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京都地方裁判所 平成12年(手ワ)73号 判決 2001年12月06日

平成12年(手ワ)第73号約束手形金請求事件(第1事件)

平成12年(手ワ)82号約束手形金請求事件(第2事件)

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

事実及び理由

(以下第1事件・第2事件原告株式会社千代田信用を原告,第1事件被告株式会社藤木工務店を被告藤木工務店,第2事件被告大日本スクリーン製造株式会社を被告大日本スクリーン製造,被告ら補助参加人株式会社藍治商事を藍治商事と各略称する。)

第1請求

(第1事件)

被告藤木工務店は,原告に対し,金291万円及びこれに対する平成12年8月7日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(第2事件)

被告大日本スクリーン製造は,原告に対し,金366万9674円及びこれに対する平成12年8月31日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

第1事件は,原告が被告藤木工務店に対し,別紙約束手形目録1記載の手形(手形金291万円)とこれに対する受戻しの日からの手形法所定の年6分の利息の支払いを求めた事案であり,第2事件は,原告が,被告大日本スクリーン製造に対し,別紙約束手形目録2,3記載の手形(手形金合計366万9674円)とこれらに対する満期の日からの手形法所定の年6分の利息の支払いを求めた事案である。

1  前提となる事実

以下の事実は当事者間に争いがないか,証拠(甲1の1ないし3,第2事件の甲1の1ないし3,2の1ないし3)及び弁論の全趣旨により容易に認められる。

(一)  第1事件について

(1) 訴外さくら信託銀行株式会社は別紙約束手形目録1記載の約束手形を所持していた。

(2) 被告藤木工務店は,上記約束手形を振り出した。

(3) 原告は,拒絶証書作成を免除して上記約束手形に裏書をした。

(4) 上記約束手形の裏面には,第1裏書人藍治商事,第1被裏書人白地,第2裏書人柴山建設株式会社(以下「柴山建設」という。),第2被裏書人白地,第3裏書人秋田通信工業株式会社(以下「秋田通信工業」という。),第3被裏書人白地,第4裏書人原告,第4被裏書人白地,第5裏書人訴外森産業株式会社,第5被裏書人訴外株式会社さくら銀行,第6裏書人株式会社さくら銀行,第6被裏書人さくら信託銀行株式会社とある。

(5) さくら信託銀行株式会社は別紙約束手形目録1記載の約束手形を平成12年8月7日,支払場所に呈示したが,支払いを拒絶された。

(6) 原告は,同日,森産業株式会社から手形金額面相当額を支払って別紙約束手形目録1記載の約束手形を受け戻した。

(二)  第2事件について

(1) 原告は,別紙約束手形目録2,3記載の約束手形を所持している。

(2) 被告大日本スクリーン製造は上記約束手形を振り出した。

(3) 上記各約束手形の裏面には,第1裏書人藍治商事,第1被裏書人白地,第2裏書人柴山建設,第2被裏書人白地,第3裏書人秋田通信工業,第3被裏書人白地とある。

(4) 原告は,上記約束手形を満期に支払場所に呈示したが,支払いを拒絶された。

2  争点

別紙約束手形目録1ないし3の約束手形(以下「本件手形」という。)は,藍治商事が被告らから振出交付を受けて同社事務所内の金庫に保管中,平成12年5月25日深夜から翌26日早朝にかけて盗難にあったもので,盗難後に取得した秋田通信工業及び原告が,盗難手形であることを知りながら又は重大な過失により取得したものであるか否かである(なお,藍治商事及び柴山建設株式会社の各裏書が偽造であることについては,当事者間に争いがない。)。

第3争点に対する判断

1  証拠(甲2ないし5,7,8,16,18,24,26,27の1ないし3,乙2ないし6,9,18,証人A,証人B,第2事件の甲6,乙1)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は,青森県弘前市に本店を置く昭和36年設立の金融及び手形割引を業とする会社である。

(二)  被告藤木工務店は,大阪証券取引所に上場されているビル建設を主とする建築会社で,年間売上高が約800億円前後に上る大企業であり,被告大日本スクリーン製造は,東京・大阪・名古屋の各第1部証券取引所に上場されている半導体製造装置・電子画像処理機器の製造販売等を業とし,年間売上高が約1600億円前後に上る大企業である。

(三)  藍治商事は,事務用家具の卸販売,建築設備の販売等を業とする株式会社である。本件手形は,藍治商事が,取引先である被告らから取引上の支払いのため,振出交付を受けて同社事務所内金庫に保管していたところ,平成12年5月25日深夜から翌26日早朝にかけて盗難被害に遭った約束手形24通のうちの3通である。藍治商事は盗難発覚後直ちに警察に被害届を提出した。被告らも補助参加人から盗難の報告を受けた。

(四)  柴山建設は,東京都港区a町b丁目c番d号に本店が所在していた土木建築工事の設計及び施工等を目的とする会社で,平成12年5月17日午後2時30分,東京地方裁判所から破産宣告を受け,破産管財人が選任されている。

(五)  秋田通信工業は,電気通信工事業を営む会社で,年間売上高は約9200万円であり,代表者が高齢のため,現在は長男であり常務である証人Aが実際の経営を行っている。

(六)  原告(秋田支店)は,秋田通信工業と平成11年10月28日,取引極度額を500万円とする証書貸付,手形貸付,手形割引等に関する基本取引約定を締結し,同日額面合計300万円の単名手形3通を割り引いた。原告は,その後,秋田通信工業との取引極度額を,平成12年5月17日に2000万円,同月26日に3000万円,同年6月15日に8000万円に変更した。原告は,平成12年6月5日,秋田通信工業が持ち込んだ被告藤木工務店振出の手形を割引率年10パーセントで割り引いた。秋田通信工業は,平成12年8月7日,手形不渡を出すとともに,同月8日にも手形不渡を出し,同月11日銀行取引停止処分を受けている。

(七)  証人Aは,本件手形の入手状況につき,概ね次のように述べている。

本件手形は,厨房設備工事をしているファンクの訴外Cから入手した。訴外Cは一流企業振出の手形を40枚から50枚持っていた。秋田通信工業は訴外Cとは取引関係はないが,異業種交流会というか,その手の月1回集まる会で知り合った。訴外Cから,自分は銀行に信用がなく割り引くことができないので,代わりに割り引いてほしいと依頼されたためこれを受けとった。訴外Cは横浜水産のD専務か副社長から,援助をしてもらうために受けとったと説明をしていた。横浜水産と訴外Cとの関係は憶測で厨房関係でそういう関連があったのかなというふうに思っていた。秋田通信工業では,本件手形は銀行の融資枠を超えていたので原告に割引を依頼した。私は,原告に対し,5月17日,風力発電の事業計画があり,今後1年か2年くらい工事が見込まれると説明した上で,事業計画書を提出している。

(八)  また,原告が本件手形を入手した状況について,証人B(原告秋田支店支店長)は概ね次のように述べている。

原告が秋田通信工業の手形割引をするにあたって業務内容を情報機関を通じて調査したところ,累積赤字があり,手形事故があったことを示すD4という最低の評価がされていた。しかし,平成11年10月26日に照会したところ,他のノンバンクからの借入が完済されていたことから,取引を開始した。そして,同月28日には3枚の単名手形(自社振出手形)(額面合計300万円)を割り引いた。平成12年4月ころ,秋田通信工業の常務が「今度秋田県をはじめ他県数か所に風力発電の工事下請けをしているので,連休明けに大きい手形を持ってくる。」と述べて,今後,手形が入ってくるとして割引を依頼され,資料をもって説明に来たので,「一流手形でないと,うちでは割り引きできませんよ。」と答えた。秋田通信工業の常務からは,工期一覧表を見せて貰い,コピーをとったが,それは紛失した。同年5月17日に株式会社ノーリツ(石油やガス関係の業務を行っている。支払場所はさくら銀行神戸営業部)の手形を割り引いたが,秋田通信工業から,これはファンク訴外Cという厨房設備会社が請け負った工事の中の空調工事を受注したことによるものであると説明を受け,本社決裁を経て割り引いた。しかし,この手形は,不渡手形となった。同月22日には,いずれも風力発電の下請工事代金であると説明を受けた上で,上場会社の株式会社岡村製作所(家具の会社,支払場所は東京三菱銀行横浜支店),トッパン・フォームズ株式会社(印刷関係の会社,支払場所はさくら銀行大阪支店),非上場会社の株式会社マックス(事務機の会社,支払場所は七十七銀行白石支店)の各振出手形合計3通(額面合計843万9004円)の割引依頼が秋田通信工業からあり,これらの手形についても本社決裁を経て割り引いた。

また,原告は,その後,同月26日に株式会社カイジョー(半導体製造の会社,支払場所は住友銀行八重洲通支店),同月31日に大日本スクリーン製造(支払場所は大和銀行京都支店)の手形を割り引き,同年6月2日に東洋シャッター株式会社(シャッター製造の会社,支払場所は第一勧業銀行大阪支店)),同年6月5日に藤木工務店(支払場所は三和銀行四条大宮支店)の手形を割り引いた。

2  以上の事実に基づいて判断する。

(一)  秋田通信工業について

(1) 一般に,上場企業等振出の手形は,受取人から直接銀行等の金融機関に割引ないし取立てに出されるのが普通であり,いわゆる回り手形として銀行以外の金融業者により割引されたり,会社や個人を被裏書人として転々流通することは極めて稀であることは公知の事実である。なぜなら,そのような信用のある手形を取得した者としては,満期まで現金入手の必要がない場合には自己又は金融機関に預けて手形を保管することで足りるし,満期前に現金入手の必要が生じた場合には銀行等の金融機関において低い割引料で容易に割り引いてもらうことができ,これを銀行等の金融機関以外の第三者(法人)や個人に流通させる経済的理由がないからである。そこで,上場企業振出の手形に一見して振出人や受取人の取引先と認め難いような裏書人の記載があったり,個人が裏書人となっている場合には,その裏書記載自体から流通経路の不自然さがある程度疑われるというべきであり,したがって,そのような手形を所持している者から割引依頼を受けた者としては,単に「一流企業振出の手形である。」旨の説明を受けただけでは足らず,割引依頼人の素性,職業,社会的信用等について慎重に判断を行うと共に当該手形の入手経路について納得しうる説明を求めるべきであり,もし合理的な説明を得られなければ,更に振出人や受取人,支払銀行等に正常な手形であるかどうか,盗難や紛失などの届けは出されていないかどうか照会するなどの調査を行うべきであって,こうした調査を怠った場合には,手形割引に当たり,仮に善意であったとしても,重過失あるものとして善意取得の成立が否定されることもありうるといわなければならない。

(2) これを本件についてみると,本件手形はいずれも上場企業である被告らが振出したものであり,前記のとおり,一般的に大手企業振出の手形が回し手形とされることは極めてまれであるから,秋田通信工業は,裏書の記載から本件手形の流通経路の不自然さを疑うべきであり,しかも,本件手形を持ち込んだ訴外Cはその素性や業務の実態が明確ではなく,同人から受けた説明として証人Aが証言する内容も不自然であって到底同人が手形を取得することを合理的に説明しうるものではなく,したがって,振出人である被告らや受取人である藍治商事,支払銀行等に盗難や紛失の有無について調査すべきであり,仮に,この確認を行えば本件手形が盗難にあったものであることを容易に判明したものと認められる。こうした経過に照らすと,秋田通信工業が本件手形を取得したことについて,少なくとも重過失は免れず,したがって,善意取得は成立しない。

(二)  原告について

原告についても,裏書の記載から本件手形の流通経路の不自然さを疑うべきであったこと,秋田通信工業が本件手形を取得した経緯として説明した内容も,不自然であること,風力発電の下請工事代金であると説明を受けたとするが,その際にコピーした資料を紛失したなどと不合理な説明をする上,風力発電の下請工事とは関係の希薄と思われる多数の大企業の約束手形の割引依頼を受けたのと同時期に(しかも,その約束手形の支払場所は全国各地に及んでいる)本件手形を割り引いている経緯に照らすと,原告は,秋田通信工業と同様,振出人である被告らや受取人である藍治商事,支払銀行等に盗難や紛失の有無を調査するべきであったといえる。しかも,原告が,手形割引を業とする会社であることからすると,それは極めて容易な作業のはずである。したがって,原告が本件手形を取得したことについて,少なくとも重過失は免れず,したがって,善意取得は成立しない。

3  結論

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田秀俊)

(手形目録省略)

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