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京都地方裁判所 平成14年(ワ)1764号 判決 2005年4月28日

主文

1  被告は、原告らそれぞれに対し、金110万円及びこれに対する平成11年5月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを30分し、その1を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告らそれぞれに対し、金3610万3453円及びこれに対する平成11年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は、Cの相続人(両親)である原告らが、被告に対し、京都市山科福祉事務所長(以下「山科福祉事務所長」という。)が、生活保護法(以下「法」という。)の実体上及び手続上の要件を満たしていないにもかかわらず、生活保護を受けていたCに対して生活保護を廃止する決定をして保護を打ち切った結果、Cは栄養障害等により死亡するに至ったなどと主張して、国家賠償法に基づき、損害賠償(Cの損害賠償請求権を相続した分及び原告ら固有のもの)及び不法行為の日(生活保護廃止の実施日)からの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事件である。

2  基礎となる事実関係(争いのない事実及び各項の末尾記載の証拠等によって認められる事実)

(1)ア  Cは、昭和35年10月11日、福岡県柳川市において出生し、高校卒業後は京都市内で生活していた者である。

原告らは、Cの両親であって、Cの相続人は原告らのみである(相続分各2分の1)。

イ  山科福祉事務所長は、生活保護の実施機関である京都市長から、生活保護の決定及び実施に関する事務の委任を受けている被告の公務員である。

(2)ア  Cは、失業して無収入となり、平成11年2月(以下、平成11年中の事実については、月日のみで表示する。)ころから、当時居住していた京都市山科区内のマンションの自室において、食事も取れない状態で昼夜横になっている生活をしばらく続けていた。

イ  Cは、3月15日、隣人に助けを求めて救急車を呼んでもらい、愛生会山科病院(以下「山科病院」という。)に搬送され、そのまま緊急入院となった。Cには、入院時に、脱水症状、るい痩、ビタミンB欠乏が主原因と思われる複視、神経障害(失調症状)が認められ、山科病院での検査の結果、ウェルニッケ脳症及び多発神経炎と診断された。Cは、同病院において、輸液、ビタミン剤投与等の治療を受けた。

(3)ア  山科福祉事務所は、山科病院のメディカルソーシャルワーカー(以下「MSW」という。)から、Cが生活保護の申請を希望している旨の連絡を受け、職員のDを担当ケースワーカーとして、Cの生活状況等につき調査を行わせることとした(乙4の3、弁論の全趣旨)。

Cは、4月1日、正式に生活保護の申請を行い、山科福祉事務所長は、同月28日、Cに対し、3月15日から生活扶助(月額2万4400円の金銭給付)及び医療扶助(現物給付)を行う旨の決定(以下「本件開始決定」という。)をした。なお、本件開始決定では、住宅扶助を行うとはされなかった。

イ  Cは、5月初旬ころには、複視及び軽度の運動失調は解消されていなかったものの、自力歩行、摂食等の日常生活が可能な程度にまで回復し、同月6日、山科病院を退院した。

ウ  山科福祉事務所長は、5月18日、同月7日をもってCに対する生活保護を廃止する旨の決定(以下「本件廃止決定」という。)をした。しかし、この決定に係る法所定の保護廃止決定通知書は、Cに交付されなかった。

(4)ア  Cは、7月27日午前10時38分ころ、自宅内で死亡しているのが発見された(甲48の2)。

イ  同日、医師の立会いを得て行われた検視の結果、遺体には、特異な外傷はなく、現場の状況からも他害性は認められないとして、死因は「心臓疾患の疑」、推定死亡日時は同月上旬ころとされた(甲48の4、弁論の全趣旨)。

第3争点及びこれに関する当事者の主張

1  本件廃止決定の国家賠償法上の違法性の有無及び山科福祉事務所長の故意過失の有無

(1)  実体上の要件の有無(争点1の1)

(原告らの主張)

ア 法1条、2条及び56条の趣旨に照らすと、いったん保護の実施機関が要保護者に対し保護の決定をしたならば、被保護者が法に定められた事情変更の場合に該当し、かつ、保護の実施機関が法の定める変更の手続を執らない限り、被保護者は、その保護決定に基づいて保護を請求する権利を有し、保護の実施機関は、当初の決定どおりに保護を実施しなければならない。

法26条は、保護廃止決定の要件として、被保護者が保護を必要としなくなったときであること(要保護性の消滅)を定めているが、いったん開始された保護を廃止する決定は、法56条にいう不利益変更の最たるものであるから、その解釈は厳格にされなければならない。したがって、要保護性が消滅したというためには、単に被保護者が最低限度の生活を脱する見込みが生じただけでは足りず、現に収入を手にするなどして最低限度の生活を脱したことが必要であると解するべきである。なお、厚生省社会援護局保護課長通達は、保護を必要としなくなった結果、保護を廃止すべき場合として、<1>当該世帯における定期収入の恒常的な増加、最低生活費の恒常的な減少等により、以後特別な事由が生じない限り、保護を再開する必要がないと認められるとき、<2>当該世帯における収入の臨時的な増加、最低生活費の臨時的な減少等により、以後おおむね6か月を超えて保護を要しない状態が継続すると認められるとき、という2つの基準を挙げている(問答第7の12)。

しかし、Cは、退院したとはいえ、現実に就労先が決まったわけではなく、特別な技能、資格も有していなかったのであり、就職はほとんど不可能であった。その上、Cは、資産も収入も身内からの援助もなかったのであるから、Cについて、要保護性が消滅したといえないことは明らかである。

なお、生活保護の現場では、全国的に、稼働年齢層に対する保護の抑制的運用が見られ、また、退院とともに保護を廃止される「退院即廃止」の取扱いもまん延しているが、病院を退院したからといって、それだけで要保護性が消失するわけではないから、「退院即廃止」の取扱いは違法である。Cについても、生活保護記録(乙4の4、以下「保護記録」という。)等には、保護は入院中のみとする旨の複数の記載があり、山科福祉事務所長が、本件開始決定をした当初から「退院即廃止」の方針を採っていたことは明らかである。そして、担当職員は、退院後、Cが保護の継続を望んだにもかかわらず、5月14日、退院即廃止は既定の方針であって保護の継続はできないとして、強引に「納得」という取扱いにしたものである。

以上のとおり、本件廃止決定は、法26条の実体要件を欠き違法であり、Cの生存権をはく奪するものとして、憲法25条にも反する。

イ なお、被告は、Cの保護辞退の申出に基づいて本件廃止決定をしたものであると主張するが、保護記録の5月18日の欄には「(主)退院により、保護を廃止します」との記載が、また、本件廃止決定に当たって作成された生活保護決定通知書(乙3、以下「通知書」という。)の決定理由欄には「世帯主の傷病治ゆにより最低生活維持可能」との記載があり、本件廃止決定がCの退院を理由にされたものであることは明らかである。

仮に、外形上、Cによる保護辞退の申出があったとしても、被保護者による保護辞退は、保護の廃止事由として明文化されていないことから、この場合の保護廃止の要件は、法26条のような明文化された保護廃止に関する規定及びそれを解釈した通達等における保護廃止の要件及び判断基準と比べても、より厳格に解されるべきであり、かつその判断に当たっても慎重さが求められる。したがって、保護辞退を理由とする保護廃止が認められるためには、<1>被保護者の保護辞退の意思表示が辞退届等の書面によってされた明示的なものであること、<2>保護辞退の意思表示が任意かつ真意に基づくものであること、<3>被保護者が、自らが保護を継続して受給する権利があることを知っていること、<4>被保護者が、保護を辞退した場合の効果ないし結果を十分に理解していること、<5>保護廃止により、被保護者が急迫した状況に陥ると認められないことの各要件をいずれも充足していることが必要であると解すべきである。

本件では、Cが辞退届を提出したことはなく、保護記録にも、「今後については、仕事を見つけ自立します」「退院後は何とか仕事を探して、生活していきたい」との記載があるだけであり、Cは、保護辞退についての明示的な意思表示を行っていない(<1>)。また、退院時において、Cは保護を辞退できるような経済状態にはなく、退院後直ちに就労し自立して生活できるような健康状態にもなかったのであり、Cは、生活保護の継続を望んでいたと考えられ、Cが任意にかつ真意に基づいて保護を辞退したことはあり得ない(<2>)。さらに、Cは、生活保護制度についてほとんど知識を持ち合わせておらず、生活保護の専門機関である福祉事務所の職員から、生活保護は入院中のみとなっていると説明され、反論できなかったものであり、Cは、保護を継続受給する権利があることを理解していなかったし(<3>)、辞退を理由に保護を廃止される結果になることも予想していなかった(<4>)。そして、前記のとおり、退院によってもCの要保護性が消滅していなかったことは明らかであり、Cに対する保護を廃止すれば、直ちに急迫した状況に陥ることは必然であった(<5>)。

このように、本件において、Cによる保護辞退の申出に基づいて保護を廃止することは許されない。

ウ そして、山科福祉事務所長は、病人であって仕事もないCについて保護を廃止すれば、再び自宅で食事もろく取れずに衰弱していくことを余儀なくされる蓋然性が高いことを認識しながら、退院したことの一事をもって、違法に本件廃止決定をしたものであり、実体要件を欠くにもかかわらず本件廃止決定をしたことについて、故意又は少なくとも過失があったことは明らかである。

(被告の主張)

ア 山科福祉事務所長は、Cが保護辞退の申出をし、保護を必要としなくなったときに当たるとして、本件廃止決定をしたものである。法7条、25条1項の趣旨に照らせば、保護辞退の申出に基づく保護の廃止も、<1>辞退の申出が真に任意かつ真しなものであること、<2>当該申出を受けた保護の実施機関が、申出者が急迫の状況になく、要保護性が認められないと判断した過程に何ら不合理な事情が存せず、また、当時の客観的な状況に基づき、保護の実施機関がそのように判断したことがやむを得ない、又は社会通念に照らして妥当であるといった要件を充足する場合には、許される。

イ(ア) Cは、4月1日に保護を申請した当初から、入院中のみ保護を受けることを希望していた。そのため、山科福祉事務所長は、同月5日の診断会議において、本人の年齢も若く、退院すれば就労し自立することが可能であることも考慮して、一応入院中の保護の方針を確認し、最終的には退院後、改めて主治医から身体状況及び本人意思を確認した上で退院後の方針を決定することとしたものである。Dは、同月28日、山科病院でCと面談した際、退院後は自立してやっていきたいというCの意向に従い、入院中のみの保護となることを伝えたところ、Cは、「退院後は何とか仕事を探して、生活していきたい」と述べ、ここでも、入院期間中の保護を希望していた。

そして、Cは、山科病院を退院した後である5月14日、山科福祉事務所を訪れ、「今後については、仕事を見つけ自立します」との申出をした。D及び山科福祉事務所保護課保護第三係長Eは、Cがこれまで入院期間中の保護を申し出ていたこともあって、これを保護辞退の申出と理解し、念のため保護については入院中だけであることを確認したところ、Cは「はい」とうなずいて納得したものである。また、D及びEが、辞退届の作成を求めたところ、Cはこれに応じようとしたが、印鑑を持参していなかったことから、後日提出することとなった。

Cは、このやりとりの中で、具体的に保護を「辞退」するという表現は使っていないが、保護開始の時点から、入院中のみ保護を受け、退院後は保護を受けずに自立したい旨、複数回Dらに伝えて、退院後は保護を辞退する意思を表明していたものであるから、「今後については仕事を見つけ、自立します」との発言は、従前の意思の再表明としての、本人による保護辞退の意思表示であり、応対したD及びEもそのように受け取ったものである。本人は、保護が廃止されることを告げられても何ら異議を述べずに納得し、「はい」と返事をしていたものであり、Dらが保護辞退の意思表明と解釈しても、何ら不当ではない。

(イ) また、Dは、4月30日、Cの主治医に対し、電話でCの症状につき照会し、同医師から、病状的には治療の必要はなく、連休明けに退院予定であること、退院後は2週間に1回か1か月に1回の通院見込みであること、退院後は多少後遺症が残るものの事務職等への就労は可能であることなどの回答を得ていたもので、5月14日の面談時におけるCの状態にも、特に変わった様子は見られなかった。

(ウ) Cは、その後辞退届を提出しに来ることはなかったが、5月14日の面談によって、Cの保護辞退の意思は十分に確認できていたことから、山科福祉事務所長は、同月18日、本件廃止決定をしたものである。

ウ このように、Cは、任意かつ真しに保護辞退の申出をしたもので、また、山科福祉事務所長が、Cは急迫の状況になく要保護性が認められないと判断したことにも合理性があり、本件廃止決定は何ら違法なものではない。

エ なお、京都市においては、「退院即廃止」という取扱いはしておらず、通院等により療養を続けなければならない状態であり、労働が困難である場合や、高齢者等で退院しても就職することが困難な場合、退院後すぐに労働が可能でも失業中である場合等には、保護は継続されている。

本件では、保護記録等に、入院中のみ保護するという趣旨の記載があるが、これは、退院すれば保護を打ち切るという意味ではなく、Cが十分に労働可能な年齢であったため、入院中は保護が実施されるが、退院した際には、労働の可能性等を検討して、保護を実施すべきかどうかを再検討すべきであるという意味である。Cの辞退の申出は、Dらに促されたものでも、強要されたものでもなく、任意にされたものである。Cが保護の継続を望んだり、担当職員が保護の継続を拒否したりした事実もない。

また、通知書の決定理由欄に「世帯主の傷病治ゆにより最低生活維持可能」と記載されているのは、D及びEが、保護辞退の申出という主観的理由ではなく、廃止に至った客観的な理由を記載する方がよいと考えて、誤った記載をしたものである。

(2)  手続上の要件の有無(争点1の2)。

(原告らの主張)

ア 調査義務違反

保護廃止決定の手続要件としては、保護の実施機関が実体要件判断のための調査を尽くすことが当然に要求され、このような調査をせずにされた保護廃止決定は、手続要件を欠くものとして効力がないと解すべきである。

本件では、山科福祉事務所長は、主治医から退院後は就労可能であることを確認したのみで、Cの資産状況等の調査、確認を一切しないまま、本件廃止決定をしたものである。したがって、山科福祉事務所長には、調査義務を怠った違法があり、本件廃止決定は効力がない。

イ 理由を附した書面による通知義務違反

法26条、24条2項は、保護廃止決定の手続要件として、保護廃止決定は書面をもって行い、かつ、同書面には決定の理由を附さなければならないと定めている。この趣旨は、保護請求権をいったん否定する保護廃止決定という重大な不利益処分につき、保護実施機関の判断の適正を確保するとともに、決定を受ける被保護者に不服申立ての機会を与えることにある。そして、保護廃止が職権でされる以上、被保護者に通知がされない限り、保護請求権をいったん否定するという保護実施機関の判断意思の確定内容を知るすべは全くない。とすれば、被保護者に理由を附した書面による通知が到達しない以上、決定は効力を有しない。

本件では、山科福祉事務所長は、本件廃止決定に際し、Cに一切の書面を交付しておらず、理由を附した書面による通知を行う義務を怠った違法があり、本件廃止決定は効力を有しない。

ウ 本件廃止決定が、上記のような手続違反により効力がない以上、山科福祉事務所長は、法19条1項により、Cに対する保護を継続しなければならないのに、これを違法に打ち切ったものである。そして、山科福祉事務所長に、上記のような手続違反をしたことについて、故意又は少なくとも過失があったことは明らかである。

(被告の主張)

ア 調査義務違反の主張について

保護辞退の場合であっても、保護の実施機関には、被保護者が急迫の状況に陥らないかということを確認するという意味での調査義務は認められるところ、本件では、Dが主治医にCの病状を尋ね、就労が可能なことを確認しており、また、C自身が就労の意欲を見せ、就職のための面接に行っていることも確認していたもので、Cが窮迫の状態に陥らないことを確認するために必要な調査は行っている。

イ 通知義務違反の主張について

通常であれば、本人の辞退による保護廃止の場合であっても、本人に書面による通知が行われており、本件でも、Dらは、通知書をCに渡そうと努力したが、結果的にそれがかなわなかったものである。

廃止決定について書面による通知が求められる趣旨は、保護廃止は通常、福祉事務所が職権により被保護者の保護請求権を否定するものであるから、決定を慎重かつ明確にさせることと、被保護者による不服申立ての機会を確保することにある。本件のように、保護廃止決定が被保護者からの辞退に基づいてされたものであり、被保護者から辞退の申出があった際に、担当職員が口頭で被保護者に廃止決定を予告している場合には、保護が廃止されたことは被保護者にとっても明確であり、また、不服申立てがされることは想定しにくいことから、書面により通知する意義は、単に、被保護者が、自らが選択した保護廃止の処分を再確認する程度のものにすぎず、職権により被保護者の意思に反して保護廃止がされる場合と比べて、通知の必要性は相対的に低いものと考えられる。

したがって、本件において、書面による廃止通知がなかったことは、重大な手続上の瑕疵とはいえず、これによって本件廃止決定の効力は否定されない。

(3)  最低生活保障義務違反及び自立助長義務違反としての違法性(争点1の3)

(原告らの主張)

仮に、本件廃止決定は、形式的には実体上の要件を満たすし、手続的にもその効力を否定するほどの違法がないとしても、山科福祉事務所長が本件廃止決定をしたことは、以下のとおり、最低生活保障義務及び自立助長義務に違反するものとして、国家賠償法上は違法である。

ア 保護の実施機関は、法1条及び5条により、国民の最低生活を保障し、自立を助長する義務(最低生活保障義務、自立助長義務)を負っている。そして、これらの義務から派生して、実施機関は、相談を受けた要保護者や被保護者に対し、最低生活保障義務及び自立助長義務を履行して適正な保護を行うために、個別具体的場面に応じて、必要な説明、助言、指導、指示等の援助を行うべき義務(援助義務)を負い(法9条参照)、また、その前提として、要保護者自身やその環境についての事実関係を正確に把握するための調査を行う義務(調査義務)を負っている(法25条2項、28条、29条参照)。

一般的に、被保護者が病院を退院しても、そのことだけで要保護状態が解消するものとは考えられないから、実施機関としては、被保護者の健康状態、就労先の確保の有無、所持金や借金がどれくらいあるか、近親者の援助等が見込めるかなどを調査すべき義務があり、調査の結果に従って保護の内容や程度の変更を検討すべきこととなる。また、保護辞退があったとしても、そもそもそれが本当に保護の辞退なのかを慎重に確認する必要があり、その上で、仮に被保護者が真に保護を辞退しているとしても、何らかの誤解や外部からの圧力によってその意思がゆがめられていることが予想されるから、実施機関は、安易に保護を廃止してはならず、徹底した調査を踏まえて把握した事情を前提として、適切な説明、助言、指導、指示等を行うべき義務がある。

イ 本件においては、退院時におけるCの経済状態、健康状態、親族等からの援助の見込み、就労の現実的可能性等からすれば、保護を廃止することにより、Cが急迫状態に陥ることは明らかであった。山科福祉事務所長は、適切な調査を行ってこれらの事実を把握し、退院後も保護を継続実施する方向で、Cに対し、各種の説明、助言、指導、指示等の援助を行うべきであり、仮にCから保護辞退の意思表示があったとしても、Cに対して、退院後も保護を継続受給する権利があることを説明した上で、安定した稼働先が見つかるなどするまでは保護を継続受給するよう助言し指導すべき義務があった。

にもかかわらず、山科福祉事務所長は、必要な調査を行わず、Cに対する適切な説明、助言、指導、指示等の援助も行わずに漫然と本件廃止決定をしたのであり、これは、最低生活保障義務及び自立助長義務に違反する違法な行為である。

(被告の主張)

争う。

2  本件廃止決定とCの死亡との間の相当因果関係の有無(争点2)。

(原告らの主張)

ア Cの死因は、以下のとおり、栄養障害であったか、少なくとも栄養障害が加巧した高度の蓋然性がある。

すなわち、Cは、ウェルニッケ脳症が完治しない状態で退院し、所持金は、5月7日に受領した保護費5万7180円のみで、再就職ができた形跡もないから、Cは、十分な摂食が不可能であったと考えられる。また、Cが死亡したのは、湿度及び温度の高い夏であったにもかかわらず、遺体の腐敗は頭部及び肩にのみ認められ、他の部位については乾燥していたのであり、特に、腹部は腐敗しやすい部分であるが、Cの遺体の腹部には腐敗が見られないばかりか、変死体等観察メモには、「硬い」との記載がある。すなわち、Cの遺体は、比較的乾燥して、ミイラ化していたのであるが、栄養不良者は乾燥、ミイラ化しやすいとされる。したがって、Cは、死亡直前の時点において、重度の栄養障害の状態にあったことが認められる。

そうすると、Cは、栄養素の摂取が不足あるいは全く停止したため、身体に病的状態を生じ、それが原因となって死亡したもので、これは、栄養障害自体を直接の死因とする飢餓死である。

また、仮に、Cが飢餓死したものでないとしても、栄養障害、特にビタミンB1欠乏症により心不全が生じ、それが直接の死因となったものと考えられる。すなわち、Cは、山科病院において、ウェルニッケ脳症と診断されているが、ウェルニッケ脳症は、ビタミンB1の欠乏により生じるものである。山科病院を退院し生活保護が廃止されたことにより、Cは、再度栄養障害の状態に陥り、ビタミンB1が欠乏して、ウェルニッケ脳症の悪化が生じ、それと同時に、糖質代謝の異常、末梢血管の拡張、心拍数増加、血液粘度低下、血流速度増加、高心拍出状態という機序で、心不全の状態に陥った蓋然性が高い。

イ Cは、退院後も複視等の後遺症が残る可能性があったもので、また、高校卒業の学歴しか持たず、専門分野の知識や技能を有するわけでもないから、昨今の就職難の状況下で、Cが、退院後直ちに就労することが容易でなかったことは明らかである。そして、退院時のCの所持金はわずかである一方で、約60万円の借金があり、親族による援助を受けることも困難であった。このような状況に置かれたCについて、退院後直ちに保護を廃止すれば、Cが栄養障害に陥り、これを直接又は間接の原因として死亡するに至ることは予見可能である。

ウ よって、山科福祉事務所長が違法に本件廃止決定をしたことと、Cが死亡したこととの間には、相当因果関係が認められる。

(被告の主張)

ア 死体検案書によれば、Cの直接の死因は「心臓疾患の疑」とされており、少なくとも死体の検案の段階では、直接の死因として心臓疾患が疑われたことは明らかである。

Cの遺体が比較的乾燥してミイラ化していたとしても、Cが死亡時に栄養障害の状態にあったことが推測されるだけで、それが死因であることまで裏付けるものではない。

イ 一般に、保護廃止処分と致命的な栄養障害との間に経験則上高度な蓋然性が認められるわけではない。本件においては、保護廃止決定の日時とCの推定死亡日時との間には1か月半以上の間隔があるところ、Cは、本件廃止決定時には、病院を退院し、精神的にも肉体的にも一人で生活できる状態にあり、この間、通常は、Cには、求職活動を行い就職する、両親の下に帰る、一時的に知人の援助を受ける、再度の生活保護を求めるなど、生活費を工面するための行動を執る余地と機会があった。したがって、経験則上、本件廃止決定によって生活保護の支給がなくなることが、直ちに生活費困窮による栄養障害を来すことになるものとはいえない。

ウ Cの死亡による損害は、特別事情によって生じたものであるから、加害者において、その事情を予見し、又は予見することができたときに限り、その賠償責任を負うところ、山科福祉事務所長は、本件廃止決定によってCが死亡することを予見しておらず、予見することもできなかったもので、本件廃止決定とCの死亡との間には相当因果関係がない。

(5) 損害額(争点3)

(原告らの主張)

ア Cに生じた損害

Cは、違法な本件廃止決定によって、以下のような損害を被った。原告らは、Cの損害賠償請求権を2分の1ずつ相続した。

(ア) 死亡慰謝料

Cは、違法に保護を廃止されたことにより、最低限の生活を維持することもできず、苦しみの中で孤独な死を遂げたもので、これに伴う精神的苦痛に対する慰謝料は、2000万円を下らない。

なお、これには、保護廃止自体に伴ってCが被った精神的苦痛に対する慰謝料も当然に含まれる。

(イ) 逸失利益

当時38歳であったCは、違法な保護廃止によって死亡することがなければ、平均余命の半分程度の期間(20.26年)就労し、その間年555万3900円(平成9年の賃金センサスによる38歳全労働者の平均賃金)程度の収入を得ることができたから、生活費2分の1を控除し、ライプニッツ方式で中間利息を控除すると、Cの逸失利益は、3460万6906円となる。

(ウ) 葬儀費用等  120万円を要した。

イ 原告らに生じた損害

(ア) 固有の慰謝料 各500万円

(イ) 弁護士費用  各320万円

(被告の主張)

原告らの主張は争う。

仮に、本件廃止決定が違法であるとしても、被告は、Cの死亡による損害についての賠償責任を負わない。また、Cは、本件廃止決定に納得していたもので、これによって精神的苦痛を受けたとはいえず、本件廃止決定がなければ受給できた生活保護費相当額以上に、被告が損害賠償責任を負うものではない。

第4当裁判所の判断

1  本件廃止決定は実体上の要件を満たすものかどうか(争点1の1)について

(1)  前記基礎となる事実関係に、甲2、甲3、甲8ないし甲12、甲26、甲30、乙2ないし乙9(枝番があるものは枝番を含む。)、証人D、同E及び原告B並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件廃止決定に至る経緯について、以下の事実が認められる。

ア Cは、高校卒業と同時に、京都市山科区所在の日本粉末合金に就職して、京都市内で生活するようになった。Cは、日本粉末合金を退職して、同市祇園のクラブ等で働くなどしていたが、遅くとも2月ころには、職を失って、無収入となり、同月ころからは、食事をせず、水だけを飲んで生活するようになったところ、次第に吐き気やめまいを覚えるようになり、自室で昼夜横になっていたが、回復しなかったことから、隣人に助けを求め、3月15日午前1時ころ、救急車で山科病院に搬送されて、緊急入院となった。

イ 山科病院のMSWは、同日、Cより生活保護を受けたいとの申出を受け、山科福祉事務所に連絡をした。これに対し、面接担当ケースワーカーのFは、Cに親やきょうだいなどが本当にいないのか確認の上、どうしても身内からの援助が困難な場合は、再度連絡するよう伝えた。MSWは、同月18日、Cから、柳川市において両親(原告ら)と弟夫婦が同居していることを聞き、原告Aに電話をして、Cが入院したこと、Cが生活保護の申請を希望していることなどを伝え、援助の可否を尋ねたが、同原告は、これまでもCの借金の肩代わりをしており、また、自らも生活に余裕はないため、Cへの援助は一切できないと返答した。

そこで、MSWは、同月19日、山科福祉事務所に電話し、柳川市に実家があるものの援助は受けられず、入院費の支払等が困難なため、生活保護の出張面接を依頼したい旨伝えた。

Cの担当となったケースワーカーのDは、同月29日、山科病院を訪問し、MSW同席の下、Cと面談を行った。Cは、親からの援助が困難であることは知っているが、入院費については親に出してもらうつもりで、その場合は入院費については生活保護を申請するつもりはない旨述べ、また、MSWが、Cに対し、今実家に電話してみてはどうかと促したが、Cは、また後で電話すると答えた。Dは、同日の段階では、Cに生活保護申請の意思がないと判断し、また、親からの援助が受けられる可能性もあるとして、申請手続を進めず、Cに対し、再度申請することになれば出張面接を行う旨伝えて辞去した。

Cは、同月31日、山科福祉事務所に電話をし、親に電話をかけたが、援助はできないとの返事を受けたとして、再度生活保護面接の実施を依頼した。

ウ(ア) Dは、4月1日、山科病院を訪問して、Cに対し再度生活保護面接を行い、Cから困窮の状況、生活歴、扶養義務者の有無、身体状況、収入の状況、資産、負債の状況等の聴き取りを行うとともに、生活保護申請書を受理した。

また、Dは、Cの主治医から、Cの病状等について、病名は脱水症、栄養失調、ウェルニッケ脳症及び多発性神経炎であること、症状として、複視とふらつきがあるため、継続して検査をする必要があること、ビタミンBの投与によって回復傾向にあるが、複視とふらつきについて後遺症が残る可能性が高いこと、就労は、力仕事は無理だが、事務作業程度であれば可能になると思われることなどの説明を受けた。

(イ) 山科福祉事務所長は、同月5日、同事務所保護課長、E及びDを交えて、Cに関する調査や生活保護の実施方針等を検討する診断会議を開き、預金、生命保険、国民健康保険の加入状況等を十分に調査すること、保護実施の方針につき、Cの保護申請日は4月1日であるが、入院した日である3月15日を開始日とすることなどの方針を決定した。

なお、上記診断会議に関してDが作成した事前検討票(乙7)には、「入院中のみの保ゴ」とのメモ書きがあり、また、保護記録中、上記診断会議に関する部分には、「入院中のみの保護とする」との記載がある。

(ウ) Cは、4月13日、主治医から、同月15日には退院可能である旨告げられたが、まだ体調が優れないため、もう少し入院していたいとの申出をし、同医師の了承を得て、療養を続けることとなった。

(エ) Dは、同月28日、山科病院を訪問して、Cと面談し、症状等の聴き取りを行った。その際、Cは、退院後は何とか仕事を探して生活していきたいと述べた。また、Dは、Cに対し、保護については入院中のみとなることを伝えた。

(オ) 山科福祉事務所長は、同日、Cの預貯金や保険の加入状況に関する調査、Cの両親(原告ら)及びきょうだいによる扶養の可否に関する調査等の結果も踏まえて、Cは無職、無収入であり、見るべき資産もなく、扶養義務者からの援助も見込めないとし、「世帯主の傷病のため最低生活維持困難」との理由で、Cが入院した日である3月15日にさかのぼって、生活扶助(月額2万4400円の金銭給付)及び医療扶助(現物給付)を行う旨の決定(本件開始決定)をした。なお、3月18日の時点で、Cは、自宅の家賃を5か月分滞納していたが、住宅扶助については、Cの居住するマンションの賃貸借契約書を受理した後に認定することとされたため、本件開始決定には含まれていなかった。

(カ) なお、Dは、4月30日、山科病院の主治医から、電話で、Cの病状等について、治療の必要性はなく、連休明けには退院できること、退院後は、経過観察のため2週間に1回か1か月に1回程度の通院となること、多少後遺症は残るが、事務職等への就労は可能であることなどの説明を受けた。

エ(ア) 山科病院での療養の結果、Cは、5月初旬ころには、自力歩行、摂食等の日常生活が可能な程度にまで回復し、複視及び軽度の運動失調は解消されていなかったものの、同月6日、山科病院を退院した。また、山科福祉事務所は、同日、その旨連絡を受けた。

Cは、退院までは、具体的な求職活動はしていなかった。

(イ) Cは、同月7日、山科福祉事務所を訪れ、生活保護費5万7180円を受け取り、また、自己の居住するマンションの賃貸借契約書を提出した。しかし、同契約書は更新前のものであり、同月11日に行われた診断会議において、同契約書のみでは住宅扶助を行うのは困難であるとして、家賃証明書の提出を求めることとされた。そこで、Dは、同月12日、C宅を訪問したが、Cは不在であったため、連絡票及び家賃証明書の様式を差し置いた。

(ウ) Cは、同月14日、山科福祉事務所を訪れたが、Dが差し置いた連絡票及び家賃証明書の様式は見ていないと述べたため、Dは、改めて、住宅扶助を受けるためには家賃証明書の提出が必要である旨の説明をした。その後、D及びEは、Cに対し、生活保護は入院中のみであることを説明し、Cはこれについて一応納得した。また、Eは、Cに対し、困ったことがあればまた相談しに来るよう助言した。

(エ) 山科福祉事務所長は、同月18日、Cが退院した日の翌日である同月7日を実施日として、Cに対する生活保護を廃止する(ただし、既払の5月分扶助費のうち同日以降のものは、法80条により返還を免除する。)旨の決定(本件廃止決定)をした。なお、その際作成された通知書の決定理由欄には、「世帯主の傷病治ゆにより最低生活維持可能」と記載されている。

Dは、同月31日、C宅を訪問し、本件廃止決定の通知書を交付しようとしたが、Cは不在であり、同月12日に差し置いた書類が確実に受領されていなかったことも考慮して、そのまま持ち帰った。

(2)ア(ア) 法は、保護の廃止事由として、被保護者が保護を必要としなくなったとき(要保護性の消滅、法26条)及び被保護者が実施機関の命令、指示等に従わないとき(法28条4項、62条3項)を定めており、また、廃止決定をしたときは、速やかにこれを書面で被保護者に通知しなければならないと定めている(同条所定の書面には、その決定の内容及び理由を記載すべきである。)。

そして、Cに関する保護記録のうち、本件廃止決定をした5月18日の欄には、「(主)退院により、保護を廃止します」(「(主)」とは「世帯主」を意味し、ここではCを指す。)との記載があり、また、本件廃止決定に際して作成された通知書の決定理由欄には、「世帯主の傷病治ゆにより最低生活維持可能」と記載されている。

したがって、山科福祉事務所長は、上記各記載の文言のとおり、Cが退院して要保護性が消滅したことを理由に、本件廃止決定をしたものと認めるのが相当である。

(イ) なお、被告は、本件廃止決定はCが保護辞退の申出をしたことを理由としてされたものであり、保護記録等の上記各記載は、Dらの誤りによるものである旨主張し、また、証人D及び同Eもこれに沿う供述をする。しかし、後記認定のとおり、Cが任意かつ真しに保護辞退の申出をしたとは認められない上、保護記録のその他の欄等を見ても、本件廃止決定が、Cによる保護辞退の申出があったことを理由としてされたものであることをうかがわせる記載は一切存在しない。さらに、理由を記載した書面によって廃止決定を被保護者に通知することとされているのは、廃止決定を慎重かつ明確にし、かつ、被保護者の不服申立てをするかどうかの判断に資するためなどの趣旨によるものであるから、記載すべき理由は、重要なものであり、E及びDも、その重要性は認識し、慎重に記載したはずであって、被告の上記の主張並びにこれに沿う証人D及び同Eの供述は、採用することができない。

イ しかし、Cは、遅くとも2月ころ以降、無職、無収入であって、食事も取れずに、栄養失調から緊急入院をするに至ったという経緯があり、5月6日に山科病院を退院したとはいえ、いまだ就職先は決まっておらず、就労の意欲が一応あるとはいえ、後遺症が残る可能性も高く、就職の見通しがあった形跡もなく、入院時には、両親から援助を拒絶されており、親族等の援助を受けるなどして生活の糧を得る具体的な見込みもなかったことなどを考慮すると、退院したことによってCが保護を必要としなくなったと認めることはできず、本件廃止決定は、法26条に基づいて保護を廃止する要件(要保護性の消滅)を充足していたということはできない。

(3)ア  もっとも、法7条は、保護は要保護者等の申請に基づいて開始するものとして、申請保護の原則を採っており、また、被保護者に対しては種々の義務が課せられること(法61条、62条等)にも照らせば、要保護状態にある者といえども、自らの意思に反してまで保護を受けなければならないものではない。したがって、被保護者が、任意かつ真しな意思に基づいて、自ら保護を辞退したときには、法26条、法28条4項及び法62条3項所定の保護廃止事由に直接該当しなくても、実施機関は、保護を廃止し得る場合はあり得る(もっとも、法25条1項は、実施機関は、要保護者が急迫した状況にあるときは、職権で保護を開始しなければならない旨を定めており、被保護者が任意かつ真しに保護辞退の申出をしても、保護を廃止し得ない場合があることは明らかである。)。そして、本件において、Cが保護辞退の申出をしており、山科福祉事務所長がCの保護を廃止し得たものと認められる場合には、山科福祉事務所長が本件保護廃止決定をしたことが、国家賠償法上は違法ではないと解する余地はある。

そこで、Cが、任意かつ真しな意思に基づいて保護辞退の申出をした事実の有無について、以下検討する。

イ(ア)  この点、被告は、5月14日の面談において、Cが、「今後については仕事を見つけ、自立します」と述べ、Eらから保護の廃止を告げられても何ら異議を述べず納得したもので、「辞退」との表現は用いなかったものの、Cは、保護を申請した当初から一貫して入院中のみ保護を受けることを希望しており、退院後は保護を辞退する意思を表明していた経緯があることから、これをもって、Cの任意かつ真しな保護辞退の申出と見ることができるとする。

そして、証人D及び証人Eは、Cが、保護の申請当初から一貫して入院中のみの保護を希望していた旨の被告の主張に沿う供述をする。また、上記(1)イ認定の事実からすると、Cは、入院当初においては、両親等の援助を期待して、MSWやDの促しに対しても、入院費用について生活保護の申請には消極的であり、できるだけ生活保護に頼ることなく生活していきたいと考えていたこともうかがえる。

(イ)  しかし、Cは、その後、両親等から援助を受けることが困難であることを知って、保護の申請をするに至っている((1)イ、ウ(ア))。また、Cは、就労への意欲を有していたとはいえ、退院時においても、体調はいまだ万全とはいえず、就職先も決まっておらず、具体的な収入の見込みもなかった((1)ウ(エ)、エ(ア))もので、そのような状況にありながら、Cが、保護の受給を入院中のみに限ることにこだわる理由は見いだせない。Cは、主治医から4月15日には退院が可能である旨告げられたにもかかわらず、体調が優れないと訴えて入院の継続を希望しており((1)ウ(ウ))、このことからは、むしろ、早期の退院及び保護の廃止を必ずしも望んでいなかったことがうかがわれる。

(ウ)  さらに、前記認定のとおり、4月5日の診断会議に関する事前検討票及び保護記録には、「入院中のみの保護とする」旨の記載があり、Dは、4月28日の面談において、Cに対し、保護は入院中のみであることを伝え、5月14日の面談においても、D及びEは、Cに対し、入院中のみの保護となることを確認している。その一方、D及びEは、Cに対し、退院後でも要保護性が認められれば引き続き保護を受けられることを説明したり、引き続き保護を受けることを促したりしたことはない(証人D、同E)。そうすると、山科福祉事務所長は、保護記録等に記載された文言のとおり、当初から、原則として、入院中のみの保護、すなわち、Cが退院すれば保護を打ち切るとの方針を採っていたものと認めるのが相当である。

そして、Cが、生活保護の受給要件や廃止事由等につき十分な知識を有していたものとは考え難いところ、D及びEが、入院中のみの保護となる旨説明する一方で、退院後も引き続き保護を受け得ることの説明をしなかったことによって、Cが、生活保護制度上、入院中しか保護は受けられないものと誤解していたということも十分想定し得る。

そうすると、Cが、5月14日の面談の際、「今後については仕事を見つけ、自立します」旨のことを述べたり、保護の廃止の方針を確認されたのに対し、何も異議を述べなかったとしても、それは、上記の誤解に基づき、不本意ながら引き続き保護を受けることをあきらめざるを得ず、保護が廃止された後の身の振り方に関する決意を述べたもの以上の意味はないと考えることができる。

(エ)  以上のとおり、Cが、申請の当初から一貫して入院中のみの保護を希望しており、任意かつ真しに保護の辞退を申し出たと認めることはできない。

(オ)  なお、被告は、5月14日の面談の際、Eらが、Cに辞退届の提出を求め、Cはこれに応じて辞退届を作成しようとしたが、印鑑を持参していなかったため、後日提出するよう指示していたとも主張するところ、このようなやりとりについて、保護記録には何ら記載がなく、また、Cによる辞退届の提出が得られていないにもかかわらず、わずか4日後である同月18日(なお、同月14日は金曜日であり、この間土日を挟んでいる。)に本件廃止決定をしていることとも必ずしも整合しないのであって、上記の事実があったものとは認め難い。仮に、Cが、Eらの求めに応じて辞退届を作成しようとしたことがあったとしても、前記判示のとおり、Cは、入院中しか保護を受けられないものと誤解していた可能性が高いのであり、辞退届の作成についても、手続の都合上必要であると考えて、これに応じたにすぎないものと考えられる。

ウ  このように、いずれにしても、本件において、Cの任意かつ真しな意思に基づく保護辞退の申出があったものと認めることはできないのであり、山科福祉事務所長は、保護辞退の申出を理由としても保護を廃止することは許されなかった。

(4)  以上によると、争点1の2及び争点1の3について判断するまでもなく、山科福祉事務所長のした本件保護廃止決定は、国家賠償法上違法なものというべきである。

そして、前記判示のとおり、Cは、退院したとはいえ、いまだ就職先は決まっておらず、親族等の援助を受けるなどして生活の糧を得る具体的な見込みもなかったところ、D及びEは、そのことを十分認識していたもので、山科福祉事務所長も、本件廃止決定をするに当たり、これを認識し、又は容易に認識し得たというべきである。それにもかかわらず、山科福祉事務所長は、漫然と本件廃止決定をしたのであるから(証人D及び同Eの供述並びにその陳述書(乙8、乙9)によっても、D及びEが、本件廃止決定前に、Cの退院後の生活の見通しについて具体的に事情を聴き、あるいは聴こうとした形跡は全くうかがえないし、山科福祉事務所長も、本件保護廃止決定をするに当たって、Cが、遅くとも2月ころ以降、職につかず、緊急入院を必要とするほどの事態に至った経緯と、退院後のCの体調を踏まえて、Cが退院後、収入を得て最低限度の生活を維持していけるかどうかについて具体的に検討をした形跡はない。)、違法に本件廃止決定をしたことについて少なくとも過失があったということができる。

2  本件廃止決定とCの死亡との間の因果関係(争点2)について

(1)  甲24、甲27、甲28、甲48、甲54(枝番があるものは枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、Cの遺体発見時、Cは、自宅台所の流し前で、正座姿勢から前方に倒れたうつ伏せの状態で死亡していたこと、Cの遺体は著しくやせており、また、顔面及び左肩付近に腐敗が見られたものの、その他の部分にはさほどの腐敗は見られず、比較的乾燥しており、皮膚は黒褐色となっていたこと、当時の室内の気温は約32度であり、窓が開いていたため比較的風通しが良かったこと、室内に置かれていた冷蔵庫は、通電状態ではあったが、中は空であったことが認められる。

(2)ア  死体が高温で風通しの良い乾燥しやすい場所に置かれた場合、自家融解、腐敗が停止し、乾燥が高度に進行して、皮膚は褐色調や暗褐色調を呈する、いわゆるミイラ化と呼ばれる状態になるとされ、また、栄養不良者はミイラ化しやすいとされる(甲38)。Cの遺体は、上記のような特徴から見て、ミイラ化に近い状態であったものと考えられ、著しくやせていたことや、冷蔵庫内が空であったことも考慮すると、Cの栄養状態が極めて悪かったことが推認できる。

しかし、Cは、布団の上などではなく、台所の流しの前で、しかも正座の状態から前のめりになるという不自然な姿勢で死亡していたもので、また、3月に生活に困窮して体調が悪化した際には、隣人に助けを求めて事なきを得たにもかかわらず、このときは隣人に助けを求めるなどした形跡もうかがわれないこと、死因が「心臓疾患の疑」と推定されていることを考慮すると、Cは、比較的急激に死に至ったものと推認することができる。しかし、本件各証拠によっても、Cについて、急激な死に至るような持病等があったことはうかがわれないのであり(山科病院入院中も、前記認定の脱水症、ウェルニッケ脳症等以外に、心臓疾患その他の疾病ないしその疑いは指摘されていない。甲9、甲10)、死因は必ずしも明らかではないものの、Cの死亡には、栄養状態が極めて悪かったことが寄与したことは推認することができる。

イ  そして、Cが山科病院を退院して後、死亡するまでの約2か月の間、どのような生活を送っていたのかは、本件証拠上は明らかではないが、5月14日の面談時にも就職先は決まっていなかったこと、退院時にも体調は万全ではなかったこと、死亡時には栄養状態が極めて悪かったことからすると、Cは、職に就くなどして収入を得られず、生活に困窮し、食べるものにも事欠く生活を送っていたものと推認することができる。そうすると、仮に、本件廃止決定がされず、退院後も引き続き保護が行われていれば、Cが、食べるものにも事欠き、栄養状態が極めて悪化するという事態にはならなかったものというべきである。

(3)  しかし、Cは、高等学校を卒業後、平成10年ころまでは、職に就き、社会生活を続けていた38歳の男性であって、山科病院を退院時には、若干の後遺症はあったとはいえ、事務職程度であれば就労が可能な健康状態にまで回復していたというのであるから、仮に、直ちに就職することができず、生活に困窮したとしても、栄養状態が極度に悪化し、体調が極端に悪くなる以前に、少なくとも死亡という結果を回避するための何らかの行動を執ることを期待し得る程度の社会的な知識、経験を有していたと考えられる。現に、Cは、3月には、隣家に助けを求めて、山科病院に入院し、生活保護を受給して、いったんは、事務職程度であれば就労が可能な健康状態にまで回復したこともあるから、同様な方法を採ることが困難とは思われない。また、Cは少なくとも入院をした場合には、生活保護を受給することができることを知っていたと認められるし、Eも5月14日の面談の際には、保護が廃止されることを告げたものの、一方では、何かあれば相談に来るよう告げていたのであるから、再度の生活保護の申請が困難であったとも認められない(なお、山科病院で診断されたウェルニッケ脳症、複視等は栄養障害(ビタミンB1の不足)によるものである(甲9から甲11弁論の全趣旨)。退院後も栄養状態が悪くなるに伴い、3月の入院前と同様にあるいはそれ以上に様々な症状が発現したであろうから、Cが比較的急激に死亡したものとしても、死亡前に、他に援助を求めたり、救急車を要請して入院したりして、死亡の結果を避けることができたと考えられる。)。

そして、生活保護を廃止されたからといって、何らの措置を講ぜず、栄養状態が悪化するのを、死亡に至るまで放置することは、通常想定することはできないから、社会通念に照らして、本件廃止決定がされたためにCの死亡の結果がもたらされたということは困難であり、山科福祉事務所長が違法に本件廃止決定をしたことと、Cの死亡との間に相当因果関係があるとまでは認められない。

(4)  もっとも、山科福祉事務所長による違法な本件廃止決定の結果、Cは、食べる物にも事欠くほど生活に困窮し、栄養状態が著しく悪化するに至ったということはできるから、被告は、これによってC及び原告らの被った損害を賠償すべき義務を負う。

3  損害額(争点3)について

(1)  Cの慰謝料について

山科福祉事務所長は、法の趣旨には必ずしも沿わない「入院中のみ保護」との方針を採って、退院後のCの生活について何らの配慮もせず(前記1(4)参照)、退院したとはいえいまだ自立した生活が営める状態になく、最低限度の生活を営めないことが容易に想定できたというべきであるのに、違法に本件廃止決定をしたのである。一方、Cは、上記のとおり、本件廃止決定の結果、食べる物にも事欠くほど生活に困窮し、栄養状態が著しく悪化するに至ったのであり、Cは、生活保護制度について十分な知識を有さず、退院後の保護継続の可能性に関する説明を十分受けなかったことから、本件廃止決定の通知書の交付すら受けなかった結果、本件廃止決定に対して不服を述べる機会を実質的には与えられなかったということもできる。

その他諸事情を考慮すれば、本件廃止決定によってCが受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、200万円が相当である。

(2)  逸失利益、葬儀費用等について

本件廃止決定とCの死亡との間には相当因果関係が認められないのであるから、逸失利益、葬儀費用等のCの死亡を前提とする損害は、山科福祉事務所長の前記不法行為と相当因果関係のある損害とは認められない。

(3)  原告ら固有の慰謝料について

第三者の不法行為によって身体を害された者の近親者は、そのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、又は上記場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときに限り、自己の権利として慰謝料を請求できるものと解するのが相当であるところ(最高裁昭和31年(オ)第215号同33年8月5日第三小法廷判決・民集12巻12号1901頁参照)、原告らが、本件廃止決定によってCが生活に困窮するに至ったことにつき心を痛めているとしても、なお上記の程度に達しているとは認めるに足りない。したがって、原告ら固有の慰謝料の請求は失当である。

(4)  弁護士費用について

原告らは、本件訴訟の提起、追行を弁護士に委任したことは記録上明らかであり、本件における審理の経過、事案の性質、認容額等を総合すれば、山科福祉事務所長の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、原告ら各自について10万円と認めるのが相当である。

(5)  なお、原告らは、上記の各金員に対する遅延損害金について、本件廃止決定の効力発生日である5月7日を起算日として請求しているが、山科福祉事務所長の不法行為は、5月18日にした本件廃止決定であるから(なお、前記認定のとおり、同月7日以降の既払扶助費については返還が免除されている。)、遅延損害金の起算日は不法行為の日である同月18日であって、これを同月7日とすべき理由はない。

4  以上のとおり、原告らの本訴請求は、被告に対し、それぞれ金110万円及びこれに対する平成11年5月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文、65条1項本文に、仮執行宣言につき同法259条1項にそれぞれ従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 下馬場直志 裁判官財賀理行は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 水上敏)

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