京都地方裁判所 平成12年(ワ)3413号 判決 2001年11月26日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は原告に対し,金1200万円及びこれに対する平成12年12月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
1 争いのない事実等
(1) 原告は肩書地に本店を置き,呉服販売業を営む株式会社である。
(2) A株式会社(本店 京都市a区b町c番地。以下「破産者」という。)は,平成12年1月31日,京都地方裁判所において破産宣告を受け,弁護士である被告が破産管財人に選任された。
(3) 被告は,平成12年4月26日付で,破産者の在庫商品についての内見会と売却の案内を以下のとおり行った(甲3,4の1・2)。
ア 内見会日時・場所
平成12年5月19日午後1時~4時
破産者本社内
イ 売却商品 7億2741万円相当の在庫商品
ウ 買受人の決定方法 買受申出書で最高額で買い受けを申し出た者について,裁判所の許可を得て売却
エ 売却条件
(ア) 最低売却価額 1億5000万円
(イ) 被告が送付する売却承認書を受領後2週間以内に被告の管財人預金口座に買受価格を送金する。
(ウ) 被告が管財人口座に送金があったことを確認後,買受人と協議して決めた日に破産者の本社で引き渡す。
(エ) 商品の荷積み,運送費用は買受人負担
(オ) 商品の引渡後は,数量不足,品質その他一切の瑕疵について被告は責任を負わず,返品も受け付けない。
(カ) 売却承認書受領後2週間以内に売却代金を被告の口座に送金しない場合は,売却代金の10パーセントの違約損害金を被告に支払う。
(4) 平成12年5月19日,破産者の本社で内見会が行われ(以下「本件内見会」という。),原告代表者はこれに出席した。
(5) 原告は,平成12年5月25日,被告に対し,本件商品を代金1億1000万円で買い受けることを申し出た。その申出書(甲5)には,「商品の引渡を受けた後は,その数量不足,品質その他一切の瑕疵について破産管財人が責任を負わないこと及び返品が出来ないことを承諾します。」との記載がある。
(6) 被告は,平成12年5月31日付で,京都地方裁判所に対し,本件商品を代金1億1000万円で原告に一括売却することの許可を求め,同年6月2日付で許可を得た上で(甲15),同日付で代金1億1000万円での売却承認をした。売却承認書(甲6)には,「商品の引渡後は,数量不足,品質その他一切の瑕疵について当職は責任を負わない。また,返品も受け付けない。」「本売却承認書受領後2週間以内に貴社が売却代金を当職の口座に送金されない場合は,貴社は売却代金の10パーセントの違約損害金を当職に支払う。」との記載がある。
(7) 原告代表者は,平成12年6月6日,8日の2日にわたり,破産者の本件商品保管場所に立ち入り,その場には被告の所属するB法律事務所の事務員C(以下「C」という。)が立ち会った。
(8) 原告は,平成12年6月8日付で,本件商品の一部について正反とは認められない,難物の除外品に相当するものであるとして,書面により減額の申出をした(甲7)。
(9) 原告代表者は,平成12年6月9日午前中,買受代金全額を振り込んだ後,同日午後開催された債権者集会に出席した。
(10) 原告は,平成12年6月10日,本件商品を引き上げた。その際,Cが立ち会った。
(11) 被告は,平成12年6月15日付内容証明郵便によって,本件商品の売却条件は,数量不足,品質その他一切の瑕疵について被告は責任を負わないものであるとして,上記の減額申出を拒絶した(甲8)。
2 請求の概要
原告は,本件商品には別紙一覧表記載のとおりの欠反ないし難物が存在し,これは民法565条にいう数量不足,同法570条にいう瑕疵に該当するとして,損害賠償の内金として1200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年12月20日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を請求。
3 争点
(1) 本件商品の売買について民法565条,570条の適用が排除されるか。
(2) (1)が肯定されたとして,数量不足,瑕疵の存否及び損害額
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件商品の売買について民法565条,570条の適用が排除されるか。)
【原告の主張】
(1) 原告が本件商品を買い受けるについては,第2の1に記載のほか,以下の事情がある。
ア 本件内見会の参加者は1社あたり2名までとされていたこと,時間が1時から5時までに制限されていたこと,他の業者も参加していたことなどから,原告においてすべての在庫商品について確認,点検をすることは不可能であり,在庫商品の一部を抜き出して在庫商品目録と照合するのが精一杯であった。
ところで,難物(なんもの)等は除外品として別に仕分けされ,買受の対象となる在庫商品から除外されていたことから,在庫商品目録記載の商品は,すべて正反とみなされ,原告においても同目録の記載を信用するよりほかなかった。少なくとも,傷物や規格外の商品が含まれていることは被告側によって明示されていない。
イ 原告代表者が,平成12年6月6日と8日の両日,破産者の本件商品保管場所に立ち入ったのは,本件商品の確認,数量の点検のためであったが,この際,多数の難物,欠反,端切れの存在が明らかになった。
原告代表者が点検に立ち会ったCに対し,難物,欠反,端切れの存在を指摘すると,Cは,難物・欠反等の存在は自分が確認しており,入札の金額を振り込まれても後で返金について話し合いができる,写真を提出の上文書で申し出をするようにと指示し,第1回債権者集会までに代金を振り込んでほしい旨要請した。
ウ 原告代表者の平成12年6月8日の代金減額の申し出に対し,被告は,同月9日朝,Cを通して,原告の申出書には目を通したが,取り敢えず買受金額を全額振り込んでほしい,同日午後の債権者集会終了後に原告代表者と直接会って話し合う旨述べた。原告は,後で話し合いができると信じて,買受金全額を振り込んだのである。
エ 原告代表者は,平成12年6月9日午後の第一回債権者集会終了後,被告と会って前日の申出書の趣旨に従い本件商品の代金の減額を求めたところ,被告は,それについて裁判所が判断するので後日連絡する旨答え,原告の申出を検討することを約束した。
オ 原告は,平成12年6月10日,本件商品の引渡を受けたが,原告代表者が難物や欠反等を置かせておいてほしい旨申し入れたのに対し,Cが,次の作業があるので,自分が確認しているから全部いったん引き上げてほしい旨言ったので,やむなく引き上げたのである。
(2) 上記の事情によれば,①原告が,本件商品の引渡を受ける前に,多数の難物,欠反が混入していることを具体的に指摘して,代金減額の申し出をしていることからも(なお,商法526条),②Cが,原告代表者に,難物,欠反等について写真等の証拠を添えて文書で申し出るように指示しており,原告がそれに従って申し出をしたところ,被告は検討を約束していること,③原告が難物,欠反の引渡を拒み,被告において保管するよう依頼したのに,Cが本件商品をすべて引き上げるよう指示したので,原告が瑕疵ある物も含めて本件商品の全部の引渡を受けざるを得なかったことからすると,本件の具体的事実関係のもとでは,商品の引渡を受けた後は,数量不足,品質その他一切の瑕疵について破産管財人が責任を負わない旨の特約は適用されないと解するべきである。
(3) 加えて,本件商品の買受申出をした7社の中で原告の申出額が際だって高く(他の6社の中での最高申出額は8120万円にすぎない。),原告が本件商品をすべて正反という前提のもとに買受申出をしたことが明らかである。
【被告の主張】
(1) 本件商品の売却は,破産者の商品在庫を一括して売却するものであり,破産管財人が担保責任を負うことのできる性質のものではない。
また,本件内見会・売却の案内,買受の申出書,承認書のいずれにも,商品の引渡後は,数量不足,品質その他一切の瑕疵について破産管財人が責任を負わない旨明記されているところである。
この点,原告は,これらの書類に「商品の引渡を受けた後は」という記載があることをとらえて,商品の引渡前は瑕疵担保責任を負う旨の主張をする。しかし,商品の引渡前は,そもそも担保責任の問題は生じないのであり,瑕疵担保責任が問題となりうる商品引渡後のことを記載されているのであって,商品引渡前には担保責任を負うという趣旨ではない。
実際にも,破産管財業務では,有体動産の売却処分においては,引渡後は数量不足,売却商品の瑕疵については管財人において一切責任を負わず,返品を認めないとの表現で業務を行っているが,これが,商品引渡前は瑕疵担保責任を負う趣旨であるとの解釈はいまだかつてされたことがない。
(2) 原告は,本件の具体的状況のもとでは被告が瑕疵担保責任を負うべきである旨主張するが,失当である。
ア 原告代表者は,本件内見会にDと共に参加しているが,原告代表者は38年以上も呉服を扱い,Dも勤続15年のベテランであり,この2人が在庫商品目録に従い,色留袖,留袖,訪問着の順番で,値段の高い順に商品を見ており,特に訪問着の100万円の商品はすべて見ている。要するに,原告は,多少品質の劣るものが混入しているにせよ,1億1000万円の価値はあると考えて買受申出をしたのである。
イ 原告代表者が,平成12年6月6日と8日の両日,破産者の本件商品保管場所に立ち入ったのは,本件商品の確認,数量の点検のためではなく,搬出の準備と段取りのためであった(少なくとも,原告は被告側にそのように伝えていた。)。
原告は,この際Cが,原告代表者に,難物,欠反等について写真等の証拠を添えて文書で申し出るように指示した旨主張するが,Cは法律事務所の事務員で呉服に関する知識もなければ何の権限もなく,口頭で自分にクレームをつけられてもわからないので,文書で出した方がよい旨述べたにすぎない。
ウ 原告は,代金については,承認書を受領してから2週間以内に振り込めばよかったが,その期限の1週間も前の第一回債権者集会の日の午前に振り込んでいる。これは被告から促したものではない。瑕疵があるというなら振込期限までに被告と交渉をすればよいのに原告がそれをしていないのは,原告の主張に理由がないからにほかならず,不払の場合の10パーセントの違約金の支払いのみを心配していたことを示すものである。
また,原告は,平成12年6月9日の債権者集会の場で,価格減額の話し合いがあった旨主張するが,そのような事実はない。
2 争点(2)((1)が肯定されたとして,数量不足,瑕疵の存否及び損害額)
【原告の主張】
(1) 難物及び欠反の内容は,別紙一覧表記載のとおりである。
(2) 損害額は,少なくとも2239万1754円である。
【被告の主張】
(1) 時価7億2741万6000円相当のものを1億1000万円で買い受けているのであるから,多少品質の劣るものが混入していたとしても,全体としては損をしているはずがない。
(2) なお,上記時価は,破産者の従業員であったE(以下「E」という。)がつけたものであるが,Eが経験豊かであること,破産者の商品は業界でもトップクラスであることから,相当な評価である。ただ,本件商品の販売と同じころ,京呉服の大手であったFが倒産し,30億ともいわれる在庫商品が出回って,値崩れしたため,最低売却価格以上の札が入らなかった(甲15)だけのことである。
第4争点に対する判断
1 争点(1)(本件商品の売買について民法565条,570条の適用が排除されるか。)
(1) 本件内見会・売却の案内,買受の申出書,承認書のいずれにも,商品の引渡後は,数量不足,品質その他一切の瑕疵について破産管財人が責任を負わない旨明記されていることは第2の1記載のとおりである。原告は,商品の引渡前の瑕疵の指摘があれば担保責任は排斥されない旨主張するが,担保責任は引渡履行後になお特別の法定責任を負うか否かの問題であるから,担保責任を負わない旨の特約がされた以上,買主側が目的物の引渡前に瑕疵の申出をしたからといって同特約が当然に排斥される関係にあるとはいえず(履行拒絶の問題が生じうるにすぎない。),採用できない。商法526条1項は,商人間の売買において担保責任を制限する規定であり,本件事案の解決に適切でない。
特に,破産管財人は破産手続という特殊な状況のもとで売主になるにすぎず,担保責任の主体として適当でないこと,買受の承認後,特に代金が納付され,商品が引き渡された後に至って瑕疵担保責任が生ずることを認め,目的物の返還や代金の一部返還をするような事態は,手続的安定が必要とされる破産手続の性質上ほとんど想定しがたいことからすると,そのようなことが認められるには特段の事情を要するところである。
(2) そこで,本件の具体的状況において,民法565条,570条がなお適用されるといえるかについて検討する。
ア 証拠(甲4の2,11,乙4,5,証人E,同C)に弁論の全趣旨を総合すれば,Eは,破産者に昭和41年12月から平成12年1月31日まで勤務し,退職時の役職は商品部副部長だったこと,破産者の破産宣告後も,残務を処理し,当初は浮貸(展示場の見本として商品を貸すもので,売れれば代金が支払われ,売れなければ所有権は売主にとどまる。浮貸の際は伝票の処理だけで金員は動かない。)関係の処理をしており,その際浮貸分その他返還された商品の点検もしていたこと,平成12年4月5日にはEほか2名が,本件商品について内見会のための最終点検をしたが,Eが担当したのは振袖,訪問着,無地着尺であり,値札と現物を対比して値段をつけたこと,そのような作業の結果7億2741万6000円という時価が算出されたことが認められ,同価額には合理性が認められる。
イ 証拠(甲12,15,証人E,同C,原告代表者)によれば,原告代表者は,本件内見会にDと共に参加しているが,呉服の取扱について原告代表者は38年以上の,Dも15年の経験を有していたこと,両名は,色留袖,留袖,訪問着の順番で,値段の高い順に商品を見ており,特に訪問着の100万円の商品はすべて見たが,最低売却価額1億5000万円での買受は困難との結論に至ったこと,しかし,来場者にはこれを下回る額の買受申し出についても対応の余地があるとの被告の意向が破産者の従業員を通じて伝えられ,原告は1億1000万円なら可能と考えて買受申出をしたこと,なお,本件商品は,倒産という異常事態でなく販売力のある会社により販売されれば,当初の最低売却価額1億5000万円を超えても販売が可能であるが,当時京呉服の大手であったFが倒産し,30億ともいわれる在庫商品が出回って,値崩れした状況であったため原告が最高価額の申出となったことが認められる。
なお,第2の1記載の事実の流れからして,買い受けるか否かを決定するため本件商品を検分する機会として予定されていたのは本件内見会であることが明らかである。
ウ 証拠(証人E,同C,原告代表者)によれば,原告代表者は,平成12年6月6日及び8日,搬出の準備と段取りのためとして,従業員と共に破産者の本件商品保管場所に立ち入り,Cの立ち会いも求めたこと,その際,原告代表者がCに対し,難物,欠反等があると苦情を述べたところ,Cは商品知識がなかったこともあり,自分には権限がないので書面で管財人に提出してほしい旨述べ,原告代表者はそれに基づき甲7の減額申出をしたことが認められる。
エ 平成12年6月9日午前に被告が,Cを通して,原告の申出書には目を通したが,取り敢えず買受金額を全額振り込んでほしい旨要請したとか,同日午後の第1回債権者集会の際に,被告が減額申出の協議に応じる旨述べたことを認めるに足りる証拠はなく(そのような後に紛争の火種を残すようなことをするとは考えがたい。),単にCが原告代表者に債権者集会後被告と話ができる旨述べたにすぎない(証人C)。
オ 証拠(証人E,同C,原告代表者)によれば,同月10日の本件商品搬出時に,難物,欠反などは置いていきたい旨述べたが,Cは保管場所がないので持っていってほしい旨述べたことが認められる(自分が確認しているから全部いったん引き上げてほしい旨言ったことを認めるに足りる証拠はない。)。
(3) 以上に基づき検討するに,原告は,本件内見会の時点では本件商品が1億1000万円の価値はあると思っていたものの,平成12年6月6日以降はこの点に疑問を持ったとはいえる。
しかしながら,原告は,結局のところ,呉服等については知識がなく,実質的事項について決定権限も有せず,しかもそれが外形上明らかな(自分でもそう明言している)Cの具体性を欠く言葉を自己に有利にとらえて,担保責任を追及できる(代金減額の請求ができる)のではないかと考えたに止まるものと評価せざるを得ず,被告において信義則上担保責任を負うべき事情があるとはいえない。
2 結論
よって,原告の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので棄却することとする。
(裁判官 本吉弘行)