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京都地方裁判所 平成12年(ワ)584号 判決 2001年9月26日

主文

1  被告A,同B,同Cは,原告に対し,連帯して100万円を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,原告と被告A,同B,同Cの間に生じたものは,これを10分し,その1を上記被告らの負担とし,その余を原告の負担とし,原告とその余の被告らの間に生じたものは原告の負担とする。

4  1項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請 求

被告らは,原告に対し,連帯して,1050万円を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,社団法人日本調査業協会(以下「日調協」という。)の正会員である近畿調査業協会(以下「近調協」という。)の会長であり,日調協の加盟員であった原告が,日調協の理事会において,違法に加盟員の除名決議をされ,そのため信用・名誉を毀損され,また,顧問先から顧問契約を解除されるなどの損害を被ったとして,当時の日調協の理事であった被告らが上記除名決議に賛成したことが不法行為を構成するとして,被告らに対し,損害賠償を請求するものである。

2  当事者間に争いのない事実

(1)  原告は,昭和62年2月ころから,住所地において調査業を営む者であるが,同月ころ,日調協京都支部に入会し,昭和63年9月には近調協の前身である京都ブロック調査業協会に加盟した。

(2)  原告は,平成2年度から近調協の会長を務め,日調協の理事や副会長職にも就いていたことがある。

(3)  日調協は,平成12年2月26日,平成11年度第4回理事会(以下「本件理事会」という。)を開催し,同理事会において日調協定款(以下,単に「定款」という。)40条に基づき,以下の内容の「加盟員の処分,処罰規定」(以下「本件規定」という。)を新たに設ける旨を決議した。

「定款40条に基づき,次の行為をした者は理事会の決定により最高除名を含む制裁を科する事が出来る。

1 日調協倫理綱領を著しく逸脱又違反した者

2 加盟員相互間において,正当な理由なく一方の名誉及び人権,人格を毀損,侵害した者

3 組織暴力団員又これらの関係者及び周辺者と思われる者と交流があると認められた者

4 日調協理事会の決定事項を無視したり,私的に地域協会を運営又しようとした責任者とそれらの事案に加担した者と認められる者」

(4)  上記理事会において,本件規定に基づき,原告を除名するとの決議がされた(以下「本件決議」という。)。

(5)  当時,被告らは,いずれも日調協の理事であり,被告Aは会長,被告Bは副会長,被告Cは専務理事であり,日調協の三役として執行部を形成していた(以下,上記被告らを「Aら三役」という。)。

(6)  被告らは,いずれも,本件理事会において,本件決議に賛同した。

3 争 点

(1)  被告らが日調協の理事として,本件理事会において本件決議に賛成したことについて,不法行為責任を負うか。

(2)  原告の損害

4 争点についての当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告)

ア 本件決議は,以下の事由により無効である。

(ア) 本件決議は実体的に無効である。

a 本件規定の無効

(a) 本件規定は,日調協の理事会が正会員たる調査業者の団体(以下「単位協会」という。)に所属する加盟員を定款8条に定める除名手続によらずに除名できるとしたもので,定款3条1号,4条,8条を実質的に変更したものである。しかるに,定款37条に定められている定款変更手続を経ないまま承認されたものであり無効である。

(b) 本件規定は,理事会の一方的判断で,特定の加盟員を制裁対象者と定め,除名を含む制裁を科することができる旨定めるが,以下の点について,適正手続の保障を定めた憲法の趣旨に反するものである。

① 制裁対象者にあたるか否かの審査を詳細な手続を経ることなく,理事会が一方的に行える点

② 制裁対象者に弁明の機会を一切与えない点

③ 制裁に対する不服申立の機会を一切与えない点

b 日調協は単位協会に属する各加盟員に対し,独自に除名処分を行うことはできない(定款4条,8条)。

c したがって,理事会は,定款に違反して,本件決議を行ったことになるから,本件決議は無効である。

(イ) 本件決議は手続的に無効である。

本件決議は,弁明の機会を一切与えず,原告の行為後に設けられた本件規定に基づき遡及的にされたものであり違法,無効である。

イ 被告らの不法行為

(ア) 違法な本件決議への加担

a 違法目的による決議

(a) 原告は,平成11年9月30日,Aら三役の公金不正支出疑惑の解明と責任追及のために,日調協に対し,臨時総会の開催を要求した(定款20条2項3号)。

(b) しかし,Aら三役は,自らの公金不正支出疑惑の解明・追及を免れるため臨時総会の開催を妨害するなどした。

(c) そして,本件決議は,原告の公金不正支出疑惑の追及に対する報復として,原告を近調協会長職から解任させるかもしくは辞任を余儀なくさせることを目的とするものである。

(d) Aら三役は,上記違法目的を認識していたし,また他の被告らも本件を熟知していたので違法目的を認識していたか,これを認識していなかったとすれば,そのことに過失がある。

b 除名事由不存在

(a) 原告には,本件規定上も何ら除名事由がない。すなわち,原告の除名事由は臨時総会開催(印取行為)であるところ(甲3,5,21),これは,原告が,平成11年9月末ころに,臨時総会開催を要求するために各単位協会会長に上記総会要求書への署名,押印を求めた行為を指す。しかし,これは定款20条2項3号に基づく行為であり,除名事由には該当しないし,臨時総会開催の目的は,Aら三役が理事会決議に違反する公金支出を行った疑いがあるところから,これを解明することである。

(b) 被告らは原告に除名事由がないことを知っていたか,あるいは知らないことに過失があった。

(イ) 日調協の理事としての注意義務違反

a 被告らは,日調協の理事として,理事会における議決に際し,定款に抵触しないか,各加盟員の権利を侵害しないかなど,議決内容の適正を判断すべき注意義務を負う。

b 本件決議は,上記のとおり,実体的にも手続的にも瑕疵があって無効である。

c 被告らは,故意,過失により上記注意義務に違反して本件決議に同意した。すなわち,被告らは,本件規定が無効であり,加盟員に対する除名は,定款変更手続を経なければ行えないことを知っていたか,あるいは知らないことに過失があった。また,本件決議には手続瑕疵があることを知っていたか,あるいは知らないことに過失があった。

(被告ら)

ア 本件規定は有効である。

(ア) 定款には加盟員の除名処分を禁止した明文規定はどこにもない。日調協は各単位協会の上部団体として,また自らの存立及び組織維持に関する自律権の一環として,各単位協会の構成員である加盟員に対して指導監督を行うことができるのであり,定款に規定がないからといって加盟員の除名を認めていないと考えるのは不当である。

(イ) 定款は,日調協が加盟員に対する取扱規定を定めるのは禁止していない。定款40条は,上記諸権限を実行あらしめるため,一定の範囲で理事会に加盟員に対する取扱い権限を委ねたものである。

(ウ) したがって,加盟員に対する除名処分についても,日調協の存立,組織の秩序維持のため,各単位協会の監督処分権限に抵触しない範囲で理事会において行うことができる。

イ 本件決議は手続上有効である。

(ア) 原告は,本件規定が,適正手続を定めた憲法の趣旨に反して無効であると主張するが,本件のような私人間に適用されるのは相当ではない。

(イ) 除名や解雇という身分剥奪の場合に,制裁対象者すべてに弁明の機会や不服申立の機会を規定上設ける必要はないし,また,制裁の対象にあたるか否かの審査はその処分権限者が一方的に行うのが通常である。

(ウ) 本件除名処分は,加盟員の身分を剥奪するが,近調協の会員としての身分を奪うものではない。

(エ) 原告の除名処分の理由となった行為は,本件規定の除名処分事由に該当する行為であり,印取行為(臨時総会開催)だけでなく,以下の権限濫用行為や違法行為を含む。

a 原告は,日調協の副会長であった平成7年から同9年ころ,広域暴力団関係者であるかのごとき言動をとり人を威嚇したり,また,勝手に「西日本総括本部長」たる肩書きの名刺を作成したりした。

b 原告は,公金不正流用という虚偽の事実を捏造し,Aら三役の地位を不当に剥奪する目的で,日調協の臨時総会の開催を要求した。

c 原告は,近調協の会長職にあった平成12年1月当時,除名理由がないにもかかわらず,同会員であるDを除名処分にした。

ウ 除名処分は違法な目的により行われたものではない。すなわち,被告らが原告を除名処分にしたのは,原告の上記権限濫用行為等を理由とするものである。

エ 被告らに過失はない。

(ア) 被告らには,一般的に,定款その他の規定等で適法に加盟員を除名処分にできるか否かを調査すべき注意義務がある。しかし,それは法律家が行うような高度な調査義務ではなく,定款等の内部規定の存否内容を文言上確認する程度のもので足りる。本件除名処分は,これらを調査確認したうえで行ったものであるから,被告らに過失はない。

(イ) 仮に,定款上,加盟員に対する除名処分が許されないとしても,定款の体裁上,一般にこれを予見することは不可能である。

(ウ) また,本件規定の制定作業においても,被告らに上記のような調査義務は要求されない以上,当該規定が憲法の趣旨に反するかどうかまでの調査義務はない。

(エ) 仮に,被告らに過失が認められたとしても,それは原告の不正行為から日調協や各単位協会の秩序や利益を守るために,やむを得ず行ったものであるから,緊急避難若しくは正当防衛的行為にあたるので違法性は阻却される。

(2)  争点(2)について

(原告)

本件処分は,日調協の会報に掲載され,近調協を除く各単位協会に通知されたほか,各都道府県の警察本部や消費者センターに通知された。これにより,原告は,顧問先から顧問契約を解除されるなどして以下の損害を被った。

ア 逸失利益

(ア) 旭興産業株式会社からの平成12年5月分から同年12月分までの顧問料収入合計160万円

(イ) 京都リビングサービス株式会社からの平成12年3月分から平成13年1月分までの顧問料収入合計143万円

(ウ) 株式会社カプリウッドからの平成12年4月分から平成13年12月分までの顧問料収入合計840万円のうち平成13年5月までの560万円

イ 慰謝料

原告は,本件処分により名誉及び信用を毀損された。これによる精神的損害に対する慰謝料は187万円とするのが相当である。

(被告ら)

ア 本件処分により原告の名誉と信用が失墜したことはない。日調協の加盟員の資格を喪失したことにより,一般消費者や顧問先から調査依頼が激減することはあり得ない。

イ 原告の主張する顧問料は高額すぎる。また,顧問契約が解除されたとしても,原告は,顧問先に対する労務提供の対価を免れているのである。

第3判 断

1  争点(1)について

(1)  本件処分の有効性について

ア 原告が日調協を相手方として申し立てた加盟員たる地位保全仮処分命令申立事件(当庁平成12年(ヨ)第230号,以下「本件仮処分」という。)における平成12年6月16日付け決定は,本件決議が無効であると判断しているところ,当裁判所も,同様に判断する。その理由も上記決定に説示されたところとほぼ同様であるが,以下に,その概要を説示しておく。なお,被告Aは,原告の除名処分は,理事会の本件決議に基づいて日調協が行ったものである旨を供述するところ,日調協の内部手続としては,上記供述のとおりであるかもしれない。しかし,本件規定上は,「…※理事会の決定により…※制裁を科する事が出来る。」とされており,甲2の1の通告書の文言も,「…※理事会において…※可決されました。以上の通り通告致します。」とされ,会報の掲載文言も,理事会の報告として,原告を「…※除名処分とすることを賛成多数で可決した。」とされているのである。そうすると,内部手続の点を別にすれば,理事会決議により,除名処分の可否が決せられることは疑いがないといえるから,本件決議により除名処分がされたと解するのが相当である。

(ア)a 定款によれば,日調協の会員は,正会員と賛助会員に分けられ,正会員は,「都道府県の地域又は数都道府県の地域を区域として設立された調査業者の団体で第1条の目的に賛同して本会に入会したもの」であり,賛助会員は,「本会の事業を賛助する個人又は団体で本会に入会したもの」とされている(4条)。しかし,加盟員についての規定はおかれていない。

b 日調協は,「加盟員の名称の使用等に関する規程」(甲22,以下「名称使用規程」という。)及び「加盟員証に関する規程」(甲23)を定めており,これらによれば,加盟員は,日調協の正会員の構成員で調査業を営む者であり,その所属する正会員の活動地区内で調査業を営む場合等に日調協加盟員の名称を使用することができるとされ,その場合,日調協が「加盟員証」を貸与するとされている。

c 定款の規定上は,加盟員の除名に関する規定はなく,会員についての除名規定があるのみである(8条)。近調協の会則(甲15)においては,会員の除名や懲戒処分の規定があるが(10,11条),日調協から加盟員が除名された場合の規定はなく,名称使用規程においても,加盟員が正会員の定款,総会の決議等に違反したときは,正会員は,加盟員に対して,当該名称使用の差止めを求めることができ,その場合は,日調協に報告する義務があるとされている。そして,正会員の名称使用差止めについて日調協会長がその不服申立審査を行い,日調協倫理委員会が,正会員に対し,名称使用差止め処分の勧告を行うことができるとされているのみである(名称使用規程4条,5条,8条)。

d 以上の定款や近調協の会則,名称使用規程等の各規定からすれば,加盟員は日調協の構成員としては捉えられておらず,日調協が正会員の構成員の調査業者に日調協加盟員の名称を使用することを許諾するとの立場をとっている。そして,その除名や懲戒は,正会員が行うことが前提とされているといえる。そうすると,定款上は,日調協が,加盟員に対して,直接,除名あるいは懲戒処分を行うことは予定されていないというほかない。

e したがって,日調協が,直接加盟員の除名を行うためには,定款変更手続を経る必要があるというべきである。

(イ) 手続的な面をみるに,本件規定は,本件決議の対象とされた原告の行為後に提案されて制定されたものであるし,これが効力を生ずるのは,少なくとも,加盟員にその周知措置が採られた後であるというべきである。したがって,本件規定に則って原告の処分をすることは不適法というべきである。

また,除名処分という当事者に重大な影響を及ぼす処分をする場合には,当該処分に先だって,処分理由を告知し,被処分者の弁明を聴取して直接に事実関係を確認した上で行うのが社会的相当性の見地から要請されるというべきである。現に,定款及び近調協会則においても,会員の除名について,同旨の規定を設けている。しかるに,本件処分に当たっては,被処分者である原告の弁明を全く聴取しないまま,本件処分が行われたのであるから,この点にも著しい手続的瑕疵があったものといわざるを得ない。

イ 被告らは,日調協は,各単位協会の上部団体として,また,自らの組織維持に関する自律権の一環として,明文規定がなくとも各単位協会の構成員である加盟員に対して指導監督ができるのであり,除名も可能である旨の主張をする。しかし,一般的に,団体は,その構成員に対しては,組織上の必要があれば,必ずしも明文規定がなくとも制裁を科することができるとしても,構成員以外の者に対しては,同様に解することはできないのであって,上記のとおり,日調協の定款及び関連規程等から,加盟員に対する制裁等は加盟員が所属する単位協会が行い,日調協は,単位協会を指導監督するとの仕組みを採用しているのであるから,これを無視することはできないというべきである。

被告らは,また,本件規定は,定款40条に基づき有効に制定できるとの趣旨を主張する。しかし,定款40条は,細則として,「…※会務を執行するために必要な事項は,理事会の議決を経て,会長が定める。」とするのであって,これにより定款の規定の仕組みを変更するような定めをすることを許容するものと解することはできない。また,加盟員の名称使用を差止めたり,制裁を科することが必要な場合は,単位協会に指導,勧告すれば良いのであるから,加盟員の除名規定を制定することが「会務を執行するために必要な事項」であるということもできない。

(2)  被告らの不法行為について

ア 証拠(甲1,2の1・2,3,5,6,9,21,48ないし54《枝番を含む》,57ないし61《枝番を含む》,乙2ないし6,原告,被告A各本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 原告は,平成11年9月ころ,単位協会である北海道調査業協会の会長であり,日調協の副会長であるEから,神奈川県調査業協会の会長Fらと共に,日調協の経理事務担当の職員Gが執行部から解雇されたが,その理由は,Aら三役の公金不正使用のためであるとのことを聞かされた。

(イ) その後,原告のもとへ,E,F,Gが収集あるいは作成した帳簿書類,金銭出納帳,領収証や報告書類が送付され,また,Eは,乙2ないし6の調査報告書類を作成したが,これによれば,役員の交通費や会長権限により支出が認められている金員について,平成11年5月から同年9月までの間に91万1710円の使途不明金及び不当支出金があるというのである(乙4)。原告は,これらの書類により,Aら三役に金銭の不当な支出行為があるとの疑いを強く持つようになった。

(ウ) Eは,平成11年9月22日付けで,Aら三役を警視庁に業務上横領罪で告発した。また,Eは,原告及びFに呼びかけて,上記被告らの業務上横領行為を糾弾することを目的として,定款20条2項3号に基づき,臨時総会開催要求をすることを計画し,原告及びFはこれに賛同して,原告が平成11年9月30日付けで,「臨時総会開催要求書」(甲5)を起案し,上記定款規定によって必要とされる「正会員の5分の1以上から会議の目的たる事項を示して会長に対して請求があったとき」の要件を満たすため,E,Fと原告が分担して,甲5に単位協会の会長の署名,押印を貰うこととし,原告は,中国ブロック,静岡県,東海,中部,北陸,九州各調査業協会の会長の記名,押印を貰った。

(エ) 被告Aは,平成11年9月中旬,東京調査業協会の副会長であるHから,Eが日調協執行部が公金を不正支出しているとの噂を流しているとの情報を得た。被告Aは,経理関係はGに一任しており,公金の不正支出をしたことについて思い当たる節がなかったことから,上記のことを聞いて驚き,Aら三役間で相談し,同月25日に予定されていた三役会において,Eから事情聴取することとした。しかし,Eがこれに欠席したため,三役会では,同年10月9日に予定されていた理事会にEを副会長から罷免する議案を提出することとした。そして,Aら三役は,上記理事会までの間に,乙2ないし6の書面と甲5の書面(各単位協会会長の記名,押印のあるもの)を入手し,また,臨時総会開催要求に向けての活動は,Eの外に原告とFが行っているとの情報も得ていた。

(オ) 平成11年10月9日に開催された理事会においては,Eが出席し,他の理事からEの行動に対する批判が出され,Eは,確たる証拠がなく行動したとして従前の行動を謝罪した上,副会長を辞任して,臨時総会開催要求を取り下げた。そこで,理事会は,Eに対してはそれ以上の追及はしないことになった。また,原告及びFに対する処置は執行部(Aら三役)に一任するとされた。

(カ) 被告Aは,日調協会長名で,Fに対して,倫理委員会へ出席を求める書面を送付したところ,Fは,倫理委員会に出席して謝罪したため,Fに対しては,特段の処置をしないこととなった。しかし,原告からは,何らの反応がなかったため,Aら三役は,平成12年初めころには,原告を除名すべきであるとの考えを固めた。

(なお,被告Aは,原告ないし近調協に対して,謝罪を求める書面及び倫理委員会への出席を求める書面を送付したと供述し,原告はこれを否定する旨の供述をする。日調協としても,Eの謝罪を受け,また,甲5の書面の存在が判明していたのであるから,原告及びFあるいは甲5に記名,押印した単位協会に対し,何らかの通知をしたとみるのが常識的であり,原告ないし近調協のみに対しては何らの通知をしなかったとするのも不自然である。しかし,一方,被告Aが供述するように上記書面が日調協としての公的なものであれば,これが証拠として提出されていないのも不自然である。したがって,この点は明確に認定することは困難であるが,被告らが被告Aの供述に沿う客観的な証拠を提出しない以上,原告に対する上記書面の送付はなかったものと認定せざるを得ない。)

(キ) Aら三役は,日調協の定款や関係規則上,加盟員としての原告の除名が可能かを検討し,定款40条に基づけば可能であろうとの結論に達した。また,顧問弁護士にも相談したが,可能であるとのことであった(ただし,顧問弁護士に対し,どの程度具体的な相談をしたかは明確ではない。)。

しかし,Aら三役は,定款の規定上,当然に除名が可能といえるかについては,やはり問題があると考え,これをクリアーするために加盟員の処分,処罰のための本件規定を制定することとした。そして,平成12年2月26日に開催された本件理事会において,Aら三役が本件規定案を提案したところ了承された。そして,これに続いて,被告Aが,原告を本件規定に基づいて除名処分とする議案を提案したが,その理由は,原告が確たる証拠もなく執行部の公金不正使用の噂を流した上,臨時総会開催要求のための印取行為をしたというものである。結局,本件理事会において,原告の行為は,本件規定の1項に該当するとされ(ただし,理事会における自由な発言中においては,原告は,その他に本件規定の3項及び4項にも該当するのではないかとの発言も出た。),賛成多数で本件決議がされた。

(被告らは,原告には上記の外にも,除名事由が存在したと主張し,被告Aも同旨を供述するが,甲3において,「…※昨年の印取行為(臨時総会開催)に対し…※除名処分とする…※。」と明記されていることに照らして採用することはできない。)。

(ク) 日調協は,平成12年4月1日付会報№52(甲21)に理事会が原告を除名処分とする決議をしたことを掲載した。上記会報は,都道府県警察本部や消費者センター窓口,新聞社等に送付されている。

イ 上記認定事実に照らして検討する。

(ア) 原告は,本件決議は,原告らのAら三役に対する公金不正支出疑惑追及に対する報復という違法目的でされた旨を主張する。

しかし,上記認定事実によれば,Aら三役は,原告の公金不正支出疑惑追及及び印取行為が確たる証拠に基づかない不当なものであると信じていたといえるし,EやFの謝罪という事実経緯に照らせば,Aら三役がそのように信じたことが必ずしも非常識的であるということもできない。したがって,少なくとも,本件決議が専ら,原告の公金不正支出疑惑追及に対する報復としてされたものということはできない。

(イ) 原告は,被告らが本件規定の除名事由が存在しないことを知りながらあるいは過失によって知らないで本件決議に賛成したと主張する。

しかし,Aら三役は,Eらの公金横領との指摘に思い当たる節がなく,執行部批判の主導的立場にあったEが,後に,確たる証拠がなかったことを認めて謝罪し,Fも謝罪したことからも,原告においても確たる証拠なく,Aら三役を犯罪行為を犯したとして糾弾し,解任するために印取行為を行ったものと考えたとしても,被告らの立場としてはやむを得ないといえる。そして,これが,本件規定1項(日調協倫理綱領を著しく逸脱又違反した者)に該当すると考えたこともやむを得ないといえる。他の被告らについても,Aら三役の説明により,同様の認識に立ったことも,また,やむを得ないというべきである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(ウ) 原告は,被告らは,本件規定が無効であり,加盟員の除名は定款規定の変更によらねばできないことを知っていた,もしくは知らないことに過失があった旨主張する。

しかし,被告らがこれを知っていたことを裏付けるに足りる証拠はない。また,Aら三役は,加盟員の除名は,定款40条により可能であると考え,少なくとも,同条に基づき,本件規定を定めることで可能となると考えていたのであり,顧問弁護士に相談するも,除名は可能とのことであったのである。確かに,前記説示のとおり,定款や関連する規則等を検討した結果,定款は加盟員の除名をすることは予定していないと考えるのが相当であるが,これは,加盟員の日調協構成員とは異なる地位や上記各規則等の法的検討の結果であり,一般に,団体は,その構成員に対しては,明文規定がなくとも,組織の維持運営に必要であれば,除名を含む制裁を科することも不可能とはいえないことからしても,被告らが前記説示と同じ検討結果に達しなかったとしても,そのことをもって,直ちに不法行為を基礎づけるに足りる過失とまでみることは相当ではない。

(エ) 原告は,被告らは,本件決議には手続的な瑕疵があることを知っていたか,知らないことについて過失があった旨主張する。

確かに,本件規定は,除名処分の対象とされた原告の印取行為の後に提案,制定されたものであり,しかも,その内容を原告に告知する前に,これに基づいて原告の除名を決議したのである。また,本件処分前には,原告に対し,予め,その理由を告知して事情を聴取するなど,原告に対する直接の事実確認をしなかったのである(なお,仮に,日調協が,原告に対しても謝罪を求める書面及び倫理委員会への出席を求める書面を送付したものとしても,これをもって,直ちに除名処分をする前提としての事情聴取の機会を与えたものということはできない。)。Aら三役は,上記の問題点を検討しないまま,理事会に原告の除名決議案を提案して,主導的にその決議の成立を図ったのであるから,本件処分が除名という重大なものであることに照らしても,Aら三役にこの点について過失があったといわざるを得ない。もっとも,本件規定の効力に関してはやや法的な問題を含むから,この点についての検討を怠ったことを,直ちに,不法行為を基礎づけるに足りる過失ということは困難な面があるともいえる。しかし,少なくとも,原告に対する直接の事実確認を怠ったまま,本件処分を提案し,その決議の成立を図った点について過失があるといわざるを得ない。しかし,他の被告らに関しては,一般理事として,上記提案と被告Aの説明を受けて,原告に本件規定上の除名事由があるかどうかを検討したものであるから,その際,手続的に上記の問題点があるかどうかについて検討しなかったとしても,そのことから直ちに,不法行為を基礎づけるに足りる過失があるとするのは相当ではない。

ウ 以上のとおり,本件決議の手続的瑕疵を看過した点において,Aら三役について不法行為の成立を認めることができる。被告らは,被告らの行為は緊急避難あるいは正当防衛に該当するから違法性が阻却されると主張するが,前記認定事実に照らしても,本件決議によらねば阻止し得ないような原告による被告らに対する緊急の法益侵害行為が存在したものと認めるべき事情はうかがえないから,被告らの上記主張は理由がない。

2  争点(2)について

(1)  逸失利益について

原告は,除名処分を受けたことが顧問契約先に知られて顧問契約を解除されたと主張し,その証拠として,甲19,20及び27の各1・2を提出する。

しかし,除名処分を受けたことによって(これが無効であることを別としても)原告の近調協における地位が左右されるものではなく,原告の調査業自体の遂行自体に直接の影響を与えるものでもない。そうすると,本件決議によって,原告が顧問先から顧問契約を解除されて,約定の顧問料収入を喪失したことは特別損害というべきであるが,これをAら三役が予見し,また,予見可能であったと認めるべき証拠はない。したがって,その余を判断するまでもなく,逸失利益の請求は理由がない。

(2)  慰謝料について

原告が除名処分を受け,その事実を日調協会報に掲載されて外部団体に配布されたことにより,一定の信用,名誉毀損を受けたことは容易に推測される。しかし,一方,原告も,Aら三役の金銭不正支出疑惑について,直接,上記被告らに事実関係を確認することなく,臨時総会開催の印取行為に走ったことから,Aら三役の疑念を増大させることとなった面も否定できないこと,その後も,自ら積極的に,日調協執行部に対して自らの疑問を質したり,自らの行為の弁明をするなどの行為に出なかったこと,原告の申し立てた本件仮処分の決定により,除名処分が無効であることが判断された上,原告の加盟員たる地位を仮に定めるとの決定がされたことにより,原告の信用,名誉はある程度回復されたとみられることなどの諸事情を勘案すれば,原告の受けた信用,名誉の毀損に対する慰謝料としては,100万円をもって相当とする。

3  よって,原告の請求は,被告A,同B及び同Cに対し,連帯して100万円の支払を命ずる限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却する。

(裁判官 赤西芳文)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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