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京都地方裁判所 平成13年(ワ)2126号 判決 2002年12月05日

京都市<以下省略>

原告

原告訴訟代理人弁護士

田端聡

東京都千代田区<以下省略>

被告

大和証券株式会社

被告代表者代表取締役

被告訴訟代理人弁護士

篠塚力

野田友直

橋本潤

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告大和証券株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、7466万2542円及びうち6796万2542円に対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要及び争点

一  事案の概要

本件は、原告が被告会社と株式の取引を行っていたところ、被告会社社員が、原告に対し、原告の投資判断を阻害するような違法な勧誘行為を行い、原告がその勧誘行為に基づいて株式を購入したことにより損害を被ったと主張して、原告が、被告に対し、使用者責任に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  争点

1  被告会社社員による違法な勧誘行為の有無(争点1)

(原告の主張)

被告会社社員B(以下「B」という。)の原告に対する勧誘行為は、原告の属性、Bの地位、勧誘の態様等の諸要素を、一体的・全体的に併せ考えれば、原告の自己責任による判断を著しく損なう違法なものである。

(1) 原告は美術商として、かなり以前に第一線を退き、本件各取引当時は70歳を超える高齢であり、株式取引のプロや相場師ではなく、特別な独自の情報源も持っておらず、その過去の取引内容も一般投資家のそれにとどまっていた。また、原告は、肌で感じて気に入った企業の株を購入する投資家であり、さらに、被告会社に対しては、勧誘を行わないよう要請していた。

(2) Bは被告会社京都支店副支店長という地位にあり、Bは、その地位の高さに由来する特別な情報、特別な力を背景に本件の勧誘を行った。

(3) 本件における各勧誘行為の態様は次のとおりである。

ア 株式会社京セラ(以下「京セラ」という。)及び株式会社ローム(以下「ローム」という。)の各株式取引の勧誘

原告は、取引開始当初から勧誘を拒否する意向を明示し、年末は取引を休もうと考え、その旨を被告会社社員C(以下「C」という。)に伝え、信用取引の建株の手仕舞いや現引きを行い、他方、Bの特別な情報、特別な力に対する原告の信頼は維持されている状況であった。このような状況のもとで、Bは、原告に対し、「信用の建玉がないのはだめじゃないですか。」と述べた上で、「正月のお年玉あげますよ。年明けは暴騰するんですから。」「私が持っている情報はCとは全然違う。」などと述べ、京セラについては「世界で第7位であり、こんなずばぬけた会社はない。」と述べ、ロームについては、「額面が50円だが配当は500円であり、こんな株は日本全国どこを探してもない。」などと述べ、違法な断定的判断の提供を行った。

イ 株式会社トーセ(以下「トーセ」という。)の株式取引の勧誘

京セラ株及びローム株の評価損は拡大し、原告がクレームを維持して月次回答書への署名捺印を拒否し続け、他方、Bは、原告に対し、以前のトーセ株のようないいものを原告に回す旨繰り返し述べていた。このような状況のもとで、Bは原告に対し、今日株式分割の発表があり、明日はストップ高になる旨の情報提供を行い、違法な断定的判断の提供を行った。

ウ 株式会社サイバーエージェント(以下「サイバーエージェント」という。)の株式取引の勧誘

Bは、原告に対し、従前のトーセ株のように被告会社が主幹事の新規公開株の中で特にいいものを回すので、私が積んでくださいと言ったらブックビルディング(割当希望申込み)を積んでくださいと言っていた。このような状況のもとで、Bは、公募価格が上昇したことから原告が購入できなかった株式会社クレイフィッシュ(以下「クレイフィッシュ」という。)の株の代わりに、サイバーエージェント株のブックビルディングをするよう原告に指示し、正式な購入申込みを勧めるに当たっては、原告に対し、「物凄い入札率だったが、原告のためになんとかとった。100パーセントではないが99パーセント大丈夫である。」などと述べ、違法な断定的判断の提供を行った。

また、原告は、サイバーエージェントにつき全く知らず、また、マザーズ市場での取引を経験しておらず、これらのことについて、Bらからリスクに重点を置いた説明が行われる必要があったが、されなかった。

(被告の主張)

Bによる勧誘行為がそもそもないものがあり、Bの勧誘行為があったものは、原告の属性、勧誘の態様等の諸要素を考慮するなら、違法な勧誘行為とはいえない。

(1) 原告は、商取引の第一線を退いた高齢者ではなく、商取引も証券取引も経験豊富で現役であり、本件証券取引当時も強い証券投資への意欲を持ち、かつ証券会社へ強い不信感を持ち、独自判断を志向しつつ、同時に証券会社に対して、常に必要な投資情報や投資判断を提供するよう求め、証券会社の社員に優越する駆引きとしたたかさを持つ練達の投資家である。

(2) 本件における各勧誘行為については次のとおりである。

ア 京セラ及びロームの各株式取引の勧誘

原告の取引を休もうとする意思は存在しなかったし、仮にあったとしても、その意思は稀薄なものであった。また、仮にBの勧誘行為が原告の意思を覆したものであったとしても、原告は、Cの消極の意見(休むという意見)とBの積極の意見のうち、後者を採用し、投資に踏み切ったものであるから、Bの勧誘行為は違法とはならない。

Bは、断定的な判断をしておらず、「お年玉をあげる。」などとはいっていない。また、仮にBがそういったとしても、一般人が確実に儲かる信用取引があると感じるようなものではない。

イ トーセの株式取引の勧誘

原告は、平成12年1月31日、Bが無償増資を説明する前に、無償増資があることを知っており、また、Bはストップ高みたいにと言ったにすぎず、断定的判断を提供していない。

原告は、同日までに、トーセ株について取引を繰り返し、利益も損失も経験し、株価の動きにも通じ、トーセ株の株価も高値圏に来ていることを認識しており、Bの発言に対して冷淡な反応しかしておらず、これらのことからすると、Bの発言内容は断定的判断の提供とはいえない。

ウ サイバーエージェントの株式取引の勧誘

原告は、信用取引を含めて経験の豊富な投資家なのであり、マザーズ市場やサイバーエージェント株の新規性・特殊性及びその著しいリスクについて説明する義務をBらは負わない。また、仮に説明義務があるとしても、Cが口頭で説明をし、また、サイバーエージェントの目論見書を交付するなどしているのであるから、その義務は尽くされている。また、原告は、3月9日、クレイフィッシュ株の暴騰を知って、同日、サイバーエージェント株のブックビルディングを指示したものである。さらに、Bは、原告に対して、断定的判断を提供していないし、99パーセント大丈夫などと述べたところも、会話の文脈や原告の投資経験、性格等に照らすならば、確実に儲かるというようなものでないことは明らかであり、断定的判断の提供と評価すべきではない。

2  被告会社社員の違法な勧誘行為と損害の因果関係の有無(争点2)

(原告の主張)

Bの違法な勧誘行為により原告に損害が生じた。

(被告の主張)

仮にBの原告に対する説明等に問題があったとしても、原告の投資経験、投資家としての特性、本件の取引経緯に照らすならば、原告が、Bの発言に基づいて確実に利益が得られる株式取引があると信じるはずはなく、原告は、自らの考えで選択したものであるから、Bの行為と損害との間に因果関係は認められない。

3  損害の有無及び損害額(争点3)

(原告の主張)

(1) 原告は、同年3月14日、Bの勧誘に従って購入した京セラ株及びローム株を売却し、委託手数料等の諸費用の負担を含めて、京セラ株については、2179万5437円、ローム株については、1309万6305円の損害がそれぞれ生じた。

(2) 原告は、同日、Bの勧誘に従って購入したトーセ株2100株を売却し、同年6月23日、株式分割により生じたトーセ株を売却し、それらの結果、委託手数料等の諸費用の負担を含めて、2259万1677円の損害が生じた。

(3) 原告は、同年6月22日、Bの勧誘に従って購入したサイバーエージェント株を売却し、委託手数料等の諸費用の負担を含めて、1047万9123円の損害が生じた。

(4) 弁護士費用は、670万円を下らない。

(被告の主張)

争う。

第三当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実、甲1ないし34(枝番を含む。)、乙1ないし66(枝番を含む。)、証人C及び同Bの各証言及び原告本人尋問の結果(以上の各証拠を以下「本件各証拠」という。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告(昭和2年○月○日生)は、昭和40年代ころから美術商を営み、昭和52年にa株式会社及びb美術館を設立し、その代表者として百貨店等の催事に出店するなどして営業を行い、昭和57年、a株式会社及びb美術館の経営を息子に譲渡し、その後は、日本画の個展を開き、また、美術品の売買などをしている。なお、平成9年に犬に手を噛まれたことが原因で、左手指機能障害(4級)の認定を受けている。

2  被告会社は、有価証券の売買等を目的とする株式会社である。

B(昭和19年生)は、昭和37年4月、被告会社に入社し、日比谷支店等の支店長を経て、平成10年7月、京都支店副支店長となった。Bは、京都支店においては、投資信託を取り扱う営業担当者を含めて80名の営業担当者を監督する立場にあった。

C(昭和38年生)は、昭和61年4月、被告会社に入社し、平成4年から京都支店に配属となり、平成7年12月から平成12年7月まで原告を担当した。

3  原告は、昭和59年に、被告会社の取引口座を開設し、株式等への投資をしたが、昭和60年10月以降は、被告会社においての株式投資はしなくなり、平成5年から平成9年9月までは、短期公社債投信のみの取引で、取引金額は、平成5年に517万6130円と平成7年に500万円が1回ずつあった他は、いずれも300万円未満で、一時点の取引金額が300万円を超えることはなかった。

一方、原告は、昭和60年前後から第一証券株式会社(以下「第一証券」という。)との取引を開始し、昭和63年1月から信用取引を行い、平成6年頃、第一証券での取引を止め、そのころから平成9年までは、三洋証券株式会社(以下「三洋証券」という。)と取引を行い、三洋証券とは信用取引を行った。また、原告は、昭和61年5月から昭和62年6月まで、野村証券株式会社と株式取引を行った。

なお、原告は、平成7年、第一証券及び同社の従業員を被告として、同従業員が原告の株式を騙し取り、また、無断売買をしたなどと主張して損害賠償等を求める訴訟を提起したが、第1審、第2審共に原告敗訴の判決が言い渡され、同判決は確定した。

4  原告は、平成9年10月から、被告会社との取引を活発に行うようになり、同月14日、被告会社に電話をし、Cに対し、MMF(短期金融資産投資信託)を3100万円買う注文を行い、同月17日にジャスコ株1万株を買う注文をし、その代金として、購入金額に見合うだけのMMFを売却するよう指示した。原告は、ジャスコ株を1株2740円で買い付けた。原告は、この買付けの際、Cに対し、「必要な情報はもらうが、勘が狂うので今後とも勧誘はしないように」と言った。

原告は、その後、ジャスコ株、ブラザー工業株等を買い付けた。

5  原告が、平成9年10月から平成12年8月までに被告会社との間で行った株式の現物取引及び信用取引は、別紙取引一覧表のとおりである。

6  原告は、平成10年10月、Cに対して、信用取引を行いたい旨伝え、被告会社との間で、信用取引口座設定契約を締結した。原告は、当時70歳であり、被告会社の信用取引の開始基準は、70歳以上の人は原則として信用取引を行うことができず、特に審査を経るなどした場合に信用取引を開始できるというものであった。

7  Cは、原告に対し、営業日には毎日2回、前場及び後場の終了時点で、原告が買付け、買建て、売建てしている銘柄を含めて、原告が指示する15銘柄の株価等の情報をファックス送信した。また、原告の関心に応じて、原告の指定する銘柄の株価や出来高等が記載された罫線・チャートを、さらに取引の確認のために、取引を行う毎に、取引内容を、それぞれ原告にファックス送信した。

8  Cは、平成11年8月11日、原告に対しトーセ株についての情報を提供し、原告は、同日、トーセ株1000株を320万円で公募買付けし、同月31日、1335万8676円で売却し、約1016万円の利益を上げた。原告は、同年10月19日、トーセ株を1000株買い、翌日売却して約171万円の利益を上げた。

トーセ株に関する信用取引及び現物取引は、別紙トーセ株取引一覧表のとおりである。なお、トーセの証券発行についての主幹事会社は、大和証券エスビーキャピタル・マーケッツ株式会社であった。

9  Cは、同年12月30日、京セラが米国の会社クアルコム(以下「クアルコム」という。)と業務提携したことに関する英文のレポートを入手し、この業務提携が注目を集めており、また、原告が地元企業に関心が高いことなどを考えて、同日午前中に、原告に対し、同レポートをファックス送信した。また、Cは、同日午前8時17分、被告会社京都支店営業部から原告宅に京セラについての情報が記載された文書(甲10)をファックス送信した。

10  原告は、同日午前、Bに電話をかけ、何かよいものはないか尋ね、Bは、原告に対し、ローム株がよい、1株当たりの連結利益が500円出る旨述べた。

原告は、その後、Cに電話をかけ、京セラ株1000株とローム株1000株の信用買建てを注文した。Cは、原告に対し、約定成立を報告し、原告は、信用取引の担保余力を尋ね、余力があることを確認した上で、さらに京セラ株1000株の信用買建を注文した。京セラ株に関する信用取引は、別紙京セラ株取引一覧表のとおりである。なお、京セラの証券発行についての主幹事会社及びロームの証券発行についての副幹事会社は、大和証券エスビーキャピタル・マーケッツ株式会社であった。

Bは、12月30日午後、年末の挨拶のために原告宅に赴いた。

11  原告は、平成12年1月7日、Bからの助言を受けることなく、京セラ株2000株を信用取引で買い、同月13日に同株を売却した。

12  原告は、平成11年12月の取引に関する月次回答書に、「取引条件を全く守らない 残念であります 調査乞 Bのモラルの欠如には全く遺感です。複雑巧妙なトリックで手数料を稼ぐ、顧客を全く無視している」と記載し、平成12年1月27日、被告に対し、同書面を送付した。

13  Bは、1月31日、原告宅に赴き、原告との間で、次のような会話をした。

B「今日、先生、良いニュースが出ますよ。」、原告「えっ?」、B「あの、ちょっとね、良いニュースが出ます。あのー、トーセ、トーセね、今日引けたらちょっとニュースが出るんじゃないですか。」、原告「えっ?」、B「トーセ。」、原告「それどうですって。」、B「引けたらね、ニュース出ますよ。」、原告「そうですか。」、B「はい、ただまだ言えないだけであって、私は知ってるんですよ。あのー、それはー、言ったらインサイダーになりますので。」、原告「うん、まあ僕は人には言いませんもん。」、B「ええ、だけどね、今日ね、引けた後で色んな凄い材料出ますから、明日ストップ高みたいに。」、原告「無償ですか。」、B「エーッ(笑って)、いやいや、まあ、それはちょっと勘弁して下さい。で、ちょっとね、来る前に情報とってたら、そういうことなんですよ。今日3時以降ね、発表がありますから。あのー、トーセ。」、原告「3時以降に。あー引けてからね。」、B「はい。で、あした、あしたから。」

Bは、この時点でトーセが同日株式分割を行うことを発表するという情報を把握していた。原告は、この会話の後、平成11年12月の取引について承諾する旨の月次回答書にクレームを記載することなく署名押印して、Bに交付した。原告は、Bの言動から、トーセの株価が上昇すると予測し、同日、トーセ株2100株を信用取引で買った。トーセは、同日、同年4月19日にトーセ株1株を1.5株に分割する旨の発表をした。

14  原告は、平成12年2月、Cに対し、公募株、特に新規公開株を購入したいが、適当な銘柄はないか尋ね、Cは、原告に対し、マザーズ市場に上場しようというクレイフィッシュ株について、説明をし、同社の目論見書を交付した。同社の株式の公募価格が830万円から1320万円になったことなどもあって、原告は、同株式に対するブックビルディングをしなかった。

クレイフィッシュ株は、マザーズ市場に上場したが、上場後の3月9日、株価は高騰した。

15  原告がサイバーエージェント株を購入するに至った経緯等は次のとおりである。

(1) 原告は、3月6日、Bに電話をかけ、Bは、原告に対し、新規公開の予定であるサイバーエージェント株を勧めた。

(2) Cは、3月6日から9日までの日に、原告宅に赴き、サイバーエージェントについて説明し、同社の目論見書とサイバーエージェントについて放映されたテレビ番組を録画したビデオテープを交付した。同目論見書の事業の概況等に関する特別記載事項欄には、同社のリスク要因となる可能性があると考えられる主な事項が記載されていた。

(3) 原告は、3月9日、Cに対し、サイバーエージェント株に対するブックビルディングを指示した。Cは、同日、原告名義でサイバーエージェント株に対するブックビルディングを1300万円で行った。なお、その時点でのブックビルディングの仮条件は1000万円以上1300万円であった。その後、サイバーエージェントは、仮条件を1000万円以上1500万円以下に変更した。

(4) 原告は、平成12年3月10日から同月15日までバリ島に海外旅行に出た。Cは、同月13日、バリ島のホテルに滞在していた原告に電話を入れ、同日前場の引値で追証が約400万円発生したことを告げたところ、原告は、Cに対し、Bと相談してもう一度電話を入れてくれと述べ、電話を切った。Cは、Bに相談をし、Bは、Cに対し、手仕舞いした方がよい旨の意見を述べた。Cは、同日午後9時過ぎに原告に電話を入れ、同日後場も値下りが続いて、追証が約1400万円まで増加したことを伝えると、原告はCに対して全部切るよう指示を出した。(原告がCに対して全てを切るように指示する前に、CがBの前記の意見を原告に伝えていたかについては、本件各証拠によっても、これを認めることができない。仮にCが原告にBの意見を伝えていたとしても、追証金額の大きさ、追証金額の増加の程度、原告の株式取引の経験を考慮するならば、Bの意見は、原告が切ることに決めた際の一つの判断材料に止まったと考えられる。)

(5) Cは、翌14日、原告の指示に従い、信用の建株(ジャスコ株、京セラ株、ローム株及びトーセ株)及び現物を全て決済した。

(6) Cは、同月15日、原告に対して、電話で、サイバーエージェント株のブックビルディングをしたが、原告に割当てがあるかどうかは未確定であること、同月14日に建玉及び現物を全て決済し、約1500万円が残ったことを伝え、原告は、Cに対して、サイバーエージェント株を買う意向であることを伝えた。

(7) BとCは、同月16日、原告宅を訪れた。その際、Bは、原告に対し、サイバーエージェント株が原告に割り当てられたことを伝え、サイバーエージェント株についてBは自信を持っており99パーセント大丈夫だと思う旨述べ、その後、原告宅を出た。その後は、Cが、原告に対し、マザーズ市場についての説明をし、「新興企業市場銘柄の当初取引に関する確認書」と題する書面(乙8。以下「確認書」という。)に署名押印することを求めた。原告は、その場で同書面に署名押印することはせず、Cは一旦会社に戻った。原告は、その後、同書面に署名押印し、同書面をとりに来たCに同書面を交付した。同書面には、新興企業市場銘柄の取引を初めて行うに際し、貴社リーフレット及び各市場のリーフレットによる説明を受け、内容を充分理解した上で投資者自身の判断と責任において取引を行う旨の記載があった。

(8) 原告は、同月17日付けで、サイバーエージェント株1株について1500万円で応募買付けをした。なお、サイバーエージェントの証券発行についての主幹事会社は、大和証券エスビーキャピタル・マーケッツ株式会社であった。

(9) サイバーエージェント株は、1株1500万円で公募され、3月24日に公開され、3月27日に高値で1699万円をつけたものの、終値では、同日1500万円を割り、その後1500万円を上回ったこともあったが、3月31日には再び1500万円を割り、1380万円となり、4月3日に1202万円となって以降、1210万円を超えたことはなかった。

16  原告は、平成12年3月の取引に関する月次回答書に、「1/19 調査階無監査体制不能。 嘘で固める ――投資詐欺――店長という人格者が嘘をついて、嘘ついて又嘘をついて気が付いたら1億円が(判読できず)言ってることが支離滅裂 (判読できず)売買」と記載し、4月、被告に対し、同書面を送付した。

17  原告は、同年4月26日、Bに対して、サイバーエージェント社社長に関する記事をファックスで送信した。

18  原告は、Cを通じて、Bに対し、被告会社はサイバーエージェント株を商法上の価格が850万円であるにもかかわらず、1500万円で原告に売ったのではないかとの疑問を伝えた。これを受けて、Bは、原告に対して、平成12年6月28日、サイバーエージェントの目論見書の訂正事項を自ら手書きした文書とブックビルディング方式における価格決定方法を記載した書面を送付した。

19(1)  原告は、同年3月14日、平成11年12月30日に買った京セラ株2000株及びローム株1000株を全て売却し、その結果、委託手数料等の諸費用の負担を含めて、京セラ株については2179万5437円、ローム株については1309万6305円の損失が生じた。

(2)  原告は、同日、平成12年1月31日に買ったトーセ株2100株と平成11年12月20日に購入したトーセ株1000株の合計3100株を売却し、その結果、委託手数料等の諸費用の負担を含めて、2333万6575円の損失が生じ、平成12年6月23日、前記の3100株のうちの1600株に対する株式分割により新たに取得したトーセ株800株を売却し、その結果、委託手数料等の諸費用の負担を含めて、463万9913円の利益を生じた。

(3)  原告は、平成12年6月22日、サイバーエージェント株1株を売却し、その結果、委託手数料等の諸費用の負担を含めて、1047万9123円の損失が生じた。

20  原告は、平成12年7月、日本電産リード株1000株を公募で買い、同年8月売却し、約98万円の利益が生じた。

21  原告が平成5年7月14日から平成12年8月10日までの間に被告会社との間の株式取引によって得た利益及び被った損失は、次のとおりであった。

(なお、△は損金を意味する。)

現物取引 損金54,107,246円 利益39,923,959円 合計△14,183,287円

信用取引 損金83,721,301円 利益57,497,803円 合計△26,223,498円

総計 損金137,828,547円 利益97,421,762円 合計△40,406,785円

二  争点1(被告会社社員による違法な勧誘行為の有無)について

1  京セラ株及びローム株について

(1) 京セラ株については、前記のとおり、原告は、平成11年12月30日の時点で、新たな信用取引を行うことについて積極的であり、Cからの情報提供を参考にして、同日、京セラ株の買付けを行ったのであるから、Bによる違法な勧誘行為は認められない。

なお、原告は、「平成11年12月30日に、Bから京セラの情報についてファックス送信があり、次いで、Bから電話があり、お年玉をあげるから、京セラ株及びローム株を買うように言われた」という趣旨の供述をする。しかし、甲10によれば、同日に原告に対してファックス送信された文書(甲10)の1枚目から3枚目には、京セラについての情報が、4枚目には、クアルコムについての情報が、それぞれ記載され、これらの情報は、いずれも同年11月の情報であり、最新のものではないことが認められ、これらのことからすると、同文書(甲10)は、Cが送った京セラとクアルコムの業務提携に関する英文レポートを補足する趣旨のものであると考えるのが自然である。また、甲28によれば、平成12年1月5日の原告とBとの電話の会話で、Bは、京セラ株について、原告は良い株を買ったと思った旨の発言をしていることが認められ、さらに、前記のとおり、原告は、平成12年1月7日に、Bからの助言等がない状況で、京セラ株2000株を信用取引で買ったのであり、一方、原告の供述中には、Bが京セラ株を勧める際に、米国の会社との関係に言及したという供述はないのであるが(原告の陳述書(甲11)においてもそのような記載はない。)、前記のファックスをBが送信したのであれば、Bが京セラとクアルコムとの関係に何ら言及しないというのは不自然である。以上からすると、原告の前記供述は採用できず、Bが原告に対して、京セラ株を勧めた事実は認められない。

また、原告は、「年末年始は取引を休むつもりだった」という趣旨の供述をするが、前記のとおり、原告は自らBに電話をかけ良い銘柄を聞くなどして、取引に積極的な姿勢であったといえるから、年末年始に取引を休む意思があったとは認めらず、また、仮にかかる意思があったとしても、それは強固なものであったとは認められないから、京セラ株及びローム株の勧誘行為の違法性についての裁判所の判断を左右しない。

(2) ローム株については、前記のとおり、Bは、原告に対し、ローム株が良い旨及び1株当たりの連結利益が500円出る旨告げているが、Bの勧誘行為は、株価が上昇することについて具体的な根拠を示しながらされたものではなく、また株価上昇を断定するような内容であるともいえず、したがって、断定的判断の提供とはいえない。これに原告の株式取引の経験を併せ考慮するならば、Bの社内での地位、被告会社の関連会社が京セラの主幹事会社であることを斟酌しても、Bの勧誘行為は原告のローム株に対する投資の判断を誤らせるようなものであるとはいえず、違法であるとは認められない。

2  トーセ株について

前記のとおり、Bは、平成12年1月31日、原告宅を訪ねた時点で、既にトーセが同日株式分割の発表をするという情報を把握しており、原告に対しては、トーセ株の株価上昇に関する内部情報を把握していることは伝えつつ、その内容を具体的には明らかにせず、同社の株価がストップ高になるくらいに大幅に上昇するであろうことを伝えている。このようなBの勧誘行為は、Bの社内での地位の高さを考慮するならば、一般的には勧誘を受けた者の判断を誤らせる危険性の高い行為であったといわざるを得ない。しかし、原告は、そのときのBとの会話において、Bに対し、「無償ですか。」と尋ねており、前後の会話の内容からすると、原告は株式所有者に無償で株式が付与されるのかを尋ねたものと解され、この質問の前後の会話の内容からすれば、原告としては、株式分割の発表があることについて察しはついていたものと推認され、このことは、原告が平成12年3月15日のCとの電話での会話において、Cに対して、Bが株式分割があると言ったからトーセ株を買ったと述べていることからも裏付けられる。

以上の事実を前提にして検討するに、Bが、前記の会話により原告に対して提供したのは、株式分割発表に関する内部情報とその発表によりトーセ株の株価がストップ高になるくらいに確実に上昇するであろうという判断であるから、まず、株式分割発表に関する情報を提供したことの違法性について検討する。

本件各証拠によれば、前者の株式分割発表に関する内部情報は、Bは、確かな情報源からこれを取得し、当該情報は、特に誇大化されることなく、原告に伝わり、この情報は、実際にトーセにより同日、株式分割の発表がされたことで現実化したことがそれぞれ認められる。そうすると、Bから原告に対する株式分割発表に関する内部情報の提供は、情報の提供・受領が内部者取引という観点から問題となる余地はあるとしても、それ自体が原告の投資判断を害するようなものであるとは認められない。したがって、Bが株式分割発表に関する情報を提供したことについて違法性があるとは認められない。

次に、Bが原告に対し、株式分割の発表により株価が確実に上昇するであろうという判断を伝えたことの違法性について検討する。株式分割の発表は、株式市場においては好ましい情報として受け止められ、株式分割の発表があった場合には株価が上昇することが一般的には多く、本件各証拠によれば、原告もこのことは認識していたものと推認される(このことは、Bの良いニュースがある旨の発言に対し、原告が「無償ですか。」と質問していることからも明らかである。)。そして、前記のとおり、Bは、原告に対して、株価上昇の根拠となるような具体的な情報の提供は行っておらず、結局、Bが原告に提供した株価上昇についての判断は、株式分割があるから株価の上昇が期待できるという一般的な判断の域を出ないものであり、原告自身も株式分割についての発表があるという情報を察知した時点で、同様の判断をしたものと推認される。なお、前記のとおり、Bは、原告に対し、株価がストップ高になるように上昇する旨述べているが、前記の会話の内容、原告の株式分割と株価の関係についての認識、原告の株式取引の経験を考慮すると、Bの社内での地位の高さ、被告会社の関連会社がトーセの主幹事会社であることを斟酌しても、原告が、Bの発言をそのまま受け取った結果、ストップ高になるように株価が上昇すると考えたとは認められない。以上のことからすると、Bが原告に提供した株価上昇についての判断は、原告の投資判断を害するようなものであるとは認められない。したがって、Bが株価上昇についての判断を提供したことについて違法性があるとは認められない。

以上のとおりであるから、Bのトーセ株についての勧誘行為が違法であったとは認められない。

なお、本件各証拠によれば、平成12年1月31日の時点で、京セラ株及びローム株には含み損が大きく発生していることが認められ、Bは、これらの損を原告に挽回させると共に、原告にクレームの記載のない月次回答書を提出してもらうために、トーセの株式分割についての内部情報を提供したものと推認される。そうであるから、Bも原告に対し利益を上げる可能性が特に高い情報を提供したものと思われるが、だからといって、Bが断定的判断を提供し、違法な勧誘行為をしたと認められるものではない。

3  サイバーエージェント株について

前記のとおり、原告は平成12年2月から、新規公開株を買いたいと考え、Cに対して銘柄の紹介を求め、同年3月9日には、Cに対し、サイバーエージェント株のブックビルディングを指示し、バリ島から帰った3月15日にCから同株についてブックビルディングをしている旨の報告を受けた際に異議を述べず、その後もサイバーエージェント株を買う手続を進めたのであり、これらのことからすると、原告は、同月9日の時点でサイバーエージェント株を購入する意思を固めていたというべきであり、本件各証拠をもってしても、その時点までに、Bが原告に対して断定的判断を提供するなどして、原告の投資判断を害するような勧誘行為をした事実は認められない。

また、前記認定のとおり、Cは、3月6日から同月9日までの間に、原告に対し、原告宅でサイバーエージェントの目論見書を交付し、同月16日、マザーズ市場のついての説明をし、原告は、同日、確認書に署名押印している。これらのことに、原告の株式取引の経験を併せ考慮するならば、原告は、サイバーエージェント株購入に当たり、マザーズ市場の新規公開株式の売買に伴う危険性は認識していたものと推認され、B又はCにサイバーエージェント株購入にあたってのリスクの説明を怠った義務違反は認められない。

前記のとおり、Bは、原告に対し、3月16日、サイバーエージェント株についてはBは自信を持っており、99パーセント大丈夫である旨告げているが、Bは、サイバーエージェントについての具体的な内部情報等を示しながらそのように言ったものではなく、前記の原告のマザーズ市場のリスクについての認識からすると、Bの社内での地位の高さ、被告会社の関連会社がトーセの主幹事会社であることを斟酌しても、原告がBの発言をそのとおり信じて、あるいは、その発言を重要視してサイバーエージェント株を購入することに決めたとは認められない。

以上のとおりであるから、Bのサイバーエージェント株の勧誘行為は、原告の投資判断を害するものであるとは認められず、違法であったとは認められない。

なお、本件各証拠によれば、Bは、原告がクレイフィッシュ株による利益を得損ね、また、京セラ株等の損失が確定しているという状況を挽回するために、原告に対し、サイバーエージェント株を勧めたものと認められるが、このことは、前記2のトーセ株についての場合と同様、Bの勧誘行為の違法性についての裁判所の判断を左右しない。

第四結論

以上のとおり、Bの勧誘行為は、いずれも違法であるとは認められないから、その余の争点について判断する必要はない。したがって、原告の請求は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 古谷恭一郎)

<以下省略>

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