京都地方裁判所 平成12年(ワ)3085号 判決 2001年11月16日
主文
1 被告らは原告に対し,各自金400万円及びこれに対する平成12年11月28日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え
2 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは原告に対し,各自金3416万円及びこれに対する平成12年11月28日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 前提事実〔争いがない〕
(1) 当事者
ア 被告丸三証券株式会社(以下「被告会社」という)は,大蔵大臣の免許を受け,主として有価証券の売買及び有価証券の売買の媒介等のいわゆる証券業を目的とする株式会社であり,被告A(以下「被告A」という)は,被告会社に雇用され,平成11年当時,京都支店営業1課主任の職にあった者である。
イ 原告は,平成4年12月14日ころから被告会社の媒介により株式取引をしていた被告会社の顧客である。もっとも,株式の選定,売買の判断,被告従業員との折衝等は,すべて,原告の授権を受けて原告の妻である訴外B(以下「B」という)が代理人として原告の名義で行っており,Bの行為に基づく法的効果はすべて原告に帰属する。
(2) 本件ビーアイジー株の取引について
ア 平成11年12月17日午前8時ころ,被告AはBの携帯電話に架電し,当日店頭公開になる移動体通信販売代理店業を営む株式会社ビーアイジーグループ(以下「ビーアイジー」という)の株式の買付を勧めた。
イ Bは,同日,ビーアイジー株1株(以下「本件ビーアイジー株」という)を3500万円で買い付けた。
ウ ビーアイジーの株価は,次の取引日である同年12月20日には200万円のストップ高をつけたが,その翌日の同月21日から7取引日連続でストップ安をつけ,その後も下落基調を続けた。平成12年11月9日時点の取引価格は84万円である(なお,原告が購入した後,ビーアイジーの株式は分割されたので,これは,同日における2株分の価格である)。
以上のとおり,原告は,本件ビーアイジー株の取引により,平成12年11月9日現在で,3416万円の損失を被った。
2 当事者の主張
(1) 原告
ア 被告Aは,Bに対し,「今日,絶対倍になるのが上場します。ビーアイジーという会社の株で,今まで損させた分を一気に取り返せます。」「手持ちの株をすべて売れば(資金は)何とかなります。」等と言い,Bが手持ちの株式を売却することに難色を示すと,更に「4日間だけ時間を下さい。4日間連続でストップ高を付けるのは間違いないので,それだけで800万円は絶対に抜けます。」等と述べ,断定的判断を提供してビーアイジー株の買付を勧誘した。
これは,平成12年法律第96号による改正前の証券取引法50条1項1号が禁止する違法な勧誘行為に当たり,不法行為に該当するから,被告Aは,民法709条に基づき,原告が被った損害を賠償する責任がある。
イ 被告Aは,被告会社の営業1課主任としての職務を執行するにつき,不法行為を行って原告に損害を行ったものであり,被告会社は民法715条1項に基づき,被告Aが原告に与えた損害を賠償する責任がある。
(2) 被告ら
被告Aが原告に対し,ビーアイジー株の買付を勧誘するに当たり,断定的判断を提供した事実はない。原告が,本件ビーアイジー株の買付を決断した経緯は,次のとおりである。
ア 平成11年12月17日午前8時ころ,被告AはBの携帯電話に架電した。Bが自動車の運転中であったので,被告AはBに対し,昨今好調な携帯電話販売会社で,業績がよいビーアイジーという会社があるが,その株式が本日新規公開になること,初値が1株3000万円ないし4000万円程度になると予測されていることを手短に伝え,その買付を勧誘した。Bは,資金がないことを理由に,これを断った。被告Aは,Bが運転中であることに配慮して,それ以上の説明をせず,電話を切った。
イ その約40分後,被告Aは,再びBの携帯電話に架電し,先に店頭公開した類似業種の株式会社エムティーアイ(以下「エムティーアイ」という)の株式は,上場初値が3000万円であったが,今では9350万円まで値上がりしており,ビーアイジー株も同様の値動きが期待できること,ビーアイジーはPER(株価収益率)においても,直近の売上及び利益の伸び率においてもエムティーアイを上回っているから,3000万円ないし4000万円は初値予想値としては妥当な数値と思われること等を説明し,買付資金については原告の手持ちの株式を処分して,その代金をこれに充ててはどうかと提案した。
ウ これを聞いたBは,被告会社で保管中の株式の売却代金約2000万円と他で調達する資金でビーアイジー株1株を買い付けることを決めた。被告Aが,具体的な注文額をいくらにするかBに尋ねたところ,Bは「4000万円までは出したくない。」と答えた。被告Aが「3700万円まで出されたら如何でしょうか。」と提案したところ,Bは「そうして下さい。」と言い,3700万円を上限とする買い注文を出した。
3 争点
(1) 被告AがBに対してした本件ビーアイジー株の買付の勧誘行為(以下「本件勧誘行為」という)が,断定的判断を提供した勧誘として違法であるか。
(2) 本件勧誘行為が違法である場合,これによって原告が被った損害額。
第3当裁判所の判断
1 証拠(乙1,4,5,8,16,証人B)及び弁論の全趣旨によると,本件ビーアイジー株の買付に至るまでの経緯として,次の事実が認められる。
(1) Bは,原告とともに,花屋及び喫茶店を経営している。
(2) Bが最初に株式の取引を始めたのは平成2,3年ころであり,西村証券株式会社(以下「西村証券」という)を通じての取引であった。西村証券を通じては,当初3種類の株式を購入したが,その後ほとんど売買をしていない。Bは,平成11年の秋ころから訴外メリルリンチ日本証券株式会社(以下「メリルリンチ」という)を通じても証券取引を始めた。もっとも,メリルリンチを通じた取引は,被告Aから勧められた富士通サポートアンドサービスの株式を購入し,売却したのみである。
(3) Bは,平成4年12月ころ,知人の紹介で,被告会社の従業員である訴外C(以下「C」という)と会い,勧誘を受け,同月14日,被告会社に対し,原告の名義で取引口座の開設を申し込んだ。更にBは,平成5年11月24日,被告会社に対し,原告の名義で,外国証券取引口座の設定を申し込んだ。
(4) Bが被告会社を通じて原告の名義でした取引は,当初は投資信託が中心であり,平成8年ころからは株式の取引が中心となったが,その取引は決して活発ではなく,新たな買付は1年に10件に満たず,とりわけ平成8年7月にベルーナの株式を買い付けた後は,その後約3年近く,新たな買付をしなかった。
(5) 平成10年8月1日,Cの転勤に伴い,被告Aが原告の担当となった。平成11年に入り,情報通信関連株式の価格の上昇が顕著になってきたことから,被告AはBに対し,現在保有している株式や投資信託を情報通信関連の銘柄に買い換えること等を提案したところ,Bはこれを了承した。そして,被告Aの勧めにしたがって,同年5月27日,野村業績向上オープンを解約して,情報通信関連株式を中心に運用している大和アクティブ日本株オープンを買い付け,同年6月4日には,桑山貴金属及びベルーナの株式を売却して,任天堂の株式200株(代金291万8000円)を買い付け,同月21日にもNTTの株式を売却して任天堂の株式200株(318万円)を買い付けた。そして同月22日に任天堂の上記株式400株を売却して約89万円の利益を出した。
(6) これによって,Bは,被告Aのアドバイスに対する信頼を強めた。その後,被告AはBに対し,情報通信関連銘柄の取引をしばしば勧めるようになったが,Bは,これにほとんどこれに従った。その後,本件ビーアイジー株の買付までの間に,Bが買い付けたのは,次のとおりである(括弧内は買付代金額)。
ア 平成11年6月
①日本無線5000株(575万円),②大和アクティブ日本株オープン100口(104万5400円)
イ 同年7月
①ニチイ学館500株(649万円),②任天堂400株(662万円),③ニッセイ日本株オープン(500万円)
ウ 同年8月
①トレンドマイクロ500株(1100万円),②エニックス600株(523万2000円),③アスキー1000株(118万円)
エ 同年9月
①関東医学研究所4000株(700万円),②CSK・エレクトロニクス1000株(84万円),③富士通サポートアンドサービス300株(945万円),④同300株(966万円),⑤ニチイ学館500株(890万円),⑥日興小型成長株オープン(120万円),⑦シチズン電子1000株(936万円)
オ 同年10月
①マスターネット1株(1090万円),②ピー・シー・エー1000株(620万円),③ピー・シー・エー1000株(670万円),④マスターネット1株
(1540万円)
カ 同年11月
①トレンドマイクロ500株(1130万円),②JF・Eーフロンティアオープン(750万円)
キ 同年12月
①マスターネット1株(1290万円)
(7) Bは,これらの金融商品を短期で売却して利ざやを稼いだ(本件ビーアイジー株の買付時点で残っていたのは,投資信託及び累積投資を除くと,トレンドマイクロ500株とマスターネット1株だけであった)。そして,その一連の取引において,同年10月7日に売却した富士通サポートアンドサービス株で約23万円,12月10日に売却したピーシーエー株で約248万円の各損失を出した以外には,すべて利益を計上しており,その利益の総額は1000万円を超えた。
(8) 被告Aを厚く信用したBは,平成11年7月に友人のDを,同年10月にはDの子供であるE及びFを,同年11月には友人のGをそれぞれ被告Aに紹介し,同人らも,Bの勧めによって被告会社との取引を始めた。Bは,上記のとおり頻繁な株取引をするようになったころから,日本経済新聞を購読し,株式相場の動向等の記事を読むようになった。また,自宅近所の喫茶店で出会う知人で株取引をしている者と株の話をしたり,娘にパソコンを操作して貰ってインターネットで株の情報を見ることもあった。
2 証拠(甲1の1,2,甲6,乙8,9,16,証人B,被告A本人)及び弁論の全趣旨によると,本件ビーアイジー株買付に関し,次の事実が認められる。
(1) 平成11年12月17日午前8時ないし9時ころ,被告Aは,Bの携帯電話に架電し,当日店頭公開されるビーアイジー株の買付を勧誘し,初値予想値が3000万円ないし4000万円である旨及びその値上がりが確実に予想できる旨を告げた。「資金がない」あるいは「近々予定されている土地の購入のために資金を確保しておく必要がある」等として渋るBに対し,被告Aは,被告会社が預かっているトレンドマイクロ500株及びマスターネット1株並びにBがB名義でメリルリンチに預けてある富士通サポートアンドサービス株を売却すれば資金の大半の手当ができる旨,ビーアイジー株は短期間で利食いができる旨説明して説得し,更に,上場まで1時間しかない旨告げてBの決断を迫った。その結果,Bは,その買付の決断をした。
(2) 被告Aは,そのころ,顧客名を原告,銘柄をビーアイジー,受注時刻を同日午前10時28分,注文単価を3700万円,買株数を1株とする「株式委託買付注文伝票」を作成した。そして,同日11時過ぎ,3500万円で取引が成立した。
(3) Bは,同日,被告会社に預けてあったマスターネット株及びトレンドマイクロ株を売却し(その受渡金額は,合計で2136万9333円),メリルリンチに預けてあった上記富士通サポートアンドサービス株を売却した代金(受渡金額は968万3561円)に手持ちの現金を足して1381万4551円を入金して,ビーアイジー株の買付代金を決済した。
(4) 被告Aがビーアイジー株が値上がりすると予想したのは,ビーアイジーと同種の携帯電話販売業を営むエムティーアイが,平成11年10月1日の新規公開の初値が3000万円であったのが,その後ほぼ一本調子で値を上げ,同年12月14日には9750万円をつけていたこと,ビーアイジーは,エムティーアイよりも株価収益率が高く,直近の売上,利益の伸び率もエムティーアイを上回っていたことが根拠であった。
3 これに対し,被告A本人の供述中には,被告AはBに対し,初値が3000万円であったのにその後9000万円台まで値上がりしたエムティーアイ株と同様の値動きをビーアイジー株についても期待できるのではないかと説明しただけであって,ビーアイジー株の値上がり予想について断定的な表現をしていないとの部分がある。
しかしながら,ビーアイジー株の買付は,Bがそれまでに経験したことのない大きな金額の取引であること,保有していた3種類の株式を売却までしてビーアイジー株1株を買い付けるのであるから,それまで分散されていた危険を集中させる結果になること,ビーアイジーは株式の新規公開会社であって,Bは,被告Aから本件ビーアイジー株買付の勧誘を受けるまで,ビーアイジーの商号,業務内容,経営状態等についての知識を全く持っていなかったこと〔甲3(10頁)のBの発言内容〕,Bは,3000万円を超える高額の株式の取得を被告Aからの電話による,しかもさほど長時間を要したとは考えられない説明だけで決断したこと等の諸事情に加え,Bは,被告Aから取引を勧められると,被告Aに対し,「大丈夫なの,絶対大丈夫なの」等と口癖のように質問していたこと(乙16,被告A本人)等を併せ考えると,被告Aが,「絶対」ないしそれに類する断定的な表現を伴う値上がり予想を告げて説得しない限り,Bがビーアイジー株を買い付ける決断をしたとは考えがたいというべきである。また,証拠(甲3,証人B)及び弁論の全趣旨によると,ビーアイジーの株価が急落して損失を被ったことにより,その責任が被告らにあるのではないかと考えたBは,弁護士に相談し,そのアドバイスを得て,平成12年1月12日,被告会社京都支店で被告Aらと面談し,被告Aが本件勧誘行為の際に断定的判断を提供したことを厳しく責めて,その責任を追及し,被告Aらの了解を得た上,その模様をテープ録音した(以下「本件交渉」という)が,その際,被告Aは,断定的判断を提供したことについて,これを明確に否定せず,曖昧な対応に終始した事実が認められ,これらの事情を考慮すると,被告Aの上記供述部分は採用することができない。(被告らは,本件交渉時,被告Aが,顧客との対立を回避するために曖昧な返事をした旨主張し,被告Aの供述中にもその主張に沿う部分があるが,その交渉内容から,被告Aは,将来訴訟に発展しかねないこと,その場合,その録音テープが証拠に利用される可能性があることを認識していたと推認されるから,被告らの上記主張に直ちには賛成できない。)
その他,被告Aの供述及び陳述書(乙16)の記載中,上記認定に抵触する部分は,前掲各証拠に照らして採用できない。
4 違法性についての検討
証券取引に関する法令の規制に反した勧誘行為が私法上も違法になるためには,その勧誘行為が社会通念上一般に許された範囲を超えていること,すなわち社会的相当性を逸脱していることを要すると解するべきである。
(2) 法が,証券会社の従業員に「断定的判断の提供による勧誘」を禁止した趣旨は,そのような勧誘行為が投資の有利性,危険性に対する投資者の判断を誤らせる点にあると解せられる。したがって,ある勧誘行為が「断定的判断の提供による勧誘」として社会的相当性を逸脱するか否かは,具体的な勧誘文言のみならず,その取引の種類,顧客の能力,知識,経験,その他一切の事情を総合的に判断して,その勧誘行為が顧客の投資に関する判断を誤らせるおそれがあったか否かによって決するべきである。
(3) 本件においてこれをみるに
ア 本件ビーアイジー株の買付は株式の現物取引であり,その仕組みの理解は容易であって,Bも,その取引経験に照らし,これを理解していたものと推認できる。本件勧誘行為がなされた当時,Bは,被告Aのアドバイスを厚く信頼していたが,被告Aの勧めにしたがった結果損失を被った取引もあったから,被告Aの予想が100パーセント的中すると信じていたわけでもない。また,被告Aがビーアイジー株の値上がりを予想した根拠は,2の(4)のとおりであって,当時の判断としては合理性がないものではない。
イ しかし,Bは,平成11年4月以前は,さほど活発な投資家ではなかったというべきであり,同年5月以降は,被告Aの勧めに従って活発な取引を行うようになったが,それは自らの投資判断に基づくというよりも,被告Aのアドバイスを信頼して,その勧めに従った投資行動をとっていたにすぎないもので,これによって,Bの投資家としての知識や能力が高まったともいえない(日本経済新聞,喫茶店で知り合った友人,インターネット等から得た知識も,Bの投資行動にさほどの影響を与えた形跡がない。被告らは,被告Aが富士通サポートアンドサービス株の買付を勧めたとき,Bがこれを一旦は断り,その翌日考えを改めて買い付けたから,被告Aの勧めに盲従することなく,自らの判断で投資決定をしていた旨主張するが,被告Aの勧めに従うことに躊躇を示したことが一回あったとしても,全体的な評価には影響を与えないというべきである。)。Bは,基本的に被告Aに依存して投資行動をとっていたというべきである(被告Aから取引を勧められたBが,被告Aに対し,「大丈夫なの,絶対大丈夫なの」等と口癖のように質問していた事実は,Bが,被告Aがその取引を勧める根拠となる事実ではなく,被告Aの判断に依存していたことを窺わせる)から,被告Aが断定的判断を提供すれば,それがBの投資決定に与える影響は大きかったと言わなければならない。
ウ 以上に加え,前記のとおり,本件ビーアイジー株の買付が,Bがそれまでに経験したことのない大きな金額の取引であったこと,保有していた3種類の株式を売却してビーアイジー株1株を買い付けることにより,株価の変動の危険を集中させる結果になる取引であったこと,被告Aが,ビーアイジー株の新規公開の当日の朝にBに初めてその話をし,取引開始までの短時間に決断を迫ったこと等の諸事情に鑑みると,本件勧誘行為は,断定的判断の提供を伴い,且つ社会的相当性を逸脱しているものと評価するのが相当である。
エ よって,被告Aは民法709条により,被告会社は同法715条により,被告Aがした本件勧誘行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。
5 損害について
そこで,被告Aの本件勧誘行為と相当因果関係のある損害の範囲,金額について検討する。
(1) 被告Aの本件勧誘行為と因果関係のある損害の範囲
ア 原告は,本件ビーアイジー株の買付額3500万円と平成12年11月9日時点の取引価格84万円の差額3416万円が原告が被った損害である旨主張する。
イ そこで検討するに,証拠(乙7の2)及び弁論の全趣旨によると,前記のとおり,平成12年1月12日にBは本件交渉をしたが,その当日,ビーアイジー株の株価の終値は1500万円であったこと,しかし,原告は,その後もビーアイジー株を売却しないで保有を続けていることが認められる。
ウ 上記事実によれば,Bは,本件交渉時にまでには,弁護士のアドバイスも得て,被告Aの断定的判断の提供によって損害を被ったと認識していたのであるから,もはや被告Aの勧誘行為による影響を脱していたというべきであって,その時点で本件ビーアイジー株を売却することは容易であったというべきである。Bが,これを売却しないで保有を続けたのは,自らの自由な判断によって,今後ビーアイジー株が値を上げる可能性が高いと判断したからであるとしか考えられない。
そうであれば,被告Aの本件勧誘行為と相当因果関係があるのは,本件交渉当日までの値下がりによる損害(2000万円)に限られ,その後の値下がりによる損害は,本件勧誘行為とは相当因果関係がないと言うべきである。
(2) 過失相殺
前記のとおり,Bは,株式の現物取引の仕組みを理解していたのであって,証券マンがある株式の値動き予想について如何に断定的な表現をしようと,結局は不確定な要素を含んだ予測や見通しの域を出るものではなく,その予想が外れることがあり得ることを理解していたはずである。Bが,そのことを理解しながら,被告Aの勧めに従い続けたのは,被告Aの予想がよく的中したことから,その予想に従った取引をしておけば,時々は損失を被ることがあっても,トータルに見れば,結果的に利益を得る可能性が強いと考えたからであると推測できる。すなわち,Bは,自らが判断するのではなく,被告Aの判断に従い,しかも,被告Aに対し,それが不可能であることを理解しながら断定的判断の提供を求めて安心を得ていたのであって,このような証券投資家としてあるまじき姿勢が,被告Aの本件勧誘行為を招き,本件ビーアイジー株の買付による損失を招いたというべきである。
そうすると,民法722条2項に従い,損害賠償の額を定めるに当たって原告(代理人であるB)の上記過失を斟酌するべきである。そして,被告Aの本件勧誘行為が社会的相当性を逸脱している程度,内容,原告(代理人であるB)の過失の程度,内容,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,被告らに対し,原告が被った損害の2割を賠償させるのが相当である。
(3) よって,被告らが原告に賠償するべき額は,400万円となる。
(計算式) 20000000×0.2=4000000
2 以上の検討の結果によれば,原告の本訴請求は,被告らに対し,各自400万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成12年11月28日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であり,その余は失当である。
(裁判官 井戸謙一)