京都地方裁判所 平成13年(ワ)3270号 判決 2003年3月28日
主文
一 被告Y1、同大末建設及び同ハンシン建設は、原告X1に対し、各自二三三二万一三七五円及びこれに対する平成一〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告都生コンは、原告X1に対し、二三一〇万九七二五円及びこれに対する平成一〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告X1の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 被告Y1、同大末建設及び同ハンシン建設は、原告X2及び同X3のそれぞれに対し、各自一一六六万〇六八七円及びこれに対する平成一〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告都生コンは、原告X2及び同X3のそれぞれに対し、一一五五万四八六二円及びこれに対する平成一〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 原告X2及び同X3の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
七 被告らは、原告X4に対し、各自一八七万円及びこれに対する平成一〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
八 原告X4の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
九 訴訟費用については、原告X1、同X2及び同X3と被告らの間に生じたものは、これを五分し、その四を被告らの連帯負担とし、その余を同原告らの負担とし、原告X4と被告らの間に生じたものは、すべて被告らの連帯負担とする。
一〇 この判決は、一、二、四、五及び七項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告X1に対し、各自二九二五万九八四〇円及びこれに対する平成一〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告X2及び同X3のそれぞれに対し、各自一五六二万九九二〇円及びこれに対する平成一〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告X4に対し、各自一九八万円及びこれに対する平成一〇年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、路外の工事現場から道路上へ進入した生コン車と当該道路を走行していたバイクが衝突し、当該バイクの運転者が死亡した交通事故について、同人の遺族が、当該生コン車の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、同車の運行供用者に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、当該事故現場で工事を行っていた建設会社二社に対しては、民法七〇九条に基づき、当該事故により被った損害の賠償及び事故発生日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める事案である。
第三争いのない事実
一 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(1) 発生日時
平成一〇年一二月二九日午前九時三〇分ころ
(2) 発生場所
京都府久世郡<以下省略>先路上(以下「本件事故現場」という。)
(3) 関係車両一
被告Y1運転、被告都生コン所有に係る大型貨物自動車(<番号省略>、以下「被告生コン車」という。)
(4) 関係車両二
A運転に係る大型自動二輪車(<番号省略>、以下「原告バイク」という。)
(5) 事故態様
被告生コン車が、本件事故現場である国道一号線バイパス北側側道(東行一方通行道路、以下「本件道路」という。)の南側路外にある工事現場(以下「本件工事現場」という。)から右折して上記道路へ進入した際、左方(西方)から進行してきた原告バイクと衝突した。
なお、本件工事現場においては、被告大末建設及び同ハンシン建設(以下「被告各建設会社」という。)が形成する共同企業体が京滋バイパス古川橋(下部工)工事を行っていたが、本件事故が発生した際、本件工事現場から本件道路へ進入するための出口(以下「本件出口」という。)には誘導員が配置されていなかった。また、本件道路には最高速度時速六〇キロメートルの交通規制がなされていた。
二 Aの死亡及び相続関係
Aは本件事故により即死した。原告X1はAの妻であり、原告X2及び同X3はいずれもAの子である。
三 被告Y1及び同都生コンの責任原因
(1) 被告Y1は、左方の安全を確認すべき注意義務を怠って本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、A及び原告らが本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負う。
(2) 被告都生コンは、本件事故当時、被告生コン車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、A及び原告らが本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負う。
四 損害の填補
原告らは、本件事故により被った損害の賠償として、既に三〇〇〇万二六五〇円の支払いを受けた。
第四争点
一 被告各建設会社の責任の有無、過失相殺の割合
二 A及び原告らが本件事故により被った損害額
第五争点に関する当事者の主張
一 争点一について
(1) 原告らの主張
ア 被告各建設会社の責任の有無について
(ア) 本件道路は極めて交通量の多い道路である上、本件道路と本件工事現場との境には、高さ約三・八メートルの鉄製万能塀(目隠し板)が設置されていたため、本件出口から左方の見通しは極めて悪い状態であった。したがって、被告各建設会社は、本件出口から本件道路へ進入する工事用車両が左方の十分な安全確認を行うことができるようにするために、本件出口付近に誘導員を配置し、左方の安全確認の補助を行わせる等の配慮を行うべき注意義務を負っていた。
(イ) しかるに、同被告らは、上記の注意義務に違反し、本件事故が発生した際、本件出口に誘導員を配置していなかった上、本件工事現場内に誘導員が不在の場合には本件道路へ進入することを禁ずる旨の表示もしていなかったのであるから、同被告らは、民法七〇九条に基づき、A及び原告らが本件事故により被った損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。
イ 過失相殺について
本件事故は、路外出入車と直進自動二輪車との事故であるところ、被告Y1は、本件事故の際、左方の安全確認をほとんどしなかった。一方、本件事故発生の際の原告バイクの走行速度は時速七四ないし八六キロメートルであったと推測される。
以上を総合すると、本件事故の過失割合については、Aが一割、被告Y1が九割とみるのが相当である。
(2) 被告Y1及び同都生コン(以下、併せて「被告都生コンら」という。)の過失相殺についての主張
原告バイクは、本件事故の際、時速一〇〇キロメートルを超える速度で走行していたものであり、また、Aは、本件事故現場から八〇メートル以上手前の地点で被告生コン車を発見することができたはずであるから、上記のような原告バイクの速度超過がなかったならば、Aは本件事故の発生を回避することが十分に可能であった。
したがって、本件事故の発生についてのAの過失割合は五割を下らないものというべきである。
(3) 被告各建設会社の主張
ア 同被告らの責任の有無について
被告Y1が、被告生コン車を運転して本件工事現場から本件道路へと進入するに当たり、左方の安全を確認したならば、原告バイクを発見して本件事故の発生を回避することができたはずである。また、本件事故現場付近において、原告バイクから見た前方の見通しはよかったのであるから、Aも、前方の注視を怠らなければ、本件事故の発生を回避することができたはずである。したがって、本件事故発生の際に同被告らが本件出口に誘導員を不在にしていたことと本件事故の発生との間には因果関係がない。
イ 過失相殺について
上記(2)の被告都生コンらの主張とほぼ同旨であるが、これにAが本件事故発生の際に前方注視を怠ったとの点を付加する。
二 争点二について
(1) 原告らの主張
ア Aが被った損害
(ア) 死亡慰謝料 二五〇〇万円
(イ) 死亡逸失利益 五八四三万九一七八円
ただし、基礎収入として年収四八六万五三五〇円、生活費控除率については三〇パーセントを採用し、Aの就労可能年数を四〇年とみて、ライプニッツ方式により中間利息を控除(係数一七・一五九〇)して算出した。
(ウ) 死体検案書費用 二万八〇〇〇円
(エ) 葬儀関係費用
a 葬儀料等 一九三万二九二〇円
ただし、火葬料、供花料等を含む。
b 祈祷料 五七万五〇〇〇円
ただし、告別式及び初七日から四十九日までの各祈祷分である。
c 永代使用料、仏壇代金及び墳墓代金 二〇〇万円
ただし、原告らが現実に支出した五七一万二七五〇円のうち、本件事故と相当因果関係を有する損害として上記金額を請求するものである。
(オ) 物損(原告バイクの損害) 六〇万五二七〇円
Aは本件事故の約一か月前に上記金額にて原告バイクを購入したところ、本件事故による修理費は上記金額を上回るものとなった。
(カ) これらの損害については、原告X1が二分の一を、原告X2及び同X3が各四分の一を、それぞれ相続により取得した。
イ 原告ら固有の慰謝料 各二〇〇万円
なお、原告X4はAの母である。
ウ 弁護士費用
(ア) 原告X1分 二六〇万円
(イ) 原告X2及び同X3分 各一四〇万円
(ウ) 原告X4分 一八万円
(2) 被告らの主張
原告らの主張は不知ないし争う。
第六判断
一 争点一(被告各建設会社の責任の有無、過失相殺の割合)について
(1) 前記争いのない事実一及び証拠(甲五、一〇ないし一二、二二の一、二、四、乙一、二、丙一の一ないし三、丙二、証人B、被告Y1本人)によると、本件事故の発生状況につき、次の各事実が認められる。
ア 本件事故現場付近の状況
(ア) 本件事故現場は、国道一号線京滋バイパス北側側道(本件道路)に北側から町道が突き当たるT字路交差点であるが、信号機による交通整理は行われていない。本件事故現場の南側路外には本件工事現場があり、現場に出入りする工事用車両が本件道路へ進入するために、本件出口が設けられている。なお、本件道路は、東行一方通行の二車線道路であり、最高速度時速六〇キロメートルの交通規制が行われている(以上、別紙図面参照)。本件事故現場の交通量は一般に非常に多いが、西方に設置されている信号により、車両の通行が途切れる状態となることがある。
(イ) 本件道路は、本件事故現場付近においてほぼ東西方向に真っ直ぐ走っているため、前後の見通しが良いが、本件道路と本件工事現場との境には、二〇〇メートル以上の距離にわたり、道路面からの高さが約二・五メートルの鉄製万能塀(目隠し板)が設置されていたため、本件道路を走行する車両の運転者にとって、本件出口から本件道路へ進入しようとする工事用車両の動静を視認することが非常に困難となっていた。なお、被告各建設会社は、本件出口付近並びにそこから約五〇メートル西方及び約一〇〇メートル西方の各地点において、本件出口の存在を知らせる看板を設置していたが、それらの看板は目隠し板に対して約三〇ないし四五度の角度で設置されており、本件道路を走行する車両に対面するようには設置されていなかった。
(ウ) 他方、本件出口から本件道路へと進入しようとする工事用車両にとっても、目隠し板により西方への見通しが遮られており、別紙図面<2>地点から西方への見通し距離は八三・二〇メートルにすぎなかった。ただし、別紙図面
地点まで至れば、目隠し板で見通しを遮られることはなかった。
(エ) 本件工事現場においては、久御山町シルバー人材センターから派遣された交通誘導員が現場に出入りする生コン車等の誘導に当たっていたが、平成一〇年一二月二六日以降は、年末のために上記シルバー人材センターからの交通誘導員の派遣がなかったことから、被告各建設会社は、本件工事現場に駐在している職員に対し、現場に出入りする生コン車等の誘導に当たるよう指示していたものの、本件事故が発生した際には、生コン車等を誘導すべき被告各建設会社の職員は本件出口に配置されていなかった。
なお、原告X4は、本人尋問において、平成一一年初頭に本件事故現場を訪れた際には、上記目隠し板は道路面から三・五メートルくらいの高さまで設置されていたが、その後に訪れた際には、それが二・三メートルくらいに低くなっていた旨供述し、また、被告Y1も、本人尋問において、本件事故発生の二、三か月後に目隠し板が低くなっているのを見たと供述するが、これらの供述を裏付けるに足りる的確な証拠はなく、かえって、証拠(甲二二の二)によると、目隠し板は当初から道路面から約二・五メートルの高さになるよう設置されていたものと認められるから、上記の各供述は直ちに信用することができない。
イ 被告生コン車の進行状況
被告Y1は、被告生コン車を運転して生コンクリートを本件工事現場へ搬入した後、本件出口から本件道路へと進入しようとしたが、本件事故発生の際、本件出口において交通誘導に当たるものが配置されていなかったことから、自分自身で本件道路の安全を確認した上で進行しようと考え、まず、被告生コン車の車首を北東へ向けた状態で、別紙図面<1>地点に同車を停止させ、その運転席から左方(西方)を確認したところ、走行車両は見えなかったものの、目隠し板のために遠くを見通すことができなかったことから、同被告は、更に別紙図面<2>地点の地点まで同車を進行させ、同地点において同車をほとんど停止するくらいにまで減速した上、身を乗り出すようにして左方を確認したが、被告生コン車の車首が北東を向いていた上、目隠し板がなおも見通しを遮っていたことから、本件道路第二車線の状況を十分に確認することはできなかった。
しかるに、同被告は、その時点で走行車両が途切れているように感じたことから、その間に素早く本件道路へ進入しようと考えて、それ以上の安全確認を行うことなく、被告生コン車を時速一〇ないし一五キロメートルの速度で右折進行させて本件道路へ進入した。
なお、原告バイクに後続して本件事故現場に差し掛かった普通貨物自動車の同乗者であるCの平成一三年一月二九日付け検察官調書(甲一一)には、目隠し板越しに被告生コン車が本件出口から本件道路へ進入しようとしているのが見えたが、自分の見た限りでは、同車は一度も停止しなかった旨の供述記載があるが、他方、同人の平成一一年二月一四日付け警察官調書(乙一)には、被告生コン車が確実に一時停止をしたかどうかはよくわからないが、同車はほぼ停止した状態からゆっくりとした速度で本件道路へ進入してきた旨の供述記載があることにかんがみると、被告Y1が本件出口から本件道路へ進入するに当たって被告生コン車を一度も停止させなかったとは断じ難いというべきである。
ウ 原告バイクの進行状況及び本件事故の発生
Aは、原告バイクを運転し、本件事故現場の西方約二五〇メートルの地点で、本件道路第一車線を走行していた普通貨物自動車(Cが同乗していた車両)を追い越した後、そのまま第二車線を走行して本件事故現場に差し掛かったところ、被告生コン車が進行方向右側にある本件出口から本件道路へ進入してきたことに気付き、左に転把するとともに、急制動をかけたものの、間に合わず、被告生コン車の車首がほぼ東を向いた時点で、別紙図面<×>地点において同車の左後部に原告バイクの前部が衝突し、本件事故が発生した。
以上のとおり認められる。
(2) 原告バイクの走行速度について
ア 上記の点につき、Cの検察官調書(甲一一)には、概略、「私が同乗していた普通貨物自動車は時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で走行していた。原告バイクは、私たちの車を追い抜いた時点では少なくとも時速一〇〇キロメートル以上の速度を出していたし、私の見た感じでは、時速一二〇キロメートルくらいは出ていたと思う。私も自動二輪車に乗ったことがあるが、原告バイクは、ピューンと音を立てる感じで私たちの車を追い抜いたもので、抜いた瞬間に『速い』と感じた。原告バイクと私たちの車の速度差が相当あるように見えたので、原告バイクは時速一〇〇キロメートル以上は間違いなく出ていたし、私の感覚では時速一二〇キロメートルくらい出ていた。」旨の供述記載があり、また、Cの警察官調書(乙一)にも、原告バイクの走行速度は時速一〇〇キロメートル以上と感じられた旨の供述記載がある。
イ 一方、京都府警察本部交通部交通指導課交通事故捜査指導室兼刑事部鑑識課所属の警察官D作成に係る平成一二年五月二三日付け鑑定書(甲六)には、要旨、次のような記載がある。
(ア) 本件事故直後に原告バイクを撮影した写真を観察した結果、原告バイクは前部のヘッドランプの周辺に損傷が集中し、ホイールベースの短縮(フロントフォークの曲損)が見られず、車体損傷量等からその走行速度を推定することは極めて困難であるが、文献に掲載されている実車衝突実験における実験車両(五五〇ccの自動二輪車)の車体損傷写真及び解析図と比較対照すると、原告バイクの車体前部の損傷量は、上記実験の時速七〇キロメートルにおける損傷量より明らかに小さく、時速五〇キロメートルにおける損傷量よりも小さくみえるから、被告生コン車と原告バイクの衝突速度は時速四〇キロメートル(秒速一一・一メートル)ないし時速六〇キロメートル(秒速一六・六六メートル)と推定される。
(イ) 本件事故現場路上に印象されていた三条のスリップ痕(別紙図面参照)のうちの一条(ス3~ス4)は原告バイクの前輪によるもの、他の二条(ス1~ス2、ス5~ス6)は原告バイクの後輪によるものと認められるところ、それらのスリップ痕の長さは延べ二二メートルであるから、原告バイクの制動距離を約二二メートルであったと評価する。
(ウ) エネルギー保存の法則により、原告バイクの制動前の走行速度をV、制動距離をx、衝突速度をv、タイヤ路面間の摩擦係数をμ、重力加速度をg(=九・八m/s2)とすると、次の算式が導かれ、これにx=二二、μ=〇・七、v=一一・一~一六・六六を代入すると、原告バイクの制動前の走行速度は時速七四・二キロメートル(秒速二〇・六二メートル)ないし時速八六・六キロメートル(秒速二四・〇七メートル)と算定される。
file_2.jpgV=/ 2uextv(エ) Cの説明に基づいて計算すると、原告バイクの制動前の走行速度は時速一一五・三キロメートル以上となるところ、これを前提として上記算式により計算すると、原告バイクと被告生コン車の衝突速度は時速九七キロメートル以上と算出されるが、原告バイクの損傷状況を見ると、原告バイクが時速九七キロメートル以上の速度で被告生コン車に衝突したものとは到底言えない。
以上のとおりである。
ウ しかしながら、上記鑑定書の推論には、次のような問題点がある。
(ア) まず、上記鑑定書が原告バイクと被告生コン車の衝突速度を推定するに当たって比較対照した実車衝突実験においては、実験車両として五五〇ccの自動二輪車が使用されているのに対し、原告バイクはこれよりもはるかに大きい排気量一〇〇〇ccの大型自動二輪車であって(甲五)、原告バイクの車体(フレーム)は上記実験車両のそれよりも高い剛性を具備していたものと推測されるが、上記鑑定書においてこの点が検討された形跡はない。
(イ) 次に、上記実験においては、固定壁衝突実験と停止車両への直角衝突実験の二つの実験方法が採用されているが、証拠(甲五)によると、本件事故においては、原告バイクの前部が被告生コン車の左後部の鉄製の後部バンパー、足踏み台、後輪泥よけ付近に衝突し、殊に、上記の足踏み台が本件事故の衝撃により下方へと大きく折れ曲がったことが認められ、上記実験における衝突態様と本件事故における衝突態様とは大きく異なっているにもかかわらず、上記鑑定書においてこの点、殊に、上記の足踏み台の変形によりどの程度のエネルギーが吸収されたかについて、検討がなされた形跡はない。
(ウ) 上記鑑定書が、上記実験における実験車両の車体損傷写真及び解析図と比較対照し、原告バイクの車体前部の損傷量は上記実験の時速七〇キロメートルにおける損傷量より明らかに小さく、時速五〇キロメートルにおける損傷量よりも小さくみえるとする点は、上記(ア)、(イ)の各点の検討をしていない点において、十分な合理性を具備するとはいえない。
(エ) さらに、上記鑑定書は、原告バイクの制動前の走行速度を時速一一五・三キロメートル(秒速三二・〇三メートル)以上とみて計算すると、原告バイクと被告生コン車の衝突速度は時速九七キロメートル(秒速二六・九四メートル)以上と算出されるとしている。
確かに、上記イ(ウ)記載の算式によれば、上記鑑定書記載のとおりの計算結果となる。しかしながら、そもそも上記の算式はスリップ痕の長さを制動距離と同視することを前提に導かれたものであり、制動開始の時点からタイヤロック状態が生じた時点(すなわち、スリップ痕が印象されるようになった時点)までの間における速度減少を全く考慮しないものである。しかるに、経験則によれば、車両に急制動を掛けた場合であっても、直ちにタイヤロック状態が生じるとは限らず、その場合には制動開始の時点からタイヤロック状態が生じる時点までの間に車両の走行速度が相当程度減少するものである(現に、スリップ痕の長さをもとにして車両速度の減少を求めると低すぎる値が出てしまうとして、実際のタイヤの摩擦係数が〇・七六であっても、見かけ上の摩擦係数は一・二三となるという旨の実験結果が発表されている。新日本法規出版会社発行『二〇〇三年交通事故損害賠償必携資料編』一六七ページ参照)。
そうすると、仮に原告バイクの制動前の走行速度が時速一一五・三キロメートル以上であったとしても、制動開始の時点からタイヤロック状態が生じた時点までの間に、その走行速度が相当程度減少した可能性があるのであるから、原告バイクと被告生コン車の衝突速度が必然的に時速九七キロメートル以上となるわけではない(ちなみに、上記算式にV=三二・〇三(時速一一五・三キロメートル)、x=二二、μ=一・二を代入して計算すると、原告バイクと被告生コン車の衝突速度は時速八一・二キロメートル(秒速二二・五五メートル)と算出され、上記鑑定書における計算結果(時速九七キロメートル)と大きく異なることになる。また、V=二七・七七(時速一〇〇キロメートル)として同様に計算すると、上記衝突速度は時速五七・三キロメートル(秒速一五・九三メートル)と算出され、この計算結果は上記鑑定書が推定する衝突速度とほぼ一致する。)。
以上のとおり、スリップ痕の長さから車両の走行速度を算出すること自体にも大きな問題点があることにかんがみると、原告バイクの損傷状況から直ちにCの説明の信用性を排斥した上記鑑定書の推論を採用することはできない。
エ 一方、上記アによれば、Cは、原告バイクの走行速度が時速一〇〇キロメートル以上であったと感じた理由として、原告バイクは、ピューンと音を立てる感じで私たちの車を追い抜いた、抜いた瞬間に『速い』と感じた、原告バイクと時速五〇ないし六〇キロメートルで走行していた私たちの車の速度差が相当あるように見えたなどの事情を挙げており、その供述内容は、相当の具体性や合理性を備えているとみることができ、加えて、上記鑑定書が原告バイクの制動前の推定速度の上限を時速八六・六キロメートルとしていることも併せ考慮すると、原告バイクは、本件事故発生の際、少なくとも時速九〇キロメートル以上の速度で走行していたものと推認するのが相当である。
(3) そこで、上記の検討を踏まえ、検討する。
ア まず、被告各建設会社の責任の有無について検討する。
(ア) 前記(1)ア(イ)から(エ)によると、本件道路と本件工事現場との境に道路面からの高さが約二・五メートルの目隠し板が設置されていたため、本件道路を走行する車両の運転者にとって、本件出口から本件道路へ進入しようとする工事用車両の動静を視認することが非常に困難となっていたばかりでなく、本件出口から本件道路へと進入しようとする工事用車両にとっても、左方の安全確認が困難であったというのであるから、同被告らが、本件出口から本件道路へ進入する工事用車両が左方の十分な安全確認を行うことができるようにするために、本件出口付近に交通誘導に当たるべき者を配置し、左方の安全確認の補助を行わせる等の配慮を行うべき注意義務を負っていたことは明らかであり、現に、同被告らも、通常は、シルバー人材センターから派遣された交通誘導員をして生コン車等の誘導に当たらせていたというのである。
しかるに、本件事故の発生日には、シルバー人材センターからの交通誘導員の派遣がなかったばかりでなく、生コン車等を誘導すべき被告各建設会社の職員も本件出口に配置されていなかったというのであるから、本件事故発生の際に同被告らが上記の注意義務を怠ったとの点は、優に認められるというべきである。
(イ) しかるに、同被告らは、本件事故発生の際に同被告らが本件出口に誘導員を不在にしていたことと本件事故の発生との間には因果関係がないと主張するのであるが、前記(1)ア(ウ)記載のとおり、別紙図面
地点からは目隠し板で西方の見通しが遮られることはなかったというのであるから、もし、本件事故発生の際に、本件出口に交通誘導に当たるべき者が配置されていたならば、その者が上記地点に立って西方の安全を確認することは極めて容易であったはずであり、ひいては、本件道路第二車線を走行して本件事故現場に差し掛かりつつあった原告バイクを発見し、被告Y1に対して原告バイクの通過を待機するよう指示すれば、極めて容易に本件事故の発生を回避することができたはずであって、本件事故発生の際に本件出口に誘導員が不在であったことと本件事故の発生との間に因果関係があるとの点については、疑いを容れる余地はない。
したがって、同被告らの上記主張は採用しない。
(ウ) 以上のとおりであるから、同被告らは、民法七〇九条に基づき、A及び原告らが本件事故により被った損害を賠償すべき責任を免れないというべきである。
イ 次に、過失相殺について検討すると、前記認定によれば、本件事故は、路外の本件工事現場から右折して本件道路に進入しようとした被告生コン車と左方から直進走行してきた原告バイクが衝突したという事故であること、原告バイクに時速三〇キロメートル以上の速度違反があったこと、他方、本件道路が国道一号線京滋バイパスの側道であり、交通量が非常に多い幹線道路であることなどの事情が認められ(なお、被告各建設会社は、Aに前方不注視の過失があったと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。)、これらの事情を総合すると、本件事故の発生に関するAの過失割合は一五パーセントとみるのが相当であるから、同人及び原告らが本件事故により被った損害については、上記割合による過失相殺を行うこととする。
ウ 最後に、本件事故に関する被告都生コンらと被告各建設会社の負担割合について付言する。
(ア) 前記認定によれば、本件事故発生の直接的な原因は、被告Y1が、本件出口において、左方の安全確認、殊に、本件道路第二車線の状況を十分に確認することができなかったにもかかわらず、走行車両が途切れている間に素早く本件道路へ進入しようと考えて、それ以上の安全確認を行うことなく、被告生コン車を右折進行させて本件道路へ進入したことにあると認められるから、本件事故に関して、被告都生コンらが第一次的な責任を負うべきことは否定し難い。
(イ) しかしながら、他方、被告各建設会社は、本件出口に交通誘導に当たる者を配置するという、建設業者として最も基本的かつ重要な注意義務を怠ったものであり、しかも、前記ア(イ)記載のとおり、本件出口に交通誘導員が配置されていたならば、本件事故の発生を回避することは極めて容易であったとみられるのであるから、同被告らの過失は決して小さいものではない。なお、この点に関連し、被告大末建設の従業員である証人Bは、生コン車の運転手が、本件出口は見通しがいいので、誘導しなくてもいいという話をしていたということを伝え聞いた旨証言しているが、前記認定のとおり、本件出口から本件道路へと進入しようとする工事用車両にとっては左方の安全確認が困難であったと認められるから、上記証言はにわかに信用し難い上、そもそも、仮にそれが真実であるとしても、そのことが本件出口に交通誘導員を配置すべき被告各建設会社の注意義務を減免すべき事情となるものでないことはいうまでもなく、同被告らについては、施工の安全確保に対する意識の著しい鈍磨を指摘せざるを得ない。
(ウ) 以上のように検討すると、本件事故に関する被告都生コンらと被告各建設会社の負担割合については、被告都生コンらが六〇パーセント、被告各建設会社が四〇パーセントとみるのが相当と考えられる。
二 争点二(A及び原告らが本件事故により被った損害額)について
(1) Aが被った損害について
ア 死亡慰謝料について
証拠(甲一、一六、一七)により認められるAの本件事故当時の年齢、家族関係、生活状況等のほか、同人の家族である原告X1、同X2及び同X3が被った精神的苦痛や、原告X4について認容すべき固有の慰謝料の金額など、諸般の事情を考慮し、二五〇〇万円をもって相当な死亡慰謝料と認める。
イ 死亡逸失利益について
証拠(甲一三)によると、Aは、本件事故当時、東建コーポレーション株式会社に勤務し、年額四八六万五三五〇円の収入を得ていたことが認められるから、上記金額を基礎収入として採用し、また、Aの家族関係にかんがみ、生活費控除率として三〇パーセントを採用する。
そして、Aは本件事故当時二七歳であった(甲一、四)から、同人の就労可能年数を四〇年とみて、ライプニッツ方式により年五分の割合で中間利息を控除して計算すると(係数一七・一五九〇)、Aが本件事故により被った死亡逸失利益の金額は、次の算式により、五八四三万九一七八円と算定される。
486万5350円×(1-0.3)×17.1590=上記金額
ウ 死体検案書費用について
証拠(甲一九の一の三)により、死体検案書費用として二万八〇〇〇円の損害が発生したことを認める。
エ 葬儀関係費用について
証拠(甲一九の一の一、二、四、甲一九の二の一ないし五、甲一九の三の一ないし三、甲一九の四ないし七、甲一九の八の一ないし三、甲一九の九の一ないし三、甲一九の一〇の一ないし三、甲一九の一一、一二、一三の一、二、甲一九の一四ないし二〇、甲一九の二一の一、二、甲一九の二二ないし二五)により認められる葬儀関係費用の実額のほか、諸般の事情を考慮し、経験則に基づき、一五〇万円の限度で本件事故との相当因果関係を認める。
オ 原告バイクの損害について
証拠(甲一四)によると、Aは、平成一〇年一一月一四日、原告バイクを四九万八〇〇〇円(用品代、諸費用、消費税等を除く。)で購入したことが認められる。
ところで、原告バイクが本件事故により全損となったとの点については、当事者間に争いがないものとみられるところ、上記証拠によれば、原告バイクの車検証有効期限が上記購入日から一年も経ない平成一一年七月一七日であったことが認められ、また、原告バイクは排気量一〇〇〇ccの大型バイクであり(甲五)、これを新車で購入するときには、その価格が相当の高額に達するものとみられることをも考慮すると、原告バイクは、Aが購入した時点で、既に中古バイクであったものと推認される。
そして、経験則によれば、一般に、中古バイクは新車バイクに比して経年あるいは使用による時価の下落が小さいものであるところ、上記購入日から本件事故の発生日までの期間が一か月余りにすぎなかったことに照らすと、その間に原告バイクの時価が大きく下落したものとは、にわかに考え難い。
そうすると、本件事故当時における原告バイクの時価は上記の購入金額と同視することができるというべきであり、四九万八〇〇〇円をもって本件事故による原告バイクの損害額と認めるのが相当である。
カ 以上の損害額を合計すると、その金額は人損部分が八四九六万七一七八円、物損部分が四九万八〇〇〇円となる。
(2) 原告ら固有の慰謝料について
ア 前記争いのない事実二によると、原告X1はAの妻、原告X2及び原告X3はいずれもAの子であるというのであるから、同原告らはAが取得した死亡慰謝料に係る損害賠償請求権を共同して相続したことになる。そして、当裁判所は、前記のとおり、同原告らが被った精神的苦痛をも考慮して、Aの死亡慰謝料の金額を算定したものであるから、Aの死亡慰謝料と別個に同原告らの固有の慰謝料を認めるとすれば、事実上、損害の二重評価を来す結果となる。
したがって、同原告らの固有の慰謝料の請求は、これを認めないこととする。
イ 一方、証拠(甲一ないし三)によると、原告X4はAの実母であり、Aの死亡により、多大の精神的苦痛を被ったものと推認される。そこで、同原告の固有の慰謝料については、二〇〇万円をもって相当な金額と認めることとする。
三 まとめ
(1) 上記二(1)カ記載のAが被った損害の合計額及び同(2)イ記載の原告X4の固有の慰謝料について、前記一(3)イ記載のとおり、一五パーセントの割合で過失相殺を行うと、その残額は、Aが被った損害のうちの人損部分が七二二二万二一〇一円、物損部分が四二万三三〇〇円、原告X4の固有の慰謝料が一七〇万円となる。
(2) 前記争いのない事実四記載のとおり、原告らは、本件事故により被った損害の賠償として、既に三〇〇〇万二六五〇円の支払いを受けたから、この金額を上記(1)記載のAが被った損害のうちの人損部分の過失相殺後の残額から差し引くと、その金額は四二二一万九四五一円となる。
(3) Aが被った損害に係る賠償請求権については、原告X1が二分の一、原告X2及び同X3が各四分の一の割合で相続したものであるから、それぞれの取得金額は、次のとおりとなる。
ア 原告X1
(ア) 人損部分 二一一〇万九七二五円(=四二二一万九四五一円×1/2)
(イ) 物損部分 二一万一六五〇円(=四二万三三〇〇円×1/2)
(ウ) 合計 二一三二万一三七五円
イ 原告X2及び同X3
(ア) 人損部分 各一〇五五万四八六二円(=四二二一万九四五一円×1/4)
(イ) 物損部分 各一〇万五八二五円(=四二万三三〇〇円×1/4)
(ウ) 合計 各一〇六六万〇六八七円
(4) 弁護士費用については、原告らそれぞれにつき、次の金額を相当額と認める。
ア 原告X1 二〇〇万円
イ 原告X2及び同X3 各一〇〇万円
ウ 原告X4 一七万円
(5) したがって、原告X1、同X2及び同X3の被告Y1及び被告各建設会社に対する請求並びに原告X4の被告らに対する請求について認容すべき金額は、それぞれ次のとおりとなる。
ア 原告X1 二三三二万一三七五円(=二一三二万一三七五円+二〇〇万円)
イ 原告X2及び同X3 各一一六六万〇六八七円(=一〇六六万〇六八七円+一〇〇万円)
ウ 原告X4 一八七万円(=一七〇万円+一七万円)
(6) また、原告X1、同X2及び同X3の被告都生コンに対する請求は自賠法三条を責任原因とするものであり、物損部分の請求は認められないから、認容すべき金額は、それぞれ次のとおりとなる。
ア 原告X1 二三一〇万九七二五円(=二一一〇万九七二五円+二〇〇万円)
イ 原告X2及び同X3 各一一五五万四八六二円(=一〇五五万四八六二円+一〇〇万円)
(7) したがって、原告らの被告らに対する各請求は、上記の各金額及びこれに対する本件事故の発生日である平成一〇年一二月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(佐藤英彦)
別紙図面
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