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京都地方裁判所 平成14年(行ウ)20号 判決 2004年8月06日

主文

1  別紙2「入札一覧表」の各入札(ただし,番号18の入札を除く。)の「入札参加業者」欄記載の各被告は,それぞれ,宇治市に対し,当該「入札参加業者」欄記載の他の被告らと連帯して,当該入札の同一覧表「損害額」欄記載の金員及びこれに対する平成14年5月11日(ただし,被告株式会社青木組については同月12日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し,その4を原告らの各負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。

事実及び理由

第1請求

別紙2「入札一覧表」(以下「一覧表」という。)の各入札の「入札参加業者」欄記載の各被告は,それぞれ,宇治市に対し,当該「入札参加業者」欄記載の他の被告らと連帯して,当該入札の一覧表「請求額」欄記載の金員及びこれに対する平成14年5月11日(ただし,被告株式会社青木組については同月12日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,宇治市の住民である原告らが,宇治市が平成7年度(平成7年4月1日から平成8年3月31日まで。以下この意味で「年度」という。)から平成11年度までの間に発注した一覧表記載の土木建設工事の各入札(以下「本件各入札」という。)において,土木建設業者である被告らが違法な談合を行い,その結果,落札金額が不当につり上げられて,各工事の契約金額が適正価格より高額になり,宇治市が損害を被ったなどと主張して,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号後段により,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金を宇治市に支払うよう求める住民訴訟である。

2  基礎となる事実(争いのない事実のほか,甲1ないし甲48,乙①1ないし70(いずれも枝番を含む。),宇治市及び京都府に対する調査嘱託の各結果(これらをあわせて以下「本件各証拠」という。)並びに弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)ア  原告らは,いずれも宇治市の住民である。

イ  被告らは,いずれも宇治市に本店を置く,土木建設等を業とする者であり,宇治市が発注する土木建設等の工事の受注について,その入札に参加する資格を有する指名業者の登録を受け,平成7年度から平成11年度の間,土木工事や建設工事等についてAランクの参加資格の指定を受けていた。

(2)  宇治市は,平成7年度から平成11年度にかけて,一覧表の「工事名」欄に記載された各工事の入札を,一覧表の「入札日」欄記載の各日付けで実施し,それぞれについて,被告らを含む一覧表の「入札参加業者」欄記載の各業者が参加して,同欄の下線を付した各業者が,一覧表の「落札金額」欄記載の各金額で落札し,それぞれ,宇治市との間で,その落札金額に消費税相当額(平成7年度及び平成8年度に入札が行われたものにあっては3%(ただし,番号40及び41にあっては5%),平成9年度以降に入札が行われたものにあっては5%)を加えた金額を工事代金として工事請負契約を締結し,それぞれの工事を実施して,宇治市からその工事代金を受領した。

なお,本件各入札における予定価格に対する落札金額の割合(以下「落札率」という。)は,一覧表の「落札率」欄記載のとおりであり,最高で99.98%,最低でも97.88%であった。

(3)ア  原告らは,宇治市において平成7年度から平成11年度にかけて行われた,本件各入札を含む土木建設工事の入札について,それぞれ,これに先立って,入札参加業者の間で談合が行われた結果,落札金額及び工事代金額が高額となり,宇治市が損害を被ったと主張して,宇治市監査委員に対し,平成13年9月20日,宇治市長に被告らへの損害賠償請求を勧告するよう求める監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った。

イ  宇治市監査委員は,本件監査請求に基づく監査の結果,相当数の入札の際に談合が行われた事実があったと認め,宇治市長に対し,談合のあった入札を特定次第,できるだけ速やかに,談合を行った入札参加業者に対して,損害賠償を請求するよう勧告することとし,原告らに対し,同年11月16日付け「住民監査請求にかかる監査の結果について」と題する文書により,その旨通知した。

(4)  宇治市長は,本件監査請求に基づく監査の際,本件各入札等において談合があったとの疑惑に対する措置に関する公正取引委員会の結論が出ると予想される平成14年3月までは,入札参加業者に対して損害賠償請求を行わないとの方針を示していたが,平成14年3月を経過してもなお,損害賠償請求を行わなかった。そこで,原告らは,同年4月25日,本件訴えを提起した。

(5)  宇治市は,本件各入札のほとんどについて,被告らによる談合が行われたものと判断し,これによって落札金額が不当につり上げられ,宇治市が損害を被ったとして,平成14年9月ころ,被告らに対し,宇治市が各工事の代金として支払った額の10%に相当する額を,それぞれ連帯して賠償するよう求めたが,被告らはこれに応じなかった。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  原告らが行った本件監査請求は適法か(争点1)。

(被告株式会社青木組,被告新栄建設株式会社,被告株式会社京都現代建設,被告玉井建設株式会社の主張)

「怠る事実」の是正を求める監査請求であっても,それが財務会計上の行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実に係るものであるときは,違法,無効とされる財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として法242条2項本文の規定が適用され,それらの日から1年以内に監査請求をしなければならない。

本件各入札は,最も新しいものでも平成11年7月19日に実施されており,原告らが本件監査請求を行ったのは平成13年9月20日であるから,既に監査請求期間は経過していた。したがって,原告らの本件訴えは,適法な監査請求を経ていないから,不適法である。

(原告らの主張)

ア 監査委員が怠る事実の監査を遂げるために,特定の財務会計上の行為の存否,内容等について検討しなければならないとしても,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合には,そのような監査請求には法242条2項本文の規定は適用されない。

イ 本件監査請求の対象事項は,宇治市が被告らに対して有する損害賠償請求権の行使を怠る事実であるところ,本件監査請求を遂げるためには,監査委員は,宇治市が被告らと請負契約を締結したことやその代金額が不当に高いものであったか否かを検討せざるを得ないのであるが,被告らの談合,これに基づく被告らの入札及び宇治市との契約締結が不法行為法上違法の評価を受けるものであること,これにより宇治市に損害が発生したことなどを確定しさえすれば足り,宇治市の契約締結やその代金額の決定が財務会計法規に違反する違法なものであったか否かの判断をしなければならない関係にはないから,本件監査請求には法242条2項本文の規定の適用はなく,本件監査請求は適法であり,本件訴えは適法な監査請求を経たものとして適法である。

(2)  被告らは,本件各入札において談合を行ったか(争点2)。

(原告らの主張)

ア 宇治市建設業協会(以下「協会」という。)の内部には,宇治市が発注する公共工事の入札に参加する業者が集まって談合を行う「合理化委員会」と呼ばれるものがあり,協会の事務局長であるaが,その取りまとめをしていた。合理化委員会には,協会に加盟している業者だけではなく,これに加盟していない業者にも声をかけ,参加してもらっていた。

イ 宇治市が建設工事を発注する場合,その入札に関する情報は,指名業者となった協会加盟業者を通じて,すべてaの下に集められることになっていた。指名業者がはっきりしない場合は,aの側で,宇治市の入札関係の仕事を一括して扱っている管財契約課職員に連絡を取り,どの業者が指名業者になっているかなどの必要な情報を手に入れていた。また,aは,管財契約課職員から設計金額も聞き出していた。

ウ 各入札について,どの業者が落札するかについては,過去の工事ごとの落札状況を書いた「星取り表」と呼ばれる一覧形式の表に基づき,各業者に順番に本命業者が回ってくるようにして,各業者がほぼ平等の割合で落札できるように調整がされていた。複数の業者が1つの工事の受注を巡って対立した場合には,組み合わされた2つの業者がそれぞれ話し合い,どちらが落札するかを決めて勝ち進み,そのようにして勝ち残った業者同士が最終的な話合いをして落札する業者を1つに絞り込む,通称「リーグ戦」と呼ばれる方法を採っていた。このようにして落札することが決まった業者は,「本命業者」とか「チャンピオン」などと呼ばれていた。

エ このように,業者相互間で談合を行うことにより,ある工事をどの業者が落札するのかについては,事実上決められている場合がほとんどであった。そして,本命業者は,aの指示を受けて入札金額を決定し,他の業者に対しては,自己の入札金額を記入した紙を渡しておいて,自分が落札できるように他の業者の入札金額を調整していた。

オ 本件各入札は,それぞれ,上記のように,一覧表の「入札参加業者」欄記載の各業者間で,そのうちだれが落札するかにつき事前に談合をして決定した上で行われたものである。

(被告らの主張)

本件各入札がいずれも被告らの談合によって落札され,価格等の決定がされたとの原告らの主張については,すべて否認する。

(3)  被告らの談合行為により,宇治市に損害が生じたか。生じたとして,その額は幾らか(争点3)。

(原告らの主張)

ア 被告らの談合行為は,指名競争入札前に受注予定者を決め,その者が落札できるように互いに入札予定価格を調整して,受注予定者に希望どおり落札させるというものであるから,これは結局,指名業者間で公正な競争をすることによって落札金額が低下することを防ぎ,ひいては宇治市との契約金額をつり上げて受注した業者の利益を図るという目的のものであり,談合行為によって落札業者は利益を受けていたのであるから,宇治市が損害を被ったことは明白である。

被告らは,談合があったとしても,本件各入札の落札金額は適正額であるから宇治市には損害が発生していないと主張するが,談合行為の目的からして,談合が存在した場合とそうでない場合とにおいて,落札金額に差異を生じる蓋然性があることは明らかであり,かかる蓋然性が認められること自体,地方公共団体についての損害を根拠付けるものである。

イ(ア) 宇治市における平成12年4月1日から平成15年12月までの間に行われた入札のうち,6000万円以上の土木工事に関する入札結果報告書(甲39の1ないし117)によれば,平成12年1月にaが競売入札妨害罪で逮捕された後,平成12年度においては,指名競争入札によって同じメンバーにより入札が行われ,いまだ談合が根絶していなかったため,落札率は高率となっているが,平成13年度以降,一般競争入札,公募型指名競争入札,工事希望型指名競争入札,簡易公募型指名競争入札等に入札方法が変更されたことが功を奏し,落札率は著しく低くなっている。

このように,談合がなく,適正に入札が行われていれば,本件各入札における落札金額は,一覧表の「落札金額」欄記載の金額の8割程度になるところ,談合の結果,高額で落札されたものである。したがって,宇治市は,本件各入札において,少なくとも,それぞれの落札金額の2割相当額につき損害を被った。

(イ) 談合は不法行為に該当するから,本件各入札において談合を行った入札参加業者は,宇治市に対し,自らが入札に参加した工事に対応する一覧表の「請求額」欄記載の金員を,当該入札に参加した他の業者と連帯して,それぞれ賠償する義務がある。

(被告らの主張)

ア(ア) 本件各入札は,参加資格につきランク制が設けられていたことや,指名競争入札の方式で宇治市の登録業者のみが参加資格者とされていたことなどにより,新規参入が妨げられ,自由競争が阻害されていたというべきである。

また,予定価格は,標準的な施工能力を有する建設業者が,それぞれ現場の条件に照らして適正な施工をする場合に必要となる経費を基準として積算されるものであり,工事に使用される機械類,部材の質,量についても,設計図書等によって宇治市から厳格な指示があることから,本件各入札においては,価格競争の余地がほとんどなかったものである。

請負工事代金は,原価と一般管理費等からなるが,原価を割るという典型的なダンピングは,自由競争を阻害する行為として禁止されており,また一般管理費を削ることも困難であるから,値下げをするためには,業者は利益を切りつめるしかない。建設業は長期不況下にあり,業種全体として企業競争力がないことに照らせば,仮に1件当たり10%の値引きをして入札し,落札したとすると,業者は完全に赤字となる。したがって,業者間の価格競争を想定するとしても,ほんの数%の範囲内でしか考えられない。

更に,業者のランク付けは,その業者に対する社会一般の評価であるから,各業者は,受注した工事を適正に施工し,ランクの維持又は昇格を図るため,できるだけ設計金額に近いところで落札しようとする傾向にある。

(イ) このように,落札金額が限りなく設計金額に近づく「上限張り付き現象」は,談合の有無とは関係なく生じるものであり,自由競争阻害行為が存在しなかったからといって,落札金額が低下する蓋然性は認められない。したがって,宇治市に損害は発生していない。

イ 仮に,平成7年度から平成11年度にかけて,被告らが談合を行っていたとしても,平成12年1月にaが競売入札妨害罪で逮捕されるに至ってなお引き続き談合を繰り返すということはあり得ないから,平成12年度以降の入札は,談合がない自由競争の状態で行われたというべきところ,宇治市において平成12年度に行われた入札の落札率は,それまでと比べてもほとんど変化はない。したがって,仮に被告らが談合を行っていたとしても,それによって落札金額がつり上げられたということはなく,宇治市には何ら損害が生じていなかったというべきである。

なお,平成13年度以降の入札では,落札率が著しく低いものが多数見受けられるが,これは,一部の業者による不当なダンピングが行われた結果であって,平成7年度ないし平成11年度の想定落札金額を検討するに当たっては,これを参考にすることはできない。

第3当裁判所の判断

1  本件監査請求の適法性(争点1)について

(1)  普通地方公共団体の住民が,当該普通地方公共団体が不当又は違法に財産の管理を怠る事実があるとして法242条1項の規定による住民監査請求をするには,法242条2項の適用はなく,期間制限がないのが原則である(最高裁昭和52年(行ツ)第84号同53年6月23日第三小法廷判決・裁判集民事124号145頁参照)。しかし,当該監査請求について,当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし,当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって怠る事実として監査請求がされたとみざるを得ないときには,当該財務会計上の行為があった日又は終わった日を基準として同条2項が適用される(最高裁昭和57年(行ツ)第164号同62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁参照)。しかしながら,その監査請求について,監査委員が怠る事実の監査を遂げるために,特定の財務会計上の行為の存否,内容等について検討しなければならないとしても,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合には,法242条2項の規定は適用されない(最高裁平成10年(行ヒ)第51号同14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁,最高裁平成12年(行ヒ)第76号,第77号,第79号から第85号まで同14年7月18日第一小法廷判決・裁判集民事206号887頁参照)。

(2)  本件監査請求の対象事項は,宇治市が被告らに対して有する損害賠償請求権の行使を怠る事実であるが,当該損害賠償請求権は,被告らが,談合をした上で宇治市の実施した指名競争入札に参加し,不当に高額な金額で落札して,それに基づいて宇治市と不当に高額な代金で請負契約を締結した結果,宇治市に損害を与えたという不法行為により発生したというものである。

そうすると,本件監査請求について,監査を遂げるためには,監査委員は,宇治市が被告らと請負契約を締結したことや,その代金額が不当に高いものであったか否かを検討せざるを得ないことになるが,宇治市の契約締結やその代金額の決定が財務会計法規に違反する違法なものであったとされて初めて,宇治市の被告らに対する損害賠償請求権が発生するものではなく,各入札における被告らの談合行為,これに基づく被告らの入札及び宇治市との契約締結が不法行為法上違法であるとの評価を受けるものであること,これにより宇治市に損害が発生したことなどを確定しさえすれば足りることになる。したがって,本件監査請求は,宇治市の契約締結を対象とする監査請求を含むものとみざるを得ないものではなく,法242条2項による期間制限を受けないものである。

(3)  本件訴えは,適法な監査請求を経て,法242条の2第2項に定める出訴期間内に提起された適法なものである。

2  談合の有無(争点2)について

(1)  前記基礎となる事実に,本件各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

ア(ア) 宇治市においては,外部の業者に業務を発注しようとする場合,一定の例外を除けば,総務部管財契約課契約係を通じて業者と契約することとなっていた。建設工事に関しては,工事担当課の課長から「工事請負契約依頼書」が管財契約課主幹あてに提出され,主幹は,契約係の担当者に書類を回し,その契約係の担当者において契約の相手方である業者を決める入札手続や,その後の契約手続を行っていた。契約相手先の選択方法としては,特別に大規模な工事を除けば,指名競争入札の方法が採られており,入札に参加できるのは,宇治市に登録された業者に限られていた。

(イ) 指名を受けて入札に参加できる業者については,その実績や規模に応じてAからEランクまでの格付がされており,各入札の予算価格の規模に応じて,土木工事であれば,予算金額が6000万円以上のものはAランクの指定を受けた業者(以下「Aランク業者」という。Bランク以下の指定を受けた業者についても同様にいう。),2000万円以上6000万円未満のものはBランク業者,1000万円以上2000万円未満のものはCランク業者,300万円以上1000万円未満のものはDランク業者,300万円未満のものはEランク業者が入札に参加できるものとされていた。

(ウ) 宇治市の指名競争入札においては,設計金額に基づいて予定価格が定められ,また,平成8年度までは最低制限価格制度が,平成9年度以降は低入札価格調査制度が採用されており,これらを上下限として,業者による競争入札が行われていた。なお,宇治市では,予定価格を決定するに際して,設計金額から数%を減額する,いわゆる「歩切り」が行われていた。

入札方法の選択や入札参加業者の選定に関する具体的な運用方法については,「宇治市競争参加業者選定基準及び運用基準」が設けられており,これに従って,入札に参加する業者の選定を行うことになっていた。選定基準には,競争参加資格,建設工事の運用基準及び発注標準などが決められていた。

(エ) 設計金額は,予定価格等の基になる金額であり,設計金額が判明すればおおよその予定価格が推測できてしまうので,宇治市においては,平成9年3月までは,設計金額は外部に公表してはならない秘密事項とされていた。しかし,同年4月1日からは,従来の入札制度が変わり,設計金額が公表されることになった。なお,予定価格については,同日以降も公表されていない。

イ(ア) 工事担当課から契約係に回されてきた「工事請負契約依頼書」には,工事名,工期,工事概要や設計金額が記載されているので,その案件にふさわしい契約の方法について,契約係の担当者が,選定基準に従い,いわゆる担当者案を作成していた。担当者は,工事予算額に応じて,名簿に登録された業者の中からどの業者を入札の参加業者とするか,何社を入札に参加させるかなどの業者選定の担当者案をその判断で作成していたが,それについて明確な基準はなかった。担当者において入札参加業者を選定し契約方法を決めて担当者案を作った後,これを基に,更に,担当者,契約係長及び管財契約課主幹が集まって協議し,いわゆる事務局案を作り,この事務局案を,宇治市業者選定委員会の部会に提出して審議してもらっていた。業者選定委員会で契約方法や入札指名業者が選定された後,契約係の担当者が,選定された指名業者に対し,電話等で入札参加業者となったことの連絡をし,指名業者に対する指名通知書,設計図書などの関係書類を準備し,それらの書類を交付していた。

(イ) 宇治市における入札執行の現場には,当該契約を担当する管財契約課契約係の担当者と,契約係長か契約係の他の職員が立ち会っていた。入札室では,業者同士の会話は一切認められておらず,携帯電話の使用も禁止されていた。担当者は,入札に参加する業者の出席を確認した後,各業者に指示して入札箱に入札書を投かんさせ,全業者が投かんを終えた後,予定価格調書の入った封筒の一部をはさみで切って中から予定価格調書を取り出し,その場に持ち込んだパソコンで入札予定価格を算出した上,入札箱から取り出した入札書の入札金額を比較して落札業者を決め,その場で落札業者を発表していた。ただ,すべての入札金額が予定価格を上回って,落札業者がないときは,1回目の入札時の入札金額の最低額を発表し,その金額以下で入札するよう指示して2回目の入札を行い,このようにして,最大3回まで入札を繰り返すことになっていた。それでも落札業者が決まらない場合には,その入札は不成立になった。

(ウ) 落札業者が決まると,工事担当課は,契約係と合議で契約締結の起案書を作成し,その決裁を得た後,落札業者と契約の手続をした。

ウ bは,平成5年度から平成9年3月まで,宇治市の総務部管財契約課主幹の地位にあった者であり,また,cは,平成7年4月から平成10年3月まで,同課契約係主任の地位にあった者で,それぞれ,建設工事関係の入札や契約に関する事務を担当していた。上記両名は,工事請負契約依頼書を通常の業務過程で取り扱うため,容易に同書に記載されている設計金額を知ることができ,また,工事予算額をみて入札の競争参加資格者名簿登録業者の中からどの業者を入札の参加業者とするかなどの業者選定の担当者案を作成できる立場にあった。

エ(ア) 従来より,宇治市の建設業者の間には,各業者がそれぞれ入札金額を競い合うと,落札金額が値崩れを起こし,受注した業者にとって利益幅が小さくなるだけでなく,他の入札にまで競争が波及して落札金額全般に値崩れを起こし,宇治の建設業界全体の利益が損なわれるとの共通認識が存在した。そのため,協会では,遅くとも昭和40年ころから,宇治市の発注する公共工事の入札において,談合を行い,加盟業者が一定の利益を確実に得られるようにしていた。

(イ) 談合を行う会議は,業者の間で「合理化委員会」と呼ばれており,平成7年度から平成11年度までは,協会の事務局長であるaが,その取りまとめをしていた。宇治市が建設工事を発注する場合,その入札に関する情報は,指名業者となった協会加盟業者を通じて,すべてaの下に集められることになっており,指名業者がはっきりしない場合は,aの側で,宇治市の入札関係の仕事を一括して扱っている管財契約課職員に連絡を取り,どういった業者が指名業者になっているかなどの必要な情報を手に入れていた。

また,合理化委員会には,協会に加盟している業者だけではなく,協会に加盟していない業者にも声をかけ,参加してもらっていた。このようにして,被告らのほか,カシモトコンストラクション株式会社,株式会社南村土建,株式会社関西義組,株式会社岸本工業所等を加えたグループ(以下「本件グループ」という。)が,談合組織を形成することとなっていた。

(ウ) 各入札について,どの業者が落札するかについては,過去の工事ごとの落札状況を書いた「星取り表」に基づき,各業者に順番に本命業者が回ってくるようにして,各業者がほぼ平等の割合で落札できるように調整がされていた。仮に,複数の業者が1つの工事の受注を巡って対立した場合には,組み合わされた2つの業者がそれぞれ話し合い,どちらが落札するかを決めて勝ち進み,そのようにして勝ち残った業者同士が最終的な話合いをして落札する業者を1つに絞り込む,通称「リーグ戦」と呼ばれる方法を採っていた。このようにして落札することが決まった業者のことは,「本命業者」とか「チャンピオン」などと呼んでいた。

(エ) aは,平成7年度及び平成8年度に発注されたAランク業者の建設工事の入札については,そのほとんどすべてについて,bから設計金額を教えてもらっていた。aは,合理化委員会で本命業者となった業者にその金額を教え,本命業者はそれをもとに入札金額を決定し,他の業者に対しては,自己の入札金額を記入した紙を渡しておいて,自分が落札できるように他の業者の入札金額を調整していた。これによって,本命業者は確実に,しかも予定価格に近い金額で落札することが可能となり,利益を上げていた。

(オ) 平成9年度以降も,同様に合理化委員会による談合が継続して行われていたが,同年度からは,設計金額が事前に公表されることとなったため,aが管財契約課職員から設計金額を聞き出す必要はなくなった。もっとも,今度は,設計金額と予定価格の差額の割合である歩切り率を知りたいという業者が出てきたことから,aは,cに働きかけて,歩切り率を聞き出し,それを本命業者に教えていた。本命業者は,歩切り率を知ることによって,従前以上に,予定価格に近い金額で落札することが可能となり,利益を上げていた。

オ a及びcは,平成12年1月27日,入札番号52の入札に関して,歩切り率を入札参加業者に教示することにより正規の入札を妨害したという競売入札妨害の容疑で逮捕された。

(2)  (1)認定のとおり,被告らを含むAランク業者の間では,古くから「合理化委員会」と呼ばれる談合組織が形成されており,平成7年度から平成11年度にかけても,本件グループによって,宇治市が発注する土木建設工事の指名競争入札が行われるのに先立ち,あらかじめ入札参加業者の中から「本命業者」が決められ,他の入札参加業者が協力して,本命業者に当該工事を確実に落札させるよう仕組まれていたものであり,また,本命業者は,aから教示された設計金額又は歩切り率を参考にして,できるだけ予定価格に近い価格で入札することにより,その利益を図っていたことが認められる。

(3)ア  前記(1)の経緯に,甲14,甲15,甲25ないし甲27(いずれも,被告廣岡建設株式会社の代表者,被告株式会社南郷工業建設の取締役,被告共進建設株式会社の代表者の検察官又は司法警察員に対する供述調書の写し)を総合すれば,本件各入札のうち,一覧表の番号(以下,一覧表の各入札については,一覧表の番号で表示する。)4ないし6,14,20,22,30,39,41,44,49ないし62,68,72,77及び81の各入札については,一覧表の各入札に係る「入札参加業者」欄記載の業者による談合があった事実を認めることができる。

イ  宇治市に対する調査嘱託の結果によると,本件各入札においては,そのほとんどが第1回目の入札で落札者が決定されているが,番号7,9,25,27,40,44,63及び64の各入札は第2回目の入札で,番号10,15,18,19及び23の各入札は第3回目の入札で,それぞれ落札者が決定されていることが認められる。

前記(1)イ(イ)認定の事実を考慮すると,番号7,9,25,27,40,44,63及び64の各入札においては,第1回目の入札の最低価格が予定価格を上回ることになったため,第2回目の入札が行われ,また,番号10,15,18,19及び23の各入札においては,第2回目の入札でもなお入札の最低価格が予定価格を上回ることになったために,更に第3回目の入札が行われたものと認められるところ,前記調査嘱託の結果によると,これらの各入札においては,いずれも,第1回目で最低価格の入札をした者が,第2回目(及び第3回目)でも最低価格で入札して,最終的に落札していることが認められる。

このように,複数回の入札において,最低価格での入札をした者がいずれも同一であることは,事前の談合があったことを強く推認させるものというべきである。そして,これらの各入札における落札率の水準(一覧表のこれらの各入札に係る「落札率」欄参照),前記(1)認定の経緯に照らしても,上記各入札についても,本件グループ(一覧表のこれらの各入札に係る「入札参加業者」欄記載の業者)による談合があったと認めるのが相当である。

ウ  上記ア及びイのとおり談合があったと認められる各入札と同一期日に実施され,かつ入札参加業者の大部分がこれと共通する各入札についても,特段の事情がない限り,同様に談合が行われたことが強く推認されるところ,番号8の各入札については番号4ないし7及び9の各入札と,番号29及び31ないし34の各入札については番号30の入札と,番号69ないし71及び73ないし75の各入札については番号72の入札と,番号78の入札については番号77の入札と,番号79,80及び82ないし89の各入札については番号81の入札と,それぞれ同一期日に実施され,入札参加業者のすべて又は大部分が共通し,落札率の水準(一覧表のこれらの各入札に係る「落札率」欄参照)等からみても,これらの各入札について談合が行われなかったことをうかがわせる事情はない。したがって,これらの各入札についても,本件グループ(一覧表のこれらの各入札に係る「入札参加業者」欄記載の業者)による談合があったと認めるのが相当である。

エ  前記(1)認定のとおり,平成7年度から平成11年度にかけて行われた入札においては,本件グループによって談合が行われることが常態化していたものであり,アからウまでのとおり,本件グループによって繰り返し談合が行われていたことが認められる上,一覧表の各入札のうちアからウまで以外のものも,一覧表のこれらの各入札に係る「落札率」欄のとおり落札率がおおむね98%以上という高率となっていることを総合すると,これらの各入札についても,本件グループによって談合が行われたものと認めるのが相当である。

なお,番号46及び47の各入札においては,本件グループに属しない業者が共同企業体として入札に参加しているが,いずれの共同企業体にも本件グループに属する業者が含まれているのであり,その落札率の水準からみても,本件グループに属しない業者が参加したことによって,上記認定に影響を与えるものではない。

3  談合による宇治市の損害の有無及び額(争点3)について

(1)  前記認定のとおり,本件各入札に際しては,いずれも本件グループによって談合が行われ,落札予定者(本命業者)があらかじめ決定されており,しかも,aが本命業者に設計金額又は歩切り率を教示していたものであるが,このような状況においては,本命業者は,他の入札参加業者との競争関係を何ら考慮することなく,専らその利益の最大化を図るため,予定価格に極めて近接する金額で入札を行うことが可能であり,また,実際にそのような入札を行っていたと推認することができるから,このような談合がなく,入札参加業者間の競争によって落札業者が決定されていた場合と比較して,本件各入札の落札金額が不当につり上げられたことが推認できる。

そうすると,被告らによる違法な談合によって,宇治市は,本件各入札について,このような談合がなく,入札参加業者間の競争によって落札業者が決定されていた場合に想定される落札金額(以下「本件想定落札金額」という。)を前提とした契約金額と,実際の契約金額との差額分について,それぞれ損害を被ったというべきである。

(2)ア  ところで,甲39の1ないし117によれば,平成12年度に宇治市で行われた同種工事に関する入札は,平成7年度ないし平成11年度と同様の本件グループに属する業者のみが参加する指名競争入札で行われたが,平成13年度以降は,一般競争入札,公募型指名競争入札,工事希望型指名競争入札等の入札制度が採用され,本件グループに属しない業者も参加して行われるようになったこと,平成12年度に行われた入札の落札率は,全体として本件各入札の落札率に比べてわずかに低くなっているにとどまるのに対し(もっとも,落札率が99%以上になるものはほとんどない。),平成13年度以降に行われた入札においては,その落札率は,全体として低下し,顕著に落札率の低いものも多数あり(落札率が50%台のものも少なくない。),とりわけ本件グループに属しない業者が多く参加して行われた入札において,落札率が低下している傾向が強いことが認められる。

イ  前記認定のとおり,a及びcは,平成12年1月27日に競売入札妨害の容疑で逮捕されたが,その際には,本件グループによる談合の存在についても既に疑惑が持たれるようになっており,そのことが報道されていた(甲47)。そのような状況の下で,その後もなお,本件グループによってそれまでと同様の明らかな談合行為が行われていたとは認め難い。しかし,前記認定のとおり,宇治市のAランク業者による談合は,相当以前から繰り返し行われていたもので,平成7年度以降も,本件グループによる談合が常態化していたのであり,このような経緯に照らせば,aらの逮捕によって,直ちに,本件グループによる談合又はこれに類する競争阻害行為がなくなったとも認め難く,その後,相当期間は,とりわけ,それまでと同様の指名競争入札制度が採られ,入札参加業者も固定化したままであった平成12年度においては,なお談合の影響が続いていたものとも考えられ,同年度の入札における落札率の水準をもって,直ちに本件想定落札金額を認めることもできない。

ウ  一方,入札制度が変更され,本件グループに属しない業者も入札に参加するようになった平成13年度以降は,本件グループによる談合又はそれに類する競争阻害行為が意味をなさなくなり,自由競争に近い状態になったものと考えられ,実際に,入札参加業者の大半が本件グループに属する業者であるような場合を除いて,おおむね落札率が低くなっている。しかし,このような変化は,従前の本件グループの業者を指名業者とする指名競争入札から,一般競争入札,公募型指名競争入札,工事希望型指名競争入札等の入札制度が採用され,本件グループに属しない業者も参加して行われるようになったことによるところが大きいものと考えられるのであり,平成12年度までは,入札参加業者がほぼ固定化していたことからすると,本件グループによる談合がなかったとしても,本件各入札については,平成13年度以降と同様の低い落札率となっていたとは考え難い。更に,平成13年度以降の入札の中には,最低入札価格が低入札価格調査基準を大きく下回っているものも少なくなく(甲39の28ないし117),過当な競争が行われていたこともうかがわれ,平成13年度以降の入札の落札率の水準をもって,直ちに本件想定落札金額を認定することもできない。

エ  以上を総合すれば,仮に,本件各入札において,本件グループによる談合が行われなかったとしても,指名競争入札制度が長期間維持され,入札参加業者が本件グループの業者に固定化されていた状況にあった平成7年度ないし平成11年度においては,落札率が顕著に低下していたものとはいえないが,なお入札参加業者間の競争により,一定程度の低下は見込まれるというべきであり,少なくとも,本件想定落札金額は,各入札の予定価格の95%を上回ることはなかったものと認めるのが相当である。

(3)  よって,本件各入札について,仮に本件グループによる談合がなければ,宇治市は各予定価格の95%相当額にそれぞれの年度の消費税相当額(平成7年度及び平成8年度は3%(ただし番号40及び41は5%),平成9年度以降は5%)を加算した額を工事代金額として契約することができたのであるから,実際の契約金額との差額について,損害を被ったというべきである。

ただし,番号18の入札については,第3回目の入札によってもなお最低入札金額が予定価格を上回って,入札は不調となり,宇治市は最低金額を入札した株式会社南村土建と随意契約を行ったものである。契約金額の決定に当たって,談合による入札金額の高騰の影響が皆無であったとまではいえないが,宇治市は,株式会社南村土建との交渉を経て任意にこれを決定した以上,被告らの談合と宇治市の損害との間に相当因果関係を認めることはできない。

(4)  そうすると,番号18を除く本件各入札について,「入札参加業者」欄に記載された被告らは,宇治市に対し,談合による不法行為責任を負うというべきであり,これによって宇治市に生じた損害額は,一覧表の当該入札に該当する「損害額」欄記載のとおりとなる。

4  以上のとおり,原告らの本訴請求は,番号18を除く本件各入札について,一覧表の「入札参加業者」欄記載の各被告に対し,それぞれ,当該「入札参加業者」欄記載の他の被告らと連帯して,当該入札の一覧表「損害額」欄記載の金員(被告ごとの合計額は,別紙3「被告別一覧表」のとおりである。)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を宇治市に支払うよう求める限度で理由があるからこれを認容し,その余については理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項,64条本文に従い,主文のとおり判決する。

なお,認容部分についての仮執行宣言は,相当でないからこれを付さない。

(裁判長裁判官 水上敏 裁判官 下馬場直志 裁判官 財賀理行)

別紙2 入札一覧表<省略>

別紙3 被告別一覧表<省略>

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