京都地方裁判所 平成12年(ワ)574号 判決 2001年5月07日
原告 A野花子
上記訴訟代理人弁護士 井関佳法
被告 京都市
上記代表者市長 桝本賴兼
上記訴訟代理人弁護士 崎間昌一郎
主文
一 被告は原告に対し、金一六五三万〇一三一円及びこれに対する平成一〇年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金二八八五万八九六八円及びこれに対する平成一〇年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、歩行者が、歩道に設置された鉄蓋と歩道面との間に生じた段差に躓いて受傷したとして、歩道の設置管理者である地方公共団体に対し、国家賠償法二条一項に基づき損害賠償を求めた事案であるが、歩道管理の瑕疵の有無、後遺障害の程度、さらに、過失相殺が問題とされた事案である。
一 基本的事実
(1) 事故の発生[《証拠省略》、但し、本件歩道が被告の設置管理する施設であることは当事者間に争いがない。]
(以下「本件事故」という。)
① 日時 平成一〇年一月五日午後七時四〇分ころ
② 場所 京都市伏見区深草西浦町一丁目一番地先歩道上(以下「本件歩道」といい、そのうち事故発生場所を「本件事故現場」ともいう。)
③ 事故態様 本件事故現場を歩行中の原告(昭和二〇年一一月一四日生)が、地方公共団体である被告の設置・管理する本件歩道に敷設された鉄蓋の一枚に躓いて転倒した。
(2) 原告の受傷[《証拠省略》、但し、症状固定日は当事者間に争いがない。]
原告は、本件事故により左橈骨遠位端粉砕骨折、左正中神経損傷、左大腿部打撲の傷害を負い、次のとおり入通院治療を受けた結果、平成一一年三月五日症状固定した。
① 平成一〇年一月五日~同年二月二一日まで四八日間
医療法人社団育生会久野病院(以下「久野病院」という。)入院
② 平成一〇年二月二二日~同年七月二六日
久野病院通院(実治療日数二六日)
③ 平成一〇年四月六日~同年六月二二日
安立整形外科通院(実治療日数二六日)
④ 平成一〇年七月一日
高整形外科通院
⑤ 平成一〇年七月二七日~同年八月一四日まで一九日間
久野病院入院
⑥ 平成一〇年八月一五日~平成一一年三月五日
久野病院通院(実治療日数四九日)
二 争点及び当事者の主張
(1) 本件歩道の設置管理の瑕疵
① 原告
ア 本件事故現場は、国道二四号線(通称「竹田街道」)と府道(通称「中山稲荷線」)の交わる交差点(竹田久保町交差点)を東に約四m入った、旧京都みやこ信用金庫本店前の歩行者数の多い歩道上であり、付近にはみるべき照明設備は設置されておらず、本件事故当時は真っ暗であった。原告は、夫との待ち合わせ場所に赴くため本件事故現場を歩行中、歩道上に設置されていた厚さ四cmの鉄板が浮き上がり、歩道面との間に約四cmの段差が生じていたのを知らず、これに足を躓かせて転倒したものである。
ところで、歩道は、歩行者が他者と話しをしながら、あるいは景色を楽しみながら歩行しても、歩行者の転倒事故等が発生しない程度の高度の安全性が確保されるべき施設であるが、ことに、本件事故現場の歩道は幅員も三・二五mと広く、平坦に舗装され、歩車道間には並木や樹木も植栽されるなどの洒落た歩道で、歩行者は、鉄板の浮き上がりを前もって知っていなければ、これを予測することが不可能である。
よって、上記のような鉄板の浮き上がりにより生じた段差は、歩行者にとって極めて危険であり、公の営造物の設置・管理の瑕疵に該当するから、被告は原告に対し、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。
イ なお、被告は、事故発生の予見、回避可能性がなかったかの如く主張するが、実際には、原告以外にも多数の歩行者が段差により足をとられているのであり、このような鉄板の修理、取り替えは費用的、時間的にも簡単にできることで、予見可能性、回避可能性がなかったとの主張は否認する。
② 被告
ア 原告指摘の鉄板(鉄蓋)とは、本件歩道上の暗渠の開口部に設置された鉄蓋のことであり、本件事故当時、当該鉄蓋が何らかの外力により窪んで両端が反り返り、歩道面との間に段差ができていたことは事実である。しかし、その段差といってもせいぜい二~四cm程度のもので、しかも、本件事故現場西の竹田久保町交差点の北東側、南東側には国道管理事務所管理の三〇〇㍗の水銀灯が、本件事故現場の東方約一五mの歩道上には京都市伏見土木事務所管理の三〇〇㍗の水銀灯がそれぞれ設置され、本件事故現場付近の照度は路面上で六・二一~八・七ルクス(四m先の歩行者の概要が識別できる明るさ)が確保されていたのであるから、通常の歩行をする限り危険を生じるようなものではなかった。
イ また、歩道上にこのような段差が生じていたことが瑕疵と評価されるにしても、被告には、事故発生の予見可能性、回避可能性がなかった。
すなわち、一般に、歩道上に鉄蓋を設置する場合は、その上に歩行者が群がった状態を想定して五〇〇kg/m2の荷重に耐えられるように設計されており、本件鉄蓋も厚さが三・九cmもあって、歩行者の通行をはじめとする通常の外力の作用によっては両端が反り返ることはあり得ない。被告も、道路管理者として車道を中心とした道路パトロール等は定期的に実施し道路の管理に万全を期しているが、歩道のパトロールは車道から現認し得る場合は別として、歩道パトロールによる点検を実施することは現実的には不可能であって、市民の通報等の協力が欠かせない。そして、本件事故現場の前には旧京都みやこ信用金庫本店があって同金庫関係者も段差の存在を相当前から認識していたが、同金庫関係者はもとより一般市民からも、これを危険として通報や改修要請は全くなかったものであり、およそ、原告指摘の段差を発見することさえ不可能であった。
(2) 損害
① 原告
ア 治療費 九六万九一五一円
但し、症状固定日(基本的事実記載)までの治療費九〇万九九二六円のほか、症状固定後も久野病院、高整形外科、京都大学医学部附属病院への通院により五万九二二五円を要したため、その合計額である。
イ 付添看護費 一万三〇〇〇円
二度にわたる手術の際、原告の夫が各一日付き添ったので、一日単価を六五〇〇円とする二日分である。
ウ 入院雑費 一〇万〇五〇〇円
一五〇〇円×六七日である。
エ 交通費 七万六二一〇円
但し、症状固定前の交通費二万七五九〇円(久野病院一往復三〇〇円×七三日分の電車代、タクシー代五六九〇円)のほか、症状固定後の通院交通費四万八六二〇円を含む。
オ 休業損害 四一八万四二一二円
但し、三五九万三五〇〇円(女子労働者の平均賃金)÷三六五日×四二五日である。
原告は、アルバイトをしながら主婦として家事を担ってきたものであり、女子労働者の平均賃金を基礎に休業損害、逸失利益が算定されるべきである。
カ 逸失利益 一一七八万五八九五円
(ア) 原告の後遺障害
原告は、本件事故により、次のとおり、労災保険法施行規則による障害等級九級相当の後遺障害が残った。
すなわち、手関節の可動域は、他動運動で健側の3/4、自動運動で5/7であり、「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」として一二級の六に、醜状障害は左手掌部より前腕に至る九cmに及ぶ創痕であり、上肢の露出面に存するから「上肢の露出面に手のひらの大きさの醜いあとを残すもの」として一四級の三に、左手の疼痛及び痺れは「一般的な労働能力は残存しているが、疼痛により時には労働に従事することができなくなるため、就労の可能な職種の範囲が相当程度に制限されるもの」として九級の七の二に該当し、併合九級というのを相当とする。
(イ) 計算
三四〇万二一〇〇円(平成九年女子全年齢平均賃金)×九・八九八(ライプニッツ係数)×〇・三五(労働能力喪失率)=上記金額
キ 慰謝料
(ア) 入通院分 二六一万円
(イ) 後遺障害分 六五〇万円
ク 弁護士費用 二六二万円
② 被告
原告の損害の計算方法は、症状固定後の治療費や交通費を請求し、あるいは、アルバイトで月収一〇万円程度を得るにすぎない実態を無視して平均賃金を前提に休業損害や逸失利益を算定するもので、このような計算方法を承服できないほか、後遺障害の程度については強く争う。
原告の後遺障害の程度は、仮に、左手関節機能障害が一二級の六、左上肢の醜状障害が一四級の三に該当するとしても、左手掌部の疼痛、痺れはせいぜい一四級の九ないし一二級の一二にとどまるものであって、併合等級もせいぜい一二級にすぎないというべきである。
(3) 過失相殺
① 被告
すでに指摘したとおり、本件事故現場には照明設備も設置され、原告が前方を注視して歩行しさえすれば段差のあることは十分に確認できるし、その傷害の程度からすれば、原告の歩行が通常の歩行速度によるものとは考え難く、路面確認、歩行方法において、原告にも過失があり、過失割合は八割を下回らないというべきである。
② 原告
原告の本件事故当時の服装はスラックスをはき、セーターを着てコートを羽織り、ハンドバッグ一つを持っており、履き物も高さ二・五cmのヒールのパンプスという通常の服装、履き物で、急ぐ理由もなく通常に歩行していたものである。しかし、原告が本件事故直前に横断した竹田久保町交差点内は、設置されている照明や往来する車両の前照灯で極めて明るかったのに対し、交差点を渡りきった直後の本件事故現場は、客観的照度以上に暗く感じる場所であり、歩行者として通常の歩行をしていても段差に気付くことは困難な状況にあったのであり、原告に過失相殺をされるべき落ち度は存しない。
第三争点に対する判断
一 本件歩道の設置管理の瑕疵
(1) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
① 本件事故現場は、南北に通ずる国道二四号線と東西に通ずる府道中山稲荷線の交差する竹田久保町交差点の近辺で、交差点南東角に位置する旧京都みやこ信用金庫本店前(北側)の歩道上である。本件歩道は、遅くとも、昭和五四年一二月までには、道路の拡幅及び歩道の確保を目的として排水路を暗渠化して、歩道として設置された。そのため、本件歩道には、排水路の清掃管理を目的として設けられた暗渠の開口部の蓋として、別紙図面記載のとおり鉄蓋四枚を渡してあった。当時、一般に、歩道に鉄蓋を渡す場合には、群衆荷重として五〇〇kg/m2に耐えられるように設計されており、本件事故現場においても本件歩道の幅員三・二五mに合わせて横二〇三cm×縦八〇cm×厚さ四cmの鉄蓋四枚を渡してあった。原告は、南側から二枚目の鉄蓋(以下「本件鉄蓋」という。)が歩道面から浮き上がった部分(以下、本件鉄蓋の表面と歩道面との落差を「本件段差」ともいう。)に躓いて転倒したものである。
② また、本件歩道は幅員もさることながら、街路樹が整備され平坦に舗装された見栄えの良い通りであるところ、本件事故現場は、竹田久保町交差点の南東端から約四mに位置し、本件事故当時は、同交差点の北東角及び同交差点の南側の国道に沿った歩道上には国道事務所管理の四〇〇㍗の水銀灯(取付高さ一〇m)が、また、本件事故現場から東に約一五mのところには京都市伏見土木事務所管理の三〇〇㍗の水銀灯が設置され、旧京都みやこ信用金庫本店側には庭園灯があったが、本件鉄蓋の西側端付近での照度は少なくとも七ルクス程度であった。そして、日本防犯設備協会の防犯灯に関する調査研究報告書(平成四年)によれば、照度が五ルクスがあれば四m先の歩行者の顔の概要が識別できるとされている。
③ 本件事故当時、他の三枚の鉄蓋もやや中央部分が窪んでいるものの、ことに本件鉄蓋は中央部が南北に沿って略凹状態となっていた。そのため、東西の側端部が歩道面から浮き上がるようにして約四cmの(本件)段差を形成しており、本件鉄蓋の東側に一人分の体重がかかると、鉄蓋は弓なりになって西側端部が一層浮き上がり、鉄蓋の底部と歩道面の間に隙間ができるほどであった。
本件段差については、これまで、本件歩道を毎日のように通行する旧京都みやこ信用金庫本店の職員をはじめとする通行人から被告の道路管理者に苦情や危険性の通報は一切なかった。しかし、実際には、付近に居住する中井綾(大正一二年七月二日生)が平成九年一二月末ころの午後七時ころ、所用で踵のない靴を履いて本件事故現場を小走りに通過しようとしたとき、本件段差に躓いて危うく転倒しかけたが、そのときは本件歩道の街路樹や閉店後の旧京都みやこ信用金庫本店側の植え込みのために足許が暗くて躓きの原因が飲み込めず、翌朝、改めて確認に赴いてはじめて本件段差の存在に気付いたことがあった。また、同じく近隣に居住する主婦である豊田三重子は、相当以前から本件段差に気づいており、自転車で本件鉄蓋の上を通過するとガタガタと揺れるため、できるだけこれを避けて、旧京都みやこ信用金庫本店の敷地内を通るようにしていた。
④ 原告(視力は一・〇と一・二)は、本件事故当時は本件事故現場から徒歩六、七分の場所に居住し、本件事故現場を幾度か歩行したことはあるが、もとより本件段差の存在は知らなかった。当日は、夫と食事に出掛けるため、旧京都みやこ信用金庫本店東隣のパチンコ店の前を待ち合わせ場所にしており、スラックスをはき、セーターを着てコートを羽織り、ハンドバッグひとつを持って家を出、竹田久保町交差点東側の横断歩道を南に渡り、本件歩道を東に向かって普通に歩き始めて間もなく本件事故に遭遇した。履き物は高さ二・五cmのヒールのパンプスであった。
(2) 営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいい、その存否は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して判断すべきものである。
およそ、歩道は、老若男女の別を問わず広く一般に開放された生活施設であり、構造上歩行者の安全を確保できるものであることが要請されていることはいうまでもないところ、歩行は姿勢を維持しながら、着地している一方の足に負荷された体重を平衡を保って他の足に移動させる体移動であり、一歩を進める側の足と歩道の接地面に障害物が存在する場合は、歩行者の歩行時の姿勢の均衡を失わしめ、転倒等の事故を容易に招来することが予見されるのであるから、歩道にこのような障害物が生じている場合は、すみやかにこれを修復し、あるいは危険警告となる標識を掲示するなどの措置を講ずることが安全確保上要請されているといわねばならない。
これを本件についてみるに、本件事故現場は、金融機関本店前の幅員が広く平坦に舗装された歩道で、一般歩行者に対して、一見して整備、完成された歩道であるとの安心感や印象を抱かせるものであり、例えば、工事中の歩道のように、歩行者が足許を注視しながら慎重に歩行することなどは期待できない場所となっている。しかるに、本件事故現場は、照明施設が十分でないため、夜間は七ルクス程度の照度で比較的暗く、このような照度では、緊張を持って注視すれば数m先の通行人の顔の概要、挙動を捉えることが可能という意味で防犯的には十分であるとしても、人の歩行時の視線から遥か下に設置され、かつ、それ自体の色からして暗闇に埋没しかねない本件鉄蓋と歩道面との間に形成された四cmという段差を発見するには、困難な照度と言うべきである。また、その段差の程度は、段差の存在を知らない通常の歩行者が足を一歩進めて体重の重心を移動させた場合、これに足を取られて転倒する危険を具有するものである。以上からすれば、本件道路には、それ自体に道路管理の瑕疵があるというを妨げないというべきである。
確かに、段差がわずか四cm程度であってみれば、被告の主張するように、その程度の段差ないし危険は市中至る所に存在し、平均的歩行者の身長等に照らせば、これを営造物の瑕疵と捉えることができないとの見解も成り立たないではない。しかし、本件事故現場は整備された歩道のほぼ中央部分にあたり、また、上記のような夜間の照度からすれば、四cmというわずかな段差と鉄蓋の色とが相まって、かえって段差の存在の認識を困難と、むしろ、その危険性を埋没させる効果を押し進めていると考えるのが自然であって、段差の大小のみに捕らわれて、本件事故を極めて特異な事故として、その安全性の欠如を否定するのは相当とはいい難い。
被告は、仮にしかりとしても、これまで本件段差の危険性を指摘する市民の通報等は一切なく、事故発生の予見可能性、回避可能性がなかった旨抗弁するが、そのような事由を認めるに足る資料は、本件全証拠を検討しても発見できない。確かに、地方公共団体の設置管理する歩道を含む道路が相当の距離に及びながら、予算上、道路の安全管理に割くことのできる人的、物的資源に自ずから限界があることはいうまでもなく、このような道路に生じた危険性を認知する手段として利用者である市民の苦情、通報等の協力情報が大きな役割を果たすことは勿論である。しかし、このような情報が寄せられないとしても、歩道を含む道路は一般の交通の用に供される以上、年月の経過とともに物理的状況は絶えず磨耗、改変するのであり、その管理責任が被告主張の事由によりいささかも減じられることはないというべきである。これを本件についてみても、本件鉄蓋は厚さ約四cmという重量物であるが、前記認定事実に徴してみれば本件事故の相当以前から反り返っていたことは明らかであり、しかもそれが、幹線道路や金融機関の位置する人の往来の多い歩道であってみれば、暗渠の清掃、街路樹の管理等をはじめとする被告の実質的な管理は、当然本件歩道にも及んでいたと推測されるもので、このような段差を発見することが困難であったとは到底解されない。
よって、被告は原告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任があるというべきである。
二 続いて損害について検討を進める。
(1) 原告主張の損害
① 治療費 九〇万九九二六円
《証拠省略》によれば、原告は、本件事故時から症状固定時までに、(ア)主たる治療期間である久野病院に八九万六六九六円、(イ)高整形外科にセカンドオピニオン確認のために一日通院して一七〇〇円、(ウ)安立整形外科にパラフィン療法による疼痛と痺れの緩和、関節拘縮緩和の治療のために通院して一万一五三〇円の治療費の支払いを余儀なくされたことが認められる。
原告は、症状固定後の治療費をも請求するが、原告の後記後遺障害の部位・内容に照らしてみれば、症状固定後の治療費の支払いと本件事故との相当因果関係を肯定することはできない。
② 付添看護費 一万一〇〇〇円
《証拠省略》によれば、原告は本件事故により、全身麻酔により、平成一〇年一月一三日骨折部位の整復固定術、同年七月二八日同抜釘術、正中神経剥離術を受けており、この際、夫に各一日付き添ってもらったことが認められるところ、手術内容からして付添看護が必要であったと認められるから、その費用として五五〇〇円×二日=一万一〇〇〇円を認める。
③ 入院雑費 八万七一〇〇円
経験則上、入院一日につき一三〇〇円の雑費を要することが認められるところ、原告が久野病院に合計六七日入院したことは先のとおりであるから、入院雑費として、一三〇〇円×六九日=八万七一〇〇円を認める。
④ 交通費 二万七五九〇円
《証拠省略》によれば、原告は、当時の住所地である京都市伏見区内から同市東山区内に所在する久野病院に電車で通院し、その一往復に三〇〇円を要したこと、また、二回目の入院中に入浴のため自宅を往来して二一四〇円のタクシー代、一回目の退院後、ギプスを装着しての通院のため二往復のタクシー代金として二八三〇円、第二回退院日の帰路のタクシー代金として七二〇円を要したことが認められる。
上記認定事実によれば、原告が症状固定日までに要した交通費は、(ア)電車代三〇〇円×七三日(久野病院への全通院日数七五日-二日)=二万一九〇〇円、(イ)タクシー代金五六九〇円の合計二万七五九〇円である。
症状固定後の交通費につき本件事故との相当因果関係を認め難いことは治療費の場合と同様である。
⑤ 休業損害 三六三万六〇八三円
《証拠省略》によれば、原告は、平成元年に結婚し、本件事故当時は主婦の傍ら、毎日午前九時三〇分ころから午後五時まで寝具販売店でアルバイトをして月額一〇万円程度の収入を得ていたが、受傷した左橈骨遠位端粉砕骨折に伴い正中神経を損傷したため昼夜を問わず左手の疼痛と痺れに苛まれて睡眠も不規則となり、アルバイトはおろか、料理についても包丁で硬いものを切ることさえもできず、この状態は第二回の入院による正中神経剥離手術後も変化がなかったことが認められる。
上記認定事実によれば、原告は年額一二〇万円程度のアルバイト収入を得ていた有職主婦であるものの、アルバイト収入は平均賃金を下回るのであるから、これに家事労働を加えて評価するため、その基礎収入は、賃金センサス平成一〇年第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・女子全年齢平均賃金である年額三四一万七九〇〇円を採用するのが相当であるが、入院期間中はもとより通院期間中もアルバイトの就労は全くできず、家庭にあっても身の回りのことをするのが精一杯で、家事の真似事程度しかできなかったのであるから、本件事故の翌日から症状固定時まで四二四日間のうち、六七日間は一〇〇%就労できず、その余の三五七日間は通じて九〇%の就労が制限されていたというのが相当であり、その休業損害は上記金額となる。
三四一万七九〇〇円÷三六五日×(六七日+三五七日×〇・九)=三六三万六〇八三円(円未満切り捨て、以下同じ)
⑥ 逸失利益 五〇一万八四三二円
ア 後遺障害による労働能力喪失率について
(ア) 主治医である久野成人医師作成の後遺障害診断書(《証拠省略》)の記載中、原告主張の後遺障害に係る記載の要点は次のとおりである。
【傷病名】 左橈骨遠位部骨折、左正中神経損傷、左大腿部打撲
【自覚症状】 両手指の知覚障害(痺れ感)、創瘢痕部の疼痛と醜形、左手関節可動域制限
【他覚症状等】 両手指(IP関節より末梢)の知覚異常(痺れ感)、握力(左一八kg、右一五kg)、筋萎縮は明らかなものはない(前腕周囲径は右二〇・五cm、左一九・五cm)
MRI所見はC5/6椎間板の後方膨隆軽度
神経伝達速度(正中神経) 運動神経
右七四・四m/秒
左五四・四m/秒
【醜状障害】 左手掌部より前腕に至る九cmの瘢痕
【関節機能障害】
手関節 自動
屈曲 右八〇度 左五〇度
伸展 右六〇度 左五〇度
他動
屈曲 右九〇度 左六〇度
伸展 右七〇度 左六〇度
(イ) 《証拠省略》によれば、原告は、左手掌から小指を除く四本の指について強度の痺れ、疼痛、を訴えているが、橈骨遠位端骨折の場合正中神経麻痺を来すことがあり、正中神経は手指と手の屈曲をつかさどる筋群を支配し、同神経の麻痺が生じた場合は手掌の橈側2/3と小指を除く四指の橈側に感覚障害が生ずることが認められる。
(ウ) 上記認定事実により、原告の後遺障害の程度を労災保険法施行規則所定の後遺障害等級表に準拠して考えると、左手関節機能障害については、他動運動が、主要運動である屈伸が健側(右)が一六〇度であるのに対し患側(左)が一二〇度で、患側の運動可能領域が健側の3/4以下に制限されているから、「一上肢の三大関節の一関節の機能に障害を残すもの」として一二級の六に該当する。次いで、醜状障害について検討すれば、《証拠省略》によれば、前記九cmの瘢痕は手術跡が肥厚性瘢痕(線状痕)となっているもので、手のひら大の瘢痕とは認め難く、少なくとも、労働能力に影響する後遺障害とはいい難い。
そこで、原告主張の左手の疼痛、痺れについて検討するに、前記後遺障害診断書においても痺れ(知覚障害)は手指、疼痛は創瘢痕部と明確に分けて記載されている点や、これが(イ)の医学的知見とも符合することからすれば、痺れは正中神経麻痺、疼痛は受傷部位の疼痛と見るべきものである。そして、前者については末梢神経麻痺として、損傷を受けた正中神経の支配する手の屈曲筋による機能障害は前記手関節機能障害として評価されており、同一系列として取り扱われるべき手指関節については機能障害は認め難い。
また、後者の疼痛は、障害部位の疼痛の後遺として外傷後疼痛症候群として捉えることが可能であるが、前記認定のとおり、原告の場合は、左手の筋力は健側に比して遜色のない程度に保持されており、腕周囲径をみても筋萎縮が存在するとはいえないから、「労働には差し支えないが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」として一四級の九に該当するというのが相当である。
そうとすれば、原告の後遺障害の程度は一番重い後遺障害である一二級をもって論ずべきである。
イ 算定
賃金センサス平成一一年第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計女子労働者の全年齢平均給与額は三四五万三五〇〇円であるから、労働能力喪失率を一四%、就労可能年限を一五年としてライプニッツ方式により算定すれば、上記金額となる。
三四五万三五〇〇円×〇・一四×一〇・三七九六=五〇一万八四三二円
⑦ 慰謝料 五三四万円
傷害の部位・程度、治療経過を考慮し、入通院慰謝料は一八四万円、後遺障害慰謝料は三五〇万円をもって相当というべきである。
三 過失相殺について
本件事故は、整備された歩道に存した瑕疵により惹起されたものであり、原告に歩行者として落ち度を認め難いことは前記のとおりであるから、過失相殺の主張は採用しない。
そして、二の損害合計は一五〇三万〇一三一円であり、原告が原告訴訟代理人に支払う弁護士費用のうち一五〇万円は本件事故と相当因果関係を肯定すべきであるから、これを加算した損害合計は一六五三万〇一三一円となる。
四 結論
以上によれば、原告の請求は、一六五三万〇一三一円及びこれに対する本件事故日である平成一〇年一月五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求については理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 村上志保 裁判官三木素子は転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 渡邉安一)
<以下省略>