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京都地方裁判所 平成14年(ワ)524号 判決 2003年4月30日

主文

1  被告は、原告に対し、金100万円及びこれに対する平成12年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを4分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、400万円及びこれに対する平成12年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  原告は、脳梗塞の発作を起こし、消防に救急車の出動を求めるため、2日にわたり合計20回、自宅から119番の番号に電話をかけた(以下、119番の番号に電話をかけることを「119番通報」ともいう。)が、言葉をうまく発することができなかったことなどから、電話を受けた被告の消防局の消防指令センター(以下「指令センター」という。)の職員(以下「被告職員」という。)は、救急隊の出動を要する事態ではないと判断し、救急隊を出動させなかった。そのため、原告が病院に搬送されることが遅れた。

原告は、被告職員において、救急隊を出動させるべき注意義務違反があると主張し、被告に対し、国家賠償法1条に基づき、損害賠償(慰謝料400万円)及びこれに対する不法行為の日である平成12年8月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

2  基礎となる事実(争いのない事実及び各項末尾記載の証拠等によって容易に認定することができる事実。)

(1)  原告

原告は、平成12年8月11日当時、58歳の男性であり、肩書地において一人で生活していた(弁論の全趣旨)。

(2)  原告による119番通報及び被告職員の対応の概要

原告は、同日午前11時ころ、自宅にいたところ、体調が急変したので、救急車による救助を求めようとして、119番通報をした(弁論の全趣旨)。

ところが、原告は、その際、脳梗塞の症状により、耳がよく聞こえず、言葉を十分に発することもできない状態であったことから、電話に出た被告職員に救助を求める旨を告げることはもとより、その呼びかけに対しても応答できなかった(甲5の1、弁論の全趣旨)。

このため、被告職員は、救急隊を出動させなかった。

原告は、その後、同日のうちに15回、翌12日にも4回(合計で20回)の119番通報を行ったが、いずれの通報の際にも、救助を求める旨を告げることはもとより、通報を受信した消防指令センターの職員の呼びかけ等に対して応答もできなかった。そこで、被告職員は、いずれの電話の際も、救急隊等を出動させなかった。

(3)  原告の搬送及び病状等

原告は、同月13日になって、自宅の玄関前に出ているところを近所の住民に発見され、同人からの119番通報に基づいて出動した救急隊によって、同日午前11時22分ころ、乙病院に搬送され、脳梗塞と診断されて、そのまま同病院に入院し、同年11月20日、丙病院に転院し、平成13年1月31日、同病院を退院したが、四肢体幹機能障害という後遺症が残っている(甲4、甲6の1ないし3、甲7、弁論の全趣旨)。

3  争点及び争点についての当事者の主張

(1)  被告職員の救急隊を出動させるべき注意義務の有無

ア 原告の主張

(ア) 被告は、消防法に基づいて救急業務を行わななければならないとされている。救急業務は、市民の生命身体の安全にかかわることであるから、救急業務を担当する被告職員としては、119番通報を受ければ、直ちに現場に救急隊を出動させる義務を負っている。

119番通報の中には、一見するといたずら電話と思われるような不明瞭なものであっても、発語できない重症者からの電話であり得ることは、容易に想定されるところであり、殊に同じ発信地から何度も119番の電話が繰り返されたような場合には、現場に出向き、電話の真否や関係者の安否を確認すべきである。

京都消防局通信規程(平成10年京都市消防局訓令乙第12号)においても、「指令センター員は、通報内容を確認することができなかったときは、呼び返しの信号を送出する等必要な処置を講じるものとする」とされ、さらに指令管制マニュアルにおいても、通報者が「何らかの原因で119番通報したが話せない」などの場合があり、虚偽通報か実災害の通報なのか判断が困難な場合、災害らしきと判断したときは、発信地表示された場所へ必要隊を出動させると規定しており、この趣旨が定められている。

(イ) ところで、被告職員は、平成12年8月11日午前11時48分ころ、原告から119番通報(4回目の電話)を受けた際、原告の自宅から繰り返し電話がかかってきていることを認識し、消防局の通信規定に従って、呼び返し操作(消防局から、電話を切った相手方を呼び出す操作をいう。)を行い、2度目の呼び返しによって電話が繋がった際、プッシュボタンの操作音を聞いたほか、「救急車行くよ。」、「a町のbのcですね。」と原告方を特定できている旨を告げ、いたずらをしないように警告している。

それにもかかわらず、同日午後0時03分12秒ころ、原告方から5回目の119番の電話があったのであるから、この電話が聴覚ないし言語障害のある者による救急の要請であることがあり得ると判断することが十分に可能であった。

したがって、被告職員には、遅くともこの5回目の119番通報を受けた時点で、原告方に救急隊を派遣し、少なくとも安否を確認するための手段を講じる作為義務が生じた。

しかるに、被告職員は、係る義務を怠り、原告方に救急隊を出動させたり、安否確認の手段を講じることもなかった。

(ウ) なお、被告職員は、同日午後0時4分53秒ころ、原告方から6回目の119番の電話があった際、プッシュボタンの操作音を聴いており、さらに午後0時16分56秒からの8回目の119番の電話があった際には、プッシュボタンの操作音のほか、原告の「はぁい。」、「はい。」などと聞こえる不明瞭な音を聞き取ったのであるから、原告方の安否を確認する必要がより高くなっていると判断することが可能であり、上記義務が生じていることはより明らかである。

ところが、被告職員らは、これらの通報の際にも、翌12日の原告方から同様の119番通報に際しても、原告方に救急隊を出動させたり、安否確認の手段を講じなかった。

イ 被告の主張

(ア) 消防法35条の5の規定は、市町村が救急義務を行うという政策的な方針を明らかにしたにとどまり、一般住民がそれによって受ける利益は、反射的なものにすぎない。

もっとも、消防法その他関係法令の趣旨に照らすと、消防局の職員が救急業務(災害により生じた事故、屋外若しくは公衆の出入する場所において生じた事故、傷病者を医療機関その他の場所に迅速に搬送するための適当な手段がない場合における屋内において生じた事故、生命に危険を及ぼし、若しくは著しく悪化するおそれがあると認められる症状を示す疾病による傷病者のうち、医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要があるものを、救急隊によって、医療機関その他の場所に搬送すること(傷病者が医師の管理下に置かれるまでの間において、緊急やむを得ないものとして、応急の手当を行うことを含む。)をいう。)の必要性を十分に認識していながら真摯に対応しなかったとか、救急業務の必要性を容易に認識することができる状況であったのに、それを認識せず救急業務を行わなかったという場合には、市町村としては、それによって損害を被った一般住民に対し、賠償責任を負うべきことは否定できない。

(イ) 指令センターには、日々、膨大な量の119番通報があるが、その中には多くのいたずら電話があるから、被告職員としては、119番通報を受ければ直ちに救急隊を出動させるとか、いたずらと思われる電話であっても、それが繰り返された場合に、発信先の安否を確認するなどという応対をすることは、むしろ、正常な救急業務等を阻害する結果となるから、そのような義務を負うことはない。

(ウ) 被告職員としては、119番通報を受けた場合、救急隊を出動させる必要性のある場合か否かは、119番の電話をしてきた通報者との会話内容によって判断するほかはないが、通報者との会話が十分にできない場合には、背景の音や気配などから情報を得るように努めて、上記必要性を判断している。

ところで、本件においては、原告からのべ20回もの119番通報は、大部分が無音であり、ときおり一方的に「はぁい。」などの言葉が発せられたが、その口調も間延びしたもので、切迫感等を感じることができないものであったため、これを受けた被告職員は、いずれも繰り返し呼び返しを行うなどの真摯な対応に努めたものの、救急業務を要する事態と判断できる情報は得られなかった(なお、本件以前に、真に救助を必要とする人が、何度も電話をかけてきながら、被告職員からの呼びかけに対し、何ら反応しないまま自ら電話を切るということを繰り返したという事案はなかった。)。

したがって、被告職員には、このような119番通報を受けたからといって、救急隊を出動させ、あるいは、原告方の安否確認をすべき義務はなく、また、被告職員がそのように判断したことについて過失もない。

(2)  損害

ア 原告の主張

原告は、被告職員から、119番通報を放置された結果、2日間にわたり、死の恐怖や不安にさらされ、このため病気治療の日数も延びた。また、被告職員は、事後、原告ないし原告の息子に対し、原告からの119番通報の回数を11回と少なく説明している。

これらの事情を考慮すると、原告が、被告職員が救急隊を出動させなかったことによって、被った精神的苦痛を慰謝するためには、少なくとも400万円の慰謝料をもってするのが相当である。

イ 被告の主張

争う。

第3判断

1  証拠(乙4の1ないし3、乙5、乙7、乙8、乙9、乙10、証人A、同B、同C)によれば、次の各事実が認められる。

(1)  指令センターにおける被告職員の執務状況等

ア 被告は、消防局災害情報管理課に置いた指令センターにおいて、京都市全域からの119番通報や警察からの通報等による災害情報を受け付けて、指令センター員が、通報内容に応じて、救急隊、消防隊等を出動させて、救急業務を行っている。

イ 指令センターにおいては、通常、7名の指令員が業務に就き、うち3名は119番通報等の受付業務(受付指令台)を、2名は出動した救急隊への情報伝達及び搬送先の医療機関等との連絡業務(救急指令台)を、1名は無線での連絡業務(無線統制台)をそれぞれ担当し、残る1名が上記6名に対する指揮監督、調整業務(指揮台)を担当し(ただし、災害通報が少なくなる早朝等の時間帯においては、これよりも少ない人員で対応している。)、通常、2時間ごとに次の人員と交代するものとされている。

なお、指令センターにおいては、固定電話等からの通報があった場合に、通報元の住所等の情報を検索することができる。

また、各指令台及び指揮台では、それぞれ119番通報に応対したり、救急隊等と連絡したり、他の指令台における通話内容を聴き取ること(以下「聴話」ともいう。)ができる。そして、指揮台を担当する職員は、随時、他の指令台における通話を聴話して指揮監督するほか、他の指令台を担当している職員も、随時、他の指令台における通話状況を聴話し、対応に誤りがないか注意している。

(2)  いたずら電話の実情及びその対応について

ア 119番通報中には、いわゆるいたずら電話が少なくなく、消防局において、いたずら電話と判断した119番通報は、平成10年には、全受信件数(回線試験、問い合わせ、間違い、通報訓練を含む。以下同じ。)16万6619件中4250件(2.5パーセント、1日平均11.6件)、平成11年には、16万3379件中6889件(全体の4.2パーセント、1日平均18.8件)、平成12年には、17万3470件中1万9090件(全体の11.0パーセント、1日平均52.1件)に達している。

もっとも、平成12年当時、同一通報先から繰り返し119番通報がされた件数や、同一の通報先から119番通報が繰り返された場合のうち、いたずら電話等の非災害通報が占めている割合は、明らかではない。

イ 平成12年8月当時、被告の消防局においては、その訓令「京都市消防局通信規程」(平成10年京都市消防局訓令乙第12号)において、指令センター員は、災害等の通報を受信したときは、当該通報内容の的確な聴取及び確認を行い、当該通報を行う者の意図を速やかに把握するものとし、当該通報内容を確認することができなかったときは、呼び返しの信号を送出する等必要な措置を講じるものと定めていた。

また、消防局において作成していた「指令管制マニュアル」では、通報者が119番通報をしたが話せない、言語障害者である、一方的に話し受話器を置いたなどの理由によって、その通報が虚偽であるのか実際の災害の通報であるのかを判断することが困難な場合、受話器を通じて通報先の動き(物音、話し声等)を確認しつつ、<1>災害らしいと判断したときは、発信地表示された場所に救急隊又は消防隊を出動させる、<2>呼び返し操作で相手を呼び返すなどといった方法で処理するものとし、無応答等に対する処理もこれに準じるとされていた。

(3)  原告からの119番通報とこれに対する指令センター員の応接

ア 原告は、平成12年8月11日午前11時ころ、自宅にいたところ、体調が急変したので、救急車による救助を求めようとして、同日午前11時2分35秒ころ、枕元に置いてあった電話機の子機(プッシュボタン式)を用いて119番通報をした。

その時点で、受付指令台を担当していた指令センター員の被告職員であるDがこの通報を受信し、呼びかけを行ったが、原告は、脳梗塞の発作を起こしていたため、耳がよく聞こえず、言葉を十分に発することもできない状態にあったので、この呼びかけに応答することができなかった。そこで、Dは、しばらく音を聴取しようとした後、災害の通報ではないと判断し、同3分20秒ころ、電話を切った。

イ 原告は、同35分13秒ころ、再び119番通報をした。

受付指令台を担当していた指令センター員のEは、原告に対し、2回にわたって、声が聞こえないのでいったん電話を切るように呼びかけたが、応答がなかったことから、同35分51秒ころ、電話を切った。

ウ 原告は、同39分38秒、三たび119番通報をした。

Dは、この通報を受け、原告に対して、何回も呼びかけたが応答はなかった。指揮台を担当していた副指令センター長Aは、この通報の冒頭25秒程度を聴話し、Dに対し、声を出せない可能性があるから、物をたたいて合図をさせるようにと指示した。そこで、Dは、原告に対し、同40分17秒ころ、「返事ができないのなら何か物をたたいて合図してください。」と呼びかけた。しかし、これに対しても、反応がなかったため、同41分44秒ころ、電話を切った。

エ 原告は、同48分52秒、4回目の119番通報をした。この通報を受けたEは、「はい。119番消防です。」との応対に反応がなかったことから、「またやな。いっぺん呼び返したろうかな。」と独り言を言った後、「Fさん、どうしたんですか。Fさん。Fさん。Fさん、どうしたの。」と呼びかけたが、その約9秒後(同49分28秒ころ)、電話が切れてしまったため、「いたずらやな。」と独り言を言いながら、呼び返し操作を行った。

すると、原告方に電話がかかったものの、やがて、留守番電話の録音メッセージが流れてきた。そこで、Eは、留守番電話に「そちらから何度となく119番あるんですが、何かあったんですか。」、「4度目の119番ですが何かあったんですか、Fさん。」、「Fさん、電話番号もすべて分かります。どうしました。」などと話したところ、再び回線が切断された。

Eは、「万が一があるさかいな。」、「留守電にしやがって。」などと独り言を言いながら、再び呼び返し操作を行ったところ、同54分00秒ころ、原告方に電話がかかり、Eが「もしもし。」、「もしもし。」と呼びかけると、電話のプッシュボタンを操作するような音が聞こえた。そこで、Eは、「Fさん。こちら消防ですけども、救急車?」、「お話できない?」と問いかけたが、反応がなかったので、さらに「救急車行くよ。救急車行ったしね。Fさん、救急車出したし、部屋の鍵開けといて。」、「もしもし、聞こえませんか。受話器たたいてください。」、「もしもし、a町のbのcですね。」などと呼びかけたが、何ら応答がなかった。そこで、Eは、同56分58秒ころ、回線を切断した。

オ C指令センター長は、同日午後0時、Aと交代して指揮台の業務に就いた。Cは、その際、Aから、「原告の自宅から無言電話が何回かかかっており、呼び返しをしたところ、留守番電話になった。災害通報ではないとして、救急車は出していない。」旨の申し送りを受けた。

また、同時に、指令センター員のB、G、Hも交代して受付指令台の業務に就いた。その際、Bも、Eから、上記Aと同様の説明を受けた。

カ 原告は、同3分12秒ころ、5回目の119番通報をした。これを受けたBは、「119番です。救急車ですか、火事ですか。」との応対に、応答も反応もなかったことから、「119番の火事救急の緊急電話にかかりました。あなたの声がこちらに届いておりません。1回受話器を掛けてください。こちらから呼び返します。」と呼びかけたものの、原告から応答がないので、「応答がございませんので切ります。」と告げて、同3分49秒ころ、回線を切断した。

キ 原告は、同4分53秒ころ、6回目の119番通報をした。これを受けたGは、原告の反応がないことから、「これ、またやわ。Fさん、返事してください。」との呼びかけたが、電話のプッシュボタンを操作するような音が聞こえてきたことから、いたずら電話であると判断した。同5分45秒ころ、原告の側から電話を切られたため、呼び返し操作を行ったところ、原告方の電話は留守番電話となっていた。そこで、Gは、「そちらから何回もお電話ありますが、何の用事でしょうか。」と呼びかけたところ、回線が切断されたので、再度呼び返しの操作を行い、やはり留守番電話となっていたため、回線を切断し、再度加入電話から原告方に電話をかけ、留守番電話に「119番にいたずら電話をかけすぎです。これ以上かけると警察がそちらの方へ行かせていただきます。」と録音した。

ク 原告は、同12分45秒ころ、7回目の119番通報をした。これを受けたBは、「Fさん、どうされましたFさん。さっきから何回も電話されてますけど、何かあったんですか。何もなければ電話しないでください。緊急電話です。」と呼びかけながら、原告の反応に注意したが、反応がないことから、同13分43秒ころ、「切ります。」旨告げて回線を切断した。

ケ 原告は、同16分56秒ころ、8回目の119番通報をした。これを受けたH(5回目ないし7回目の通報を聴話していた。)は、電話のプッシュボタンを操作するような音が聞こえたほか、反応のないまま、同17分36秒ころ、原告の側から電話を切られたため、呼び返し操作を行い、原告に対し、呼びかけたところ、原告は、「はぁい。」あるいは「ふわぁい。」といった声を数回発した。

Cは、Hの呼びかけと原告の反応を聴話していたが、原告の発声は、泥酔者あるいは意識朦朧とした人間が、Hの呼びかけとは無関係に発声していると感じ、原告からの電話をいたずらであると判断した。

なお、Cは、この8回目の119番通報を一部聴話したほか、7回目、10回目、15回目の119番通報を聴話し、6回目及び9回目の119番通報の一部を聴話している。

コ 原告は、同26分1秒ころ、9回目の119番通報をした。これを受けたBは、「Fさん、どうされたの。」、「a町のbのcのFさん、どうされました。」などと呼びかけたが、電話のプッシュボタンを操作するような音が聞こえたほか、反応がないまま、同27分1秒ころ、原告側から電話が切られたが、呼び返しはしなかった。

サ 原告は、同44分46秒ころ、10回目の119番通報をした。これを受けたGは、原告の名をあげて呼びかけたところ、同45分2秒ころ、原告側から電話が切られたので、呼び返しをしたが、留守番電話になっていたため、同27秒ころ、回線を切断した。

シ 原告は、同日午後1時1分59秒ころ、11回目の119番通報をした。これを受けたBは、「Fさん、どうされました。何もなかったら、ちょっとこれ緊急電話やしね、やめていただきますか。」、「何も必要ないんですか。救急車とかそんなんいらないんですか。いらないんだったらもう電話しんといてください。他の人の迷惑になりますのでね。」などと呼びかけたが、反応がなかったので、同2分50秒ころ、回線を切断した。

ス 原告は、同9分38秒ころ、12回目の119番通報をした。これを受けたGは、呼びかけに反応がなかったことから、「ずっーといたずらやこれ。ずっーといたずら。もう20回くらいいったんと違うか。」と独り言を言った上、「これ緊急電話なりますので、電話しないでください。用事がない限り電話しないでください。a町bのc、Fさん。1回警察に行ってもらいますよ。」と告げて、同10分27秒ころ、回線を切断した。

セ 原告は、同13分12秒ころ、13回目の119番通報をした。これを受けたGは、「はい119番です。」との応対に反応がなかったことから、「Fさん、何回も電話しないでくださいね。切ります。」と告げて、同13分38秒ころ、回線を切断した。

ソ 原告は、同23分18秒ころ、14回目の119番通報をした。Hに代わって受付指令台を担当していた指令センター員のIがこれを受けたが、原告の反応がなかったので、「Fさん、いい加減にせいよ。」と告げて、同23分38秒ころ、回線を切断した。

タ 原告は、同31分43秒ころ、15回目の119番通報をした。これを受けたBは、「Fさん、Fさん、災害でなければ電話しんといてほしいなあ。忙しいのやわ、こっちも。悪いね。」と告げて、同32分8秒ころ、回線を切断した。この間、原告の反応は認められなかった。

チ 原告は、同日午後2時30分49秒ころ、16回目の119番通報をした。Gと交代して受付指令台を担当していた指令センター員のDが「Fさん、もしもし。」と呼びかけたところ、原告は、「はぁい。」あるいは「ふわぁい。」との声を発した。その後、Dが何回か呼びかけても応答のないまま、同31分11秒ころ、原告側で電話が切られ、Dは「切りやがった。いや、それでも何かごちゃごちゃと。」と独り言をつぶやいて、呼び返しをせずに回線を切断した。

ツ 原告は、同月12日、午前5時55分27秒ころ、17回目の119番通報をした。これを受けたGは、最初の「はい、119番です。火事ですか、救急ですか。」との応対に対する反応がなかったことから、「あっ、またあれやな。」と独り言をつぶやいた上、「Fさん、Fさん。もしもし返事してください、Fさん。」と呼びかけたが、応答がなかったので、同55分58秒ころ、回線を切断した。

テ 原告は、同58分16秒ころ、18回目の119番通報をした。これを受けたGは、「Fさん。もしもし、Fさん返事してください。」と呼びかけたが、応答がなかったので、同58分45秒ころ、回線を切断した。

ト 原告は、同日午前6時58分22秒ころ、19回目の119番通報をした。受付指令台を担当していた指令センター員のJがこれを受け、「Fさん、もしもし、返事してください。」、「どうしはったんですか。返事がなければ切りますよ。」などと呼びかけたが、応答のないまま原告側から電話が切られたため、呼び返し、「時報ならして、時報」と呼びかけたところ、原告が「はぁい。はい、はい。」と聞こえる発声をしたので、「どうしはったん。どうしはったん。」と問いかけた。これに対し、原告が「はぁい。」との声を発したので、Jは、「切ったらまた呼び返すよ。どうしはったん。」と繰り返し呼びかけたが、原告側で電話が切られたので、もう一度呼び返し操作を行った上、同日午前7時2分8秒ころ、回線を切断した。

なお、16回目から19回目までの通報の際には、指令センターにおいては、受付指令台を担当する2名の指令センター員が勤務についており、他の受付指令台、無線統制台、指揮台は勤務者がいなかった。

ナ 原告は、同日午前7時20分6秒ころ、20回目の119番通報をした。これを受けたEは、「はい119番消防です。」との応対に、反応がなかったことから、同20秒ころ、回線を切断した。

2  被告職員の注意義務の有無について(争点(1))

(1)  市においては、救急業務を行わなければならないとされているところ(消防法35条の5、同法施行令43条、消防組織法10条、消防本部及び消防署を置かなければならない市町村を定める政令)、救急業務とは、災害により生じた事故、屋外若しくは公衆の出入する場所において生じた事故、傷病者を医療機関その他の場所に迅速に搬送するための適当な手段がない場合における屋内において生じた事故又は生命に危険を及ぼし、若しくは著しく悪化するおそれがあると認められる症状を示す疾病による傷病者のうち、医療機関その他の場所へ緊急に搬送する必要があるものを、救急隊によって、医療機関その他の場所に搬送することをいうのである(消防法2条9項)から、住民の生命、身体の安全に直接関係し、しかも、生命、身体の安全の確保のために他の適当な方法がなく、かつ、緊急性の強い業務ということができる。

そうすると、消防法35条の5が直接には行政上の責務を定めたものであるとしても、救急業務を実施すべき場合が生じたことを認知し、かつ、当該救急業務を実施することが可能な場合には、救急業務を実施するか否かについて、市の裁量を認める余地はなく、当該傷病者に対する関係でも、救急業務を実施すべき義務が生じると解することができる。

そして、指令センターは、救急業務については、京都市内における災害等の救急業務の対象となる事態の通報を受けて、救急隊等の出動を一元的に指示、指揮することによって、迅速、円滑に救急業務を実施するために設けられたものであるから、指令センター員は、119番通報等によって、救急業務を実施する必要のある事態が発生したことを認知した場合には、救急隊等を出動させることが不可能ではない限り、救急隊を出動させるなどの処置を執る義務を負うというべきである。

もっとも、119番通報があった場合においても、119番通報の中には相当数のいたずら電話があり、さらに、救急車の出動が要請された場合であっても、上記の意味での救急業務に当たらない場合も含まれるから、指令センター員に係る義務が生じるのは、その通報内容に照らして、救急業務を実施すべき場合と判断し得る場合に限られると解すべきである。

しかし、119番通報をする者には、当該傷病のために、119番通報の際に、応答のできない者、当該災害等によって気が動転して適切な説明ができない者も存在することも容易に推認することができる。そして、真に救急業務を実施する必要がある場合は、人の生命、身体の安全に直接かかわり、しかも、生命、安全の確保のために、救急隊等の出動を待つほかに適当な手段がなく、緊急性がある。したがって、指令センター員には、救急業務を実施する必要があることが確認された場合はもとより、その必要があることを疑い得る場合にも、救急隊等を出動させ、あるいは、その必要があるかどうかを確認するための処置を執るべき義務が生じるというべきである。

(2)  本件においては、前記第2の2認定の事実によると、原告は、平成12年8月11日午前11時ころ、自宅で脳梗塞を発症したところ、脳梗塞等の脳血管障害については、発症から3時間以内に医療機関に搬送されることが必要といわれているとおり(甲3の2)、医療機関に緊急に搬送される必要があったところ、一人暮らしであったこともあって、医療機関に迅速に搬送されるための他の適当な方法もなかったということができるから、被告の救急隊によって医療機関に搬送される必要があった場合、すなわち、被告が救急業務の対象とすべき場合に該当していた(このことは、被告も認めている。)。

ところで、上記1認定事実に照らすと、原告は、119番通報をしたものの、原告が、脳梗塞を発症していたため、耳も聞こえにくく、話もできない状態にあり、指令センター員の呼びかけに対しても、応答できなかった。そして、第1回及び第2回の通報の際には、指令センター員の呼びかけに対して、原告は全く応答せず、第3回の通報の際には、通報を受信したDが、通報者が声を出せないこともおもんぱかったAの指示で何か物をたたいて合図をするように呼びかけたものの、これに対しても、何ら反応がなかったというのであるから、指令センター員が救急隊を出動させるべき事態の発生を疑うべき事情があったということはできない。

また、第4回目の119番通報の際には、指令センター員から原告の姓をあげ、4回目の通報であって、電話番号もすべて分かると告げて呼びかけられると、しばらくして原告側から電話が切られ、指令センター員が呼び返しをしても、留守番電話となっていたり、原告が出ても電話機のプッシュボタンを操作する音が聞こえるのみであったというのであるから、その時点では、いたずら電話と疑われてもやむを得なかったということができる。

しかし、原告は、4回目の通報の際、指令センターにおいて原告の身元が把握されていることを告げられて、いわばいたずら電話に対する警告を受け、その後、6回目の119番通報の際には、Gから、これ以上いたずらの119番通報をすると警察に通報する旨の警告までされている。原告は、それにもかかわらず、短時間の119番通報を繰り返し、8回目の119番通報の際には、Gの「何ですか。」、「どうしたの」との呼びかけがあり、「はぁい。」あるいは「ふわぁい。」とも聞こえる声を出しており、その声は、これを聴話していたCには、意識朦朧とした者の発する声のようにも聞こえたというのである。

このように、発信者の身元、通報回数まで把握されていることを告げられ、警察に通報をする旨の警告を受けながら、なお短時間に自宅の加入電話からの通報を繰り返していたこと、指令センター員の呼びかけに対する発声も意識朦朧とした者の声と理解し得るものであったこと、一般的に、119番通報をする者の中には、疾病等のために、何とか電話機の「119」の番号を押すことはできたものの、指令センター員の声を聞き取ることも、声を発するできない者もいることを想定すべきこと、そのような者は、電話機の「119」の番号を押した後も、何とか救助を求める意思を伝えるため、電話機を操作し、誤って電話を切ってしまったり、留守番電話に設定したり、関係のないボタンを押したりすることもあり得ること、したがって、上記4回目の通報の際に、原告側から回線が切断されたり、呼び返しに対し、留守番電話になっていたり、プッシュボタンの操作音が聞こえたことも上記誤った操作の結果との可能性も想定し得たこと、以上の事情を考慮すると、原告からの8回目の119番通報を受信した際には、これを受信し、あるいは聴話していた指令センター員としては、その際の通報及びそれ以前の通報がいたずらによるものではなく、疾病等のために適切な応答ができない者からの通報ではないかと疑うことができ、また、疑い得たというべきである(なお、Cは、上記「はぁい。」あるいは「ふわぁい。」とも聞こえる声を泥酔者が意識朦朧状態で声を出していると感じた旨供述するが、意識朦朧状態の発声と感じられる以上、泥酔以外の事由によるものも想定すべきであった。)。

そうすると、指令センター員としては、この時点で、救急隊等を出動させるか、少なくとも、この通報が真に救助を求めるものかどうかを確認するための何らかの措置をとるべき義務が生じたというべきである。ところが、この通報の受信を担当した指令センター員も、指揮台を担当した指令センター員も、この通報もいたずらと判断し、救急隊を出動(弁論の全趣旨によると、この時点で原告方に救急隊を出動させることは可能であったことが認められる。)させなかった上、何らかの確認のための措置もとらなかった。このことは、原告に対する不法行為に当たるということができる。

また、8回目の通報の時点で、疑い得た以上、その後の通報の際にも、その受信を担当した指令センター員は、従前からの通報の状況も併せて、同様に、救急業務の必要性がある場合であると疑うべきであった。ところが、上記認定事実によると、これらの119番通報を受信した指令センター員は、多くの場合、むしろいたずらであることを前提とした応答をするにとどまっており、それらの各通報の際に、救急隊等を出動させず、その他の確認手段もとらなかった。これらも同様に原告に対する不法行為に当たるということができる。

(3)  この点、被告は、無音の119番通報であっても、救助が必要な者の場合には、息づかい、背後の生活音等から、救助の必要性を判断することができ、指令センター員もそのように努めており、救助が必要な場合であるのに全くの無音であったり、通報者から電話を切るような事例はなかった旨主張し、証人A、同Bは、これに沿う供述をする。

そして、被告は、119番通報の際の通話内容をすべてDATテープに録音することとしており、原告からの119番通報についても録音していたが、この録音を基に通話記録を作成した後にこの録音テープを消去しており(証人A)、原告側の音が、被告の主張するように全くの無音ないし、上記認定のものにすぎなかったのかどうかは、証拠上明らかではないといわざるをえず、証人A及び同Bの前記供述によっても、上記認定判断は左右されない。

また、証人Aは、通報者の身元が判明していることを告げて警告をしても、なおいたずらの通報を続ける場合もあり、上記のような警告をしたのに119番通報が続いていることを以て異常とは判断できない旨供述する。しかし、上記のような警告を行った後も、なお短時間のうちにいたずらの119番通報が続けられた事案がどの程度あるのか明らかではなく、一方、上記警告によって通報がやむ事例もある(証人A)のであるから、上記警告後もなお119番通報が続くことを一事情として異常を疑うことは可能と考えられ、上記証人Aの供述を考慮しても、上記認定判断は影響されない。

(4)  もっとも、上記認定のとおり、指令センターには、いたずらによると判断された多数の119番通報もされている。これらの119番通報、あるいは、いたずらの通報と疑われる119番通報に対しても、念のためであっても救急隊等を出動させれば、その間に真に救急隊等の出動が必要な災害等が生じた場合に、近くに出動可能な救急隊がなく、現場への救急隊の到着が遅れるなど、かえって、救急業務を阻害する事態を生じさせる結果を招きかねない。

そのため、被告の「消防通信規程」、「指令管制マニュアル」においても、119番通報の際に、適切に事態を通報できない者の存在も想定して、救急隊等の出動の要否を判断すべきものとしている。しかし、指令センター員が、多数の通報の中から、短時間のうちに救急隊を出動させる必要のある通報かどうかを見極めることが、容易ではないことは明らかであり、指令センター員が、多数のいたずらと思われる通報の中から、救急業務の対象となる通報を見いだすため、日夜多大な労苦を払っていることは容易に推認することができ、本件においても、原告からの119番通報にはいたずらと疑ってもやむを得ないような点もあったことは前記のとおりである。

しかし、ことが住民の生命にかかわる緊急事態であることを考えると、これらの事情によっても上記の作為義務を否定することはできない。

3  損害について(争点(2))

原告は、脳梗塞の発作により、119番通報をしたのに、救急隊が出動せず、その結果、自力で自宅の外に出た原告を発見した近所の住民の119番通報に基づいて出動した救急隊によって乙病院に搬送されるまで、医療機関で治療を受けるのがほぼ2日間遅れたのであって、その間、相当の苦痛、不安等が継続したことは想像に難くない。また、脳梗塞は、早期の治療が必要とされているところ(甲3の2)、医療機関に搬送されるのが遅れたことによって、後の経過に影響を及ぼしたと原告が理解することも無理からぬところである。

これらの事情に、被告職員の過失の程度、その他本件に現れた諸般の事情を総合すると、原告が上記2の不法行為によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円が相当である。

4  よって、原告の本件請求は、100万円の損害賠償及びこれに対する不法行為の日である平成12年8月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条、64条に、仮執行宣言について同法259条1項にそれぞれ従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 亀井宏寿 裁判官 尾河吉久)

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