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京都地方裁判所 平成14年(ワ)1号 判決 2004年10月01日

京都府<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

木内哲郎

加藤進一郎

東京都中央区<以下省略>

被告

岡三証券株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

塚本宏明

塚本美彌子

同訴訟復代理人弁護士

松藤隆則

牟礼大介

酒匂景範

主文

1  被告は,原告に対し,805万6006円及びこれに対する平成14年1月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し,その3を原告の,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,1994万0017円及びこれに対する平成14年1月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,被告に対し,被告の従業員が適合性に反する過当な株式現物取引及び株式信用取引を勧誘して受託するなど一連の違法行為を行い,その結果,原告に損害が発生したとして,不法行為ないし使用者責任に基づき,1994万0017円及びこれに対する不法行為の日の後(訴状送達の日の翌日)である平成14年1月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事件である。

1  前提事実(末尾等に証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は,昭和25年○月○日生まれの男性で,平成9年当時,和服縫製業を自営し,住居地において,妻B(以下「B」という。)と同居していた。

原告は,平成6年○月○日,視力障害及び視野障害により京都府から身体障害者手帳の交付を受け,平成8年○月○日に等級変更(2級該当)により同手帳の再交付を受けている(甲1)。

イ 被告は,有価証券の売買及びその媒介等のいわゆる証券業を目的とする株式会社である。

C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)は,本件当時,被告の宮津支店に勤務する営業担当従業員であり,E(以下「E」という。)は上記支店の支店長である。

(2)  取引の経過

ア 原告は,平成9年1月末ころ,被告の宮津支店に初めて電話を架け,同月30日にB名義の取引口座が被告に開設された。

イ 上記B名義の取引口座においては,翌31日,三洋電機株式1000株が単価510円,手数料込みの買付代金51万6040円で購入され,その後も,平成11年4月28日までの間,別紙「B現物取引対応表(再修正)」記載のとおり,株式の現物取引がされ(以下「B名義の取引」という。),別紙「B入出金一覧表」記載のとおり,入出金がされた。

ウ 原告は,平成11年4月8日,原告名義の証券総合口座を開設し,同口座において,別紙「X現物取引対応表(再修正)」記載のとおり,株式の現物取引を行った。

エ 原告は,同年7月28日に被告に原告名義の信用取引口座を開設し,同口座において,株式の信用取引を行った。その取引状況は被告の「信用・発行日取引顧客原簿」(甲6)によれば別紙「X信用取引対応表(再修正)」記載のとおりである。

原告は,上記原告名義の口座に別紙「X入出金一覧表」記載のとおり,入出金を行った。

原告と被告との取引は,平成13年8月21日にすべて終了した。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  B名義の取引の主体

(原告の主張)

B名義の口座で行われた株式の現物取引は,原告が被告に委託したもので,その取引の主体は原告である。

(被告の主張)

B名義の取引の主体はBであり,原告はBの代理人として被告に売買の委託注文を出していたものである。

(2)  B名義の取引及び原告名義の取引(以下,これらを併せて「本件取引」という。)の違法性の有無

(原告の主張)

本件取引の経緯は次のアのとおりであって,被告及び担当者の一連の行為は,証券会社及びその従業員の顧客に対し誠実公正にその業務を遂行するという義務に違反している上,次のイないしオのとおり各種の法令違反等があるから,本件取引は一体として違法である。

ア 本件取引の経緯

(ア) 原告は,平成11年1月ころ,被告宮津支店に電話をし,銀行よりも利回りがよい商品がないか尋ね,Cから総合口座に入金すれば銀行より高い利回りで運用できるので書類を送付するとの説明を受けた。その際,原告は,Cに,視覚障害のため書類を読めないと伝えたが,Cは,B名義で口座を開設して株式を購入するよう勧め,Bは株のことは分からないと述べた原告に対し,売買は誰がやってもかまわない,当方でサポートするので心配なくと述べ,三洋電機株式の購入を勧めた。

原告は,上記Cの勧めに従って,B名義口座を開設して取引を開始し,その後も,平成11年4月までの間,株式の現物取引を継続した。この間,Bが被告の担当者と話をすることは一度もなく,常に,原告が被告の担当者と電話で話をし,担当者がCからDに替わった後も,原告はそのアドバイスのとおりに取引を継続していた。

(イ) Dは,平成11年4月ころ,原告に「奥さん名義のままではこんなに回数があってはまずいので,ご主人名義に変えてほしい。」と依頼し,また,現物取引よりも効率がよいとして信用取引を始めるよう勧誘し,信用取引を始めるためにも原告名義に変更する必要があり,「変更しないと会社が怒られるんです。」などと述べたため,原告は自己名義の取引口座を被告に開設した。Dは,その際,原告にB名義の取引をすべて終了させるよう求め,原告は,その時点で終了させると多額の損失が発生することからいったん断ったが,Dから「今処分しておかないと,他人名義での取引ということになって,会社だけでなくXさんも処罰を受けますよ」と言われたため,やむなく同月28日までにB名義の取引をすべて終了させた。

(ウ) 平成11年8月から原告名義の信用取引が開始されたが,その際,Dは,原告に,信用取引とは証券会社から融資を受けて株を買うものという程度の話をしてその危険性について説明せず,むしろ安全であるというような話に終始した。

原告は,信用取引の開始後,Dから頻繁に電話で連絡を受けるようになったが,その会話は5,6分程度で終わり,銘柄の内容や自己の建株の損益状況について理解できないことがほとんどであった。原告は,この点を不安を感じて自らDに損益状況について説明を求めたこともあったが,Dは「すぐには分からない。1週間前はこうです。」などと答え,原告がこれに不満をもらすと,「証券会社にはそれを答える義務はありません。それくらいの計算できるでしょ。」などと突き放すような対応をとった。また,Dは追証がかかる寸前になって電話で請求し,「株を買いすぎてお金が足りなくなったので,追加して振り込んでほしい。」とか「振り込んでもらったらすぐ返します。」などと述べて理由を十分説明せずに入金を求め,特に平成12年3月に損益累計がマイナスに転じてからは,再三にわたり,「銀行で借入れができないですか。資金さえあれば損を取り戻すことができます。」など借金をしてでも資金を準備するよう要求したため,原告はDの言葉を信じていわれるがままに年金を担保に金融機関や親族から借入れをして,同年10月30日に500万円,同年11月1日及び2日に合計180万円,同月27日に100万円を入金し,その後,Dが「私に任せてもらえなければ,どうなっても知りませんよ。」,「こちらの言うとおりにしてもらえないなら,後はどうなるか分かりませんよ。」などと述べたため,Dに取引を任せきりにするようになった。

(エ) 原告は,平成13年3月始めころEから池貝が倒産したという話を聞かされたが,池貝について全く知らず,取引を委託したことがなかったため,同日午後8時ころ架かってきたDからの電話に対し,「池貝なんか買ったこともないのに,どうしてくれるのか」と問いただしたが,Dは追証が発生するので,お金を入れてくださいなどと言うのみであった。原告は,翌日,Eに電話をかけたが,本社と話してほしいと言われたため,すぐに通知書を被告本社に送付して無断取引について異議を述べた。

イ 仮名取引受託禁止違反

公正慣習規則9号9条は証券会社に仮名取引の受託を禁じているが,これは,取引報告書や残高照合書等の重要書類が委託者本人に届かなかったり,取引の効果帰属主体が不明確になったり,真の委託者に適合しない取引を営業担当者が無理に勧誘するなど,種々のトラブルの温床となる危険性が高いことによる。

B名義の取引は,原告が委託した取引であるところ,Cは,後記エのとおり,原告が視覚障害を有していたことから,原告にB名義を使って取引するよう勧誘したものであり,このような行為は上記禁止規定に違反する。

ウ 本件取引の過当性等

(ア) 極めて頻繁な取引

① 原告名義の現物取引の回数は258回,信用取引の回数は846回であり(なお,信用取引の回数は,甲6「信用・発行日取引顧客原簿」による。),B名義の現物取引の回数は291回であり,原告名義では1営業日当たり1.84回のペースで,B名義では4営業日に1回のペースで取引がされ,両者を併せると約4年7か月の間で1営業日当たり1.17回という頻繁なペースで取引がされている。

② 資金回転率〔買付総額を平均投資額(対象期間における各月末の投資残高の平均)で除し,年ベースに換算〔取引期間月数で除し,12を乗じる)したもの〕でみると,B名義の現物取引は,平成9年が4.69回,平成10年が11.18回,平成11年が70.59回であり,原告名義の現物取引は,平成11年5月から平成12年4月までが44.54回,平成12年5月から同年12月までが19.41回であり,原告名義の信用取引が,平成11年8月から平成12年7月までが37.53回,平成12年8月から平成13年2月までが66.28回である。年次回転率が6回の場合,2か月ごとに全投資額が回転したことになり,取引の過度性は著しいことになるが,その基準と比較しても極端に高い数字といえる。

③ また,保有日数の観点から見ると,B名義の取引では保有日数が0日ないし1日の取引が25回(18.66%),3日以内が46回(34.33%),10日以内が97回(72.39%)であり,原告名義の現物取引では,保有日数が0日ないし1日の取引が38回(31.15%)3日以内が68回(55.74%),10日以内が99回(81.15%)であり,原告名義の信用取引では平均保有日数はわずかに9.3日であり,保有日数が0日の取引が8回(1.89%),3日以内が171回(40.43%),10日以内が326回(77.07%)である。

④ このような取引の結果,原告の手数料損(被告の手数料収入)は合計2056万6332円に及び,原告の本件取引の総損害額1814万0017円を上回るという異常な結果が生じている。

(イ) 取引対象銘柄の特殊性

本件取引では東証一部以外の銘柄の取引割合が非常に大きく,原告は,価格が激変する可能性が高いハイリスクな銘柄に投資させられている。その上,発行株式数や流通株式数が少ないことから値動きが激しく,経営基盤が弱く景気変動などの影響で業績悪化にとどまらず倒産にまで至る例も多数ある店頭株の取引が,被告担当者の勧誘によって,かなりの割合で行われている。さらに,本件取引の対象銘柄のうち,その約20%が株価が乱高下する危険性のある仕手株・材料株であり,このような異常な銘柄の選択によって必然的に極めて短期間での株式処分が繰り返されることになった。

(ウ) 被告による口座の支配

本件取引について手数料を除いた原告の取引損益だけをみれば,原告には約240万円の利益が生じているが,上記のような極めて頻繁な取引を繰り返した結果,上記利益の約8.5倍,2000万円を超える手数料損が発生し,総額としては1800万円以上の損失が生じている。

原告にはこのような取引を行うメリットは全くない。にもかかわらず,このような異常な取引が展開されたのは,被告担当者が原告の口座を支配し,その意向を無視して自己の手数料稼ぎに走り,原告は被告の言いなりになって取引を繰り返したからにほかならない。

エ 適合性原則違反

(ア) 原告は,本件取引開始当時,視覚障害によって書類や新聞等の文字を読むことができなかったが,Cはかかる事情を知りながら,原告にB名義で口座開設の申込みをするよう求めた。

また,原告の最終学歴は町立中学校卒業であり,本件取引まで株式取引の経験はなく,経済的知識や証券取引に関する知識もなかった。

(イ) 本件においては,上記ウのとおり,店頭株や仕手株・材料株を含む様々な銘柄を対象として,現物取引及び信用取引が頻繁に行われ,中には店頭株の信用取引といった極めてリスクの高い取引も含まれていた。

原告のような視覚障害者が上記のような銘柄について情報を入手する手段としては旧短波ラジオ放送くらいしかないが,原告は短波放送用ラジオを所有しておらず,全く情報を入手できない状態にあった。

したがって,本件取引のような複雑かつ危険な取引を,文字の読めない原告が,十分な情報を得た上で自己決定権に基づいて行えるはずはなかった。

(ウ) また,原告は,元本が保証され,かつ,銀行預金よりも利回りがよいという程度の商品を長期間保有するという運用を希望していた。

原告の平成11年度及び12年度の事業所得は数十万円程度で,リスクのある取引で資金運用ができるような資産家ではなく,本件取引の投資資金も余裕資金ではなく事業資金や生活原資であり,信用取引を開始したころには年金を担保に借金をしてまで投資していた。

よって,原告は,その投資意向や資力の点から見ても,極めて過当かつハイリスクな本件取引に適合性を有しないことが明らかである。

オ 説明義務違反

(ア) 証券取引はその経験の乏しい者にとっては非常に危険であるから,証券会社ないしその従業員は,取引の内容,仕組み,危険性等について,一般的概括的に説明することはもとより,個別的取引についても詳細かつ十分に投資者に説明し,投資者の納得を得た上で各取引を受託すべき義務を負う。このような説明義務は特にリスクの高い信用取引においては強く要求される。また,現物取引であっても,店頭取引銘柄については,発行企業に起因する危険性及び店頭における相対売買という市場性の希薄さに起因する価格形成過程の不安定性,危険性によって株価が乱高下する可能性が高いことから,その勧誘に際しては,顧客の適合性を慎重に審査した上で,危険性等について十分に説明し,顧客が理解したことを確認する義務を負う(公正慣習規則9号6条の4)。

(イ) 本件では,信用取引のリスクと店頭株のリスクという二重のリスクがある店頭株の信用取引がされているが,Dは,上記ア(ウ)のとおり,信用取引の危険性等について何ら説明せずに,安易に取引を勧誘している。

(ウ) また,原告は視覚障害者であったから,取引の説明や報告には被告担当者からの口頭による丹念な説明が必要不可欠であった。しかし,Dは,原告に損益状況すら明らかにせず,さらには,上記ア(エ)のとおり原告が委託したことがない銘柄(池貝)まで無断で取引するなどしていたから,その説明義務違反は明白である。

(被告の主張)

本件取引の実態は,原告が視覚障害を理由に取引を中止されることを恐れ,殊更視覚障害の事実を被告の担当者に隠して,株価の変動を利用して短期間にもうけたいという強い意欲のもと,自ら積極的に情報を収集して行ったというものであり,被告及びその担当者の行為に違法性はない。

ア 本件取引の経緯

(ア) 原告は,平成9年1月末ころ,被告宮津支店に電話を架け,Cに株式の取引をしたいと申し入れたので,Cは,取引口座の開設に必要な書類を送付したところ,Bから口座開設の申込みがされた。ところが,Cは,原告から同月31日に電話で三洋電機株1000株の注文を受けたため,事情を確認したところ,原告は,妻から注文の代理を頼まれたと説明した。

原告は,その後も,Bの代理人として,被告担当者に電話をし,銘柄,数量及び単価を指定して売買の注文を出していた。

原告が上記B名義の取引口座の開設に際してCに視覚障害がある旨述べたことはなく,その後も,CやDらに対し視覚障害について述べたことはなく,被告担当者はその事実を本訴提起まで全く知らなかった。

(イ) C及びDは,原告に取引者を明確にするため,原告自身の名義の取引口座を開設するよう求め,原告は,平成11年4月26日になってようやく自己名義の口座を開設した。なお,その際,DがB名義で購入した株式の売却を強制したことはない。

原告は,自己名義の口座の開設後も,従前と同様に,被告宮津支店に毎日頻繁に電話を架け,自ら情報を収集して銘柄を選定し,売買の注文や指し値の指示を繰り返した。このことは,当時,原告が買い付けた銘柄と同一の銘柄を買い付けた顧客が宮津支店中一人もいなかったことから裏付けられる。

(ウ) また,信用取引も原告の強い希望により開始されたものであり,Dの方からこれを勧誘したことはなく,Dは平成11年7月28日に信用取引の仕組みや危険性について説明書等を使って説明し,また,その後,Eも改めて原告と面談して説明をし,その際,原告から信用取引の内容が分からないというような発言はなかった。

原告は,信用取引の開始後,一層,被告宮津支店に頻繁に電話を架けて注文を出すなどし,その電話は多いときには1日に10回を超えることもあった。

なお,原告は,本件当時,和服縫製業を自営していたから,文字を読み書きできなかったというのは極めて疑わしく,平成12年1月ころ,被告からエクシーレという情報端末を借りて本件取引の終了直前まで継続的に使用し,自ら継続的に株価やチャート情報を入手していたものである。

(エ) Dが原告に無断で池貝の取引をしたという事実はない。

イ 仮名取引受託禁止違反

B名義の取引は,Bの取引であるから,仮名取引の受託には当たらない。

ウ 本件取引の過当性

本件取引は,原告が自ら銘柄を選択して頻繁に注文を依頼していたもので,原告は短期決済で積極的に売上げ益を追及する手法をとっていた。その結果として,必然的に取引回数が多数となり(なお,信用取引の回数については注文伝票(乙6の1ないし98)に基づいて数えるべきである。),資金回転率も高くなり,保有日数が短い取引が増加して,被告が取得する手数料も増加したにすぎない。

また,原告の注文は成り行きではなく指し値によるものがほとんどで,指し値の決定も常に原告自身が行っていたほか,口座へ42回にわたり合計約3000万円も入金しているから,原告が強い投資意欲をもって主体的に取引を行い,その口座も自ら管理して残高についても正確に把握していたのは明らかである。

したがって,被告が口座を支配し,手数料稼ぎを目的として頻繁な取引を勧誘したものでない。

エ 適合性原則違反について

原告は当初から強い投資意欲を有していた上,現物取引のみならず,信用取引についてもその仕組みも十分に理解し,自己の維持率を把握し,維持率が20%を下回ると追証が必要となることを理解して取引を行っていた。原告は平成8年○月に等級変更により2級の視覚障害者と認定されているが,一般に2級の視覚障害者が必ずしも書類,新聞等の文字を読めないわけではなく,損益状況も把握していた。

また,原告は本件取引を通じて殊更に視覚障害の事実を隠していたものである。

そして,原告及びBも口座開設の申込書に投資資金の性格を余裕資金とし,総資産額を1000万円と記載し,余裕資金で取引を行っていたことがうかがわれる。被告担当者は原告から借金をしていると告げられたことはなく,少なくとも口座開設時に原告が多額の余裕資金を有していたことは明らかである。

オ 説明義務違反について

被告担当者は,本件取引に先立ち,原告に現物取引に関する説明を行っており,信用取引を開始するに際しても,説明書等を使って説明しているから,説明義務違反はない。

(3)  原告の損害

(原告の主張)

ア 原告は,上記一連の被告の担当者ないし被告の不法行為により,本件取引において,別紙「X入出金一覧表」記載のとおり,1814万0017円の損害を被った。

イ 原告は,本訴提起を弁護士に依頼せざるを得ず,相当額の報酬の支払を約したが,上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当金額は上記アの約1割に当たる180万円である。

(被告の主張)

争う。なお,F名義の取引は原告の取引ではないからその損益は原告に帰属しない。

第3当裁判所の判断

1  本件取引の経緯等

前提事実,証拠(後掲の各書証のほか,甲15,甲19,乙11ないし乙13,乙16ないし乙18,証人B,証人C,証人D,証人E,原告本人(ただし,それぞれ後記の採用しない部分を除く。))及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告の資力,視覚障害の状況等

ア 原告は,昭和25年○月○日生まれの男性で,町立中学校卒業後,織物関係の仕事に従事し,昭和60年ころから「a屋」の屋号で和服縫製業を自営していた。原告は,平成6年ころまでは自ら縫製作業を行っていたが,その後は,Bが縫製を担当し,原告は取引先からの受注等を担当していた。a屋の平成9年当時の売上げは月額平均40万円から50万円くらいあったが,その営業所得は,平成11年度では90万3967円,平成12年度では54万0768円にすぎず(甲23の1),平成14年6月ころ業績不振により廃業に至った。

原告は平成9年ころから平成13年ころまでの間は,住居地の自宅でB及び長男と同居していたが,この自宅は町営の賃貸住宅であり,上記縫製業の作業場も原告の父が賃借していたもので,原告は,不動産を所有しておらず,平成9年当時は預貯金約200万円以外に特に資産を有していなかった。

イ 原告は先天性の網膜色素変性症に罹患しており,昭和48年6月に発病の診断を受けた(甲20)。網膜色素変性症の主な症状は夜盲,視野狭窄,視力障害であり,長期にわたり徐々に進行し,治療や視力の矯正はできず,最終的には視野が著しく狭窄して失明に至るというもので,原告も昭和47年ころには自動車を運転できたが,昭和56年以降,夜間の視力が低下して運転等に支障を来すようになり,平成5年ころからは全く運転していなかった。

原告は,平成6年○月○日,京都府から身体障害者手帳の交付を受け(4級該当),平成7年11月13日に先天性の両眼網膜色素変性症により両眼視野狭窄と診断され(甲11),平成8年3月18日にも同じ診断を受け,当時の視力は右眼0.05,左眼0.04で,視野は1度ないし3度,合計しても右眼が12度,左眼が13度で,両眼とも視能率2%,損失率98%であり(甲12),同年○月○日には等級変更(2級該当)により障害者手帳の再交付を受けた(甲1)。

さらに,原告は,同年9月2日にも同様の診断を受けたが(甲13),当時の視力は右眼0.03,左眼0.04であり,両眼とも矯正不能,視野は3度以内で,文字を読むことができず,日常生活上も支障が生じていた(甲16)。原告の上記症状はその後も進行し,視野は平成10年以後計測不能となり,視力も平成15年3月27日には右眼は数値化できず,左眼は光覚のみとなった(甲17)。

ウ 原告は,本件以外に証券取引の経験はなく,日経新聞は購読しておらず,短波放送用のラジオも持っていなかったが,ニュース等はテレビで聞くなどしていた。また,Bも証券取引の経験は全くなかった。

(2)  B名義口座の開設及び同口座における取引

ア 原告は,電気業を営む知人から証券会社で運用した方が銀行よりも利回りがよいと聞き,平成9年1月末ころ,被告宮津支店に電話を架けて,三洋電機の株式を買いたいと述べた。この電話の応対に出たCは,原告にまず,取引口座の開設が必要であると説明し,申込書用紙等を原告の自宅住所地に郵送したところ,B名義の署名,押印があり,申込日欄に同月29日と記載され,投資の経験欄には「なし」に,資金の性質欄は「余裕資金」に,総資産は「1000万円以上」うち金融資産は「500万円未満」にそれぞれチェックが付されている総合取引申込書兼保護預かり口座設定申込書(乙8)が翌30日に被告に到達した。Cは,同申込書の申込日を上記到達日である同月30日に訂正するとともに,同申込書には月次報告書方式と取引明細書方式の両方を選択する旨のチェックが入っていたことから,原告に電話を架けて,いずれか一方しか選べない旨説明し,月次報告書方式を選択することを確認した。(なお,原告の本人尋問の結果中には,上記申込書(乙8)は見たことがなく,原告が作成したものではないとの部分があり,Bの陳述書(甲19)及び証言中にも,上記申込書(乙8)のB名義の署名は自分の筆跡ではなく,このような書類は見たことがないとの部分があるが,上記申込書に押印されている印影は原告が作成したことについて当事者間に争いがない乙1号証,乙2号証に押捺されている印影と同じ印章によるものと認められるから,原告ないしその意を受けた家族が記載したものと認められ,上記原告の本人尋問の結果部分等は直ちに採用できない。)

しかし,Cは,上記申込書(乙8)上,取引の名義人がBになっていることは特に問題とせず,Bと電話で取引の話をしたり,面談するなどして取引意思を確認したり,また,Bから原告を代理人に指定する旨の通告を受けることもなかった。また,Cは,原告にも,上記申込書の記載内容について面談をするなどして確認せず,その後,投資信託の勧誘に原告の作業場に2回ほど立ち寄ったことがあったが,いずれもリーフレットを手渡して数分で辞去し,取引等について具体的な話はしなかった。

イ Cは,原告に電話で,三洋電機株を購入するためには前金として55万円を入金する必要がある旨伝え,原告から電話で入金の連絡を受けてこれを確認し,三洋電機株を1000株買い付け,買付代金との差額3万3960円を返金した。

原告は,その後2か月ほどして,Cに電話を架け,複数の銘柄について,株価,会社の業績,配当の有無,今年の高値や安値,取引状況等を尋ねた。Cは,同年4月17日に,原告から電話で大同ほくさん株の買い注文を受け,1000株を単価417円で買い付け,翌18日にも,原告から電話で同株の買い注文を受け,1000株を単価430円で買い付けた。原告は,同月22日,Cに電話で大同ほくさんの株価を聞き,値上がりを確認して,単価457円で2000株の売り注文を出し,4万3819円の利益を得た。さらに,原告は,同日,Cに電話をして,昭和産業の株価等を尋ね,1000株の買い注文を出し,翌23日には関東電化とアネストイワタの株価等を尋ね,買い注文を出し,大同ほくさんの売却代金を買付代金に充てるよう指示し,Cから不足金額を聞いて入金した。

原告は,同年9月以降は,ほぼ毎日のように被告の宮津支店に電話をし,Cに特定の銘柄の業績や配当の有無,高値,安値等を尋ねるなどして売買の注文を出したり,指し値を指示するなどした。Cは,平成9年当時,入社4年目,営業を担当してから3年目であり,原告から尋ねられた銘柄のうち初めて耳にし業種等も分からないものも多くあったことから,会社四季報でコード番号を確認するなどして値動き等を調べて電話で原告に連絡し,また,このようなやりとりをする中でB名義の取引は原告が主体として行っているものと感じ,原告に自己名義の口座を開設するように勧めた。

また,被告宮津支店においては,Cが不在の場合はほかの従業員が原告の電話に応対し,Dも原告の電話に度々出て情報を提供するなどしており,平成10年7月ころ,原告の希望によって,Cと担当者を交代することになった。

原告は,平成10年7月以降,従前と同様にDに頻繁に電話をして特定の銘柄について事業内容や値動きを聞くなどして売買の注文を出すなどし,別紙「B現物取引対応表(再修正)」記載のとおり,平成11年4月28日までの間,株式の現物取引を行ったが,その際,Dの方から原告は値動きの激しいものを好んでいるものと考えて,日本アジア投資,東京リスマチック,エスアールエー等の店頭株の取引を推奨することもあった。

また,Eは,平成10年7月ころ,B名義の取引について,1か月以内の損切りが多く,売買損に対する預かり資産の比率が低くなっていたことから,本社からの指示を受けて,取引が顧客の意思に従ってされているかを確認するため原告方を訪問して原告と面談し,見切りが早いのでもう少し長い期間持ってはどうかなどと助言した。

ウ 他方で,Bは,原告が被告宮津支店で証券投資をしているという認識はあり,被告の担当者からの電話を原告に取り次いだり,被告から書類が送付されていることを原告に伝えたり,原告の依頼で被告に入金することもあったが,自分が原告を代理人として被告に取引を委託しているとの認識はなく,また,自分の資金を被告のB名義の口座に入金したこともなかったほか,C,D及びEと電話や面談するなどして取引の話をしたことは一度もなかった。

(3)  原告名義口座の開設及び信用取引の状況

ア Dは,CからB名義の取引の主体は原告であると聞いていたことや自分でも原告と電話で会話をする中で同じように感じたことから,原告に自己名義の取引口座の開設を求め,平成11年4月ころ,原告がこれを了承したので,証券総合口座設定申込書の用紙を郵送したところ,原告から郵便で同月8日付で原告名義の証券総合口座設定申込書(乙7)の返送を受けた。同申込書の取引経験欄には,株式現物取引が3年未満との記載がされ,投資目的欄に「値上がり益を積極的に追求」,投資期間欄には「短期」,資金の性質欄には「余裕資金」の項目にチェックが付されていたが,Dはこれらの記載の内容について原告に面談して確認するなどしなかった。(なお,原告の本人尋問の結果中には,自分は上記申込書(乙7)について署名捺印できず,原告名義の署名はBの筆跡でもなく,このような書類は見たことがない旨供述する。しかし,同申込書に押捺されている印鑑も上記乙1号証,乙2号証に押捺されている印鑑と同じ印章によるものであることに照らせば,上記申込書は,原告ないしその意を受けた者により作成されたものと推認され,上記原告の本人尋問の結果部分は信用できない。)

原告は,上記原告名義の口座開設後も従前と同様に,頻繁に被告の宮津支店に電話を架けてDから銘柄についての様々な情報を聞いたり,委託注文や指し値の指示等を行って,別紙「X現物取引対応表(再修正)」記載のとおり,株式現物の取引を行った。

イ Dは,その後,原告から信用取引について度々電話で尋ねられたので,原告は信用取引に関心があるものと考えてその口座開設を勧誘することとし,平成11年7月28日ころ,原告の自宅を訪問して説明書(乙19)を使って信用取引の仕組みやリスクを説明し,信用取引口座設定約諾書(乙1)及び制度信用取引等に関する確認書(乙2)に署名押印を求めた。

原告は,上記約諾書等を別室に持っていき,Bに署名捺印を代行させ,同約諾書(乙1)及び確認書(乙2)を作成し,これをDに手渡した。

その後,Eが同月30日に原告の自宅を訪問して原告と面談し,信用取引等に関する説明書(乙3)を使って損益の計算方法等について説明した。

ウ 原告は,信用取引の開始後も,ほぼ毎日,被告宮津支店に数回電話を架けて,特定の銘柄の事業内容や値動きのほか,株価収益率や信用取引の取組状況等も聞くなどして注文を出すなどして,別紙「X信用取引対応表(再修正)」記載のとおり,信用取引を行った。

また,原告は,Eから株の値段等について自分で調べてはどうかといわれ,投資情報サービスの端末を借りるように勧められ,平成11年11月5日付けで「オーティス倶楽部VIP会員入会申込書」(乙25)をBに署名を代行させて被告に提出し,株式情報サービスの郵送や週間レポートの無料送付を希望したほか,同月25付けで無料情報端末「エクシーレ」の借入れを申し込んだ(乙26の1)。原告は,平成12年1月から平成13年3月までエクシーレを利用したことがあったが,上記期間中の平成12年5月,同年11月,平成13年3月は一度も使用しなかった(乙21)。

エ 原告は,年金担保貸付けから,平成10年11月27日に245万9700円を,平成12年9月27日に232万0400円を,それぞれ借り入れて(甲18の2,3),本件取引の投資資金に充て,また,同年11月ころまでの間,親族からも借入れをするなどして被告に入金した。

オ 原告は,平成11年8月から平成13年1月までの間に自己名義で行われた信用取引について,毎月,Bに各月末日付けの取引明細書及び残高内容に相違ない旨の回答書(乙15の1ないし13)に署名捺印を代行させて,被告に提出した。

(4)  取引の終了

ア Eは,平成13年2月28日,原告が保有していた池貝が会社更生を申し立てたことを知り,原告に電話でその旨連絡し,Dも,同日夜,原告に電話で池貝を売却をするか,追証として300万円を入金する必要があることを伝えた。これに対し,原告は入金は難しいと述べ,翌3月1日にEに電話で異議を述べ,その後,長男にワープロを打たせて,同月5日付けで,要旨,被告から送付された取引報告書の取引内容に異議があり,池貝3万株,約定日平成13年2月26日の売買報告書の取引内容については一切認めない,したがって,現在の取引状況において追加保証金などが発生するはずがない旨の記載がある通知書を作成し,同通知書は同月7日,被告に到達した(甲2の1,2)。

2  争点(1)(B名義の取引の主体)について

(1)  上記1の各事実によれば,B名義の取引は,原告が自己の計算において,被告に株式売買を委託する趣旨でB名義の口座を開設し,同口座に自己の資金を入金して行っていたもので,原告の取引と認められる。

(2)  被告は,B名義の取引については,原告はBの代理人として注文していたものである旨主張し,Cの陳述書(乙16)の記載及びその証言中には,上記被告の主張に沿う部分があるが,上記1の経緯によれば,Cのみならず,DやEも,Bに対して被告に証券取引を委託する意思の有無及び被告への委託注文につき原告に代理権を授与したか否かについて確認したというような事情はうかがわれず,いずれも原告の取引であるとの認識をもっていたと推認されるから,上記陳述書等の部分は直ちに採用できない。

(3)  以上のとおり,B名義の取引についても原告の取引と認められるから,B名義の取引を含めて,本件取引に関し,以下,原告主張の各点について検討する。

3  争点(2)(本件取引の違法性の有無)について

(1)  仮名取引受託禁止違反

ア 原告は,原告に視覚障害があったことからCはB名義で取引するよう勧誘した旨主張し,原告の本人尋問の結果及び陳述書の記載中には,原告は本件取引開始にあたりCに自己の視覚障害について述べたとの上記原告の主張に沿う部分がある。

しかし,原告は,他方で,視覚障害がある人は口座が開設できないというような話は出なかったとも供述しているほか(原告本人),その後,C及びDの勧めによって原告名義の取引口座が開設されていることに照らせば,Cが原告の視覚障害の事実を聞いてこれを理由としてB名義の口座を開設するよう勧誘したというのは不自然,不合理であり,上記原告の本人尋問の結果及び陳述書の記載部分は直ちに採用できない。

イ そして,上記1(2)の経緯によれば,B名義で取引口座が開設されたのは,原告側で申込書をB名義で作成した結果によるものと認められるから,上記の仮名取引受託に関する原告の主張はその前提を欠き採用できない。

(2)  本件取引の過当性等

ア 上記1及び2の各事実及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,平成9年1月から平成11年4月までの間,B名義で株式の現物取引を行ったが,その買付回数は157回で買付総金額は1億2949万5457円に及んでいること,その後,原告名義で平成11年4月から平成13年2月までに行った現物取引の買付回数は136回で買付金額は1億5938万5190円に上っていること,また,原告名義の信用取引における新規建玉回数は,原告の数え方によれば423回,被告の数え方によっても98銘柄の288回に及んでいることが認められる。

また,原告の資金回転率をみると,B名義の現物取引では,平成9年1月から12月までが約4.6回,平成10年1月から12月までが約11.1回,平成11年1月から同年4月までが約70.5回であり,原告名義の現物取引では,平成11年5月から平成12年4月までが約44回,平成12年5月から平成13年2月までが約19.4回であり,原告名義の信用取引では,平成11年8月から平成12年7月までが約37.5回,平成12年8月から平成13年2月までが約66.2回であり,非常に高いことが認められる。

さらに,取引に係る銘柄の保有日数についても,B名義の現物取引では,10日以内の取引が5割を超え,原告名義の現物取引では,保有日数は3日以内の取引が約5割,10日以内の取引では7割を超えていることが認められる上,原告の信用取引では,その回数について被告の数え方によっても,保有日数が3日以内の取引が4割,7日以内の取引が7割近くを占めていることが認められ,短期間のうちに頻繁に売買が繰り返されていたことは顕著である。

そして,弁論の全趣旨によれば,このような頻繁な取引の結果,本件取引全体を通じて,2050万円を超える手数料が発生していることが認められ,これは後記原告の被った全損害額(過失相殺前)を上回っている。

イ もっとも,過当取引が問題とされるのは,証券会社等が顧客の利益を意に介さず,自己の手数料稼ぎのために不必要な売買を繰り返せば,顧客の口座に著しい損害が生じるからである。そうすると,過当取引として違法性を帯びるか否かについては,回転率,取引の頻繁性,手数料率のほか,顧客の投資意向や証券会社等の意図等も総合的に考慮して判断されるべきである。

そして,上記1の事実及び証拠(乙11ないし乙13,乙16ない乙18,証人C,証人D,証人E)によれば,原告は,被告宮津支店に度々電話を架けて値動き等を確認し,保有銘柄の株価が上がればすぐに売って別の銘柄を買うというような姿勢を有していたことが認められる。

そうすると,上記のような頻繁売買は,CやDの強い勧誘によるものというよりは,原告の投資意向に従った取引を行った結果と認められる。

なお,原告はDの指示に従ってその言いなりに売買していたものである旨主張し,その陳述書(甲15)の記載及び本人尋問の結果中には,上記主張に沿う部分がある。しかし,このDの言いなりに売買していたとの供述部分は,上記の各証拠,特にDの業務日誌(乙11ないし乙13)には原告からの指示内容が具体的に記載されていること及び原告の本人尋問の結果中にも損益等を知るために被告宮津支店に何度も電話をしたという部分があることに照らし,直ちに採用できない。

そして,このような原告の積極的な投資態度に鑑みれば,本件取引が多数の取引を短期間に繰り返すというような形態のものであり,その結果として多額の手数料が発生したという点のみをもって,これが直ちに違法性を帯びるということはできない。

(3)  説明義務違反

ア 原告は,信用取引や店頭株等の危険性について被告の担当者が全く説明しなかった旨主張し,原告の陳述書(甲15)及びその本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

しかし,証拠(証人D,原告本人)によれば,本件取引当時,被告においては店頭株の取引の受託を特に制限する取扱いはされておらず,また,原告はDから店頭株について値動きが激しくリスクが高いというような説明は一応受けていたことが認められる。

また,信用取引についても,上記1(3)イのとおり,D及びEが原告と面談し,その仕組みや危険性について説明書を使って説明したことが認められ,この認定に反する原告の陳述書及び本人尋問の結果部分は直ちに採用できない。

イ なお,原告は,被告担当者は一般的な取引の危険性のほか個別の取引についても十分な説明をせず,原告に無断で池貝を購入するなどしたから,その説明義務違反は明らかである旨主張し,原告の陳述書(甲15)及びその本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

しかし,上記1(2),(3)の各事実によれば,原告は被告から取引報告書の送付を毎月受けていた上,被告宮津支店に電話をするに際しては,当時,自分がどの銘柄を売買しているかについて把握していたと推認されるところ,池貝以外の銘柄については,原告がその買付けに近接する時期において被告担当者が無断で買ったというようなクレームを述べた形跡もうかがわれない。(なお,原告は,この点に関して,Cが日本中央地所を原告に無断で取引したのでDに担当を替えてもらった旨供述する(甲15,原告本人)。しかし,証拠(乙23,証人C,証人D,証人E)によれば,B名義で日本中央地所が買い付けられた平成10年3月17日以降もCが担当していたことが認められ,この事実に照らすと原告の上記供述部分は直ちに採用できない。)

そして,池貝についても,原告が被告に送付した平成13年3月5日付けの通知書(甲2の1)の記載内容から見て,直ちにDが原告に無断で池貝を買い付けたことを抗議する趣旨のものとは認められず,また,Eは,同人が最初に池貝について原告に連絡をしたときは,原告は売っておけば良かったと述べ,その翌日に原告から電話で受けたクレームの内容は売りたいと言ったのにDが売らなかったというものであった旨供述しており(証人E),これらの点に照らせば,Dが原告に無断で池貝を購入した旨の上記原告の陳述書等の部分も直ちに採用できない。

(4)  適合性の原則違反

ア ところで,適合性の原則は,一般投資家保護の観点から,証券会社が顧客に対する投資勧誘に際しては,顧客の投資目的,資産状態,投資経験等に照らし不適合な取引を勧誘してはならないというものであるところ,上記1の各事実によれば,原告は,中学校を卒業後,縫製業関係の仕事に就き,本件取引前に証券会社と取引をした経験が全くなく,B名義の取引を開始した平成9年1月当時,既に先天性網膜色素変性症が発症して,視野狭窄,視力低下等の症状が相当程度進行し,文字を読むことが困難であったこと,預貯金が200万円程度あるだけで不動産や金融資産を有しておらず,自営の縫製業による収入があったが,生活費や営業資金以外に余剰はほとんどなく,平成11年には年金担保借入れをするなどして投資資金を調達するなどしていたことが認められる。

このような原告の経歴や資産状況等に鑑みれば,本件取引開始当時,原告は証券取引に関する知識をほとんど持っておらず,自ら取得できる情報も限定的なものであり,その多くを被告担当者からの情報提供によらざるを得ない立場にあったことが推認され,また,その投資資金の性質も高いリスクを伴う取引を行いうるような余裕資金であったとはいえない。

イ これに対し,被告は,原告が自ら情報を積極的に収集し,銘柄を選定して頻繁に売買の注文や指し値を指示していたことから,原告は本件取引について十分理解して行っていた旨主張する。そして,上記1及び3(2)で認定したところを総合すれば,原告は当初から積極的に利益を取っていくとの姿勢のもと,被告担当者に特定の銘柄を指定して電話を架けたりして頻繁に注文等を行っていたことが認められる。

しかし,上記1の事実によれば,他方で,原告は,CやDに特定の銘柄について,その値動きのみならず,事業内容や配当の有無,過去の高値,安値等の情報を詳しく尋ねていたことも認められ,この点を考慮すると原告は何らかの手段によって興味をひかれる銘柄を幾つか聞き知ることはできたものの,個々の委託注文に必要な当該銘柄の基本的な情報については被告担当者から提供される情報に依拠していたこと,また,本件取引の対象銘柄の中には店頭株なども多数含まれ,値動きの予想等が困難なものもあったことが認められる。

そして,被告担当者の原告に対する上記のような銘柄,特に店頭株等の値動きの予想が困難な銘柄についての情報提供の中には,担当者自身の投資判断や提案が一体として含まれていたものと推認されるから,結局は,本件においては,原告が被告担当者の勧めに従って個々の取引を行っていたのとそれほど変わらない実質があったものと認められる。

加えて,原告の上記のような積極的な態度は証券取引の経験が全くなかった本件取引の開始当初から同じようなものであったことを考慮すると,店頭株等の値動きの激しい商品に投資した場合の損失の大きさや信用取引は投資額に比して大きな利益を取得できる可能性がある反面,予想と違った場合には損失も大きくなるハイリスク・ハイリターンの取引であることなどについて原告が十分理解していたかは疑わしく,また,注文を多数繰り返して取引を委託する回数が増えれば,被告に支払うべき手数料がかさんで実質的に取得できる利益が減るという仕組みについても余り理解せずに目先の株価の上下のみに着目して注文を繰り返していたものと推認され,およそ合理的な判断に基づいて投資をしていたものとは言い難い。

なお,原告が被告から貸与されたエクシーレについても,その具体的な使用状況やこれによって原告がどのような情報を得て投資判断に役立てたかは明らかでないから,原告が,本件取引中の一時期エクシーレを使用していたとの事実をもって上記認定は左右されない。

ウ 以上のような原告の資産状況,取引経験,視覚障害等の属性と上記(3)に認定した本件取引の回数や頻度,対象銘柄等の客観的な状況を総合すれば,原告には本件取引についてその適合性がなかったものといわざるをえず,被告の担当者であるC及びDは,適合性の原則に照らし,原告に対して取引を勧誘したり,受託すべきではなかったものといえ,その一連の行為は全体として違法なものとして不法行為を構成し,被告はその使用者として本件取引により原告が被った損害を賠償する責任を負うものと認められる。

エ 被告は,原告は被告から取引を中断されることを恐れてあえて視覚障害の事実を隠匿していた旨主張し,上記(2)のとおり,原告は被告の担当者らに視覚障害の事実を述べなかったことが認められるが,この点をもって直ちに被告主張のような事実の隠匿と評価することはできない。

また,上記1(2),(3)の事実によれば,少なくとも原告は取引経験が全くないことについては本件取引開始時にB名義で作成した申込書(乙7)に正しく記載していたにもかかわらず,被告の担当者らがこの点について関心を持っていたことはうかがわれず,この点に留意して本件取引の開始当初に原告と面談するなどしていれば,原告が適合性を欠くという判断をすることもそれほど困難であったとは考えられないから,被告が原告の視覚障害を知らなかったとしても,本件取引が原告の適合性に違反するとの上記認定は覆されないというべきである。

4  争点(3)(原告の損害)について

(1)  弁論の全趣旨によれば,原告は,本件取引において,別紙「X入出金一覧表」記載のとおり,1814万0017円の損害を被ったことが認められる。

(2)  しかし,本来,証券取引は投資家が自己の判断と責任において行うべきものであるところ,上記1の事実によれば,原告は取引開始当初から自ら被告宮津支店に頻繁に電話をして積極的な投資姿勢を見せていた上,取引開始から半年ほど経過した後,被告本社の指示を受けたEから短期決済が多いのでもう少し長く持っていてはどうかとの助言を得ていたにもかかわらず,短期で決済するという姿勢を変えなかったこと,遅くとも投資資金について借入れをしたころには,自己の資力等に照らして以後の取引を中断するという判断をすることもさほど困難ではなかったのに,なお取引を継続したことが認められ,これらの点を考慮すれば本件取引による損害の発生,拡大について,原告にも相当の落ち度(過失)があったと評価することができ,そのほか被告担当者の勧誘の態様など本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると,公平の観点から,上記(1)の原告の被った損害額についてその6割を過失相殺により減じるのが相当である。

したがって,過失相殺後の損害額は725万6006円となると認められる。

(3)  原告が本件訴訟の提起,追行をその訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであるところ,本件事案の内容,上記認容額等諸般の事情を総合すれば,原告が被告に賠償を求めうる弁護士費用相当損害金は80万円をもって相当と認める。

よって,被告が原告に賠償すべき損害額は上記(2)及び(3)の合計の805万6006円となる。

5  以上によれば,原告の本訴請求は,805万6006円及びこれに対する不法行為の日の後である平成14年1月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度でこれを認容し,その余は理由がないから棄却し,主文のとおり判決する。

(裁判官 久保井恵子)

<以下省略>

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