大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成11年(ワ)3090号 判決 2003年10月21日

原告兼亡A野一郎訴訟承継人

A野太郎

他1名

原告ら訴訟代理人弁護士

髙橋信久

被告

社会福祉法人 恩賜財団済生会

同代表者理事

山下眞臣

他1名

被告ら訴訟代理人弁護士

莇立明

主文

一  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、四九八五万六八三五円及びこれに対する平成九年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、八二三九万二三七三円及びこれに対する平成九年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らの子である亡A野一郎(以下「亡一郎」という。)がアレルギー性紫斑病、紫斑病性腎炎のため被告社会福祉法人恩賜財団済生会(以下「被告済生会」という。)が設置経営している済生会京都府病院(以下「被告病院」という。)を受診したところ、同病院において、担当医であった被告B山松子(以下「被告B山」という。)を抗凝固薬剤等を過剰投与した等の過失により、亡一郎が脳内出血を起こしたうえ、同人が無動無言の症状(以下「本件後遺障害」という。)に陥った後に死亡したとして、亡一郎の相続人である原告らが、被告済生会に対しては債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告B山に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自、原告らそれぞれに対して、介護費、逸失利益、慰謝料及び弁護士費用の合計八二三九万二三七三円並びにこれに対する亡一郎に対する最終加害行為の日である平成九年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。

第三前提事実(証拠を付さない事実は、当事者間に争いがない。)

一  当事者

(1)  亡一郎は、昭和五六年一二月九日、原告A野太郎(以下「原告太郎」という。)及び原告A野花子「以下「原告花子」という。)の三男として出生し、平成一五年四月二四日、死亡した。

(2)  被告済生会は、被告病院を設置経営していた医療法人であり、被告B山は、平成九年三月当時、同病院の小児科に勤務する医師であった。

二  入院に至る経緯

(1)  亡一郎は、平成八年一二月中旬ころから、風邪に似た症状を訴えて、内科、小児科等の開業医であるくぼた医院を受診したが、同九年(以下、年の記載のないものは、すべて平成九年である。)一月、紫斑が現れていたため、皮膚科医院を受診した。

(2)  亡一郎は、上記症状が改善しないまま、一月二八日、腹痛を訴え、くぼた医院を受診したところ、血尿も出ていたことから、腎炎の合併が疑われて、同日、被告病院を受診し、同病院に入院した。

三  被告病院における診療経過等

(1)  被告病院における診療経過は、別紙診療経過一覧表のとおりである。

(2)  プロトロンビン時間(以下「PT」という。)、PT活性値、トロンボテスト(以下「TT」という。)値及び活性化部分トロンボプラスチン時間(以下「APTT」という。)値の推移は別表一、ヘモグロビンの推移は別表二のとおりである。

第四争点

一(1)  ワーファリン、ウロキナーゼ及びペルサンチンL(以下「ワーファリン等」という。)の投与における過失の有無

(2)  上記(1)が認められない場合、脳内出血に対する処置における過失の有無

二  上記一のいずれかが認められた場合の原告らの損害

第五争点についての当事者の主張

一  争点一(1)(ワーファリン等の投与における過失の有無)について

(原告らの主張)

(1) 抗凝固薬剤等の投与について

ア ワーファリンやヘパリン等の血液凝固作用を阻害する抗凝固薬剤やウロキナーゼ等の血栓溶解作用を有する線溶薬剤には、(内)出血という極めて重大な副作用が存在することから、これら抗凝固薬剤、線溶薬剤を投与する場合には、凝血学的検査による出血傾向の数値を慎重にチェックしなければならない。

亡一郎が罹患していたアレルギー性紫斑病は、血管炎に分類される病気であって、亡一郎の血管が脆くなっている可能性があった。したがって、出血副作用が前提とされる抗凝固療法を実施する場合には、特に出血副作用の危険性に注意すべきであった。

イ ワーファリンの投与

(ア) 投与の注意事項

ワーファリンの作用は、抗凝固作用が強く、患者の個体差によるところが極めて大きく、副作用も深刻であるため、ワーファリンの投与に際しては、他の薬剤や食品との相互作用にも十二分に留意し、かつモニタリングを十分に行ったうえで、慎重に使用すべきである。

また、血液の凝固は、凝固因子系、線溶系及び血小板系の三本柱で成り立っているものであるが、強い抗凝固作用を有するワーファリンを投与する場合には、他の線溶系及び血小板系の凝固能力を十分に確保しておく必要がある。

(イ) ワーファリンの治療域

一般的に、抗凝固療法におけるワーファリンの治療域は、TT値で一〇ないし二五パーセントとされており、強レベルでの治療を推奨する論者においても、六ないし一六パーセントに維持されるべきであるとし、測定精度の問題と出血の副作用に対する配慮から、TT値五パーセント以下にはならないようにすべきであるとされる。

PT活性値によるワーファリンの治療域は、二五パーセント前後とされ、同値は、抗凝固剤投与後においてTT数値の二ないし三倍とされていること、PTでは第Ⅸ因子活性を捕捉できないことを勘案すれば、せいぜい二〇パーセントのレベルに止めるべきである。

ウ ウロキナーゼの投与

ウロキナーゼは、血栓溶解作用の強い線溶薬剤であって、出血リスクの高いワーファリンとの併行投与は禁忌である。

エ ペルサンチンLの投与

ペルサンチンLは、抗血小板作用(血小板機能抑制作用)を有しているため、ワーファリンとの併行投与に際しては、それらの相互作用に十分留意すべきところ、被告B山は、一月二八日から二月七日まで及び同月一三日から三月二四日まで、亡一郎に対し、ペルサンチンLを大量に投与し、これにより、血小板作用をも弱体化させ、出血の危険性をより高めた。

(2) 出血傾向の存在

ア 凝固系の異常を主原因とする出血傾向は、一般的に、深在性である。したがって、表在性の出血傾向が全く見られないまま深在性の内出血が突然出現することがある。

イ 検査数値について

(ア) PT活性値

PT活性値は、三月一〇日、一五パーセントという異常に低い数値を示し、これにより、出血傾向の存在は明らかである。

そして、PT活性値は、三月一三日には一〇パーセント、同月一八日には一二パーセント、同月二一日には五パーセント、同月二四日には九パーセント、同月二五日には一一パーセント、TT換算値で二ないし五パーセントという、危険極まりない異常な低レベルで推移した。特に、同月二一日、PT活性値が五パーセントであった点は、出血傾向を示す高度の危険シグナルである。しかも、TT値は五パーセント以下は実測困難であり、その数値に信頼性がないことから、実際は、一・七ないし二・五パーセントであったと推定される。

ウロキナーゼの血栓溶解作用は、PTないしTT値等のような凝血学的検査数値には必ずしも反映されないため、当該検査数値以上の出血危険性が存在していた。

(イ) APTT値

PTやTTは、外因系の凝固因子に関するモニタリングに使われるのに対し、APTTは、内因系凝固因子のスクリーニング検査法である。

その基準値は、一般に、二五ないし三六秒とされ、基準値の二〇パーセント以上であれば、明らかに異常な増加である。

亡一郎のAPTT値は、三月一〇日までは、概ね二五秒という正常値を示していた。しかるに、ワーファリン等が投与されていた期間のAPTT値は、その後上昇し、三月二一日には六九・〇秒という極めて異常な数値を示した。なお、その後APTT値は減少し、二六日以降は正常値になった。

(ウ) 以上によれば、遅くとも、三月二一日には、亡一郎において、PT及びTT値の示す外因系凝固異常に加えて、内因系の凝固経路における明らかな異常が発生し、ワーファリン等の併行投与による複合的凝固障害が起こったということができる。

ウ 貧血について

亡一郎の赤血球数は、ワーファリン投与後、減少傾向が顕著になり、三〇〇万台に減少し、ヘモグロビン濃度やヘマトクリット値の低下傾向も明らかである。

三月一七日には、赤血球数三三二万(基準値四五〇万ないし六五〇万)、ヘモグロビン濃度九・一g/dl(基準値一三・九ないし一六・三)、ヘマトクリット値二六・五パーセント(基準値四〇ないし五四パーセント)とかなりの低レベルに達した。MCV数値(七九ないし八〇、基準値七九ないし一〇〇)、MCHC数値(三四ないし三五、基準値三二ないし三五)(いずれも基準値の範囲内である。)及びFe数値が減少していなかった事実と照らし合わせれば、亡一郎において急性出血等が疑われる正球性貧血が存すると判断されるべきであった。

しかるに、被告B山は、上記各データに基づき、亡一郎を小球性低色素性貧血と誤診した。

そして、三月二一日には、赤血球数三一九万、ヘモグロビン濃度八・七g/dl、ヘマトクリット値二五・三パーセントとさらに低下して、異常な数値が出ている。これは、抗凝固療法によって全身の血管からの出血が既に引き起こされていたことを示すものである。

エ 出血について

尿検査においては、特に抗凝固療法後は常に「多数」の出血が確認されている。

三月一八日、「肉眼的血尿」が確認された。

オ 上記によれば、遅くとも、三月二一日時点において、出血傾向は明らかであった。

(3) 以上により、被告B山には、遅くとも三月二一日に、亡一郎に対するワーファリン等の投与をすべて中止すべき注意義務があったのにもかかわらず、専ら腎機能にのみ関心を集中させ、BUN及びクレアチニン等、腎機能に関係する検査数値のみに気を取られ、漫然、上記各薬剤の投与を継続し、その結果、亡一郎の脳内出血を引き起こし、本件後遺障害を生じさせた後、同人を死亡させた過失がある。

(被告らの主張)

(1) 被告B山にワーファリン等の投与を中止すべき義務に反した過失があるとの主張は、否認する。

(2) 被告B山は、亡一郎においてアレルギー性紫斑病の腎症状として、肉眼的血尿、一g/日以上の尿蛋白があり、入院一〇日目ころから、急激な腎機能低下の進行を認めたため、メチルプレドニゾロンパルス療法及び抗凝固線溶療法を開始した。

(3) ワーファリンの投与について

ア ワーファリンの治療域について

原告らの主張する治療域は、血栓の予防を目的とした一般的治療域であるが、亡一郎に対する抗血栓療法としてのワーファリンの投与は、既に形成されている血栓の治療にその目的があり、かかる目的のためには、一般の基準を参考にしつつ、投薬治療の効果発現と出血副作用の発生阻止のためのバランスを絶えず調整しつつ投薬を開始して治療域に持っていくことが求められる。

イ ワーファリン投与の中止について

ワーファリンの長期投与中に投与を中止すると、反跳現象(リバウンド)として第Ⅶ因子の増加など凝固能の亢進状態を招くことが報告されており、ワーファリン投与量をコントロールする場合には、即中止するのではなく、減量するのが一般的である。

これに対し、原告らは、直ちにワーファリン投与を中止すべきであった旨主張するが、亡一郎において出血副作用の危険性が具体化していなかった以上、かかる議論は成り立たない。

ウ ワーファリン等の併行投与について

血液の凝固とは、凝固系を構成する凝固因子の活性化により最終的に安定化したフィブリンが形成される現象をいう。血液の凝固が凝固因子系、線溶系及び血小板系の三本柱で成り立つという原告らの主張は、否認する。

抗血栓療法の基本は、凝固系、線溶系及び血小板系が、血栓の形成において、重要な役割を果たしているために、個々の病態においてそれぞれの系がどのように関与しているかを見極め、必要とされる抗凝固薬、血栓溶解薬及び抗血小板薬を選択することである。

紫斑病性腎炎では、IgA―IC(IgA―免疫複合体)が系球体に沈着し、補体の活性化と単球、マクロファージの分泌するサイトカインや成長因子を介して炎症反応と凝固亢進がおこり、腎病変が形成される。治療にあたっては、この炎症反応と凝固の亢進を抑えるべく、それぞれ異なった作用機序を持つ、抗血小板薬、抗凝固薬及び線溶薬の併用が効果的であり、広く認められている。

エ ワーファリン投与の経緯について

(ア) 被告B山は、二月二七日、亡一郎に対し、通常より少量の三mg/日のワーファリンの投与を開始した。

(イ) 被告B山は、三月一〇日、PT活性値が一五パーセント、PTが三六・五秒にそれぞれ低下したため、ワーファリンの投与量を二mg/日に減量した。

(ウ) 三月一八日、PT活性値が一二パーセント、PTが四二・九秒とやや改善した。

(エ) 被告B山は、三月二一日、PT活性値が五パーセント、PTが五九・一秒、TT値が五パーセントとそれぞれ再度低下したため、副作用の出現の可能性を考慮し、ワーファリンの投与量を一・五mg/日に減らし、その間、注意深く観察したが、皮下出血、鼻出血、採血後の止血困難等の出血傾向の臨床症状はみられなかった。

(オ) 三月二五日の時点では、BUN、クレアチニンは改善したものであり、ワーファリン投与の効果が現れたものである。

(4) ウロキナーゼ投与について

ア ウロキナーゼは、単独又は抗凝固療剤との併行投与により、また、ステロイドパルス療法との併用で有効な効果が得られると報告されている。

ワーファリンとウロキナーゼの併用は、出血傾向の増大を招く可能性があるので、血液凝固能の血液検査、臨床症状の頻回な観察などの注意を要するが、紫斑病性腎炎の治療方法の一つである。

イ 被告B山は、亡一郎に対するステロイドパルス療法のみでは亡一郎の腎機能の改善がみられなかったため、三月一一日、ステロイドパルス療法四クール目開始と同時に、通常よりも少量の一日六万単位でウロキナーゼを一クール二週間投与した。

ウロキナーゼの投与は、三月二四日には終了の予定であったから、同月二一日にウロキナーゼの投与を中止することは、それまでの治療を台無しにする可能性があったため、不可能であった。

ウロキナーゼの体内半減期は、第一相五ないし八分、第二相四・三時間と非常に短い。三月二四日午前中にウロキナーゼの投与が中止されていたため、脳内出血の症状出現時である三月二五日深夜から翌日の早朝には、ウロキナーゼの影響はほぼ消失していた。

(5) ペルサンチンLの投与について

ア 約八週間にわたる三〇〇mg/日のペルサンチンLの投与は、投与期間・量として一般的なものである。そして、ペルサンチンLは、血小板凝集抑制効果が比較的弱いため、ワーファリン等と併用されることが多い。

イ 被告B山は、腎生検の際、一旦、ペルサンチンLの投与を中止するなど、ペルサンチンLの副作用としての出血の可能性に留意していた。

ウ ペルサンチンLの投与は、副作用の少ないマイルドな治療法であり、三月二一日の時点でその投与を中止する必要はなかった。

(6) 出血傾向の不存在

ア 凝固系の異常を主原因とする出血傾向は、深在性ではない。

イ 便潜血検査等の臨床検査、皮下出血や関節内出血等の診察所見、出血を示唆するような臨床症状や注射等医療操作部位の止血困難がないことから、出血症状出現の予兆はなかった。

ウ 検査数値

(ア) PT活性値、TT値

PTが実測されることは、フィブリン塊が形成されて血液凝固反応が完結したことを示し、凝固能の廃絶を意味するものではない。

凝血学的検査の推移は、潜在する出血の危険性を示すものではあるが、出血傾向の存否は、全身的に軽微な出血症状の有無も加味した上で判断されるべきである。

被告B山は、三月二一日、腎炎症状が改善傾向にあるが、治療の必要性は依然強かったため、ワーファリンの投与中止による反跳現象などを考慮し、ワーファリンの投与量を一・五mg/日に減らした。

なお、原告は、この時点のPTが高度の危険シグナルで、凝血機能が全く作動していない旨主張するが、PTのみを取り上げて高度の危険シグナルと評価するのは妥当でない。

三月二五日、PT活性値は、一一パーセントに改善した。

(イ) APTT値

血液の凝固過程は、その開始機序の相違によって内因系及び外因系に区別されるが、最終的には共通の経路を経て血液凝固反応が完了する。これらの経路を構成する凝固因子のうちの複数のビタミンK依存性凝固因子活性がワーファリンの投与によって低下する。その一部は、内因系及び外因系に共通する経路に働くが、これらの因子の低下により、PT及びTT値だけではなく、APTT値も延長する。

したがって、APTT値の延長は、単にワーファリンの投与によるものであって、ウロキナーゼ及びペルサンチンLが複合的に作用し複合的凝固障害が引き起こされたことを証明するものではない。

一般に、ヘパリン使用時のAPTT値のコントロール域は、参考値であるが、一・五ないし二倍程度とされ、約四五ないし七五秒程度の範囲であると考えられる。

三月二一日、APTT値が六九・〇秒に延長したため、ワーファリンの投与量をさらに減らし、同値は、同月二五日、五四・九秒と改善した。

(ウ) 原告らは、ワーファリン、ウロキナーゼ及びペルサンチンLが複合的に作用して止血障害が生じたと主張するようであるが、本件において止血障害は発生しておらず、また、止血障害の発生は、PT活性値、TT値及びAPTT値から証明されるものでもない。

エ 貧血進行の原因

亡一郎の貧血は、腎機能がBUN四四・五、クレアチニン二・六に低下した二月一〇日ころから、除々に進行し、エリスロポイエチン(腎臓より分泌される造血を促すホルモン、標準値一二~三二単位/ml)の生産不全を中心とする腎性貧血であり、凝固機能の低下とは関係がない。

(ア) 亡一郎が、三月二一日、ヘモグロビン八・九、ヘマトクリット二五・三と貧血状態にあった当時、エリスロポイエチンは、一三・六単位/mlという貧血のない場合の標準値下限の数値であり、エリスロポイエチンの生産が非常に不十分で、これが貧血の原因となった。

(イ) 別表二によれば、貧血は、徐々に進行し、凝固データの低下後も貧血の進行が加速した事実はなく、凝固機能の低下による急性出血ではないことは明らかである。

(ウ) 肉眼的血尿及び尿赤血球多数は、入院時から凝固データが正常化した後の四月三日まで継続して認められたことからすると、出血症状の一環ではなく、腎炎の一症状であった。

(エ) 被告B山が、亡一郎が小球性低色素性貧血と誤診して急性出血等が疑われる正球性貧血であることを見逃したとの主張は、否認する。被告B山は、亡一郎において正球性の腎性貧血が生じていたと考えていた。

(7) 脳内出血の原因

ア 紫斑病性腎炎及び他の小児腎炎の抗凝固線容療法によって脳内出血を併発するという事態は、予測不可能である。

イ 本件脳内出血の発症には、亡一郎の原疾患であるアレルギー性紫斑病が関与している可能性が高いが、その発症機序の詳細は全く不明である。アレルギー性紫斑病による合併症としての出血である可能性のほかに、アレルギー性紫斑病による血管炎の後遺症のための血管障害、先天性血管病変などの要因があったと考えられる。

二  争点一(2)(脳内出血に対する処置における過失の有無)について

(原告らの主張)

(1) 脳内出血は、仮に初めは小出血であったとしても、可及的速やかに止めなければ、極めて重篤な事態に立ち至る可能性が大きいことから、欠乏している凝固因子を速やかに補給しなければならない。発症している出血を止めるためには、約三〇パーセント活性の凝固因子が必要であり、外部から当該凝固因子を補給する場合には、凝固活性を三〇パーセント上昇させるに足りるだけ新鮮凍結血漿(以下「FFP」という。)を投与しなければならない。ビタミンK2の投与は、活性ある凝固因子を生成するまでに若干の時間を要するため、本件脳内出血に対する措置としては、相当ではない。

しかるに、被告B山は、上記措置をとるべき注意義務が存したのにもかかわらず、これをとらず、活性ある凝固因子を生成する効果をもたらすまでに若干の時間を要するビタミンK2を投与したのみで、血液凝固能力を復活させないままに、脳外科的手術に移行させ、本件後遺障害を生じさせ、亡一郎を死亡させた。

(2) 被告らの主張に対し

新鮮凍結血漿は、副作用、ウイルス感染等の危険があるので、他に代替する治療法等がなく、その有効性が危険性を上回る場合にのみ使用されるべきであるとの主張は否認する。

(被告らの主張)

(1)ア 被告B山が血液凝固能力を復活させないまま脳外科手術に移行させたという原告らの主張は、否認する。

イ 被告B山は、脳内出血に対し、抗凝固療法により血液凝固能が低下した状態であったことから、止血効果を期待して、すべての血液凝固に関連した薬剤の投与を中止するとともに、ワーファリンの作用を中和するべく、ビタミンK2の経静脈的投与を行った。ビタミンK2の投与の効果は、約三ないし六時間で出現するとされる。

被告B山は、三月二五日午後四時、PTが四七・二秒(PT活性値一一パーセント)となった直後にビタミンK2を投与し、同日午後一一時から翌二六日午前一時半、PTが一六・三秒(PT活性値四三パーセント)に改善した。凝固活性は、ビタミンK2投与後、時間経過とともに改善し、ドレナージ術時のPT活性値は、三〇ないし三六パーセントであった。上記ドレナージ術では、大量出血はなかった。

(2) なお、新鮮凍結血漿は、副作用、ウイルス感染等の危険があるので、他に代替する治療法等がなく、その有効性が危険性を上回る場合にのみ使用されるべきである。

三  争点二(原告らの損害)について

(原告らの主張)

(1) 亡一郎の損害

ア 介護費 一八五二万五九四〇円

亡一郎は、被告B山の過失によって本件後遺障害が発生したため、一日当たり一万円(一年間三六五万円)を下回らない介護費用を要する状態に置かれた。本件後遺症発生後亡一郎の死亡までの期間は、約六年一か月であったから、上記年間介護費用に対して六年のライプニッツ係数五・〇七五六を乗じると、本件後遺障害の発生から亡一郎の死亡までの介護費用は、一八五二万五九四〇円となる。

なお、被告らは、亡一郎が完全介護の施設に入所していたことから、介護費用の算定は同施設にかかる費用を基準に行うべき旨主張するが、同施設での介護は亡一郎の介護としては不十分であったため、亡一郎の介護のため原告らは種々の努力をしてきたのであり、これも正当に評価されるべきであるから、被告らの主張はあたらない。

イ 逸失利益 九〇二五万八八〇六円

亡一郎は、終生労働に従事することが全く不可能であり、本来であれば一八歳から六七歳までの四九年間就労して平均賃金を下回らない収入を得られた。

平成九年度の賃金センサスによれば、男子労働者全学歴計の平均賃金は、年間五七五万〇八〇〇円であり、これに一五歳のライプニッツ係数一五・六九五を乗じると、逸失利益は、九〇二五万八八〇六円となる。

なお、被告らは、亡一郎における既存の腎疾患の存在を理由に賠償すべき逸失利益の減殺を主張するが、本件後遺障害の発生に伴う腎疾患治療の停止後も同疾患が進行しなかったことからすると、適切な治療を受けていれば同疾患が完治した可能性の方が大きいのであるから、被告らの主張はあたらない。

ウ 慰謝料 二五〇〇万〇〇〇〇円

亡一郎の、将来を奪われ、一生涯を本件後遺障害に苦しんで過ごさなければならなくなった苦痛は、筆舌に尽くし難いものがあり、これを金銭に評価すれば、二五〇〇万円を下らない。

(2) 原告ら固有の損害

ア 慰謝料 各八〇〇万〇〇〇〇円

将来ある我が子の治療を信頼して委託した被告らに本件後遺障害をもたらされ、その後遺障害の重大さと生涯にわたる介護の必要性という深刻な事態に対処することを余儀なくされた両親の精神的苦痛は、筆舌に尽くし難い。

また、原告太郎は、勤務先会社における昇進等の重要な時期にあったが、亡一郎の介護等のために仕事に専念できない状態が続き、昇進、将来的な地位、収入において、数字には表せないものの重大なマイナスが生じ、さらに、原告花子は、従前共働きで生計を維持していたが、亡一郎の介護のため退職せざるを得なくなった。

加えて、被告らは、亡一郎の脳内出血の発症及び本件後遺障害の発生が被告らの医療上の過失により生じたものであることが明らかであるにもかかわらず、それが亡一郎の身体的要因に起因するものであるかのような主張をし、また、早急になされるべき救済が遅延し、そのため原告らは亡一郎の生前に勝訴判決を得ることができず、精神的苦痛を受けた。

これら原告らの精神的及び経済的損失を金銭的に評価すれば、原告らそれぞれにつき八〇〇万円を下らない。

イ 弁護士費用 各七五〇万〇〇〇〇円

原告らは、弁護士に委任して、本訴を遂行することとなったが、上記原告らの損害額(本訴による経済的利益)合計額が一億四九七八万四三四六円であることに照らすと、日本弁護士連合会報酬等基準規定による着手金及び報酬の合計基準額は一五五五万〇五九一円であるので、本訴弁護士費用として、一五〇〇万円を請求し、これを原告らの損害としてそれぞれ七五〇万円を計上する。

(被告らの主張)

否認ないし争う。

(1) 介護費用について

亡一郎は、本件後遺障害発生後死亡に至るまで、年額最高一九万五〇〇〇円の完全介護の公的施設に入所していたものであるから、介護費用の算定は、これを基準に行うべきである。

(2) 逸失利益について

亡一郎において、脳内出血の発生とは関係のない紫斑病性腎炎の影響で腎機能低下が予想された以上、就労可能年数の算定は、相当割合を減じて算定すべきである。

第六争点に対する判断

一  争点一(1)(ワーファリン等の投与における過失の有無)について

(1)  第三の事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

ア 被告病院入院時の亡一郎の病状

亡一郎は、一月二八日、被告病院外来で診察を受けた際に、腹痛、手足の関節痛、四肢の紫斑が認められたことから、アレルギー性紫斑病と、また、尿検査の結果、たんぱくが検出され、血尿の症状も認められたことから、紫斑病性腎炎と、それぞれ診断を受けて、入院し、被告B山が主治医となった。

イ 診療経過

(ア) 被告B山は、腎機能を正常化するため、腹痛に対する治療として、ステロイドを投与し、腎炎に対する治療として、一月二八日からペルサンチンLを投与するなどしていたが、入院一週間後ころから急激な腎機能の低下が認められたため、二月一一日にステロイドパルス療法を施行するとともに、翌一二日には亡一郎に対し、ヘパリンの投与を開始し、同月二七日には、これを中止するとともに、ワーファリン三mg/日の投与を開始した。

その後、被告B山は、三月一〇日にその投与量を二mg/日に、同月二一日には一・五mg/日にそれぞれ減量した。

その間のPT活性値及びAPTT値は、それぞれ、三月一〇日の時点で一五パーセント及び四三秒であり、同月二一日の時点で五パーセント及び六九秒であった。

(イ) また、被告B山は、二月一三日から同月一九日まで及び三月一一日から同月二四日まで、亡一郎に対し、ウロキナーゼ六万単位/日の経静脈投与を行った。

(ウ) そのほか、被告B山は、一月二八日から二月七日まで及び同月一三日から三月二四日まで、亡一郎に対し、ペルサンチンL一五〇ないし三〇〇mg/日を投与した。

(エ) 亡一郎は、三月二五日早朝に、嘔吐し、鼻血を出したが、被告B山は、必ずしも第一にワーファリンの副作用として脳内出血が発症したとは考えず、むしろ原疾患が再燃したことのほか緑内症等の発症をも疑い、確定診断をする必要があるとして諸検査の準備を進め、ようやく同日午後三時三〇分にCT検査を実施した。同検査の結果、脳内出血が確認され、亡一郎は、そのころ意識を失ったが、その後、一度も意識が戻ることなく、二度にわたって脳室ドレナージが施行されたものの、以後、無動無言の本件後遺障害の状態となり、平成一五年四月二四日には、回復することなく、死亡するに至った。

(オ) 被告B山及び被告病院小児科部長のC川竹夫医師(以下「C川医師」という。)は、三月二六日、原告らに対し、亡一郎の脳内出血は抗凝固療法が原因と考えられること、脳内出血が起こるとは予想していなかったことを説明した。また、C川医師は、本件が医療過誤となる可能性があると判断して、同日、被告病院の院長に対し、診療経過や状況の報告を行った。

ウ アレルギー性紫斑病、紫斑病性腎炎

(ア) アレルギー性紫斑病は、皮膚の紫斑、腹痛、下血、関節症状を主訴として、幼児期に好発する全身性血管炎であり、その二〇パーセントから六〇パーセントに腎炎を合併するとされる。腎炎はその予後を左右する最も重要な症状であり、通常紫斑病発症後一ないし三か月以内に尿所見が出現するとされる。

(イ) 紫斑病性腎炎は、アレルギー性紫斑病の腎合併症で、その大部分は予後良好とされているが、数パーセントの頻度で腎不全に移行する症状が認められ、腎合併症の程度が予後を決定する重要な因子となる。

エ ワーファリンの効用等

(ア) 紫斑病性腎炎の治療には、抗凝固療法として、ヘパリンやワーファリンが投与されることがある。これらの薬剤を臨床で使用する際には、有効な抗凝固作用と同時に、出血傾向を来さないことが求められる。

ヘパリンは、幅広い分子量の酸性ムコ多糖類の混合物で、抗トロンビンⅢと結合し、IXa因子、Xa因子、トロンビンを阻止する薬剤であり、ワーファリンは、ビタミンK依存性の血液凝固因子の肝臓での合成を抑制して抗凝固作用を発揮する薬剤である。

ヘパリンは、即効性があり、急性病変での短時間の使用の場合には、ヘパリンが用いられ、静脈内に投与される。これに対し、ワーファリンは、投与法の確立された唯一の経口凝固薬であるが、内服を開始してから効果が出現するまでには時間がかかり、効果の持続時間も比較的長いとの特徴があるほか、脳内出血等の重篤な副作用がある。

(イ) したがって、ワーファリンの投与は、一般に、TT値又はPT活性値等を測定し、治療域を逸脱しないよう十分注意を払いつつ行う必要がある。一般的に、ワーファリンの治療域は、TT値を基準とすると、一〇ないし二五パーセントとすべきとされ、測定精度と出血の副作用に対する配慮から、最低でも五パーセント以下にならないようにすべきであるとされるほか、PT活性値では、二五パーセント前後、最低でも一五パーセントとされ、APTTの基準値は、一般に二五ないし三六秒であり、四八秒以上であれば、明らかに異常延長と考えてよいとされる。

(ウ) ワーファリンの添付文書には、重大な副作用として、脳出血等が挙げられ、治療域について、上記(イ)に沿う記載があるほか、ワーファリンに対する感受性については個体差が大きく、同一個人でも変化することがあるので、治療域を逸脱しないよう努力する必要がある旨の記載や、血小板凝集抑制作用を有する薬剤やウロキナーゼ等の血栓溶解剤との併用はワーファリンの作用が増強されることがある旨の併用注意の記載がある。

(エ) ウロキナーゼは、血栓溶解作用の強い線溶薬剤であり、ペルサンチンLは、抗血小板作用を有し、血小板機能の低下をもたらす薬剤であるところ、上記(ウ)の添付文書の記載にもかかわらず、ワーファリン、ウロキナーゼ及びペルサンチンを併用した症例報告等も存する。

(2)  このようにして、ワーファリンは、脳内出血等の重篤な副作用があり、感受性については個体差が大きく、同一個人でも変化することがあるほか、内服を開始してから効果が出現するまでには時間がかかり、効果の持続時間も比較的長いとの特徴があって、その効果を制御することが困難な薬剤であるから、治療域を遵守し、PT活性値等の検査結果に従い、PT活性値が少なくとも一五パーセント以上の範囲において、慎重に投与することが求められ、これを大きく下回る数値を示したときは、その投与を中止すべきである。

上記(1)の認定事実によれば、亡一郎に対するワーファリン等の継続投与により、三月二一日の時点では、PT活性値は治療域を大幅に逸脱した五パーセントにまで低下しており、加えて、同時点まで血栓溶解作用が強いウロキナーゼ及び抗血小板作用を有するペルサンチンLを併用していたことが認められるから、亡一郎の出血傾向は相当程度増大していたというべきであり、被告B山には、遅くともこの時点において亡一郎に対するワーファリンの投与を中止すべき義務があったというべきである。

にもかかわらず、被告B山は、上記(1)認定のとおり、三月二一日以降も、ワーファリンの投与量を減量しただけで、脳内出血の副作用が発症する可能性があることに重きを置くことなく(亡一郎は、三月二五日早朝から、頭痛、腹痛があり、吐き気を訴え、鼻血を出したが、被告B山は、必ずしも第一にワーファリンの副作用として脳内出血が発症したと考えなかったことからも明らかなように、脳内出血発症の可能性を念頭においてワーファリンを投与していたものとは認められない。)、亡一郎に対しワーファリンの投与を継続したものであり、亡一郎の当時のPT活性値の異常性に照らすと、脳内出血の発症について予見可能性があり、同日の時点でワーファリンの投与を中止しなかった点において過失があると認められる。

(3)  そして、その四日後には、亡一郎に脳内出血が発症しており、ワーファリンの重大な副作用として脳出血が挙げられること、亡一郎の当時のPT活性値の異常性、ほかに亡一郎の脳内出血の原因が見あたらないことに照らすと、亡一郎の脳内出血は、ワーファリン等の継続投与により、その副作用として発症したものと認めるのが相当であり、また、その後亡一郎の意識が回復せず、無動無言の状態となり、平成一五年四月二四日には、回復することなく、死亡するに至ったことについても、上記過失との間に相当因果関係が認められる。

(4)  これに対し、被告らは、ワーファリン投与に際し、出血傾向の存否は、PT活性値等の検査結果のみならず、全身的に軽微な出血症状の有無も加味した上で判断されるべきであり、PT活性値がワーファリンの一般的な治療域を逸脱したかどうかのみでワーファリン投与の是非を判断すべきではない旨主張するが、三月二一日の時点でのPT活性値が治療域を大きく下回っている状況においては妥当するものではなく、また、脳内出血前に全身的な出血が生じるとの根拠もなく、採用できない。

また、被告らは、一般的にワーファリンとウロキナーゼ等の併用について論述した文献があると主張するが、少なくとも本件ほどPT活性値等が低下しながらこれらを継続投与したとする症例がある旨の記述はなく、被告ら指摘の文献があることをもって、本件において併行投与が認められる根拠となるものではない。

さらに、被告らは、ワーファリン投与の中止による反跳現象の可能性を理由にワーファリン投与の継続の正当性を主張するが、当時のPT活性値の異常性に照らすと、継続投与に正当性があるとはいえないし、反跳現象の可能性に対しては、ヘパリンの投与という処置が考えられることも勘案すると、同主張も採用できない。

加えて、被告らは、本件脳内出血の発症には、亡一郎の原疾患であるアレルギー性紫斑病による合併症としての出血である可能性のほかに、アレルギー性紫斑病による血管炎の後遺症のための血管障害、先天性血管病変などの要因があったと考えられると主張するが、同主張事実を認めるに足りる証拠はなく、同主張も採用しない。

二  争点二(原告らの損害額)について

(1)  亡一郎の損害

ア 介護費 一四八二万〇七五二円

亡一郎は、被告B山の過失により、本件後遺障害が発生したため、医療施設等を転々とすることが必要となり、そのため年間二九二万円(一日あたり八〇〇〇円に相当する。)の介護費用を要する状態に置かれたと認めるのが相当であり、上記年間介護費用に対し、本件後遺症発生後亡一郎の死亡までの六年間のライプニッツ係数五・〇七五六を乗じると、本件後遺障害発生から亡一郎の死亡までの介護費用は、一四八二万〇七五二円となる。

被告らは、亡一郎が本件後遺障害発症後死亡に至るまで年額最高一九万五〇〇〇円の完全介護の公的施設に入所していたから、介護費用の算定はこれを基準に行うべきであると主張するが、《証拠省略》によれば、同施設における介護が必ずしも十分であったとは認められないから、同主張は採用しない。

イ 逸失利益 五一八九万二九一八円

亡一郎は、終生労働に従事することが全く不可能であり、本来であれば一八歳から六七歳までの四九年間就労して平均賃金を下回らない収入を得られたと認められるから、平成九年度の賃金センサス第一巻第一表産業規模計・企業規模計・学歴計・の男子労働者の平均年間賃金五七五万〇八〇〇円に、二・三五二四{(死亡時の年齢-事故時の年齢)年のライプニッツ係数-(就労時の年齢-事故時の年齢)年のライプニッツ係数}を乗じたものと、上記平均年間賃金から生活費分として五〇パーセントを控除し一三・三四二四{(六七歳-事故時の年齢)年のライプニッツ係数-(死亡時の年齢-事故時の年齢)年のライプニッツ係数}を乗じたものの和である五一八九万二九一八円(円未満切捨て)をもって、亡一郎の逸失利益と認める。

(計算式)575万0800円×{(5.0756-2.7232)+(1-0.5)×(18.4180-5.0756)}≒5189万2918円

なお、被告らは、亡一郎における既存の腎疾患の存在を理由に逸失利益の減殺を主張するが、上記腎疾患が亡一郎のその後の労働能力に直ちに影響を及ぼしたとは認められないから、同主張は採用しない。

ウ 慰謝料 一八〇〇万〇〇〇〇円

亡一郎は、本件事故により、一生涯を本件後遺障害の下で過ごさなければならなくなり、満二一歳で死亡するに至ったもので、その苦痛を金銭に評価すると、一八〇〇万円を下らないと認められる。

(2)  原告らの固有の慰謝料 各三〇〇万〇〇〇〇円

原告らは、我が子の治療を信頼して委託した被告B山の過失により、重大な本件後遺障害をもたらされ、その生涯にわたる介護の必要性という深刻な事態に至ったこと、亡一郎に対するより良い介護を行うための病院等を探すなどしたこと、亡一郎の介護のために勤務先での昇進の遅れや退職を余儀なくされたこと、そして、我が子を失ったことなど諸般の事情を斟酌すると、原告らの被った精神的損害を慰謝するためには各三〇〇万円をもって相当と認める。

(3)  弁護士費用 各四五〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情を考慮すれば、弁護士費用としては、原告らにつき、それぞれ四五〇万円をもって相当と認める。

(4)  合計損害額 各四九八五万六八三五円

第七結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告らそれぞれに四九八五万六八三五円及びこれに対する不法行為の後の日である平成九年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下寛 裁判官 鈴木謙也 梶浦義嗣)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例