京都地方裁判所 平成13年(ワ)2752号 判決 2003年7月15日
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,細粒分(粒径75ミクロン以下の土粒子)及び礫分(粒径が2ミリメートルより大きい土粒子)が共に5パーセント未満である砂1万0029.7立方メートルを引き渡せ。
2 第1項の強制執行が不能となったときには,被告らは,原告に対し,連帯して,その不能となった砂につき1立方メートル当たり2500円の割合により算出した金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,被告らの負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文第1項同旨
二 前記一の強制執行が不能となったときには,被告らは,原告に対し,連帯して,その不能となった砂につき1立方メートル当たり2700円の割合により算出した金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は,原告が,被告らに対し,原告が実施した町道砂丘史跡線改良工事及び公共下水道久美浜1号幹線第Ⅳ工区管渠布設工事(二つの工事をあわせて以下「本件工事」という。)の結果発生した原告財産である砂を被告らが不法に第三者に売却し,その後,原告と被告らとの間で,売却した砂と同種,同量の砂を被告らが原告に返還する旨の合意をしたと主張し,この合意に基づき砂の返還を請求し,併せて,いわゆる予備的代償請求として,砂の返還が執行不能の場合の損害賠償を請求した事案である。
なお,原告(久美浜町)については,原告の行政区域を意味する場合は,以下「久美浜町」ということがあり,例えば久美浜町下水道課のように,久美浜町の部署,機関等を特定する場合には以下「町」ということがある。
二 争点及び当事者の主張
1 本件訴えは重複起訴に該当し不適法か(争点1)。
(被告cの主張)
久美浜町の住民らで構成する「開かれた町政をめざす会」は,本件訴訟に先行して,被告c及び元町長(個人)らを被告とし,原告(町)の被告cに対する不法行為に基づく損害賠償請求権等を原告に代位して行使する住民訴訟を提起し,この訴訟は,現在当庁に係属中であり,同損害賠償請求権は,本件工事により生じた砂を被告cらが違法に処分したことなどを理由とするものである。本件訴えは,民訴法142条に該当する不適法な訴えとして却下されるべきである。
(原告の主張)
別件の住民訴訟においては,原告が被告cに対して有する不法行為に基づく損害賠償請求権が訴求されており,本件においては前記合意に基づき砂の返還が請求されているのであるから,別件の住民訴訟と本件訴訟では訴訟物が異なり,本件訴えは,民訴法142条の重複起訴に該当しない。
2 原告と被告らの間に原告主張の合意が成立したか(争点2)。
(原告の主張)
(1) 被告bは,平成8年当時,町上下水道課主幹であったが,本件工事によって発生した原告所有の砂1万0029.7立方メートルを土砂,砂利の販売業を業とする有限会社d(以下「d」という。)に売却した。
(2) 前記(1)の売却は,被告bが,原告(町)に無断で,町有財産の処分としての手続を採らずにしたものである。
(3) そこで,被告b及び原告(町)の助役であった被告cは,dと共に,平成10年7月24日,確約書(以下「本件確約書」という。甲1)を作成して,被告ら及びdが原告に対して,礫分及び細粒分(粘土分並びにシルト分)の極めて少ない砂,すなわち,細粒分及び礫分がともに5パーセント未満である砂1万0029.7立方メートルを平成11年3月末日までに原告に返還する旨の合意をした。
(被告bの主張)
原告の主張(1)(2)は否認する。
(被告cの主張)
原告の主張(1)の事実は認め,同(2)は不知。
(被告らの主張)
原告の主張(3)については,本件確約書に被告らが署名・押印したことはある。しかし,被告らは原告主張の砂を渡すことを約束したのではない。本件確約書において返還の対象とされている砂は現存せず,本件確約書は実現不可能である。また,本件確約書において返還の対象とされている砂は種類物としても特定は不可能である。
3 本件確約書に基づく砂の返還債務は自然債務か(争点3)。
(被告らの主張)
(1) 被告らには,原告が主張する砂の売却について,原告に対する法的な責任はない。
(2) 被告bは,原告が施工する公共工事の用地買収にあたり,砂の売却代金による裏金を使ったことで原告の行政を混乱させたことに道義的責任を感じ,被告cは,用地買収に立ち会ってきた経緯から道義的な責任があると考え,それぞれ本件確約書を作成したにすぎず,いずれも法的責任を認めたものではない。したがって,本件確約書による砂の返還債務は自然債務である。
(原告の主張)
争う。
4 本件確約書を作成する際,原告と被告bとの間で,原告が被告bを刑事告訴等した場合には本件確約書による合意を無効とする旨の条件(解除条件)の合意がされたか。当該条件が成就した結果,本件確約書による合意が無効になったか(争点4)。
(被告bの主張)
(1) 被告bは,本件確約書の作成に際し,町長から授権された町助役e(以下「e助役」という。)との間で,砂の返還期限までに被告bに対する懲戒処分及び刑事告訴のいずれをもしないこと,原告がそのいずれかをした場合には本件確約書による合意の効力は消滅することとする旨の合意をした。
(2) 原告は,平成10年8月10日,被告bを懲戒処分に付し,また,平成10年12月9日付けで,被告bを背任罪で刑事告訴した。したがって,本件確約書による合意は無効になった。
(原告の主張)
争う。
5 本件確約書による合意は錯誤により無効か(争点5)。
(被告bの主張)
被告bは,本件確約書の作成の際,本件確約書を作成すれば砂の返還期限までは懲戒処分及び刑事告訴をされないと信じており,e助役に対し,懲戒処分も刑事処分も受けないとの前提で本件確約書を作成する旨述べた上で,本件確約書を作成した。
原告は,平成10年8月10日,被告bを懲戒処分に付し,また,平成10年12月9日付けで,被告bを背任罪で刑事告訴したから,本件確約書による合意は錯誤により無効である。
(被告cの主張)
被告cは,本件確約書による合意に基づいて返還すべき砂は,本件工事から生じた砂で被告bがdに売却したものと同一の品質で,小石,砂利,木の根等が混じったものであると認識しており,原告が主張するような良質の浜砂であるとは認識していなかった。したがって,被告cには返還すべき目的物の性状,品質について錯誤があり,この錯誤は要素の錯誤であるから,本件確約書による合意は無効である。
(原告の主張)
争う。
6 本件確約書による砂の返還債務の執行不能又は履行不能が考えられるか。その場合に,本件の代償請求ができるか。それによる損害額はいくらか(争点6)。
(原告の主張)
(1) 原告主張の砂の返還債務は履行不能又は執行不能となって損害賠償債務に転化することがあり得る。
(2) 本件確約書により返還すべき砂は,少なくとも1立方メートル当たり2700円以上の価値がある。したがって,執行不能となった砂につき,1立方メートル当たり2700円の割合で算出した金額が損害額である。
(被告らの主張)
争う。
(被告cの主張)
本件確約書により返還すべきものとされている砂は,被告bがdに売却したのと同一の品質の砂であり,その砂は,小石や木の根が混じった不良土であり,その価格は1立方メートルあたり1857円である。
第三当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実,甲1ないし97,乙A1ないし11,乙B1ないし19,乙C1ないし15(枝番を含む。),証人eの証言,被告ら本人尋問及び取下前の被告有限会社dの代表者本人尋問の各結果(以上の各証拠を以下「本件各証拠」という。)並びに弁論の全趣旨によれば,以下のとおり認められる。
1 被告bは,平成8年度,町の上下水道課主幹であり,被告cは,平成8年度,町助役であった。dは,久美浜町に本店を置く,土砂,砂利,生コンクリートなどの建築資材の採取,製造,販売等を目的とする有限会社であり,fは,同社の代表取締役であった。
2 原告は,平成8年12月から平成9年3月にかけて,本件工事を実施した。
町の下水道課は,平成7年度から本件工事実施のための用地買収を行い,被告b及び町上下水道課課長補佐gは,平成8年春ころから,この用地買収業務を担当していたが,k地区の一部の地権者等が買収に応じず,そのため用地買収は難航していた。
被告らは,用地買収の行き詰まりを打開するため,同年夏ころ,本件工事により生ずる砂を売却し,その売却代金を町の公金として扱わずに,いわば裏金として用地買収資金に当て,用地買収を進めることを計画し,売却先の選定,売買代金額の決定,代金の授受等,具体的な作業は被告bが行うことに合意した(以下「本件被告間合意」という。)。
3 被告bは,本件被告間合意に基づいて,売却先としてdを選び,dに対して,砂の購入方を依頼し,dはこれに応じ,被告bとdは,平成8年9月ころ,本件工事により生ずる砂を被告bが個人的にdに売却し,売却する砂の量を約1万立方メートルとし,代金額は追って定める旨の合意をした(以下「本件売買契約」という)。
4 町議会は,平成8年12月20日,本件工事の請負契約締結の件についての議案を可決し,請負業者は,同年12月24日,本件工事に着工し,平成9年3月28日,本件工事は完成した。本件工事に伴い,現場の町所有地から大量の砂が生じたが,同砂は,原告の所有に属するものであった。
5 被告bは,本件売買契約に基づいて,本件工事の着工の後,工事の実施によって生じた砂を,dに搬入し始め,平成9年2月17日ころ,町の参事であったgが工事の実施及び砂の搬入を一時止めたことがあったが,間もなく搬入が再開されて継続した。その結果,本件工事の完成までそれにより生じた砂のうち1万0029.7立方メートルが本件売買契約に基づいてdに引き渡された(dに引き渡した砂を以下「本件売却砂」という。)。
dは,本件売却砂の代金として,被告bに対し,平成8年10月28日に300万円,同年12月24日に150万円,平成9年2月15日に100万円,同年3月11日に50万円,同月28日に1240万円,合計1840万円をそれぞれ支払った。
6 被告bは,dから受け取った売却代金のうちの一部を買収に応じなかった地権者に正規の売却代金に付加して支払うなどして用地買収資金に当て,買収手続を進めた。
7 町の住民で組織する権利能力なき社団である開かれた町政をめざす会(代表者はh,以下「めざす会」という。)は,平成10年3月3日,本件工事の施工によって生じた町所有の砂がどのように処理されたのか,その点についての町の歳入・歳出について決算書等に記載がないので,その実態を明らかにすること等を求める地方自治法(平成14年法律第65号による改正前のもの。以下「法」という。)242条1項に基づく監査請求をした。
8 町の監査委員は,同年4月28日,本件工事によって発生した砂の処理について違法な行為があったとまではいえないなどとした上,本件工事によって発生した砂のうちdへ引き渡された分について,その管理及び処分の実態を明らかにすること等を久美浜町長へ要請することを明記した監査結果をめざす会に通知した。そのころは,未だ,本件被告間合意や本件売買契約等の詳細な事実関係は一般には知られていなかった。
9 そこで,原告は,平成10年5月11日,本件売却砂の問題を調査するためにe助役を委員長とする調査委員会(以下「町調査委員会」という。)を設置した。また,町議会も,同年6月22日,本件売却砂の問題を調査するために,法100条に基づき委員会(以下「100条委員会」という。)を設置した。
町調査委員会は,同月25日及び26日に,被告b,dなどの関係者から事情聴取を行い,町長は,町調査委員会の報告に基づき,被告bらに対し,同人らが地方公務員法33条等に違反した趣旨が記載された告知書を交付した。
10 めざす会は,平成10年5月28日,平成8年度に町長であった片山茂,被告c,参事であったg,それに上下水道課長であったiを相手方とし,本件売買契約等により違法な砂の処分があったなどと主張して,原告の被告cに対する不法行為に基づく損害賠償請求権等を原告(町)に代位して行使する住民訴訟を提起した(当庁平成10年(行ウ)第17号損害賠償請求事件。以下「別件訴訟」という。)。
11 同年6月ころ,本件工事の実施によって生じた砂の一部を原告(町)の担当職員が勝手に処分していたことが判明した等と新聞紙上で報ぜられ,町の内外でも話題を呼び問題となった。
12 100条委員会は,平成10年6月30日から同年12月17日までの間,合計22回開かれ,同月21日付けで町議会議長あてに最終報告を行い,最終報告において,本件被告間合意,本件売買契約の締結及び履行(ただし,売買代金額は1640万円とされている。)があったことなどを報告した。
13 a町長(a町長は,平成9年5月25日,久美浜町長選挙により選出された。)は,町において前記報告を基に検討した結果,本件売却砂について,町としては,金銭による損害賠償を求めるのではなく,被告らに,現実に,砂の返還を求め,返還される砂を養浜工事に用い,事態を収束する方針をとり,e助役に対し,被告らと砂の返還交渉をするように指示した。
14 e助役は,平成10年7月上旬頃から,被告ら及びdとの間で,被告ら及びdが原告に砂の返還をする旨の合意を成立させるべく,交渉を始めた。
15 被告ら,d及びe助役は,平成10年8月4日,dの事務所において,砂の返還についての話合いを行い,具体的にどのような砂を返還するかについては,本件売却砂と完全に成分が同じ砂をdが入手して原告へ返還することは困難であったこともあり,dがバイパス設置工事に伴い発生する土とdが保有する土を混ぜたものを返還することを提案し,被告らは,その提案を前提に,実際の運搬方法,砂の仮置の場所をどうするかといった点についての検討を行った。被告ら及びdは,砂の購入資金については,被告らが負担し,砂の調達,運搬をdが行うという前提の話合いをした。e助役は,確約書の原案を自ら作成し,その場に持参し,この原案には本件工事により発生した砂と「同等」,同種,同量の砂を返還する趣旨の記載がされていた。しかし,被告らから「同等」という文言について異議が出たことから,「同等」という文言を削除することとした。
16 e助役は,「同等」という文言を削除して作成した確約書と題する書面(本件確約書の書面)を作成し,当時被告bの職場であった久美浜病院に持参し,被告bは,同書面(本件確約書)に署名押印をし,その後,被告cは,平成10年8月11日までに同書面に署名押印をした。
dの代表者のfとe助役は,同月11日,dの事務所で会い,e助役は,fに対し,被告らの署名押印がある前記の書面を示し,fは,同書面にd代表取締役fというゴム印と会社代表取締役の印を押し,このようにして,本件確約書(甲1)が作成された。
e助役は,本件確約書作成に際し,被告bに対し,本件確約書を提出し,砂が返還されることになれば,原告としては被告bを刑事告訴はしない方針である旨説明し,被告bは,署名押印をすれば刑事告訴されることはないだろうということも考えて,本件確約書に署名押印した。
17 本件確約書には,「久美浜町が平成8年度事業で実施した町道砂丘史跡線道路工事において発生した砂と同種・同量(10,029,7?)の砂を平成10年12月末日までに久美浜町に返還します。ただし,砂採掘現場の都合等により搬出が遅れる場合が予想されるため,その場合は久美浜町と協議し,平成11年3月までには,全量返還致します。」と記載されていた。
18 被告らは,本件確約書に署名押印する際,本件工事により発生した砂と「同種」の砂とは,本件売却砂と完全に同質ではないが,ほぼ同質といえる養浜工事のために使用するのに適した砂を意味すると認識していた。
19 その後,原告は,内部で検討した結果,平成10年8月10日,被告bを停職6か月の懲戒処分に付した。被告bは,同日,町長に対して,辞職願を提出したが,同月29日,同辞職願を撤回し,平成11年2月11日,復職した。
20 平成10年8月11日付けの一般新聞紙上で,町長と助役の記者会見があったこと,その内容として,前記懲戒処分があったこと,原告(町)は,本件売却砂の代金約1600万円のうちそれまで不明であった600万円の行方も別の地権者に渡されたもので,売却代金のすべてが地権者に渡されたという認識であること,被告bと砂販売業者のdと共に前助役の被告cに砂の返還を求めていく方針であること,年末までに砂が返却されなくても告訴などはせず,年度内は猶予期間として待つ方針であるという趣旨の記事が掲載された(乙A2)。
21 被告bは,同年10月22日,a町長に対し,原告が同被告を刑事告訴することを検討中であることに対して抗議する趣旨の上申書を提出した。
22 町議会は,被告bが100条委員会の調査で供述を拒んだことから,本件売却砂の代金のうち約500万円の使途を解明できなかったこと,被告bが一旦提出した辞職願を約20日後には撤回していることなどを理由に,平成10年9月22日,被告bを刑事告訴する決議をした。原告は,平成10年12月9日付けで,久美浜警察署長に対し,被告bを町が所有する砂を不法に売却したことが背任罪に該当するとして刑事告訴した。なお,検察官は,平成13年10月26日,被告bの背任被疑事件につき,不起訴処分とした。
23 現在においても,本件売買契約により被告bが受領した売却代金のうちの約500万円は,使途が不明なままである。なお,原告の臨時職員の社会保険料及びその利息約280万円を納付するための町総務課長の個人としての農協からの借入金について,被告cがその保証人になっていたが,被告らは,平成9年4月頃,本件売却砂の代金のうち200万円を前記借入分を補う趣旨で町総務課長に交付した。ただ,本件売却砂の売却が町議会等で問題とされたことなどから,その後,被告cは,自己の預金口座から200万円を引き出し,平成10年9月10日,被告bを通じてdに200万円を返却した。
24 ところで,本件工事の現場は,京都府熊野郡久美浜町のl付近の日本海に面した海岸線からは一定程度南側,すなわち内陸部へ入ったところであり,その付近は,地表から相当程度の深さまで砂が堆積されていた。日本海側に面した海岸自体は,海浜として国の管理に属し,その内陸部側は砂防林としての保安林となっていた。
本件工事の実施によって残土として発生した砂は,このように堆積していた砂で,付近の海岸を形成していた浜砂そのものではなく,少なくとも部分的には,小石,砂利,土や木の根等も混在しており,それを,コンクリート資材として商品化したり,養浜工事のため使用するには,それらの除去作業を必要とするものであった。
25 現在,本件売却砂の所在を確認し,その成分を分析するのは,まず不可能である。
26 砂を海岸の養浜工事のために使用する場合には,細粒分(粒径が75ミクロン以下の土粒子でシルト分及び粘土分),礫分(粒径が2ミリメートルより大きい土粒子)と砂分(粒径が75ミクロンより大きく2ミリメートル以下の土粒子)の割合が重要であって,細粒分及び礫分の割合が少ないほど,言い換えると砂分の割合が大きく純度が高くなるほど良質であるとされる。
27 土の分類法には,堤防などのように土を材料として用いる場合の適否や透水性,変形,強度などの工学的性質を推定するための分類法として,日本統一分類法があり(甲88,89),同分類法は,主として,いろいろな大きさの粒子がどのような割合で混合しているかという観点から土を分類し,礫分,砂分及び細粒分の構成比により土を分類し,中分類において,礫分及び細粒分が共に15パーセント未満の土を砂とし,小分類において,礫分及び細粒分が共に5パーセント未満の土を砂としている。
28 原告の町役場は,平成10年11月ころ,本件売却砂と類似する砂として町内の2箇所で採取した砂の試料の分析を応用地質株式会社に依頼した。その結果は,1試料が,細粒分4.9パーセント,礫分6パーセント,砂分89.1パーセントであり,もう一つの試料は,細粒分1.8パーセント,礫分1パーセント,砂分97.2パーセントであった(甲2参照。以下,この分析結果を「甲2の分析結果」という。)。
29 被告ら及びdは,平成10年12月ころ,本件確約書による合意に基づいて,砂を返還するため,検査用の砂のサンプルを原告に提出した。しかし,同月28日,原告が応用地質株式会社に分析を依頼したところ,その成分は,細粒分4.9パーセント,礫分6パーセント,砂分89.1パーセントであった(他に濁りの検査も実施した。)。原告は,このサンプルの砂は養浜に使用するのは不適当として,dに通知した(甲85)。
30 被告ら及びdは,平成12年3月ころ,同じく,砂を町へ返還するため,検査用の砂のサンプルを原告へ提出した。原告は,同様に,応用地質株式会社に分析を依頼したところ,その成分は,細粒分1.8パーセント,礫分8.6パーセント,砂分89.6パーセントであった(同様に,他に濁りの検査も実施した。)。原告は,このサンプルの砂も「現地より出土するものと比較し同質のものと判断できません。」と記載した書面でその旨を被告ら及びdへ通知した(甲71ないし73)。
二 争点1について
1 別件訴訟は,めざす会が原告となって,被告c,本件工事実施当時の町長j,町参事g,町上下水道課長iを被告として,そのうち被告cに対しては,被告らが共謀して本件工事により発生した原告所有の砂をdに売り渡してこれを横領したことから,原告は被告cに対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているところ,原告がその行使を怠ったなどと主張して,法242条の2第1項4号に基づいて,損害賠償を請求している事件である(顕著な事実)。
別件訴訟の被告cに対する訴えにおける訴訟物は,原告の被告cに対する不法行為に基づく損害賠償請求権(その代位請求)であるのに対し,本件訴訟の訴訟物は,本件確約書による合意に基づく砂の返還請求権,及び砂の返還請求権の執行不能を理由とする将来の損害賠償請求権であるから,両訴訟における事実関係は関連するが,それぞれの訴訟上の請求,すなわち,訴訟物は同一であるとはいえない。したがって,本件訴えは,重複起訴に該当しないことは明らかである。
2 ただし,別件訴訟で訴求されている被告cの原告(町)に対する損害賠償債務と,本件で訴求されている本件確約書による合意に基づく砂の返還債務とは,本件確約書による合意の効力についての判断如何によって択一関係にあり,別件訴訟との同時審判が望ましいとの考え方もあり得る。しかし,第一審に関しては,本件と別件訴訟は同一の合議体で審理されて判決されることになるから(以上は,職務上顕著な事実),この点も訴訟手続上格別の問題は生じないと解される。
三 争点2(原告主張の合意が成立したか。)及び関連問題について
1 前記認定事実によれば,本件確約書作成当時,本件売却砂と完全に同様の砂の採取やその成分の分析は,最早,不可能であって,その正確な成分は,不明であったといわざるを得ない。しかし,当時,原告と被告らは,そのような状況の下で,少なくとも,本件売却砂とほぼ同様の種類,品質の砂で,町の海岸の養浜工事に使用するのに適した砂を返還するとの意思であったことは確かであると考えられる。そして,前記認定のとおり,原告がその資料とするために採取した砂の成分は,甲2の分析結果のとおりであって,その中の2つの試料相互間においても,細粒分及び礫分は,それぞれ4.9パーセントと1.8パーセント,6パーセントと1パーセントと相当に違いがあること,本件工事の現場が海岸から一定程度内陸部に入ったところであったことからすると,本件売却砂の成分も,その発生箇所によって,少なくとも甲2の分析結果による2つの試料の相違程度には異なっていた可能性が高い。
2 これらの諸点と,本件各証拠と前記認定事実,特に,dが本件売却砂の代金として支払った金額,砂の工学的分類においても,小分類において細粒分及び礫分が共に5パーセント未満のものを砂としていることに照らすと,本件確約書で返還が合意された砂は,本件確約書の中には明記されていないけれども,それを成分により特定すれば,細粒分及び礫分が共に5パーセント未満の砂を意味していたもので,原告と被告らの意思も,そのような意思であったものと認められる。
3 以上のとおりであり,原告と被告らの間には,原告主張のとおり,礫分と細粒分が共に5パーセント未満である砂1万0029.7立方メートルを平成11年3月末日までに返還する旨の合意が成立したものと認められる。
4 ところで,前記認定事実によれば,本件確約書による合意の内容は,被告cの損害賠償義務を消滅させて砂の返還請求権に代える和解契約であり,別件訴訟が提起された後,原告がこのような和解契約をすることができるかどうかも問題となるところである(債権者代位訴訟についての最3小判昭和44年9月2日・訟務月報16巻1号1頁参照)。しかし,債権者代位訴訟の場合と異なり,法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟が係属中であっても,同訴訟によって代位請求されている権利について,当該地方公共団体がそれを処分する内容の和解契約をすることもできるものと解するのが相当である。なぜなら,一般の債権者代位の場合には,その行使がある以上,債務者の権利の処分制限を認めないと代位権者の権利を保全することができないのに対し,法242条の2第1項4号の住民訴訟の場合においては,住民訴訟制度の趣旨に照らしても,上記の住民訴訟が係属したということ自体を理由として,地方公共団体が有しているその権利の本来の処分権限が制約される理由はないし,上記の住民訴訟が代位形式になっているのは,一般の債権者代位の場合とは異なり,訴訟技術的配慮に基づくものと考えられるからである(最1小判昭和53年3月30日・民集32巻2号485頁参照)。
5 また,地方公共団体が有する債権について,法240条2項,3項,地方自治法施行令(以下「令」という。)171条以下の各規定において,損害賠償金につき,債務者がその債務の全部を一時に履行することが困難であり,かつ,弁済につき特に誠意を有すると認められるときに限り,履行期限を延長する特約をしたり,処分をすることができること等が規定されているが,前記認定事実によれば,本件確約書による合意は,その成立に至る経緯や内容からみても,原告としては,財務会計上も不利益なものではなく,むしろ,損害回復のための適切な措置として行ったものと評価し得るというべきで,地方自治体の債権の管理という法的観点からみても,少なくとも,その法的効力がないものとはいえないというべきである。
四 争点3について
本件各証拠によっても,被告cとe助役が,本件確約書による合意の際,同合意に基づく砂の返還債務について訴求しない旨の合意したとか,同債務を訴求可能性を伴わないものとする旨の合意をしたことは認められず,かえって,前記認定事実によれば,被告らは,原告との間で,実際に,原告主張の砂を調達して原告に引き渡す趣旨で本件確約書による合意をしたものと認められる。
そうすると,本件確約書による合意に基づく砂の返還債務が自然債務であるとはいえない。
五 争点4について
確かに,前記認定事実によれば,e助役は,被告bが本件確約書を提出して砂の返還をした場合の刑事告訴に関する原告の対応についての見通しを説明して,被告bに署名押印を促し,被告bは,本件確約書に署名押印すれば刑事告訴をされなくなるだろうと考え,それを期待して本件確約書に署名押印したもので,原告としても,本件確約書を作成した当時,同被告を町の砂を横領したものとして刑事告訴しない方針であったものと推認できる。
しかし,それ以上に,被告bとe助役との間で,原告(町)において同被告について懲戒処分及び刑事告訴のいずれかをした場合には,本件確約書による合意の効力を消滅させる旨の合意,すなわち,本件確約書による合意にそのような解除条件を付する合意をした事実までは,本件各証拠をもってしても認められない。前記認定事実及び本件各証拠によれば,地方公共団体である原告としては,懲戒処分の事由があるにもかかわらずそれをしない旨の合意をしたり,犯罪事実が発覚しているのに告発や告訴をしない旨の合意をすることはできないのであって(刑訴法239条2項),本件各証拠によれば,地方公共団体の職員である被告らもそのことは認識していたものと推定される。
六 争点5について
1 前記認定事実によれば,被告bは,本件確約書による合意の際,本件確約書を作成すれば刑事告訴をされることはないと考え,それを期待していたことは確かである。
しかしながら,前記認定事実によっても,本件確約書を作成する際,e助役は,原告,すなわち町の方針として,被告bが本件確約書を作成すれば,同被告を懲戒処分にしたり刑事告訴をすることはないことを表明したわけではなく(これを認めるに足りる証拠もない。),前記認定のとおり,被告bも,地方公共団体である原告が確定的にそのような態度をとることができないことは理解していたものと推認される。したがって,その後,原告において,当初のe助役の見込みと異なって,被告bを懲戒処分にし,更に刑事告訴をしたとしても,これをもって,被告bにおいて,本件確約書による合意をする際に,その意思表示の要素の錯誤があったとはいえないというべきである。
2 また,被告cは,本件確約書による合意において返還すべき砂は,本件売却砂と同じ砂であって,それは,小石,砂利,木の根等が混じったものであると認識していたとも主張する。本件売却砂の成分についての認定・判断は,前記のとおりであるが,前記認定のとおり,同被告も,返還の対象となるのは原告主張のとおりの砂であることを認識していたものであり,同被告には,この点の錯誤もなかったというべきである。
七 争点6について
1 本件確約書において,返還の対象とされているのは,原告主張のとおり,本件売却砂とほぼ同様の砂で,養浜使用に適する砂,すなわち,細粒分及び礫分がいずれも5パーセント未満のもの1万0029.7立方メートルであって,それは実際に砂の販売市場において調達可能なものと考えられるから,この砂の返還債務は,通常の種類債務であり,そうすると,原告主張の砂の返還債務が,実際に履行不能になることはおよそないと考えられる。
しかしながら,種類債務の給付を請求しつつ,その執行が不能なときに契約を解除することなく填補賠償を請求することもできると解され(最判昭和30年1月21日民集9巻1号22頁参照),そのことを前提として,将来の填補賠償請求として,本件の代償請求をすることも可能であると解される。
2 次に,代償請求を認める場合の損害額を検討する。
原告が主張するような細粒分及び礫分が共に5パーセント未満の砂の本件口頭弁論終結時の価格を証する直接の証拠はない。しかし,本件各証拠によれば,コンクリート用骨材としての砂の1立方メートル当たりの単価は,平成11年4月ないし6月の時点で,京都市,福知山市及び舞鶴市で,販売業者から生コンクリート業者等への販売価格で3800円ないし4100円であり,販売業者から工事業者への販売価格で4100円ないし4300円であることが認められ(甲6),また,本件工事の請負業者である山崎工業株式会社が町長宛に,平成12年7月24日付けで久美浜町l地域で採取される砂1立方メートルの価格を2700円と見積り(甲4),西角建設株式会社は,町総務課宛に,同日付けで久美浜町内で採取される砂1立方メートルの価格を2500円と見積った(甲5)ことがそれぞれ認められる。これらの事実に,前記認定事実や弁論の全趣旨を総合すると,原告が本件で返還を求める砂の本件口頭弁論終結時の価格は,1立方メートル当たり2500円であると認めるのが相当である。それを超えて原告が主張する1立方メートル当たり2700円であるとまでは認められない。
第四結論
以上のとおり,原告の砂の引渡請求,及び予備的代償請求のうち前記七の2の部分は理由があるから,これらをいずれも認容し,その余は理由がないから棄却し,訴訟費用は,民訴法61条,64条ただし書を適用して,被告らに負担させることとし,よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 古谷恭一郎 裁判官 谷田好史)