京都地方裁判所 平成14年(ワ)238号 判決 2002年10月31日
原告
武村荘次
ほか一名
被告
東京海上火災保険株式会社
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告各自に対し、七五〇万円及びこれに対する平成一四年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、国道一号線上り車線の鈴鹿トンネルを逆走したバイクが走行車両と衝突し、当該バイクの運転者が死亡した交通事故につき、当該運転者の両親が、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、一六条に基づき、上記走行車両の自賠責保険会社に対し、当該事故により発生した損害の内金の賠償及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める事案である。
第三前提事実
一 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(争いのない事実、甲二、四)。
(一) 発生日時
平成一二年七月二三日午前二時一五分ころ
(二) 発生場所
三重県鈴鹿郡関町大字坂下地内国道一号線上り車線四三三・二キロポスト先鈴鹿トンネル三重県側路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 関係車両一
武村眞利(以下「眞利」という。)運転の自動二輪車(三重ら八七七三、以下「本件バイク」という。)
(四) 関係車両二
谷口泰正(以下「谷口」という。)運転の普通乗用自動車(大阪五〇〇ち三二七三、以下「谷口車」という。)
(五) 関係車両三
杉本智哉(以下「杉本」という。)運転の普通乗用自動車(三重七七ひ・六四一、以下「杉本車」という。)
(六) 事故態様
眞利が、本件バイクを運転し、本件事故現場の国道一号線上り第二車線を逆走して、同車線を走行してきた谷口車と正面衝突し、さらに、同第一車線を走行してきた杉本車とも衝突した。
二 眞利の死亡
眞利は、本件事故により左前胸部上部打撲、心臓破裂、多量出血の傷害を負い、同日、死亡した(争いのない事実)。
三 原告らは、眞利の両親であり、同人の相続人である(争いのない事実、甲一)。
四 責任原因
(一) 谷口車については、本件事故当時、被告との間において、自動車損害賠償責任保険が締結されていた(争いのない事実、甲四)。
(二) 谷口は、本件事故当時、谷口車を自己のために運行の用に供していた(弁論の全趣旨)。
第四争点
一 谷口は本件事故に関して自賠法三条の責任を負うか
二 眞利が本件事故により被った損害額
第五争点に関する当事者の主張
一 争点一について
(一) 被告の主張
ア 本件事故は、谷口が谷口車を運転して本件事故現場の国道一号線上り第二車線を時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で正常に走行していたところ、本件バイクが上記道路を高速度で逆走して谷口車に衝突したものである。
そして、正常に自車線を走行中の運転者は、対向車両が交通法規を遵守して適切な行動を取ることを信頼して運転すれば足り、本件事故のように、逆走してくる車両の存在まで予見しつつ走行すべき注意義務はない。また、本件事故現場は鈴鹿トンネル内の南側出口付近であり、しかも、進路前方が半径二〇〇メートルのかなり急なカーブになっていたことから、本件事故現場付近から前方への見通し距離は四六メートルにすぎなかったのであって、このような道路の見通し状況や本件バイクが高速度で走行していたこと等の事情を総合勘案すれば、谷口にとって、本件事故を回避することは不可能であったと考えられる。
したがって、谷口には本件事故についての予見可能性及び回避可能性がなかったから無過失というべきであって、本件事故は眞利の一方的過失により発生した事故というべきである。
イ さらに、谷口車については、本件事故当時、構造上の欠陥又は機能の障害は存しなかった。
ウ よって、谷口は、本件事故について、自賠法三条ただし書の規定により運行供用者責任を負わないというべきであり、ひいては、当該責任の発生を要件とする同法一六条一項に基づく被告の責任も発生しない。
(二) 原告らの主張
谷口は、谷口車が本件バイクと衝突する一・四六秒前の時点で本件バイクを発見することができたものとみるべきところ、ハンドル操作は一秒程度で可能であるから、谷口は、本件バイク発見後直ちに左方へハンドルを切っていれば、本件バイクとの衝突を回避することができたはずである。したがって、谷口に本件事故についての過失がなかったとはいえない。
二 争点二について
(一) 原告らの主張
眞利が本件事故により被った損害は次のとおりであり、原告らはこれを相続により二分の一ずつ取得したところ、本訴においてそのうち各七五〇万円の支払いを請求するものである。
ア 死亡逸失利益 四五五八万一五二一円
イ 死亡慰謝料 二〇〇〇万円
ウ 葬祭費用 一〇〇万円
エ 合計 六六五八万一五二一円
(二) 被告の主張
原告の主張を争う。
第六判断
一 争点一について
(一) 証拠(甲二、乙六、証人谷口泰正、同杉本智哉)及び弁論の全趣旨によると、本件事故の発生状況について、次の各事実が認められる。
ア 本件事故現場は、国道一号線上り車線四三三・二キロポスト先の鈴鹿トンネル南側出口付近である。国道一号線は本件事故現場付近において上り車線と下り車線とが完全に分離されており、本件事故現場は上り(南行き)一方通行の交通規制がなされている。なお、本件事故現場付近は、トンネルの壁面に上り右方への視界が遮られている上、半径約二〇〇メートルの右カーブとなっているため、上記トンネル出入口付近の見通し可能距離は四六メートルしかない。また、上記のトンネル南側出口の南方約九メートルの地点に街路灯が設置されているため、その付近は明るかった。
イ 谷口は、谷口車を運転し、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で国道一号線上り第二車線を南進して鈴鹿トンネルに入り、本件事故現場に差し掛かって、まさにトンネルを抜けようとしたところ、約二五・八メートル前方に前照灯の光を認めたことから、本件バイクが自車の方に向かって走行していることに気付き、若干右にハンドルを切るとともに、急ブレーキをかけたものの、谷口が本件バイクを発見してから一、二秒後には、本件バイクが谷口車の左前部に衝突した。
ウ 本件バイクは、谷口車と衝突した後、第一車線の方へはじき飛ばされ、谷口車から車一台分ほど後方の同車線上を走行していた杉本車の右前部に衝突し、さらに、同車の進路上にはじき飛ばされたため、同車の右前部の下面と路面に挟み込まれた状態で約二七メートル引きずられたが、その間にガソリンに引火して本件バイクと杉本車は焼損した。そして、眞利は、焼損した本件バイクの下敷きになっている状態で発見された。
以上のとおり認められる。
(二) 上記認定によると、本件事故の発生について、被害者である眞利に、一方通行となっている国道一号線上り車線を逆走した過失があったことは明らかである。
(三) そこで、本件事故の発生について、谷口が谷口車の運行に関し注意を怠らなかったか否かの点をみると、上記認定によれば、谷口は、自車の前方約二五・八メートルの地点に前照灯の光を認め、本件バイクが自車の方に向かって走行していることに気付いたものの、衝突回避措置を講じることが叶わず、その一、二秒後に本件バイクと正面衝突したというのであって、本件事故現場が一方通行道路であったことや、谷口車と本件バイクとの相対速度が相当の高速度であったと推測されることなどにかんがみると、谷口に対し、他の車両が一方通行道路を逆走して自車に向かってくるという極めて異常な事態の発生を予見して瞬時に適切な回避措置を執るべき注意義務を課するのは、あまりにも同人に無理を強いるものといわざるを得ない。
この点、原告らは、本件事故現場付近の見通し可能距離は四六メートルであったのであるから、谷口は自車の四六メートル前方の地点に本件バイクを発見できたはずであると主張するが、予見の極めて困難な事態に直面した場合に、人間の反応が遅れることは経験則上明らかであるから、仮に谷口が四六メートル前方の地点で本件バイクを発見したとしても、衝突を回避するための適切な措置を講じることができたとはにわかに考え難い。なお、証拠(甲六)によると、本件事故現場の近辺においては、本件事故と同様な逆走事故が三年間に八件発生しているとの新聞報道がなされたことが認められるが、そのことは上記判断を左右するものではない。
したがって、谷口は、本件事故の発生について、谷口車の運行に関し注意を怠らなかったものと認めるのが相当である。
(四) さらに、証拠(甲二)によると、本件事故の発生直後に行われた実況見分の際、谷口車には、ハンドル、ブレーキ等の各装置の異常は認められなかったというのであり、他に谷口車に構造上の欠陥又は機能の障害があったことを窺わせる証拠もないから、本件事故当時、谷口車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかったものと認められる。
(五) 以上のとおりであるから、谷口は、自賠法三条ただし書の規定により、本件事故の発生について、同条本文の定める運行供用者責任を負わないものというべきである。
二 したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。
(裁判官 佐藤英彦)