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京都地方裁判所 平成12年(わ)336号 決定 2001年11月08日

主文

本件証拠調べ請求をいずれも却下する。

理由

第一請求の理由及び弁護人の主張

検察官は、上記被告人の司法警察員に対する供述調書(以下「警察官調書」という。)及び検察官に対する供述調書(以下「検察官調書」という。)が、いずれも自白又は不利益事実の承認を内容とするものであり、被告人が任意に供述した内容を録取し、被告人の署名指印があるものである旨主張して、刑事訴訟法三二二条一項本文により上記各供述調書の取調べを請求し、他方、弁護人は、警察官調書については、警察官が被告人に対して脅迫、凌辱、身体的苦痛を加えて獲得された自白であること、検察官調書については、被告人に対する警察官の脅迫、凌辱等による心理的圧迫状態の継続下において、警察での自白調書を確認するために獲得された自白であることから、いずれの供述調書も任意性がない旨主張するので、当裁判所が主文のとおり決定した理由を以下説明する。

第二当裁判所の判断

一  警察官調書について

(1)  警察官Aによる脅迫の存在

ア 被告人の供述(公判供述及び公判調書中の供述部分を含む。)の内容は大要、平成一二年三月一八日から二〇日ころ、被告人は、警察官A(以下「A刑事」という。)から、「(被告人の居住地の近くにA野組という暴力団があり、その構成員である)Bというポン中極道のすごいやつがいる。お前とこの近くにおるんやぞ。(本件犯行を)やってへんとか、そんな眠たいような話を続けていると、お前のとこには小学生の子供がおるわな。取り返しのつかないようなことになる。」との趣旨のことを言われ、更に「(A刑事は)警察の中で影響力があって、暴対や生安にも顔がきく。暴走族をやっていたこともあるし、そのつてもある。ポン中極道にハトを飛ばすことは朝飯前や。」「(警察官がそんな無茶はできないのではないかとの被告人の質問に対して)普通のやつはでけへんけれども、おれらは権力を持っている。京都府警三万人という味方もいるし、後ろには検察庁もついていて、正検も専任が六人もいる。いわばお前は自転車で、わしらのダンプカーと衝突するみたいなもんや。所詮勝ち目はないし即死や。」という表現で、暴力団構成員を意のままに用いて被告人の家族に危害を加える旨申し向けられた結果、恐怖感を覚え、同月一九日以降自白するに至った、というものである。

被告人の供述内容は、特異な状況を極めて詳細かつ具体的に描写している上、刑事司法に関する知識に乏しく、勾留中は独居房に収容され、他の在監者からの情報を入手できなかった被告人が通常知り得ない内容を多く含み、迫真性に富むものである。A刑事から申し向けられたと被告人が供述する内容には、京都府警察官の数やBなる暴力団員が起こしたとされる事件など客観的事実と齟齬する部分もあり、その細部については被告人の記憶違いが存する疑いもあるが、上記供述全体を被告人の創作、ねつ造ということはできない。

なお、被告人は、弁護人が連日接見していたにもかかわらず、起訴から約五か月後にはじめて、上記脅迫の事実を弁護人に申告しており、この点で上記供述の信用性に疑問を投げかける立場もありうるところである。しかしながら、被告人は、A刑事において、被告人が同人に関する話を弁護人にした内容を知っていたため、上記事実を弁護人に伝えると、これがA刑事に伝わり報復等をされるのをおそれていたこと、A刑事から、他の事件の例を挙げて、弁護人に告げ口したら弁護人にも不利益が生ずる旨申し向けられていたこと、上記申告当時のころ、子供と面会してその無事を直接確認して安心し、本当のことを言おうと考えて、弁護人に申告するに至ったという事情等に照らすと、不合理とはいえず、上記認定を左右するものではない。

イ 他方、A刑事の供述(公判供述及び公判調書中の供述部分を含む。)の内容は大要、暴力団の話や「ポン中極道」という言葉は、被告人から参考人として事情聴取した際、被告人との信頼関係を築くために自己の職務内容を説明する中で話をした、「ハトを飛ばす」という言葉は、被告人から参考人として事情聴取した時点、及び、被告人の逮捕後の早い時点で、被告人が釈放される際に他の被疑者の連絡役に利用されてはいけないという意味で言ったなどと、脅迫の事実等を否定するものである。

A刑事の供述は、被告人との信頼関係を築くための話題として暴力団についての話を子細にしたという点で、それ自体不自然な内容を含む上、同じく参考人としての事情聴取をしたC医師に対しても同様に自己の職務内容につき話をしたとするものであるが、この点は同医師の証言で裏付けられなかった。また、A刑事は、被告人が自白に至る重要な契機となったのは、本件発生当日、製薬会社の営業社員と会っていたことが明らかになった関係で、被告人にはコーヒーを飲む時間がなかったのではないかと追及され、その説明に窮したためである旨供述するが、被告人が同営業社員から貰った名刺は同年三月七日に押収されており、これには被告人が名刺を受領したと思料される日付が記載されているところ、これを前提とした取調べは同月一九日以前になされていたことは明らかであるから、A刑事の言う上記の追及が自白の契機となったといえるのか疑問である。そうすると、A刑事の供述は信用性が低いといわざるを得ない。

ウ 以上によれば、A刑事が、被告人の自白に先立ち、暴力団構成員を意のままに用いて、被告人の家族に危害を加える旨申し向けたことが認められる。

(2)  医療機関への受診及びA刑事の喫煙について

被告人が、体調不良を訴え、再三医療機関への受診を求めたが実現しなかったという点については証拠上確定できない。なお、A刑事は、被告人の健康等に配慮していたと供述する一方で、勾留理由開示公判において、被告人がタバコの煙が苦痛である旨供述していることを知っていながら、直接の要請がなかったから喫煙を続けた旨自認している。この点については、その事情のみでは、任意性に影響を与えるとまではいえないものの、A刑事が被告人への対応について配慮を相当欠いていたことを示すものである。

(3)  長時間の取調べ

被告人は、逮捕後、長時間にわたる取調べを受けた旨供述しているが、本件取調べの経過に照らせば、長時間であることの一事をもって、被告人の供述の任意性に影響を与えたとまではいえない。なお、弁護人は、被告人が参考人として事情聴取を受け、また、在宅のまま被疑者として取調べられた際、長時間かつ過酷な取調べがあったと主張するが、その時期等に照らせば、当時の取調状況と自白との因果関係はないというべきである。

(4)  以上のとおり、A刑事が、取調べに際して、被告人に対し、暑力団構成員を意のままに用いて、被告人の家族に危害を加える旨の脅迫的文言を申し向けた点は、取調べの手段方法として許容される程度を大きく逸脱した違法・不当なものといわざるを得ない。これに加えて、A刑事は、扁桃腺の持病を持つ被告人がタバコの煙を苦痛と感じているのを知りながら喫煙を続けるなど、配慮を相当欠いていたことなどを併せ考慮すれば、被告人のA刑事に対する供述は任意性に疑いがあるといわざるを得ない。

二  検察官調書について

(1)  A刑事の脅迫等の影響

検察官調書のうち検二〇四号証は、平成一二年三月一九日、上記A刑事の脅迫等により、被告人がそれまでの供述内容を虚偽である旨供述し、同日付け警察官調書が作成された後に、検察官D(以下「D検事」という。)が太秦警察署へ出向き、同日午後七時ころから午後一一時ころまでの間に録取したものであり、A刑事の上記脅迫等の影響を引き継ぐものというべきところ、D検事は、上記事情を知悉していたとは認められないものの、上記違法な言動による影響を排除するために特段の措置を講じていないといわざるを得ず、そうすると、上記検二〇四号証についても、警察段階における違法が遮断されていないと解するのが相当である。また、その後もA刑事の脅迫の影響が排除、軽減されたとみるべき事情は存在せず、脅迫の内容及びその性質からその影響が持続していたものと認められるから、上記検二〇四号証以降に作成されたその余の検察官調書についても、警察段階における違法が遮断されていないというべきである。

(2)  D検事の不適切な取調べ

D検事の供述(公判供述及び公判調書中の供述部分を含む。)等関係証拠によれば、同検事は、取調べにあたり、被告人に問いかける形で、自白すれば執行猶予が付く可能性が高くなる、否認のままだったら実刑になる可能性がある旨の回答を被告人から引き出していたことや、医師免許が取消されるのはどういう場合なのかを被告人に質問したことが認められる。D検事は、これらを一般論として説明しようとしたものであって、任意性に疑いを抱かせるような取調べ方法は用いていない旨供述する。しかしながら、D検事は、この種質問を幾度かして、被告人に回答を促したり、考えさせたりしているのであって、このような取調べ方法は、前科前歴がなく、国立病院の医師としての経歴や誇りをもつ被告人の動揺を誘い、不安に陥れるものであって、当時の被告人の置かれた立場、心情に対する配慮を著しく欠いた不適切なものといわざるを得ない。

(3)  以上のとおり、被告人の検察官調書は、警察官による脅迫等の影響を引き継いでいる上、検察官の不適切な取調べ方法も加わっているのであるから、任意性に疑いがあるといわざるを得ない。

三  結論

以上の次第で、上記各供述調書は、いずれも任意性に疑いがあるから、証拠能力がなく、検察官の請求をいずれも却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 古川博 裁判官 堀田眞哉 杉本正則)

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