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京都地方裁判所 平成12年(わ)531号 判決 2001年9月21日

主文

被告人を懲役10月に処する。

未決勾留日数中,その刑期に満つるまでの分をその刑に算入する。

訴訟費用中,証人B,同F及び同Gに支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中窃盗の点については,被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,株式会社a発行のA名義のクレジットカードを使用して,同社の加盟店からガソリンをだまし取ろうと企て,平成12年1月30日午前8時11分ころ,京都市下京区【以下省略】所在のb株式会社c営業所ガソリンスタンドにおいて,同営業所店員B及びCに対し,Aになりすまして同クレジットカードを提示して,被告人らが乗って来た自動車2台への給油を申し込み,Bらをして,被告人がA本人であり,同クレジットカードについて正当な使用権限を有するものと誤信させ,よって,そのころ同所において,Bらからハイオクガソリン合計104.9リットル(販売価格合計1万1748円)の給油を受け,もって人を欺いて財物の交付を受けたものである。

(事実認定の理由)

第1本件公訴事実の要旨及び争点

1  本件公訴事実の要旨は,被告人は,不正に入手したA名義の株式会社a発行のクレジットカードを使用し,人を欺いて同社の加盟店からガソリンを詐取しようと企て,平成12年1月30日午前8時11分ころ,判示ガソリンスタンドにおいて,同店店員Bらに対し,Aになりすまし,同クレジットカードの正当な利用権限がなく,かつ,同クレジットカード会員規約に従いカードの利用代金を支払う意思及び能力がないのに,これあるように装い,同クレジットカードを提示して車両2台への給油方を申し込み,Bらをしてその旨誤信させ,よって,そのころ同所において,同人らからハイオクガソリン合計104.9リットル(販売価格合計1万1748円)の給油を受け,もって人を欺いて財物を交付させ(公訴事実第1),不正に入手したD名義のキャッシュカードを用いて現金を窃取しようと企て,同月31日午前9時21分ころから9時26分ころまでの間,3回にわたり,京都市下京区【以下省略】所在のd信用金庫本店ATMコーナーにおいて,同所に設置された現金自動預払機に同キャッシュカードを挿入して同機を作動させ,同機から同店店長管理にかかる現金20万円を引き出して窃取した(公訴事実第2)というのである。

2  検察官は,上記A名義のクレジットカード(以下「本件クレジットカード」という)及びD名義のキャッシュカード(以下「本件キャッシュカード」という)は,いずれも各名義人からEが預かっていたところ,同人が強盗被害に遭って,これらを奪われ,その後,被告人は,これらカードにつき自己に正当な利用権限がないことを知りながら,公訴事実第1及び第2のとおり使用した旨主張する。

これに対し,弁護人は,強盗被害に遭ったというEの供述の信用性を争うほか,公訴事実第1については,被告人は,同公訴事実にあるように,判示ガソリンスタンド(以下「本件ガソリンスタンド」という)で本件クレジットカードを提示して給油したことはないし,仮に同カードを使用したとしても,不正に入手したとは認識していなかったので,詐欺の故意はない旨主張し,公訴事実第2についても,被告人が,同公訴事実の現金自動預払機(以下「本件ATM」という)から本件キャッシュカードを用いて現金20万円を引き出したことは認めるが,同カードを不正に入手したとは認識していなかったので,窃盗の故意はない旨主張し,被告人もこれに沿う供述をしているので,以下検討する。

第2基本的事実

関係証拠によれば,以下の事実が認められる(以下,特に断わらない限り,月又は月日のみの表記は平成12年である)。

1  Eは,友人のA及びDから,それぞれ本件クレジットカード及び本件キャッシュカードを預かっていた。

なお,本件クレジットカードに関する契約の当事者は,Aの母であり,同女が本人会員であるところ,Aはその家族会員であって,本件クレジットカードは家族会員用のものである。

また,本件キャッシュカードは,e銀行にDが開設していた預金口座(以下「Dの口座」という)から預金の払戻しを受けることができるほか,残高不足の場合には,一定の貸付限度額の範囲内で,貸付けを受けることができた(なお,本件当時は,本件キャッシュカード1枚で,預金の払戻しも,貸付けを受けることもできたと認められる)。

2  Eは,1月30日午前6時35分ころ,京都市右京区内の自宅近くの駐車場で強盗被害に遭いセカンドバッグを奪われたとして,同日午前6時41分ころ,110番通報した。警察官は,被害現場とされる駐車場で初動捜査をした後,太秦警察署でEから事情を聴取し,同日午前10時に,被害届を受理した。

この時,Eは,被害品として,現金25万円(なお,後に15万円に訂正)及び携帯電話等のほか,本件クレジットカード,本件キャッシュカード及びD名義のビザカード(以下「Dのビザカード」という)並びにE名義のd信用金庫j支店及びk支店の各キャッシュカード(以下,それぞれ「Eのj支店のカード」,「Eのk支店のカード」といい,あわせて「Eのキャッシュカード」ともいう)を届け出た。

3  Aは,1月30日午前8時半ころEが強盗被害に遭ったと聞き,同日午前8時44分,株式会社aに電話をして,本件クレジットカードが盗まれた旨連絡した。

Dも,Eが強盗被害に遭った旨知らされて,同日午前9時ころに,Dのビザカードの利用停止手続をしたが,本件キャッシュカードの方は,Eから借入限度額一杯に借りていると聞いていたので,悪用されることはないと考え,同月31日午前11時ころになって,e銀行に電話をかけて,本件キャッシュカードを紛失した旨連絡した(30分後,e銀行の担当者の指摘により盗難届に切り替えている)。なお,本件キャッシュカードの借入限度額は,当時50万円であったところ,Eらは,限度額が30万円であると思い込んでいたものであって,実際には約20万円ほど借り入れる余裕があった。

Eは,同日午前8時40分,奪われたセカンドバッグの中に,自身の印鑑登録カードや消費者金融会社のカードが入っていたとして,太秦警察署に,これらの追加被害届を提出したほか,3月28日には,自身のd信用金庫j支店口座の預金通帳(以下「Eの通帳」という)の,5月10日には,自身のアドレス帳(以下「本件アドレス帳」という)の追加被害届をそれぞれ提出した。

4  本件クレジットカード及び本件キャッシュカードを含め,Eが被害届を出したカード類は,次のように使用された。

(1) 1月30日午前7時ころ,京都駅で,Dのビザカードが,新幹線の回数券の購入のために使われたが,利用限度額を越えていたため購入できなかった。

(2) 同日午前8時11分ころ,本件クレジットカードが本件ガソリンスタンドで使われた。これは,同日午前8時ころ連なって来店した自動車2台に,店員のB及びCが応対した際,提示されたものである。

上記自動車2台分の給油代金は,4704円(税引4480円)と7631円(税引7268円)で,2枚の請求明細書(売上伝票と複写式になったもの)には,いずれもカタカナで「○△×」(Aの名字をカタカナで表記したもの)との署名がなされた。

(3) 同日午前9時24分,f銀行i出張所(同出張所は被告人の自宅の前にある)のATMで,Eのk支店のカードが使われ,現金10万円及び1万円の各引出しが試みられたが,いずれも暗証番号が一致せず,取引は成立しなかった。しかし,直後に残高照会がなされた際には,暗証番号が一致した。

同日午前9時32分,同出張所のATMで,Eのj支店のカードが使われ,現金10万円の引出しが試みられた。その際,暗証番号は一致したが,残高不足のため現金を引き出すことはできなかった。

同日午前9時35分,同出張所のATMで,本件キャッシュカードが使われ,2回,Dの口座の残高照会がなされたが,いずれも暗証番号が一致せず,照会できなかった。なお,同取引につき,捜査報告書(標目番号25)では,「暗証番号一致」と記載されているが,「暗証相違」と記載されたe銀行の回答(標目番号15添付)に照らすと,上記捜査報告書の記載は「暗証番号不一致」の誤記であると解される。

同日午後4時29分,同出張所のATMで,Dのビザカードが使われ,現金11万円の引出しが試みられたが,同カードが盗難手配中であったため,機械に回収された。

(4) 被告人は,本件ATMで,同月31日午前9時20分ころ,Eの通帳に残高記入をした後,午前9時21分に,本件キャッシュカードを使って1万円の貸付けを受け,引き続き,29万9000円の貸付けを受けようとしたが,貸付限度額を超えるため取引が成立せず,さらに,午前9時23分に,10万円の貸付けを受けた後,9万1000円の貸付けを受けようとしたが,貸付限度額を超えるため取引が成立せず,午前9時26分に,9万円の貸付けを受けた。

その後,被告人は,同日午前11時8分,g信用金庫k支店で,本件キャッシュカードを使って,Dの口座の残高照会をしたが,Dからの事故届が受理されていたため,照会できなかった。

なお,同日午前11時52分,h銀行で,本件キャッシュカードを使って,現金1万円の貸付けを受けようとした者がいたが,やはり事故届が受理されていたため,取り引きできなかった。

第3争点に対する判断

1  本件ガソリンスタンドで被告人が本件クレジットカードを使用したか否かについて

(1) Bの供述の要旨

最初に入店した自動車(アコードワゴン白色。以下「アコード」という)の運転手から本件クレジットカードを預かり,給油機の側にあるカードリーダーに通したところ,事故カードではなかったため,アコードに給油を始め,アコードの運転手に同カードを返そうとしたところ,同人から,後続して来た自動車にも,同カードで給油するよう言われたので,後続車に給油しようとしていたCに同カードを渡し,同人も,カードリーダーに通した後,後続車の給油を開始した。

アコードに給油した後,請求明細書をアコードの運転手のもとに持っていくと,同人は,カタカナで「○△×」と署名した。アコードと後続車が,すぐにそろって出発しようとしたので,Cが,追いかけて,後続車の請求明細書にも「○△×」との署名をもらった。

両車への給油を指示し,アコードの給油分の請求明細書に署名をしたアコードの運転手は被告人であるが,後続車の給油分の請求明細書に署名をしたのが,被告人なのか後続車の運転手なのかは分からない。

(2) Bの供述の信用性

弁護人は,Bは,多数の給油客を相手にするガソリンスタンド店員であり,本件は,事故カードでひっかかることなく通常の流れで給油されたものなので,カードの提出者に関心を持つはずがないことや,本件について捜査官に供述した時期が,事件の3か月後であることを根拠に,B供述は信用できない旨主張する。

しかし,Bは,平成11年10月ころから,2,3回,被告人を見たことがあり(洗車中に店内にいたところも見たと供述している),乗っていた自動車が他府県ナンバーだったことやその風貌から,被告人の顔を覚えていたこと,以前から必ずハイオクガソリンを一杯に給油するよう注文されていたので,1月30日も,「ハイオク満タンですか」と聞いて注文を受けたこと,その後,アコードの運転手から,後続車にも給油するよう注文され,請求明細書に署名をもらった際,アコードの運転席側の窓は開いていたこと,当時の被告人の特徴及びアコード内部の状況などを具体的に供述していること,Bは,証人として出廷する3日前に,本件ガソリンスタンドに来たやくざ風の男から,出廷しないよう言われ,2日前にも電話で同じことを言われた旨供述しており,公判廷では,被告人の方を向くことができないほど被告人を畏怖している旨供述しており,ことさらに虚偽の供述をしているとは到底考え難いことなども勘案すると,アコードの運転手が被告人であり,被告人が「A」と署名したというBの供述は信用性が高いと認められる。

(3) 請求明細書の署名に関する筆跡鑑定の信用性

前記請求明細書2通(以下これらを「本件伝票」という)になされた「○△×」という署名について,同署名はいずれも被告人がしたものではないと主張する弁護人の請求に基づき,鑑定人Fによる筆跡鑑定(以下「F鑑定」という)がなされたところ,弁護人は,同鑑定で,本件伝票に記載された「○△×」の筆跡と,被告人が書いた対照資料の筆跡とは「同一筆者によるものではないとするのが妥当である」とされているのを根拠に,本件伝票に「○△×」と署名したアコードの運転手が被告人であるとするB供述は信用できない旨主張する。

そして,Fは,公判廷で,筆記姿勢等の条件が異なっても,配字や字のバランスは個人の特徴が現れることを前提にして,各資料の記載に,わざと普段と違う字を書いていないかという作為性の有無を検討した上,作為性のない記載から筆跡特徴(筆癖)を抽出し,各資料ごとの筆跡特徴を比較対照する手法で鑑定したところ,本件では,資料だけを見比べると,本件伝票の筆跡と,対照資料の筆跡とは100パーセント違う筆者によるものと思われるが,対照資料の一部は,被告人が,捜査段階で,本件伝票を見ながら書いたものであるため,その後に記載した対照資料を含めて,本件伝票の記載に影響された可能性があるから,「同一筆者によるものではないとするのが妥当である」との判断にとどめた旨供述する。

しかし,F鑑定は,以下の理由から信用できない。

ア まず,Fの鑑定手法の妥当性には疑問がある。

すなわち,Fは,700件近く筆跡鑑定をしているが,鑑定結果が同筆か異筆か不明である旨の鑑定書を出したことがなく,そのような場合は,鑑定依頼自体を受けないと供述しているところ,その供述自体,依頼を受けて資料を見た時の直感で結論を出し,その後,それに沿うような理由を付けているのではないかとの疑問さえ生じさせるものである。

イ また,Fの挙げる筆跡特徴には,特徴とまでいえるのか疑問があるものもある。

すなわち,Fは,対照資料には認められない筆跡特徴として,アコードの請求明細書(鑑定書では資料1)につき約5点,後続車の請求明細書(鑑定書では資料2)につき約6点の特徴を挙げているところ,両者につき,「○」の第1筆,「△」の第2,3筆をそれぞれ右ないし左に傾けている点は,字を書くときの伝票の位置等で生じうるものなので,筆跡特徴といえるか疑問であるし,アコードの請求明細書(資料1)中,「×」の第3筆を左回りに大きく回す点(大きく丸く右下に伸ばす点とも記載されている)や,後続車の請求明細書(資料2)中,「×」の第1,2筆を横点型に小さくひっつけて書いている点も,当該文字が給油所で伝票への署名として書かれたものであることに照らすと,筆跡特徴とまでいえるか疑問である。

ウ さらに,本件は,筆跡鑑定が困難な事例であると考えられる。

すなわち,本件伝票には,「○△×」との片仮名3文字が,署名として筆早・無造作ないし乱雑に記載されているが,片仮名のように字の画数が少ないと,書く字の自由度が大きいので,個人差が少なく,特徴になりにくい上,字数も少ないため挙げうる特徴が少ないこと,他方,対照資料の一部は,被告人が,捜査段階で,本件伝票を見ながら書いたものであることからすると,その異同の鑑定は一層困難であると考えられる(Fも,本件鑑定が困難であった旨供述している)。

エ 加えて,筆跡特徴を抽出する際の基準となる基礎資料は,鑑定人が,鑑定をする度に蓄積するもので,他の者と共有することはないものであることからすると,筆跡特徴の抽出は,鑑定人自身が培ってきた経験に基づくところが大きいと解される。また,科学捜査研究所技術吏員Gは,その意見書及び公判廷で,作為性の有無を検討した上,筆跡特徴を抽出して対照するというF鑑定の前記判断過程自体には異論がないとしながら,F鑑定は,本件伝票と対照資料とでは筆記条件が異なることを考慮していないなどと批判し,抽出されるべき特徴点が少ないことから,「本件各伝票と対照資料とは同一人が記載したものか不明である」と判断すべきであると供述している。

そうすると,F鑑定の結論(Fの証言を含む)は,B供述の信用性に影響を及ぼすものとは認められない。

(3) 結論

以上によれば,本件ガソリンスタンドで,本件クレジットカードをBらに提示して給油を受けたのは,被告人であると認められる。

2  E供述の信用性について

(1) E供述の要旨

Eは,前記強盗被害の状況につき,捜査段階及び公判廷で,次のように供述している。

1月29日午後8時ころから,同居人のHとお好み焼きを食べに行った後,同人と別れて麻雀をした。翌30日午前2時ころ,自分の自動車で麻雀店の店長を送り,帰路に就いたが,途中疲れたので路上駐車して車内で休んだ。明け方に目が覚めたが,この日は朝から人と会う予定があり,家に帰って寝るには中途半端な時間だったので,午前5時ころ,カジノバー「I」に行った。

「I」では,チップ1枚が1000円で売られ,バカラ賭博をするには最低でもチップを5枚買わなければならない。「I」に来る客は賭博をしていると思うが,自分は,主に無料で飲み食いするために「I」に行っており,ゲームをするにしても,チップを換金することはなく,次に行くときに,そのまま使っていた。

自分は,週に2,3回の割合で,合計2,30回は「I」に行ったことがあるが,1回行くごとに費やす額は,いつも2,3万円くらいで,1月28日も,午後8時20分ころから午後10時ころまで「I」で遊んだ。なお,この日は財布に15万円ほど入れていた。また,自分は,客同士が,無担保で金を貸し借りしているところを3,4回見たことがあり,お金を借りてでもバカラで遊ぶ客は多いと思う。

「I」では,何度も被告人の顔を見たことがある。

1月30日午前5時ころ「I」に行ったときは,自分はカウンターで飲み食いをしただけで,ゲームはせずに午前6時10分ころ,自動車を運転して帰路に就いた。

そして,自宅近くの駐車場にバックで車を入れているとき,付近をゆっくり走る不審な車に気付いたが,特に気に留めず,続けて車をバックさせていると,その不審な車が駐車場の入口に止まったのを見た。自分が,運転席のドアを少し開け,身を乗り出して後ろを見ながら,バックで車を駐車枠に入れていると,突然,アイスホッケーのゴールキーパーがかぶるマスクをつけ,けん銃様の物を持った男が,ドアの前に現れ,低く小さい声で「金を出せ」と言ってきた。けん銃様の物は,多分右手に持っていたと思う。

自分は恐ろしさのあまり,無意識のうちに車のミッションをパーキングに入れ,車から降りて後ずさりした。男は,自分に近づいてきて運転席の横に立ち,けん銃様の物を突きつけるのをやめて,運転席に体を入れ,多分左手で,運転席と助手席の間に置いてあった自分のセカンドバッグを取るや走り去り,先ほどの不審な車の助手席側に乗って逃げて行った。

犯人の顔は,マスクのため見えず,被告人かどうかは分からないが,後ろ髪が長めで若い男だと思った。

自分は呆然として,少しだけ男を追いかけたが,それ以上追うことはせず,車を完全に駐車枠に入れて,すぐ家に帰り,同居人のHに事件のことを告げた後,警察に連絡した。そして,AやDから預かっていたカード類が心配だったので,家に帰ってすぐ,Hを通じて,A及びDに,信販会社等に盗難届を出すよう連絡した。

また,1月31日の朝,Dの家に行ったとき,Dに「カードを止めたか」と聞いたところ,Dは,まだ本件キャッシュカードの支払いを止める手続きをしていなかったので,至急手続きをするよう頼んだ。しかし,その後の電話で,Dから,同カードで20万円を引き出された旨聞いた。

当時,Dの口座には預金がなかったが,自分は,本件キャッシュカードで,30万円を限度額として借入れができると思っており,いつもその限度額一杯に借入れをしていた。

また,本件キャッシュカードとDのビザカードには暗証番号があるが,いずれも同じ番号でDから教えてもらっており,本件アドレス帳のうち,Dと書いて,その電話番号を記載した欄の下に控えておいた。本件クレジットカードの暗証番号を本件アドレス帳に控えたかは覚えていないが,控えたとすると,Dの場合と同じように書いたと思う。

他方,自分のキャッシュカードの暗証番号は,いずれも同じ番号で,前に住んでいた所の電話番号の下4桁の数字にしていたが,これは誰にも教えておらず,本件アドレス帳にも書いていなかった。

したがって,自分のキャッシュカードについては,誰にも暗証番号は分からないだろうし,ほとんど預金もなかったことから,慌てて支払いを止める必要はないと思い,被害に遭った約5日後に,d信用金庫に連絡した。

自分は,この事件に関して,何度か警察で話しているが,本件キャッシュカードで現金を引き出されたことが分かった後の2月25日に,警察で,なぜ本件キャッシュカードの暗証番号が犯人側に分かったのか尋ねられ,そのときから本件アドレス帳に暗証番号を記載していることを言っていた。

その後,警察の人に促されて,3月28日に自分の通帳について追加被害届を出したりしたが,本件アドレス帳については,5月10日になって追加被害届を出した。

(2) E供述の信用性

Eの供述する強盗被害の状況は,当日,太秦警察署に被害を申告した当初から,具体的でほぼ一貫している上,覆面をしたピストル強盗に遭ったなどと大げさな虚偽を述べる動機が,にわかに見当たらないこと,被害品の一つとされる携帯電話が,1月31日午前7時ころに京都駅付近で拾得されていることから,信用できるようにも考えられる。

しかし,同人の供述には,次のような疑問ないし不自然な点がある。

ア まず,Eの供述を前提にすれば,Eのキャッシュカードを使用した者は,どのようにしてその暗証番号を知ったのか疑問である。

すなわち,本件クレジットカード等と一緒に奪われたとされるEのキャッシュカードは,同月30日午前9時24分(Eが強盗被害に遭ったとする時刻の約3時間後)に使用されているところ,その際,当初は暗証番号が一致しなかったが,3回目からは暗証番号が一致している。ところが,Eの供述によれば,強盗犯人を含め第三者がEのキャッシュカードの暗証番号を知る手掛りはなかったはずであるから,同カードを使用した者が,どのようにして暗証番号を知り得たのか全く不明であるというほかなく,むしろ,Eが,暗証番号を教えるなどして,何者かにEのキャッシュカードを渡した可能性さえ疑われる。

この点,Eの5月10日付け警察官調書の謄本(標目番号56)では,本件アドレス帳の表紙の裏側にEのキャッシュカードの暗証番号を書いていたかもしれない旨の供述が記載されている。しかし,同供述は,「暗証番号は誰にも知られるはずはないが,実際に,誰かが暗証番号を知って,カードを使っていることからすると」という前提のもとでの推測に過ぎない上,Eの3月28日付け警察官調書の謄本(標目番号54)には,暗証番号はどこにも控えていない旨の供述が記載されていること,Eは,公判廷でも,暗証番号はアドレス帳に書いていないと供述している上,Eのキャッシュカードの事故届が約5日後になった理由の一つとして,同カードの暗証番号を知られることはないと思った点を挙げていることに照らせば,Eのキャッシュカードの暗証番号を,本件アドレス帳に書いていたとは考えられない。

また,Eのキャッシュカードが使用された当初は,暗証番号が一致しなかったのであるから,同カードを使用した者が,カードリーダー等を用いてその暗証番号を知ったとも考え難い。

イ 次に,本件アドレス帳の被害届の提出時期についても疑問がある。

すなわち,Eの2月25日付け警察官調書の謄本(標目番号53)には,Dの口座の暗証番号を本件アドレス帳に控えておいた旨の供述が記載されているにもかかわらず,本件アドレス帳の追加被害届は,5月10日になってようやく提出されている。

この点,Eは,2月ころに,警察官に本件アドレス帳の話はしたものの,追加被害届の提出を忘れていた旨供述するが,Eが被害に遭ったという強盗事件の捜査における本件アドレス帳の重要性や,Eの通帳については,3月28日に警察官に尋ねられて,即日追加被害届を提出していることなどに照らすと,Eのみならず警察官も本件アドレス帳のことを忘れていたとは考え難い。

加えて,E自身も,本件アドレス帳は,電話番号を調べるなどして日頃から使うものなので,奪われたことには気付いていた旨供述していることからすると,なぜEは早急に本件アドレス帳の被害届を提出しなかったのかとの疑問が生じる。

ウ また,Eの「I」での遊興態様に関する供述も,内容が不自然である上,不合理に変遷している。

すなわち,「I」は,バカラの賭博場であると解されるところ,Eは,週に2,3回の頻度で通っていたというにもかかわらず,同人自身は金を賭けず,主に飲食していたとする点(Eは,「I」以外の店で平成7年ころからカジノ遊びをするようになったとも供述している)や,1月30日も,麻雀店の店長を送った後,自宅までそれほど遠いわけでもないのに,車中で仮眠を取った上,「I」に1時間ほどいて,ゲームもせずに帰ったとする点はいかにも不自然である。

そして,Eは,強盗の被害を申告した当初は,「I」について何も述べず,その後,2月25日の事情聴取の際,警察官に対し,強盗に遭った前夜に「I」でゲームをしたことなどを供述したが,1月30日の早朝にも同店に行ったことは供述せず(同人の警察官調書の謄本〔標目番号53〕),4月11日の事情聴取で,1月30日の早朝にも「I」に行ったことを,初めて供述するに至っている(同人の警察官調書の謄本〔標目番号55〕)。Eは,その理由について,「I」に迷惑がかかると考えて話さなかった旨供述するのであるが,「I」のことを供述するようになってからも,1月30日早朝に行ったことを供述しなかった理由としては不自然である。

また,Eは,「I」での遊興を供述するようになってから約1年半が経過しているにもかかわらず,公判廷でも,依然として上記のような不自然な供述を繰り返していることからすると,単に自身の賭博行為を隠そうとして,不自然な供述をしているとは考えにくく,むしろ,Eが,「I」でのバカラ賭博に関連して,本件クレジットカードや本件キャッシュカードを第三者に渡したため,「I」での遊興態様につき不自然な供述をしているのではないかとの疑いも生じる。

エ さらに,1月31日午前11時ころに,本件キャッシュカード紛失の届出をした経緯に関するEの供述が,Dの供述と符合しない上,不自然である。

すなわち,Eは,強盗被害に遭った当日,Hを通じて,Dに盗難届を提出するよう連絡し,1月31日にも,再度,Dにカードの支払いを止める手続きをするよう注意した旨供述しているが,Dの供述からは,そのような事情はうかがわれない。

加えて,E自身も,Dと同様,当時,本件キャッシュカードで貸付限度額一杯まで金を借りていると思っていた旨供述し,第三者が悪用しても,金を借り入れることはできないと考えていたことや,自分のキャッシュカードについては,残高がなく暗証番号を知られるはずがないので,5日ほど盗難届を出さずにいたというのであるが,そうであれば,本件キャッシュカードに限って,悪用されることを心配して,早々と支払いを止める手続きをするよう注意したというのは不自然というほかない。

他方,弁護人が指摘するように,本件クレジットカードや本件キャッシュカードが使用された直後に,各カードの名義人から盗難届が出されている状況は,単なる偶然としては,あまりにも不自然である。

オ そして,強盗の被害状況に関する供述にも,けん銃様の物を突きつけられた時に,わざわざギアをパーキングに入れて車から降りたことや,犯人が目を離した隙に逃げたり,犯人を追いかけたりすることなく,冷静に車を駐車して家に帰っていることなど不自然な点がある。

これとの関連で,Eが強盗被害に遭ったとする時刻から30分足らず後の1月30日午前7時ころ,京都駅で,新幹線の回数券購入のためDのビザカードが使われているところ,強盗事件の発生現場とされる駐車場との距離的関係も考えると,余りに手際が良すぎるとの感が否めない。

(3) 結論

以上のとおり,Eの供述には,不自然不合理な部分が多々見られることに加え,同人が強盗被害に遭って奪われたというカード類の客観的に認められる使用状況等に照らしても前記の各疑問点があることを併せ考えると,強盗被害に遭って,これらのカード類を奪われたとするEの供述は全体として信用し難い。

むしろ,Eが,強盗被害に遭う直前までいた「I」のことを最後まで隠し,公判廷でも「I」での遊興について曖昧な供述をしていることなどを考えると,Eは,「I」でのバカラ賭博に関連して,本件クレジットカードや本件キャッシュカードを第三者に渡したのではないかとの疑いを払拭することができない。

3  被告人の供述の要旨とその信用性

(1) 被告人の供述の要旨

被告人は,捜査段階及び公判廷で,本件クレジットカード及び本件キャッシュカードの入手経緯等について,次のように供述している。

本件クレジットカードで給油した点については,1月30日に本件ガソリンスタンドに行った記憶はないが,Bが,同日,本件ガソリンスタンドに自分が来て,本件クレジットカードを提示し,請求明細書に署名したというのであれば否定はしない。しかし,そうであるとしても,自分はクレジットカードを持っておらず,普段は現金で給油するので,この時は,本件ガソリンスタンドで,連れの者から「このカードでガソリン入れたら」と言われて,本件クレジットカードを受け取ったと思う。

また,本件キャッシュカードで現金を引き出した点については,自分は,普段から,「I」でゲームをしている者が,所持金不足になったとき,銀行が開くまでの間,キャッシュカード等を預かって30万円から70万円くらいの金を貸しており,銀行が開く時刻になると,自分が銀行に行き,あらかじめ聞いておいた暗証番号を入力して預金を引き出し,貸金を回収するとともに,2万円から5万円くらいの手数料を取るという「ヤミの金融業」をしていた。

本件キャッシュカードは,1月31日の明け方に,「I」で,ゲームをしている者に多分30万円を貸した際,Eの通帳とともに預かったものである。後に,通帳と本件キャッシュカードとで名義人が違うことを知ったが,当時は,名義人欄など見ていなかったし,また,金を貸した相手から,「これだけの預金がある」と言われて通帳を示されたので,名義の違いには気が付かなかった。

銀行が開く時刻になり,自分は,本件ATMで,通帳に残高を記入したが,あまり残高がなかったので,本件キャッシュカードの預金口座の残高を見るため,とりあえず1万円を払い戻し,その後,試行錯誤したが,結局,合計20万円しか払戻しを受けることができなかった。

そこで,自分は,「I」に戻り,金を貸した相手に文句を言ったところ,間もなく口座に振り込まれる金を引き出すよう言われたので,同日午前11時ころ,g信用金庫で通帳記入をしようとしたが,金は入っておらず,金を貸した相手とトラブルになりかけた。しかし,結局,トラブルにはなっていないことから,この時貸した金は,後日「I」で返してもらったと思う。

(2) 被告人の供述の信用性

被告人の供述は,本件の事実関係に照らして,本件クレジットカード及び本件キャッシュカードの入手経緯が不自然である上,本件キャッシュカードの処分方については供述が不合理に変遷しており信用できない。

すなわち,強盗被害に関するEの供述が信用できないとはいえ,関係証拠に照らせば,Eは,少なくとも1月30日早朝までは,本件クレジットカード及び本件キャッシュカード等のカード類を一括所持していたと認められる。他方,被告人は,本件クレジットカードは,1月30日午前8時ころに連れの者から,本件キャッシュカード及びEの通帳は,1月31日未明ころに金を貸した相手から,それぞれ受け取ったと供述するが,同じ時期に,一括して所持されていた物が,これと近接した時期に,それぞれ全く無関係の経路で,見ず知らずの被告人の手に渡るとは解し難い。

また,被告人は,本件キャッシュカードの処分方について,当初は,「金を貸した相手に絶対返したと言い切れる」などと供述しながら,その後,捜査段階で「相手に返したかもしれず,それ自体もはっきりわからない」「今となっては,多分その男には返しておらず,捨てたような気がする」などと供述し,公判廷では,「自分が持っていないということは,おそらく返したと思う」などと供述しているところ,このように供述が変遷する理由について合理的な説明をしていない。

したがって,被告人の供述は信用できない。

4  小括

以上によれば,被告人は,1月30日午前8時11分ころ,本件ガソリンスタンドで,本件クレジットカードを用いて,自動車2台分のハイオクガソリンの給油をし,同月31日午前9時21分ころから26分ころまでの間に,本件ATMで,3回にわたり,本件キャッシュカードを用いて,貸付けを受ける形で現金合計20万円を引き出したことが認められる。

しかし,本件クレジットカード及び本件キャッシュカードの入手経緯等についての被告人の供述は信用できないものの,これらのカードが,Eの供述するように強盗に奪われたということも認め難い。

そして,被告人とEとの唯一の接点が「I」であり,Eが,この点につき曖昧な供述をしていることからすると,同人が,「I」でのバカラ賭博に関連して,本件クレジットカードや本件キャッシュカードを自分の意思で「I」の関係者(被告人自身である可能性を含む)に渡したのではないかという疑いを払拭することができないのであるから,これらのカードが不正に入手されたものであると認定するに足りる証拠はなく,ひいては,被告人が,本件クレジットカードを用いてガソリンを給油したり,本件キャッシュカードを使用して本件ATMから合計20万円を引き出したりするにあたり,これらのカードが不正に入手されたものと認識していたことを認定するに足りる証拠もないといわざるを得ない。

第4公訴事実第1につき,判示の内容で詐欺罪が成立する理由

1  このように,本件クレジットカードが不正に入手されたものであるとは認められない上,被告人にはその旨の認識がなく,むしろ,同カードを名義人のAから預かっていたEが,自発的に同クレジットカードを第三者の手に委ねた可能性が排除できないとしても,本件ガソリンスタンドで同クレジットカードを使用して給油した行為について,被告人は判示の内容での詐欺罪の責めを免れない。その理由は次のとおりである。

クレジットカードは,信販会社との間でクレジット契約を結び,自己名義のクレジットカードの交付を受けた者が,当該信販会社の加盟店で商品を購入するに際し,同クレジットカードを提示して商品を受け取り,代金については,信販会社が加盟店に立替払いをした後,当該クレジットカードの名義人が信販会社に返済するという仕組みになっているところ,これは,一定限度額内での商品の購入につき,信販会社が,名義人に無担保で信用を与えるものであり,クレジット契約の際には信用調査がなされる一方,商品購入の際には,提示した者の署名及び信販会社の承認が要求されていることなどにかんがみると,加盟店は,名義人本人がクレジットカードを提示しているとの前提のもとに商品を交付するのであり,クレジットカードを提示した者が名義人以外の者であることが判明すれば,商品を交付しないのが通常であるから,クレジットカードの名義人であるように偽って,クレジットカードを提示し,商品を購入することは,それ自体,原則として詐欺罪に該当すると解すべきである。

もっとも,別人のクレジットカードを提示して商品を購入しても,当該クレジットカードの名義人によって当該取引にかかる代金債務が弁済されることが明らかである場合は,クレジット取引の構造からみて,加盟店が商品を交付しても,特段の問題は生じないから,このような場合にまで,他人名義のクレジットカードを提示した者に詐欺罪が成立すると解するのは相当でない。すなわち,クレジットカードの名義人が,当該提示者によるクレジットカードの使用を承諾した上,この取引から生じる代金債務を負担することも了解しており,かつ,名義人と当該提示者との間に,このような承諾・了解が客観的にも強く推認される関係がある場合(例えば,同居の親族間等)は,詐欺罪が成立しないと解すべきである。

2  これを本件についてみるのに,本件クレジットカードを発行した株式会社aでは,クレジット契約を締結するのは,同社が申込人の信用調査をして,入会を承認した場合に限られ,加盟店で商品を購入する際には,クレジットカードの提示者が売上伝票に署名することとされ,一定額以上の利用の場合,加盟店は,専用端末機を通じてaの承認を得なければ,商品を交付してはならないこととされている。

被告人は,本件クレジットカードを用いて給油する際,伝票に「○△×」と署名し,Aを装って同クレジットカードを用いたことは明らかであるところ,被告人とAとの間に面識はなく,また,被告人とEとの関係も「I」で顔を見たことがあるという程度に過ぎないのであるから,AやEと被告人との間に,被告人に対し同クレジットカードの使用を許し,その代金債務を負担する旨了解したものと強く推認されるような関係はなかったと解される。

のみならず,Eは,本件ガソリンスタンドで被告人が本件クレジットカードを使用するに先立つ1月30日午前6時41分に,110番通報しているのであるから,E自身が,同クレジットカードにより生じた代金債務を負担することまで了解していたとは考えられない。

そうすると,名義人であることを偽った被告人の本件クレジットカードの使用行為については,詐欺罪の成立を否定する特段の事情は存しないのであるから,被告人の同行為は詐欺罪に該当する。

第5公訴事実第2につき,窃盗罪が成立しない理由

1  一般に,キャッシュカードの使用につき正当な権限を有しない者が,当該キャッシュカードを使って金融機関のATMを操作し,金融機関の占有する現金を引き出した場合,金融機関の意思に反して現金の占有が侵害されたことになるので,窃盗罪が成立すると解される。しかし,キャッシュカードの名義人から当該キャッシュカード使用の許諾を受けた者が,名義人に代わって金融機関のATMを操作し,現金を引き出しても,それは正当な権限を有しない者の行為ではないから,窃盗罪は成立しない。

2  本件では,被告人が,本件キャッシュカードを入手した経緯は不明であるが,他方,Eの意思に基づいて本件キャッシュカードが被告人の手に渡ったという可能性も否定できず,ひいては,本件キャッシュカードが不正に入手されたことを被告人が認識していたことは認定できないことになる(被告人が,数回にわたり,本件ATMを操作して現金を引き出すに際し,ことさら顔を隠すなどの行動に出ていないことは,その現れと見ることもできる)。

3  もっとも,Dの口座には預金が残っていなかったため,本件キャッシュカードによる被告人の現金合計20万円の引出しは,預金の払戻しではなく,貸付けを受けたものである点において,預金の払戻しを受ける通常の場合とは異なっている。

そこで,金融機関のATMから現金の貸付けを受ける場合でも,当該金融機関の意思に反してATM内の現金の占有を侵害したといえるかについて検討するのに,貸付けの場合は,預金の払戻しとは異なり,当該金融機関にとって,貸金が返済されるか否かが重大な関心事なのであり,その意味で,当該金融機関は,当該支払いを受ける者の信用を重視して,口座名義人本人であることを前提に現金の引出しを認めているとも解されるから,他人名義のクレジットカードを使用する場合と同様,口座名義人になり代わって現金を引き出すことは,それ自体が当該金融機関の意思に反して現金の占有を侵害するものであるとして,窃盗罪が成立するとの考え方もあり得る。

しかし,本件のように口座に残高がないときに現金を貸し付ける仕組みは,預金者の便宜を図って,通常の預金払戻しの延長としてなされるものであるところ,前述したクレジットカードの仕組みと異なり,その都度,行使者の署名を求めたり信用確認をしたりすることなく,暗証番号さえ一致すれば,ATMから現金の引出しができる仕組みになっており,換言すれば,金融機関は,貸付けにおいても一定額の範囲内であれば,預金の払戻しの場合と同様に,現金を引き出すことを容認しているのであるから,単に口座名義人でない者がATMを操作して現金を引き出したからといって,金融機関の意思に反してATM内の現金の占有を侵害したということはできないと解すべきである。

そうすると,被告人は,本件キャッシュカードを用いて,貸付けとして,本件ATMから現金20万円を引き出しているのであるが,それだけではd信用金庫本店店長の意思に反して,現金の占有を侵害したとはいえないし,本件キャッシュカードが不正に入手されたこと及びその旨被告人が認識していたことの証明もないのであるから,窃盗罪は成立しない。

4  以上によれば,被告人が,本件キャッシュカードを使用して,公訴事実第2の各現金を引き出すに際し,同キャッシュカードが不正に入手されたこと及びその旨認識していたことは認定できないから,本件公訴事実中窃盗の点については,犯罪の証明がないことに帰する。

したがって,本件公訴事実中窃盗の点については,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。

(累犯前科) 【記載省略】

(法令の適用)

罰条

刑法246条1項

累犯加重

刑法56条1項,57条(再犯)

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用

刑事訴訟法181条1項本文

証人B,同F及び同Gに支給した分を負担させる。

(量刑の理由)

本件は,他人名義のクレジットカードを使って,ガソリンをだまし取ったという事案である。被告人は,前科7犯を有し,前刑で出所した約1年7か月後に本件犯行に及んでおり,犯情は芳しくない。しかし,被害額は1万1748円であって,高額とまではいえないこと,未だ被害弁償はなされていないものの,弁護人において弁償に向けた努力をしていること,弁護人の請求に基づいて筆跡鑑定がなされ,審理期間が延びたなどの事情はあるものの,無罪とすべき窃盗事案の審理のために必要な分を含めて,身柄拘束が相当長期にわたったことなどを考慮すると,主文のとおり量刑の上,未決勾留日数中,その刑期に満つるまでの分を算入するのが相当である。

(裁判長裁判官 楢崎康英 裁判官 松田俊哉 裁判官 井戸俊一)

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