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京都地方裁判所 平成12年(ワ)1506号 判決 2002年7月26日

原告

金千恵

同訴訟代理人弁護士

加芝雄樹

被告

代表者法務大臣

森山眞弓

同指定代理人

吉田栄美

被告補助参加人

甲山太郎

同訴訟代理人弁護士

村山晃

主文

一  被告は、原告に対し、三三一万円及びこれに対する平成一二年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、原告に対し、二七一八万一二五〇円及びこれに対する平成一二年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、不動産競売手続によって土地及び建物を競落した原告が、その競売手続の際に、執行裁判所から土地及び建物の評価を命じられた評価人である被告補助参加人(以下「参加人」という。)が、当該土地は法的規制により建物の再築が不可能な土地であるにもかかわらず、民事執行規則の規定に違反して、その旨を評価書に記載せず、また、法的規制のない土地の価格を参考として評価額を決定したことにより、原告がその売却代金全額、移転登記費用、さらに転売利益及び転売契約の不履行に基づく違約金の支払等の損害を被ったなどと主張して、被告(国)に対し、国家賠償法一条、又は、民法七一五条に基づき、上記損害金及び弁護士費用並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は、以下のとおりである。

1  京都市西京区大原野北春日町所在の別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)は、農家住宅、一般住宅混在地域内にあるほぼ長方形の宅地であり、同目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)は、本件土地上に平成五年一〇月ころに建てられた木造スレート葺三階建居宅であり、同目録記載3の土地(以下「本件道路」という。)は、本件土地に接面する幅員約四メートルの私道の一部である。

本件土地は、市街化調整区域のうち開発許可を受けた開発区域以外の区域内の土地であって、都市計画法上のいわゆる既存宅地に該当しない。また、本件道路は、特定行政庁による位置の指定を受けておらず、その他、建築基準法上の道路たる要件を満たさない土地であるため、本件土地は、建築基準法上のいわゆる接道義務(建築基準法四三条一項)を満たしていない。本件土地上に建物を再築することは、別途の要件を満たさない限り、法律上不可能である(以下「本件建築制限」という。)。

2  本件土地、本件建物及び本件道路(以下「本件各物件」という。)について、平成九年七月ころ、中信ローン保証株式会社により不動産競売の申立てがされ(京都地方裁判所平成九年(ケ)第四七四号事件、以下「本件競売事件」という。)、本件競売事件の執行裁判所(以下「本件執行裁判所」という。)は、平成九年七月四日、本件各物件について、競売開始決定をした。

入江崇允執行官は、本件執行裁判所の命令により、本件各物件についての現況調査報告書(以下「本件報告書」という。)を作成し、平成九年八月一八日、これを本件執行裁判所に提出した。なお本件土地上の本件建物には、このころ、本件各物件の共有者の一人であった山田芳圓が、家族とともに居住して占有していた。

3  その後、本件執行裁判所は、不動産鑑定士である参加人に対し、本件各物件についての評価を命じた。参加人は、これに応じて、平成九年一〇月二三日を評価日として、一括売却の場合の本件各物件の評価額を合計一九〇六万円とする旨の評価書(甲5、以下「本件評価書」という。)を作成し、同月二七日、これを本件執行裁判所に提出した。

本件建築制限のような規制がある場合には、民事執行規則三〇条一項五号ロの規定に基づき、民事執行の実務上、評価人の評価書には、建築基準法上の道路に接面していないことが記載されるか、少なくとも「接面道路が建築基準法上の道路であるかは未判定である。」旨の記載がされることになっていた。

ところが、参加人は、本件建築制限の有無について何ら調査をせず、本件評価書に、本件土地の状況につき、その「街路条件」を「巾員約四m私道」、「法令上の制限」を「市街化調整区域」、「使用の状況等その他」を「建物の敷地及び私道」と記載し、そこには、本件道路が建築基準法上の道路であるか否かについての記載も、本件建築制限が存在するとの記載もなかった。また、本件評価書は、本件建築制限のような規制を受けない基準地(京都市西京区大原野北春日町<番地略>、以下「本件基準地」という。)の基準地価格をもとにして本件土地の評価額を算定していた。

4  本件評価書は、本件各物件の評価額を、次のとおり、算定している(甲5)。

(1) 本件土地の評価額については、本件基準地の一平方メートル当たりの価格一三万八〇〇〇円に、各種修正を加えて、一平方メートル当たりの更地価格を一二万四〇〇〇円とし、これに建付減価率九五/一〇〇及び地積を乗じて、九九四万円と算定した。

(2) 本件道路の評価額については、〇円と算定した。

(3) 本件建物の評価額については、いわゆる積算価格を九一二万円と算定した。

5  本件執行裁判所は、参加人から本件評価書が提出された後、本件評価書に基づいて、本件各物件の最低売却価額を一九〇六万円と決定した上、執行官をして、期間入札の方法による売却を実施させた。しかし、これに対する買受けの申出はなかった。その後、特別売却も実施されたが、やはり買受申出はなかった。

そこで、本件執行裁判所は、平成一〇年一〇月五日、参加人に対し、本件評価書について、(1)作成後の市場性の変動、(2)期間入札、特別売却において買受申出がなかった事実を考慮した補充評価書を提出するよう命じ、参加人は、補充日を平成一〇年一一月二五日として、補充評価書を作成した。

6  その後、本件執行裁判所は、参加人に対し、本件各物件について、再度の評価を命じた。参加人は、これに応じて、平成一一年一〇月二三日を評価日として、一括売却の場合の本件各物件の評価額を合計九六八万円とする旨の再評価書(甲6、以下「本件再評価書」という。)を作成し、同月二七日、これを本件執行裁判所に提出した。しかし、参加人は、同様に、本件建築制限の有無についての調査をしなかった。

本件再評価書は、本件土地の環境、利用状況等につき、本件評価書のとおりであるとし、本件評価書におけると同様に、本件建築制限がある旨の記載はされず、また、本件土地の評価額についても、本件基準地の基準地価格をもとにして算定された。

7  本件再評価書は、本件各物件の評価額を、次のとおり、算定している(甲6)。

(1) 本件土地の評価額については、本件基準地の一平方メートル当たりの価格一二万六〇〇〇円に、地域格差による一〇〇/一二〇の修正等の各種修正を加えて、一平方メートル当たりの更地価格を一〇万五〇〇〇円とし、これに、建付減価率九〇/一〇〇、地積、法定地上権が成立する場合の底地割合五〇/一〇〇を乗じ、さらに、競売市場修正として六〇/一〇〇の修正を加えて、二三九万円と算定した。

(2) 本件道路の評価額については、上記更地価格一〇万五〇〇〇円に、個別格差による一/一〇〇の修正を加え、これに地積を乗じて一万円とした上で、競売市場修正として六〇/一〇〇の修正を加えて、一万円と算定した。

(3) 本件建物の評価額については、いわゆる積算価格を八一六万円とし、本件土地上の法定地上権価格三九八万円(本件土地の建付地価格から底地価格を引いたもの)を加えて一二一四万円とし、競売市場修正として六〇/一〇〇の修正を加えて、七二八万円と算定した。

8  本件執行裁判所は、参加人より本件再評価書が提出された後、本件再評価書に基づいて、本件各物件の最低売却価額を九六八万円と決定した上、期間入札による売却の実施を公告するとともに、本件報告書、本件評価書、本件再評価書及び本件各物件についての物件明細書の各写しを、一般の閲覧に供した。

9  原告は、平成一二年三月二一日、本件競売事件につき、入札金額を一一一八万九〇〇〇円とする入札書に、買受申出保証金一九三万六〇〇〇円を本件執行裁判所の預金口座に振り込んだ旨の証明書を添付した上、執行官に提出した(以下「本件入札」という。)。その後、同月二九日の開札期日における開札の結果、原告が最高価買受申出人となった。

本件執行裁判所は、同年四月五日、原告に対する本件各物件の売却を許可する旨の決定をした。原告は、同月一八日、本件執行裁判所に対し、本件各物件の残代金九二五万三〇〇〇円を納付して、本件各物件の所有権を取得し、同月二〇日、その旨の所有権移転登記手続を経た。

10  その後、原告は、平成一二年四月二一日、京都市役所に対し、本件土地について問い合わせをしたところ、京都市都市計画局開発指導課及び同審査課の職員から、本件土地には本件建築制限が存在する旨の回答を得た。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

1  本件評価書及び本件再評価書の作成及び提出につき、参加人に、原告に対する関係で義務違反、違法があり、被告国に、国家賠償法一条又は民法七一五条に基づく責任があるか。

(原告の主張)

(1) 不動産競売手続における評価人は、物件を現認するほか、官公署へ赴き、関係書類を閲覧、謄写し、また担当官に面談するなどして、競売物件について法的規制の有無を確認する義務を負う。特に、競売物件が土地である場合には、建物の建築・再築の可否、建築基準法上の道路認定の有無等の確認をする義務を負う。にもかかわらず、参加人は、本件評価書及び本件再評価書を作成する際、上記の確認義務を怠り、結局、本件土地に本件建築制限が存在することを記載せず、また、本件建築制限のような建築規制のない土地の価格を参考としてその評価額を算出して記載した。

(2) 評価人は、執行裁判所の命令により、最低売却価額決定の基礎となるべき競売物件の評価を行うものであり、法律上、不動産への立入権、質問権、文書の提示請求権等の多大な権限が与えられている。確かに、不動産の評価自体は、評価人の専門家としての裁量的判断に委ねられているが、その評価の前提となる法律関係や占有関係の判断については、最終的には執行裁判所の判断に拘束される。とすれば、評価の前提となる本件建築制限の調査並びに本件評価書及び本件再評価書への記載については、評価人である参加人は、本件執行裁判所の補助機関として、公権力の行使に当る公務員(国家賠償法一条一項)に該当する。

(3) 仮に(2)が認められないとしても、国家賠償法四条、民法七一五条一項により、参加人は、前記(2)のような趣旨で、同条項にいう被告の被用者に該当するというべきであるから、被告は、民法七一五条による責任を負う。

(4) いずれにしても、被告は、前記(2)の国家賠償責任又は前記(3)の使用者責任を負う。

(被告及び参加人の主張)

(1) 不動産競売手続における不動産の評価は、あくまで、最低売却価額の適正な決定のためにされるものであり、競売物件の内容を買受人に開示するためのものではない。本件建築制限の存在を本件評価書及び本件再評価書に記載しなかったことが、買受人である原告に対する関係でただちに不法行為を構成するとはいえない。むしろ、本件再評価書における本件各物件の評価額九六八万円は、適正な価格の範囲内のものである。

(2) 評価人は、執行裁判所から独立して、専門家としての知識を用いて評価を行うものであり、裁判所の補助機関たる要素は全くないから、公権力の行使に当たる公務員に該当しない。評価自体と評価の前提となる民事執行規則三〇条一項五号ロの事実関係の調査とを区別し、後者については、評価人が執行裁判所の補助機関であると考えることもできない(福岡高裁平成一二年一月一八日判決、乙6)。また、評価人と執行裁判所との間には、民法七一五条の責任の要件となるいわゆる指揮従属関係もないから、参加人が被告の被用者にも該当しないことは明らかである。

(3) 被告は、原告主張の国家賠償責任も使用者責任も負わない。

2  参加人の原告に対する義務違反、違法行為により、原告が損害を被ったといえるか。その損害額はいくらか。

(原告の主張)

(1) 原告は、本件建築制限の存在を知らなかったことにより、本件入札をして、買受人となり、

ア その代金として一一一八万九〇〇〇円を納付した。

イ 本件各物件の所有権移転登記手続をする際、①所有権移転登記の登録免許税として四一万五八〇〇円、②負担抹消登記の登録免許税として三〇〇〇円、③嘱託書送付料として七二〇円、④登記済証返送料として五〇〇円、⑤買受人宛送付料として一〇四〇円を各支出した。

ウ 本件建物内の清掃及びゴミ処理の費用として一五万円を支出した。

エ ①評価証明書発行手数料として七〇〇円、②本件建物の火災保険料として二万七七五〇円、③本件建物の鍵の取替え費用として一万六八〇〇円、④登記印紙代金として六〇〇〇円を各支出した。

オ 不動産取得税四〇万円の納税義務を負った。

(2) 原告は、本件競売事件の開札手続以前から、蔡潤逸(以下「蔡」という。)との間で、原告が本件各物件を取得した場合には、これを二三八〇万円で蔡に売却する旨の売買予約を締結していた。そして、平成一二年四月二〇日、蔡との間で、手付金二三〇万円を受領し、上記売買の本契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。その際、原告の契約違反により本件売買契約が解除されたときは、原告は、蔡に対し、手付金の倍額である四六〇万円を支払う義務を負う旨約定された。また本件売買契約は、本件土地が建物の建築の可能な土地であることを当然の前提とするものであった。

しかし、その後、本件建築制限の存在が判明したため、蔡は、本件売買契約を、原告の債務不履行に基づいて解除した。

ア 原告は、上記解除により、得べかりし転売利益一一五八万九九四〇円を逸失した。

イ また、原告は、本件売買契約上の義務の不履行により、蔡に対して、四六〇万円の違約金支払義務を負うこととなり、その履行を余儀なくされた。

(3) 原告は、本件訴えの提起、追行を原告代理人に委任し、その着手金として一〇〇万円を支払った。

(被告及び参加人の主張)

(1) 原告の主張は、いずれも争う。

(2) 原告は、本件建築制限の存在を知りながら、本件入札を行った。また、本件入札の際の本件各物件についての最低売却価額は、適正なものであるから、買受人である原告には何らの損害もない。仮に買受代金一一一八万九〇〇〇円の支払による損害があるとしても、原告は、本件各物件の所有権を取得したのであるから、本件各物件の価額を損益相殺すべきであるし、本件各物件の取得に当然必要となる費用についても、原告が負担すべきである。

(3) そもそも、本件売買契約は偽装によるものであるから、これに基づく損害は発生していない。原告は、不動産業者であるから、不動産を売却しようとする場合には、当該不動産の詳細について調査確認する義務を負っており、本件売買契約においてこれを怠ったのであれば、そこから生じた損害については原告が責任を負うべきである。原告の主張する参加人の義務違反がなければ、本件売買契約は締結されていないはずであるから、転売による得べかりし利益を逸失したとの主張も失当である。また、本件売買契約においては、本件建築制限の存在により違約金支払義務が生ずる旨の定めはなく、原告は、支払う義務のない金員を支払ったにすぎない。

3  損害について過失相殺をすべきかどうか。

(参加人の主張)

原告は、競売手続の実務・実情に通暁しているのに、何の調査もしないまま本件土地上に建物が再築可能であると信じて買い受けたというのであり、その他本件の事実関係に照らすと、相応の過失相殺がされるべきである。

(原告の主張)

争う。

第三  当裁判所の判断

一 争点1に対する判断

1 民事執行法五八条一項及び同法六〇条一項は、不動産競売手続において、執行裁判所は、評価人を選任して不動産の評価を命じ、その評価に基づいて最低売却価額を決定しなければならない旨を規定しており、評価人は、執行裁判所から独立して当該不動産の評価についての専門家としての見解を述べるのが、その主たる任務であることは確かである。

2 しかしながら、上記はあくまで評価そのものについてであって、民事執行手続における評価人の任務は、上記のものに尽きるものではないと解される。すなわち、民事執行法二一条に基づく民事執行規則は、執行裁判所に選任された評価人が執行裁判所に提出する評価書に記載する事項として、「都市計画法、建築基準法その他の法令に基づく制限の有無及び内容」を規定しており(同規則三〇条一項五号ロ)、更に、執行裁判所は、一般の閲覧に供するために、現況調査報告書及び物件明細書の写しと共に、評価書の写しを執行裁判所に備え置かなければならないと規定しており(同規則三一条二項)、これら規定からすると、評価人は、少なくとも、前記の法令に基づく制限の有無及び内容については、評価そのものではなく、その前提として、執行裁判所に対して当然に調査義務及び評価書に記載して報告する義務を負っているものというべきである。執行実務においては、これらの規定に基づき、前記のとおり、本件建築制限のような規則がある場合には、評価書に、当該土地が建築基準法上の道路に接面していない旨、又は、その判定がされていない旨が明確に記載され、そのような評価書の写しが、物件明細書及び現況調査報告書の写しと共に執行裁判所に備え置かれて、一般の閲覧に供され、不動産の買い受けを希望する者に判断資料を提供しているのである。そして、評価人の評価の前提としてのかような義務は、現況調査報告書や物件明細書と同様に、買受希望者に判断材料を提供することにその主眼があるものと解される。

3 このようにみてくると、評価人は、評価の前提となる本件建築制限のような規制の存否については、執行裁判所に対して、その補助機関として調査して評価書に記載すべき義務を負っているもので、執行裁判所は、評価人が本件建築制限のような規制の存否について調査していないことが分かった場合には、具体的にその調査を命ずべきであって、評価人は、少なくとも、この関係においては、執行裁判所の指揮・監督に服する関係にある、というべきである。そして、このような評価人の調査及び評価書への記載義務(その判定が困難な場合はその旨を記載すれば足りると解される。)は、更に、不動産の買受希望者に対する関係においても負っているものと解される。

4 前記第二の一の認定事実によれば、本件執行裁判所から評価を命ぜられた評価人である参加人は、評価書を作成するにあたり、官公署等へ赴き、本件各物件に関する関係書類を閲覧及び謄写するなどし、また、官公署等の担当官と面談をするなどして、本件各物件に関する本件建築制限の有無及びその内容を調査記載すべき義務があったことは明らかであり、にもかかわらず、参加人は、本件評価書及び本件再評価書を作成するにあたり、官公署等に赴くなどして本件建築制限の存在を調査記載せず、本件評価書及び本件再評価書に本件建築制限を記載しなかったもので、結局、本件執行裁判所としては、買受人となろうとする者に対し、本件建築制限の存在という重大な事由を何ら開示しなかったことになる。

5 以上判示したところによれば、評価人である参加人は、上記の調査記載義務に関する限り、評価自体とは異なり、本件執行裁判所の補助機関として、その指揮・監督に服する関係にあったもので、被告は、参加人の上記の調査記載義務違反について国家賠償法一条による責任を負うというべきである。また、仮に同条による責任を負わないのであれば、前記説示したところに従えば、被告国は、国家賠償法四条により、参加人に対して上記のような事項の調査について指揮・監督すべき立場にあった者として、民法七一五条の責任を負うものといわざるを得ない。

二  争点2に対する判断

1  甲1ないし24、乙1ないし7、丙1ないし16(枝番を含む。)、証人甲山太郎、同安野公憲及び同蔡潤逸の各証言(以下「本件各証拠」という。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、不動産の販売業を主たる業とする株式会社大地の設立時の代表取締役であり、現在もその取締役の地位にあるが、同社の業務には全く携わっておらず、実質的には、同社の取締役である安野公憲(以下「安野」という。)が同社の不動産取引等の業務を行っていた。株式会社大地は、原告に不動産を競落させて、仲介の形でその不動産の販売業務を行って、その転売による収益を挙げていた。原告や株式会社大地は、年間四、五件競売物件の転売等をしており、競売手続の実情はよく知っていた。

(2) 原告は、蔡から建て替えができる中古の建物を取得したいとの依頼を受け、本件競売事件において、本件建築制限を知らず、本件土地上に建物を再築することが可能であると誤信して、本件入札をし、最高価額買受申出人となり、平成一二年四月一八日までに、本件各物件の代金として一一一八万九〇〇〇円を納付した。原告や株式会社大地は、競売手続の実情をよく知っており、蔡からの依頼も特に再築可能な建物でなければならないとの条件があったにもかかわらず、接道義務の関係を役所に問い合わせるなど自らその点を調査することはなかった。

(3) 原告は、競落後、所有権移転登記の登録免許税として四一万五八〇〇円、負担抹消登記の登録免許税として三〇〇〇円、嘱託書送付料として七二〇円、登記済証返送料として五〇〇円、買受人宛送付料として一〇四〇円を各支出した(甲9)。また、原告は、本件建物内の清掃及びゴミ処理の費用として一五万円、評価証明書発行手数料として七〇〇円、本件建物の火災保険料として二万七七五〇円、本件建物の鍵の取替え費用として一万六八〇〇円、登記印紙代金として六〇〇〇円を各支出した(甲14ないし18)。

(4) 原告は、代金納付後の平成一二年四月二〇日、蔡との間で、株式会社大地が仲介人となって、本件各物件を、代金二三八〇万円で売却する旨の売買契約(本件売買契約)を締結し、同日、蔡から手付金として二三〇万円を受領した。本件売買契約締結の際、原告は、蔡との間で、原告の契約違反により本件売買契約が解除されたときは、原告は蔡に対して手付金の倍額の違約金を支払う義務を負う旨の合意をした。本件売買契約においては、従前からの依頼どおり、本件土地が再築の可能な土地であることが前提とされていた。

(5) その後、同月二一日、本件建築制限の存在が判明したため、原告と蔡は、同年五月二日、本件売買契約を合意解除し、その旨の書面(甲19)を作成し、同日、原告は、蔡に対し、手付金の倍額である四六〇万円を上記違約金として支払った。

(6) 株式会社大地は、本件売買契約が解除された後、本件土地に本件建築制限があって建物の再築が不可能であることを知った上で、本件各物件を代金一七五〇万円で売却する旨の広告を出した。また、原告も、同様の価格での販売が可能であるとの認識を有していた。

(7) 本件各物件の三軒隣の競売物件は、再築不可であることが明記されて、平成一二年六月に競落されたが、最低売却価額が五六一万円、競落価額が八九九万円であった(丙2の1)。この物件は、本件土地よりも地積は小さく、建物は本件建物よりも新築時期は古かった。

2  前記第二の一の認定事実及び上記認定事実によれば、原告は、本件各物件を落札したことにより、代金一一一八万九〇〇〇円、手続費用や本件建物内のゴミを処理するための費用等として合計六二万二三一〇円を支出したことが認められる。ただし、原告が主張する本件各物件の不動産取得税の四〇万円については、原告がこれを納付したことを認めるに足りる証拠がない。

そして、原告は、本件各物件を落札したことにより、本件各物件の所有権を取得しているから、参加人の前記調査記載義務違反と相当因果関係の範囲内にある損害額は、上記各支出額の合計金額から本件建築制限があることを前提とした本件各物件の適正価額相当分を控除した差額相当分であるというべきところ(原告の支出額が直ちに損害になるのではない。)、本件に顕れた各証拠からは、本件各物件の原告が落札した時点の適正価格は必ずしも明確ではないが、前記各認定事実、特に、本件各物件の最低売却価格は、本件建築制限を前提とすると一定限度低額になったであろうと考えられること、しかし、本件土地上には既に本件建物が存在し、これを使用し、修繕して継続的に使用することは法的にも可能であること、本件土地が接面する私道(本件道路はその一部である。)は、通行に支障がないと考えられること、原告や株式会社大地は、本件土地が再築不可能であることを知った上で、本件各物件を一七五〇万円で販売しようとしていたこと、その他本件各証拠並びに弁論の全趣旨を総合すると、上記の差額相当分の損害は、少なくとも、二〇〇万円分はあるものと認めるのが相当である。

3  原告は、本件建築制限の存在が判明したことにより、本件各物件を代金二三八〇万円で蔡に売却する旨の本件売買契約の解除が余儀なくされたのであるから、参加人の前記調査記載義務違反により、得べかりし転売利益一一五八万九九四〇円を逸失したと主張する。しかし、前記の各認定事実によれば、参加人が前記調査記載義務に違反せずに、本件建築制限の存在を本件評価書及び本件再評価書に記載していた場合は、そもそも、原告が、本件各物件を落札し、更に、蔡との間で本件売買契約を締結することもなかったというべきであるから、原告主張の転売利益が損害になることはあり得ない。原告のこの点の主張は理由がない。

4  次に、原告が蔡に対して違約金として支払った四六〇万円のうち、二三〇万円については、前記第三の二の1の認定事実のとおり、参加人の前記調査記載義務違反がなければ、原告は、本件売買契約解除に伴う違約金として余分に二三〇万円の出捐をすることもなかったというべきであるから、前記調査記載義務違反と相当因果関係のある損害と認められる。

5  なお、被告及び参加人は、本件売買契約は偽装のものであり、そもそも無効な契約であるから、原告に損害は一切発生していない旨の主張をするが、本件各証拠及び弁論の全趣旨に照らしてみても、本件売買契約が偽装であると認めるに足りる証拠はないといわざるを得ず、被告及び参加人の主張は理由がない。上記認定以外の原告の主張に係る損害は、いずれも前記調査記載義務違反と相当因果関係のある損害とは認められない。

6  以上により、参加人の前記調査記載義務違反と相当因果関係のある損害額は、四三〇万円と認められる。

三  争点3に対する判断

1  前記第二の一及び第三の二の1の認定事実によれば、原告は、競売手続の実情をよく知っており、蔡の依頼は本件土地について建物の再築が可能であるということが条件であったのであり、しかも、本件土地が実際に接しているのは私道であることは本件各物件の表示や物件明細書等からも明らかであったのであるから、本件土地が建物の再築が可能な土地であるか否かについて自らも調査をすべきであったもので、前記の損害の発生については、過失相殺をすべきであり、前記の各認定事実を総合すると、原告側の過失割合は、三〇パーセントとするのが相当である。

2  また、参加人の前記調査記載義務違反と相当因果関係のある弁護士費用の損害としては、三〇万円を認めるのが相当である。

四  結論

以上の次第であり、原告の請求は、三三一万円及びこれに対する前記の代金納付の日である平成一二年四月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を適用し、仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・八木良一、裁判官・飯野里朗、裁判官・谷田好史)

別紙別件目録<省略>

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