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京都地方裁判所 平成12年(ワ)2765号 判決 2001年10月26日

主文

1  被告は,原告Aに対し,別紙株券目録(1)記載の株券83枚を引き渡せ。

2  被告は,原告Bに対し,別紙株券目録(2)記載の株券10枚を引き渡せ。

3  被告は,原告Aに対し,別紙株券目録記載(1)の株券の引渡しが不能のときは,その引渡しに代えて,引渡不能の株券のそれぞれについて,別紙株券目録(1)の当該株券に係る単価欄記載の金額に当該株券の株数を乗じた金額の金員を支払え。

4  被告は,原告Bに対し,別紙株券目録記載(2)の株券の引渡しが不能のときは,その引渡しに代えて,引渡不能の株券のそれぞれについて,別紙株券目録(2)の当該株券に係る単価欄記載の金額に当該株券の株数を乗じた金額の金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,被告に対し,原告Aが別紙株券目録(1)記載の株券について,原告Bが別紙株券目録(2)記載の株券(別紙株券目録(1)及び別紙株券目録(2)記載の株券を総称して「本件株券」ということがある。)について,それぞれ所有権に基づいてその引渡しを求め,その代償請求として,引渡不能のときには,不能分の株券に表象された株式の価格(口頭弁論終結時に最も近い時点での価格)相当の損害賠償金の支払を請求する事件である。

2  当事者の主張

(1)  請求原因

ア 原告Aは,別紙株券目録(1)記載の株券を,原告Bは,別紙株券目録(2)記載の株券をそれぞれもと所有していた。

イ 被告は,これらの株券を占有している。

ウ 本件株券に表象された株式の価格(東京証券取引所における口頭弁論終結時に最も近い平成13年8月15日の終値)は,別紙株券目録(1)及び別紙株券目録(2)の単価欄記載のとおりである。

エ よって,原告Aは,別紙株券目録(1)記載の株券の所有権に基づき,原告Bは,別紙株券目録(2)記載の株券の所有権に基づき,その引渡しを求め,その執行が不能のときは,各株券の代償として,引渡不能の株券それぞれについて,別紙株券目録(1)及び別紙株券目録(2)の当該株券に係る単価欄記載の金額に当該株券の株式数を乗じた金額の支払を求める。

(2)  請求原因に対する認否

請求原因アは知らない。同イは認める。同ウについては認否しない。

(3)  抗弁

被告は,平成12年6月9日,Cとの間で本件株券を含む多数の株券(別紙株式リスト記載のもの。以下「取引株券」ともいう。)を代金1350万円で買い受ける旨の契約を締結し,同日,これらの株券を占有していたCからその引渡しを受けた。

その経緯は,次のとおりである。

ア 被告は,平成12年6月9日,知人であるDから株券を至急換金したい人がいる,市場価格が総額3000万円ぐらいの株券を6割5分で買ってほしいと言っている旨の話を聞いた。

被告は,市場価格の6割5分で購入できるのであれば,購入資金を借りたとしても,転売によって利益を得ることができるなどと判断し,売主が,証券会社を通じて売却すると入金まで5日,名義書換ができていない場合には2週間程度かかることから,それを待つことができないほど資金繰りに窮しているか,資金を得て何かに投資したり,購入するために急いで資金を必要としているのであろうと想像し,相手が急いで資金を必要としているのであれば,金額的には交渉の余地があると考え,とりあえず,現金1000万円を用意し,総額を市場価格の5割ないし5割5分に値切った上で,内金1000万円を支払い,残金は後日とすることで株券自体は引渡しを受けるという内容で交渉しようと考え,取引に出向くこととした。

イ 被告は,同日,東京都内のホテルでDの立会いの下でCと会い,取引株券を確認した上,Cに対し,市場価格の5割で購入するという条件を提示した。Cは,不満そうではあったが,現実に1000万円の現金を見せ,かつその金額の現金しか用意がなかったことから,Cは,被告の提案に応じ,取引株券を代金1350万円で購入し,内金1000万円の交付と引換えに取引株券の交付を受けた。

(4)  抗弁に対する認否

抗弁事実は知らない。

(5)  再抗弁

本件株券は,原告らが平成12年4月19日午前9時から午後2時までの間に盗まれたものであるところ,被告が,本件株券を抗弁記載のとおり買い受けたとしても,次の事実に照らすと,本件株券の購入の際,Cが本件株券の所有者でないことを知っていたか,知らないことについて重大な過失がある。

ア 被告は,その主張によっても,市場価格約3000万円の取引株券を,実質的には,代金として1000万円を支払っただけで取引株券を取得している。しかし,取引株券は,すべて上場株式に係る株券であって,証券市場において適正な価格で売却可能なものである。それを,市場価格の3分の1の価格で,領収書も契約書もなく,現金取引されたということ自体で,取引株券の入手経路が怪しいものであることを物語っている。

イ 本件株券はすべて上場会社の記名株式に係る株券であって,原告らの氏名が明記されている。しかも,市場で適正に取得したものであれば,同一銘柄であっても名義人が異なっていることが稀ではないのに,取引株券は,25銘柄のうち17銘柄において,原告ら名義に統一されており,他の銘柄についても同一銘柄については同一の名義人であると思われ,これらの事情は,取引株券が市場を通さずに流れてきたものであること容易に疑うべき事情である。しかるに,被告は,Cが取引株券の名義人とは異なることが分かっていながら,取引株券について事故届が提出されているかどうかを名義書換代理人会社に問い合わせるという容易な確認方法も採っていない。

ウ 被告は,Cとは初対面であるのに,名刺交換さえせず,その連絡先や取引株券の入手経路も確認していない。

(6)  再抗弁に対する認否及び被告の主張。

否認する。被告は,本件株券を買い受けた際,本件株券が盗難株券であって,Cがその所有者でないことを知らなかったし,次のとおり知らないことについて重大な過失はなかった。

ア 被告は,取引株券が盗品であることを知っておれば,わざわざ1000万円の現金を用意し,これをCに渡すことはあり得ない。

イ Cが当初提示した市場価格の6割5分という代金額は,社会の取引相場と比較して不自然な金額ではなく,そのことに,Cが何かの決済資金に困っており,市場で売却すれば入金までに時間がかかり間に合わないという事情等を加味すると,Cが市場価格の5割で売買することに応じたからといって,本件株券が盗難にあったものであることを知らないことについて重大な過失があるとはいえない。

ウ 被告は,取引株券を購入した際,契約書等を作成せず,代金の領収書の交付も受けていないが,現金と株券との引換えの取引であることから契約書等は必要とせず,代金の領収書も被告及びCの共通の知人であるDが立ち会っていたことから必要と考えなかったにすぎない。

エ 株券の所持人は適法な所持人と推定されるし,株式の取引上,すべての株券の名義が書き換えられているわけではないから,C名義でない株券を取得したからといって,当該株券がCのものであることを知らなかったことについて重大な過失があることをうかがわせる事情ではない。

オ 株券の所持人が権利者と推定されている株式(株券)の取引の場合,売主がだれであるかは,買主の関心外であって,その上,旧知のDが立ち会っているのであるから,売主の素性について調査しなかったことも問題ではない。

3  主要な争点

被告が本件株券等を買い受けた際,Cが本件株券の所有者でないことについての悪意・重過失の有無

第3理由

1  証拠(甲1の1ないし6,甲2の1ないし4,甲3,甲4,甲5の1,甲6の1,甲8の1ないし3,甲10の1ないし3,甲12の1ないし3)及び弁論の全趣旨によると請求原因アの事実を認めることができる。同イの事実は当事者間に争いがない。同ウの事実は被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

2  抗弁及び再抗弁について

(1)  証拠(甲1ないし甲15(いずれも枝番のあるものは枝番を含む。),乙1ないし3,証人D)及び弁論の全趣旨によると次の事実を認めることができる(この認定に反する被告の供述は採用できない。)。

ア 原告らは,本件株券を肩書地の自宅に保管していたが,平成12年4月19日,午前9時から同日午後2時までの間に,これらを盗まれた。

イ Dは,京都市左京区所在のE寺の副住職であるとともに,東京にあるFなる会社にも資金提供をしており,同社の役員であるCを知っており,また,被告とは,以前の美術品取引の関係で知り合っていた。

ウ Dは,平成12年6月5日ころ,Cから早急に株券を担保に市場価格の6割5分ないし7割を融資をしてくれる人を紹介してほしい旨の依頼を受け,被告に打診したが,被告はその話に応じなかった。なお,Dは,Cから担保に供する株券のリストを受け取っていたが,そのリストにはおおむね取引株券があげられており,また,その市場価格が約2700万円であることも示されていた。

エ Dは,同月9日,Cからその日のうちに売却できるのであれば,融資ではなく,売却でもよいとして,買主の紹介を依頼された。そこで,Dは,同日朝,この話を被告に持ちかけたところ,被告がこれを承諾したので,同日夕方に東京においてその株券の取引を行うこととなった。

オ 被告は,Cの希望する市場価格の6割5分ないし7割ではなく,市場価格の約5割で買い受けること,当日は代金のうち1000万円のみを交付して取引株券の交付を受けることを企て,Gから融資を受けた900万円と手持の100万円のみを持参してGとともに取引場所とされた東京のホテルに赴いた。

カ 同日夜,上記ホテルにC,被告,D等が集って取引の話がされたが,被告は,1000万円を用意している旨,代金を市場価格の5割とすることを求めた。Cは,話が違うなどの多少文句を言ったものの,被告の提案に応じ,取引株券を被告に交付し,現金1000万円の交付を受けた。しかし,残代金額の確認や,契約書等残代金が未払であることを明らかにするための書面,1000万円の領収書は作成されず,また,残代金の支払確保のための方法も何ら講じられなかった。また,Cに被告の住所その他の連絡先も知らされなかったし,被告も,この間,DにCの素性等を確認したこともない。

キ 本件株券は,すべて最終名義人が原告ら名義の記名株券であり,その他の取引株券もC以外の第三者名義のものであった。

(2)  以上認定の事実によると,抗弁事実を認めることができる。

原告は,被告とC間の取引株券の売買契約は完了していないか,解除されている旨主張する。しかし,売買代金の一部が未払であるからといって,被告が売買契約に基づいて本件株券を取得したことに変わりはなく,その売買契約が解除されていることを認めるに足りる証拠はない。

(3)  そこで,上記認定事実に基づき再抗弁について判断する。

取引株券は,すべて上場会社の株式に係る株券であって,証券会社を通じて市場価格で売却することが容易なものであり,これを担保に市場価格の6割5分ないし7割の融資を受けることも困難ではなく,証券会社を通じて市場で売却する場合には,売却代金の入手までに時間を要するとしても,これを担保に融資を受けることには時間を要せず,これらのことを被告も知っていた(証人D,被告,弁論の全趣旨。これに反する被告の供述は採用しない。)。

ところが,被告は,取引株券を市場価格の約5割で,しかも,そのうちの1000万円のみを交付するとの約定で買い受けようとし,Cはそれに応じている。そして,Cが,実際に決済資金を早急に必要とするために,取引株券の買取りを求めていたのであるとすると,Cの希望していた市場価格の約6割5分(市場価格が約2700万円として約1755万円)を大きく下回る市場価格の約5割,しかもうち1000万円のみの支払を受けるという約定で売却したのでは,予定していた決済資金に不足が生じることは明らかであって,容易にそのような約定で売却するとは思われない。それにもかかわらず,Cは,被告から市場価格の約5割で,しかも当日の支払はその一部である1000万円とするとの提案にさほどの抵抗もなく応じている。これらは,Cが正規に所持している株券を早急に資金を要するために売却するという話が疑わしく,通常の取引方法によっては現金化できない株券を処分しようとしたものと疑わせる事情であって,そのことは,被告にも容易に理解することができたと思われる。

このことに,被告は,Cとは全く面識もなかったのに,その素性等についてDに確認していないこと,本件株券はすべて原告ら名義の記名株券であるのに,Cにその事情を確認していないこと,Cは,初対面の被告との取引であって,しかも,代金のうち1000万円の支払を受けただけであるのに,残金の確認,その支払確保のための方策も講じることがないまま取引株券を交付していること等の事情を併せると,被告としては,Cが本件株券の正当な所持人ではないことを知りながら,それにつけ込んで,取引株券を安価に取得しようとしたか,少なくとも,少しの注意を払えばそのことを知り得べきであったのに,対象株券を安価に入手できることにひかれ,そのような注意を怠ったもので,Cが本件株券の正当な所持人でないことを知らなかったことについて重過失があったというべきである(なお,上記事情に,Cが被告に対して残金の支払を求めていないこと(被告,弁論の全趣旨)を併せると,Cは,本件株券が盗まれたものであることを知っていたか,これを知らないことについて重過失があるので,本件株券の所有権を取得しておらず,しかもC自身そのことを知っていたと推認することができる。)。

第4結論

以上によると原告らの請求は,いずれも理由があるのでこれを認容し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,仮執行宣言について同法259条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判官 水上敏)

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