京都地方裁判所 平成12年(ワ)682号 判決 2002年4月26日
京都市西京区川島北裏町29番地
本訴事件原告・反訴事件被告(以下「原告」という。)
本願寺西山別院
代表者代表役員
森俊道
訴訟代理人弁護士
森川清一
同
寺内清視
京都市右京区音戸山山ノ茶屋町9番地の6
本訴事件被告・反訴事件原告(以下「被告日商石材(京都)」という。)
日商石材株式会社
代表者代表取締役
山本春夫
奈良市富雄元町4丁目9番1号
本訴事件被告(以下「被告日商石材(奈良)」という。)
日商石材株式会社
代表者代表取締役
山本晴夫
京都市右京区西院平町33番地
本訴事件被告(以下「被告」という。)
墓石霊園総合センター株式会社
代表者代表取締役
山本春夫
同所
同
三商株式会社
代表者代表取締役
山本春夫
被告ら訴訟代理人弁護士
市木重夫
主文
1 被告らは、「本願寺西山別院西山廟、「西山廟石材協力グループ西山会」、「本願寺西山別院西山会」、その他「西山別院」「西山廟」の名称を付加した表示を用いて、別紙物件目録1及び2記載の土地内に存する墓地及び墓石の販売並びにこれに伴う広告の掲載、販売代金の受領その他一切の行為をしてはならない。
2 被告日商石材(京都)は、別紙看板等一覧表記載の看板、垂幕及び門標を撤去せよ。
3 被告らは、原告に対し、1項の名称を表示した広告用チラシを引き渡せ。
4 被告墓石霊園総合センター株式会社は、別紙物件目録4(1)記載の自動車の「本願寺西山別院西山会」の表示を抹消せよ。
5 被告三商株式会社は、別紙物件目録4(2)記載の自動車の「本願寺西山別院西山会」の表示を抹消せよ。
6 原告は、被告日商石材(京都)に対し、7907万1193円及びこれに対する平成10年6月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
7 被告日商石材(京都)のその余の請求を棄却する。
8 訴訟費用は、本訴事件について生じたものは被告らの負担とし、反訴事件について生じたものはこれを10分し、その1を原告の、その余を被告日商石材(京都)の負担とする。
9 6項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
(本訴)
主文1項ないし5項と同旨
(反訴)
原告は、被告日商石材(京都)に対し、6億9994万円及びこれに対する平成10年6月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(本訴事件)
原告は、「本願寺西山別院」ないし「西山別院」の表示(以下包括して「原告表示」という。)は原告を表す営業表示として周知性を取得しているところ、被告らは、これと類似する看板等の表示を使用しているとして、これらの行為の差止を請求し、被告らは、被告らの表示については使用許諾があったと反論し、これに対し、原告がさらに、仮に許諾があったとしても、その基礎となる委任契約ないし準委任契約が解除されたと主張するものである。
(反訴事件)
被告日商石材(京都)は、上記許諾の基礎となる委任契約ないし準委任契約が解除されたとすれば損害賠償を請求するとして、6億9994万円及びこれに対する原告主張の解約の日である平成10年6月5日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
2 基本的事実関係(証拠の掲記のないものは争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 原告は、本願寺(西本願寺)の直属寺院であり、その住職は門主が兼任するものである。
被告日商石材(京都)、被告日商石材(奈良)は、いずれも墓地の分譲、仲介及び賃貸、墓石等石材の販売及び輸入を主たる業務とする株式会社である。
被告墓石霊園総合センター株式会社(以下「被告センター」という。)は、墓地の計画、設計、施工、経営及び管理、分譲、仲介及び賃貸、墓石等石材の販売及び輸入を主たる業務とする株式会社である。
被告三商株式会社(以下「被告三商」という。)は、不動産の売買並びに造園業、墓地の分譲、仲介及び賃貸、墓石等石材の販売及び輸入を主たる業務とする株式会社である。
(2) 別紙物件目録1記載の土地(以下「29番の土地」という。)及び同目録2記載の土地(以下「29番の2の土地」という。)は西本願寺が所有し、原告に貸与してきたものである。
原告は、平成3年ころから、29番の土地及び29番の2の土地に墓地を造成して、これを門徒に永代使用させ、その対価により老朽化の著しい本堂の修復費用を捻出しようと計画した。
西本願寺は、平成6年1月18日、原告の計画を受け、29番の2の土地について、京都市市長に対し、墓地埋葬等に関する法律10条2項に基づく墓地地域を435.12平方メートルだけ縮小する旨の許可を申請し、同月24日付で許可を得た。その結果、許可された墓地造成面積は625.16平方メートルとなった(甲4、5)。
さらに、同年5月16日、西本願寺の門主は、同許可面積について、431区画の墓地を造成することを認許した。
(3) 原告は、平成6年11月26日付で、山本成海(以下「成海」という。)を代表者とする西山会、被告日商石材(京都)、日商住宅株式会社(以下「日商住宅」という。)との間で、原告の墓地分譲に関し、「西山別院西山会々長山本成海」に対し推進費6パーセントを支払うこと等を内容とする契約(乙1 以下「本件契約1」という。)を締結した。なお、原告の当時の代表役員(輪番)は木村修(以下「木村」という。)であった。
(4) 成海ないし被告日商石材(京都)は、平成8年2月初めころから墓地造成工事に着手し、同年4月20日ころまでの間に、約1232平方メートル、848区画の墓地造成工事を完了した(乙21、47、58、以下「本件造成工事」という。)。
このころ、29番の2の土地上に別紙物件目録3記載の建物(以下「本件建物」という。)が建築され、同年10月8日、被告日商石材(奈良)名義で所有権保存登記がされ、同日付で債権者をエムケイ株式会社、極度額2億3100万円とする根抵当権設定登記がされた。
(5) 原告と被告日商石材(京都)ないし成海の法律関係に関連して、以下の契約書が存在する。
ア 上記の本件契約1の契約書(乙1)
イ 原告・被告日商石材(京都)間の、請負代金額(第1期430m2分)を3483万4092円とする平成7年12月19日付請負契約書(乙17、同日付確定日付あり。以下「本件請負契約」という。)。
ウ 原告・被告日商石材(京都)間の、造成工事見積総額を5億円とする契約書(乙2、平成8年8月2日付確定日付あり。以下「本作契約2」という。)
(6) 被告らの行為
被告らは、本願寺西山別院西山廟の墓地、墓石を販売するとして、「西山廟石材協力グループ西山会」あるいは「本願寺西山別院西山会」等の名称を用い、広告用チラシを頒布し、同様の広告を新聞に掲載するなどして墓地、墓石を販売した。
被告日商石材(京都)は、「本願寺西山別院西山会石材部」「本願寺西山別院西山会」等と表示した別紙看板等一覧表記載の看板、垂れ幕、門標を設置していた。
別紙物件目録4(1)記載の自動車は被告センターが所有、使用するものであり、同目録4(2)記載の自動車は被告三商が使用するものであるが、これらの車体にも「本願寺西山別院西山会」の名称が表示され、それぞれの営業に使用されていた。
(以下被告らが使用していた表示を包括して「被告ら表示」という。)
3 争点
(1) 原告表示の周知性の有無。
(2) 被告ら表示について使用許諾があったか。
(3) 使用許諾が認められる場合、その基礎となる委任契約ないし準委任契約の解除の可否。
(4) 解除が認められる場合に原告が賠償すべき損害額。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(原告表示の周知性の有無。)について
【原告の主張】
(1) 原告は西本願寺の直属寺院であり、従前から肩書地において宗教活動を行ってきた。
(2) したがって、原告表示は、原告を表す営業表示として、歴史的年月をかけて、肩書地を始めとして広く知られることとなっている。
2 争点(2)(被告ら表示について使用許諾があったか。)について
【被告らの主張】
平成8年1月11日付委任状(乙3 以下「本件委任状」という。)により、「西山会」の名称使用は許諾されている。
すなわち、乙3では、「西山会 会長」としての成海に宛て、原告側(輪番である木村、宗会議員建設委員長上田嘉信《以下「上田」という。》ほか総代3名)名義で、「西山廟墓地墓石販売については西山別院西山廟墓地指定登録業者であり西山会加入の業者であることを条件に西山会に委任いたします。」と記載されている。
【原告の主張】
原告と被告らの間には、使用許諾も、その基礎となる委任契約ないし準委任契約も存在しない。
3 争点(3)(使用許諾が認められる場合、その基礎となる委任契約ないし準委任契約の解除の可否。)について
【原告の主張】
(1) 本件では、以下のとおり、受任者である成海ないし被告日商石材(京都)に信頼関係を破壊する行動があり、解除がやむを得ない事由がある。
ア 被告日商石材(京都)は、原告と請負契約を締結しないまま本件造成工事を行った。
イ 仮に、請負契約が締結されていたとしても、本件造成工事は、西本願寺門主の認許の範囲を越え、京都市長が墓地縮小を許可した区域をも再び墓地造成したというもので、墓地、埋葬等に関する法律10条2項に違反するから、上記契約は無効である。また、29番の土地は基本財産であり、宗教法人法18条5項、23条1、4、5号、24条本文に違反する。
なお、成海は、墓地造成の専門業者で、木村にも助言する立場にあったから、宗教法人法24条但書の善意は認められない。
ウ 被告らは、工事が完了した後の平成8年4月11日に測量図面を作成し(乙19、20)、平成8年4月17日、見積書を作成した(乙18)。本件契約2は、工事完了後2か月も経過した後の平成8年5月23日、木村に対し、法に違反する工事を京都市、西本願寺に通報すると脅し、強引に締結させたものである。
エ 原告は、上記のような被告らの違法工事について、既に9回にわたり合計9350万円の工事代金を支払った。一方、被告日商石材(京都)が当該違法工事に要した費用はせいぜい3000万円程度である。本件契約2において請負代金額を5億円と定めたのは、著しい暴利行為である。しかも、是正工事に要する費用は1090万9500円に達する見込である。
(2) 委任契約ないし準委任契約は、いつでも解除することができる(民法656条、651条)。本件では、受任者の利益のためにも委任契約が締結されたような場合には該当しない。また、受任者の利益のためにも締結された委任契約であっても、その契約において委任者が委任契約の解除権自体を放棄したとは解されない事情があるときは、委任者は、やむを得ない事由がなくても、民法651条により同契約を解除することができる(最判昭和56年1月19日民集35巻1号1頁)。
原告は、平成10年6月5日に実施された京都地方裁判所平成9年(ヨ)第1552号仮処分申立事件(以下「本件仮処分」という。)の第3回審尋期日において、債務者であった被告らに対し、当該委任契約ないし準委任契約を解除する旨の意思表示をした。なお念のため、原告は、平成12年3月3日に被告日商石材(京都)に到達した内容証明郵便をもって、当該委任契約ないし準委任契約を解除する旨の意思表示をした。
【被告の主張】
(1) 原告による墓地分譲及び被告らの営業取引販売である墓石販売はセット販売であり、不可分の関係に立っている。
したがって、原告と被告らの墓地分譲の委託契約は原告のための墓地分譲だけを目的とするものではないので、受任者(被告ら)の利益は委任者の利益に対する従的関係ではない。
さらに、本件の墓地の対象は少なくとも864区画の1172.97平方メートルであり、上記864聖地については原告(委任者)は被告らにすべてを委任し、工事費や広告費等一切を立替負担させ、墓地分譲代金でその工事代金や立替費用分を返済する約束があったから、原告(委任者)は、当初から解除権自体を放棄していたことは明らかである。
すなわち、本件の墓地分譲及び墓石販売は完売までにはその性質上20年近くの販売期間を必要とするものであり、上記期間の委任の継続を前提としていた。
(2) 仮に、解除権放棄が認められないとしても、原告による解除は、墓地分譲及び墓石販売が平成8年3月21日に始まってからわずか9か月後にされており、このような解除権の行使は権利濫用又は信義則違反であり無効である。
4 争点(4)(解除が認められる場合に原告が賠償すべき損害額。)について
【被告日商石材(京都)の主張】
(1) 被告日商石材(京都)は、平成8年4月17日、基地造成費(2億6000万円)を含む販売経費等一切の代金として5億1500万円(消費税3パーセントを含む。)とする見積書を原告に提出し、同年5月23日、墓地造成工事費等5億円とする契約を締結した(ただし、平成8年1月11日付、本件契約2)。
(2) 被告日商石材(京都)と原告は、平成8年1月11日、平成6年11月26日付で、墓地分譲と墓石販売の委任契約を締結した(本件契約1)。本件契約1は、原告が墓地分譲の推進費として6パーセントを支払う旨定めている。
(3) 損害の費目
ア 造成工事費、経費
別紙「造成工事費、経費明細」記載のとおり、2億0127万6560円となる(既に工事が終了した1232.68平方メートル分)。
イ 逸失利益(販売利益)
848区画の造成により6億0191万円の利益が見込まれていたところ、これから68区画8606万円を控除すれば5億1585万円となる。
ウ 逸失利益(推進費)
本件契約2で墓地分譲の推進費として6パーセントを支払う旨記載されているのは上記のとおりである。
1区画の分譲墓地(永代使用)代金は150万円であるから、その推進費は9万円となる。したがって、848区画分7632万円分が損害となる。
(4) 上記損害から既払分9350万円を控除すれば6億9994万円となる。
【原告の主張】
(1) 被告日商石材(京都)のした工事は、違法・無効なものである。
(2) 墓地分譲の推進費として6パーセントを支払う旨の合意はない。乙33には、当事者双方の挿入文言10字の追加訂正印もなく、原告の保有する専任契約書(甲12)には、そのような記載は一切ない。
(3) 各損害費目について
ア 造成工事費、経費
被告日商石材(京都)の請求は、許可された面積を超えている点で失当である。乙18の見積書を基礎に、許可された面積で計算すれば、工事費は4920万円にしかならない。
印刷費についても、原告に無許可でされたものであるから原告が負担する筋合いはない。
イ 逸失利益(販売利益)
被告日商石材(京都)の主張する利益率25パーセントは全く根拠がない。
ウ 逸失利益(推進費)
上記のとおり、墓地分譲の推進費として6パーセントを支払う旨の合意はない。
第4 争点に対する判断
1 争点(1)(原告表示の周知性の有無。)について
(1) 原告は西本願寺の直属寺院であり、正和3年(1314年)に覚如上人により念仏道場として再興されて以来、肩書地において宗教活動を行い、「西山御坊」などと呼ばれて、崇敬の対象となってきたことは、被告側が原告側と相談しつつ作成したチラシ(甲14、19、乙16等)からも窺われるところである。
(2) したがって、原告表示は、原告を表す営業表示として、歴史的年月をかけて、肩書地を初めとして周知となっているものと認められる(この点については、被告らも実質的に争ってはいないものとみられる。)。
2 争点(2)(被告ら表示について使用許諾があったか。)について
(1) 基本的事実関係(2)記載の事実及び証拠(各所に掲記のもののほか、甲5、7、8、乙48)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 平成3年7月ころ輪番に就任した木村は、覚如上人650回忌の記念事業として老朽化した本堂の修復を計画し、費用捻出のために、29番の土地及び29番の2の土地について墓地分譲をすることを計画し、その過程で、京都、奈良等で墓地分譲の実績があり(乙16、31の1ないし3)、被告らのいわゆるオーナーの立場にあった成海が関与するようになった。
イ 原告は、平成6年11月26日付で、被告日商石材(京都)との間で、同被告に墓地分譲について手数料を支払うことを確約する専任契約(乙33)を締結した。
ウ 成海は、平成7年11月7日ころ、原告に対し、430平方メートルの墓地造成費を2941万6042円とする見積書(乙39)を提出した。
エ 原告と被告日商石材(京都)は、平成7年12月19日、第1期430平方メートル分の墓地築造について代金を3483万4092円とする本件請負契約(乙17)を締結した。
オ 原告がみずから墓地を分譲するのは宗教法人としての制約があり、他方、分譲に当たる業者が1社のみであることも不都合があると考えられたことから、原告と成海間で、形式上、西山会という団体において分譲に当たることが合意され、本件委任状(乙3)が作成された。これには、「西山会 会長」としての成海に宛て、原告側(輪番である木村、宗会議員建設委員長上田《なお、平成13年4月20日には宗会副議長になっている 乙59》ほか総代3名)名義で、「西山廟墓地墓石販売については西山別院西山廟墓地指定登録業者であり西山会加入の業者であることを条件に西山会に委任いたします。」と記載されている。
カ 平成8年4月8日以降、原告に対し、「本願寺西山別院西山会」名義で領収証が発行されている(乙24の1ないし9)。
(2) 上記認定事実に照らせば、原告は、成海ないし被告らに対し、みずからは表だってすることが不適当な「西山別院」の墓地販売活動の窓口となることを求めていたものであり、被告ら表示の使用を容認していたものと評価することができる(本件委任状の記載のみによっても、「西山会」の表示を認めていたことは明らかである。)。
3 争点(3)(使用許諾が認められる場合、その基礎となる委任契約ないし準委任契約の解除の可否。)について
(1) 本件委任状の文言は、「西山廟墓地墓石販売については西山別院西山廟墓地指定登録業者であり西山会加入の業者であることを条件に西山会に委任いたします。」というものであるが、チラシ(甲14、19、乙16等)に「協力グループ」との記載があること、墓地購入者が直接原告に代金を振り込んでいること(乙23の1ないし55)からすると、墓地の販売に関する事務処理の委託がされたものであり、準委任契約に当たるものと解される(以下「本件準委任契約」という。)。なお、墓石の販売については、被告らの主張するとおり、被告らの営業行為であるから、委託の対象ではない。
(2) 本件準委任契約は被告らの利益のためにもされたといえるかについて
被告らは、原告による墓地分譲及び被告らの営業取引販売である墓石販売はセット販売であり、不可分の関係に立っているから、本件準委任契約は、原告のための墓地分譲だけを目的とするものではなく、被告らの利益のためにもされた旨主張する。
しかし、解約権制限の根拠となる受任者の「利益」は、単なる報酬特約ではなく、委任事務処理の遂行と直接的に関係する利益を意味すると解されるところ、墓地分譲と墓石の売買は別個の法律関係であって、墓石販売による利益の期待は事実上の間接的なものに止まるというべきであるから、本件準委任契約が受任者の利益のためにも締結されたということは困難であり、少なくとも、委任者の利益に比較すれば、従たるものにすぎないというべきである。
(3) 被告らの信頼関係破壊について
原告は、被告らが信頼関係を破壊する行動をしたとのやむを得ない解除事由がある旨を主張するので検討する。
ア 原告は、被告らが請負契約の締結することなく、本件造成工事をした旨、また、木村に対する脅迫的行為によって本件契約2を締結させた旨主張する。しかし、本件契約2の契約書(乙2)の日付が遡及されたのは、原告と成海間で、造成工事の規模や請負工事代金を巡って折衝が重ねられ、工事完成後になってから契約書が作成されたため、墓石販売の委任時点に合わせたものと考えられるから、請負契約の成立が妨げられるものではないし(乙48、弁論の全趣旨、乙55の判決理由参照)、上記契約が成海の脅迫的行為によって締結されたものと認めるに足りる証拠はない(乙55の判決理由参照)。
イ 原告は、また、墓地造成工事について、墓地、埋葬等に関する法律10条2項及び宗教法人法23条各号の規定に違反するから、請負契約は無効であると主張する。このうち、墓地、埋葬等に関する法律違反の点(許可面積を超えて工事を実施し、その後、その部分を含めて契約を締結した点)についてみると、同法が直ちに私法上の契約の効力を左右するものとは解されない上、成海ないし被告らが具体的に許可面積を認識していたと認めるに足りる十分な証拠はないのであって(許可は成海ないし被告らを名宛人とするものではなく、成海ないし被告らが、原告が示す面積は許可されたものであるとの前提で行動したとしても不合理ではない。)、結局、請負契約の効力に影響はないものというべきである。次に、宗教法人法違反の点(西本願寺門主の認可の範囲を越えて工事をしたとの点)は、門主の認可が黙示的にも得られていなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない上、前記認定事実のとおり、木村が積極的に墓地分譲に関わり、総代会の有力者もこれに関与していたところからすれば、成海ないし被告らにおいて、内部手続が履践されていたと考えても不合理なところはないから、宗教法人法24条但書による善意が認められるといえるし、少なくとも重過失は存しないというべきである。
ウ 原告は、さらに、本件契約2に請負代金を5億円と定めたのは暴利行為であると主張するが、証人堀江泰子(以下「証人堀江」という。)の証言によれば、上記代金は、坪当たり26万円で概算的に見積算出したものであるが、造成工事費のみではなく、販売必要諸経費等をも見込んだ金額であるというのであり、請負代金の具体的な約定ということはできないから、これが、直ちに、暴利行為に該当するものと認めることはできない。
エ したがって、信頼関係破壊を理由とする解除の主張は理由がない。
(4) 原告が解除権を放棄したものと解されない事情があるかについて
本件準委任契約が受任者の利益のためにもされたと認められたとしても、少なくとも、受任者である被告らの利益は委任者である原告の利益に比較すれば、従たるものにすぎないことは上記のとおりであるところ、このような場合には、委任者である原告が解除権を放棄したものと解されない事情があるといえる。
被告らは、本件の墓地の対象は少なくとも864区画の1172.97平方メートルであり、上記864聖地については原告(委任者)は被告らにすべてを委任し工事費や広告費等一切を立替負担させているものであり、墓地分譲代金でその工事代金や立替費用分を返済するとの約束があったので、原告(委任者)は、当初から解除権自体を放棄していたことは明らかである旨主張するが、被告ら主張の約束を認めるに足りる的確な証拠はなく、また、費用回収は被告らが墓地分譲に直接携わらなければ達成できないわけではないから、被告らの上記主張は採用できない。
(5) 被告らは、解除権放棄自体が認められないとしても、原告による解除は、墓地分譲及び墓石販売が平成8年3月21日に始まってからわずか9か月後にされており、このような解除権の行使は権利濫用又は信義則違反であり無効である旨主張するが、民法651条1項による解除は「何時ニテモ」できるのであるから、被告らの主張する程度の事情は権利濫用ないし信義則違反を基礎付けるものとしては不十分であるというべきである。
(6) よって、本件準委任契約は、平成10年6月5日に実施された本件仮処分の第3回審尋期日において、原告から解除の意思表示がされた(弁論の全趣旨)ことにより終了し、これを基礎とする被告ら表示の使用許諾も効力を失ったというべきである。
4 争点(4)(解除が認められる場合に原告が賠償すべき損害額。)について
(1) 造成工事費、経費について
工事費用は請負代金請求権、経費は費用償還請求権に基づく請求と解されるところ、被告日商石材(京都)の請求はこれらの請求権に基づくものも含む趣旨であると解される(弁論の全趣旨)。
ア 付随造成工事代、門工事、ガレージ工事、倉庫、山門解体工事、建物建築工事、水汲み場
工事終了部分について、被告日商石材(京都)が6292万3215円で株式会社昌成建設に下請させたことが認められる(乙63の1・2)。 証人堀江は利益率25パーセントが見込まれる旨証言するがこれを裏付けるに足りる的確な証拠はない(なお、乙2は上記のとおり、概算的な見積を内容とするものであり、請負契約としての具体的特定性を欠き、これだけでは請求根拠としては不十分である。)。
イ 植木代(以下カまでの費目については乙64による認定である。)
工事終了部分について、被告日商石材(京都)が449万5000円で住井茂雄、新井勇に下請させたことが認められる。
ウ 看板費
被告三商が61万6900円を支出しており、これは実質的には被告日商石材によるものと認められる(弁論の全趣旨)。
エ チラシ代
実質的には被告日商石材(京都)が、平成7年から平成9年までの間、9142万3608円を支出したことが認められる。なお、印刷業者の1つである株式会社同朋舎は、本山関係の印刷をしている業者であり(甲7)、その役員である小森慶次郎は、本件委任状にも総代として名を連ねている(甲3)。なお、上記のうち平成7年2月18日分(346万5690円)については、被告日商石材(京都)の名で原告宛顛末書が提出され(甲6)、市場調査のためのチラシ配布が墓地広告に取られかねないもので、今後このようなことはしない旨の記載があるので、許諾の範囲外と認める(乙48には、木村輪番は承知していたが本山からの苦情があったので、被告日商石材《京都》に責任があるかのような文書を作成した旨記載されているが、直ちに採用できない。)。
オ 広告代
実質的には被告日商石材(京都)が、MK株式会社新聞部に対し、14万7975円を支払っていることが認められる。
カ その他、実質的に被告日商石材(京都)の費用として認められるものとして、工事用警備員費120万5512円、石塔据付代33万9900円、石灯籠代49万3370円、図面測量費60万7200円、設備費575万0799円、事務手続文具品費21万5536円、墓地区画番号プレート代資料119万8261円、墓参用必要品費17万3136円、申込手続用紙代等83万6471円がある。
他方、客送迎用運転代行費は定型的に費用として予定されるべきものか疑問がある。また、粗品用タオル代、風呂敷・灰皿等についても同様の問題がある上、お土産用名入灰皿については別個の霊園に納入された疑いがあり(甲20)、結局いずれも費用として認めるに足りない。
(2) 逸失利益(販売利益)について
被告らは、本件準委任契約により、原告のために墓地の販売事務を処理するのと並行して、墓石を販売することで利益を上げることを期待していたが、これが不能となったことによる損害を主張しているものと解されるところ、上記説示したとおり、墓石販売自体は委託事項ではないし、上記期待も事実上のものにすぎないというべきである。
(乙1、3によれば、原告は、被告らが独占的に墓石販売をすることを認めているといえ、これによる販売利益は原告にとってもある程度予見可能であったということもできるが、民法651条2項による損害賠償は、債務不履行に基づくものではなく、契約の一方当事者が相手方から不当な時期に解約されたことから生じる損害の賠償を特別に相手方に負担させたことに基づくものであって、その賠償の範囲は特別事情によるものまでは含まれないと解するのを相当とするから、上記期待利益を損害賠償の対象とすることはできない。)
(3) 逸失利益(推進費)について
民法651条2項に定める損害賠償の性格は上記説示のとおりであるところ、報酬請求権を失うことは解除の時期いかんにかかわらないから、これが不適当な時期において委任が解除された結果生じた損害とはいえない。そうすると、被告主張の損害費目の中で、逸失利益(推進費)のうち解除前に墓地売買が成立していないものについては、主張自体失当というべきである。
また、解除前に墓地売買が成立したものについても、原告は、墓地冥加が収納された分のみを支払えば足りるところ(乙1)、その額は9350万円であるから(乙23の1ないし55)、その6パーセントは561万円となる。なお、これは損害賠償請求権でなく報酬請求権そのものというべきである。
(4) 上記(1)、(3)により認められる1億7257万1193円から、既払分9350万円を控除すれば、7907万1193円である。
なお、遅延損害金の起算点としては、(1)ア・イについては、引渡時期が明確ではないが、弁論の全趣旨によれば、原告が解除の意思表示をした平成10年6月5日よりある程度前までには原告に引渡を了したことが認められるから、上記同日を起算点とする。
5 結論
以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があり、被告日商石材(京都)の反訴請求は主文6項の限度で理由がある。
(裁判長裁判官 赤西芳文 裁判官 矢作泰幸 裁判官本吉弘行は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 赤西芳文)
(別紙)
物件目録
1 京都市西京区川島北裏町29番
境内地 12743平方メートル
2 京都市西京区川島北裏町29番2
宅地 1059.23平方メートル
3 所在 京都市西京区川島北裏町29番地2
家屋番号 29番2
種類 事務所
構造 木造スレート葺平家建
床面積 74.55平方メートル
4 (1) 自動車登録番号 京59は279
小型・乗用・自家用ステーションワゴン
車名 いすゞ
車台番号 WFR51DW―7100385
(2) 自動車登録番号 京53た6738
小型・乗用・自家用・箱型
車名 トヨタ
車台番号 AT171―4060255
看板等一覧表
<省略>
造成工事費・経費明細
<省略>