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京都地方裁判所 平成14年(行ウ)2号 判決 2004年10月27日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,参加によって生じた費用も含め,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,宮津市に対し,金4214万8000円及びこれに対する平成14年1月24日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,宮津市の住民である原告が,宮津市が平成14年3月29日に丹後地区土地開発公社(以下「公社」という。)から別紙物件目録記載の15筆の土地(以下「本件15筆」という。)を購入するためにした公金支出(以下「本件公金支出」という。)は違法であり,宮津市が購入額と同額の損害を被ったとして,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,宮津市に代位して,当時,宮津市長であった被告に対し,損害賠償を求める住民訴訟である。

2  基礎となる事実(当事者間に争いのない事実及び末尾記載の証拠等によって認められる事実)

(1)  当事者

ア 原告は,宮津市の住民である。

イ 被告は,少なくとも平成8年12月19日から平成14年3月29日までの間,宮津市長の職にあった。

(2)  本件15筆の現況

本件15筆は,いずれも宮津市内にある土地であるが,別紙図面のとおり,丹後リゾート公園事業(以下「本件事業」という。)の計画区域外に点在する。

別紙物件目録記載1ないし6の6筆の土地(以下,まとめて「里波見地区山林6筆」ともいう。)は自然林の山林であり,別紙物件目録記載7ないし10の4筆の土地(以下,まとめて「里波見地区原野4筆」ともいう。)は原野であり,里波見地区山林6筆及び里波見地区原野4筆は,本件事業計画区域の北側に点在している。

別紙物件目録記載11ないし15の5筆の土地(以下,まとめて「江尻地区山林5筆」ともいう。)は竹林の山林であり,本件事業計画区域の南方のやや離れた場所に5筆が隣接してあり,また,海岸線から比較的近い位置にある。

(3)  先行取得

ア 宮津市が公社に先行取得を委託する場合に依拠すべき規定はないが,公社の業務方法書(乙2)に則した方法によって行われており,具体的には,宮津市が公社に公共用地先行取得依頼書及び買取計画書を提出することにより行われている。

イ 宮津市は,平成8年12月19日,公社に対して,「業務方法書第4条及び第6条の規定により」公共用地先行取得依頼書及び買取計画書を提出して,本件15筆を,3858万9646円の価格で先行取得することを依頼した(以下,この依頼を「本件先行取得依頼」といい,この依頼に係る契約を「本件委託契約」ともいう。)。上記買取計画書では,丹後リゾート公園完成までに代替地として買い戻すものとされ,その期日は,平成14年3月31日とされていた(乙3)。

ウ 宮津市が公社に先行取得を依頼する場合の取得価格の算定方法については,何らの規定も設けられておらず,本件15筆の取得価格を決めるに当たり,評価委員会等の評価は得なかった。

エ 本件先行取得依頼における取得価格は,次のようにして算定されたものである。本件15筆のうち,里波見地区の土地については,原野(里波見地区原野4筆)は1平方メートル当たり1940円,山林(里波見地区山林6筆)は1平方メートル当たり530円,立木補償は1平方メートル当たり1100円であり,江尻地区の土地(江尻地区山林5筆)については,1平方メートル当たり4400円(立木補償を含む。)であった。また,面積については,いずれも,公簿面積と実測面積の比率(縄延び率)について,原野は1.8倍,山林は5.31倍とされていた。

オ 公社は,本件委託契約に基づき,平成8年12月24日,本件15筆をA(以下「A」という。)から総額3858万9646円(立木補償を含む。)で買い取った(乙5の1,2)。

カ 公社の業務方法書では,公社は,先行取得に伴う債務の保証を受けることを条件に先行取得の依頼を引き受けるものとされ,先行取得した土地を売り渡す際には,その価格は,土地の価格及び造成(物件補償を含む。)に要した費用,測量及び設計に要した費用,土地の管理に要した費用並びにそれらの費用の調達のための借入金の利息の合計額とされていた(乙2)。

キ 公社は,本件15筆の取得資金を京都北都信用金庫から借り入れ,宮津市はその債務を保証した(乙3,乙4)。

(4)  本件公金支出

ア 宮津市議会は,平成13年9月議会において,山林等を公益的機能保全林として取得し,国土保全を図る目的で,本件15筆を取得する事業の費用として4214万8000円の公金を支出することを補正予算として議決した。

イ 宮津市は,平成14年3月18日,公社との間で本件15筆を4214万7762円で買い取る旨の売買契約を締結し,同月29日,公社に対して売買代金全額を支払い,これら土地の引渡しを受けた(乙8,乙11,乙12)。

ウ 宮津市の買取額である4214万7762円は,公社が先行取得した際の代金額である3858万9646円に平成8年12月27日から平成14年3月29日までの間の借入利息355万8116円を加算した金額であった(乙9)。

(5)  監査請求及び監査決定(甲1,甲2)

ア 原告は,平成13年12月18日,宮津市監査委員に対し,宮津市が本件15筆を取得するための公金を支出することを差し止める措置を求め,法242条1項に基づく住民監査請求をした。

イ 宮津市監査委員は,同月20日,具体的な財務会計上の行為(売買契約等)が行われていないとして,本件監査請求を却下する決定をした。

3  争点及び争点についての当事者の主張

本件公金支出の違法性の有無及び宮津市の損害

(1)  原告の主張

以下のとおり,本件15筆は宮津市が取得する必要のない土地であり,また,その取得代金も著しく高額であって相当ではなく,本件公金支出は違法である。

ア 取得の必要性の欠如

(ア) 代替地としての必要性

丹後リゾート公園事業の計画地域内の土地所有者らが,所有土地を売却する代わりに別の土地が欲しいと要求した事実はない。

本件15筆は分散して存在している小規模山林であって全く利用価値がなく代替地としての機能を果たし得ない。

(イ) 公益的自然林整備事業としての必要性

本件15筆は,森林保全には全く不要な土地である。本件15筆は,分散して点在しており,そのような小規模山林だけを保全することは全く意味がない。

イ 価格の不当性

(ア) 宮津市は,本件15筆の買収価格の決定に当たって,縄延び率を採用している。しかし,宮津市は,本件15筆が小規模な土地であり,また,代替地として予定して先行取得を依頼したのであるから,各土地を実測した上,買収価格を算定すべきであった。

(イ) 里波見地区山林6筆は,木材の伐採搬出が困難であり,経済価値は低いのに,買収単価が1平方メートル当たり530円となっているのは高額にすぎる。

また,里波見地区山林6筆の立木はいずれも自然林であるところ,その立木補償は,本件事業地域内の土地であっても1平方メートル当たり207円であったのに,里波見地区山林6筆の立木補償の単価は1100円となっており,不相当に高額である。

(ウ) 里波見地区原野4筆の買収単価は1平方メートル当たり1940円であるが,これらの土地は,いずれもがけ下の危険地や進入路もない傾斜地であるのに,山林の買収単価よりも高額としているのは相当ではない。

(エ) 江尻地区山林5筆の買収単価は1平方メートル当たり4400円(立木補償を含む。)であるが,周辺の取引事例では,同土地よりも立地条件の優れた場所でも買収単価は1平方メートル当たり2804円ないし3505円(平成13年8月)であり,少し離れたところでは1平方メートル当たり1000円程度である。

また,江尻地区山林5筆の立木は,竹林であり,立木補償の必要性はない。

ウ 宮津市の損害

本件15筆は,必要のない土地であるから,被告の違法行為により,宮津市は,4214万7762円の損害を被った。

(2)  被告及び被告参加人の主張

本件公金支出は,以下のとおり,違法なものではない。また,本件公金支出によって宮津市に損害は生じない。

ア 取得の必要性

(ア) 代替地としての必要性

宮津市は,京都府及び京都府土地開発公社から,本件事業用地の買収を委託されていた。代替地用地の取得は,委託されていないが,代替地を要求する複数の地権者に対し,代替地用地を持つことで交渉が円滑に運べると判断して,本件15筆の先行取得を公社に依頼したものである。

代替地用地が不必要になったのは,公社が本件15筆を先行取得した後の事情の変更によるものであって,宮津市が公社に先行取得を依頼したときには,代替用地を取得する必要性と公共性は存した。

(イ) 公益的自然林整備事業としての必要性

本件15筆は,宮津湾に面して点在する出林で荒廃が進んでいたところから,宮津市は自らこれを取得し,適正な森林施業により森林の有する公益的機能を高度に発揮させ,健全な森林資源の保全を図るとともに,これをモデルとして周辺の民有林の適正な森林施業を促し,森林保全の必要性を啓発していくこととしたものである。

本件15筆には,急傾斜な山林も一部あるが,このまま放置されれば更に山地災害防止機能が低下するため,広葉樹林化し,山地災害防止機能を重視した森林に育成することとしている。

イ 価格の相当性

(ア) 宮津市は,公社に公共用地の先行取得を依頼する場合の取得価格の算定方法については,何らの規定も設けておらず,専ら市長の裁量権に委ねられているが,本件15筆の買収価格は,以下のとおり近隣の取引事例を参考にして算出されており,相当な額である(少なくとも市長の裁量権の範囲内である。)。

本件事業用地の買収単価は京都府によって決定され,宮津市はその単価に従って買収業務を行っていた。京都府が決定した里波見地区の平成8年度の単価は,①山林は実測面積1平方メートル当たり530円,②原野は実測面積1平方メートル当たり1940円,③立木補償は,自然林は1平方メートル当たり210円,人工林は立木調査により算定し,混在林は両者の併用であった。また,計画地内の由林の面積は,公簿面積に縄延び率5.31倍を乗じて,実測面積に換算されていた。

本件15筆のうち里波見地区山林6筆及び里波見地区原野4筆の取得単価については,上記の買収単価に準じて定めている。また,里波見地区山林6筆の立木補償の単価は,本件事業計画地域内の立木調査をした山林の中から代表として3筆を選び,その平均値である1平方メートル当たり1100円が採用されている。江尻地区山林5筆については,京都縦貫自動車道の用地買収事例等を参考にしている。

(イ) 平成14年3月当時の本件15筆の時価が4214万7762円を下回っていたとはいえない。

ウ 本件委託契約の履行としての必要性

(ア) 仮に,本件15筆を先行取得する必要性はなく,取得価格も相当ではないとしても,本件委託契約は無効となるものではない。

そして,一般に,先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,その原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものといえなければ,その当該職員の行為を理由として法242条の2第1項4号の規定に基づく損害賠償の責任を問うことはできない。

(イ) 本件において,平成8年12月19日の本件委託契約(委任契約)により,公社に先行取得を依頼した本件15筆については宮津市に買い取る義務がある以上,先行取得依頼の違法性の有無にかかわらず,その履行を徒らに遅延させることは宮津市の損害を拡大させることになる。そこで,被告は,宮津市長として,平成13年度中に購入する判断を下し,既に負担していた債務を約定どおり履行するために4214万7762円を支出させたものである。

したがって,本件公金支出自体は相当であり,財務会計法規上の義務に違反する違法なものではない。

(ウ) また,本件公金支出自体によって,宮津市に損害が生じることはない。なお,本件15筆の平成14年3月当時の本件15筆の時価が4214万7762円を下回っていたとすることはできないから,その点からも,宮津市に損害はない。

第3当裁判所の判断

1  本件公金支出の違法性の有無

(1)  本件において,原告が被告の違法な財務会計上の行為として主張しているのは,本件公金支出であって,本件先行取得依頼ではなく,本件公金支出は本件先行取得依頼とは独立した財務会計行為として行われているから,本件公金支出の自体の違法性について検討する。

(2)  まず,本件委託契約は,宮津市と公社間の,宮津市が公社に本件15筆を代金3858万9646円(立木補償を含む。)でAから取得することを委託する委任契約であると解されるところ,前記基礎となる事実の(3)ア,イ及びカの事実に照らすと,買取方法書及び公社の業務方法書の土地の価格に関する規定(前記基礎となる事実の(3)カ)は,本件委託契約の内容となっており,平成14年3月31日までに本件15筆を公社の買取価格に利息等を加えた金額で買い取ることが本件契約上の宮津市の債務となっていたということができる。

そして,仮に,宮津市が本件15筆を代替地用地として代金3858万9646円で買い受けるよう公社に委託すること(本件先行取得依頼)が違法な財務会計上の行為に当たるとしても,それが,私法上の契約である本件委託契約の無効事由となることはない。

そうすると,宮津市長である被告としては,公益的自然林整備事業のために本件15筆を取得する必要性があろうとなかろうと,上記の買取金額がその時点における本件15筆の取引価格としては不当に高額であろうとなかろうと,平成14年3月31日までに,本件委託契約に基づく債務の履行として,本件15筆を3858万9646円に公社の借入金の利息額等を加えた金額で買い取るほかはなかったことになる。

(3)  また,法242条2項は,財務会計上の行為の違法性について,その監査請求の期間を限定しているのであるから,その趣旨からすれば,先行する財務会計上の行為自体について監査請求及び住民訴訟を提起することができるるのであれば,後行の財務会計上の行為が先行の財務会計上の行為に基づくものであったとしても,先行行為が違法であるから当然に後行行為も違法とするのは相当ではない。後行の財務会計上の行為が違法とされるのは,あくまでも,後行の財務会計上の行為それ自体が,その時点において,財務会計法規上の義務に違反するときに限られるというべきである。

(4)  そうすると,本件において,仮に,本件先行取得依頼が違法な財務会計上の行為に当たるとしても,あるいは,公益的自然林整備事業のために本件15筆を取得する必要性がなく,公社からの買取価格が高額であるとしても,宮津市長である被告としては,本件委託契約の履行として,本件15筆を4214万7762円で買い取るほかなかったのであるから,本件委託契約上の債務の履行行為である本件公金支出自体を財務会計法規上の義務に違反する違法なものと評価することはできない(なお,原告は,本訴において,本件先行取得依頼の違法をも主張しているが,本件先行取得依頼によって宮津市が被った損害の賠償を求めるものでないことは明らかである。また,宮津市の住民が,本件先行取得依頼に関して監査請求をし,住民訴訟を提起することが不可能であったという事情もない。)。

2  そうすると,その余の点について検討するまでもなく,被告に対する損害賠償請求は理由がない。

第4結論

以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,66条に従い,主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

1 所在 京都府宮津市字里波見小字□□

地番 72番7

地目 山林

地積 198平方メートル

2 所在 京都府宮津市字里波見小字□□

地番 75番2

地目 山林

地積 396平方メートル

3 所在 京都府宮津市字里波見小字□□

地番 80番4

地目 山林

地積 66平方メートル

4 所在 京都府宮津市字里波見小字□□

地番 80番7

地目 山林

地積 6・61平方メートル

5 所在 京都府宮津市字里波見小字◇◇

地番 97番7

地目 山林

地積 16平方メートル

6 所在 京都府宮津市字里波見小字◇◇

地番 98番20

地目 山林

地積 33平方メートル

7 所在 京都府富津市字里波見小字◎◎

地番 739番

地目 原野

地積 69平方メートル

8 所在 京都府宮津市字里波見小字▽▽

地番 1005番

地目 原野

地積 357平方メートル

9 所在 京都府宮津市字里波見小字▲▲

地番 1139番

地目 原野

地積 816平方メートル

10 所在 京都府宮津市字里波見小字■■

地番 1527番

地目 原野

地積 390平方メートル

11 所在 京都府宮津市字江尻●●

地番 1470番

地目 山林

地積 499平方メートル

12 所在 京都府宮津市字江尻●●

地番 1471番

地目 山林

地積 36平方メートル

13 所在 京都府宮津市字江尻●●

地番 1473番

地目 山林

地積 413平方メートル

14 所在 京都府宮津市字江尻●●

地番 1477番

地目 山林

地積 66平方メートル

15 所在 京都府宮津市字江尻●●

地番 1478番

地目 山林

地積 135平方メートル

以上

別紙

図面

<省略>

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