京都地方裁判所 平成13年(わ)1658号 判決 2003年12月05日
主文
被告人有限会社○○建設を罰金800万円に,被告人Aを懲役3年に処する。
被告人Aに対し,未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
被告人Aに対し,この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は,その2分の1ずつを各被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人有限会社○○建設(旧商号有限会社△△,代表取締役B,以下「被告会社」という)は,京都市××区【以下省略】に本店を置き,産業廃棄物収集運搬等を業とするもの,被告人Aは,同社の取締役として,その業務全般を統括しているものであるところ,被告人Aは,いずれも被告会社の業務に関し,
第1被告会社の従業員であるC,Dらと共謀の上,みだりに,平成13年8月28日,京都府宇治市【以下省略】の土地において,コンクリート片,木くず等の産業廃棄物合計約33.03立方メートルを捨て
第2被告会社の従業員であるE,Fらと共謀の上,みだりに,同年10月25日,滋賀県蒲生郡【以下省略】の土地において,コンクリート片,木くず等の産業廃棄物合計約69.17立方メートルを捨て
第3被告会社の従業員であるE,Gと共謀の上,みだりに,同年11月28日,同所において,コンクリート片,木くず等の産業廃棄物合計約11.29立方メートルを捨てたものである。
(証拠の標目)
【省略】
(法令の適用)
1 被告会社
罰条(各行為につき) いずれも刑法60条,平成15年法律第93号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律32条1号,25条8号,廃棄物の処理及び清掃に関する法律16条
併合罪加重 刑法45条前段,48条2項
各罪所定の罰金の多額を合計する。
2 被告人A
罰条(各行為につき) いずれも刑法60条,上記改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律25条8号,廃棄物の処理及び清掃に関する法律16条(懲役刑選択)
併合罪加重 刑法45条前段,47条本文,10条
犯情の最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重をする。
未決勾留日数の算入 刑法21条
刑の執行猶予 刑法25条1項
3 被告人両名
訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文
(事実認定の補足説明)
1 被告人A(以下単に「被告人」という)は,①判示第1の土地(以下「甲の土地」という)は,将来宅地にする予定で造成作業を行っていたのであり,造成のために搬入した物が「廃棄物」であるという意識はなく,造成作業として行っていた行為が「捨てる」に当たるとも思っていない,②判示第2及び第3の土地(以下「乙の土地」という)は,進入する道路が,一部崩れていたり,通行に危険が生じたりしていたため,土砂等を敷き詰めて仮設道路の造成作業を行っていたのであり,敷き詰めた土砂が「廃棄物」であるとは考えておらず,敷き詰める行為が「捨てる」に当たるとも思っていないなどと供述している。
弁護人は,被告人の供述に基づき,①甲,乙の両土地に被告人らが持ち込んだ物は「廃棄物」に当たらない,②両土地における被告人らの行為は「捨てた」行為に当たらない,③被告人らは,「廃棄物」を「捨てる」という認識がなかったので,いずれの行為時にも故意がないとして,被告人は無罪であり,被告人が無罪である以上,両罰規定の適用もないから,被告会社も無罪である旨主張する。
そこで以下検討する。
2 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) 有限会社○○建設について
① 被告人は,○○建設の名称で建築物の解体工事業等を営んでいたところ,平成10年8月12日,これを法人組織化し,産業廃棄物処理業,土木建築工事業,建築物の解体工事業等を目的とする被告会社を有限会社△△の商号で設立して,妻のBを代表取締役とし,被告人自身は,取締役となった。
被告会社は,平成15年3月18日,有限会社○○建設に商号を変更し,同年4月1日その旨の登記を経由した。
なお,被告会社は,平成11年5月25日付で京都市から産業廃棄物収集運搬業(保管積替を含まない)の許可を得ている。
② 被告会社は,建物の解体作業を請け負ったり,他の業者の解体作業で排出された物の運搬を受託するなどしており,これらを,平成12年9月ころから,滋賀県滋賀郡【以下省略】に所有する土地(以下「丙の土地」という)に搬入し,平成13年6月ころ甲の土地を購入してからは同土地に,更に,同年10月ころ乙の土地を購入してからは同土地に,順次搬入するようになった。
③ 解体作業から排出される物は,土の他に木くず,鉄くず,廃プラスチック,瓦,コンクリート片等が混在している(以下「コンクリート片等」という)ところ,これらは,被告人所有の京都市××区【以下省略】の土地(以下「丁の土地」という)において,アミダスやスケルトン等の機具を使用して,または,手作業で選別されていた。これらの機具は,いずれも網目状の金属製容器であり,解体作業からの排出物をすくい上げ,ふるいにかけて大きさによる選別を行うものである。スケルトンの網目部分は,縦約16センチメートル,横約10センチメートル,アミダスの網目部分は,縦横いずれも約4センチメートルで,選別後,比較的大きな物は,正規の処分業者に持ち込み,網目を抜けた物(以下「選別後の物」という)は,被告会社所有の甲の土地や乙の土地に搬入していた。
なお,選別後の物にもコンクリート片等は混じっていたところ,これを甲や乙の土地に搬入する際は,ダンプカーに積んだ選別後の物の上に土をかけて覆いをしていた。
④ 被告会社が,他の業者から解体作業による排出物の処理を受託する場合,被告人が,受託する物の状態,すなわち,土様の物が多いか否かとか,コンクリート片等の混合率等によって受託代金を決め,従業員に指示して引き取りに行かせていた。
従業員の配置やダンプカーの配車,排出物の搬入場所等は,被告人が決め,夕方ころ,翌日の配置等について指示を出していた。従業員は,それに従って,解体現場へコンクリート片等を引き取りに行ったり,丁の土地に搬入されたコンクリート片等を選別して,選別後の物を甲や乙の土地に運んだりしていた。
従業員の勤務形態は,概ね日曜日が休みで,勤務時間は,午前7時ころから午後5時ころまでであり,搬入すべき物の量や混合状態等により,選別や搬入に要する時間に合わせて出勤時間を調整していた。給料は,1日あたり1万4000円程度で計算され,月末締めで1か月分がまとめて支給されていた。
(2) 甲の土地について
① 甲の土地は,登記簿上の地目は山林で,樹木が生い茂った山であり,被告会社が解体作業による排出物を搬入した場所は,その山あいの部分である。
同所は,被告会社が購入する以前は,□□興業によって廃棄物が不法投棄されていた。
被告会社は,同土地を購入後,樹木の伐採等をしてなだらかにし,選別後の物を搬入して,重機で平坦にならしていた。甲の土地は,搬入する通路が狭かったため,4トンダンプカーしか入れず,1日3台か4台を使用して,7往復程度搬入しており,搬入後,表面に覆土をしたり,表面上に現れた大きな物を,従業員が手で拾うなどしていた。
② 平成13年5月ころから,付近住民が,被告会社による搬入行為に反対し,宇治市長宛に要望書を出すなどして,反対運動を行うようになった。
宇治保健所では,被告会社による搬入が,違法な行為に当たる可能性があると考え,度々立入調査をした。これに対し,被告人は,どの程度まで選別すれば廃棄物に当たらなくなるのか,土とコンクリート片等の混合比率がいくらになれば廃棄物とならないのか,その境目の比率を教えてほしいなどと,担当者らに逆に申し入れるなどしていた。そして,同年7月6日及び同年8月24日には,宇治保健所から被告人に対し監視指導票が渡され,それには,産業廃棄物の混入物による造成行為が認められた場合には,処分行為に該当する旨記載されていた。同月31日には,埋立てのために被告会社が搬入した物の中に建築廃材等の産業廃棄物が混入しており,これらを造成用に使用することは,廃棄物の処理及び清掃に関する法律16条等に違反する違法な埋立処分に当たるとして,直ちに中止するよう勧告する旨の勧告書が被告会社に対し出された。しかし,その後もコンクリート片等が撤去されることはなかった。
(3) 乙の土地について
① 乙の土地は,登記簿上の地目は,公衆用道路で,その一帯は,住宅団地として開発予定であったものが,途中で造成が中止された場所である。部分的には整地されているが,雑木林のような部分もあり,道路が谷のように陥没している部分も数か所あった。その陥没部分に,被告人らは,コンクリート片等を入れ,表面は土様の物で覆って,一見平らな道路のようにしていた。周辺には民家も数軒あり,人が居住していた。
搬入は,1日にダンプカー3台から5台程度で行い,概ね1日に2往復していた。比較的大きな物を積んだダンプカーが,初めに積み荷を降ろし,乙の土地に待機していた従業員が重機で平らにならし,比較的小さな物を積んだダンプカーがそれに続き,最後に土砂を積んだダンプカーが積み荷を降ろし,降ろす度に平らにならして,表面には覆土をした。そのため,運搬時から,土砂を積んだダンプカーが,一番後ろを走ることになっていた。
搬入されたコンクリート片等の大きさは様々で,木くずは,長さが10センチメートルから30センチメートルくらいであり,瓦の破片は,縦約5センチメートル横約10センチメートル程度の物もあった。
② 判示第2の平成13年10月25日の搬入分は,同月24日に**建設から委託されたものであり,判示第3の同年11月28日の搬入分は,同月27日に▽▽建設から委託されたものである。
3 争点についての判断
(1) 被告会社が搬入していた物が「廃棄物」に当たらないとの主張について
① 弁護人は,甲の土地に搬入していた選別後の物は,残土であるから「廃棄物」には当たらず,また,乙の土地に搬入していたコンクリート片等は,仮設道路造成のための材料として使用していたのであるから,やはり「廃棄物」には当たらない旨主張する。
② ところで,廃棄物とは,占有者が自ら利用し又は他人に有償で売却することができないために不要になった物をいい,これに該当するか否かは,その物の性状,排出の状況,通常の取扱形態,取引価値の有無,占有者の意思等を総合的に勘案して決するのが相当である。
③ 甲の土地に持ち込まれた物は,選別後の物と思われるところ,被告会社の行う選別は,物の大きさのみによるものであるから,選別を何回繰り返したところで,土以外の物で小さい物は,取り除かれずに混在していることは,その選別方法からして当然である。実際,運搬途中のダンプカーに積載された選別後の物の状態をみるに,その中に,土以外の破片のような物が混在していることが窺われ,これらが単に土として片づけられるものでないことは一見して明らかである。また,被告人は,甲の土地に搬入後,表面に現れた土以外の物を,従業員に拾わせるなどしていたのであり,表面に現れた土以外の物を手作業で全部取り除くこと自体,極めて困難なことである上,同様の物がその地中部分にも混在していることは,容易に推認できる。
したがって,被告会社が,甲の土地に持ち込んでいた物は,その性状に照らして,廃棄物に当たることは明らかである。
また,これらを土地造成の資材として使用したとしても,そもそもその出自は解体現場等から排出された不要物にほかならず,被告会社が,対価を得て引き取った物である以上,かかる廃棄物としての客観的な性質は,その後の利用等に関する被告人らの意図の如何で消長を来すとは考えられない。なお,被告人は,甲の土地に埋まっていた大きな物は,□□興業が不法投棄したものであるというけれども,□□興業が不法投棄した物が残存していたか否かにかかわらず,選別後の物が廃棄物に当たる以上,かかる事情が,被告会社が廃棄物を搬入していた事実を認定することに何ら影響を与えるものでないことはいうまでもない。
④ 乙の土地に搬入していた物は,コンクリート片等であり,その性状に照らして,これが産業廃棄物に当たることは明らかである。被告人は,これらを資材として利用していた旨述べるけれども,客観的には,造成に適した資材とは認められず,一般的に取引価値のない産業廃棄物として処理されていることを併せ考えれば,かかる被告人らの意図の如何がその廃棄物としての性質を左右するものでないことは,前項において既に述べたところと同様である。
したがって,乙の土地に搬入した物の性状,通常の取扱形態,取引価値の有無に加え,占有者の意思等を併せ考えても,これらが産業廃棄物に当たることは明らかである。
(2) 被告会社の搬入行為が「捨てる」に当たらないとの主張について
① 弁護人は,甲の土地及び乙の土地への被告会社の搬入行為は,客観的に土地造成に利用していたのであるし,加えて,乙の土地については,後に取り出すことを予定していたのであるから,放置する意思はなく,いずれも主観的に「捨てる」つもりはなかった旨主張する。
② しかし,被告会社が搬入していた物が,産業廃棄物に当たることは前述のとおりであるところ,被告人が,それをどのように利用するつもりであったにしろ,産業廃棄物を使用した埋立行為が,その最終処分に当たることは明らかというべきである。
被告人は,道路を応急的に補修するために,取り敢えずコンクリート片等を搬入して埋めて仮設道路を造ったものであり,後に本格的な補修をする際に,これら埋めたコンクリート片等は取り出すことを予定していたなどと述べている。しかし,被告人が述べるような方法で仮設道路を造ったとすれば,後日,本格的な補修をする際に,埋めたコンクリート片等を改めて掘り出し,これを最終処分場まで運搬しなければならず,そのような方法で,ほとんど交通量がないと思料される道路を補修するのは,それに要する費用や時間を考えると,到底,現実味のあることとは認められない上,その時期や方法等について具体的な計画はなく,被告会社の従業員らも,仮設道路であると聞いたことはないなどと述べているのであるから,到底,それが仮置きであるなどとは認められない。
③ そうすると,甲の土地及び乙の土地いずれにおいても,被告会社による搬入行為は,産業廃棄物の最終処分に当たるから,「捨てた」と評価すべきは明らかである。
(3) 被告人には「廃棄物を捨てる」という認識がないから,故意がないとの主張について
① 甲の土地に持ち込んでいた選別後の物に,一見して土以外の物が混じっていることは前述のとおりであるところ,被告人自身,宇治保健所等に対し,これが廃棄物に当たるか否かを問い続けていたこと,同保健所は,平成13年5月ころから,被告人に対し,監視指導票を渡すなどしていたものの,廃棄物に当たるか否かについては,同年8月31日まで明確な回答をしなかったこと,被告会社は,行政機関が明確に違法との判断を示さないからとして,搬入を継続していたこと等の各事実が認められる。
② このように,被告人が行政への問合せを続けていた経緯自体,被告人自身が,廃棄物に当たるのではないかということを懸念していたことの現れであると考えられるところ,宇治保健所等の対応としても,処分行為に当たる可能性があることを示して行政指導をしていたのであるから,搬入行為を継続することは差し控えるべきであったともいうべきである。それにもかかわらず,被告人は,行政機関が,廃棄物に当たる旨明確に示さないからといって,そのような状況に乗じて搬入を継続していたものである。要するに,被告人は,搬入している物が廃棄物に該当しそうではあるが,土以外の物との割合によっては,廃棄物には該当しないと主張できるかも知れないなどと考えていたというべきであり,そのような認識で,木くず等が混在した土様の物を甲の土地に持ち込み,そこに置いた上で,覆土をするなどしていたものと認められる。このような認識の状況や行為態様等に照らせば,被告人は,当該行為が,違法な処分に当たることの認識を当然有していたものと認めるのが相当である。
また,乙の土地についても,造成目的か否かはさておき,再度持ち出す具体的な計画もなく,コンクリート片等を持ち込んで置いてきたのであるから,同様である。
③ 加えて,土地購入の理由について,被告人は,縷々述べるけれども,広大な土地を購入するや,その中で搬入先を順次移動しているという現実の使用方法,運搬する際,ダンプカーの積み荷に覆土をしていたこと,被告人が,乙の土地を買うにあたり現場を見に行った際,「ここやったら使えそうやな」などと発言したことなどが認められるところ,これらは,被告人に産業廃棄物を捨てる認識があったことを強く推認させる。
④ そうすると,これらを総合して考慮すれば,甲の土地及び乙の土地,いずれについても,被告人が「廃棄物」を「捨てる」ことを認識して,搬入を行っていたことは明らかであり,故意を有していたことは優に認められる。
(公訴棄却の申立てについて)
1 本件公訴提起は公訴権の濫用であるとの主張について
(1) 弁護人は,本件公訴は,公訴権を濫用して提起されたものであるとして,その棄却を求め,その理由として以下のとおり主張している。
① 本件においては,捜査員が,令状に基づかないで,被告会社所有地に不法侵入して多数の写真を無断撮影したり,被告会社の従業員等を誘導等により取り調べるなどの違法な捜査をしており,本件は違法捜査に基づく起訴である。
② 検察官は,「捨てる」という行為について冒頭手続の際に自らがした釈明を,論告の際に突如翻しており,その公訴追行態度は,一貫性がなく,被告人の防御権を著しく侵害するものである。
③ 本件においては,被告人らの行為が起訴されているが,周辺の同様の行為をしている業者,被告会社よりも杜撰な処理をしている業者,悪質な不法投棄を繰り返している業者等に対しては,公訴提起どころか十分な捜査さえなされておらず,比例の原則に著しく反した状態となっている。本件の捜査及び公訴提起は,被告会社のみを狙い撃ちしたものであり,著しく不平等な扱いである。
④ 被告人は,正規の最終処分場の慢性的な不足により,悪質な不法投棄が多発している現状を憂慮し,将来の廃棄物処理のあるべき姿を自分なりに描きつつ,行政機関の担当者とも密に連絡を取りながら,自分なりに最も合理的な廃棄物処理の手法を模索し実践してきたのであって,仮に,その法解釈に誤りがあったとしても,被告人は,他の悪質な不法投棄の犯人とは一線を画するものである。本件において被告人が実行した処理方法は,最終処分場の慢性的な不足という重大な問題を放置したままの行政に対する一つの提案でもある。本来責任を問われるべきは,大量の廃棄物を排出し続ける社会と,最終処分場の慢性的な不足を放置したままの行政であるにもかかわらず,被告人を処罰することは,我が国の社会及び行政の責任を,一処理業者であるに過ぎない被告人に転嫁するにほかならず,許されることではない。
⑤ 被告人は,いかなる物が産業廃棄物となるのかという点について,日頃から,明確な基準を示してくれるよう行政機関に相談し,アドバイスを求めていた。しかし,行政機関の担当者からは,その場限りの曖昧な回答しか得られず,明示的な回答がなされたのは,判示第1の日よりも後である。行政機関が事前に適切な指導をしていれば,本件のような事態は防ぐことができた筈であり,行政機関の曖昧な対応が,本件の一因となっている。また,被告人からの問合せに対し,結論を出すのに長時間を要したとすれば,そのような専門知識を有する行政機関でさえ結論をなかなか出せないような微妙な判断を一個人に要求するのは酷である。万一,被告人の判断に誤りがあったとしても,このような難解で微妙な判断の誤りについて刑罰を科すことには重大な疑問がある。
⑥ 乙の土地においては,崩壊した道路を補修する作業をする上で必要な仮設道路を造成したものであり,それは,近隣住民や被告会社従業員らの生命身体に対する危険を回避する緊急避難的行為である。更なる道路の崩壊を食い止める意味合いもあった。また,甲の土地においては,宅地の造成をしていたのである。そして,仮にその原状を回復するとすれば,乙の土地については,道路が崩落したままの危険な状態を再現することになり,甲の土地については,□□興業が産業廃棄物を不法投棄したままの状態に戻ることになる。すなわち,両土地について,被告人は社会的効用のある行為をしていたものであり,その社会的効用を無視することはできない。
(2) ①の主張について
関係証拠によれば,甲の土地及び乙の土地の各廃棄物投棄現場は,外部からの進入を遮断されたり,外部から垣間見ることができないような措置を施されたりしていないことが認められる。殊に,乙の土地は,地目が公衆用道路である上,同土地において,被告人は,住民が通行する際の安全を確保するための仮設道路を造っていたというのであるから,一般人が通行することが予定されているものである。
このような事情に照らせば,両土地は,ある程度開放された状態にあったと認められるのであり,警察官による写真撮影等の捜査が,被告人らのプライバシーを殊更に侵して行われたなどとは認めることができない。
更に,本件の関係者らの取調において,誘導等に基づく取調がなされたことを窺わせる具体的事情は何ら存在せず,その他本件の捜査方法全体について考察しても,違法と思われる点は見あたらない。
したがって,本件起訴が違法捜査に基づくものであるとの主張は理由がない。
(3) ②の主張について
たしかに,検察官は,冒頭手続の際,弁護人から,公訴事実にいう「捨てた」ということは,具体的にはいかなる行為を指すのかという釈明を求められて,「ダンプカーから降ろして置いたこと」である旨釈明し,論告においては,生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るという目的に反する状態に置くことが,すなわち「捨てる」行為に他ならない旨述べている。
しかし,検察官の冒頭手続の際の釈明は,本件において被告人らがした具体的行為を明らかにしたものであり,論告は,「捨てる」という言葉についての,法律用語としての解釈的指針を述べたものであって,冒頭手続の際の釈明とは自ずから性質を異にしている。そうすると,検察官が一貫しない主張をしたとはいえないし,本件において,防御すべき対象となる被告人らの具体的な行為は,当初から明らかにされており,実際にも,それをめぐっての攻撃防御が尽くされてきたのであるから,被告人らの防御権は何ら害されていない。
(4) ③の主張について
産業廃棄物の不法投棄については,近年,取締が強化されていることは周知の事実であり,不法投棄をした業者が,多数検挙されて公訴を提起され,刑事責任を問われていることも,当裁判所に顕著な事実であるから,被告人らに対する本件公訴提起が,被告人や被告会社のみを狙い撃ちした不平等なものであるとは,到底いえない。
(5) ④⑤の主張について
被告人は,廃棄物に当たるか否かを行政機関に問い合わせていたことなどを声高に指摘するけれども,本件において,行政機関の被告人に対する一連の対応には,やや曖昧さの残る面があったことは否定できないにしても,不適切とまで認めるべき点はない。また,前述のとおり,被告人は,行政機関が,廃棄物に当たるか否かの基準を明確に示さない状況に乗じて,廃棄物の搬入を継続していたものであり,当該行為が,違法な処分に当たることの認識を当然有していたものと認めるのが相当である。
そうすると,被告人は,弁護人が主張するように難解で微妙な問題についての判断を誤ったというものではない。
そして,廃棄物を捨てた以上,その刑事責任を問われるのは当然であって,本件は,廃棄物に関する社会及び行政の責任を被告人に転嫁するものでないことも明らかである。弁護人の主張は,被告人らの行為が違法であることを棚に上げて,いたずらに社会や行政を論難するものである。
(6) ⑥の主張について
被告会社が甲の土地及び乙の土地に持ち込んでいた物が,産業廃棄物に当たることは明らかであり,被告人らの行為が,産業廃棄物を「捨てた」と評価すべきものであることは,既に説示したとおりである。
そして,関係証拠を総合すれば,甲の土地及び乙の土地のいずれにおいても,産業廃棄物を捨てて,その上に土を被せていることから,たまたま,宅地を造成しているような外観や,道路の陥没部分が埋められているような外観を呈しているに過ぎないと認めるのが相当であり,このような外観を呈しているからといって,被告人らの行為が社会的効用のある行為として,刑事責任を問うべきでないということにならないことは当然である。
(7) 以上説示したとおり,本件公訴提起が公訴権を濫用したものであるとの主張は,全く理由がない。
2 二重起訴に当たるとの主張について
(1) 判示第3の事実に係る公訴は平成13年12月19日に,判示第2の事実に係る公訴は平成14年2月15日にそれぞれ提起されたものであるところ,弁護人は,乙の土地への投棄は,仮設道路の造成という単一の目的で,継続的に行われていたもので,実質的には一連一個の行為であるから,包括一罪と評価されるべきものであるにもかかわらず,その一部分を切り取って個別に公訴を提起したのは,同一の行為を二重に起訴したものであるから,判示第2の事実にかかる平成14年2月15日付公訴は棄却すべきである旨主張する。
(2) まず,廃棄物の処理及び清掃に関する法律16条に違反してなされた廃棄物投棄行為の罪数について考えるに,同罪は,基本的には個々の投棄行為ごとに1罪を構成し,犯意及び行為の継続性が認められる場合には,包括一罪と評価すべき場合もあると解するのが相当である。
そして,乙の土地への廃棄物の搬入及び投棄の態様は,前述のとおりであるところ,被告人らは,乙の土地で積み荷を降ろす順序を考慮して,運搬の際のダンプカーの順番を決め,連なって走行していたこと,1日の作業内容として各ダンプカーが2往復することが定着していたこと,従業員報酬は,1日の労働に対して決められていたことなどに照らせば,同じ日の中で行われた搬入行為には継続性があるというべきである。
しかし,1日の作業が終了し,一旦搬入行為が終了した場合には,その時点で行為は中断されるのであり,行為の継続性が失われることは明らかである。よって,判示第2の行為と判示第3の行為は,行為の継続性を欠いているから,別罪であり,包括一罪と評価することはできない。
(3) なお,包括一罪を構成する行為で当初の起訴状に記載がもれていたものを,後日,追加補充する趣旨で追起訴することは,二重起訴には当たらないところ(最高裁判所昭和29年(あ)第1400号昭和31年12月26日大法廷判決・刑集10巻12号1746頁等参照),仮に,本件の乙の土地への各搬入行為が,包括一罪と評価すべきものであるとしても,追起訴された事実は,先の起訴に付加する趣旨でなされたことが明らかであるから,二重起訴には当たらない。
したがって,いずれにせよ,この点に関する弁護人の主張は失当である。
3 以上のとおりであるから,弁護人の公訴棄却の申立てはいずれも理由がない。
(量刑の理由)
本件は,産業廃棄物の収集運搬等を業とする被告会社の業務として,その取締役である被告人が,従業員らと共謀の上,同会社所有の土地2か所にそれぞれ産業廃棄物を不法投棄したという事案である。
被告会社は,平成12年9月ころから,自社や他業者の家屋解体現場から収集したコンクリート片等を丙の土地に搬入していたところ,行政機関から搬入を止めるよう指導されるようになり,平成13年6月ころ,新たな搬入先として甲の土地を購入し,以後,1日につき4トンダンプカー約20台分程度の産業廃棄物(選別後の物)を同地に搬入していた。しかし,産業廃棄物搬入に対する周辺住民の反対運動が激化し,行政機関からも搬入を中止するよう警告を受けるなどしたため,同年10月ころ,更に乙の土地を購入し,以後,1日につき10トンダンプカー約8台分のコンクリート片等を同地に搬入していた。
このように,被告会社は,周辺住民の反対や,再三にわたる行政機関からの指導を無視して,搬入先を変えながら,ほぼ連日にわたりコンクリート片等の投棄を重ねていたものであって,本件で起訴されたのは3回の投棄ではあるものの,本件は,前述のとおり大規模な投棄を長期間にわたり継続する中での犯行である。これらの土地周辺の環境に与えた影響は大きい。また,その犯行態様は,前述のとおり大胆であり,搬入したコンクリート片等を覆土をして隠すなど悪質である。
被告人は,形式的には被告会社の取締役であり,その妻が代表取締役であるが,実際には,被告人が,その経営の一切を取り仕切り,前述の土地の購入や,投棄方法等に対する指示を出し,1人で被告会社の経営を采配していたのであり,本件は,すべて被告人が首謀者として被告会社の従業員を指揮して行ったものである。それにもかかわらず,被告人は,行政の非を鳴らし,種々の弁解をして,違法なことをしていたつもりはないなどと,開き直りとも取れる言辞を弄し,犯行を否認しており,反省の態度が乏しい。したがって,被告人の責任は重大である。また,被告会社についても,相応の責任を問うべきである。
しかし,被告人は,本件について否認しているものの,自分達の行為が違法であると判断されれば,甲の土地や乙の土地に搬入した物を撤去する旨表明していること,被告人には廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反の罰金前科が3犯あり,本件犯行やこれに至る経緯にかんがみれば,この種事犯の常習性も垣間見られるところではあるけれども,上記罰金刑を受けたのは15年以上前のものであること,被告人が,本件で7か月以上身柄を拘束されたことなどを考慮して,主文のとおり刑を量定し,被告人に対しては,その刑の執行を猶予することとした。
(裁判長裁判官 楢崎康英 裁判官 神田大助 裁判官 矢野仁美)