京都地方裁判所 平成11年(ワ)3020号 判決 2002年10月31日
京都市<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
木内哲郎
同
神﨑哲
東京都中央区<以下省略>
被告
野村證券株式会社
同代表者代表取締役
A
同所
脱退被告
野村ホールディングス株式会社
(旧商号・野村證券株式会社)
同代表者代表取締役
A
被告及び脱退被告訴訟代理人弁護士
川村和夫
松隈知栄子
主文
1 被告は、原告に対し、2035万円及びこれに対する平成11年12月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを4分し、その1を被告の、その余を原告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、8897万9346円及びこれに対する平成11年12月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一1 本件は、原告が、大手証券会社である脱退被告の京都支店との間で、平成8年1月から同年12月まで、別表①のとおりの外国債券の購入や株式の現物取引、信用取引をして損失を被ったが(以下、原告と脱退被告との各取引を「本件各取引」という。)、これは脱退被告の担当の従業員であるB(以下「B」という。)の不当な勧誘や虚偽報告等の違法行為によるもので、脱退被告やBには、誠実公正義務違反、虚偽報告や誤導表示禁止の違反、断定的判断の提供、説明義務違反、適合性原則違反、過当勧誘禁止違反、過当取引等の違法があるなどと主張し、民法715条に基づく損害賠償として、この取引による実現損失、含み損失及び弁護士費用の合計額1億0746万4352円の一部である前記第一のとおりの金額及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 脱退被告は、平成13年5月17日付分割契約書をもって、被告との間で、吸収分割(商法374条の16)の方法により、分割をなすべき日を同年10月1日として、原告に対して負担する損害賠償債務を含む権利義務を被告に移転すること等の内容の契約を締結するとともに、同吸収分割に異議があれば述べるべき旨を公告し、かつ原告にこれを催告した(商法374条の20第1項)。原告は、これに対して異議を述べなかった。
これにより、脱退被告の原告に対する本件の損害賠償債務が存在したとしても、それはすべて、同年10月1日をもって、被告に免責的に引受けられた(以下、被告と脱退被告を特に区別せずに「被告」という。)。
二 争点
1 争点1(誠実公正義務、虚偽報告・誤導表示の禁止、断定的判断の提供の禁止、説明義務、適合性原則、過当勧誘の禁止の各違反、過当取引)
(一) 原告の主張
原告は、Bに、被告から送付される書類もよく分からないので、毎月末に、実損益のほかに評価損益も原告に直接に説明・報告してもらいたいと何度も念を押し、Bもこれを約していた。ところが、Bは、同年8月20日、呼出を受けて被告京都支店に赴いた原告に、C副支店長と共に「実損益と評価損を合わせて約800万円の損失が出ています。」と報告し(甲2の70)、更に、同年10月30日、原告に「8月の800万円の損失は約500万円まで縮小しています。」と説明し、その翌日に、前記の損失は400万円であったと訂正した(甲2の99)。しかし、これはいずれも虚偽の内容であって、同年8月20日当時、原告は、被告との取引によりすでに約2500万円以上の損失が生じていたのであり、同年10月末日時点では約3739万円の損失が生じていた。また、Bは、そのほかにも原告とのこの約束に反して、評価損益の報告をせず、また、評価損を曖昧又は過少に報告した。このように、Bは、虚偽の損益状態の報告を行い、原告に取引の中止の機会を失わせるとともに、その投資判断を殊更に誤らせ、原告に更なる損害を被らせた。Bが原告との約束を履行していれば、原告は、もっと早期の段階で取引を中止していた。
また、Bは、ダービーについて「損失を被る危険性がわずか3パーセントである」などと言うなどして、リスクを隠ぺいして楽観的見通しを強調することにより、断定的判断の提供をした。Bは、特に、値動きが大きい店頭登録株式についても、何ら危険性の説明をすることなく、安易に店頭公開株を勧誘するなどしてその説明義務に違反した。店頭登録株の場合には、適合性原則は特に厳格でなければならないし、その担当従業員の説明も十分に詳細にすべきである。原告は、経済的知識や証券取引の経験も乏しく、すでに老齢であった。
原告は、Bに言われるままに、取引をしたのであり、銘柄の決定、売買金額、数量、売買の時期等のすべてを実質的にBが決定した。その結果、本件各取引は、1年足らずの期間に、取引回数525回、建玉数186回という異常に頻繁かつ多数回の取引となった。1年間における投資資金の回転数である年次回転数は、現物売買の回転率が29・3以上、信用売買回転率は、10・96以上で、その異常性は明白である。また、現物取引における平均保有日数が19日で、そのうち保有日数0の取引(日計り商い)が18回(10・91パーセント)、3日以内の取引が66回(40パーセント)、10日以内の取引が113回(68・48パーセント)、20日以内の取引が131回(79・39パーセント)である。信用取引においては、平均保有日数は48・4日であり、保有日数0日の取引が9回(9・18パーセント)、10日以内の取引が35回(35・71パーセント)、30日以内の取引が59回(60・2パーセント)、60日以内の取引が79回(80・61パーセント)である。また、全体の損失に占める手数料額の割合は50パーセントを越えている。
このように、Bの勧誘又は取引の代行は、手数料稼ぎを目的としたものであることが明白であり、更に、旧証券取引法49条の2(新法33条)の違反、誠実公正義務、虚偽表示・誤導表示の禁止、断定的判断の提供の禁止、説明義務、適合性原則、過当勧誘の禁止の各違反があって、不法行為であることが明白である。
したがって、被告は、民法715条による責任を免れない。
(二) 被告の主張
原告の主張はすべて争う。被告の従業員であったBに原告主張の違法行為はなかった。原告が、毎月の月末に実損益のほかに評価損益についても直接説明して欲しいと言った事実はない。Bが原告主張のように虚偽報告をしたこともむろんない。特に、平成8年8月20日には、被告京都支店でBやC副支店長が原告と会ったことはない。BやCが原告と会ったのは同月12日である。原告は、被告から毎月送付される月次報告書によって、現物と信用取引の実現損益、それに信用取引の建玉状態での評価損益を知っていた筈である。Bが、リスクを隠ぺいしつつ楽観的見通しを断定的な言辞で強調して原告を勧誘した事実もない。取引回数については、原告はBの勧誘に積極的に応じて株式の売買をしたのであって、取引回数はその結果にすぎない。過当売買についての原告主張の要件なるものは、我が国の法律の下で直ちに違法性の基準となるものではない。
2 争点2(Bの違法行為による損害)
(一) 原告の主張
Bの違法行為による損害は、(1) 本件各取引による原告の損失の合計額である別表①のとおりの損失額合計5529万9753円、(2) 別表②・保有株式含み損試算表のとおり、平成14年5月8日終値の株価による含み損の合計額4236万4599円、(3) 弁護士費用980万円であり、その合計額は、1億0746万4352円である。
(二) 被告の主張
原告の主張は争う。
第三当裁判所の判断
一 甲1ないし24(枝番を含む。)、乙1ないし85、調査嘱託の結果、証人Bの証言、原告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
1 原告(大正11年生)は、医師、医学博士であり、昭和61年3月までa大学●●●教授であった。原告は、同月に同大学を定年退官した後は、b病院●●●を経て、平成8年当時は、その妻が開業しているcや、d健康管理室、e医務室、f学校に医師として勤務していた。
原告は、平成8年当時、退職金その他で相当額の資産を有しており、すでに、昭和61年ころから、日興証券、大和証券との間で投資信託、ワラント、金貯蓄、MMF等の取引をした経験があり、その総額は相当多額であった。
2 また、原告は、昭和61年ころから、被告京都支店で投資信託を買い付けるなどし、取引口座を有していたが、すでに低金利時代になっていたため、有利な資産運用方法を模索し、平成8年1月下旬ころまでに、被告の京都支店を訪れ、Bと何度か資産運用について相談を重ねた。そして、原告は、貯蓄方法として外国債券の購入に興味をもち、被告の京都支店で原告の担当となったBから勧められて、同月23日、西オーストラリア州理財公社の債券を被告を通して約1500万円で購入した。原告は、その後も、度々、被告の京都支店を訪れ、Bとの間で、日興証券から推奨された商品についての相談をしたり、有価証券の投資についての相談を重ねていた。このように、原告は、金融商品や証券取引について一定の知識は有していた。
3 その後、同年3月、原告は、Bに勧誘されて、日榮や店頭登録銘柄である亜細亜証券印刷の株式を購入した。その際、同月6日、Bは、店頭登録株式の取引について、上場銘柄と比較して市場性が薄く、値段が大きく変動することがあることなどその取引の説明を記載した店頭取引に関する確認書の用紙を交付し、原告はそれに署名押印してBに交付した(乙27)。原告は、その後は現物取引もするようになり、他の証券会社から引き出した株券(NTT、三菱信託銀行、武田薬品工業、東洋建設)を被告に預けて、更に新規の資金も出して様々な株式を買い付けるようになった。
4 原告は、同年5月、Bからダービーという株式投資について、その説明が記載されたパンフレット(甲1)やそれに添附されたグラフを基に相当に時間をかけて説明を受けて、それをするように勧められ、それをするためには信用取引をする必要があると説明を受けた。ダービーとは、信用取引において同業種の競争関係にある2銘柄について一方は売建で他方は買建にして、このように両建することによりリスク軽減を図る投資方法である。
原告は、上記の説明を受けた上で、同月17日、被告の京都支店に信用取引口座を開設し、証券取引所の受託契約準則等に従って信用取引を行う旨の信用取引口座設定約諾書(乙31)に署名・押印してこれを作成し、更に、同約諾書及び信用取引のしおりを確認し、私の判断と責任において信用取引を行います。」と記載した信用取引に関する確認書(乙32)を作成してこれに署名・押印して被告に交付した。Bは、信用取引のルールを記載した「信用取引制度」と題するパンフレット(乙30)を原告に交付した。
5 原告は、このように、信用取引もするようになり、同年5月28日、29日、ダービーの銘柄として買建で合計約8000万円、売建で合計約8000万円の取引をするなどして取引を継続した。また、原告は、店頭登録株を含む現物取引も継続した(乙24ないし80)。
6 原告の投資金額は次第に拡大し、原告は、被告京都支店では大口の得意の顧客として扱われるようになった。原告も、Bを証券取引の経験が豊富な営業担当者として非常に信用していた。被告との取引での原告の投資金額は、平成8年7月ころには合計1億円を超えるまでになっていた。
7 原告は、被告京都支店を自ら訪れたり、あるいは電話やBが原告宅を訪問した際に、Bに注文を出して現物取引及び信用取引を継続した。原告は、当初のころから、それぞれの取引の際、Bの勧誘する銘柄について説明を受け、その都度、その説明を広告用紙の裏等の紙に詳細に克明にメモし、そのメモによって内容を確認しながら個々の注文をした(そのメモが甲2の1ないし104である。)。原告は、本件各取引に際し、個々の注文を出すときには、Bから説明と勧誘をを受け、ほぼすべてBの勧誘に従って注文したが、このように詳細なメモをとり、自らの判断で具体的な注文を出したもので、Bに各注文を完全に任せきりにしたとまではいえなかった。原告は、いわゆるパッケージとして、1度に10ないし20の銘柄の注文を出す時にも、それがリスクを分散しつつ利益を追求する取引形態であることを認識した上でしたものであった。
8 原告は、Bを信用しており、平成8年8月10日、Bを夫人同伴で原告の自宅に招待して食事を共にしたこともあった。
9 ところで、本件各取引による実現損益及び評価損益の累計は、次第に損失が拡大していき、平成8年3月以降は、別表③のとおり推移し(これは各月の末の金額である。)、同年8月末には、現物及び信用取引の実現損益は合計約383万円の損失、実現損益及び評価損益の累計は約2890万円の損失に至るまでになっていた。
10 ところが、Bは、原告から何度も、実現損益のみならず、信用取引で建て玉状態の株式や現物取引で購入して保有する株式の評価損益(以下、「評価損益」という。)も含めた全体の損益を報告することを求められていたにもかかわらず、それを原告に明らかにせず、平成8年8月20日、そのころにはすでに評価損益をも含めた全体の損失が前記の8月末の損失に近い損失状態になっていたことを認識しながら、被告京都支店を訪れた原告に対し、自らの勧誘による損失が拡大していることを隠して、原告に取引を継続させるため、C副支店長と共に、評価損益も含めた全体の損益が約800万円の損失になっていると虚偽の内容を告げ、この損失を取り戻すように努力するなどと言った。原告は、落胆したが、Bのこの発言を信用し、何とかその損失をその後の取引で回復しようと考え、以後も、Bの勧誘に従って、取引を継続した。原告は、その際のBの発言もメモにとっていた(甲2の70)。
11 しかし、Bの勧誘による取引を継続するにつれ、平成8年10月になると、現物取引の実現損失も相当に拡大し、評価損益を含む本件各取引による損失も更に拡大した。同月末の実現損益は、別表③のとおり、当月の現物取引の実現損益が約1713万円、当月の信用取引の実現益が約2万円であり、評価損益を含む累計は、合計3739万円の損失にまで拡大した。原告は、後記のとおり、被告から月次報告書の送付を受けていたにもかかわらず、Bの前記のような説明を信用していたため、このような現実の損失を知らなかった。
12 ところが、Bは、前記の損失状態になっていることを認識しながら、平成8年10月30日、原告宅を訪問し、自己の勧誘による取引で損失が拡大していることを隠して、取引を継続させるため、原告に対し、本件各取引による評価損益を含む損益は約500万円の損失になっていると説明した。原告は、やや安堵し、これからじっくりと確実に損を取り戻して、年末までに損益0にしてくれたら良いなどと言った。翌日、Bは、原告に対し、電話で、昨日に約500万円と言ったのはあまりに厳しすぎたもので、計算をやり直したら約400万円の損失でしたと訂正した。そこで、Bの発言を信用していた原告は、100万円儲かったと冗談を言って喜んだ。原告は、その際のBの発言もメモにとっていた(甲2の90)。
13 その後も、原告は、Bの勧誘で、別表①のとおり取引を継続したが、Bは、実際には、評価損益を含む損失が更に拡大していることを原告に告げずに原告に勧誘行為を継続した。
14 平成8年11月28日ころまでに、被告京都支店でも、大口の顧客である原告が多額の損失を知らないまま取引を継続していることが判明し、原告に知らせることになった。そして、同日、原告は、Bから呼ばれて被告京都支店を訪れた。そして、同支店で、D営業課長が、Bも立会いの下で、原告に月次報告書への署名・押印をさせた後、本件各取引ですでに数千万円の損失がでていることを初めて口頭で告げた。Bはただ黙っていた。原告は、Bの発言を信用していたので、大変驚いて落胆し、何とか納得できる説明をして欲しいと強く求めた。しかし、被告側から十分な説明はなかった。
15 そこで、原告は、被告との間の信用取引を中止することを決め、以後は、別表①の番号512以下の各取引をしただけで、平成8年12月24日、一部の現物保有株を除いて本件各取引を終了した。その後、原告は、同年1月から12月までの売買損益明細書の交付を申請し(乙6)、被告は、同日付で同年1月から12月分までの売買取引計算書(乙12)を原告に交付した。
16 その後、原告が、Bに、損益についての詳細な説明を求めた結果、平成9年1月8日、Bは、電話で、本件各取引の平成8年3月から同年12月までの各月末の実現損益・評価損益の累計の金額を原告に報告した。その内容は、別表③の実現損益・評価損益の累計の欄のとおりであった。
17 本件各取引の経過は、別表①のとおりであるが、被告は、原告の口座で取引がされる都度、その翌営業日に売買の別、銘柄、数量、取引金額が記載された取引報告書を原告に発送した。また、原告は、平成8年4月15日、同月30日、同年6月3日、同年7月11日、同年8月26日に、売買取引計算書やお取引口座入出金明細の交付を被告に申請し(乙1ないし5)、被告は、これに応じて、その都度、売買取引計算書(乙7ないし11)を原告に交付したことがあった。
18 また、被告は、原告に対し、毎月末、月次報告書を送付し(乙19ないし26)、原告は、平成8年5月分から同年10月分まで、この月次報告書と共に送付を受けたその内容に相異ない旨の回答書に署名して被告に返送した(乙13ないし18)。この月次報告書には、取引の明細、預かり証券等の残高明細、信用取引の決済損益が記載され、信用取引の「建玉の明細」には、個々の未決済の銘柄についての基準日現在の時価、評価損益が記載されていた。ただし、現物株の評価損益については、被告から提供された直接の資料はなかった。原告は、これらの書面を逐次検討することをせず、専らBの説明だけに頼っていた。
19 平成8年12月24日までの本件各取引において、別紙①のとおり、原告は、合計5529万9753円の損失を被り、その手数料合計は2867万1049円であった。また、原告は、別表②のとおりの現物銘柄として保有する株式があり、同日時点でも相当額の評価損失があった。
二 争点1について
1 前記一の認定事実によれば、Bは、平成8年8月20日及び同年10月30日の2度にわたって、本件各取引による評価損益を含む損失が同年8月20日の時点では少なくとも概ね2000万円を上回まわる状態に達していたことを認識し、更に、同年10月30日の時点ではすでに約3739万円に達していたことを認識しながら、いずれにおいても、自己の勧誘に基づく取引の結果このように損失が拡大していることを原告が知らないことを奇禍とし、損失額を過少にした虚偽の報告を原告にしたもので、これにより、原告は、誤った判断の下に本件各取引を継続してその損失が拡大したものというべきである。Bのこれらの虚偽報告は、原告に対する不法行為であって、民法715条に基づき、被告は、原告にその損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。
2 被告は、この虚偽報告の事実を否認し、特に、平成8年8月20日にはBやCが原告に会ったこともないなどと主張する。また、原告が送付を受けた月次報告書(乙19ないし26)には、現物及び信用取引の実現損益のみならず、信用取引における建玉中の評価損失も一覧表の形で記載されており、これらを原告がよく検討していれば損益の少なくとも概要は分かった筈であるともいえる。
しかしながら、原告が作成したメモの一部である甲2の70、甲2の99には、原告の主張にそう記載が明確に残されており、その記載の前後の記載やその状態等からも原告がこの記載のみを後で意図的に記載したものとは考え難い。また、被告は、平成8年8月20日にはBやCが原告に会ったことはないと主張するが、この点についても有効な反証をしていない。そして、月次報告には、評価損失の合計額や現物取引の評価損益までは記載されてはいなかったのであり、更に、この点についての証人Bの証言や、その後、前記認定のとおりの平成8年11月28日にD営業課長やBが実際の損失額を原告に告げるに至った経過の事実関係や本件各証拠を合わせ総合すると、Bが前記のとおりに虚偽の報告をしたことを認めるのが相当というべきである。
3 次に、原告主張の過当勧誘、過当取引について判断すると、前記一の認定事実によれば、確かに、本件各取引は、平成8年3月から同年12月までの10ヶ月間に取引回数が合計524回と極めて取引回数が多く、この間で被告が取得した手数料額は2867万1049円と極めて多額に上る。また、現物取引においても、信用取引においても、株式保有日数が0の日やわずかの日が相当あり、信用及び現物取引で1日で注文した銘柄数が10銘柄以上の日が3日あるほか、6銘柄以上の日も5日ある。そして、原告がした各注文はBが勧誘するとおりにされたもので、原告がBの勧誘とは無関係に、あるいはその勧誘に反して独自にした注文はなかったもので、買付総額を平均投資額で除し、それを年ベースにしたいわゆる回転率も極めて高率になるものと認められ、これらの諸点からすると、本件各取引全体が、Bが手数料稼ぎのために、原告から事実上その取引を一任され、いわゆる原告の口座を支配した上、悪意をもって過度に多数回の売買取引をさせたチャーニング(過当取引)であると疑う余地もないではない。
しかしながら、前記一の認定事実によれば、本件各取引については、銘柄数は多いが、実際に建玉を建てる取引をした日は、別表①のとおり、比較的集中しており、平成8年7月以外の各月は、同年8月が5回で、その他の月は3回以下である。また、原告は、前記のように、証券取引がはじめての初心者ではなく、従来から相当に多額の余裕資金を投資する取引を経験しており、すでに一定の証券取引の知識も有していたもので、しかも、Bとの間では、前記認定のとおり、その都度、詳細にメモをとりつつ、あくまで自己の判断で注文したことが明らかであって、決してBや被告側がいわゆる口座を支配したといえるような関係にはなかったというべきである。このようにみてくると、前記一の認定事実からは、本件各取引をBの違法な過当勧誘によるものとか、過当取引であって違法であるとまではいえず、そのような事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。
4 原告は、そのほか、誠実公正義務違反、断定的判断の提供の禁止違反、説明義務違反、適合性原則違反を主張するが、前記のBの虚偽報告以外に、原告主張のような違法な内容の事実は、これを認めるに足りる証拠はない。
5 争点1について、前記のBの虚偽報告以外の点については、Bの勧誘行為等に違法な点があったとする原告の主張は、いずれもこれを採用することができない。
三 争点2について
1 前記一の認定事実と本件各証拠を総合すると、原告は、平成8年8月20日当時、Bから本件各取引について正しい損失額を報告されていれば、少なくとも、同月末日の時点で、別表③のとおり、評価損益を含めた損失額が2890万円近くに達していることが分かったもので、それであれば、同月末日には、その評価損益を含む損失額を確認すると共に、同年11月28日にしたように以後の本件各取引を中止することを決断し、その事後処置をとったものと考えられ、そうすると、原告は、Bの虚偽報告によって、少なくとも、別表③の11月末日時点での実現損益・評価損益の累計と8月末日時点でのそれとの差額にほぼ相当する3700万円の損害を被ったものと認められる(なお、同表の同欄の金額は概数と認められるが、弁論の全趣旨から上記の損害は、少なくとも前記金額はあったものと認められる。)。
2 しかし、前記一の認定事実によれば、原告は、証券会社との取引経験を有する者で、被告から、毎月末に月次報告書の送付を受けていたもので、その内容に相異ない旨の回答書に署名して被告に返送したのであり(乙13ないし18)、この月次報告書には、取引の明細、預かり証券等の残高明細、信用取引の決済損益が記載され、更に、信用取引の「建玉の明細」に個々の未決済の銘柄についての基準日現在の時価、評価損益が記載されていたのであるから、原告は、その内容を検討していれば、少なくとも、月毎の取引による評価損益を含む損益の概要は把握できたものというべきである。原告は、前記のような回答をしながら、これによる検討を怠ったことは明らかである。現物取引の評価損益は月次報告書には記載されていないが、前記一の認定事実と乙19ないし25によれば、平成8年7月から11月までの実現損益以外の評価損益の中で現物取引による評価損益が占める割合は多くはなかったと認められ、むしろ、原告が月次報告書の内容の検討を怠ったことが、Bの虚偽報告による損害の拡大に相当程度寄与したことは明らかである。
このようにみてくると、前記事情を考慮して衡平の見地から過失相殺をすべきであって、その割合は、前記一の認定した事実関係等も考慮して、5割と認めるのが相当である。
3 更に、前記の認定事実及び本件各証拠によれば、弁護士費用の損害は185万円を認めるのが相当である。
4 原告の損害の主張の中には、上記認定の損害の主張も当然に含まれているものと解され、別表②・保有株式含み損試算表の損害の主張についての判断も、前記の損害の認定判断に含まれているというべきであり、原告の損害の主張のうち、前記で認めた損害以外のその余の部分は、いずれも認められないというべきである。
四 結論
そうすると、被告は、Bの虚偽報告による原告の損害の賠償として、2035万円及びこれに対する不法行為のあった日の後であることが明らかな平成11年12月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。原告の本件請求は、前記の限度で理由があり、その余は理由がない。よって、民訴法64条、259条に従って、主文のとおり判決する。
(裁判官 八木良一)
<以下省略>