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京都地方裁判所 平成12年(行ウ)37号 判決 2002年1月25日

主文

1  被告が平成12年5月25日付けで原告らに対してした風俗営業(ぱちんこ店)を許可しない旨の各処分(京都府公安委員会指令第1702号,同第1703号)をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要等

本件は,原告らが,ぱちんこ店の出店に当たり,被告に対し,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「法」という。)3条1項に基づく許可の申請を行い,被告が,同申請に対し,原告らのぱちんこ店の営業所予定地から法令所定の範囲内に患者の収容施設を有する診療所が存在することを理由にいずれも不許可とする各処分(京都府公安委員会指令第1702号,同第1703号,以下「本件各処分」という。)を行ったことについて,原告らが,被告に対し,本件各処分には,法の解釈,適用に誤りがあって違法であると主張して,その取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

当事者間に争いのない事実,甲1ないし126(枝番を含む。),乙1ないし21(枝番を含む。),証人Aの証言(以上の各証拠を,以下「本件各証拠」という。),及び弁論の全趣旨から容易に認められる事実は,次のとおりである。

1  原告眞和商事株式会社(以下「原告眞和」という。)は,平成11年9月16日に設立された遊技場の経営等を業とする株式会社であり,原告有限会社松尾商事(以下「原告松尾」という。)は,平成11年10月14日に設立された遊技場の経営等を業とする有限会社である。

被告は,警察法38条1項に基づき,京都府知事の所轄の下に設置され,法3条1項により風俗営業の許可権限を付与された京都府の機関である。

2  原告らは,株式会社眞和から京都市a区b町所在の別紙物件目録(1)の建物(以下「本件建物」という。)を賃借している者であるが,平成12年2月28日,被告に対し,本件建物においてぱちんこ営業を営むことを目的として,法3条1項に基づく各許可申請(以下「本件申請」という。)を行った。

3  被告は,本件申請に対し,平成12年5月25日付けで,法4条2項2号に該当するという理由によりいずれも不許可とする本件各処分をした。

被告は,本件建物の原告眞和の営業予定部分から約38.6メートル,原告松尾の営業予定部分から約66.8メートルの距離にある京都市a区c町所在の別紙物件目録(2)の建物に,京都市長から開設許可を受けた医師Bが開設した診療所(以下「本件診療所」という。)が存在することから,本件申請に係る各営業予定地がいずれも法4条2項2号,法施行令,京都府の法施行条例に規定する風俗営業の許可にかかる営業制限地域内に所在すると認め,本件各処分を行ったものであった。

4  原告らは,同年6月16日,本件各処分を不服として異議申立てを行い,被告は,同年9月28日付けで同異議申立てを棄却した。

二  風俗営業の許可に関する法規制

1  法4条2項2号は,公安委員会は,風俗営業の許可申請に係る営業所について,営業所が,良好な風俗環境を保全するため特にその設置を制限する必要があるものとして政令に定める基準に従い都道府県の条例で定める地域内にあるときは,許可をしてはならない旨定める。

2  そして,法施行令6条1号ロは,法4条2項2号の政令で定める基準として,制限地域の指定は,「学校その他の施設で学生等のその利用者の構成その他のその特性にかんがみ特にその周辺における良好な風俗環境を保全する必要がある施設(以下「保護対象施設」という。)として都道府県の条例で定めるものの周辺の地域」とすることを,法施行令6条2号は,保護対象施設の指定を行う場合には「当該施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)の周囲おおむね100メートルの区域を限度と」することを,法施行令6条3号は,その指定は,「風俗営業の種類及び営業の態様,地域の特性,第1号ロに規定する施設の特性,既設の風俗営業の営業所の数その他の事情に応じて,良好な風俗環境を保全するため必要な最小限度のものであること」をそれぞれ規定している。

3  前記の各規定を受けて,京都府の法施行条例(昭和34年3月25日京都府条例第2号。以下「本件条例」という。)3条1項は,公安委員会は,近隣商業地域,商業地域等の第2種地域においては,病院及び診療所(医療法1条の5第2項に規定する診療所のうち患者の収容施設を有する診療所をいう。以下「有床診療所」という。)から100メートル以内の地域ではぱちんこ店の営業を許可してはならない旨規定している。

4  医療法1条の5第2項は,「診療所」とは,「医師又は歯科医師が,公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であって,患者の収容施設を有しないもの又は患者19人以下の収容施設を有するものをいう。」と規定している。

三  争点及び当事者の主張

1  本件診療所は,本件各処分時において,本件条例3条1項所定の「患者の収容施設を有する診療所」に該当するか否か。

(被告の主張)

(1) 本件条例の定める患者の収容施設とは,治療のために要する一定の時間(それは2,3時間の場合もあれば,2,3日の場合もあり,あるいは2,3か月の場合もある。),患者を収め入れる医療施設をいい,そのような施設を有する診療所が有床診療所である。一定の時間を要する治療が宿泊を伴う治療である必要はない。

(2) 本件診療所は,診療所の開設の届出がされ,患者収容施設の使用許可がされ,診療所としての外見的状況がある。本件診療所は,京都府国民健康保険団体連合会及び京都府社会保険診療報酬支払基金に対して診療報酬請求をしており,その施設内に,診療室,待合室が存在し,2階には布団を敷いた患者収容施設が存在する。そして,本件診療所は,患者収容施設を有する診療所として現実に使用され,患者と認められる者の出入りがある。また,B医師に医業を行う意思がある。京都市保健福祉局長も本件診療所が医療法上患者の収容施設を有する診療所に該当すると判断している。

このように,本件診療所は,有床診療所に当たる。

(原告らの主張)

(1) 有床診療所に該当するためには,患者の収容施設を有する診療所としての実体が存することに加え,当該診療所が妨害目的を有しない正当な診療所であることが必要である。そして,収容施設を有する診療所としての実体が存するというためには,法律上の要件を満たす適法な診療所であること,患者収容を伴う医業を行うために必要な物的・人的体制が整っていること,医師の患者収容を伴う医業を行う意思が存在すること,以上がすべて必要である。

(2) しかし,B医師は,本件建物におけるぱちんこ店の営業を妨害する目的で,診療所を開設する意思のない医師から診療所の開設名義を借り受け,違法な手続をもって本件診療所を開設した。しかも,本件診療所は,患者収容を行う上で必要不可欠な人的・物的体制も整えておらず,B医師に患者収容を行う意思もなかった。

2  本件各処分にその余の取消事由となる違法があるか。

(原告らの主張)

被告は,原告ら代理人からされた詳細な事実の指摘や裏付証拠を調査しないまま,本件各処分をした。したがって,本件各処分には重大な瑕疵がある。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  当事者間に争いのない事実,本件各証拠及び弁論の全趣旨によると,次のとおり認められる。

(1) 本件診療所の建物においては,医師Cが平成9年6月17日にD診療所という名称で,診療所を開設して平成10年2月末日廃止され,医師Eが平成10年3月1日にF診療所という名称で診療所を開設して同年8月13日廃止され,医師Gが平成10年8月14日にH診療所という名称で診療所を開設して平成11年3月6日廃止され,それぞれの京都市長宛の開設届には患者収容定員1室2床と記載されていた(甲8ないし13)。しかし,これらの診療所は,いずれもB医師が,同建物の所有者であるIとともに,ぱちんこ店の営業を妨害する目的で開設したもので,C医師は,B医師から開設候補者が現実に開設することになるまでの間つなぎとして名前を貸してほしい旨依頼され,開設の届出等の手続,開設後の税務申告もすべて事実上B医師が行っていたもので(甲44ないし49(枝番を含む。),121),E医師も,B医師から診療所の引継ぎを依頼され,同診療所の収支及び税務申告の詳細を把握していなかった(甲50ないし53)。

(2) B医師は,これらの診療所とは別に,京都市d区e町所在のJビルにおいてB医院を開設していたが,平成11年2月12日付けで,本件建物について医療法27条に定める構造設備使用の許可を申請し,京都市長は,同年3月8日付けでB医師に対して,前記の許可をする旨通知した(甲16)。B医師は,同日,京都市長に対し,本件診療所を開設した旨の開設届を提出し,開設届には患者収容定員1室2床と記載した(甲15)。

(3) B医師は,Jビル内の前記医院を,平成11年3月8日,医師Kに3か月間名前を貸してほしい旨依頼して引き継いだ。しかし,K医師は,同医院の経理,税務申告には関与していなかった(甲55,61(枝番を含む。),62)。

(4) B医師及びIは,本件診療所の建物で「D診療所」が開設されていた平成10年2月20日ころ,入院の必要がない者2名に1万2000円あるいは1万3000円の日当を渡して,10日間あるいは7日間偽の入院患者として同診療所に入院手続をとらせたこともあった。

(5) 株式会社眞和は,本件建物をその所有者の株式会社松尾茶室工藝社(以下「松尾茶室」という。)から賃借し,本件建物においてぱちんこ店を営業することを計画していたが,法,法施行令及び本件条例上,本件診療所があるため,法3条の許可を受けることができない状態にあった。そこで松尾茶室は,株式会社眞和とともに,平成11年,B医師を相手方として,B医師は,本件建物の所有者や賃借人らが本件建物においてぱちんこ店を営業することを妨害する目的で本件診療所を開設したものであるなどと主張し,①本件建物におけるぱちんこ遊技場新規開業につき,被告から風俗営業等の許可が得られるまで(ただし,平成12年8月末日をその限度とする。),本件診療所の建物内において患者収容施設を設置することを仮に禁止する,②B医師は,本件診療所の建物2階内の患者収容施設(ベッド2台)を仮に搬出せよ,との仮処分の申請を京都地裁にした(当庁平成11年(ヨ)第1042号)。

これに対し,京都地裁は,平成12年2月3日,B医師が本件診療所を開設したことが,ただちに違法不当といえるかどうかはともかく,少なくとも松尾茶室が本件建物をぱちんこ店として利用することを妨害する意図でされたことについては疎明があると判断し,松尾茶室の上記の仮処分申請を認める決定をした(甲23,以下「本件仮処分決定」という。)。

(6) そして,平成12年2月23日,本件診療所の建物において,京都地裁の執行官によって本件仮処分決定の執行がされ,同建物2階の病室(9.72平方メートル)にあったベッド2台が本件診療所から搬出され(甲23ないし26),本件診療所には入院患者用のベッドは全くなくなった。

(7) 本件診療所は,平成11年6月から平成12年3月までの間に,京都府国民健康保険団体連合会に対し,延べ356件の通院分の診療報酬等の請求を行ったが,入院分の請求は行っておらず,本件診療所に平成11年8月20日から平成12年5月24日までの間,入院患者はなかった(甲108)。

(8) 本件診療所の平面図は別紙平面図のとおりである。本件診療所には,心療内科,皮膚科,整形外科 労災・生活保護法 指定医療機関と書かれた看板や診療時間等が書かれた看板が掲げられており(乙5),2階には看護婦控室,当直医寝室という名目の部屋がそれぞれあるが,いずれも相当狭く,看護婦控室は睡眠をとるスペースをとることが困難である。本件診療所においては,もともと本件仮処分決定以前から,看護婦が夜間に勤務する態勢はなく,また,夜間に医師が緊急の事態に即座に対応できる態勢もなく,さらに,患者を大病院に送る態勢も整っていなかった。本件仮処分の執行後は,本件診療所の建物内には入院患者用のベッドは全くなく,2階の病室とされている部屋には,その後,床の上に布団が敷かれた。ただし,その後も,患者の来院自体はある。

(9) なお,京都府警察本部生活安全企画課長は,本件各処分があった後の平成12年7月27日付けで保健福祉局長に照会を行い,同年8月9日付けで,保健福祉局長から,保健福祉局としては,本件診療所が医療法上の患者収容施設を有する診療所に該当しなくなったものと判断しており,当該診療所に対する医療法27条に基づく許可の効力は存続しえないものと解する旨の回答を得た(乙11(枝番を含む。))。

2  ところで,本件条例3条1項所定の「患者の収容施設を有する」診療所か否かの判断に当たっては,その診療所の開設者がこれを設けた動機,目的のいかんによってその判断が左右されるものではなく,あくまでも「患者の収容施設を有する」実体があるか否かによって判断すべきものではあるが(最小一判平成8年4月11日・平成6年(行ツ)第102号事件の判決,乙1,これに反する原告らの主張は採用できない。),少なくとも,このような実体があるといえるためには,患者をその診療と治療のために入院させるか,又は一定時間その施設で安全に管理することのできる人的,物的な態勢が日常的に整えられていることを要するというべきである。

3  前記1の事実関係によれば,本件各処分当時においては,本件診療所の建物2階の病室とされている部屋に布団が敷かれ,同2階には,別紙図面のとおり,当直医寝室,看護婦控室と名付けられた部屋もあったもので,来院する患者もあったことは確かである。

しかしながら,前記1の事実関係によれば,本件仮処分の執行以前においても,もともと,本件診療所においては,看護婦が夜間に勤務する態勢も,医師が夜間の緊急事態に対応する態勢も,患者を大病院に送る態勢も整っておらず,実際にも,入院の実績は1件もなかったことが推認できるのであり,更に,本件仮処分の執行後の状態は,もともと2階の病室に2つあったベッドも撤去されて床の上に直接布団が敷かれた状態となり,他に入院患者用のベッドは全くない状態となったのであって,別紙図面のとおりの本件診療所の各部屋の大きさや本件仮処分決定に至る経緯に照らしても,本件各処分がされた平成12年5月25日の時点においては,現在の社会通念上も,本件診療所は,患者を入院させることができないのは勿論,患者を一定時間安全に管理することのできる人的,物的な態勢が日常的に整えられている状態でもなかったものといわざるを得ない。

したがって,本件診療所は,本件各処分時においては,有床診療所に当たらないといわざるを得ない。

4  なお,本件仮処分の執行自体によって形成された状態,すなわち,本件診療所の建物2階の病室とされていた部屋からベッド2台が搬出された事実については,本件仮処分決定の当事者間において,その本案事件との関係で暫定的な法律関係が形成されたもので,同本案事件においては,上記事実はないものと擬制されることになるが,被告が本件各処分をするに際しては,それまでの経過とともに,本件仮処分による執行として同事実があったこと自体は,その意味で暫定的な法的性質はあるものとして,前提とされなければならないのであり,もちろん,原告らと被告との本件訴訟においても,前記のとおり,その判断の前提事実としてよいものと考えられる。

第四結論

以上のとおりであり,その余の点(争点2及び原告らが主張する憲法22条違反等のその余の主張)について判断するまでもなく,本件各処分は違法というべきであり,原告らの請求は理由があるから,いずれも認容することとし,よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 古谷恭一郎 裁判官 秋吉信彦)

(別紙物件目録,別紙平面図省略)

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