大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成13年(ワ)1104号 判決 2003年1月29日

主文

1  原告と被告との間において,原告が佛教大学通信教育部専任講師の地位を有することを確認する。

2  被告は原告に対し,平成13年4月から本判決確定の日まで,毎月21日限り70万5908円を支払え。

3  原告のその余の請求に係る訴えを却下する。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  原告と被告との間において,原告が佛教大学通信教育部専任講師の地位を有することを確認する。

(2)  被告は原告に対し,平成13年4月から毎月21日限り70万5908円を支払え。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

(4)  第2項について仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  原告(昭和10年9月30日生)は,平成3年4月1日に,被告の設置する佛教大学の通信教育部専任講師として雇用された。

(2)  原告が雇用された際,佛教大学の就業規則10条,佛教大学定年規程2条において,佛教大学に専任として勤務する教員の定年を満70歳とし,定年に達した年度末をもって退職とする旨(以下,「本件旧条項」という)が定められていた。

(3)  被告は,原告との間の雇用契約を争う。

(4)  原告は,従来毎月21日に給与の支払を受けていたものであり,その額は次のとおりである。

平成12年10月分 70万0400円

11月  70万5300円

12月  72万2400円

平成13年 1月 69万4950円

2月 71万7300円

3月 69万5100円

(上記6か月の平均 70万5908円)

よって,原告は被告に対し,雇用契約に基づき同契約上の地位の確認及び平成13年4月分から未払となっている賃金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

3  抗弁

(1)  本件旧条項は,平成12年2月16日の佛教大学評議会(以下,「大学評議会」という)において,経歴審査のみで業績審査をしない講師(実習指導講師,通信教育部研究室講師)は満65歳を定年とすることに改正(以下,「本件変更」という)されるとともに,その施行時期が平成12年4月1日と定められた。原告は平成12年に65歳に達した。

(2)  本件変更には,次のとおり合理性がある。

ア 必要性

(ア) 私立の大学は,少子化を原因として学生数が減少する時代を迎えて,財政の健全化を図るために人件費の削減をはかることを迫られている。そのため,人件費の主要部分を占める教員の人件費の削減が重要課題である。

(イ) 上記の状況の下で,佛教大学では高齢の教員の人件費の抑制が急務となっていた。そこで平成10年4月に佛教大学の当時のA学長は,教員の定年の引下について,佛教大学の給与・福利厚生委員会に諮問をした。

平成11年12月2日に同委員会は,「定年及び給与の見直し」についてと題する報告(以下,「本件委員会報告」という)を作成し,全教員の定年を一斉に65歳に引き下げるのが望ましいとの答申をした。

(ウ) しかし答申を受けた現在の学長であるB(以下,「B学長」という)は,平成11年12月15日に開催された大学評議会で本件委員会報告を変更修正して,次の内容の「教員の定年制を一部改正することについて」と題する変更案(以下,「学長提案」という)を提案した。すなわち教員の定年は,教授が70歳,助教授が68歳,講師が65歳と引き下げ,平成12年4月1日から実施する。実施時に対象となる者は1年猶予する。

(エ) B学長が上記の変更をしたのは,次の理由によるものである。

すなわち,現行の教員定年を職階に関わりなく一挙に大幅に引き下げることは,教授層の弱体化を招くことになり,佛教大学における教育水準の維持と充実にとって好ましいことではない。そこで,昇進性のある学部教員については,まず助教授以下の定年を引き下げることによって,昇進のための研究を活発させるべきである。次に,実習指導講師は,佛教大学における実習教育の充実を推進するために専任化する必要があるから,有期限任用を改めて65歳定年制を導入することで,人材の確保をはかるべきである。また,通信教育部研究室講師(以下,「通教部講師」という)は,学部教員と異なり経歴審査のみで採用されて研究業績の審査がされないのであるから,実習指導講師とともに65歳を定年とするのが相当である,というものである。

(オ) 佛教大学では,定年規定は大学評議会の意見を徴して学長が決することになっているが,従来から重要案件は教授会の議決を経て決定されることになっていたので,大学評議会は3学部の教授会にこれを諮ることとした。

各教授会では学長提案に反対が多かった。そのため,平成12年2月16日に開催された大学評議会は,講師の定年を65歳とすることのみを答申した。

B学長は上記答申に基づいて,同日,実習講師だけでなく専任講師を含めて65歳を定年とする定年規定を平成12年4月1日から実施するとの決定をした。

(カ) 本件変更が適用される対象者は,通教部講師では原告と訴外C(昭和31年11月27日生)であった。訴外Cは平成12年3月31日に任意退職したため,結果的には,原告のみが適用対象となった。実習指導講師の数は本件変更がなされた時点で6名であり,施行時には11名であった。

イ 相当性

a 各大学は,教員の定年制をそれぞれが定めている。国公立大学では,職階を問わず,概ね63歳から65歳を定年としている。私立大学では,かなりばらつきがあるばかりか,職階によって定年に差異を設けているところもあるが,総じていえば職階を平均して65歳を定年としている。その意味で,本件変更は相当性の認められる定年の引下である。

b 佛教大学の通信教育部の在学生の数は,平成10年度から毎年減少してきている。従前は,佛教大学は通信教育で名声をえて多数の学生が入学してきていたが,他の大学が通信教育部門に参入する動きが出ているので,今後は入学者数が激減する可能性が高い。

このような状況下で,通信教育部研究室の存続意義も顕著に薄れてきている。

ウ 代償措置

本件変更を対象者に適用するについて,次のとおりの代償措置を取っている。

(ア) 退職金の支給

退職金について,事務職員「佛教大学早期退職優遇規程」第6条を準用して,次の計算による退職金を740万円を支払う。

(基本給+職務給)×(勤続年数10年で支給率10か月分)×1.25(56万5千円+2万7千円)×10×1.25=740万円

(イ) 再雇用契約次の条件で再雇用契約をする。

a 通教部講師として再雇用する。

b 再雇用年数を3年間とする。

c 給与の月額は,平成12年度給与の基本給,家族手当,住宅手当の合算額とする(定期昇給なし)。

d 賞与は専任教職員と同様に支給する。

エ 原告に対する説明

B学長は,平成11年12月21日に原告と面談して,学長提案について説明をした。

以上のとおり,本件変更には必要性と相当性があり,対象者に対する代償措置も取られた上,対象者である原告に対する説明もおこなわれているので,変更による不利益の程度は原告が受認できないほどのものではない。

(3)  原告の給与額について

ア 原告の給与は基本給と職務給から構成されていて,原告の基本給は56万5500円であり,職務給である主任手当が27000円であった。

イ 主任は,複数の教員が配置されている部門におかれる職務であって,当該教員間で毎年持ち回りで担当してきている。したがって,平成12年度(平成12年4月から平成13年3月まで)に主任を勤めた原告が,平成13年4月以降主任となることが確定しているものではない。しかも,平成13年度末で通信教育部研究室が廃止されたのであるから,原告が主任となるはずはない。

したがって,原告の給与額は,主任手当を控除すべきである。

4  抗弁に対する認否

(1)  抗弁(1)の事実は認める。

(2)  抗弁(2)について

ア 抗弁(2)アについて

(ア) 抗弁(2)ア(ア)の事実は認める。

しかし,この事実は,財政問題が将来の私立大学をめぐる一般的課題となることを示しているにすぎず,そのことから直ちに本件変更の必要性が肯定されることにはならない。

(イ) 抗弁(2)ア(イ)の事実のうち,佛教大学で教員の人件費抑制が急務となっていたことは否認し,その余は認める。

教員の人件費抑制が,佛教大学において当面の問題となっていないことは,本件委員会報告が,近い将来に到来する一般的危機に備えるために,佛教大学の定年及び給与の見直しが必要であるといっていることを見ても明らかである。

(ウ) 抗弁(2)ア(ウ)の事実は認める。

(エ) 抗弁(2)ア(エ)の事実は争う。

本件変更のうち,実習指導講師の定年を定めた部分は,従来有期限任用であったのを65歳定年にしたものであるから,不利益な変更ではない。これに反して通教部講師に関する部分は,従来70歳であった定年を65歳に短縮したのであるから,不利益変更である。講師の定年を65歳とした本件変更は,このように異質なものを一括して規定しているものであるから,実習講師の定年制の採用に合理性があるからといって,通教部講師の定年短縮の合理性が裏付けられるわけはない。

(オ) 抗弁(2)ア(オ)の事実は認める。

(カ) 抗弁(2)ア(カ)の事実は認める。

しかし,訴外Cは本件変更の話が出る以前から,他大学に転出することがわかっていたから,本件変更の適用対象者が原告だけであることを,佛教大学当局は十分承知していた。

イ 抗弁(2)イの事実はすべて争う。

ウ 抗弁(2)ウの事実は認める。しかし,この代償措置ではまったく不十分である。本件変更がなされると,被告の提案する代償措置によっても,原告の収入は総額で2400万円の減額となるばかりか,退職金が150万円の減額となる。しかも,原告は大学での教育活動という有意義な仕事に70歳まで従事できるはずであったのに,それを2年間も短縮される結果となることは,金銭で評価しがたい不利益である。

エ 抗弁(2)エの事実は認める。

(3)  抗弁(3)について

争う。

理由

1  請求原因事実は,当事者間に争いがない。

2  抗弁について検討する。

(1)  抗弁(1)の事実は当事者間に争いがない。

同事実によれば,本件変更が原告に不利益な内容であることは明らかであるから,このような不利益な変更をすることについて,合理性があると認められるかどうかについて判断しなければならない。

(2)  そこで抗弁(2)について検討する。

ア  抗弁(2)ア(ア)の事実は当事者間に争いがないけれども,同事実が認められるからといって,直ちに通教部の定年を引き下げなければならない必要性があると認めることはできない。

イ  抗弁(2)ア(イ)の事実のうち,佛教大学で教員の人件費抑制が急務となっていたことを除き,その余の事実は当事者間に争いがないところ,本件全証拠によっても佛教大学で教員の人件費抑制が急務となっていたことを認めるにたる証拠はない。

もっとも,上記争いのない事実と甲第3号証(「定年および給与の見直し」について)によれば,平成11年12月2日に提出された給与・福利厚生委員会の意見は次のとおりであることが認められる。

(ア) 本件委員会報告は,報告書作成の前提事項である佛教大学の財政状況とその中でしめる人件費の割合などについては当面問題とすることなく,少子化による学生数の減少によって近い将来に到来する一般的な大学の財政問題に備えるために,定年年齢の一律引下を提言すること。

(イ) 同報告は,厳しくなる佛教大学の財政状況にあって,支出抑制は当然としても,即座に給与が抑制されるべきではないと考えること。

(ウ) 長期的な視野にたって人事計画が立てられ実行されてきたか,目指すべき大学像は何か,など事前に議論すべき課題があること。

このことからすると,A学長の諮問および本件報告書は,短期的課題として定年と給与に関する見直しを検討したものではないと見なければならない。

ウ  抗弁(2)ア(ウ)の事実は当事者間に争いがないので,次に進んで,学長提案の理由について検討しなければならない。

エ  被告は,学長提案の理由として,抗弁(2)ア(エ)のとおり主張するけれども,証拠(証人D)によれば,次の事実が認められる。

(ア) 通教部は経歴審査のみで業績審査をしないで雇用され,その後も研究業績を上げることは要求されない。

(イ) 佛教大学において通教部は,教授,助教授へと昇進する道は開かれてない。

(ウ) 本件旧条項は,通教部講師の定年を70歳と定めていたが,これを65歳に引き下げなければならないような理由が,通教部講師の職務内容自体には生じてはいない(なお,通信教育部の学生数に基づく事情については後に検討する)。

(オ) 佛教大学において,実習指導講師は従来有期的任用であったから,教授,助教授への昇進の道はなかった。本件変更は,これを65歳までの終身雇用に改めようとするものであるが,教授,助教授への昇進の道は設けないものである。

(カ) さらに,実習指導講師の定年を定めるにあたって,講師という身分と処遇の点で通教部講師と共通性があるので,できることなら同一の定年を定めることが望ましいことである。しかし,既に定年が定められている通教部講師の定年を引き下げて,新たに定年制が導入される実習講師の定年に合わせなければならない事情はない。

以上の認定事実によれば,実習指導講師について定年を定めることは,実習指導講師に対する不利益な変更ではないけれども,通教部講師の定年を引き下げることは,前記のとおり不利益な変更であるから,定年年齢が同一であっても,事柄の実質はまったく異なっているといわなければならない。

したがって,実習指導講師と通教部講師の定年が同じに設定されたからといって,本件変更の合理性が裏付けられるものでないことは,多言を要しないところである。

そうすると,上記主張は,本件変更の合理性を裏付ける事情とはなりえないことに帰着する,というべきである。

オ  抗弁(2)ア(オ)の事実は当事者間に争いがない。

上記事実によれば,学長提案のうち学部教員の定年に関する部分は,佛教大学の全学部において多数の教授によって受け入れられなかったものであり,そのことは学長提案の基本的構想が合理性を欠くものと受け止められて否定されたことを意味するといわざるをえず,大学評議会の答申に基づきB学長が講師の定年を65歳と定めたことは,前記のとおり性質が異なっていることに目をそらして,実習指導講師の定年導入の名の下に,講師の定年を65歳とすることで,事実上通教部講師の定年引下をそこに紛れ込ませてしまったといわざるをえないものである。

カ  抗弁(2)ア(カ)の事実は当事者間に争いがない。

上記事実と弁論の全趣旨によれば,B学長が本件変更を決定した時点で,訴外Cが平成12年4月1日から京都文教大学に移籍することは,佛教大学当局が知っていたことが推認できる。そうであれば,本件変更によって不利益を被る者は原告ただひとりであることを,佛教大学当局は十分に承知していたものというべきである。したがって,本件変更は事実上,対象者を原告のみとするものであったということになる。

キ  抗弁(2)イの事実について検討する。

証拠(乙4,同24の1ないし9,証人D,弁論の全趣旨)によれば,抗弁(2)イの事実が認められる。

しかし,この事実のみで,本件変更の合理性が裏付けられるということはできない

ク  抗弁(2)ウの事実は当事者間に争いがない。しかし,この事実によって認められる代償措置は,本件変更によって原告が被る不利益を十分に補っていないことは明らかである。したがって,このような代償措置が取られていることのみで,本件変更の合理性を認めることはできない。

ケ  抗弁(2)エの事実は当事者間に争いがないけれども,この事実のみで,本件変更の合理性が認められるものではない。

(3)  以上で検討したところによれば,本件変更については次のようにいわなければならない。すなわち,被告は佛教大学にやがて生じるであろう財政問題に対処するために,教員の定年制の見直し作業に着手して,一定の提案をする段階に至った。ところが,関係者の理解を得ることができないために事実上白紙撤回をせざるをえない状態に陥った。それにもかかわらず,上記見直し作業について,何らかの形で実施の先鞭をつける必要があると考えて,原告のみを対象とした定年の引下を実施すべき理由も必要もないのに,本件変更をしたものであって,実質的には,原告に対する期限付解雇の様相を帯びていると見る余地すらある。

(4)  以上によれば,被告の抗弁(2)を認めることはできず,本件変更は無効である。

(5)  抗弁(3)について判断するに,これを認めるべき証拠はない。また通信教育部の廃止は,原告が定年退職したことを前提とするものであるから,上記のとおり原告が定年退職していない以上,通信教育部の廃止がなされたことを前提として,原告の給与額を考えることは相当でない。

(6)  以上の次第であるから,原告の本件請求中,請求の趣旨第1項と第2項のうち,主文第2項掲記の賃金請求部分は理由があり認容すべきであるが,本判決確定日の翌日からの賃金請求は将来請求にあたるところ,これをあらかじめ請求すべき必要性があることの主張も立証もないから,この請求部分は不適法であり,却下を免れない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 楠本新)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例