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京都地方裁判所 平成12年(ワ)2772号 判決 2001年10月10日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は原告に対し,金1500万円及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで年6分の割合による金員及び平成12年から平成21年まで各年12月31日限り毎年金150万円の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

第2事案の概要

1  争いのない事実等

(1)  被告は生命保険事業を目的とする相互会社である。

原告の夫であるAは,平成11年3月1日,Aが死亡した場合,受取人である原告に対し,死亡時に1500万円(内訳:主契約分60万円,定期保険特約分1240万円,特定疾病保障定期保険特約分100万円,重度障害保障定期保険特約分100万円)を,契約日から10年間,収入保障特約に基づき年金年額150万円を支払うとの内容の生命保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

本件保険契約に適用される終身保険普通保険約款(以下「主約款」という。)19条は,告知義務について,「当会社が,保険契約の締結・・・※の際,所定の書面で告知を求めた事項について,保険契約者または被保険者・・・※は,その書面で告知してください。ただし,当会社の指定する医師が口頭で質問した事項については,その医師に口頭で告知してください。」と規定し,20条は,告知義務違反による解除について,「①保険契約者または被保険者が,故意または重大な過失によって,告知(第19条)の際に事実を告げなかったかまたは事実でないことを告げた場合には,当会社は,将来に向って保険契約・・・※を解除することができます。

② 当会社は,保険金の支払事由・・・※が発生した後においても,第1項の規定により保険契約を解除することができます。この場合には,保険金の支払い・・・※をしません。・・・※ただし,保険契約者,被保険者または死亡保険金受取人が,保険金の支払事由・・・※の発生が解除の原因となった事実に基づかないことを証明したときには,保険金を支払い・・・※ます。③本条の規定による保険契約の解除は,保険契約者に対する通知によって行ないます。ただし,・・・※正当な理由によって保険契約者に通知できないときには,被保険者または死亡保険金受取人に通知します。」と規定し,21条は,保険契約を解除することができない場合について,「1.当会社が,保険契約の締結・・・※の際,解除の原因となる事実を知っていたとき,または過失によって知らなかったとき」と規定している。定期保険特約条項12条1項は,「この特約に関する告知義務および告知義務違反による解除については,主約款の告知義務および告知義務違反による解除の規定を準用します。」と定め,特定疾病保障定期保険特約条項12条1項,重度障害保障定期保険特約条項12条1項,収入保障特約条項15条1項も同様に定めている(以上につき乙1)。

(2)  Aは,本件保険契約に先立つ平成9年10月8日に勤務先の京新産業で実施された健康診断(以下「健康診断1」という。)で,「尿要再検」「脂質代謝要精検」との指摘を受け(乙2の1),平成10年10月19日実施された健康診断(以下「健康診断2」という。)では,「脂質代謝要精検」の指摘を受けた(乙2の2)。

(3)  Aは,平成11年2月25日付告知書(乙3。以下「本件告知書」という。)において,「過去2年以内に健康診断・人間ドックをうけて,下記の臓器や検査の異常(要再検査・要精密検査・要治療を含みます)を指摘されたことがありますか」との質問(「下記の臓器や検査」には,尿検査,血液検査を含む。)に対し,「いいえ」に丸をつけている。

(4)  Aは,平成11年3月12日,急性心肺不全により死亡した。

(5)  原告は被告に対し,保険金の請求をしたが,被告は,平成11年6月15日付書面で,(2)記載の指摘(以下「本件事実」という。)をAが告知しなかったことを告知義務違反であるとして,本件保険契約を解除する旨の意思表示をした。

2  請求の概要

原告は,本件保険契約に基づき,死亡保険金1500万円及びこれに対する平成11年4月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,収入保障特約に基づき平成12年から平成21年まで毎年12月31日限り150万円の年金の支払を請求。

3  争点

(1)  本件事実は,商法678条1項にいう「重要なる事実」に該当するか。

(2)  (1)が肯定されたとして,Aは本件事実の不告知について故意又は重過失があるか。

(3)  Aの死亡が解除の原因になった事実に基づかないといえるか。

(4)  被告は,本件事実を知り,又は過失によって知らなかったか。

第3争点に関する当事者の主張

1  争点(1)(本件事実は,商法678条1項にいう「重要なる事実」に該当するか。)

【被告の主張】

(1) ここでいう「重要なる事実」とは,危険測定に必要な事実であり,保険者がその事実を知ったならば,保険契約の締結を拒絶したか,少なくとも同一条件では契約を締結しなかったであろうと客観的に認められる事実をいう。そして,告知は,主約款19条に従い告知書という書面で求められているが,保険会社が査定に必要な事項を告知書で問うているわけであるから,告知書に掲げられた事項は重要な事項と一応推定される。

(2) Aは,高脂血症の疑いがあった。すなわち,総コレステロールは200mg/dl未満,中性脂肪は150mg/dl未満が正常値とされているが,これをAについてみると,健康診断1においては総コレステロール値は264mg/dl,中性脂肪は665mg/dl,健康診断2においては,総コレステロール値は280mg/dl,中性脂肪569mg/dlであり,いずれも異常値を示していた。

高脂血症は,高血圧及び喫煙と並んで,動脈硬化を促進させる三大危険因子の1つであり,虚血性心疾患(急性心筋梗塞や狭心症等),脳梗塞及び閉塞性動脈硬化症等に関与していると考えられているから,脂質代謝値が異常値を示したことにより要精検の指摘を受けていた事実が「重要なる事実」に当たることは明らかである。

(3) 原告は,虚血性心疾患を含む特定疾病については,これで死亡することが多いためにこの危険に備えるために特約がもうけられているのであって,本件事実を「重要なる事実」として解除を許容するのは本末転倒である旨主張する。

しかし,生命保険としての特質上,特定疾病保障定期保険特約の付加にあたっても危険選択がされるべきことは当然であり,特定疾病保障定期保険特約条項12条1項に告知義務および告知義務違反による解除については,主約款の告知義務および告知義務違反による解除の規定を準用する旨記載されているのは上記のとおりである。

【原告の主張】

(1) 本件の死因は「急性心肺不全」であり,そもそも「心不全」とは,さまざまな疾患によって起こる心拍出量の低下とそれに対する代償に伴う異常,さらに原因となる疾患の症状によりなる症候群である。京都第二赤十字病院からの資料中に存在する労働基準監督署への意見には,「突然死」すなわち原因不明といわざるを得ない旨の記載があり,原告がした労働災害申請は,死亡原因が不明であることを理由に京都労働基準監督署により却下されている。生命保険は,このような危険の場合にこそ備えるものである。

(2) 一方,本件事実は,脂質代謝が高いことによる要精検の事実である。

Aの死亡原因が不明である以上,Aの死亡と因果関係がある事実とはいえず,重大な影響を及ぼす事実とは到底いえず,告知義務違反の対象となる事実に該当しない。

本件では,Aは,健康診断において,心電図も血圧も正常範囲である。

(3) 本件保険契約においては,特定疾病保障定期保険特約が存在する。特定疾病とは,悪性新生物(ガン),虚血性心疾患,脳血管疾患であり,この3つは,成人の死亡原因の主要な部分を占めるものである。

本件の死因である急性心肺不全は,死因が特定できない場合に死因として記載されることが多いが,あえて原因疾患を挙げるとすれば,虚血性心疾患が多く含まれている。

虚血性心疾患を含む特定疾病については,これで死亡することが多いためにこの危険に備えるために特約がもうけられているのであって,本件事実を「重要なる事実」として解除を許容するのは本末転倒である。

2  争点(2)((1)が肯定されたとして,Aは本件事実の不告知について故意又は重過失があるか。)

【被告の主張】

(1) Aは毎年10月に健康診断を受け,その結果である本件事実を認識していたといえる。

(2) そうすると,Aには,本件事実の不告知について,すくなくとも重過失があったといえる(本件告知書の上部には「●この書面による告知は,生命保険のご契約をお引き受けするかどうかを決める重要な事項です。●必ず被保険者ご本人が,ありのままを正確にもれなくご記入ください。●もしこれらの事項について事実をご記入にならなかったり,ご記入いただいた内容が事実と違っていた場合には,主契約や特約が解除されたり,保険金や給付金などの支払いを受けられないことがあります。」と記載して説明しているし,通常は面接士からも説明している。)。

【原告の主張】

(1) Aは,健康診断の結果について,原告に「太ったな」としか述べていない。また,本件保険契約以前に日本生命と契約していた生命保険の更新の際にも,何らの指摘も受けておらず,健康診断の結果についても,会社から一片の検診票を渡されるのみであるから,およそ重過失も存在しないものである。

(2) 高脂血症には自覚症状もない(乙7)。

3  争点(3)(Aの死亡が解除の原因になった事実に基づかないといえるか。)

【原告の主張】

Aの死亡原因が不明である以上,本件事実とAの死亡に因果関係はない。

【被告の主張】

(1) 因果関係の不存在の立証責任は原告にある。

(2) 高脂血症は,高血圧,喫煙と並んで動脈硬化を促進させる危険因子の1つであり,本件事実とAの死亡の間には因果関係の存在が強く推認される。

4  争点(4)(被告は,本件事実を知り,又は過失によって知らなかったか。)

【原告の主張】

(1) Aは,勤務先で健康診断を受けていたが,検診票が手元にない旨,担当外交員に述べている。被告は,同健康診断を知りながら,その入手が容易であるにもかかわらず,面接士の面談のみ行っており,この点に過失がある。

(2) 実際,Aの死亡後,被告はその勤務先に問い合わせ,容易に検診票(乙2の1,2)を入手している。

【被告の主張】

(1) 保険加入時の診査は,当該契約の保険金額に応じて,保険会社によって定められた方法により行われるところ,本件保険契約の保険加入時の審査は,「生命保険面接士扱」「診査医扱」「健康管理証明書扱」のいずれの方法によってもなし得たのであり,本件では生命保険面接士扱による審査が行われたが,正規の方法であり,内容に不備もない。

(2) 乙2の1,2は主約款3条3項の「事実の確認」を根拠とするものであり,本件保険契約成立前に被告がこれらの検診票を容易に入手できたとはいえない。

第4争点に対する判断

1  争点(1)(本件事実は,商法678条1項にいう「重要なる事実」に該当するか。)

(1)  保険契約は射倖契約であり,保険事故が発生した場合相対的に多額の給付がされるものであるから,条件成就の蓋然性が保険者の契約締結の重要な動機であるとともに,これに影響する事実が隠蔽されれば合理的な保険料の算定ができず保険制度の運営が阻害されることから,「重要なる事実」について告知義務が課されるものである。そうすると,ここでいう「重要なる事実」は,条件成就の蓋然性すなわち危険測定に必要な事実であり,保険者がその事実を知ったならば,保険契約の締結を拒絶したか,少なくとも当該保険料では契約を締結しなかったであろうと客観的に認められる事実をいうものと解される。

(2)  「脂質代謝要再検」「脂質代謝要精検」の具体的内容は,高脂血症の疑いがあったことによるものと解される。Aは,健康診断1においては総コレステロール値は264mg/dl,中性脂肪は665mg/dl,健康診断2においては,総コレステロール値は280mg/dl,中性脂肪569mg/dlであり(乙2の1・2),総コレステロールは200mg/dl未満,中性脂肪は150mg/dl未満が正常値であり,総コレステロールの境界域は200~219mg/dlとされていることからすると(乙7),総コレステロール値は境界域を超えており,中性脂肪に至っては正常値の数倍であり,高トリグリセライド血症の疑いが極めて強い。

高脂血症は,高血圧及び喫煙と並んで,動脈硬化を促進させる三大危険因子の1つであり,合併症としては虚血性心疾患(急性心筋梗塞や狭心症等),脳梗塞,一過性脳虚血発作,末梢動脈閉塞症,急性膵炎などがある(乙7)のであるから,これがAの死亡についての危険測定に必要な事実であることは明らかである。

(3)  原告は,虚血性心疾患を含む特定疾病については,これで死亡することが多いためにこの危険に備えるために特約がもうけられているのであって,本件事実を「重要なる事実」として解除を許容するのは本末転倒である旨主張する。

しかし,特定疾病保障定期保険特約の付加についても,上記(1)の制度趣旨は妥当し,虚血性心疾患及びこれによる死亡の蓋然性を高める事実の有無は重要な意味をもち,特定疾病保障定期保険特約条項12条1項に告知義務及び告知義務違反による解除については,主約款の告知義務および告知義務違反による解除の規定を準用する旨記載されているところである。

2  争点(2)((1)が肯定されたとして,Aは本件事実の不告知について故意又は重過失があるか。)

(1)  本件健康診断1,2の検診票には,「総合判定 医師の指示」欄に,ゴム印で明確に「減量をすすめます。 尿要再検 脂質代謝要精検」(本件健康診断1),「減量をすすめます。 脂質代謝要精検」(本件健康診断2)と記されている。

(2)  本件告知書の左上部には,ゴチック体で「●この書面による告知は,生命保険のご契約をお引き受けするかどうかを決める重要な事項です。●必ず被保険者ご本人が,ありのままを正確にもれなくご記入ください。●もしこれらの事項について事実をご記入にならなかったり,ご記入いただいた内容が事実と違っていた場合には,主契約や特約が解除されたり,保険金や給付金などの支払いを受けられないことがあります。」と明示され,そのすぐ右下には被保険者であるAの署名押印欄がある。

(3)  (1)により重要な事実の客観的存在についての悪意は推認され(Aが原告に「太ったな」と述べていたこと〔原告本人〕は,単に体重だけでなく「総合判定医師の指示」欄も見ていたことをうかがわせる。),仮にAがそれが重要な事実に当たらないと思っていたとしても,(2)により重過失があるというよりほかはない。

3  争点(3)(Aの死亡が解除の原因になった事実に基づかないといえるか。)原告は,Aの死亡原因が不明である以上,本件事実とAの死亡に因果関係はない旨主張するが,因果関係の不存在は保険契約者側の主張立証責任に属するところ(大判大正5年12月11日民録22輯2409頁),原告は因果関係の不明を主張するだけで因果関係の不存在の主張立証をしないから,採用できない。

4  争点(4)(被告は,本件事実を知り,又は過失によって知らなかったか。)

(1)  原告は,Aが本件健康診断1,2の検診票が手元にない旨,担当外交員に述べているのに,被告がその入手が容易であるにもかかわらず,面接士の面談のみ行っており,この点に過失がある旨主張する。

(2)  しかし,Aが担当外交員に検診票が手元にないことを告げていたことを裏付けるに足りる十分な証拠はなく,また,かような事実があったとしても,告知書によって告知を求める方法によることも主約款19条により認められているところである。

また,弁論の全趣旨によれば,被告は乙2の1,2を主約款3条3項の「事実の確認」を根拠として,原告の保険金請求に際して入手したものと認められ,本件保険契約成立前に被告がこれらの検診票を容易に入手できたと認めるに足りる証拠はない。

5  結論

よって,原告の請求は理由がないので棄却することとする。

(裁判官 本吉弘行)

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