京都地方裁判所 平成14年(ワ)3644号 判決 2003年6月25日
主文
1 被告Y1は、原告に対し、111万5331円及び108万円に対する平成15年5月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Y1に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告Y1との間に生じたものはこれを2分し、その1を原告の、その余を同被告の負担とし、原告と被告Y2との間に生じたものは全部原告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告らは、原告に対し、連帯して、208万円及びこれに対する平成13年10月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 被告らは、株式会社コウノ・ティアンドフーズ(以下「訴外会社」という。)の代表取締役である。
(2) 原告は、平成8年4月1日から訴外会社の取締役であったが、同12年3月31日、訴外会社の取締役を退任して、翌4月1日に、訴外会社の執行役員となり、同13年10月20日には、訴外会社を退職した。
(3) 訴外会社には、役員の退職慰労金に関する規定(内規・以下「本件規定」という。)があり、原告の基本報酬は月額65万円であり、取締役在任期間は4年間であったから、本件規定に従えば、原告には退職慰労金として208万円が支払われるべきであった。
(4) 訴外会社においては、これまで、他の取締役が退任した際には、本件規定に従い、退職慰労金を支給していた。
(5) しかしながら、被告らは、何ら合理的な理由がないのに、故意に又は善管注意義務に違反して、原告に対する退職慰労金の支払に関する議案(以下「本件報酬議案」という。)を株主総会に提出するための取締役会を招集せず、また、取締役会において、本件報酬議案を提案しなかった。
(6) 被告らは、本件規定を無視して、本件規定に違反する違法な内容の議案を、訴外会社の平成15年3月27日開催の株主総会に上程し、株主総会に無効な決議をさせて、被告に本来受けられるべき退職慰労金の支給を受けられないようにした。
(7) 被告らの上記(5)・(6)の違法な行為により、原告は、次の損害を被った。
ア 支給されるべき退職慰労金残額 108万0000円
イ 上記アに対する支給までの遅延損害金
ウ 後記で支給された退職慰労金100万円についての支給までの遅延損害金 7万8356円
エ 本訴の印紙額 1万6300円
オ 予納郵券代金 6900円
カ 弁護士費用相当額 37万8000円
キ 慰謝料 60万0000円
(8) よって、原告は、被告らに対し、連帯して、損害金208万円及びこれに対する原告の退職の日の翌日である平成13年10月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)及び(2)の事実は認める。
(2) 同(3)の事実のうち、訴外会社に本件規定が存在することは認める。
(3) 同(5)及び(7)の事実は否認する。
(4) 同(6)の主張は本訴の審理を著しく遅延させるものであり、時機に遅れた主張であるから、却下すべきである。
3 被告らの主張
(1) 被告Y1は、平成15年2月20日開催の訴外会社の取締役会において、第54回定時株主総会における議案として、原告に対する退職慰労金支払いの件を追加するよう提案し、同取締役会においてその旨決議され、同年3月27日開催の上記株主総会において、原告に対する退職慰労金の支払については、100万円を限度とし、具体的な金額、支払方法、支払時期については取締役会に一任する旨の決議がなされた。
(2) 訴外会社は、上記決議に基づき、平成15年5月13日、原告に対し、退職慰労金として100万円を支払った。
(3) 本件規定は、訴外会社の株主総会において、取締役会に対し役員退職慰労金の支給金額、支給時期、支給方法等が一任された場合に、拠るべき基準とするために、取締役会において制定されたものである。
したがって、株主総会において個別の決議がなされた場合は、その個別の決議が優先し、これに反する限度において本件規定は排除される。
4 被告らの主張に対する原告の認否及び反論
(1) 被告の主張(1)の事実は知らない。
(2) 同(2)の事実は認める。
(3) 同(3)の事実は否認し、主張は争う。
(4) 上記1(6)記載のとおり、被告らは、本件規定を無視して、本件規定に違反する違法な内容の議案を株主総会に上程し、株主総会に無効な決議をさせて、被告に本来受けられるべき退職慰労金の支給を受けられないようにしたものである。
理由
1 請求原因(1)及び(2)の事実、同(3)の事実のうち本件規定が存在することは、当事者間に争いがない。
甲5号証及び弁論の全趣旨によれば、本件規定に従った原告の退職慰労金の額は208万円であると認められる。
2 上記1の事実に、甲1号証、4号証、5号証、乙3号証、4号証及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 訴外会社は、平成14年7月31日当時、資本の額を9208万5000円とし、株式譲渡には取締役会の承認を要するとする会社である。
(2) 被告Y1は、訴外会社の代表取締役であり、個人で、同8年8月31日当時は発行済み株式総数の16.86パーセントの株式を、同15年1月1日当時は発行済み株式総数の31.13パーセントの株式を保有する大株主である。
これに、同被告の妻、子の保有株式数を合わせると、同8年8月31日当時は53.31パーセントの、同15年1月1日当時は63.34パーセントの株式となる。また、一族の保有株式数を合わせると、同8年8月31日当時は95.95パーセントの、同15年1月1日当時は83.85パーセントの株式となる。
同被告以外の訴外会社の他の株主は、同被告の妻、子、兄、従兄弟のほかは、訴外会社の役員・従業員である。また、被告Y2は、上記のいずれの時点でも、訴外会社の株式を保有していない。
(3) 訴外会社は、平成4年3月22日、本件規定を制定し、以後、役員に対する退職慰労金の支給については、同規定によることとした。現行規定は平成8年から施行されている。現行規定によれば、役員の退職慰労金は役員が退職する場合にその在任期間中の功労に報いるため株主総会の承認を得て支給するもので、退職慰労金の額は当該役員の退職時の基本報酬月額の80パーセントに在任年数を乗じた額とするものとされ、これに加えて功労等が著しい場合にはこれに加えて功労金を支給する旨の規定はあるが、退職慰労金の額を上記より減じる旨の規定は存しない。
(4) 訴外会社は、原告の退職時から、原告に対し、退職慰労金の支給については後日支給する等と述べながら、実際には一向に支給しようとはしなかった。
また、被告Y1は、本件規定の存在を十分認識しながら、あえて原告に対する退職慰労金の支給に関する手続を採ろうとしなかった。
そして、原告は、訴外会社の担当者等との数回にわたる面談の後、退職後11か月が経過した平成14年9月に、訴外会社に対し、文書で、退職慰労金208万円の支払を求めたところ、被告Y1は、代理人を通じて、退職慰労金を支給する株主総会決議がなされていないことを理由に支払を拒み、支給時期等については一切明らかにしなかった。
(5) このため、原告は、やむなく、平成14年12月25日、本訴を提起したところ、被告Y1は、平成15年2月20日開催の訴外会社の取締役会において、第54回定時株主総会における議案として、原告に対する退職慰労金支払いの件を追加するよう提案し、同取締役会においてその旨決議され、同年3月27日開催の上記株主総会において、原告に対する退職慰労金の支払については、100万円を限度とし、具体的な金額、支払方法、支払時期については取締役会に一任する旨の決議がなされた。
3 上記2の認定事実によれば、訴外会社においては、退職慰労金は取締役の在職中の職務執行の対価であることに照らし、現行規定の制定・実施により、退職慰労金の支給額を一定の方式により算出して支給することとしていたもので、被告Y1は、上記2認定の会社の内容及び株式の保有状況に鑑みて現行規定の制定当時からの訴外会社のいわゆるオーナー経営者と認められるから、退任取締役の業務執行に特段の問題がない限り、本件規定に従った退職慰労金を支給することを各取締役に約したとともに、訴外会社に対しても、本件規定に従った事務処理を行う義務を負っていたものと認められ、何ら特段の事情の主張立証がない本件においては、被告Y1は、訴外会社の代表取締役として、本件規定に従い、遅くとも原告が退社した後の最初の定時株主総会である第53回定時株主総会(平成14年3月末日までに開催されたと思料される。)において本件報酬議案を提出するための取締役会を招集し、又は、同株主総会開催前の取締役会において本件報酬議案を提案すべきであったものである。
しかしながら、被告Y1は、本件規定の制定による原告に対する支給約束に反したほか、故意により、上記支払約束に反し又は取締役としての義務を怠り、上記取締役会を招集せず、本訴審理中の平成15年2月20日に至るまで、取締役会において本件報酬議案の提案を提案しなかったものであり、債務不履行又は商法266条の3の規定により、これにより原告が被った損害を賠償すべきである。
これに対し、被告Y2は、原告退任時以降においては、訴外会社のいわゆるオーナー経営者とまでは認められないほか、故意又は重過失により上記義務を怠ったとまで認めることはできないから、同被告に対する請求は理由がない。
4 被告Y1は、本件規定は、訴外会社の株主総会において、取締役会に対し役員退職慰労金の支給金額、支給時期、支給方法等が一任された場合に、拠るべき基準とするために、取締役会において制定されたものであると主張するが、本件規定の文言上はそのようには解されないし、同主張事実を認めるに足りる証拠もない。
また、同被告は、株主総会において個別の決議がなされた場合は、その個別の決議が優先し、これに反する限度において本件規定は排除されるとも主張するが、本件においては、同決議は原告の退職時から1年半もの期間がが経過した後になされているほか、その開催時期及び同被告の訴外会社における地位に鑑みると、同被告が本訴請求に対抗し、形式を整えるために同決議を主導したものと認められるから、同主張は信義則に反し、理由がない。なお、原告のこれに係る主張は、時機に遅れたものとは認められない。
5 そこで、原告の損害について検討するに、何ら特段の事情について主張立証のない本件においては、原告に対しては本件規定に従い平成14年3月末までに退職慰労金208万円が支払われるべきものであり、同15年5月13日に内金100万円が支払われているから、原告の損害額は差額である108万円と208万円に対する請求の日(被告Y1に対する訴状送達の日・同年1月9日であることは、顕著な事実である。)の翌日である同年1月10日から同年5月13日までの年5分の割合による損害金3万5331円の合計額111万5331円並びに108万円に対する同月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金となる。
なお、原告主張のその余の損害については、上記3記載の被告Y1の行為と相当因果関係がある損害とは認められない。
(計算式)
2,080,000×0.05×124÷365=35,331
1,080,000+35,331=1,115,331
6 以上の次第で、原告の本訴請求のうち、被告Y1に対する請求は、主文1項の限度で理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求は、理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条、64条本文を、仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山下寛)