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京都地方裁判所 平成13年(ワ)1806号 判決 2002年7月23日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告らは、株式会社Aに対し、各自5850万円及びこれに対する平成13年7月15日、被告Y4(以下「被告Y4」という。)においては同月17日、被告Y5(以下「被告Y5」という。)においては同月16日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  本件は、株式会社A(以下「本件会社」という。)の株主である原告が、本件会社の取締役である被告ら(被告Y5は平成10年3月23日以前は監査役)が定款及び商法269条に違反して取締役報酬及び監査役報酬(以下併せて「役員報酬」という。また、取締役及び監査役を併せて「役員」ともいう。)を支払った(取締役として支給を決め、監査役として支給を適法とする意見を述べた)ため本件会社に損害が生じたとして、商法266条に基づき、(被告Y5に対する請求のうち、平成10年3月23日以前の役員報酬部分に関しては、商法277条、278条に基づき、)各被告らに対し、支払済みの役員報酬相当額の損害賠償金及びこれに対する訴状各送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を本件会社に連帯して支払うように求めている事件である。

2  争いのない事実(弁論の全趣旨によって認定することができる事実を含む。)

(1)  当事者等

ア 本件会社は、平成7年9月14日に設立された、食料品の販売及び飲食店の経営等を業とする発行済株式総数100株、資本金1000万円の株式会社である。

イ 原告は、本件会社設立時から現在まで本件会社の株式13株を有する株主である。

また、原告は、本件会社設立時から平成10年3月23日まで本件会社の監査役であった。

ウ 被告Y1(以下「被告Y1」という。)、同Y2(以下「被告Y2」という。)、同Y3(以下「被告Y3」という。)及び被告Y4は、本件会社設立時から現在に至るまで、本件会社の取締役である。

被告Y5は、本件会社設立時から平成10年3月23日までは本件会社の監査役であり、同日以降から現在に至るまで本件会社の取締役である。

(2)  本件会社設立の目的等

本件会社所在地には、従前から、ショッピングセンター(Zショッピングセンター、食鮮館カスターナZ。以下「本件市場」という。)が存在し、本件市場内で小売店を営む者の大部分を組合員とする協同組合Zショッピングセンター(以下「本件協同組合」という。)が組織・設置されていた。

本件協同組合は、平成7年6月ころまでに、本件市場の活性化事業を実施する旨の方針を立て、各組合員が応分の費用を負担した上で、本件市場建物を全面改装することとなった。

本件会社は、本件市場の活性化事業を一環として設立されたものであり、本件市場全体の集客向上に寄与すること、本件協同組合の各組合員の後継者難等の対策としての受皿組織となること等を実質的な目的とするものであった。

原告と被告Y5を除く被告らが本件会社の発起人となり、発起人を含め合計9人が本件会社の株式を引き受けた。株式引受人は、本件会社設立までは、全員本件協同組合の組合員であり、本件市場内で店舗を営んでいた(弁論の全趣旨)。

(3)  役員報酬に関する定款規定等

本件会社の定款上、役員報酬は株主総会の決議をもって定めることとされているが、本件会社設立後は、後述の第6回定時株主総会における決議以外には、役員報酬についての決議はされていない。

(4)  役員報酬の支払

本件会社は、被告Y1、被告Y2、被告Y3及びB(以下「B」という。)に対し、別表のとおり、役員報酬(被告Y1、被告Y2及び被告Y3については取締役報酬、Bについては監査役報酬)として、合計5850万円を支払った。

(5)  会社に対する訴え提起の請求及び会社の不提訴

原告は、平成13年5月29日、本件会社に対し、代表訴訟提起請求書により、被告らに対して取締役の責任を追及する訴訟を提起するよう請求したが、本件会社は、その請求後30日内に被告らに対する訴えを提起しなかった。

(6)  本件訴訟提起後の役員報酬決議

平成13年9月23日に開催された本件会社の第6回定時株主総会において、本訴において創立総会における役員報酬支給決議が不存在であることと判断されることを条件として創立総会に遡ってその効力を生じる条件付決議として、取締役の報酬総額を年額3000万円以内とする「取締役報酬額の承認に関する件」及び監査役の報酬総額を年額500万円以内とする「監査役報酬額の承認に関する件」を賛成7名(74株)、反対3名(26株)の賛成多数により可決した(以下、この決議を「本件再決議」という。)。

本件会社の株主等から、本件再決議について、決議取消の訴え等は提起されていない(弁論の全趣旨)。

第3  主要な争点及び当事者の主張

1  創立総会における役員報酬についての決議の有無(争点1)

(1)  原告の主張

ア 本件会社においては、平成7年9月14日付の創立総会議事録なる文書が存在し、それには株式引受人全員の賛成で役員報酬に関する決議がされた旨の記載があるが、創立総会が開催された事実もなくそのような決議がされたこともない(株式引受人である原告及びT(以下「T」という。)は、創立総会の招集通知を受けておらず、創立総会に出席したこともない。)。

イ 本件協同組合の組合員ないし関係者の間で、次のとおり、本件会社の役員について無報酬とする旨の合意をしていた。それからすると、創立総会で役員報酬の限度額を定める内容の決議がされることはありえない。

(ア) 本件会社と本件協同組合との間では、本件会社の設立に当たって、<1>本件会社が本件協同組合の組合員となっても議決権は行使しないこと、<2>本件協同組合の組合員は、全員本件会社の株主となるものとすること、<3>創立総会及び当期の決算を議決する目的以外の事項(例えば、取締役に対する報酬の支給等)を目的とした株主総会は開催しないこととする旨の合意がされた。

(イ) そして、本件会社の取締役は、本件市場の活性化事業を推進するために本件会社の営業を展開することを本件協同組合の組合員から託されており、本件会社の収益は本件市場の活性化のためにのみに用いるべきことが予定されていた。そして、このことは、本件協同組合の組合員(本件会社の株主は本件協同組合の組合員でもある。)の本件会社設立当時からの認識となっており、収益の中から役員に対して報酬が支払われることは当初から予定されていなかった。

(2)  被告らの主張

ア 本件会社の創立総会において、取締役の報酬は、使用人兼務者の使用人給与部分を含めず年額3000万円以内とし、その配分方法は取締役会に一任する旨の決議及び監査役報酬を年額500万円以内とする旨の決議がそれぞれされている。創立総会は、以下のようにして開催されたものであり、原告も、この創立総会に出席した上で、監査役就任を承諾している。

すなわち、本件会社の株式引受人は、平成7年8月末ころ、本件市場の2階の会議室に集って、本件会社設立に関する打合せをした際、同年9月14日午前10時に本件市場2階の会議室において創立総会を開くことを決め、そのとき株式引受人に対して、創立総会の議案も示して招集通知がされた。同年9月14日午前10時に本件市場2階の会議室で、原告を含む株式引受人9名全員が出席して、創立総会が開催された。原告は、創立総会終了直後、監査役就任登記に必要な書類に署名押印し、本件会社の発起人の1人として本件会社の設立に深く関与し、平成10年3月23日まで本件会社の監査役として監査業務を遂行している。

イ なお、原告の主張するような、役員報酬を支給しない旨の合意は存在しない。

2  本件再決議によって本件会社の損害はなくなったか(争点2)

(1)  被告の主張

創立総会における役員報酬に関する決議が不存在であっても、本件再決議が遡及効を有するものであるから、合計5850万円の役員報酬の支給は遡って適法となり、役員報酬に関する株主総会の決議なしに役員報酬が支払われたことによる本件会社の損害は生じなかったことになる。

(2)  原告の主張

ア 本件再決議は、「創立総会における報酬額決議が不存在であることが確定されたとき」に効力を生じるものであるから、本件訴訟で原告の本訴請求が認容されることを前提としたものということもでき、本件訴訟の判断に影響を与えるものではない。

イ 本件再決議が有効であるとしても、過去5回における決算期における役員報酬が株主総会の決議に基づかずになされたという事実には変わりがなく、株主総会の決議なしに役員報酬を支給したことの責任の有無とは関係がない。このことは、取締役及び監査役の責任を免除するには、全株主の同意がいること(商法266条5項)に照らしても明らかである。

また、本件再決議がされたとしても、株主総会の決議なしに役員報酬が支給されたことによる本件会社の損害がなくなることもない。

3  権利の濫用ないし信義則違反の成否(争点3)

(1)  被告らの主張

本件再決議が本件訴訟で請求を認容する判決が確定することを条件とするものであり、本件口頭弁論終結時において損害が生じなかったことにはならないとしても、本件訴訟の確定と同時に本件再決議の効力が発生し、遡って本件会社に損害がなかったことになる。したがって、原告に損害賠償請求権の行使を認めなくとも、本件会社に回復できない不利益がもたらされる蓋然性もなく、他方、本件訴訟で請求を認容すれば、同一事件について被告らに再訴の負担を余儀なくさせることになる。

以上の事実に照らせば、原告が、本件会社のために損害賠償請求権を行使することは、権利濫用として、若しくは信義則に反し、許されない。

(2)  原告の主張

争う。

第4  当裁判所の判断

1  創立総会における役員報酬についての決議の有無(争点1)について

(1)  被告らは、創立総会の開催の経緯及び創立総会において役員報酬に関する決議がされた状況について、前記第3の1(2)アのとおり主張し、被告Y1はこれに沿い、大要次のアないしウの供述をする(乙4(陳述書)の記載を含む。)。そして、創立総会議事録(甲6)なる文書が存在し、それには、平成7年9月14日午前10時から本件会社所在地の創立事務所において創立総会が開催され、株式引受人10名が出席し、取締役の報酬を3000万円以内、これには使用人兼務取締役の使用人分の給与を含めないこととし、その配分方法は取締役会に一任するとの議案(第5号議案)、監査役の報酬を500万円以内と定めるとの議案(第6号議案)が、いずれも全員の賛成で可決された旨の記載があり、出席取締役(被告Y1は議長)として被告Y1、被告Y2、被告Y4、被告Y3及びBの記名押印がある。

ア 本件会社の株式は、被告ら及び原告を含む本件協同組合の組合員9名が株式引受人となった。株式引受人は、R税理士に設立の手続の相談や定款案の作成等を依頼し、本件会社の設立のために、平成7年8月中旬以降本件市場の会議室などで何回となく会合を持ち、R税理士から定款案についての説明を受けたり、同月24、5日ころ、本件会社の役員として被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4及びBが取締役に、監査役に原告及び被告Y5が監査役となることを合意するなどしていた。

イ 株式引受人らは、同年8月の末ころ、同年9月中ごろに創立総会を行うことを予定し、同月初めころ、本件市場の2階の会議室で本件会社の設立について話し合っているときに、創立総会の日付を9月14日とする旨を決定した。その際、同席していたR税理士が、法定の招集期間が足らないがこれを短縮する旨を説明し、株式引受人らからは特に異議が出なかった。

ウ 株式引受人9名及びR税理士は、同月14日午前10時ころ、本件市場2階の会議室に集って、創立総会を開催した。創立総会において、まず、R税理士があらかじめ作成していた創立総会議事録(甲6の押印前のもの)3、4部を株式引受人に配付し、全員がこれを回し読みし、その後、R税理士が議事録を読み上げ、これでよいかどうかを尋ねたところ反対意見は出なかった。

(2)  しかし、本件会社設立の発起人であり株式引受人でもある原告は、平成7年9月14日午前10時から株式引受人全員が集まって創立総会を開催したことがない旨を供述し、株式引受人であるTの陳述書(甲9)にも同日に開催されたという創立総会に出席したことはない旨の記載があることに加え、次のア及びイの事情をも考慮すると上記被告Y1の供述は採用することができない。そして、甲6によっても創立総会において役員報酬に関する決議がされたと認めることはできず、他に創立総会が開催され役員報酬が決議されたことをうかがわせる証拠もないから、結局被告らが主張するような創立総会において役員報酬に関する決議がされたとは認められない。

ア 創立総会決議の議事録とされる文書(甲6)には、上記のとおり、総会に出席した株式引受人は10名である旨の記載があるところ、本件会社の株式引受人は9人であるから、その点において事実に反する。そして、被告Y1が供述するとおり、「議事録」を作成したR税理士も立ち会い、株式引受人全員が議事録を閲読し、さらにR税理士がこれを読み上げたというのであれば、上記のような誤りは生じ難いと考えられ、むしろ、上記「議事録」は、被告Y1の供述するような経緯ではなく、別の機会に作成されたものに、取締役らが押印したものと推認することができる。

イ 創立総会が開催されたという平成7年9月14日午前10時は、市場の営業日の営業開始時間(甲11、弁論の全趣旨)であって、いずれも本件市場内の小売店の店主である株式引受人全員が果たして一同に会することができたのか疑問であるし、少なくとも、あえてそのような曜日、時間を創立総会の日時と設定することや、株式引受人全員がこの日時に創立総会を開くことに異議を述べなかったことは自然ではない。

2  本件再決議と本件会社の損害の有無(争点2)について

(1)  上記のとおり、本件再決議は、「本件訴訟において創立総会における決議が不存在であることが確定されたときは、当該創立総会に遡ってその効力を生じる条件付決議」として、「創立総会で決議された第5号議案」(取締役の報酬総額を3000万円以内、これには使用人兼務取締役の使用人分の給与を含めないこととし、その配分方法は取締役会に一任するとの議案)及び「第6号議案」(監査役の報酬総額を500万円以内とするとの議案)と同一内容を決議したものである。そして、本件再決議は、それについて決議取消の訴え等は提起されておらず、確定している。

本件再決議は、本件訴訟において、原告が役員報酬の支給につき株主総会の決議を経ていないとし、それについて取締役ないし監査役として任務懈怠を主張したのに対し、被告らが創立総会における決議の存在を主張したものの、その決議の存在が争われたことに対応するためにされたものであることは、本件再決議がされた時期及び本件訴訟の経緯に照らして容易に推認することができる。

そうすると、本件再決議は、本件訴訟における有効な攻撃防御方法となることを意図したものであるから、「本件訴訟において創立総会における決議が不存在であることが確定されたとき」との文言にもかかわらず、創立総会の決議が不存在であると認定されたときに、本件会社設立時から役員に対して決議所定の金額の範囲内で報酬を支給することとして、すでに支給された報酬については、本件再決議に基づき支給されるべき報酬とみなすこととする旨の決議と解するのが相当である。

そう解すると、本件再決議によって、本件会社が設立時から平成12年6月1日までの間に役員報酬として支出した合計5850万円については、現時点では、株主総会の決議に基づくものということができる。

前記認定のとおり、本件再決議の前には、役員報酬の支給について株主総会の決議はなかったというべきである。そうすると、被告Y5を除く被告らは、本件会社設立以来、取締役として取締役会で各年度の取締役報酬の金額及び支給を決めた点において法令に反する行為を行ったというべきである。また、被告Y5も、平成10年3月までは監査役として株主総会の決議がないのに取締役報酬が支給されていることについて、その旨の決算報告を適法かつ正確との監査結果を報告した点において、その任務を怠り、取締役になって以降は、他の被告らとともに取締役報酬の支給を決めた点において、法令に違反する行為を行ったものというべきである。そして、本件再決議がされたことによっても、被告らが上記の任務違背を行ったことによって本件会社が損害を被っているとすれば、その責任を免れることはない(商法266条5項、280条)。

しかし、上記のとおり、取締役報酬として支出された上記5850万円は、本件再決議によって結果的に株主総会決議に基づいて支給された報酬とみなされるから、その支出自体は本件会社の損害とはならない(本件再決議によっても、取締役報酬として支出された金額が本件会社の損害であることに変わりはなく、被告らがその賠償をすべきものと解すると、本件会社は、被告らから支出された取締役報酬相当額の賠償を得る一方、本件再決議の結果、本件会社設立時からの取締役報酬を支給すべきことになるが、その報酬は、既に支給済みである(被告Y1、被告Y2、被告Y3及びBに支給された別紙の金員は、取締役報酬として法律上の原因に基づくものであるから、本件会社が損害賠償の支払を受けたからといって、改めて報酬の支給を受けられるものではない。)から、本件再決議によって支給すべき報酬は改めて支払を要しないのに、既に支払った報酬相当額の賠償を受けられることになって、不合理であることは明らかである。もとより、本件会社が取締役報酬として支払われた金額とは別の損害を被っている場合は、別であるが、かかる損害の主張立証はない。)。

第5  結論

以上によると、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 亀井宏寿 尾河吉久)

(別紙)別表

<省略>

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