末に異動希望調査書による調査が行われること,同調査においては,異動希望の有無のほか,校種の希望も出せること,原告Bが,中学校から高等学校に異動となったときは,2月ころにはその旨の内々示があったこと,原告らの中学校から高等学校への異動は,同人らの希望に沿った異動であったことが認められる。しかしながら,以上の認定事実を総合すれば,上記異動に際しては,異動対象者において,その意見を述べる機会が与えられていた事実が認められるけれども,この事実によっては異動対象者の同意が異動の一般的要件とされていた事実を推認するに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

ウ  ②について

(ア) 原告らは,異動処分とこれに伴う給与決定処分とが一体であることを前提に,給与月額等の減額を具体的不利益の主なものとして主張するので,まず,異動処分と給与額決定処分との一体性について検討するのに,本件全証拠によっても異動処分と給与額決定処分との一体性を認めるに足りず,むしろ,証拠(甲2,24ないし27,乙4ないし9,35,証人D)を総合すれば,中学校の首席人事主事が養護教諭等の異動の原案を作成するが,給与月額決定には関与しないこと,異動処分と給与額決定処分とはそれぞれ独立して不服申立の対象となることが認められるのであって,異動処分と給与額決定処分とが一体であるとは認められない。そうすると,給与月額等の減額は異動処分による不利益とは直ちにはいえないというべきである。

(イ) そこで,原告主張のその他の不利益について検討する。まず,原告らは,本件異動は,正確には当時勤務していた京都市立高等学校を辞職し,ないし免職となり,その後同小学校に採用されたものであり,「身分」に変更を生じたと主張し,証拠(甲3ないし13,原告A,同原告B,弁論の全趣旨)を総合すれば,原告Aにおいては昭和57年度,同原告Bにおいては同58年度に,それぞれ京都市立中学校から同高等学校に異動した際は,中学校を「辞職」した後,高等学校に「採用」されるという手続きが取られたことが認められる。しかし一方,上記争いのない事実(第2の1)及び証拠(甲1,6,7,乙1ないし7,9ないし11,15の1ないし3,16,弁論の全趣旨)を総合すれば,養護教諭等は,校種を限定せずに採用され,異なる校種間の異動によっても京都市職員としての身分に変更はないこと,原告らの中学校から高等学校への異動の際には,上記の「辞任」「採用」の手続きが取られたのは,当時,給与負担者が異なる異動の場合には,退職手当の支給対象期間の通算制度がなく,異動の際に退職手当を清算する必要性があったためであり,同制度が認められた後は,「辞任」「採用」の形式はとらず,「職員の給与等に関する条例」(以下「府条例」という。),「京都市教職員の給与等に関する条例」(以下「市条例」という。),府規則は,校種間における異動とこれによる給与負担者の変更があることを前提にして,異動による給与負担者の変更の際の給与額決定方法についての規定を設けている(いわゆる「再計算方式」)ことが認められるのであって,以上によれば,本件異動が「辞職」ないし「免職」と「採用」ではあるとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠もない。

(ウ) 原告らは本件異動による不利益として,互助組合・勤務条件の変更を主張するが,これらが不利益に当たると認めるに足りる証拠はない。

(エ) 以上によれば,原告ら主張の不利益はいずれも認められないか,本件異動処分とは直ちに関連しないということができるから,本件異動について実質的にみても原告らの同意が必要であるということはできない。

3  (3)について

(1)  まず,前提として,教育基本法第6条2項は,学校教員の身分の「尊重」と「その待遇の適正」を規定するが,詳細は他の法令の定めるところに委ねていると解されるところ,教育公務員特例法は,教育公務員のうち大学の学長,教員及び部局長の転任等の任命権について,これを制約する規定を設けている。しかし,大学以下の教員の転任については,同法に何らの制約も設けられていないから,原則に戻り,地方公務員法等が適用されると解される。そして,同法17条1項は,「任命権者は,………転任………の方法により,職員を任命することができる。」とし,職員の転任任命権に何らの制約も設けていない。そうすると,本件異動処分についても,原則として,任命権者である市教委の裁量に委ねられていると解されるが,一方,恣意的な人選等,裁量権の濫用に当たると認められる場合には,その異動処分は権限の範囲を逸脱した違法なものというべきこととなる。

(2)  そこで以下,裁量権の濫用の有無について検討する。

ア 証拠(甲12,13,15,17ないし20,28,証人C,原告A,同原告B,弁論の全趣旨)を総合すれば,次の事実が認められる。

(ア) 本件異動の当時,原告Aにおいては定年までの期間が3年,同原告Bにおいては,4年であった。

(イ) 本件異動の当時,京都市立高等学校においては,原告らよりも同一校勤務が長い養護教諭がいたが,その者は異動されなかった。。

(ウ) 市教委は,京都市立高等学校社会科教諭の異動が問題となった事件において,同一校勤務24年かつ定年間近(5年)の教諭をおいて,同一校勤務6年の中堅教諭を異動させた。

(エ) 京都市において,本件異動から過去10年間で,養護教諭等が,高等学校から小学校・中学校に異動となったのは,原告らを除き,2件だけであった。

(オ) 原告Aにおいては,学内における保健活動のほか,学外では市教委主催の夏期研修会でレポーターを勤めるなどし,養護教諭としては初めて京都市学校保健会から表彰を受け,同原告Bにおいては,市立高等学校カウンセリング研究会の設立から関与し,それぞれ高等学校養護教諭としての実績を挙げていた。

(カ) 原告らの給与等は,本件異動によって給与負担者が異なることとなった結果,前記第2の1の争いのない事実(4)のとおりの差が生じた。

(キ) 原告らは,本件異動に際し,市教委ないし勤務校校長等から事前の意見聴取を一切受けなかった。

イ しかし,これに対して,証拠(乙1ないし3,11,18,19,証人D,弁論の全趣旨)を総合すれば,次のような事実も認められる。

(ア) 市教委は,異動基準年限を6年と設定しており,小学校及び中学校においては,おおよそこれに沿った異動がなされている。

(イ) 上記ア(イ)で挙げた教諭らは,定年までの期間が原告らのそれよりは長く,今後,改めて異動機会を設定することが考えられた。

(3)  以上認定の事実に上記争いのない事実(第2の1)を総合して検討するのに,まず,異動基準年限を設けて人事異動を活性化させること,そのための具体的数字として同一校勤務6年を設定することも,教育公務員は「全体の奉仕者」として「その職責の遂行」が期待されることからすれば(教育基本法6条1項),それ自体が不合理であるとは認められない。そして,京都市職員としての養護教諭は本来校種の限定なく採用されているのであるから,高等学校から小・中学校へ異動させることも採用時から当然予定されていることであって,不合理であるということはできない。そしてこのことは,従来の運用として高等学校と小・中学校間の異動件数が極めて少ない本件の場合も変わらないというべきである。硬直化した人事異動を本来予定されている形に戻そうとするときに,その最初の異動が従来と比較して異例に思われることをもって,これを特別問題視することは相当でない。

次に,異動対象者の選定に当たり,定年間近の者を避けなかったとしても,これをもって直ちに不合理な選定ということはできない。勤務校種を限定しない養護教諭にあっては,定年までは小・中・高等学校のいずれの職務も全うできるものとして,定年年齢が設定されていると考えられること,むしろ本来,養護教諭は校種を超えて,種種の経験を生かした活躍が期待されていると解することもできるのであって,定年3ないし4年前に異動対象とすることが不合理であるとまではいえない。そして,異動対象者選定の際,同一校勤務が長期にわたる者が複数いる場合に,定年までの期間が比較的短期で,今後異動の機会の少ない者を優先的に選定することも,人事異動の活性化という点から見て不合理であるとはいえない。また,原告らが高等学校の養護教諭として実績を挙げていたことは,原告らの養護教諭としての資質の高さを示すが,このことは異なる校種での活躍の可能性を示すものと見ることもできるのであって,これを,原告らについての本件異動を不合理とする事実として過大に評価するのは相当でない。そして,本件異動に際し,原告らに対する事前の事情聴取がなかったのであるが,上記のとおり,大学以下の教員の転任任命権には,原則として制約はないのであるから,異動の手続きとして,事前の事情聴取を要件としていなかったからといって,これを不合理であるということはできない。

最後に,本件異動によって,結果的に原告らの給与等が減額したという点であるが,上記2で検討したとおり,本件異動と給与額決定は別個独立した行政処分であることから,給与額の減額をもって,直ちに異動処分についての裁量権濫用をいうことはできない。また,実質的にも,勤務校種を限定しない養護教諭にあっては,勤務校種の変更によって給与負担者が異なり,給与額が増減することは,採用時から当然予定されていることということができる。本件では,原告らは,賃金については月額約2万円の,退職金については約100万円ないし約120万円の減額を来すこととなったのであるが,養護教諭における校種間の異動が活性化していたなら,賃金,退職金等の減額が生じる事態は十分に考えられること,退職金については,定年までの現実の賃金額などを算定基準として計算されるのであって,定年前のある時点での計算は,あくまで試算にすぎないこと,校種限定のない原告らには,高等学校教諭における給与表の適用を受けることが既得権であるとまではいえないことからすれば,これら賃金月額等の減額の事情は,なお受忍限度を超える不利益ということはできない。

4  (4)について

本件給与額決定手続においては,府規則18条あるいは20条2項に定める事前の京都府「人事委員会の承認」を欠いている(争いがない。)が,市教委は,事後的に京都府人事委員会に対し,本件における原告らの給与額決定方法について回答を求め,これに対する同委員会の回答は,市教委が当初選択した方法と同じであった(給料月額は同額であった。)こと(乙4ないし7,弁論の全趣旨)を総合すれば,上記手続違反があったとしても,原告らには損害が発生しているはいえないというべきである。

5  その他原告らの主張に即して検討しても,原告らの被告に対する損害賠償請求権の存在を認めることはできないので,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの本件請求は理由がない。

6  結論

よって,原告らの本件請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本信弘 裁判官 中野希美)

裁判官 河田充規は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 松本信弘

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