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京都地方裁判所 平成11年(行ウ)25号 判決 2001年11月30日

主文

1  被告が、別紙一覧表の「候補者」欄記載の者に対し、同一覧表の「不当利得返還請求権額」欄記載の各金額の不当利得返還請求権を行使することを怠ることは違法であることを確認する。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が、別紙一覧表の「ポスター作成業者」欄記載の者及び「候補者」欄記載の者に対し、同一覧表の「原告の請求額」欄記載の各金額の不当利得返還請求権、又は損害賠償請求権を行使することを怠ることは違法であることを確認する。

第2事案の概要

本件は、宇治市民である原告が、平成11年4月25日に実施された宇治市議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)における選挙候補者の選挙運動用ポスター作成にあたり、ポスター作成業者が実際の作成単価より高い単価に基づいて、公職選挙法及び宇治市の条例による公費負担の制度に基づく公費の支出を請求し、宇治市がこれに応じて候補者1人につき条例が許容する額を超える支出をしたと主張し、宇治市長である被告との間で、宇治市がポスター作成業者及び候補者に対して有する同部分の金員の不当利得返還請求権又は損害賠償請求権を行使しないことが違法であることの確認を求めた事案である。

1  争いのない事実等

当事者間に争いのない事実、甲1ないし99(枝番を含む。)、乙1ないし7(枝番を含む。)(以上の各証拠を以下「本件各証拠」という。)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

(1)  原告は、宇治市の住民であり、被告は、宇治市の市長である。

(2)  公職選挙法143条15項は、市は、市の議会の選挙について同条1項5号で定めるポスター(同条1項1号、2号、4号及び4号の2に掲げるポスターを除いた選挙運動のために使用するポスター。以下「5号のポスター」という。)の作成について、条例で定めるところにより、無料とすることができる旨定めており、同条4項は、市の議会の議員の選挙について5号のポスターの枚数を、候補者1人につき、同法144条の2第8項により市が設けるポスター掲示場ごとに1枚に限定している。そして、宇治市は、本件選挙において、「宇治市議会議員及び宇治市長の選挙における選挙運動の公費負担に関する条例」(乙1、以下「本件条例」という。)に基づいて、各候補者に対して、選挙運動用ポスター作成の費用を公費負担する取扱いを実施した。

(3)  本件条例6条によれば、候補者は、選挙運動用ポスター1枚当たりの作成単価の限度額(501円99銭に当該選挙が行われる区域におけるポスター掲示場の数を乗じて得た金額に30万1875円を加えた金額を当該選挙が行われる区域におけるポスター掲示場の数で除して得た金額)に当該選挙運動用ポスターの作成枚数(当該作成枚数が当該選挙が行われる区域におけるポスター掲示場の数を超える場合には、当該ポスター掲示場の数)を乗じて得た金額の範囲内で、選挙運動用ポスターを無料で作成できるとされている。

また、本件条例8条によれば、市は、候補者がポスター作成業者に支払うべき金額のうち、選挙運動用ポスターの1枚当たりの作成単価に当該選挙運動用ポスターの作成枚数(前記のポスター掲示場の数の範囲内のものであることにつき、選挙管理委員会が定めるところにより、当該候補者からの申請に基づき、委員会が確認したものに限る。)を乗じて得た金額を、当該ポスター作成業者からの請求に基づき、当該ポスター作成業者に対して支払うものとされている。

(4)  本件選挙においては、ポスター掲示場の数は342か所であったから、本件条例の規定に基づく作成枚数の上限は342枚であり、1枚当たりの単価の上限は1385円である。

(5)  宇治市は、本件選挙において、38名の候補者について、上記の公費負担制度によって、ポスター作成のための金員を各ポスター作成業者に支払ったが、別紙一覧表の各候補者10名(以下「本件各候補者」という。)については、別紙一覧表の「支出金額」欄記載の各金員がそれぞれの「支出日時」欄記載の日時に宇治市からそれぞれのポスター作成業者に支払われた。

(6)  本件条例及び「宇治市議会議員及び宇治市長の選挙における選挙運動の公費負担に関する規程」(乙2)によれば、選挙用運動ポスターの作成について公費負担の適用を受けようとする候補者は、まず、ポスター作成業者と有償契約を締結し、契約締結後に契約書の写しを添えて選挙管理委員会に契約届出書を提出し、次に公費負担の対象となる作成枚数の確認のために選挙管理委員会から作成枚数確認書を得て、選挙用ポスター作成証明書及び請求書の用紙とともに業者に提出し、業者は、請求書にポスター作成証明書及び作成枚数確認書を添えて被告に提出し、直接支払を受けることになっている。

(7)  原告は、平成11年6月7日に、前記の公費負担について、宇治市監査委員に対し、地方自治法242条1項に基づく監査請求を行ったところ、宇治市監査委員は、同年7月27日、原告に対して、監査請求に理由がない旨の通知を行った。

2  争点及び当事者の主張

(1)  不当利得返還請求権又は損害賠償請求権の有無(争点1)

(原告の主張)

ア 別紙一覧表の本件各候補者及びポスター作成業者は、実際の作成単価を水増しした虚偽の契約書等を宇治市に提出して、ポスター作成業者において宇治市から同一覧表の「支出金額」欄記載の各金額の公金の支払を受けた。

イ 宇治市は、本件各候補者について、実際のポスター作成単価より高い単価に基づいてポスター作成金額を支出したから、その差額について、各ポスター作成業者及び本件各候補者に対して不当利得返還請求権、又は詐取による損害賠償請求権を有する。

(被告の反論)

ア ポスター作成費の公費負担に関する審査は、文書による形式審査をもって足り、本件各候補者分については、提出された各契約書等に沿って適正な判断がされた。

イ 確かに、各ポスター作成業者の帳簿、納品書等に記載されたポスター作成単価は、宇治市に提出された契約書記載の作成単価とは異なるが、本件各候補者との間でポスターの印刷以外の受注を受けていたものもあり、その場合には、本件各候補者との間で、本件条例による作成単価の上限額に法定の枚数を乗じた公費負担の枠を利用した種々の印刷物代金の調整がされていたとの推測が成り立つ。

このように、ポスター作成業者による宇治市への請求額は、それぞれの合計額において、本件条例による最高の単価に所定の枚数を乗じた合計金額の範囲内であり、公費負担の制度の趣旨を外れたとはいえない。

ウ 少なくとも、宇治市、あるいは、被告において、各ポスター作成業者に不当利得が生じたか否かを直ちに判断できる状況にはない。

エ 原告の詐取の主張は、時機に遅れた主張であり、却下すべきである。仮に主張が許されるとしても理由がない。

(2)  原告主張に係る不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を行使しないことが違法かどうか(争点2)。

(原告の主張)

上記各権利を行使しないことが違法であることは明らかである。

(被告の主張)

前記被告の主張の事実関係からすると、仮に、宇治市が原告主張の不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を有するとしても、被告としては、それらの権利の存在が明確であるとはいえない状態であるから、それらの権利を行使しないことが直ちに違法であるとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  前記第2の1の事実関係、本件各証拠及び弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

(1)  本件選挙において、本件各候補者ごとに、宇治市に対し、それぞれのポスター作成業者との間のポスター作成の契約書が提出されるとともに、ポスター作成費用の支出が請求され、平成11年6月18日又は同月30日、別紙一覧表の「支出金額」欄記載の各金額が宇治市から支払われた。

(2)  上記(1)の各契約書に記載されたポスター作成の単価(消費税を含む。)及び枚数は、それぞれ、同一覧表の「契約書の単価(消費税含)・枚数」欄記載のとおりであり、それぞれの宇治市からの支出は、これらの記載と本件条例6条、8条に基づいて算定されたものであった。

(3)  ところが、実際には、本件各候補者と同一覧表のそれぞれのポスター作成業者との間では、一覧表の「実際の単価・枚数」欄のとおりの単価及び枚数でそれぞれの契約がされたものであり(ただし、候補者A、同B、同Cについては後記のとおり。)、上記の各契約書の記載内容とは異なるものであった。なお、候補者Dがポスター作成業者との間でした契約は、ポスター440枚を単価800円で作成するというものであった(甲90,91,乙3)。(原告は、甲42納品書を根拠に、Dは平成10年9月25日に作成したポスター900枚のうち342枚を本件選挙の選挙運動用ポスターに転用したと主張する。確かに、甲42納品書の品名欄1段目の記載の筆跡は、同ポスター作成業者の他の納品書の記載の筆跡と似ており、ポスター作成業者の作成にかかるものと認められるが、品名欄3段目以下の記載の筆跡は他の納品書の筆跡とは異なり、ポスター作成業者の作成にかかるものかどうか明らかでない。同記載部分は採用できない。原告の上記の主張は採用しない。)

(4)  本件選挙において、公職選挙法及び本件条例6条、8条に基づく、ポスター掲示場の数は342か所であり、ポスター作成費用の公費負担となる枚数の上限は342枚、その単価の上限は1385円と定められているが、作成費用の総額の合計が単価1385円の342枚分の額の範囲内と定められているわけではなかった。したがって、本件各候補者とポスター作成業者との間の実際にされた各契約の枚数及び単価を基に、本件条例6条、8条に基づいて宇治市から公費負担分として支出されるべき金額は、同一覧表の「支出すべき金額」欄のとおりの金額であり、前記のとおり「支出金額」欄記載の金員が支払われた後は、本件各候補者につき、同一覧表の「不当利得返還請求権額」欄のとおりの各金額が過払い状態となっていた。

2  争点1について

本件各証拠によれば、本件各候補者とそれぞれのポスター作成業者との間のポスター作成等の契約においては、本件各候補者は、ポスター作成業者に対し、宇治市からの支出金額以上の代金債務を負担していたことが認められ、上記1の事実関係の下では、本件条例6条、8条の関係で前記のとおり過払いとなる部分についても、宇治市がポスター作成業者にした各支出によって、本件各候補者のポスター作成業者に対する代金債務は、消滅するものと解される。その理由は、次のとおりである。

前記1の事実関係の下では、宇治市から各ポスター作成業者への前記の各支出は、あくまで、本件各候補者が本来支出すべきポスター作成費用を本件各候補者のために公費負担する制度であって、宇治市からポスター作成業者へ支払われるのは便宜上の措置としてであると解される。したがって、前記の各支出は、本件各候補者のポスター作成業者に対するそれぞれの代金債務の第三者弁済としてされるものであり、ただ、本件条例の各規定によりその限度額が定められているため、それを超える部分は過払いにはなるけれども、弁済者である宇治市において条例の制限内の支出であるか否かについてその部分に誤信があっただけであり、弁済は弁済意思をその要素とするものではないから、その誤信は、第三者弁済の効果を何ら左右するものではないというべきである。

なお、甲93ないし99によれば、候補者A、同B、同Cについては、ポスター作成代金のみに限った債務の額は、消費税を含めてそれぞれ23万2470円、26万6490円、18万9000円であって、宇治市の支出金額を下回るものと認められるが、甲93,96,99によれば、前記候補者3名は、ポスター作成業者との間で各納品書記載の品目の作成等を一つの契約で定めたものであって、それぞれの契約に基づく代金債務の額は、候補者Aにつき47万8170円、同Bにつき53万8440円、同Cにつき53万250円と認められ、いずれも宇治市からの支出金額を上回ることになり、前記候補者3名にかかわる宇治市から各ポスター作成業者への各支出についても、その余の本件各候補者のそれぞれの代金債務と同様に、本件各候補者のポスター作成業者に対する前記各契約に基づく代金債務の第三者弁済としてされるものであると解される。

そうすると、宇治市は、本件各候補者に対して別紙一覧表「不当利得返還請求権額」欄記載の金額について各不当利得返還請求権を有するものというべきである。

被告は、本件条例6条に基づく支出を行うにあたっては文書による形式審査をすれば足り、また、本件各候補者とポスター作成業者との間で、本件条例の作成単価の上限額に法定の枚数を乗じた金額の範囲内で、ポスター作成費用以外の代金との調整がされていたと推認されるなどと主張する。

しかし、前記の事実関係の下では、宇治市が提出された文書を審査したとしても、それは前記の不当利得返還請求権の存否を左右するものではなく、本件条例6条及び8条は、ポスターの作成単価がその上限以内の額であった場合は、あくまでもその実際の単価額を基にした上で、ポスター掲示場の数の範囲内で候補者が申請した作成枚数に限りポスター作成費用を公費で負担すべきであったことは本件条例の前記各規定から明らかであって、それ以上の額について公費負担の扱いとするものではなく、また、ポスター作成以外の用途に宇治市の公金からの支出金員を流用することを許容するものでないことも当然のことである。被告の主張は採用できない。

3  争点2について

(1)  確かに、本件各候補者とそれぞれのポスター作成業者との間の契約関係については、本件においてはこれらの者からの主張や立証は何らされておらず、宇治市が実際に前記の不当利得返還請求権に基づいて請求したり提訴したりした場合、不当利得となる利得者が誰かの問題、それぞれの不当利得額等の問題について、その相手方である各候補者からの主張・立証の内容如何によっては不確実である事情も全く窺えないではない。

(2)  しかしながら、前記1の事実関係によれば、宇治市が前記のポスター作成費用の公費助成として支出した金額が過払い状態であることは明らかであり、また、そもそも、前記の不当利得返還請求権の行使が宇治市において現時点でも困難である事情、それらを行使しないことにやむを得ない事情があることは、いずれも、被告において主張・立証すべき事項であると考えられるにもかかわらず、本件においてはそのような事情を被告が主張・立証したとはいえないものといわざるを得ない。のみならず、被告において、前記の不当利得返還請求権を行使する意図がないことは弁論の全趣旨から明らかである。

このようにみてくると、宇治市は、本件各候補者に対して不当利得返還請求権を有するものであり、本件訴訟においては、前記の不当利得返還請求権を裏付ける納品書等がすべて提出済みとなった第2回口頭弁論期日(平成11年11月12日)には、被告においても、前記各不当利得返還請求権の存在を認識できたものといえる。そして、宇治市の長である被告としては、その時点から相当期間内に、本件各候補者に対して期限を指定して督促するなど法令で定められた所定の行為(地方自治法240条2項、地方自治法施行令171条、171条の2第3号)をすべきであったもので、被告は、現在においても、これをしていないのであるから、被告は、前記の各不当利得返還請求権という財産の管理を違法に怠っているものといわざるを得ない。

第4結論

以上のとおり、宇治市は、本件各候補者に対して前記の各不当利得返還請求権を有し、これを行使しないことは違法な怠る事実に該当する。したがって、原告の請求は、被告が、本件各候補者に対して別紙一覧表の「不当利得返還請求権額」欄記載の金員の請求を怠ることが違法であることを確認する限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用については民訴法64条ただし書を適用してすべて被告の負担とすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 古谷恭一郎 裁判官 秋吉信彦)

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