京都地方裁判所 平成13年(ワ)1416号 判決 2001年11月16日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金543万8723円及び内金475万0881円に対する平成10年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告は,京都市伏見区a町b番地において,オートバイの販売修理を業とする店舗(以下「本件店舗」という。)を有している。
(2) 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時
平成10年5月28日午前7時25分ころ
イ 場所
京都市伏見区a町b番地先路上
ウ 態様
被告運転の普通乗用自動車が,訴外A運転の普通乗用自動車と出合い頭で衝突し,A運転の自動車が本件店舗に突っ込んだもの。
(3) 原告が本件事故により被った損害は次のとおりである。
ア 本件事故により,本件店舗に展示してあったオートバイ新車14台が破損した。
(ア) そのうち,8台は,修理見積金額が新車仕入れ代金を上回ることから,その仕入金額を損害額とし,そのうち2台については,仕入先からの配送料を加算する必要がある。その金額は,合計金337万2000円となる。
(イ) 残りの6台については,修理代金相当額の損害を受けたが,その金額は合計70万3077円である。
イ 原告は,上記の各バイクの修理費見積り費用として,見積額の10パーセントである金44万9572円の損害を被った。
ウ 以上の損害額に対する消費税は,金22万6232円である。
エ 弁護士費用 金68万7842円(消費税を含む。)
(4) よって,原告は,不法行為に基づく損害賠償請求として,金543万8723円及び内金475万0881円(弁護士費用を除いた額)に対する本件事故の発生日の翌日である平成10年5月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)の事実は不知。
(2) 同(2)の事実は認める。
(3) 同(3)の事実は不知。
3 抗弁(消滅時効)
本件の訴えは本件事故発生から3年を経過した後の平成13年5月30日に提起されたものである。原告の被告に対する請求権は時効により消滅している。被告は上記時効を援用する。
4 再抗弁(時効中断・時効援用権の濫用)
(1) 本件事故後,被告が契約している任意保険会社の担当者が,被告の代理人として,2度,示談交渉のために原告を訪れた。また,損害額の査定のため,同社の担当者が別途訪れたことがあった。これらの任意保険会社の担当者の来訪は,本件事故について示談解決を意図したものであって,損害額について支払を前提としたものであるから,これにより,原告の被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は中断されたものである。
(2) その後,被告は,平成10年9月3日,原告を相手方として,本件事故による損害賠償額確定調停を申し立てた(以下「本件調停申立て」という。なお,当該調停事件は,同年11月24日,調停不成立に至った。)。
被告の上記調停申立ては,本件事故による損害額が確定されれば,それを弁済するとの意思を表したものであるから,民法147条3号に定める「承認」に該当する。
(3) 被告が契約している任意保険会社は,原告に対して,あたかも,示談解決を意図したかのごとき言動を行い,原告に損害の賠償を受けられるとの期待を抱かせたものであり,それにもかかわらず,消滅時効を援用して賠償金の支払いを免れようとするのは信義誠実を欠くものであるから,被告が本件について消滅時効を援用することは,権利の濫用として,許されない。
5 再抗弁に対する反論
(1) 交通事故が発生した際に任意保険会社の担当者が被害者方を来訪するのは,事故状況や損害等,確認を要する事項があるからであり,必ずしも債務の存在を承認しているわけではないから,時効中断事由には当たらない。
(2) 調停は,本来権利関係の確定を目的とするものではなく,当事者の互譲による円満解決を図ることを目的とする手続であって,被告が調停を申し立てたからといって,債務の承認に当たるものではない。
もっとも,調停が成立せずに終了した場合においても,1か月以内に訴えを提起したときは,民法151条の類推適用により,調停申立ての時に時効中断の効力が生ずると解されるが,本件では,原告は調停不成立の後1か月以内に訴えを提起していない。
(3) したがって,本件においては,時効中断は生じていない。
第3判断
1 本件事故の発生日時が平成10年5月28日であることは当事者間に争いがなく,弁論の全趣旨によると,原告は,本件事故発生直後に,本件事故による損害の発生及びその加害者が被告及びAであることを知るに至ったと推認される。そして,本件訴訟が提起されたのが平成13年5月30日であることは,裁判所に顕著な事実である。
2 証拠(甲52,53)及び弁論の全趣旨によると,被告が,平成10年9月3日,茨木簡易裁判所に対し,被告及びAを相手方として,本件調停申立てをしたこと,その申立書には,申立ての趣旨として「申立人の相手方らに対する本件交通事故による相当な損害賠償額を確定する調停を求める。」と記載され,さらに,申立ての原因として,「相手方は本件事故により物的損害を負ったとするものである。」「ところが,本件について,損害額及び責任の割合が不明で争いがあるため,当事者間での話合いが困難な状況にある。」「よって,本件事故による妥当な損害額を確定するため,本件調停を申し立てる次第である。」と記載されていたこと,本件調停申立てに係る調停事件は同年11月24日に不成立で終わったことが認められる。
3 ところで,民法147条3号が定める「承認」とは,時効の利益を受けるべき者が,時効によって権利を失うべき者に対して,その権利の存在することを知っている旨の表示をすることをいうものと解されるところ,本件調停申立ての申立ての原因は,本件事故による被告とAの責任の割合が不明であるとしており,その趣旨は本件事故による損害の発生が全てAの責任によるものとの主張を抽象的に含みうるものであって,被告が,本件調停申立てをもって,原告に対し,損害賠償請求権の存在を知っている旨表示したとはにわかに解されない。現に,本件調停申立てに係る調停事件は申立て後,間もなく,不成立で終わったものである。したがって,本件調停申立ては,上記「承認」には該当しないと解するのが相当である。
4 また,原告は,本件調停申立て以前にも,本件事故後に被告が契約している任意保険会社の担当者が示談交渉あるいは損害額の査定のために原告を訪れたことをもって,上記の「承認」に当たると主張するが,その主張に係る事実が仮に認められるとしても,その後に本件調停申立てがなされたことに照らすと,被告あるいは任意保険会社の担当者が,原告に対し,本件事故に係る原告の被告に対する損害賠償請求権を承認したものでないことは明らかであって,原告の上記主張もまた採用の限りでない。
5 さらに,原告は,被告の消滅時効の援用が権利濫用に該当する旨主張するが,原告は,平成10年11月24日に本件調停申立てに係る調停事件が不成立に終わった時点で,被告との間で本件事故による損害賠償の請求をめぐる紛争が未解決であることを十分に認識していたものであり,消滅時効が完成するまでの間,いつでも,損害賠償請求の訴えを提起することができたのであるから,その訴え提起が遅れて消滅時効の完成後になったことによる不利益は原告において甘受すべき筋合いのものであり,原告の上記主張は採用しない。
6 以上のとおりであるから,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
(裁判官 佐藤英彦)