京都地方裁判所 平成14年(ワ)1832号 判決 2003年7月16日
平成14年(ワ)第1789号 学納金返還請求事件(甲事件)
平成14年(ワ)第1832号 入学金返還請求事件(乙事件)
平成14年(ワ)第2642号 学納金返還請求事件(丙事件)
主文
1 甲、丙事件被告は、甲事件原告Aに対し、金59万9800円、同Bに対し、金58万9800円、同Cに対し、金60万2600円及びこれらに対するいずれも平成14年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 甲、丙事件被告は、丙事件原告に対し、金25万円及びこれに対する平成14年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 乙事件被告は、乙事件原告に対し、金15万円を支払え。
4 甲事件原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、全事件を通じて、甲、丙事件被告及び甲事件原告らに生じた費用の10分の7並びに丙事件原告に生じた費用を甲、丙事件被告の負担とし、乙事件原告及び乙事件被告に生じた費用を乙事件被告の負担し、その余は甲事件原告らの負担とする。
6 この判決は、主文第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 甲事件
(1) 甲、丙事件被告(以下「被告京女」ともいい、乙事件被告と併せて「被告ら」ともいう。)は、甲事件原告A(以下「原告A」ともいい、全事件の原告らを総称して「原告ら」ともいう。)に対し、87万2800円及びこれに対する平成14年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告京女は、甲事件原告B(以下「原告B」ともいう。)に対し、84万2800円及びこれに対する平成14年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告京女は、甲事件原告C(以下「原告C」ともいう。)に対し、85万5600円及びこれに対する平成14年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 乙事件
主文第3項同旨
3 丙事件
主文第2項同旨
第2事案の概要
1(1) 甲、丙事件
甲事件及び丙事件は、甲、丙事件原告らが、被告京女との間で在学契約を締結し、入学金、初年度前期授業料、施設利用料等の金員(以下、これらの入学手続時に支払を要する費用を総称して「学納金」ともいう。)を納入したところ、その後入学を取りやめたと主張して、被告京女に対して、在学契約の解約に基づき学納金の返還及びこれに対する各訴状送達の日の翌日(甲事件原告らにつき平成14年7月10日、丙事件原告(以下「原告E」ともいう。)につき同年9月29日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事件である。
(2) 乙事件
乙事件は、乙事件原告(以下「原告D」という。)が、乙事件被告京都成安学園(以下「被告成安」ともいう。)との間で原告Dの子を成安造形短期大学(以下「成安短大」ともいう。)に在学させる旨の契約を締結し、被告成安に対して、学納金を納入したところ、その後原告Dの子の入学を取りやめたにもかかわらず入学金相当額を控除した学納金の返還しか受けられなかったと主張して、被告成安に対して、同契約の解約に基づき入学金の返還を求める事件である。
2 当事者の主張の骨子
(1) 請求原因
ア 被告ら
(甲、丙事件)
(ア) 被告京女は、京都女子大学(以下「京女大」ともいう。)、京都女子大学短期大学部(以下「京女短大」ともいう。)等を設置する学校法人である。
(乙事件)
(イ) 被告成安は、学校法人であって、平成14年3月31日まで成安短大を設置していた。
イ 在学契約の締結と学納金の納付
(甲、丙事件)
(ア) 原告Aは、平成14年度の京女大家政学部児童学科の入学試験に合格し、入学手続の期間内の同年3月19日までに、入学手続書類を提出するとともに入学金25万円、初年度前期授業料44万円、施設設備費14万2000円、建設協力金2万円、スポーツ科学実習費800円、実験実習料1万円、育友会費1万円(合計87万2800円)を被告京女に支払い、同日までに、被告京女との間で京女大についての在学契約を締結した。
(イ) 原告Bは、平成14年度の京女短大文学科の入学試験に合格し、入学手続の期間内の同年1月23日までに、入学手続書類を提出するとともに入学金23万円、初年度前期授業料44万円、施設設備費14万2000円、建設協力費2万円、スポーツ科学実習費800円、育友会費1万円(合計84万2800円)を被告京女に支払い、同日までに、被告京女との間で京女短大についての在学契約を締結した。
(ウ) 原告Cは、平成14年度の京女短大生活科学科の入学試験に合格し、入学手続の期間内の同年3月22日までに、入学手続書類を提出するとともに入学金23万円、初年度前期授業料44万円、施設設備費14万2000円、建設協力費2万円、スポーツ科学実習費800円、実験実習費1万2800円、育友会費1万円(合計85万5600円)を被告京女に支払い、同日までに、被告京女との間で京女短大についての在学契約を締結した。
(エ) 原告Eは、平成14年度の京女大文学部英文学科の入学試験に合格し、入学手続の期間内の同年2月19日、入学手続書類を提出するとともに入学金25万円を被告京女に支払って、そのころ、被告京女との間で京女大についての在学契約を締結した。
(乙事件)
(オ) 原告Dの子であるFは、平成14年度成安短大造形芸術科の入学試験に合格し、原告Dは、平成13年12月6日、入学金15万円、初年度前期授業料40万円、教育充実費19万円、実習費3万円、学生会会費1万円、父母の会会費1万7000円、学生医療互助会会費合計1万円及びフレッシュマンキャンプ費2万3000円(合計83万円)を被告成安に支払い、そのころ、被告成安との間でFを成安短大に在学させる旨の契約を締結した。
ウ 在学契約の解約
(甲、丙事件)
(ア) 被告京女においては、その入学手続要項等において、入学式に無断で欠席すると入学取消しとなる旨、すなわち、入学式に欠席した場合には、在学契約が自動的に解約される旨が定められているところ、原告Aは、平成14年4月5日に行われた京女大の入学式に出席しなかったため、同日、被告との在学契約は解約された。
(イ) 原告Bの法定代理人であった母gは、平成14年2月8日午前10時ころ、京女短大の財務部財務課あてに電話で入学を辞退する旨を告げて、在学契約を解約する旨の意思表示をした。
上記の電話がかけられていなかったとしても、原告Bは、京女短大の入学式に出席せず、これによって、被告との在学契約は解約された。
(ウ) 原告Cは、平成14年4月3日ころ、被告京女に対し、電話で入学を辞退する旨を告げて、在学契約を解約する旨の意思表示をした。
(エ) 被告京女においては、入学試験に合格後、学納金の納入方法につき、所定の第1次手続期間内に入学金のみを納入して在学契約を締結し、その後第2次手続期間内にその余の学納金を納入することも認めていた(分納方式)が、その場合、第2次手続期間内に初年度前期授業料、施設設備費等の納入がない場合は、合格を取り消すとされていたところ、原告Eは、第2次手続期間内の平成14年3月22日まで初年度前期授業料、施設設備費等の学納金を支払わなかったので、在学契約は解約された。
(乙事件)
(オ) 原告Dは、平成14年3月22日、被告成安に対し、入学を辞退する旨を告げて在学契約を解約する旨の意思表示をした。
エ よって、甲、丙事件原告らは、被告京女に対し、原告Dは、被告成安に対し、各在学契約の解約に基づき、被告京女又は被告成安に支払った学納金(原告Dは入学金を除く68万円の返還を受けたので、入学金のみ)の返還と甲、丙事件原告は、訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 請求原因に対する認否
(被告京女)
ア(ア) 請求原因ア(ア)の事実は認める。
(イ) 同イ(ア)ないし(エ)は、甲、丙事件原告らが、同請求原因記載のとおり、京女大又は京女短大に合格し、同記載の日まで(原告E以外は入学手続期間内)に入学手続書類を提出するとともに、同記載の学納金を支払ったことは認める。
被告京女においては、入学手続について、入学手続期間内に入学手続書類を提出するとともに学納金の全額を支払う全納方式のほか、第1次手続期間内に入学金と入学手続書類を提出し、第2次手続期間内にその他の学納金を納入する分納方式と呼ぶ入学手続を認めており、原告Eは、この分納方式によって第1次手続期間内に入学手続書類を提出するとともに入学金を支払ったが、第2次手続期間内に残りの学納金を支払わなかったから入学手続は完了していない。
(ウ) 同ウは、被告京女においては入学手続要項等において入学式に欠席した場合には入学が取消しになる旨、分納方式による入学手続において第2次手続期間内に入学金以外の納入がない場合には合格を取り消す旨を定めていたこと、原告A、原告Bが入学式に欠席したこと、原告Eは、第2次手続期間内に学納金を支払わなかったこと、原告Cが平成14年4月3日ころ被告京女に入学を辞退する旨の連絡をしたこと、以上の事実は認める。同ウ(イ)前段(原告Bの母が平成14年2月8日午前10時ころに電話で入学辞退の連絡をした事実)は否認する。
(被告成安)
イ 請求原因ア(イ)、同イ、ウの各(オ)の事実は認める。
(3) 抗弁(被告ら)
ア 学納金は、複数の大学の入学試験に合格した受験生が、自己の適性等を考慮して入学する大学を選択する機会を得るための対価、すなわち、入学資格を取得、保持することの対価であって、原告らは、京女大、京女短大又は成安短大への入学資格を取得し、入学を辞退するか入学式に出席せず入学が取り消されるまでは、これを保持していたのに、これを一方的に放棄したにすぎないから、学納金の返還を求めることはできない。
また、原告A及び原告Bは、入学式に出席しなかったことにより、退学処分となるべきものを自主退学として扱ったものである。
イ 京女大、京女短大及び成安短大のいずれの学則においても、いったん納付した学納金は返還しない旨の規定がある(以下、この趣旨の約定を「学納金不返還特約」ともいう。)。
また、被告京女においては、京女大及び京女短大の平成14年度の入学手続要項でもその趣旨を明示し、被告成安においても、成安短大の同年度の入学手続要項でもFの選択した公募推薦A方式の入学手続者についてはその趣旨を明示していた。
(4) 抗弁に対する認否(原告ら)
ア 抗弁アは争う。
イ 抗弁イの京女大、京女短大及び成安短大の学則上、学納金不返還特約が定められていること、これらの平成14年度の入学手続要項でもその趣旨が記載されていたことは認める。
(5) 再抗弁(原告ら)
ア 大学又は短期大学(以下「大学等」ともいう。)の在学契約は、消費者契約(消費者契約法2条3項)であって、学納金不返還特約は、消費者契約法9条1号の「契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に当たるところ、学納金全額は、同号の「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」(以下「平均的損害の額」という。)を超えるものであるから、無効である。
イ 学納金不返還特約は、消費者契約法10条の「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であるから、無効である。
ウ 学納金不返還特約は、公序良俗に違反するものであるから、無効である。
(6) 再抗弁に対する認否(被告ら)
再抗弁はいずれも争う。
第3争点及び争点についての当事者の主張
1 学納金の性質及び在学契約解約時の学納金返還義務の有無(請求原因、抗弁ア)。
(1) 被告らの主張
ア 大学等の在学契約は、教育基本法及び学校教育法にのっとった教育を行うという無名契約であるか、又は、特殊部分社会に加入し、その身分を取得させる契約であり、入学試験に合格した者が、学納金を支払うとともに所定の書類を提出して申込みをし、それらを完了したものに対して、大学等の学長が入学を許可して承諾することによって成立するが、その効力は当該年の4月1日から生じる。
イ 上記(抗弁ア)のとおり、学納金は、合格者が当該大学等への入学資格を取得し、これを保持することの対価であって、原告らは、いったんは取得した入学資格とその資格を保持する権利を一方的都合により放棄したものにすぎないから、大学等は入学辞退者に対して学納金の返還義務を負わない。
ウ 学納金は、実際の役務あるいは施設利用の対価として金額が定められているものではなく、学校法人の財政状況、社会的経済的状況、他大学等の学費の額、競争力等を総合して設定しているものであり、入学金、授業料、施設費等の名称は、支出用途として特定されているものではなく、単に名目にすぎないから、学納金全体が入学資格の取得及び保持の対価というべきである。
(2) 原告らの主張
私立の大学等の在学契約は、学校法人が、その設置する大学等を通じてその学生に広く知識を授けるとともに、知的、道徳的及び応用的能力を展開させるための教育を提供し、他方、大学等の学生がその対価を支払う有償の準委任契約である。
在学契約は、大学等の受験生が、大学等の入学試験を受験することがその申込みであり、大学等が合格を通知することが承諾に当たり、これによって契約が成立する。学納金の支払は、在学契約の義務の履行に外ならないから、遅くとも学納金の全部又は一部を支払った時点では在学契約は成立している。
そして、上記の対価が学納金であるから、学納金は、すべて準委任契約上の前払費用ないし前払報酬の性質を有する。そうすると、大学等の学生は在学契約を解約すれば、当該大学等を設置する学校法人に対して、教育役務の未履行部分に応じて、納入した学納金の返還を求めることができるところ、原告らは、いずれも在学契約を解約したもので、遅くとも入学式には解約をしているから、学納金全額の返還を求めることができる。
なお、被告らが原告らから受領した学納金は、入学金、授業料その他の名目が付けられているが、名目にとらわれず、契約の本質に沿って理解すべきである。例えば、被告らは、入学金を入学手続に要する費用のみに充てておらず、在学中の教育役務に要する費用の一部に充てているから、入学金も、これも在学期間全体の教育役務に対応するものというべきである。
また、被告らは、学納金が入学資格の取得及び保持の対価である旨を主張するが、そのように解すると、在学契約以外にも入学資格取得、保持契約なる契約関係との併存を観念することになり、余りにも技巧的である上、在学契約上の役務提供の対価は入学者において別途支払われなければならないことになり、明らかに不合理である。
2 在学契約は消費者契約法にいう消費者契約に当たるか否か(在学契約への消費者契約法の適用の有無)(再抗弁ア、イ)。
(1) 原告らの主張
消費者契約法は、同法にいう「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいい、同法にいう事業者とは法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいうものとし、消費者と事業者との間で締結される契約を「消費者契約」とし、労働契約以外の消費者契約に同法が適用されるものとしている(同法2条、12条)。そして、被告らはいずれも法人であり、原告らは、いずれも個人であって、事業として又は事業のために契約の当事者となったのではないから、原告らと被告ら間の各在学契約は、いずれも消費者契約であり、同法が適用される。
(2) 被告らの主張
在学契約、少なくともその学納金不返還特約については、消費者契約法は適用されない。その根拠は、次のとおりである。
ア 消費者契約法は、エステティックサロン、英会話学校等の継続的役務供給契約における中途解約をめぐるトラブルやいわゆる悪徳商法の横行が目に余り、消費者の被害が続発している現状を前にして、いわゆる悪徳商法規制法として制定されたものである。在学契約はもとより、学納金不返還特約も、その正当性が社会的に認容され、事実たる慣習として定着しているものであるから、消費者契約法が適用を予定する契約類型ないし約定に当たらない。
イ また、消費者契約法は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差を根拠として、消費者を保護するために制定されたものであるが(同法1条)、現在、私立の大学等においては学生の確保が深刻な問題となっており、大学等は受験生に対し、自己の大学等に関する情報をできる限り詳細に提供するよう広報活動に努めており、学納金に関する情報も、大学ガイド、学生募集要領、入学手続要項等で詳細な説明を行っている。他方、受験生は、大学等についての多くの情報を収集し、各種条件を比較の上、どの大学等に入学するかについて選択権を有している。
そして、学納金に関していえば、学納金不返還特約は、文部科学省の承認を受けた学則に基づくものであり、また、いずれの学校法人(大学等)においても定めているものであることは周知の事実であるから、消費者と事業者との間に情報の質及び量の格差はなく、消費者と事業者との間の交渉の余地はなく、したがって交渉力の格差を問題とする余地もない。
そうすると、在学契約は、消費者契約法がその適用を予定するものとはいえない。
ウ 大学等は、その設置から運営に至るまで、教育基本法及び学校教育法に基づき詳細かつ様々な規制を受けるほか、文部科学省から行政上の指導を受けている(学納金不返還を定めた学則及び入学要項等についても公法的規制のもと定められたものである。)。したがって、学生ないし受験生の利益は十分に擁護されており、消費者契約法を適用すべき実質的な根拠を欠く。
エ 学納金不返還特約に消費者契約法が適用になるとすると、大学等は次のような著しい不利益を被る。
大学等は学則所定の収容定員を遵守する義務がある。収容定員を超えて学生を在学させることは私立学校振興助成法に基づく補助金(以下「補助金」ともいう。)の減額事由となり(同法5条2号)、在学している学生数が収容定員よりも著しく少ないことは補助金不支給の事由となる(同条3号、同法6条)。
また、被告らは、多種多様な能力者の選抜と入学希望者に多くの受験機会を与えるため、各種の入学試験を実施し、各試験種別ごとに入学手続の履践状況を踏まえて入学予定者の予測を実施することで、結果として適正な入学者を確保している。
ところが、入学辞退者に対して学納金を返還しなければならないとなると、実際の入学者数の予測が困難となり、入学者が定員を大幅に上回り、あるいは大幅に下回ることも発生する。そうすると、補助金が減額されたり、あるいは不支給となることも予想され、大学等の財政は非常に不安定なものとなり、日本の高等教育制度そのものを根底から崩しかねない事態を招く。
その場合に補欠合格等の措置を講じるとしても、一定の質の学生を確保できないという教育上の支障が生じるほか、被告らの特色ある入学試験制度の破壊にもつながりかねない重大な事態が起こる。
3 学納金不返還特約は、消費者契約法9条1号にいう「契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に当たるか否か、学納金全額は平均的損害の額を超えるものであるか否か(再抗弁ア)。
(1) 原告らの主張
ア 消費者契約法9条1号にいう「契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」とは、違約罰、解約料、キャンセル料といった名目のいかんを問わず、実質的に損害賠償の予定又は違約金を定める条項はすべて、これに当たると解すべきであるところ、学納金不返還特約は、入学手続をした合格者が入学を辞退した場合に、大学等が被る損害をてん補する目的で徴収するものであるから、この条項に該当するというべきである。
イ そうすると、学納金不返還特約は、被告らが合格者の入学辞退によって被る平均的損害の額を超えて学納金を返還しない旨の部分について、無効である。
ウ ところで、消費者契約法9条1号の平均的損害の額とは、ある消費者契約の解除が問題となる場合には、同じ事業者の同種類の契約が解除された場合を想定し、その場合にその事業者に生ずる平均的な損害額、すなわち損害額算定に合理性があり、かつ社会常識にも合致した通常の損害額をいうものと解するべきである。
これを在学契約において見ると、入学辞退(在学契約の解約)により、被告らは、原告らからの授業料収入が得られなくなる反面、原告らに対する教育役務提供義務を免れるから、実質的には被告らには損害が生じないし、原告らが入学を辞退しても、他の受験者に対して補欠合格等の名目で在学契約の締結を促し、被告ら所定の定員を充足する人数分の在学契約を締結して、原告らから取得できなかった学納金を他の入学者から確保することができ、結局被告らには、原告らが入学を辞退したことによる損害は発生していないから、学納金不返還特約は、全体が無効である。
(2) 被告らの主張
ア 学納金不返還条項が損害賠償額の予定ないし違約金を定める条項ではないことは、学則及び入学手続要項等の文言上明らかである。
イ また、合格者は、合格通知により大学等への入学申込みの資格を取得し、学納金を納付して入学申込書類を提出することによって入学資格とその資格を保持する権利を取得したのであり、入学辞退はその権利の不行使又は放棄という消極的行為というべきであるから、学納金は違約金に該当しない。
ウ 大学等は、大学設置基準ないし短期大学設置基準などに基づき、学生の収容定員や開設授業科目に応じて、教員を確保し、施設、設備を準備しており、それらに要する諸経費は、学生が在学契約を解約しても変動しない。
また、大学等は、主として営利を目的とする随時入退学が可能な学習塾や外国語教育施設等と異なり、募集時期が限定されているため、補充可能な時期は限られており、そのうえいったん欠員が生じると途中での補充ができないため、以後4年間ないし2年間欠員となってしまう。
そうすると、学生が在学契約を解約した場合の平均的損害の額は、大学の学生につき4年間、短期大学の学生につき2年間の在学期間中に納入する入学金、授業料等(以下これらを総称して「総学納金」という。)相当額である。
4 学納金不返還特約は、消費者契約法10条にいう「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たるか否か(再抗弁イ)。
(1) 原告らの主張
学納金不返還特約は、民法上準委任契約の解約時に認められる消費者の前払報酬及び前払費用の返還請求権を排除するものであり、そして、後記5(1)の事情も考慮すると、消費者契約法10条にいう「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たり、無効である。
(2) 被告らの主張
学納金不返還特約は、学納金が前記のとおり、入学資格の取得、保持の対価であって、準委任契約である在学契約の前払報酬ないし前払費用ではないから、「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」に該当しないし、後記5(2)の各事情に照らすと、同特約は、民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項に該当するともいえない。
5 学納金不返還特約は、公序良俗に反するものであるかどうか(再抗弁ウ)。
(1) 原告らの主張
ア 被告らは、学納金の納入期限を他の大学等の合格発表前に設定していたから、原告らは、希望する他大学等の合否が未定の段階で、被告らに学納金を支払うかどうか(支払わず、しかも、他大学にも不合格であるときには、大学等の入学のためにさらに1年間の準備をするか、場合によっては、大学等への進学自体を断念しなければならなくなる。)の選択を余儀なくさせられ、その精神的、経済的負担は多大なものがあった。学納金不返還特約は、このような原告ら受験生の窮迫に乗じるものである。
イ 在学契約が入学前に解約された場合、学納金は、その対価としての教育役務の提供はされないので、甚だしく不相当な財産的給付に当たる。
ウ これらの事情からすると、学納金不返還特約は、公序良俗に反し無効である。
(2) 被告らの主張
ア 原告らは、学納金不返還特約を承知の上で学納金を支払ったのであり、原告らが被告らの設置する大学等への入学を辞退したのは、他の大学等への進学を選択するという専ら原告らの事情によるものであるから、学納金の納入によって原告らはそれなりの利益を享受している。
イ 一方、本件不返還特約には、前記2(2)エのとおり、合理的な根拠があり、さらに、結果的には、私立大学等の運営を助成し、他方で本来は在学生から徴収するべき授業料等の軽減や教育内容の充実という効果を生んでいる。
ウ これらの事情からすると、学納金不返還特約は公序良俗に反するものではない。
第4理由
1 学納金の性質及び在学契約解約時の学納金返還義務の有無(請求原因、抗弁ア)について
(1)ア 請求原因事実のうち、ア(ア)、(イ)の事実は関係当事者間に争いがない。
イ 同イ(ア)ないし(エ)の事実のうち、甲、丙事件原告らが、京女大又は京女短大の入学試験に合格し、いずれも入学手続期間内(ただし、原告Eについては、第1次手続期間内)の各記載の日までに入学手続書類を提出し、各記載の学納金(原告Eは入学金)を支払ったことは、甲、丙事件原告らと被告京女との間で争いがなく、同(オ)の事実は、原告Dと被告成安との間で争いがない。
ウ 同ウの事実は、原告Bの母が平成14年2月8日、被告京女に対して電話で入学を辞退する旨を告げて、在学契約解約の意思表示をした事実(請求原因ウ(イ)前段の事実)を除いて、関係当事者間に争いがない。
そして、甲、丙事件の甲2号証(原告Bの両親の連名の陳述書)には、請求原因ウ(イ)前段の事実に沿う記載があるが、これを裏付ける証拠はなく、同号証だけでは同事実を認定するには足りない。
(2) 在学契約の性質及びその成立
ア 大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とし、短期大学は、深く専門の学芸を教授研究し、職業又は実際生活に必要な能力を育成することを主な目的とする(学校教育法52条、69条の2)。大学等を設置する学校法人と大学等に入学した学生との間との関係は、学校法人は、学生に対して、講義、演習、実習、実験、実技その他の狭義の教育活動を行い、さらには、大学等の施設の利用を認めることによって、大学等における生活、自主的な活動の機会等を付与し、さらにはその他の関連する役務の提供を行うことを通じて、大学においては、広く知識を授けるとともに、知的、道徳的及び応用的能力を展開させるための教育を提供し、短期大学においては職業又は実際生活に必要な能力を育成するための教育を行い、学生が、授業料等の対価を支払うことを内容とする双務有償の契約(在学契約)関係にあると解すべきである。
そして、その在学契約は、学生が大学等を設置する学校法人に対して、大学等の目的に応じた講義、実習、実験等の狭義の教育活動を自己に行い、関連する様々な役務の提供という事務を委託する準委任契約の性質のほか、学生が大学等の施設を利用することができるという施設利用契約の性質などを有する無名契約であって、学則中の大学等と学生との関係に関する部分、入学手続要項に記載された内容は、一種の約款としてその在学契約の内容の一部となっているものと解するのが相当である(なお、原告Dは、自己がその子の成安短大への入学に関する契約の当事者であると主張し、被告成安も、これを争わない。したがって、原告Dと被告成安間では、原告Dの子に対して、被告成安が職業又は実際生活に必要な能力を育成するための教育を行い、原告Dが授業料等の対価を支払う契約となり、上記の在学契約とは異なることになるが、在学契約に準じて考えることができるので、以下では、便宜上在学契約と区別しない。)。
イ 係る在学契約は、入学試験に合格をした入学希望者が、大学等の所定の入学手続を履銭すること(大学等の定める入学手続の期間内に、所定の書類(京女大でいえば、誓約書、保証書、学生証用写真カード、住民票記載事項証明書及び大学入試センター試験利用による入試合格者においてはセンター試験受験票(甲事件の乙4号証。以下、甲事件の乙号証を、例えば、前記乙4号証を「乙A4」のように表示する。))を提出し、学納金を納付すること)が在学契約の申込みに当たり、大学等が、異議の留保することなくこれを受領することが黙示の承諾の意思表示に当たり(相当期間内に、異議が伝えられないことによって、承諾の意思表示が申込者に到達する。)、これによって在学契約が成立すると解すべきである(京女大、京女短大の入学手続要項において、「入学手続は、所定の期間内に入学手続時納付金を本学に納入し、入学手続書類を提出することによって完了します。」としていることもその表れと見ることもできる(乙A4、乙A5)。)。
もっとも、京女大、京女短大及び成安短大においては、学則上、いずれも、原則として入学の時期は学年の始めとし、学年は4月1日から始まる(京女大においては学則28条、10条(乙A1)、京女短大においては学則17条、41条(乙A2)、成安短大においては学則20条1項、64条(乙事件の乙1号証。以下、乙事件の乙号証を例えば、前記乙1号証を「乙B1」のように表示する。))こととされているから、その在学契約も、その年の4月1日を始期とするものである(さらには、高等学校在学生については、同年3月31日までに高等学校を卒業しないなど、所定の入学資格を取得できないことが確定することを解除条件とするものと解される(京女大の学則29条1号(乙A1)、京女短大の学則18条1号(乙A5)成安短大の学則21条1号(乙B1)))。
ウ 被告らは、所定の書類と学納金の納付後、大学等が入学を許可することによって在学契約が成立する旨主張する。
そして、京女大及び京女短大においては、学則上、合格者は、所定の期日までに誓約書、住民票記載事項証明書及び保証人の保証書を提出し、入学金、建設協力金及び学費の一部を納入しなければならず、その手続を完了した者に対し、学長が入学を許可するとされている(京女大の学則32条(乙A1)、京女短大の学則21条(乙A2))。もっとも、どのような方法で許可を伝えるのかは明らかでない。
また、成安短大においては、学則上も「入学手続きを完了した者に入学を許可する。」とされ(24条2項。乙B1)、入学手続要項においても「期間内に<1>学費の納入<2>手続書類の提出を完了して下さい。完了後、入学許可書を交付します。」(乙B3)とされており、入学許可書の交付が予定されていることがうかがえる。
しかし、在学契約の締結を何らかの要式行為と解すべき根拠はなく、上記学則上の「入学の許可」も黙示的なものを含むと解することができるし、入学許可書は、在学契約の締結を確認し、証するためのものにすぎず、その交付(許可書の発送)を承諾の意思表示と考える必要はない。
また、原告らは、入学試験に出願することが、在学契約の申込みであり、合格発表が承諾の意思表示であり、これによって、在学契約が成立する旨主張する。しかし、入学試験に出願する者の中には、試みに試験を受ける者など、その時点ではその学校に入学する意思がない場合も容易に想定することができるし、大学等においても、例えば、京女大及び京女短大においては、入学試験に合格したことを、女子であること、高等学校卒業等と併せて、入学資格の一であることを明らかとし(京女大の学則29条(乙A1)、京女短大の学則18条(乙A2))、また、上記のとおり、所定の書類の提出と学納金の納付によって入学手続が完了するとしており、合格発表をもって、在学契約の締結を承諾したと扱っていないことがうかがえる。上記原告らの主張は、受験生及び大学等の双方に意思に沿うものではなく、採用することができない。
エ そうすると、原告A、原告B、原告C及び原告Eも請求原因イ(ア)ないし(エ)のとおり、入学手続の期間内に入学書類を提出し、学納金を納付し、被告京女がこれを受領したことによって、学納金を納付した日ころ、被告京女との在学契約を締結したというべきである。
もっとも、被告京女においては、入学手続について、第1次手続期間内に入学金と入学手続書類を提出し、第2次手続期間内にその他の学納金を納入するという分納方式を認めていること、分納方式によって入学手続をした場合には、第2次手続期間内にその他の学納金の納入がないときには合格を取り消すとされていること、原告Eは、この分納方式によって第1次手続期間内に入学手続書類を提出するとともに入学金を支払ったが、第2次手続期間内にその他の学納金を支払わなかったこと、以上の事実は、原告Eと被告京女との間で争いはない。この場合においても、入学金の支払は、原告Eの在学契約上の義務の履行であるから、上記入学手続を完了した者に学長が入学を許可する旨の学則32条の規定の文言にもかかわらず、この段階で在学契約は成立したものと認めるのが相当である。
(3) 学納金の性質
ア 上記(2)アのとおり、在学契約は、準委任契約、施設利用契約等の性質を併せ持つ有償双務契約であるから、学生が大学等に支払う金銭は、特段の事情がない限り、その名目にかかわらず、広い意味では、すべて大学等が提供する狭義の教育活動、その他の役務、施設利用の対価と解するのが相当である。
そして、弁論の全趣旨によると、原告らが被告らに支払った学納金についても、請求原因イ(ア)ないし(オ)のとおり、様々な名称が付されているものの、全体として、大学等が提供する狭義の教育活動、その他の役務、施設利用の対価に当たると認められる(なお、被告らは、入学時に支払う学納金は、入学資格を取得し、これを保持することの対価である旨主張するが、その主張の趣旨は、被告らのいう入学までは、入学資格の取得及び保持の対価であり、入学後は、大学等から提供される便益の対価となるというものと解される。なお、京女大及び京女短大の学納金中の「育友会費」についても被告京女に支払われるものであることは甲、丙事件原告らと被告京女との間で争いがない。)
イ もっとも、証拠(乙A1ないし乙A5、乙B1ないし乙B3)によると、原告らが被告らに支払った学納金中にも、京女大又は京女短大においては入学金25万円(京女大)又は23万円(京女短大)、建設協力金2万円、育友会の入会金3000円、成安短大においては、入学金は入学時のみに支払うものとされており(なお、乙事件においては、原告Dは、入学金以外の返還を受けており、入学金以外の学納金の性質は争点とならないので、それらには触れない。)、その余のものは、入学後も毎学年支払うものであることが認められる。これを考慮すると、「入学金」を代表とする入学時のみに支払を求められる費目は、大学等の提供する諸種の便益を受ける学生としての地位を取得するについて、一括して支払われるべき金銭であって、入学に伴って必要な大学等の手続及び準備のための諸経費に要する手数料としての性格を併せ有するものであり(すなわち、学年ごとに大学等から提供される便益とは直接の対価関係に立たない。それゆえに、4年又は2年で卒業しなくても、追加の支払を求められることはない。)、その他の学納金(授業料に代表されるもの)は、各学年における狭義の教育活動、その他の役務、施設の利用の対価と解するのが相当である。
ウ ところで、上記のとおり、被告らは、入学手続時に支払う学納金は、入学資格の取得及び保持の対価である旨主張する。その趣旨は、入学手続をし、学納金を納付することによって、在学契約とは別の入学資格保持契約とでもいうべきものが成立するというものと解される。しかし、上記のとおり、入学手続をし、学納金の全部又は一部を支払うことによって在学契約が成立する。そして、京女大、京女短大及び成安短大の学則では、除籍又は退学の事由及び手続を限定しており(京女大においては学則46条、55条(乙A1)、京女短大においては学則34条、46条(乙A2)、成安短大においては学則31条、69条(乙B1))、少なくとも原告らと被告らとの契約上、被告ら側からは、学則所定の事由のある場合に学則所定の手続によらなければ解約をすることができないと解されるから、在学契約の成立とは別に入学資格の保持契約なるものを観念する必要はなく、被告らの主張は採用することはできない。
(4) 在学契約の解約
ア 在学契約は、学生が大学等から継続的に教育指導その他の役務の提供を受け、大学等の施設を利用し得ることを主な内容とする契約であるから、学生が、当該大学等の学生たる地位を消滅させ、当該大学等における役務の提供を受けず、施設も利用しない旨の意思を明らかにした場合には、教育上もその意思が最大限尊重されるべきであって、学生ないし入学希望者は、在学契約をいつでも将来に向かって解約することができ(民法651条参照)、その場合、有効な特約の存しない限り、在学契約の解約に基づき、前払費用及び前払報酬としての性質を有する既払い学納金のうち、既履行部分の報酬及び費用に相当するものを控除した金額の返還を請求することができると解すべきである。
イ(ア) そして、前記(1)ウのとおり、原告Cは、平成14年4月3日ころ、被告京女に対し、原告Dは、同年3月22日、被告成安に対し、それぞれ入学を辞退する旨を告げて、在学契約解約の意思表示をしたというのであるから、原告Cと被告京女間の在学契約は、同年4月3日ころ、原告Dと被告成安間の在学契約は、同年3月22日、解約によって終了した。
(イ) また、被告京女においては、入学手続要項等において、入学式に無断で欠席すると入学取消しとなる旨を定めていたところ、原告A及び原告Bは、同年4月5日に行われた入学式に無断で欠席したというのである。そして、入学手続要項等に上記のような規定があるのに、あえて入学式に無断で欠席する者は、在学契約を解消しようとする意思を明らかにするために欠席するものと推認できるから、上記のような約定によって解約の効力を認めることができるというべきである。
(ウ) さらに、被告京女においては、入学手続要項等において、分納方式によって入学手続をした場合、第2次手続期間内に入学金以外の学納金を支払わないときは、合格を取り消す旨が定められていたところ、原告Eは、分納方式によって入学手続をし、入学金を支払ったが、第2次手続期間である平成14年3月22日までにその余の学納金を支払わなかったというのであるから、同日の経過によって、原告Eと被告京女間の在学契約も将来に向かって解消されたというべきである(上記のとおり、京女大の入学手続要項及び学則32条によると、入学手続は、入学手続書類の提出と学納金の支払を完了し、手続を完了した者に対し、学長が入学を許可するとされていること、第2次手続期間内に入学金以外の学納金を支払わないときは合格を取り消すとされ、入学式に欠席した場合に入学が取消しになるのとは異なっていることからすると、第2次手続期間内に入学金以外の学納金を支払わないことが、在学契約の解除条件になっていると解すべきとも考えられるが、係る主張はない。そして、第2次手続期間内に入学金以外の学納金を支払わない合格者は、そのことによって、在学契約を解消しようとする意思を明らかにしたものと見ることもできるから、(イ)の場合と同様に、在学契約の解約の効力を認めることも可能である。)。
(5) 被告京女の義務の履行
ア 前記のとおり、甲、丙事件原告らと被告京女間の在学契約は、平成14年4月1日を始期とするものであるから、原告A、原告B及び原告Cは、同日までに在学契約の解約の意思表示をしなかったことにより、京女大又は京女短大に入学し、その学生としての地位を取得するに至っている。そして、上記のとおり入学金(京女大及び京女短大の建設協力費、育友会費のうち入会金を含む。以下、この項において同じ。)は、学生としての地位を取得するについて、一括して支払われるべき金銭であって、入学に伴って必要な学校側の手続及び準備のための諸経費に要する手数料としての性格を合わせ有するものであるから、原告A、原告B及び原告Cが京女大又は京女短大の学生としての身分を取得した以上、被告京女は、入学金に対応する契約上の義務を履行したということができ、同原告らは、その後在学契約を解約したからといって入学金相当額の返還を求めることはできない(被告らの抗弁アは係る趣旨も主張しているものと解される。)。
イ 被告京女において、原告A、原告B及び原告Cに対し、その他の義務の履行をした旨の主張立証はない。
(6) まとめ
以上によると、原告らと被告ら間の在学契約において有効な特約が存在しない限り、原告A、原告B及び原告Cは、被告京女に対し、入学金、建設協力費及び育友会費のうち入会金相当額を除く学納金相当額、原告Eは、被告京女に対し、入学金相当額、原告Dは、被告成安に対し、入学金相当額の各返還を請求することができる。
2 学納金不返還特約の効力(抗弁イ及び再抗弁ア、イ)
(1) 学納金不返還特約の存在
京女大、京女短大及び成安短大の各学則上、学納金不返還特約が定められ、各大学等の平成14年度の入学手続要項においてもその趣旨が記載されていたことは、関係当事者間に争いがなく、原告らと被告ら間の各在学契約において学納金不返還特約が契約内容になっていたことになる。
(2) 消費者契約法の適用の有無(争点2)
ア 消費者契約法は、消費者と事業者との間で締結される契約を消費者契約とし(消費者契約法2条3項)、労働契約以外の消費者契約に同法4条以下の消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の無効に関する規定が、民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときを除いて適用されるとしている(同法11条2項、12条)。
ところで、原告らは、被告らとの在学契約に関しては、いずれも事業として又は事業のために契約の当事者となる場合以外の個人である(弁論の全趣旨)から、同法にいう消費者であり(同法2条1項)、また、被告らが法人であることは、前記請求原因アのとおりであるから、被告らは、同法にいう事業者に当たる(同法2条2項)。そうすると、原告らと被告ら間の在学契約は、消費者契約であり、労働契約には当たらないから、同法4条以下の消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の無効に関する規定が、上記在学契約に適用されることは明らかである。
イ 被告らは、在学契約には、消費者契約法の適用がない旨主張するが、同法1条の定める同法の目的は、在学契約にも妥当するものであり(原告らが、被告と交渉をして、学則、入学手続要項の定める以外の内容の契約を個別に締結する余地のないことは被告らの自認するところであり、原告らが、学納金の金額がどのような根拠に基づいて決定されたものであるかなどの情報を得られないこともいうまでもなく、原告らと被告らとの情報の質及び量並びに交渉力に格差があることは明らかである。)、同法の定める消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の無効に関する規定は、事業者が、消費者との間で締結する契約について、契約の締結過程及び契約条項に関して遵守するべき基本的な規範を定めたものであって、その内容に照らしても、在学契約に適用された場合に不都合が生じることは考えられない。
被告らの指摘する在学契約が公法的規制を受けていること、私立の大学等が社会において重要な役割を果たしていることも、消費者契約法が在学契約に適用されないとする根拠となると解することができない。
(3) 学納金不返還特約は、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項に当たるか否か(争点3前段)
ア 消費者契約法9条1号は、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるものについては、当該超える部分について無効とする旨を定めるものであるが、これは、消費者が、消費者契約の解除に伴い、事業者から不当に損害賠償等の負担を強いられることがないように定められた規定であると解され、その趣旨からすると、消費者契約中のある条項が消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であるかどうかは、その条項の文言のみではなく、実質的に見て損害賠償額の予定又は違約金を定めたものとして機能する条項であるかどうかによって判断すべきである。
イ ところで、大学等に入学する手続をした者が、学年の始まる前に在学契約を解約し、あるいは実際には入学する意思がないのに、学年が始まるまでには解約をせず、学年が始まってから解約の意思表示をし、あるいは入学式に出席しないことで解約の意思を明らかにすることとなれば、大学等が補欠募集等に困難を来し、結果的に収容定員を満たすことができなかったり、逆に、上記のような者が存在することを見越して収容定員よりも多く合格させたところ、実際の入学者も多く収容定員を超過するという事態も起こり得ることであり、いずれにしても、大学等が一定の損害を被ることは推認することができる(補助金に限っても、在学している学生数が収容定員よりも著しく少ないことは補助金不支給の事由となり、収容定員を超えて学生を在学させることは補助金の減額事由となる(私立学校振興助成法同法5条3号、6条、5条2号)。)。
そうすると、在学契約を締結した者が、入学以前あるいは入学の直後(入学式)までに在学契約を解約することは、大学等の不利な時期に解約をするものであり、原則として大学等に対して損害を賠償する義務を負う(民法656条、651条2項参照)ところ、学納金不返還特約は、係る場合に学納金を返還しないことを定めるものであるから、被告らが入学辞退者に対して有する損害賠償請求権に係る金額を既払いの学納金の額と予定する特約と解されるから、消費者契約法9条1号にいう「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に該当するというべきである。
(4) 在学契約の解約により大学等が被る平均的損害は総学納金相当額かどうか(争点3後段)
ア 消費者契約法9条1号にいう「平均的損害」とは、同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害をいい、具体的には、解除の事由及び時期、当該契約の特殊性、逸失利益、準備費用等の損害の内容並びに損害回避の可能性などの事情に照らし、同種の契約の解除に伴い、当該事業者に生じる損害の額の平均値をいう。
そして、消費者契約法9条1号が消費者契約における消費者保護のために設けられた規定であること、平均的損害の算定根拠となる同種の契約において発生する損害の内容及びその数額並びに損害回避可能性などの証拠が事業者側に偏在していることに照らすと、平均的損害の金額は、事業者が主張立証責任を負うと解するべきである。
イ(ア) 被告らは、大学等に在学する旨の在学契約が解約された場合の平均的損害の額は、4年間又は2年間の在学期間中に納入する総学納金相当額である旨を主張する。
(イ) しかし、京女大、京女短大及び成安短大においては、受験生に対して多くの受験機会を提供し、入学者数の予測をより容易にするために、複数の入学試験を実施している(乙A3ないし乙A5、乙B2、乙B3)。そうすると、最終の入学試験の合格発表よりも前に在学契約が解約された場合には、合格者数の調整により対応することが可能であり、当初予定していた入学試験によっては、入学者が収容定員に満たなかった場合には、追加合格や補欠募集により不足分をある程度補うことも考えられる(なお、被告らは、追加合格や補欠募集には、学力層の分断という教育上の不都合がある旨を主張するが、少なくとも入学者数の不足を補う機会ないし可能性があったという点は平均的損害の算定の際の考慮要素たり得る。)。
そのほか、京女大、京女短大及び成安短大の学則には、編入学及び転入学(京女大)、あるいは転入学(京女短大、成安短大)の制度がそれぞれ定められているから(京女大の学則37条、38条(乙A1)、京女短大の学則26条(乙A2)、成安短大の学則25条(乙B1))、大学等の学生数が収容定員を欠いた場合であっても、在学期間中にある程度の補充の可能性がある。
(ウ) また、在学契約の解約により学生数が減少したことによって、在学期間を通して必要な事務経費及び教育役務提供に要する費用が減額するとも考えられる。
(エ) ところが、被告らは、これらによる損害回避の可能性がないこと、あるいは、学生数の減少に伴っては経費の減額が生じないことについて何らの具体的な立証をしないから、上記記載の在学契約の解約時期や入学者の補充の可能性などの点を捨象して、一律に2年間ないし4年間の総学納金相当額が平均的損害であると認めることはできない。
また、被告らは原告らの納入した学納金相当額や入学金相当額が平均的損害に当たる旨をも主張していると解する余地があるとしても、在学契約の解約時期や入学者の補充の可能性などの点を捨象して、一律に学納金相当額ないし入学金相当額が平均的損害に当たると認めるに足りる証拠はない。
さらに、上記の平均的損害は、在学契約を解約した者が受験した入学試験の種類、入学手続の時期、解約の時期及び事由などによって異なることも考えられるところ、被告らは、当裁判所がこれによって区別された平均的損害の主張を促しても、係る平均的損害について主張も立証もしない。
ウ そうすると、原告らによる在学契約の解約によって、被告らが被る平均的損害を認めるに足りる証拠はないことに帰し、結果的に平均的損害はないものとして扱うほかはなく、その結果、学納金不返還特約は、再抗弁イ、ウについて判断するまでもなく、その全体が無効であることになる。
エ なお、被告らは、学納金不返還特約が「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に該当し、学納金のうち平均的損害を超える部分が無効となるとすると、大学等の財政及び一定の水準の学生の確保に対する影響が大きい旨を主張する。
複数の大学等の入学試験を受験し、複数の大学等の入学試験に合格する者も相当数存在することは公知の事実であるところ、入学手続をして在学契約を締結したものの、その後、入学を辞退(在学契約を解約)した者が既納の学納金のうち平均的損害額を超える部分の返還を受けられるとすると、入学手続を完了した者のうち現実に入学をする者がどれだけいるのかの予測が当初は困難になること、その結果、収容定員を確保することができなかったり、逆に実際に入学した者が収容定員を大幅に超過したりすることが生じるおそれがないとはいえないし、収容定数の不足を解消するために追加合格や補欠募集を行うと、入学者の質が一定に保てないという被告らの懸念も理解できなくはない。
しかし、消費者契約法の消費者契約の条項の無効に関する規定は、前述のとおり、契約条項に関して事業者が遵守するべき基本的な規範である上、在学契約を締結したものの入学前又は入学直後(実質的には入学しない時期)にこれを解約されることによって被告らが被る平均的損害の範囲内であれば、損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項も効力を有するので、被告ら(事業者)において、その平均的損害の額を明らかにすることによっても、前記のような事態を避けることは可能とも考えられるから、上記の被告らの主張を考慮しても、前記の判断に変わりはない。
3 結論
以上によると、原告らの請求は、原告A、原告B及び原告Cにおいて、被告京女に対し、その支払った学納金から入学金、建設協力金及び育友会費のうちの入会金相当額を控除した金額の返還を請求し、原告Eにおいて、被告京女に対し、入学金相当額返還を請求し、原告Dにおいて、被告成安に対し、入学金相当額の返還を請求する限度で理由があり、原告A、原告B及び原告Cのその余の請求(入学金、建設協力金及び育友会費のうちの入会金相当額の返還請求)は、失当である。
よって、訴訟費用の負担について、民事訴訟法61条、64条、65条、仮執行宣言について同法259条にそれぞれ従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 福井美枝 裁判官 尾河吉久)