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京都地方裁判所 平成11年(ワ)3288号 判決 2002年2月21日

主文

1  被告は原告に対し,金1086万3500円及びこれに対する平成12年1月7日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は原告に対し,金1320万0700円及びこれに対する平成12年1月7日(訴状送達の日の翌日)から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,生産緑地であることによる納税猶予の特例(租税特別措置法70条の6)の適用を前提とする相続税申告の手続を委任された税理士が,当該農地が特例適用の対象外であるのに依頼者に誤った説明をしたため,依頼者が延滞税等の損害を被ったとして損害賠償を請求する事案である。

1  基本的事実[当事者間に争いのない事実及び甲第3,第4号証,第5号証の2,第6,第10号証,乙第1号証の1ないし5,第2,第3号証]

(1)  A(以下,「A」という。)は,京都市a区b町c-dほか5筆の田(以下「本件農地」という。)等を所有したが,平成5年6月18日死亡して同人について相続が開始し,長女である原告が本件農地を相続した。

(2)  租税特別措置法70条の6は,都市計画法8条1項14号所定の生産緑地

地区内にある農地又は採草放牧地(都市営農農地,いわゆる生産緑地,以下「生産緑地」という。)に該当し,当該相続開始前に市町村長により生産緑地法3条1項の規定による生産緑地地区の指定を受け,かつ,被相続人及び相続人が制度の適用を受ける適格者である場合は,当該土地の相続税に関し,相続税の期限内申告書にその適用を受ける旨を記載すれば,相続税の評価額は路線価の65%とされ,かつ20年間納税猶予がなされるという有利な取扱の特例(以下「本件制度」という。)の適用を受けることができる旨規定しており,その申告には相続開始前に生産緑地地区の指定を受けている旨の市町村長の証明書(以下「生産緑地証明」という。),農業適格者であることの農業委員会の証明書(以下「適格者証明」という。)の提出が必要

とされている。

(3)  原告は,平成5年11月ころ,税理士である被告に対し,本件農地につき

本件制度の適用を受けることを内容とした相続税申告手続を委任し(以下「本件委任契約」という。),被告は,平成6年1月18日(相続税申告期限)その旨の申告手続を行ったが,本件制度の適用を受けられなかった。

原告は,被告に対する本件委任契約の報酬として333万7200円を支払ったほか,平成8年3月15日,986万3500円の延滞税(本件制度不適用のための本税3266万4100円に対する法定納期限の翌日である平成6年1月19日から納付日である平成8年3月15日までの分)を納付した。

(4)  なお,Aは,平成5年5月28日,京都市長に対し本件農地の生産緑地地区指定申請をなしたが(申請者・B,同意権利者・A),その指定・告示がなされたのはAの相続開始後の平成5年12月2日であり,原告が適格者証明を取得したのは平成6年11月15日であった。

2  争点に関する双方の主張

(1)  原告

本件農地については,被相続人Aの相続開始時には,その直前に京都市長に対し生産緑地地区の指定の申請はなされていたが,いまだ指定はなされていなかった。それゆえ,原告は,本件委任契約の締結にあたり,夫であるB(以下「B」という。)とともに,被告に対しそのような条件下でも本件制度の適用を受けられるか否かについて相談したところ,被告は相続開始時に生産緑地地区の指定がなされていなくとも,その申請を了し,あるいは相続税申告時までに指定を受ければ本件制度の適用を受け得るものと誤信し,原告にその旨説明したため前記相続税の申告に至ったものである。

税理士は,納税に関する専門家として,納税者の信頼に応え,納税の義務の適正な実現を図ることを使命とする専門家であるから,納税者から税務申告の代行を委任されたときは,委任の趣旨に従い専門家としての注意義務をもって委任事務を処理する注意義務があるのにこれを怠ったものであるから,債務不履行により原告の被った損害を賠償する責任がある。

原告は,平成7年6月27日になって,被告から本件制度の適用を受けられない旨聞かされたが,納付すべき現金がないため,平成8年2月2日京都共栄銀行から融資を受け,同年3月15日延滞税を納付したものである。

(2)  被告の反論

被相続人Aの相続税の申告にあたっては,原告に代わって被告に相談したのはBであり,被告はBに対し当初から,本件制度の適用を受けるためには,生産緑地証明書及び適格者証明書が必要で,原告の場合は,Aの相続開始時に生産緑地地区の指定を受けていないことから本件制度の適用を受けることはできない旨を十分に説明している。しかし,原告とBの夫婦は,政治家を使ってAの相続開始時にさかのぼった生産緑地証明書を取得するから本件制度の適用を受ける前提で申告するよう依頼したので,被告は,申告期限内にその旨の適用受ける趣旨の記載をしておかなければ,万一,原告らがそのような書面を取得しても本件制度の適用を受けることができなくなってしまうので,とりあえず,本件制度の適用を受ける前提で申告し,原告には,もしそのような書類が取れない場合の延滞税課税の危険等を説明してあった。

もとより,原告からそのような書類は提出されず,被告は税務署から修正申告を示唆されたので,その旨を原告ら夫婦に伝えているのに,Bはなおも前記証明書の取得に固執し,結局,長期間経過してから修正申告をして前記延滞税を支払ったものである。以上のように,被告は,原告から本件委任契約を受任した当時から,本件制度の適用を受けることができない旨十分に説明しているのに,原告が無理に適用を受けようとして頓挫したのが本件であるから,被告に委任契約の違反は存しない。

なお,被告は不動産鑑定士もしており,原告から受け取った報酬は本件相続税の申告手続に関する本件農地を含む遺産の不動産鑑定評価費用も含んだものである。

第3判断

1  証拠(甲第1ないし第3号証,第5号証の1,2,第9,第10号証,乙第1号証の1ないし5,第4号証の1,2,第5号証の1ないし7,第8,第9号証,B証人,原,被告各本人)により次の事実を認める。

(1)  被相続人であるAは,多くの土地を所有し農業のほか会社(株式会社二三)を設立して不動産賃貸業を営み,被告は同社の顧問税理士として,A,原告,B(Aの養子でもある。)らの個人の所得税申告をも担当してきたものである。

Aは,所有土地のうち本件農地が資産的に大きな部分を占めており,農協を通じた説明会で生産緑地と本件制度の関係もおぼろげな知識を有し,平成4年の生産緑地の予備調査の際,用紙に生産緑地地区の申請をする意思を有する旨の欄に丸印をつけて提出したことが申請をしたものと誤解していた。しかし,Aは,平成5年の春ころ病院を退院したとき,本件農地の周辺には生産緑地地区の指定を受けた旨の標識が設置されているのに,本件農地にはその設置がないことから,正式な申請をしたことになっていないことに気付いて,Bをして平成5年5月28日(死亡する約20日前)京都市長に対し申請をさせた。

(2)  Aの相続税申告手続は当然のごとく被告に委任することになったが,原告とB夫婦(以下,二人を指すときは「原告夫婦」という。)にとっては,不動産は相続しても現金が十分でないことから,本件制度の適用を申請することはもちろん,その余の納税額の大半も延納申請をすることを前提に被告に相談し,本件制度の適用申請については,前記経過で相続開始時には生産緑地地区の指定申請は行われているが(指定申請書も持参している。),指定は相続開始後である平成5年12月の見込みであることを説明し,それでも本件制度の適用が受けられるか否かを相談したところ,被告は,Aの死亡前に申請を行っている場合は,死亡後に指定がなされても適用があるとの前提で「私が通します。」と応答し,法定申告期限である平成6年1月18日までに至急生産緑地証明とA,原告の適格者証明を持参するように指示した。

(3)  原告夫婦は,生産緑地証明については指定・告示の直後に京都市長から交付を受けて被告に届けたが,適格者証明については京都市山科区農業委員会(以下「農業委員会」とのみいう。)から拒否された。被相続人Aは農業を営み,原告も農業相続人として,いずれも租税特別措置法70条の6の実体規定には該当する適格者でありながら拒絶されたのは,適格者証明が「本件制度の適用を受けるための適格者証明」であるのに,本件農地については,Aの相続開始時に生産緑地地区の指定の申請がなされているだけで指定そのものがなく,原告については本件制度の適用が受けられないのに,適用を前提とした適格者証明を発行する理由がないというのが農業委員会の見解であったからである。

Bは,農業委員会の上記見解が本件制度の適用があるとする被告の見解に反することから,その後も適格者証明の発行を得べく農業委員会に種々の働きかけをしたが,相続税申告期限までにこれを得ることができないため,被告は,適格者証明は実体要件の証明資料にすぎないことから,後日,これを東山税務署(以下「税務署」という。)に提出することとして,適格者証明の添付をしないまま申告手続を行い,税務署からは早急に適格者証明を提出するように促された。

(4)  かくて,原告夫婦と農業委員会との間には適格証明の交付を巡る交渉が長期間続くことになったが,この間にも,平成6年2月9日ころ,税務署の担当者から被告に対し適格者証明の提出が促され,農業委員会の委員から税務署の担当者に対しては「生産緑地証明がないのに,適格者証明を交付しても良いのか」との問い合わせがあった。

原告夫婦は,その後も被告から税務署からも提出を指示されているとやんやの催促があったことから,有力者を頼りに農業委員会に日参し,ようやくにして適格者証明について会議を開いてもらうところまでこぎ着けたことから,平成6年11月10日,被告に対し,「農業委員会が明日会議に掛けるが,同委員会は,適格者証明を出せば,税務署が本当に納税猶予を認める姿勢であるのかに疑問を持っているので,被告の担当者からでもよいから委員会に電話をして受けられる旨を伝えて欲しい」と電話した。

そして,原告は同月15日に農業委員会から適格者証明を受け,同月21日京都市長から再度生産緑地証明を受け,Bがこれらを被告の手元に届けた。被告は,これを非常に喜び「これでうまくいくわ」としてBと握手を交わし,自らこれら書類を税務署に届けた。

(5)  原告は,以上をもって本件制度の適用が受けられたものと考え,被告からの連絡もなかったところ,翌平成7年6月27日,被告から突然Bの携帯電話に「何度も税務署と詰めたが,本件制度の適用が受けられなかったので,すぐに当該本税3200万円余りを納付するよう」との連絡を受けた。そこで事態に驚いたBが税務署に赴いて理由を質し,初めて本件制度の適用を受けるには,生産緑地の指定が相続開始前になされている必要があることを教示され,その後,他の税理士,弁護士にも相談して税務署の見解を否定することができないことを知った。

(6)  原告は,平成8年3月13日,別の税理士に依頼して修正申告をしたが,銀行借入により延滞税を支払ったのは,平成8年3月15日であった。

2  被告は,上記認定事実と異なり,本件のような結果,すなわち,原告が,Bを通じて被告から,相続開始前に生産緑地地区に指定されていない限り,本件制度の適用を受けられない旨の説明を十分にしてあるのに,原告夫婦がAの相続開始前に遡及した日付の証明書を取ると頑張った旨主張し,被告本人尋問の結果中には,「原告夫婦が,すでに平成4年に指定申請しているのにAの相続開始時までに指定されなかったのは京都市の落ち度であるから,政治家を利用して日時をAの相続開始前に遡及した生産緑地証明を取ると固執し,同時に申告期限の問題もあるのでとりあえず特例制度の適用を前提として申告して欲しいと依頼された。申告後にも納期限を2ヶ月経過すれば,延滞税の税率が倍になるので,生産緑地証明がとれないなら修正申告をするよう口を酸っぱくして説得したのに,すぐにでも取れると頑張っていた。」旨を述べる部分があるが,1の認定をした理由は以下のとおりである。

(1)  第1に,被告本人尋問の結果をそのまま採用すれば,原告夫婦は,被告との間に本件委任契約を締結した平成5年11月から,Bが直接税務署に確認に出かけて,本件農地が本件制度の適用対象とならない旨の引導を渡された平成7年6月ころまで約1年半の間にわたり,税理士の忠告を無視して,無理難題を通すために,しかも毎日のように延滞税がふくらんでいくのもかまわず,事実と異なる生産緑地証明の取得に時間を費やしてきたことになる。しかし,原告らが,京都市長が権限を有する内容虚偽の公文書の取得に奔走してきたなどというような事実を認めるに足る証拠は,本件全証拠を検討しても発見できない。前掲証拠によれば,まさしく,この間,原告らが相当の時間を掛け,有力者のコネを頼りに動いたのは「適格者証明」の取得問題であって「生産緑地証明」の取得でなかったことは歴然としている。実際にも,証拠(弁論の全趣旨)によっても,原告らには,京都市長から内容虚偽の証明を取得するような立場にもないし,そのような政治力もないことが認められるし,実際にも,京都市長が,行政処分が存在しないのに処分があったことを前提とする虚偽証明を交付するなどのことは容易に考えられない。そして,原告が,上記1年半にもわたり,適格者証明の取得に固執したのは,考えてみれば誠に無理からぬ行動であって,それ自体,原告が強引であるなどという性格把握の資料とはなしえない。けだし,当時の原告の立場に立てば,原告もAも実体法的には,適格者の要件を満たしているのに,農業委員会がただに専門家である税理士と意見を異にするとの立場だけで本来交付されるべき「適格者証明」の交付を拒み,原告らがそれさえ交付を受ければ,多額の相続税の納税猶予制度の適用が受けられる立場になるからである。

(2)  第2に,乙第4号証の1,2は被告の事務所で使用していた原告用の記録,第5号証の1ないし4は被告事務所で使用していた被告と職員の電話連絡帳であり,これらは,その内容や体裁からして全体的には,真実,被告の事務所で日常事務の処理過程でごく自然に記載されたものであることを疑うに足る証拠はないだけに,その記載内容が反証として持つ意味は大きいことから,これについて,被告の陳述書である乙第6号証と被告本人尋問の結果による証拠説明としての内容を加味検討しても,前記認定を覆すに足るものとはいえない。

① 乙第4号証の2には,被告に代わって相続税の申告書を税務署に提出した事務員Dの筆跡で,申告書提出当日の税務署からの指示事項として「許可通知まだ,出して欲しい」との指示を受けた旨が記載されている。しかし,前記認定の一連の流れからすれば,ここにいう「許可通知」が「生産緑地証明書」を指すものではなく,「適格者証明」を指すと考えるのが合理的である。現に,甲第5号証の2の平成6年2月9日欄(申告後)には,被告事務所が本件の相続税の申告(納税猶予)に関して,税務署から必要書類として指示された書類が5項目にわたり記載されているが,「生産緑地証明」の記載はなく(少なくとも,原告が平成5年12月に指定・告示された生産緑地証明の交付を同月と平成6年11月25日の二度にわたり受け,そのころこれを被告に届けたことは,乙第9号証,B証言,原告本人尋問の結果により十分に認めることができる。),かえって,不足書類として記載されているのは「適格者証明書」である。

② 同じく乙第5号証の2の平成6年2月9日欄には,本来の記載欄の枠を超えて「農業委員会の委員から税務署の担当者に連絡があった」旨,同じく本来の記載欄からはみ出した被告の筆跡で「生産申請のみ,決定ない,だめ無理,C(原告)にいう」との記載,同じく同日欄には,被告の筆跡で原告らに電話して事情を聴いた結果として「アンケートに○をつけて出した,生産緑地,12月官報ダメ,死亡後許可,おじいさんは送ったと申しますが,今年生緑のくいが立ってて,まわりも生産緑地だからOKである」旨,乙第5号証の4の平成6年9月8日欄には税務署の担当者からの電話の内容として「A様,相続税納税猶予の件であすTELください,早く説得して。CよりTELする」旨の記載が,同号証の5の同年9月14日欄には「(C様の件)E部長(被告従業員)にTELしてもらいまして本日8F(被告の自宅)に電話入る予定です」旨,同号証の6の同年10月21日欄には税務署担当者から被告への伝言として「C様,相続の納税についてご本人からTELいただけると先生(被告)から聞いていたが,1ヶ月しても連絡がないので」旨,そして,同号証の7の同年11月10日欄には,原告らから被告への伝言として「農業委員会の方の好意で,11月11日の会議にかけていただけるとの事です。ただ,農業委員会の方は,税務署はその証明を出せば納税猶予を認めるという前向きな姿勢があるかをききたいとの事。Cさん(原告)は,F(被告の従業員)でも良いので,農業委員の人にTELして,そういう事を言ってほしいといわれています」との記載のある付箋が貼られ,その欄外に「ダメ」と記載されている。

上記のような記載内容からしてみれば,被告の主張,すなわち「本件委任契約締結当時から,本件農地については本件制度の適用対象ではないと説明してある」との主張とは異なるにせよ,被告も平成6年2月9日には相続開始後の生産緑地地区指定では本件制度の適用外であることを認識し,これを原告に説明していたようにも受け取れないではない。しかし,かく解するについては,被告の次の行動は明らかに矛盾するものである。すなわち,原告が相続税の申告後,約10ヶ月間を掛けて渋る農業委員会を動かしてやっと取得した「適格者証明書」,原告が改めて交付を受けた「生産緑地証明書」を届けられ,これを税務署に提出している事実である。被告の主張によれば,前年の11月から原告には本件制度の適用外であることを説明し,申告後には,延滞税の賦課のあることまで説明して,税務署から示唆されたように修正申告を説得してきたのに原告が耳を傾けなかったというのであるが,もしそのような事情があるとすれば,この段になって原告の持参した書面,なかんずく意味のない生産緑地証明を唯々諾々と税務署に提出するなどの行動は,およそ税務の専門家として採り得なかったはずである(被告は,その本人尋問において,この間の事情を「無意味な書面だが,出してきてくれといわれたので出した」と述べるが容易に採用できず,また,仮に,原告に修正申告を勧めた経過があるとすれば,それはひとえに,申告後,原告が「適格者証明」を取得できることが危ぶまれた結果であったと考えるほかない。)。

3  本件委任契約が,被告主張のような原告が後日生産緑地証明を取得することを前提として,いわば条件付きで本件制度の適用を申請するものではなく,無条件で適用申請をする内容であったことは原告主張のとおりであり,この場合,委任契約を締結して税務申告を代行する税理士の負担すべき善管注意義務の内容も原告主張のとおり,さらに,被告がこの注意義務に反して原告に損害を与えたことも原告主張のとおりであるから,原告主張の①延滞税986万350円,②被告に支払った報酬333万7200円の損害について検討する。

(1)  ①について

証拠(甲第8号証)によれば,原告は,本件制度の適用を受けられないことが確実となったが現金の余裕がないため,そのころから京都共栄銀行に納税資金の借入を申し入れたものの,平成8年2月2日,京都共栄銀行から融資を受け,納税猶予を受ける心算であった本税3266万4100円と延滞税986万3500円を支払ったこと,融資の担保として,原告ら所有物件ほか子供である未成年者ら所有の物件をも供する必要があり,このため,家庭裁判所における特別代理人選任手続等を要したため,融資実行,ひいては延滞税の納付が遅れたことが認められ,延滞税986万3500円の支払いはすべて被告の債務不履行と相当因果関係を肯定すべき損害というべきである。

(2)  ②について

原告は,本件委任契約を解除していないから,被告に支払った報酬は同契約に基づき被告が取得したもので,①の損害を賠償すべきことは別論として,②の報酬を原告に返還する理由はないというべきである。しかし,原告は,本件委任契約の解除による損害賠償を請求するのではなく,被告の債務不履行により,他の税理士に委任して再度(修正)申告を余儀なくされた損害を主張するものと解され,それはすなわち,本件委任契約上の事務処理相当の損害の賠償を請求するのにほかならない。

そして,相続税の申告事務は,取得価格を評価し,債務額を確定するなどの作業に立脚し,これに相続税法等の諸法規を適用してなされるべき事務であるところ,証拠(甲第1,第2号証,乙第8号証,被告本人)によれば,被告は,Aの遺産の評価に当たり,単に路線価や固定資産税評価額を基礎として使用したのではなく,現地に赴き,不動産鑑定士としての専門的知識を駆使して評価を行い,その評価は,後の修正申告にも一部取り入れられている事実が認められるから,当該部分の事務の履行についてはすべてについて債務不履行があったとまでは断じ難い。

しかして,本件委任契約の報酬は,このような内訳を明確にして決定されたものでないことは証拠(甲第6号証)により明らかであるが,報酬額自体は本来可分の計算が可能であり,しかも損害の性質上その額の立証は極めて困難であるから,相続税申告事務の性質その他諸般の事情を考慮し,民訴法248条を適用し,100万円をもって損害と認定すべきである。

4  以上のとおりであってみれば,原告の本訴請求は主文1項の限度で理由があるから認容するが,その余の請求を棄却することとする。

(裁判官 渡邉安一)

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