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京都地方裁判所 平成12年(ワ)932号 判決 2001年11月26日

主文

1  被告は原告に対し,8390万3707円及び内金8108万9188円に対する平成12年5月25日から,内金281万4519円に対する平成13年7月21日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告と被告の間において,被告が①株式会社あさひ銀行とA間の間の金銭消費貸借契約に基づき,同銀行に対し5660万円の貸金返還債務を,②平成5年7月31日されたBとA間の仮受金授受の失効に基づき,Bに対し66万6666円の仮受金返還債務を,③原告のAに対する別紙(二)「借入金」記載の貸付に基づき,原告に対し302万3365円の貸金返還債務を負担していることを確認する。

3  本件訴え中,遺産債務であることの確認を求める部分を却下する。

4  原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用はこれを8分し,その1を原告の,その余を被告の負担とする。

6  この判決の1項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は原告に対し,金8480万1731円及びこれに対する平成12年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告と被告の間において,①あさひ銀行からの借入金1億6980万円,②仮受金200万円,③未払賃料161万5000円,④車両残存価値76万9600円,⑤退職金1700万円,⑥借入金907万0095円はいずれも亡Aの遺産債務であり,うち①については5660万円,②については66万6666円,③については53万8333円,④については25万6533円,⑤については566万6666円,⑥については302万3365円は被告が負担すべき亡Aの遺産債務であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1につき仮執行宣言

第2事案の概要(基本的事実関係)

1  原告はAの養子であり,被告はAの非嫡出子である。

Aは平成5年8月1日死亡した。

2  Aの遺産について,被告から原告に対し,遺産分割の調停が京都家庭裁判所に申し立てられ(同裁判所平成6年(家イ)第1664号遺産分割調停事件),積極財産のうち,不動産及び古美術商としての商品については,同裁判所において平成8年7月26日及び平成9年10月24日にそれぞれ一部調停が成立し,上記以外の積極財産については審判手続(平成11年(家)第2490号遺産分割申立事件)に移行し,平成13年3月14日審判がされたが,原告は同年4月5日これに即時抗告している。

第3請求の概要と争点

原告は,Aの遺産債務を立替払した求償請求権として,8480万1731円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年5月25日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を請求し,さらに,立替払未了の①あさひ銀行からの借入金1億6980万円,②仮受金200万円,③未払賃料161万5000円,④車両残存価値76万9600円,⑤退職金1700万円,⑥借入金907万0095円はいずれもAの遺産債務であり,うち①については5660万円,②については66万6666円,③については53万8333円,④については25万6533円,⑤については566万6666円,⑥については302万3365円は被告が負担すべきものであることの確認を求めた。

争点は,遺産債務ないし被告が負担すべき債務の範囲である。

第4争点に関する当事者の主張

【原告の主張】

1  CはAの個人営業である。

原告は,昭和28年以来,A死亡まで,これを従業員として手伝ってきた。

2  Aの遺産債務の内訳は以下のとおりである。

(1) 買掛金5435万9564円

別紙(三)「買掛金支払明細書」記載のとおり原告において弁済ずみ。

その3分の1である1811万9855円を求償する。

(2) 銀行借入金(甲1・13表)

ア あさひ銀行 1億6980万円

その3分の1である5660万円が被告が負担すべき遺産債務である。

また,利息については,平成12年2月29日までに4500万6629円を,平成13年7月20日までに844万3557円を立替払いした。その各3分の1(1500万2210円,281万4519円)を求償する。

イ 京都信用金庫 1億2500万円

これについては原告が平成7年6月23日に立替払しているので,その3分の1である4166万6667円を求償する。

また,その利息についても,1123万7956円を立替払しているので,その3分の1である374万5985円を求償する。

(3) 未払金287万7087円

原告が平成5年8月2日から同年9月7日までの間と,同年12月31日に全額立替払を完了している。

その3分の1(95万9029円)を求償する。

(4) 仮受金669万0600円

うち469万0600円は弁済済みであり,その3分の1である156万3533円を求償する。

残余の200万円はBに対する債務である。Bから平成5年7月31日受領したが,商品が渡される前にAが死亡し,相続となったため,同額の返還債務を負うことになったものである。その3分の1である66万6666円が被告が負担すべき遺産債務である。

(5) 未払賃料 161万5000円

本店車庫の賃借料であり,その明細は別紙(一)「未払賃料」記載のとおりである。

その3分の1である53万8333円が被告が負担すべき遺産債務である。

(6) 車両残存価格 76万9600円

Dという入婿が来るときに車を持ってきていて,買い換えるときに店の名義で車を買ったので,その下取り価格76万9600円は,Dに返すべきものである(甲39)。その3分の1である25万6533円が被告が負担すべき遺産債務である。

(7) 従業員4名の退職金1800万円(甲40)

うちEに対する100万円は弁済済みであり,その3分の1である33万3333円を求償する。

また,残余の3分の1である566万6666円が被告が負担すべき遺産債務である。

(8) 原告からの借入金907万0095円(甲41)

その3分の1である302万3365円が被告が負担すべき遺産債務である。

(9) Fの相続税申告についての手数料109万4550円は,原告において全額支払っている(甲14)。

そもそも,Aの相続人は,原告と被告とであって,相続税法に基づき,その相続人において申告すべきことが義務づけられ,原告は法定の期間内にその申告を了すべく,Fにその手続を委任したので,いわゆる共益費というべきものである。

よって,その支払額の3分の1である36万4850円を求償する。

(10) Gの鑑定料69万5250円(甲15の1・2)

被告による遺産分割調停申立前に,原被告了解のもとに,金沢美術商協同組合理事長であるHにAの遺産の協議分割について仲介の労をとってもらうこととなり,そのための資料として不動産鑑定の必要を説かれ,Hの仲介を前提に原告において鑑定を依頼した鑑定費であり,共益費に属する。ただ,その後被告が被告代理人に委任したため,Hは手を引いたものである。

よって,その支払額の3分の1である23万1750円を求償する。

【被告の主張】

1  Cは原告の個人営業であり,その負債も原告に帰すべきものである。

2  原告のAの遺産債務に関する主張についての個別的反論は以下のとおりである。

(1) 銀行借入金のうち,あさひ銀行1億6980万円は,原告の個人口座に振り込まれ,根抵当権設定登記からも(乙1ないし4)原告が債務者とされている。

(2) 未払賃料 161万5000円

Aの孫で,原告の娘であるIに対する税務上の名目上の賃料であり,実体がない。

(3) 車両残存価格 76万9600円

前項同様,税務上の名目上の負債である。

(4) 従業員4名の退職金1800万円(甲40)

退職したのは1人だけである。

(5) 原告からの借入金907万0095円(甲41)

存在自体信じがたい。

(6) 銀行利息のうち,あさひ銀行については,「立て替えて支払った」ことにならないのは,(1)から明らかである。

(7) Fの相続税申告についての手数料109万4550円は,原告が依頼したものであり,被告の関知しないところである。

(8) Gの鑑定料69万5250円(甲15の1・2)

被告は,HにAの遺産の協議分割について仲介の労をとってもらうことについて了解などしていない。

第5争点に対する判断

1  いわゆる遺産確認の訴えについて訴えの利益が認められるのは,これを許さないとすれば,遺産帰属性の問題が未決着であることにより,後に民事訴訟により別異の判断がされ遺産分割審判が効力を失う事態が生じうるため,これを避ける必要性があることによるものであるが,金銭債務は,被相続人死亡により当然に分割されるのであるから,少なくとも当然には遺産分割審判手続の対象とはならないのであり,そうすると,遺産債務であることの確認の利益を認めることは困難である。むしろ,端的に現在相続分に従い被告に分割帰属している債務の額を確定すれば足りるものというべきである(これは,積極財産でいうと持分権確認の訴えに相当する。)。よって,本訴中,遺産債務としての確定を求める部分は不適法である。

2  次に,被告において,Cは原告の個人営業であり,その負債も原告に帰すべきものである旨主張している点について検討すると,証拠(甲32ないし34,45,原告本人)によれば,Cについては,収入・支出ともAの営業として申告(青色申告)されていることが認められるので,採用することができない。

3  次に,原告の求償権の成立範囲ないし被告が負担すべき債務について検討する。

(1)  買掛金5435万9564円

その存在及び別紙(三)「買掛金支払明細書」記載のとおり原告において弁済済みであることは,甲1,5,6,10,11,13の6・7,24ないし26及び弁論の全趣旨により認められる。

その3分の1である1811万9855円について原告に求償権が成立する。

(2)  銀行借入金(甲1・13表)

ア あさひ銀行 1億6980万円

これについては,原告の個人口座に振り込まれ,根抵当権設定登記からも(乙1ないし4)原告が債務者とされているが,証拠(甲32,原告本人)に弁論の全趣旨を総合すれば,当時Aが80歳を超え,あさひ銀行の基準では債務者となれなかったため原告が便宜債務者となったものであり,利息もA名義で申告していたことが認められるから,その経済的実体を考慮すれば,法的にもAの債務であったと認めて妨げない。

そうすると,その3分の1である5660万円が被告に帰属する債務であることになる。

証拠(甲26ないし31,37,38,50,原告本人)に弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,あさひ銀行借入金の利息について,平成12年2月29日までに4500万6629円を,平成13年7月20日までに844万3557円を立替払いしたことが認められ,その各3分の1(1500万2210円,281万4519円)について原告に求償権が成立する(281万4519円についての遅延損害金の起算点は平成13年7月21日になる。)。

イ 京都信用金庫 1億2500万円

証拠(甲9,26ないし31,36,37,原告本人)に弁論の全趣旨を総合すれば,元本については原告が平成7年6月23日に立替払しているので,その3分の1である4166万6667円について原告に求償権が成立し,その利息についても,1123万7956円を立替払しているので,その3分の1である374万5985円について原告に求償権が成立する。

(3)  未払金287万7087円

証拠(甲5,7,8,甲13の1ないし4)によれば(各証の写しの黄色蛍光ペン部分),光熱費,通信費などについて187万8263円の立替の事実が認められる。甲13の8の「お中元」については,その性質上,原告とは全く別個のAの債務の立替払といえるかについては疑義がある。

そうすると,上記認定額の3分の1である62万6088円について原告に求償権が成立する。

(4)  仮受金669万0600円

証拠(甲1,25,26,46,原告本人)に弁論の全趣旨を総合すれば,うち469万0600円は弁済済みであり(Jからの350万円について平成6年12月26日に285万円,平成7年6月30日に65万円,Kからの合計155万0600円について平成5年12月31日),その3分の1である156万3533円について原告に求償権が成立し,残余の200万円については,AがBから平成5年7月31日受領したものの,商品が渡される前にAが死亡し,相続となったため,同額の返還債務が原被告に承継され,その3分の1である66万6666円が被告に帰属する。

(5)  未払賃料 161万5000円

甲19ないし23によればAの元帳に記載されてはいるものの,甲39によれば「現金支払なく借入金に振替」ということであり,単なる税金対策であって,実体のある法的債務とは到底認められない。

(6)  車両残存価格 76万9600円

原告は,Dという入婿が来るときに車を持ってきていて,買い換えるときに店の名義で車を買ったので,その下取り価格76万9600円は,Dに返すべきものである旨主張するが,これも(5)同様実体のある法的債務とは認めがたい。

(7)  従業員4名の退職金1800万円

A存命中に退職した者は1人もいない(甲40)。退職金請求権は退職時に発生するものであるから,発生してもいないものが被告に承継されるいわれはない。

(8)  原告からの借入金907万0095円

証拠(甲19ないし23,41)により認められ,その3分の1である302万3365円が被告に帰属する。

(9)  Fの相続税申告についての手数料109万4550円は,原告において全額支払い(甲14),なお申告書には被告も押印しているのであるから(甲1),原告にその支払額の3分の1である36万4850円の求償権が成立する。

(10)  Gの鑑定料69万5250円

被告がHにAの遺産の協議分割について仲介の労をとってもらうことと及びそのための鑑定について同意したを認めるに足りる証拠はなく,これを被告が負担すべき理由はない。

4  よって,原告の金銭支払請求は主文1項の限度で,また,確認請求は主文2項の限度で理由があり,遺産債務であることの確認を求める部分は不適法であるからこれを却下し,その余は理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判官 本吉弘行)

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