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京都地方裁判所 平成13年(ワ)271号 判決 2001年12月26日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成12年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  (当事者)

ア 原告は,興信所を経営している者である。

イ 被告は,道路運送車両法(以下「車両法」という。)により昭和47年8月24日設立された法人であり,京都市a区b町c番dに従たる事務所がある(以下「京都事務所」という。)。被告の役員及び職員は,刑法及びその他の罰則の適用については,法令により公務に従事する職員とみなされている。

(2)  (被告職員の不法行為)

ア 原告は,原告の従業員であるAをして,平成12年10月24日,京都事務所に対し,軽自動車検査記録簿(以下「記録簿」という。)の閲覧請求をさせたところ,京都事務所の職員は,これを拒否した。

イ 被告は,記録簿閲覧の請求があった場合は,これに応じる義務がある。その理由は,以下のとおりである。

(ア) 記録簿には,特段秘匿すべき事項は含まれていない。

(イ) 被告は,従来,軽自動車検査記録簿閲覧願出書(甲1)を備え付けて,記録簿閲覧に応じてきた。

(ウ) 軽自動車,二輪小型自動車を除く自動車については,車両法により,自動車登録を受けたものでなければ運行の用に供してはならないところ(同法4条),登録自動車については,何人も運輸大臣に対し,登録事項等証明書の交付を受けることができる(同法22条)。軽自動車についても,登録事項の閲覧,交付を求める必要性は同じである。

(エ) 被告は,調査業者に対しては,記録簿の閲覧に応じて対価を取得していると推測される(甲2の1・2)。これは,不公平な対応である。

ウ 原告は,上記閲覧請求の拒否により精神的損害を被った。これを慰謝するには30万円を下らない。

(3)  よって,原告は,京都事務所の職員の職務執行についての不法行為により損害を被ったものであるから,被告に対し,国賠法1条により損害賠償として30万円及びこれに対する不法行為後である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告の認否及び主張

(認否)

(1) 請求原因(1)は認める。

(2) 同(2)アは認める。

同(2)イ,ウは争う。

(主張)

(1) 被告には,記録簿の閲覧に応じるべき職務上の義務がない。

すなわち,記録簿の閲覧に関する根拠規定がなく,その他に,国民がその閲覧を求めることができる根拠は存在しない。

したがって,その閲覧の許否は被告の裁量に委ねられているから,これを拒否することは違法ではない。

(2) 被告は,閲覧を安易に認めると記録簿登載者のプライバシー侵害のおそれがあることから,原則として,これを認めず,自動車検査証を滅失又は毀損し,再交付申請と記入申請を同時に行う場合等,やむを得ないと認められる閲覧の願出があった場合,その必要性を確認して閲覧を許す取扱をしている(乙1)。

しかし,本件における閲覧請求は,「譲渡商談のため,商取引の債務確認」を目的とするもので,上記の基準に合致しないから,被告職員は,これを拒否したものであって,裁量権を逸脱したものではない。

(3) 原告は,記録簿には,秘匿すべき事項はないと主張する。しかし,記録簿には軽自動車の検査及び自動車検査証の交付,記入,返納及び再交付に関する事項が記載され,具体的には,軽自動車の使用者及び所有者の氏名・名称・住所等が記載されているところ(乙2),これらは登載者のプライバシーに関する事項である。

原告は,登録自動車については,登録事項書の交付が認められているところ,軽自動車についても,その必要性は同じであると主張する。しかし,登録自動車については,登録が所有権の得喪についての第三者対抗要件とされており(車両法5条),その公開のために登録事項等証明書の交付を請求できるとされているのであり(同法22条),他方,軽自動車については登録制度が採用されていないから(同法4条),記録簿に記載されたプライバシーに関する事項の公開が予定されていないのである。

原告は,甲1,2によって,被告が記録簿の閲覧に応じていることが裏付けられる旨を主張するが,甲1は,上記の例外的に閲覧を許す場合のために備置しているにすぎず,甲2は調査事務所の広告であって,被告とは無関係の書類である。

理由

1  請求原因(1),(2)アは当事者間に争いがない。

2  本件の争点は,被告に記録簿の閲覧申請があれば,これを閲覧させる職務上の義務があるかであるから,この点を検討する。

ア  車両法上,軽自動車の記録簿閲覧についての規定はない。その他に,記録簿閲覧についての請求権を根拠づける法令等は存在しない(弁論の全趣旨)。そうすると,個々の国民が,軽自動車の記録簿を閲覧する法的請求権を有する根拠がないから,被告にその閲覧をさせる職務上の義務があるということはできない。

なお,車両法4条は,「自動車(軽自動車,小型特殊自動車及び二輪の小型自動車を除く。…)は,自動車登録ファイルに登録を受けたものでなければ,これを運行の用に供してはならない。」とし,同法22条1項は,「何人も,運輸大臣に対し,登録事項その他の自動車登録ファイルに記録されている事項を証明した書面(以下「登録事項等証明書」という。)の交付を請求することができる。」と規定している。しかし,上記登録を受けた自動車は,同法5条1項において,「…所有権の得喪は,登録を受けなければ,第三者に対抗することができない。」と規定されているところ,その第三者対抗要件を実現するための公開方法として,登録事項等証明書の交付が定められたのである(乙3)。そうすると,登録自動車について,上記のとおり登録事項等証明書の交付が規定されているからといって,登録自動車から除外されている軽自動車についても,同様に,記録簿の閲覧ないし交付を認めるべきであるということにはならない。

イ  そうすると,被告に対し,記録簿の閲覧請求があった場合,被告がこれを認めるかどうかは,その裁量にかかるというべきである。そこで,本件の場合,被告に裁量権の逸脱があったかどうかを検討する。

乙1,5によれば,平成11年2月12日付けで,軽自動車検査協会業務部長から各主管事務所長に宛てた「軽自動車検査記録簿の閲覧について」と題する業務連絡文書が発せられており,これによれば,軽自動車の記録簿の閲覧は,法令に根拠規定がなく,プライバシーの侵害のおそれがあることを理由として,原則として認めないが,自動車検査証を滅失又は毀損した場合であって,再交付申請と記入申請を同時に行う場合等及び官公庁の照会の場合等に限定して,その必要性を確認し,照会事項にのみ回答することとされている。そうすると,同連絡文書に定めた場合に限定して閲覧を認める取扱をすれば,原則的に裁量権逸脱の問題は生じないというべきである。そして,乙4及び原告本人尋問の結果によれば,原告が本件で記録簿の閲覧を請求した理由は,「譲渡商談のため,商取引の債務確認」というものであったから,上記連絡文書に定められた場合に該当せず,被告が記録簿の閲覧請求を拒否したことにつき,裁量権を逸脱したということはできない。

なお,原告は,被告が調査業者に対しては,記録簿の閲覧に応じて対価を取得していると推測される旨を主張し,原告本人も同旨を供述するが,これを客観的に裏付けるに足りる証拠はない上,その主張にかかる事情は,本件の帰趨に直接の影響を及ぼさない。

3  以上のとおりであって,その余を判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 赤西芳文)

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