京都地方裁判所 平成14年(ワ)1815号 判決 2003年11月27日
主文
1 被告は,原告Aに対し,80万円及びこれに対する平成14年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告C,同D及び同Eに対し,それぞれ80万円及びこれに対する平成14年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告B及び同Fの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,被告に生じた費用の4分の3と原告A,同C,同D及び同Eに生じた費用を被告の負担とし,被告に生じたその余の費用と原告B及び同Fに生じた費用を原告B及び同Fの各負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 ①事件
主文第1項と同旨
二 ②事件
1 被告は,原告Bに対し,50万円及びこれに対する平成14年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 主文第2項と同旨
三 ③事件
被告は,原告Fに対し,50万円及びこれに対する平成15年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は,被告が設置する大学の平成9年度または平成14年度入学試験を受験して合格し,被告に入学金,前期授業料等の納付金を支払った原告らが,その後被告大学への入学を辞退したにもかかわらず,被告が,入学試験要項等にこれらの納付金を返還しない旨の条項があることなどを理由にこれを返還しないことについて,かかる特約は無効であるなどと主張して,原告A,同C,同D及び同Eにあっては納付済みの前期授業料及び前期施設設備費相当額,原告B及び同Fにあっては納付済みの入学金相当額,並びにこれらに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は,教育基本法及び学校教育法に従い,学校教育を行うことを目的として設立され,肩書地に京都薬科大学を設置する学校法人である(以下「被告大学」ともいう。)。
2(1) 原告Fは,被告大学の平成9年度入学試験を受験して合格し,平成9年2月20日,被告に対し,入学金50万円を支払った。
(2) 原告A,同B,同C,同D及び同Eは,被告大学の平成14年度入学試験を受験して合格し,別紙①・納付金一覧表記載のとおり,原告Bにあっては入学金50万円を,同A,同C,同D及び同Eにあっては入学金50万円,前期授業料60万円及び前期施設設備費20万円(以下,入学金と前期授業料及び前期施設設備費をあわせて「納付金」ともいう。)並びに教育後援会費2万円を,入学試験要項等に定められたそれぞれの納付期限までに,被告に支払った。
3 原告らは,いずれも納付金を納付した後に合格発表があった他大学に入学することを決めたため,被告大学への入学を取りやめることとし,被告大学に対し入学辞退の通知を行い,あるいは所定の入学手続をとらなかったことにより,被告大学への入学資格を失った。
4(1) 平成9年度及び平成14年度の被告大学の入学試験要項等には,いずれも,一定の場合を除き,いったん納付された納付金は返還しない旨の条項(以下「学納金不返還条項」という。)が付されていた。
(2) 被告は,平成15年6月17日までに,原告A,同C,同D及び同Eに対し,教育後援会費2万円を返還したが,上記2のとおり各原告から支払われた納付金につき,今日に至るまで,いずれも返還していない。
二 争点及びこれに対する当事者の主張
1 各納付金の法的性質及び入学辞退者への返還の要否(争点1)
(原告らの主張)
(1) 原告らは,被告との間で,それぞれ在学契約を締結した。その契約の内容は,被告が原告らに対して,広く知識を授けるとともに,知的・道徳的及び応用的能力を展開させるための教育を提供するべき義務を負担し,原告らが被告に対して,上記教育役務に対する対価を支払う義務を負うもので,その契約は,継続的双務契約で,準委任契約(民法656条)である。
(2) 入学金と前期授業料及び前期施設設備費は,本質的に差のあるものではなく,納付金は,その名目を問わず,すべてが準委任契約の受任者の前払費用ないし報酬である。原告らは,いずれも,被告大学への入学を辞退することにより,在学契約を将来に向けて解除したから,被告は,原告らに,これらの学納金を不当利得として返還する義務を負う。
(3) 被告は,納付金のうちで入学金は,授業料や施設設備費とは性質が異なると主張するが,失当である。合格者が入学金を支払うのは,他の受験生を排して大学に入学する地位を確保するためではなく,入学資格の取消を免れるためである。すなわち,合格者は,大学に入学するかどうかについての決断を行っていない時期であっても,入学金を支払わなければ大学に入学できないので,やむを得ずに支払うのであり,被告が主張するように,納付金のうちの入学金が手附金的性格を有しているとはいえない。
被告大学は,そもそも,入学定員をはるかに超える人数を合格させて入学金を荒稼ぎしている上に,合格者が入学金を支払った後にも,その合格者が入学を辞退した場合に備えて補欠合格者を準備しているのであるから,その合格者に対して,他の受験生を排して大学に入学する地位を確保させているわけではない。また,被告大学は,入学金についてだけ,他の納付金と区別して会計処理しているわけでもない。
(被告の主張)
(1) 在学契約とは,教育基本法及び学校教育法に従い,学則に則った教育を行うという一種の附合契約である。
(2) 入学金は,他の受験生,殊に補欠合格者に優先して入学する権利を確保する手附金的性格ないし予約金的性格を有しており,入学金を納付することによって,被告と納付した者との間で,その者が入学する権利を確保する一種の予約が成立する。したがって,入学金を納付しただけでは,直ちに在学契約が成立することにならない。一方で,前期授業料や前期施設設備費は,これを納付することによって最低でも4年間継続する在学契約を締結するという性格を持っている。
2 学納金不返還条項は公序良俗に違反し,民法90条により無効となるか。(争点2)
(原告らの主張)
民法上暴利行為として無効とされる要件は,①他人の無思慮・窮迫に乗じること,②甚だしく不相当な財産的給付を約させることの2点である。不相当とは,経済的対価性が著しく欠けて,その法的効力を維持することが妥当でないものである。
仮に,原告らが納付金を納入せず,他大学にも不合格であるとすると,原告らは,大学入学準備のため,さらに1年間準備をするか,場合によっては大学進学自体を断念しなければならず,その精神的・経済的負担は多大なものがある。このように原告らは,被告が一方的に定めた学納金不返還条項によって事実上納付金を納入せざるを得なかったもので,原告らの納付金の納入は,被告が原告らの窮迫に乗じたものである。
学納金不返還特約の締結は,被告が,入学希望者の特殊かつ不安定な立場を利用して,甚だしく高額な納付金を不当に利得する暴利行為に該当し,民法90条により無効であるから,被告は納入済みの納付金を原告らに返還しなければならない。
(被告の主張)
被告が,平成14年度の入学試験要項において,一般入試(B方式)の合格者の前期授業料及び前期施設設備費の納付期限を平成14年3月22日と定めたのは,昭和50年9月1日付け文部省の通知に則り,「入学式の日から逆算して概ね2週間前の日以降」に徴収することとした結果である。国立大学等の他大学の日程を考慮して決めたのではない。
原告らが被告に納付金を納入せず,他大学にも不合格であれば,大学に入学できないことは,原告らが独自に利益考量の上,決定したことの当然の帰結にすぎない。国立大学にも入学の一定のルールがあるように,私立大学にも一定のルールがあり,そのルールに従わなかった場合に入学できないのは当然のことである。それは,被告の責任の範囲内のものではない。原告らが独自に利益考量の上,決定する事項である以上,納付金の納付が原告らの窮迫に乗じたものであるとはいえない。
3 学納金不返還条項に消費者契約法9条は適用されるか。(争点3)
(原告らの主張)
(1) 原告Fを除く原告らと被告との間で締結された契約は,消費者契約法2条3項に規定された「消費者契約」に該当することから,消費者契約法の適用対象となる。
(2) 消費者契約法9条1号は,契約の解除に伴う損害賠償額の予定あるいは違約金を定める条項につき,解除の時期やその当不当を問うことなく,契約解除に伴って事業者に生じる平均的損害を超える部分を無効とするものである。すなわち,この条項は,解除原因に関し,仮に消費者側に著しい帰責性があった場合といえども,解除を原因として事業者に利得を得させることを禁じるものである。したがって,「違約罰」「解約料」「キャンセル料」といった名目の如何を問わず,また1回的契約,継続的契約といった契約の種類にかかわらず,実質的に損害賠償額の予定または違約金の定めと解釈される約定は,すべて本号の規制の対象となる。
本件において,入試要項の記載では,納付金を返還しない根拠が明らかではない。これが明らかでなければ,不返還には合理的根拠が認められないので,納入済みの納付金は,法律上の原因がないものとして直ちに不当利得となる。したがって,被告に有利に解釈したとしても,この納付金は「損害賠償の予定」とみるほかなく,在学契約の解除時に消費者たる原告らの前納した納付金を違約金ないし解約料として没収する特約は「契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,または違約金を定める条項」に該当する。
(3) 役務提供開始前に在学契約を解消した段階において教育機関に生じる経済的損害などは一般的に考えがたく,入学辞退によっても被告に何ら損害はないから,「当該事業者に生ずべき平均的な損害」は存在せず,原告らが前納した納付金全額を没収する学納金不返還条項は,その全部が「当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」との要件に該当する。
(被告の主張)
(1) 消費者契約法が適用されるのは,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差がある場合であるところ,私立大学において納付金を返金しないことは周知の事実である。これは,旧文部省の昭和50年9月1日付け通知にも則った行為であり,入学希望者もその旨を記載した入試要項を納得した上で入学試験を受け,合格すれば,納付金を納めるのである。周知の事実である以上,大学側と受験生側との間に情報の質及び量に格差はない。また,納付金の不返還は画一的に行われるので,交渉力を問題とする余地もない。したがって,被告大学と原告Fを除くその余の原告らとの間の契約関係には,消費者契約法は適用されない。
(2) 学納金不返還条項が損害賠償額の予定でないことは,入学試験要項の文言上明らかである。また,違約金とは,債務不履行の場合に債務者が債権者に支払うことをあらかじめ約束しておいた金銭のことであるから,学納金不返還条項が違約金を定める条項でないことも,文言上明らかである。
(3) 被告は,営利法人ではなく,公益法人であるため,合格者の入学辞退による平均的損害という考え方自体がなじまない。公益法人では収益分配や残余財産の分配が行われることはないので,返還されなかった納付金は,在学生の学費の軽減に役立つという関係に立つだけである。
4 学納金不返還条項は消費者契約法10条により無効となるか。(争点4)
(原告らの主張)
民法上準委任契約の解除時に認められる消費者の前払報酬及び前払費用の返還請求権を排除する内容の学納金不返還条項は,「民法の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限する消費者契約の条項」に該当する。また,学納金不返還条項は,準委任契約の解除による事業者の役務提供義務の消滅を前提としつつ,本来事業者による役務の提供に伴うはずの報酬ないし費用に関する消費者の返還請求権を排除しており,「民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する」契約条項に該当する。
(被告の主張)
在学契約は,教育基本法及び学校教育法に従い,学則に則った教育を行うという一種の附合契約であり,在学契約を背後で規制しているのは,あくまでも公の秩序に関する法令である。したがって,被告大学と原告Fを除くその余の原告らとの間の契約関係に消費者契約法10条前段の適用はない。
よって,学納金不返還条項は,同法10条により無効とはならない。
第三当裁判所の判断
一 前記第二の一の事実に,甲1ないし53及び乙1ないし12(以下,これらをあわせて「本件各証拠」という。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
1 被告大学の平成14年度の一般入学試験は,A方式(センター前期),B方式(一般入試)及びC方式(センター後期)の各方式があり,このうちB方式について,同年度一般入学試験要項(乙2)には,以下の内容の記載がされていた。
(1) 合格発表は,平成14年2月16日午前10時に,学内所定の掲示板で合格者の受験番号を掲示することによって行う。合格者には,「合格通知」を配達記録速達で郵送し,これをもって正式な合格の通知とする。なお,合格通知は発表日の午後に発送する。また,合格通知には,入学金等納付票を同封する。
(2) 入学試験に合格し,入学を希望する者は,入学金50万円を平成14年2月25日までに,授業料(前期分)60万円及び施設設備費(前期分)20万円を同年3月22日までに納付し(ただし,授業料及び施設設備費については,同年2月25日までに入学金と一括して納付することもできる。),同年3月25日までに入学手続書類等を提出しなければならない。それぞれの期限までに納付金の納付及び入学手続書類等の提出がされないときは,入学資格を失う。
(3) いったん納付した納付金及び提出した入学手続書類は返還しない。ただし,納付後,やむを得ない理由で入学できなくなった者で,平成14年3月22日午後5時までに入学辞退を申し出た者については,前期授業料及び前期施設設備費を返還する。なお,詳細は,入学手続書類の送付時に同封する。
(4) 平成14年3月22日の入学手続締切の結果,欠員が生じた場合には,合格者の追加を行うことがある。追加合格者の決定は同年3月25日以降に行い,追加合格者には電話により通知する。
2 平成14年度の被告大学の入学試験(B方式)に合格した者に交付された「入学手続等について」と題する書面(甲42)には,以下の内容の記載がされていた。
(1) 入学試験に合格し,入学を希望する者は,入学金50万円を平成14年2月25日までに,授業料(前期分)60万円及び施設設備費(前期分)20万円を同年3月22日までに納付し(ただし,授業料及び施設設備費については,同年2月25日までに入学金と一括して納付することもできる。),同年3月25日までに入学手続書類等を提出しなければならない。それぞれの期限までに納付金の納付及び入学手続書類等の提出がされないときは,入学資格を失う(前記1(2)と同内容)。
(2) 入学手続時納付金を納付し,入学手続書類を提出した者に対しては,平成14年3月27日ころ,入学許可書を配達記録郵便により郵送する。
(3) 平成14年4月4日午前10時から,被告大学中央講堂兼体育館において,入学宣誓式を行う。新入生は必ず入学宣誓式に出席しなければならず,無断欠席の場合は入学の意志がないものとして処理する。
(4) いったん納付した納付金及び提出した入学手続書類は返還しない。ただし,納付後,やむを得ない理由で入学できなくなった者で,平成14年3月22日午後5時までに入学辞退を申し出た者については,前期授業料及び前期施設設備費を返還する(前記1(3)と同内容)。その場合は,後日郵送する「入学手続書類の送付について」と題する書面記載の「7.入学辞退と納付金の返還について」に基づき,期日までに入学辞退及び返還の手続をとる。
3 平成14年度の被告大学の入学試験(B方式)に合格し入学金を納付した者に対して交付された「入学手続書類の送付について」と題する書面(甲43)には,以下の内容の記載がされていた。
(1) 平成14年4月4日午前10時から,被告大学中央講堂兼体育館において,入学宣誓式を行う。新入生は必ず入学宣誓式に出席しなければならず,無断欠席の場合は入学の意志がないものとして処理する(前記2(3)と同内容)。
(2) いったん納付した納付金及び提出した入学手続書類は返還しない。ただし,納付後,やむを得ない理由で入学できなくなった者で,平成14年3月22日午後5時までに入学辞退を申し出た者については,前期授業料及び前期施設設備費を返還する(前記1(3)及び2(4)と同内容)。入学を辞退する者は,次の手続により申し出る。
ア 3月22日午後5時までに,「入学辞退に伴う既納納付金の返還申出書」(以下「申出書」という。)が提出できるときは,同申出書に納付金受領書コピーを同封して,必ず簡易書留にて被告大学教務部入試課まで送付する。
イ 3月22日午後5時までに申出書を提出できないときは,同日同時刻までに電話で教務部入試課へ連絡し,同時に申出書と納付金受領書コピーを同封して簡易書留速達により送付する。3月22日の郵便局消印を有効とし,それ以降の分については,既納納付金は返還しない。
(3) 入学辞退期限以降にやむを得ない事由により入学を辞退する場合には,入学者名簿等の準備の都合上,被告大学教務部入試課宛てに入学辞退申出書を送付する。なお,納付金及び提出済み入学手続書類の返還には応じられない。
4 被告大学の平成9年度入学試験に関する入学試験要項等にも,上記と同趣旨の記載がされていた。
5 被告大学においては,昭和24年の学制改革による被告大学設置時またはそれ以降間もないころから,被告大学に入学手続をとる学生から入学金を徴収し,平成9年よりも相当以前から,その入学金のほか前期授業料及び前期施設設備費も納入させ,いったん徴収したこれらの入学金,前期授業料及び前期施設設備費は,入学内定者が学生とならないことが確定した場合でも,学生となった後中途退学した場合でも,いずれも返還しないとの扱いをしてきた。
6 平成10年度から平成14年度までの被告大学における募集定員,入学試験合格者,学納金前納者,入学辞退者及び入学者の人数は,別紙②・過去5年間の合格者数・入学者数等一覧表のとおりであった。
7(1) 原告Fは,被告大学の平成9年度入学試験を受験して合格し,入学試験要項等により定められた納付期限の前である平成9年2月20日,被告に対し,入学金50万円を支払った。
(2) 原告A,同B,同C,同D及び同Eは,被告大学の平成14年度入学試験(B方式)を受験して合格し,別紙①・納付金一覧表記載のとおり,原告Bにあっては入学金50万円を,同A,同C,同D及び同Eにあっては入学金50万円,前期授業料60万円及び前期施設設備費20万円並びに教育後援会費2万円を,それぞれ被告に支払った。
8(1) 原告Fは,平成9年3月10日に合格発表があった神戸大学理学部に入学することを決めたため,被告大学への入学を取りやめ,所定の期限までに前期授業料及び前期施設設備費を被告に納付しなかった。これにより,原告Fは被告大学への入学資格を失った。
(2) 原告Aは,平成14年3月23日に合格発表があった名古屋市立大学薬学部に入学することを決めたため,被告大学への入学を取りやめ,同年4月4日に行われた被告大学の入学宣誓式に出席しなかった。これにより,原告Aは被告大学への入学資格を失った。
(3) 原告Bは,平成14年3月9日に合格発表があった大阪大学工学部に入学することを決めたため,被告大学への入学を取りやめ,所定の期限までに前期授業料及び前期施設設備費を被告に納付しなかった。これにより,原告Bは被告大学への入学資格を失った。
(4) 原告Cは,平成14年3月23日に合格発表があった大阪大学薬学部に入学することを決めたため,同年3月26日,被告に対し,被告大学への入学を辞退する旨の書面を郵送し,同書面はそのころ被告に到達した。これにより,原告Cは被告大学への入学資格を失った。
(5) 原告Dは,平成14年3月23日に合格発表があった名古屋市立大学薬学部に入学することを決めたため,同年4月1日,被告に対し,被告大学への入学を辞退する旨の書面を郵送し,同書面はそのころ被告に到達した。これにより,原告Dは被告大学への入学資格を失った。
(6) 原告Eは,平成14年3月23日に合格発表があった名古屋市立大学薬学部に入学することを決めたため,同年3月23日,被告に対し,被告大学への入学を辞退する旨の書面を郵送し,同書面はそのころ被告に到達した。これにより,原告Eは被告大学への入学資格を失った。
9 被告大学では,平成9年度以降においても,入学試験に合格し,入学金を支払った後に入学を取りやめた者につき,入学を取りやめた理由,時期等を問わず,入学金を返還することを一切予定しておらず,入学試験要項等にも入学金の返還手続については何らの記載もなかった。
10 原告らのうち,原告B及び同Fについては,それぞれの年度の,入学試験要項等に基づく前期授業料及び前期施設設備費の納付期限までに,被告大学に優先して入学することに決定した他大学の入学試験の合格発表があったため,前期授業料及び前期施設設備費については被告大学に納付しなかった。原告A,同C,同D及び同Eは,優先して入学することにした他大学の入学試験の合格発表が,いずれも,平成14年3月22日午後5時以降にあったため,被告大学の入学内定者たる地位を確保しておくためには,被告大学へ前期授業料及び前期施設設備費を納入しておく必要があった。そのため,同原告らは,同時刻までに,被告大学に入学辞退の通知ないし電話連絡をしなかった。
11 被告大学は,原告らに対し,原告らが前記のとおり納付した入学金,前期授業料及び前期施設設備費を返還していない。
二 争点1について
1 まず,被告大学の学生と被告との間の契約関係について検討すると,次のとおりである。
大学は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする(学校教育法52条)教育・研究機関であり,大学を卒業した者に対しては,当該大学の学士の学位が授与され(同法68条の2),また,大学院の入学資格が与えられる(同法67条)ものとされていることから,これらが,大学と学生の間の契約の要素であると考えられる。
被告大学は,教育基本法及び学校教育法の規定に従い,薬学に関する理論及び応用を教授し,平和的文化的な国家及び社会に有用な人材を養成することを目的とするものであり(京都薬科大学学則(以下「学則」という。)1条),被告大学の学生は,被告大学の施設を利用し,被告大学の教員等によって行われる,主として薬学に関する高度の内容を含む講義,実習等を受講し,あるいは研究活動,自主的活動等を行うことで,自己の学問的・社会的素養を高めることを主な目的としているものと解される。
そして,大学を卒業するためには,一定の修業年限以上在学し,所定の単位数を修得することが要件であるから(大学設置基準32条),単に大学における講義,実習等を受講するなどして学問的・社会的素養を高めるのみならず,その前提として,当該大学の学生たる身分を取得していることが必要となる。また,大学に在籍しているという事実そのものや,在籍する大学の知名度,入学の難易度等が,社会的評価の対象となることも少なくなく,学生は,当該大学に在籍することによって,有形,無形のさまざまなメリットを享受することができるのであり,当該大学の学生たる身分が与えられることも,大学と学生の間の契約関係の主たる要素であるというべきである。
このようにみてくると,被告大学の学生と被告との間の契約関係は,被告が,学生に対し,被告大学の施設を利用させ,教育役務等の提供を行って,学生の学問的・社会的素養の向上に資することのほか,被告大学の学生たる身分を与え,除籍・退学事由に該当しない限り,その身分を卒業まで保障して,一定の要件を満たせば,卒業を認定し,学士(薬学)の学位(学則40条)を与えるという債務を負い,一方で,学生が,被告に対し,その対価を支払う債務を負うことを内容とする,双務有償契約であると解される。
2 次に,入学内定者と被告との間の法律関係については,次のとおりである。
被告大学では,入学の時期は学年の始めとされ(学則15条),学年は,毎年4月1日に始まる(同11条)から,被告大学の入学試験に合格し,所定の入学手続を履践した者も,その年の4月1日以前は,未だ,前記のような被告大学の学生の身分は取得できないが,所定の期限までに入学金を納付し,その後,前期授業料及び前期施設設備費の納付等,所定の入学手続を履践しさえすれば,4月1日をもって,当然に被告大学の学生たる身分を取得できることになるから(ただし,4月初旬に行われる入学宣誓式に無断欠席した者は,4月1日にさかのぼって,被告大学の学生たる身分を失うものと扱われていたものと解される。),合格者は,入学金を納付したことにより,その時点で,入学試験の不合格者,あるいは入学試験に合格しながら入学金を納付しない者を排斥して,被告大学に入学する資格を得られることになる(以下,入学金を支払ってこのような状態になった者を「入学内定者」ともいう。)。このように,被告大学の正式な学生たる身分を取得する以前の入学内定者と被告との間にも,一定の契約関係が発生していると考えるのが相当である。
そして,被告大学の入学試験に合格し,入学金を納付しようとする者は,単に入学内定者たる地位を得て,4月1日までこの地位が保持されることのみを目的としているのではなく,更に,その後,4年以上被告大学に在学して,卒業の認定を受け,被告大学の学士の学位を取得することをも意図しているというべきである。このことは,いわゆる「すべり止め」として被告に入学金を納付する者も同様である。すなわち,「すべり止め」とは,被告大学よりも志望順位の高い大学の入学試験に合格できなかった場合は,その後の被告大学の入学手続を履践し,被告大学に入学し得る可能性を残すというものであって,その後志望大学の入学試験に合格した場合には,結果的に被告大学への入学意思を失うことになるが,被告大学に入学金を納付した時点では,被告大学に入学する意思,ひいては一定期間被告大学に在籍し,その卒業の認定を受けるという意思を有していたものとみられることは明らかである。
また,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,被告大学では,入学辞退者が多数に及ぶという経験則に基づき,例年,募集定員を大幅に上回る受験者を合格させており,また,入学金納付者数も定員数を上回るのが通例であることが認められるところ,仮に,入学辞退者数の見込みが外れて,入学手続を履践した者の数が定員数を上回った場合でも,定員数を上回る人数の者に対して,被告の側から一方的にその入学を拒否する根拠は,学則その他の規定からも見いだすことができないから,入学内定者たる地位を取得した者は,所定の入学手続を履践しさえすれば,被告から入学を拒否されることはないと解される。現に,前記認定のとおり,平成10年度ないし同14年度の一般入学試験においては,被告大学では,最終的に募集定員を30人ないし40人程度上回る入学者を受け入れている。したがって,入学内定者たる地位を取得した者は,未だ被告大学の学生たる身分は取得できないものの,所定の入学手続を履践しさえすれば,被告から一方的に入学資格を剥奪されることはなく,入学試験の不合格者,あるいは入学試験に合格しながら入学金を納付しなかった者を排斥して,その年の4月1日の到来により,当然に被告大学の学生たる身分を取得し,その後,卒業に至るまでこれを保持し続けることができるものといえ,このような入学内定者たる地位は,被告大学の正式な学生たる身分に準じるものといえる。
このようにみてくると,被告大学の入学内定者と被告との間の契約関係は,被告大学の入学試験に合格した者が所定の期限までに被告に入学金を納付することによって成立し,その内容は,被告が,入学金納付者に対し,4月1日以前にあっては,被告大学の入学内定者たる地位を与え,入学試験要項等に定める入学資格喪失事由に該当しない限り,その地位を4月1日まで保持させ,4月1日以降にあっては,被告大学の学生たる身分を与え,学則等に定める除籍・退学事由に該当しない限り,その身分を卒業まで保持させるとともに,被告大学の施設を利用させ,また被告大学における講義,実習等を受講させて,一定の要件を満たせば卒業を認定し,学士(薬学)の学位を授与する一方で,学生が,その対価としての授業料等を支払う,というものであると解するのが相当である(以下,このような契約関係を成立させる入学金の納付によって成立する契約を,「入学契約」という。)。
3 以上を前提として,入学金,授業料及び施設設備費の法的性質を検討すると,次のとおりである。
(1) 本件各証拠によれば,被告大学においては,入学金は入学時にのみ一括して支払われ,修業年限を超えて在籍しても追加徴収されるものではないのに対して,授業料等は,講義,実習等を受講する各年次の各期ごとに支払われ,修業年限を超えた場合にはそれに応じて支払う必要があること,納付金支払後に入学を取りやめる場合,前期授業料及び前期施設設備費については一定の要件のもとに返還されることが予定されているが,入学金については返還がまったく予定されていないこと,昭和50年9月1日付け文部省管理局長及び文部省大学局長の「私立大学の入学手続時における学生納付金の取扱いについて(通知)」(甲5)においても,入学料とその他の納付金を区別していること,1年次の前期授業料,前期施設設備費と,1年次後期以降の授業料,施設設備費は同額であること(平成14年度の入学生はいずれも各期60万円),前記のとおり,入学金は,入学手続時の納付期限でも,前期授業料及び前期施設設備費とは区別されていること,以上が認められる。
(2) 前記認定事実,それに平成9年度及び平成14年度の各入学金の金額並びにそれが学納金全体に占める割合等に照らすと,被告大学において,入学金は,被告大学の入学試験に合格した者が,それを納付することによって,被告大学との間で,入学内定者たる地位を付与され,4月1日以降は前記のとおりの内容の在学契約関係となる学生たる身分を保障されることの対価であり,これに対して,前期授業料及び前期施設設備費は,前記のような在学契約関係,すなわち,被告大学の学生となった後,それを前提として,各年次の各期において被告大学の施設を利用し,教育役務等の提供を受けることまたは受け得る地位にあることの対価たる性質を有するものと解するのが相当である。
そして,前記認定事実及び本件各証拠によれば,被告大学における入学予定者と被告大学との間の関係については,平成14年度においては,被告大学側としても,平成14年3月22日午後5時までに入学辞退を申し出る方法によることにしていたものの,現実には,この定めに反して,更に,他大学の入学試験の合格発表日との関係でその後同年4月4日までの間に入学内定者たる地位を放棄して入学を辞退する入学辞退者が出ることがあるのを予想し,同年4月4日の入学宣誓式に入学内定者が無断出席するか否かで,最終的に入学内定者が入学辞退するのか入学するのかの意思確認を行うものとしていたもので,入学予定者側もこれを前提とした上で入学金の納付手続を行うことになっていたものと認められる。したがって,入学予定者は,被告大学との間では,平成14年度においては,同年4月4日の入学宣誓式に無断欠席するかまたはそれまでに被告大学に入学辞退を申し出るか,いずれかの方法で,入学内定者たる地位を放棄することによって,一方的に,被告大学との間の契約関係を解消することができるものとされていたというべきである。ただし,平成14年3月22日午後5時以降に入学を辞退する場合は,約定には違反することになる。
4 入学内定者との契約関係の解消と納付金返還の要否
(1) 前記認定事実によれば,原告らは,いずれも,被告大学に入学金を納付して,入学内定者となったものではあるが,原告Aは入学宣誓式に無断欠席することによって,原告C,同D及び同Eは入学宣誓式までに自ら入学辞退を申し出ることによって,原告B及び同Fは所定の期限までに前期授業料及び前期施設設備費を納付しないことによって,それぞれ,入学内定者たる地位を放棄して被告大学への入学を辞退したものと解される。
なお,原告Aについては,平成14年4月4日の入学宣誓式に無断欠席したもので,前記認定事実によれば,同年4月1日から同月4日までの間は被告大学の学生たる地位を取得していたことになるが,前記認定及び判断のとおり,入学宣誓式に無断欠席することによって,被告大学と同原告との間で,同年4月1日にさかのぼって被告大学の学生たる地位を取得しなかったものと扱うものとされていたものというべきである。
(2) そして,入学金の性質が前判示のとおりである以上,被告は,入学金を納付した原告らに対し,入学内定者たる地位をすでに与え,これにより,原告らは,入学内定者たる地位,すなわち入学試験要項等に定める入学資格喪失事由に該当しない限り,4月1日の到来により当然に被告大学の学生たる身分を取得し,その後,学則等に定める除籍・退学事由に該当しない限り,その身分を卒業まで保障されるという地位を取得していたもので,これを自らの意思で放棄したにすぎないのであるから,入学金については,原告らが入学を辞退して入学内定者たる契約関係が解消されても,被告に,その返還義務が生じることはないというべきである。
(3) 一方,前期授業料及び前期施設設備費については,その性質が,前記のとおり,在学契約関係にあることを前提とし,被告大学の講義,実習等を受講し施設を利用する各期ごとにその対価として支払われるもので,前期授業料及び前期施設設備費は,被告大学の学生として1年次の前期における講義,実習等を受講し施設を利用すること,利用し得る地位の対価である。そして,原告らは,いずれも,被告大学との間で,入学内定者たる地位から学生としての在学契約関係に移行しなかったか,または移行しなかったものと扱われる関係になり,結局,いずれも,被告大学の学生として1年次の前期における被告大学の講義,実習等をまったく受講せず,また,被告大学の施設を利用し得る地位を取得したことはなかったか,またはそのように扱われたものであるから,被告は,入学辞退がされた後は,支払われた前期授業料及び前期施設設備費を法律上は取得し得る根拠がないものであり,入学内定者であった者にそれを返還する義務を負うのが原則であるというべきである。
4 以上のとおり,入学金については,入学内定者が入学辞退をしても,そもそも被告が返還義務を負うことはないというべきであり,入学辞退者は,学納金不返還条項の有無にかかわらず,被告に対し,その返還を求めることはできないといわざるを得ない。
他方,前期授業料及び前期施設設備費については,被告は,原則として,前記の入学宣誓式までに入学を辞退した者に対しその返還義務を負うことになるが,被告大学の入学試験要項等には,これについても,返還しない旨の条項(学納金不返還条項のうちで,特にこの部分を以下「本件不返還条項」という。)があることから,更に,本件不返還条項の性質及び有効性が問題となる。
5 そうすると,原告らの本件請求のうち,納付済みの入学金の返還を求める原告B及び同Fの請求は,学納金不返還特約の効力について検討するまでもなく,理由がないことに帰する。
6 なお,原告らは,入学金も,準委任契約の前払費用ないし報酬であることは,前期授業料や前期施設設備費と同様であって,入学金のみが法的性質が異なるとして,その返還についての法的判断を区々にすると,被告大学側は,事実上従来前期授業料や前期施設設備費名目で取得していた部分を入学金を増額することによって取得することになるだけであると主張する。しかし,入学契約は,前判示のとおりであって,その限りで,入学金は手附金的な性質を有しているというべきであり,また,被告大学側が原告らが主張するような目的で入学金の増額をするとしても,入学金と前期授業料や前期施設設備費との納入時期や方法との相異,他大学との競争関係等から,そのような対処方法には一定の限界があると考えられる。原告らのこの点に関する主張は採用しない。
三 争点2について
1 原告A,同C,同D及び同E(以下「原告Aら4名」という。)は,いずれも平成14年3月22日の午後5時以降に,前記のとおり,入学内定者たる地位を放棄して被告大学との間の入学契約を一方的に解消したものであり,本件不返還条項は,その場合でも,被告大学は,前期授業料及び前期施設設備費を返還せずにそれらを取得するものとする約定であるから,前記認定事実に照らしても,その趣旨は,入学内定者側が,約定に反して,一方的に契約関係を解消した場合の損害賠償額の予定または違約金を定めるものと考えられる。すなわち,前記認定事実によれば,被告大学の入学試験要項等には,前期授業料及び前期施設設備費の納付期限が入学手続の締切とされ,この締切の時点で欠員が生じた場合には,合格者の追加を行うことがあるというのであり,この期限が,被告大学側で入学者数を確定する基準時となっていたものと解され,その締切以降に入学辞退者が生じた場合には,被告大学では欠員補充が困難となるなどの可能性も考えられないではない。したがって,本件不返還条項は,この締切以降に入学を辞退する場合には前期授業料及び前期施設設備費をいわば没収することとして,入学内定者のこのような行動を牽制するねらいがあったものと考えられる。
2 本件不返還条項は,このように,入学内定者が約定に反して一方的に契約関係を解消したことによる損害賠償額の予定または違約金を定めたものであって,その内容が公序良俗に反しないのは明らかであり,入学契約をするについて,被告大学が,原告Aら4名の無思慮・窮迫に乗じたことや,その金額が法外に高額であること等の事情も証拠上認められない。
3 したがって,本件不返還条項が民法90条に違反して無効であるとする原告Aら4名の主張は採用できない。
四 争点3について
1(1) 消費者契約法は,「消費者」(消費者契約法2条1項)と「事業者」(同条2項)との間で締結される契約を「消費者契約」としているところ(同条3項),原告Aら4名は,いずれも事業としてまたは事業のために契約の当事者となる場合以外の個人であるから,同法にいう「消費者」であり,また,被告は学校法人であるから,同法にいう「事業者」であって,原告Aら4名と被告との間で締結された入学契約は,同法にいう「消費者契約」に当たる。
(2) 消費者契約法は,平成13年4月1日の同法施行後に締結された消費者契約(ただし,労働契約を除く。同法12条)について適用されるところ(同法制定附則),原告Aら4名と被告の間の入学契約は,労働契約でないことは明らかであり,また,いずれも平成14年2月中にされた契約であるから,同法の適用があるというべきである。
そして,民法及び商法以外の他の法律に,入学内定者と私立大学との間の契約関係における入学手続時の納付金の扱い等に関する別段の定めはないから(消費者契約法11条2項参照),本件不返還条項の効力については,消費者契約法の規定による規制を受けるべきものと解される。
2 被告は,消費者契約法が適用されるのは,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差がある場合であるところ,私立大学において納付金を返金しないことは周知の事実であり,また,納付金の不返還は画一的に行われるので,交渉力を問題とする余地もないとして,入学契約関係には消費者契約法の適用はない旨主張する。しかし,被告大学の入学試験を受験し,これに合格して被告大学に入学しようとする者は,被告大学が定めた入学試験要項や学則等の条項に従ってそのとおりに手続を履践し,そのとおりの内容の入学契約を締結するほかに,被告大学と何らかの交渉を行う余地はほぼ皆無であるというべきであるから,入学契約にも消費者契約法の規定が適用されると解するべきである。被告の上記主張は採用できない。
3 消費者契約法9条1号は,消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,または違約金を定める条項であって,これらを合算した額が,当該条項において設定された解除の事由,時期等の区分に応じ,当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害(以下「平均的損害」という。)の額を超えるものについては,当該超える部分について無効とする旨を定める。そして,本件不返還条項は,前記のとおり,在学契約関係を約定に反して一方的に解消させた場合の損害賠償額の予定または違約金を定めたものであるから,消費者契約法9条1号に該当し,本件不返還条項のうち,平均的損害を超える部分については無効となるというべきところ,被告は,返還されなかった納付金は,在学生の学費の軽減に役立つという関係に立つのみで,公益法人である被告には,合格者の入学辞退による平均的損害という考え方自体がなじまない旨主張し,当裁判所の釈明によっても,その平均的損害につき何ら主張・立証(ないし反論・反証)を行わないことを本件口頭弁論において明らかにしている(第8回口頭弁論調書参照)。
4 したがって,本件においては,被告自身が,平均的損害は存在しない旨自認しているというべきであり,本件不返還条項が定める前期授業料及び前期施設設備費の80万円は,その全額が平均的損害を超えるものであり,本件不返還条項は,そのすべてが消費者契約法9条1号により無効となるというべきである。被告は,原告Aら4名に対し,それぞれ前期授業料及び前期施設設備費として支払われた80万円を返還する義務を負う。
五 以上のとおりであるから,その余の争点につき検討するまでもなく,前期授業料及び前期施設設備費の返還を求める原告Aら4名の請求はいずれも理由があるからこれを認容し,入学金の返還を求める原告B及び同Fの各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行宣言につき同法259条1項をぞれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 飯野里朗 裁判官 財賀理行)
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