大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成13年(ワ)1421号 判決 2002年1月29日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,350万円及びこれに対する平成10年6月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,原告の夫を債務者とする不動産明渡執行により保管された目的外動産の競り売りに,執行官による債務者への適法な通知がされなかったため,参加する機会を喪失し原告が所有する動産の所有権を失ったとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき当該動産の時価相当額の損害賠償及びこれに対する不法行為の日である平成10年6月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事件である。

2  基礎となる事実(争いのない事実及び末尾掲記の証拠等によって認定することができる事実。)

(1)  原告は,Aの妻であるが,平成3年8月5日ころから,Aとともに,Aが株式会社ビーバーサービス(以下「訴外会社」という。)から賃借していた京都市a区b町c番地所在のdマンションe号室(以下「本件居室」という。)に居住していた(弁論の全趣旨。争いのない事実を含む。)。

(2)  訴外会社がAに対し,賃料等の不払を理由として本件居室及び同マンションの駐車場(以下「本件駐車場」という。)の明渡し並びに未払賃料等の支払を求めた訴訟(大阪地方裁判所堺支部平成9年(ワ)第302号)において,平成9年5月30日,骨子次の内容の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。

ア Aは,訴外会社に対し,本件居室及び本件駐車場についての賃貸借契約が,平成9年1月31日,Aの債務不履行を理由として訴外会社がした解除により終了したことを確認する。

イ 訴外会社は,Aに対し,本件居室及び本件駐車場の明渡しを平成9年7月31日まで猶予し,Aは同日限り本件居室及び本件駐車場を明け渡す。

ウ Aは,訴外会社に対し,230万4400円の支払義務のあることを認め,これを平成9年6月から同年12月まで毎月30万円ずつ,平成10年1月末日限り20万4400円に分けて支払う。

エ Aが分割金の支払を2回以上怠ったときは,期限の利益を喪失する。

(3)  Aが,本件和解に定められた金銭の支払義務並びに本件居室及び本件駐車場の明渡し義務を履行しなかったため,訴外会社は,平成10年1月14日,京都地方裁判所執行官に対し,本件居室の明渡執行(同裁判所平成10年(執ロ)33号),本件駐車場の明渡執行(同34号)及び動産執行(同裁判所同年(執イ)101号)をそれぞれ申し立てた(弁論の全趣旨)。

(4)  京都地方裁判所執行官Bは,同年2月2日,原告を立ち会わせて上記各執行に着手した。B執行官は,本件居室及び本件駐車場の明渡執行については,続行期日を同年3月3日午前10時と指定し,Aあての任意履行を催告する旨の催告書を原告に交付し,動産執行については,Aが占有していると認めた動産を差し押さえ,売却期日を同年3月3日午前10時と指定した。

(5)  その後,本件居室及び本件駐車場の明渡執行期日及び上記動産の売却期日が,それぞれ,同年4月3日に変更された。

(6)  同日,B執行官は,原告を立ち会わせ,本件居室明渡しの執行をした。本件居室内には目的外動産があったので,B執行官は,その一部を原告に引き渡し,その残余の動産(以下「本件動産」という。)を,訴外会社の復代理人Cを保管者として,京都市f区g町h番地所在の株式会社東洋倉庫i営業所に保管させた。

(7)  そのころB執行官は,Aに対し,家屋明渡調書を,本件居室を宛先住所とする普通郵便で発送した。同月7日,B執行官は,Aに対し,「本件居室の明渡執行が終了したこと,本件動産を保管しているので引取り方の連絡を欲しいこと,同月22日までに連絡がない場合は,民事執行法168条6項の規定により,同月24日午前9時から競り売りを実施すること」等が記載された通知書(以下「前回通知書」という。)を,本件居室を宛先住所とする普通郵便で発送した。上記各普通郵便が返戻されることはなかった。

(8)  同月22日,Aは,京都地方裁判所執行官室に電話をかけ,事務員に対し,本件動産の保管場所を探しているとして,同月24日に予定されている本件動産の競り売り期日の延期方を依頼するとともに,自らの携帯電話の番号を教示した。事務員は,その電話番号をメモに残した(以下「本件メモ」という。)。同月24日,B執行官は,本件動産の執行を中止した。

(9)  その後B執行官は,Aからの連絡を待っていたが,連絡がないので,本件動産売却の手続を再開することとし,同年6月2日ころ,競り売り期日を同月12日午前9時と指定し(以下「本件競り売り期日」という。),そのころAに対し,本件競り売り期日の通知書(以下「本件通知書」という。)を,本件居室を宛先住所とする普通郵便で発送した。同月8日,上記普通郵便が転居先不明との理由で返戻された。

(10)  B執行官は,同月12日,本件動産の競り売りを実施し,Cが一括して2万円で買い受けた(以下「本件競り売り」という。)。

(11)  不動産の引渡しの強制執行において,その目的物でない動産を債務者等に引き渡すことができないときは,執行官は動産執行の売却の手続によりこれを売却することができる(民事執行法168条6項)。動産執行において,執行官が競り売り期日を定めたときは,その日時,場所等を公告するとともに,各債権者及び債務者に通知しなければならない(同法134条,民事執行規則115条)。民事執行の手続における通知は,「相当と認める方法」によることができ,通知を受けるべき者の「所在が明らかでないとき」は通知することを要しない(同規則3条1項,民事訴訟規則4条1項,5項)。

3  争点

B執行官がしたAに対する本件動産の競り売り期日等の通知方法が違法であるか否か。

(1)  原告の主張

ア 「相当と認める方法」とは,通知の目的を達しうる方法で相当と認められるものをいい,具体的には,普通郵便,葉書,電話,ファクシミリ,口頭等でも差し支えないと解される。

イ 本件競り売り期日の債務者に対する通知としてB執行官がとった方法は,家屋明渡執行がなされた結果,Aが居住していないことが明らかな本件居室あてに本件競り売り期日の通知書を普通郵便で発送することであった。しかし,これでは通知がAに到達しないことは明らかであり,果たして同郵便は,転居先不明を理由として返戻された。他方,B執行官は,Aの携帯電話の番号を知っていたから,電話で競り売りの期日を通知することは容易であった。電話で住所を聞き,その住所に通知書を発送することも可能であった。このように,B執行官がとった方法が通知の目的を達しないことが明らかであり,他方,通知の目的を達しうる簡易な方法があったから,B執行官がとった方法が「相当と認める方法」に当たらないことは明らかである。したがって,本件競り売りは,Aに対する通知を欠いたまま行われた違法なものである。

ウ B執行官が相当な方法による通知をしないで本件競り売りを実施した結果,原告は,本件動産の競り売りがいつどこで行われるかを全く知ることができず,競り売りに参加する機会を喪失し,その所有権を喪失した。本件動産の当時の時価は350万円を下回らないから,原告は,B執行官の違法行為の結果,350万円を下回らない損害を被った。

(3)  被告の主張

ア B執行官は,本件居室あてに発送した家屋明渡調書及び前回通知書が返戻されなかったから,Aが所轄の郵便局に転居届を出しているものと考え,本件通知書を同様の方法で発送したもので,通知の方法として相当である。

イ その後,本件通知書は,転居先不明を理由として返戻されたが,B執行官は,Aの所在が明らかでないとして,新たな通知を行わなかった。次の諸点を考慮すると,その判断も相当である。

(ア) 一般に,執行手続上の「通知」は,一定の法律効果発生の要件とはなっていない上,目的外動産の動産競売手続は,家屋明渡執行手続から派生した臨時的付随処分であり,執行官に高度な調査義務は課せられていない。そうすると,目的外動産の動産競売手続において,通知を受けるべき者の「所在が明らかでないとき」とは,「執行記録を調査しても,所在が明らかでないとき」と解するべきである。

(イ) Aから,連絡先についての上申書や携帯電話に連絡してほしい旨の上申書は提出されておらず,執行記録によっても,Aの住所を調査する方法がなかった。なお,本件メモにはAの携帯電話の番号が記載されていたが,これは執行記録ではない。

(ウ) Aは,本件動産が売却処分されることを十分承知しながら,売却期日の延期を申し出るのみで,その後2か月近くもの間,B執行官に対し,何らの連絡も,転居先の届けもしなかった。

(エ) 電話による通知は,本人確認の点から好ましい方法ではなく,執行実務においても,債務者の電話番号を了知しているだけの場合に,債務者に電話をかけて住居所を確認する方法は採られていない。

第3判断

1  原告の主張は,要するに次のようなものと理解できる。すなわち,原告は,Aの妻であって,本件競り売りがされるまで,いつでも本件動産を引き取ることができたのであるから,原告の主張の趣旨は,B執行官がAの携帯電話に電話をかけることによって本件競り売り期日の通知をしておけば,原告は,それまでに所有に係る本件動産を引き取ることができたのに,B執行官が違法な通知方法を採ったことによって原告が本件動産を引き取る機会を失い,これが競売されたことによって所有権を喪失したというものと理解できる。以下,この理解を前提に,原告の主張の当否を検討する。

2  B執行官が本件居室を宛先住所としてAあてに発送した家屋明渡調書及び前回通知書が返戻されてこなかったこと,Aから京都地方裁判所執行官室に,Aが平成10年4月24日に本件動産の競り売り期日が開かれることを知っていることが前提の電話がかかった事実から,家屋明渡調書及び前回通知書が現実にAに届いたと推測されたことを考慮すると,B執行官が本件競り売り期日の通知の方法として採用した本件通知書を本件居宅にあてて普通郵便で発送する方法は,相当な方法であったと言うべきである。

そして,執行官が相当な方法で通知をした以上,これによって民事執行規則が定める手続は履践されたのであって,後日その普通郵便が転居先不明で返戻されたとしても,手続履践の効果が覆るものではなく,執行官に改めて通知をやり直す義務が生ずるものではない。

3  実質的に考えても,次の事実を考慮すれば,B執行官が採用した通知方法は相当なものということができる。

(1)  そもそも,法律及び規則が不動産の引渡執行における目的外動産の競り売り期日を債務者に通知することを求めているのは,債務者をして目的外動産を執行官が保管していることを了知させ,これを競り売り期日までに引き取るよう促す趣旨であると解されるところ,本件において,Aは,本件居室明渡の執行に立ち会った原告から説明を受けることにより,かつB執行官から家屋明渡調書及び前回通知書の送付を受けることにより,本件動産が執行官によって保管されていること及びその競り売り期日がいったん平成10年4月24日に指定されたことを熟知していたし,これが延期されても,近いうちに改めて競り売り期日が指定されることを当然予想していたと考えられるから,Aに,本件動産を引き取る機会は実質的に与えられていたというべきである。

(2)  Aは,家屋明渡調書及び前回通知書が本件居室あてとして送付されたことを知っていたと推認することができるから,Aの転居先を知らない執行官がAに対する通知を今後も本件居室を宛先として発送することを当然予想できたというべきである。Aが,これを確実に受け取りたいと考えれば,B執行官に転居先を連絡するなり,所轄郵便局に転居届を出すなり,方法はいくつもあったのに,Aは,そのいずれの方法もとらなかったのである。

4  そうすると,B執行官がAに対してした本件競り売り期日の通知の方法に違法がないから,それを前提とする原告の本訴請求は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 井戸謙一 裁判官 尾河吉久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例