京都地方裁判所 平成15年(わ)2018号 判決 2004年11月30日
主文
被告人を懲役1年に処する。
この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、法定の除外事由がなく、かつ、著作権者の許諾を受けないで、平成15年9月24日から同月25日までの間、群馬県【以下省略】所在の被告人方において、A社(代表者B)が著作権を有する映画の著作物である邦題名「X」及びC社(代表者D)が著作権を有する映画の著作物である邦題名「Y」の各情報が記録されているハードディスクと接続したパーソナルコンピュータを用いて、インターネットに接続された状態の下、そのアップフォルダに上記各情報が入った送受信用プログラムの機能を有するファイル共有ソフト「Winny2.0β6.6」を起動させ、同パーソナルコンピュータにアクセスしてきた不特定多数のインターネット利用者に上記各情報を自動公衆送信し得るようにし、もって上記各著作権者が有する著作物の公衆送信権を侵害したものである。
(証拠の標目)
【省略】
(弁護人の主張について)
1 弁護人の本件に関する主張は、極めて多岐にわたっており、形式内容のいずれにおいても、必ずしも十分整理されたものであるとはいい難いものの、その主張内容を要約し、とりあえず、これを弁論要旨に現れた順に列挙すると、概ね以下のとおりである。
<1> 被告人の送信行為の相手方は特定の1名であり、直接公衆に対して行った送信ではないから、被告人の行為について著作権法所定の送信可能化権侵害罪は成立しない。
<2> 被告人は、Winnyとは間接送信を行うプログラムであると信じていたのであるから、送信可能化権侵害罪の故意を有していない。
<3> 送信可能化権侵害罪は、警察や裁判所という公権力が、公衆送信という表現行為について、表現行為に先立ち、その内容を審査して著作権侵害と認めるとき、強制捜査ないし罰則により、その全部又は一部を事前に禁止することを可能とするものであるから、これは、憲法21条2項が禁止する検閲に該当し、無効である。
<4> 送信可能化という行為は、発信者の表現行為が受信者に受信されて完了する前の準備段階をいうのであるから、これを処罰の対象とすることは、表現行為の違法な事前抑制というべきであり、許されない。
<5> 著作権法上、「情報」「映画」「著作物」「直接」等の文言について、その定義が明らかであるとはいえず、かかる文言を前提とした著作権侵害罪は、表現の自由に対する漠然不明確な規制であり、かつ過度に広汎な規制であるというべきである。また、著作権侵害罪は、処罰の対象となる行為が限定されておらず、その意味からも、憲法21条に違反するとともに、刑罰法規としての明確性を欠き、罪刑法定主義を定めた憲法31条にも違反するものであるから、文面上無効である。
<6> 被告人が、そのパーソナルコンピュータをインターネットに接続するために使用した回線は、光ファイバーであるところ、光は電気ではないから、光ファイバーは、電気通信回線にも有線電気通信にも該当せず、被告人の行為は、送信可能化権侵害罪の構成要件に該当しない。
<7> 送信可能化権侵害罪が前提とする公衆送信とは、公衆によって直接受信されることを目的として行われる送信を意味するところ、インターネット上で行われる通信には、複数の電気通信事業者が介在しており、また、Winnyは、他人を介して情報を伝達するプログラムであるから、それを利用した被告人の行為は、間接送信にほかならず、送信可能化権侵害罪の構成要件に該当しない。
<8> 送信可能化権侵害罪は、中央のサーバーを介して情報が発信されることを予定した構成要件であるから、本件のように、中央のサーバーを利用しないいわゆるP2Pの形態で行われる通信については、その適用の対象外というべきである。
<9> Winnyは、アップロードされた情報を暗号化し断片化して、他の多数のWinny起動者に配布するというプログラムであるところ、このように暗号化され断片化された個々のファイルそのものからは、元の情報を再生できないのであるから、被告人がWinnyを利用し、このような形態で送信した情報は、映画の著作物として保護されるものではない。
<10> DVDは「映画の著作物」にあたらない。
<11> 本件公訴事実において、「公衆送信用記録媒体」「情報」「自動公衆送信装置」「公衆の用に供されている電気通信回線」について、これら構成要件に該当する具体的事実の摘示がない、あるいは不十分であり、訴因としての特定がなされていない。
<12> 著作権法38条1項は、映画の著作権について、営利を目的としない映画の上映等を許容しているのであるから、これを公衆送信することや送信可能化の状態に置くことも当然に許容されるというべきである。
<13> 本件捜査の過程において、京都府警察本部の警察官は、自ら捜査用のパソコン上にWinnyを起動し、その利用者として、被告人からのデータを受信するなどしているところ、警察官のその行為自体が、複製権の侵害である上、情報を受信しながら、キャッシュを公開していたことにもなるのであるから、被告人からのデータを受信していた警察官は、同時にデータを送信していたことになり、公衆送信権侵害ないし送信可能化権侵害を犯していることも明白である。また、被告人は、警察官からの送信要求を受けてデータを送信しているのであるから、そのような捜査手法は、違法なおとり捜査にあたるというべきであって、かかる違法な捜査により得られた証拠は総て違法収集証拠としてその証拠能力が認められない。
<14> 本件における送信可能化権侵害罪の正犯者は、Winnyの開発者であるEであり、被告人は、従犯であるに過ぎない。
<15> 本件各DVDは、いずれも被告人が市場で適法に取得した著作物であるところ、公衆に提示することを目的としない映画の著作物の複製物は、一旦適法に譲渡されると、「譲渡」については、その権利が消尽し、これを公衆に再頒布することも許容されると解されているから、被告人が本件各DVDを送信可能化の状態に置くことも、当然に許容されるというべきである。
<16> 本件被害を受けたとされる著作権者は、いずれもアメリカ合衆国の法人であるところ、同国内の著作権法上、公衆送信権・送信可能化権について定めた規定はなく、そのような権利は、同国内では存在しない権利であり、かつ、条約を根拠としても主張できない権利であるから、その侵害を日本国内で主張することはできないというべきである。また、「X」については、著作権の主体が変更しており、A社には告訴権がない。保護要件としても、著作権登録が欠かせないところ、我が国で登録すらされていない外国著作物に、刑罰法規による保護を与える必要はない。
<17> Winnyは、独りでに起動して、その保有者の意思に関係なく、送信可能化や公衆送信をする機能を有するプログラムであり、本件において、被告人が送信可能化したとされる日時においても、Winnyが勝手に送信可能化をしたに過ぎず、そもそも処罰の対象となる被告人の行為はない。もとより、被告人には犯罪を行う故意もない。
<18> 送信可能化権侵害罪は、「公衆によって直接受信されることを目的として」という目的を構成要件とする目的犯であるところ、被告人は、Winnyの動作について、情報を間接的に送信するものであるなどというインターネット上での説明から得た程度の知識しか有しておらず、直接送信するという目的に欠けるから、送信可能化権侵害罪は成立しない。
2 関係証拠によれば、以下の事実が認められる。
<1> Winnyとは、○○大学の特任教員であったEという人物が、平成13年ころ、WinMXという名称のファイル共有交換ソフトを使用していた者が検挙されたことを知り、より匿名性の高いファイル共有ソフトを自らの手で開発しようなどと考え、平成14年5月ころ開発したパーソナルコンピュータ(以下「パソコン」という)用のファイル共有ソフトの名称である(以下、バージョンを問わず単に「Winny」という)。Eは、自己が立ち上げたホームページから、Winnyを無料でダウンロードできるようにし、その後も、複数回にわたってそのバージョンアップをした。
その間、Winnyを利用する者は増加し続け、Winnyの使用方法を解説するホームページや、Winnyを使用する上で必要な情報等を提供するホームページ等、Winnyに関するホームページが多数作成されることとなり、Winnyの利用者は、平成15年10月時点で約40万人を超える旨の関係機関の調査結果も報告されるなど、相当多数に上っている。
<2> Winnyの具体的な機能、動作等については、必ずしもその総てが明らかになっているとはいえないものの、概略次のように理解することができる。
Winnyは、特定のサーバーに依存することなく、ファイルの共有ができるファイル共有ソフトである。Winnyを利用してデータを送受信する際には、中央サーバーを介することなく、ノード情報と呼ばれるIPアドレスとポート番号を暗号化した情報を利用して、既にWinnyネットワークに参加している他のパソコンと接続し、これにより自らのパソコンをWinnyネットワークに接続させ、データの送受信を行う。その際、送受信を行うパソコン同士が直接接続される場合もあれば、Winnyを利用している他のパソコンを中継点とし、これを介して、データの送受信が行われる場合もあり、そのいずれの形態で送受信が行われているかは判別できない仕組みとなっている。
Winnyネットワーク上のパソコンのアップフォルダ内にアップロードされたファイルについては、同ネットワークに参加している総てのパソコンと共有された状態となる。すなわち、当該ファイルについて、暗号化されたその情報のリストが作成され、そのリストの検索により当該ファイルの存在を知った者が、別のパソコンからダウンロードを要求すると、キャッシュ化されたデータが自動的に送信され、暗号化された状態で同パソコンのキャッシュフォルダ内に保存されていき、ダウンロードが完了した時点で、当該ファイルが同パソコンのダウンロードフォルダ内に復元される。ダウンロードする際に、暗号化された状態でキャッシュフォルダ内に保存されたデータは、ダウンロードが完了し当該ファイルがダウンロードフォルダ内に復元された後も、なおキャッシュフォルダ内にそのまま保存され、その結果、同パソコンからも当該ファイルがアップロードされているのと全く同じ状態となる。また、当該ファイルの送受信がWinnyネットワーク上の他のパソコンを間に介在させて行われる場合には、中継点となったパソコンのキャッシュフォルダ内にも当該ファイルの暗号化されたデータが保存されることとなるため、同パソコンからも当該ファイルがアップロードされているのと全く同じ状態となる。当該ファイルをダウンロードするパソコンの側からは、当該ファイルが最初にアップロードされたパソコンからデータのダウンロードが行われているのか、あるいは、その他のパソコンのキャッシュフォルダ内に上記のようにして保存されたデータがダウンロードされているのかは、判別のつかない仕組みとなっている。
なお、Winnyには掲示板機能も備わっており、Winnyの利用者は、これを利用して様々な情報を記載することができる。
<3> 被告人は、平成14年12月ころ、WinnyがアップロードされているホームページからWinnyのダウンロードを行った。このとき被告人がダウンロードしたWinnyは、通称「Winny1」と呼ばれているバージョンのものであり、被告人は、「Winnyハイパー初心者講座」というホームページに記載されていた方法に従って、これを自己の使用するパソコンにインストールし、ノード情報等の必要な設定を行った。なお、被告人は、当初から、1個のノード情報のみを設定してWinnyを利用しており、また、平成15年6月からは、インターネット回線として、光ファイバーの回線を使用してその接続を行っていた。
<4> 被告人は、かねて映画を趣味としており、映画のDVDを多数購入するなどしていたことから、Winnyネットワーク上にそれらをアップロードしようと考え、平成15年1月5日、自己がアップロードする映画のタイトル等を記載するための掲示板を立ち上げ、そのころから、映画等のDVDのデータ形式を変換したり容量を圧縮するなどの操作を加えながら、そのファイルデータをアップフォルダ内に保存し、Winnyを起動して、映画約100本及びその他のドラマ約30本程度のデータのアップロードを繰り返すようになった。
その間、被告人は、アップロードしたファイルの被参照量がそのファイルの容量の約100倍程度になった時点で(そのデータを約100名程度の者がダウンロードしたことを意味する)、そのファイルのキャッシュを削除することにしており、常時、Winnyネットワーク上には、被告人により、約15本ないし20本程度の映画等のデータがアップロードされた状態となっていた。
<5> 被告人は、平成15年1月14日に「Y」を、同年9月4日に「X」をそれぞれアップロードした。
<6> 京都府警察本部の捜査官は、同警察本部に設置されたパソコンにWinnyをダウンロードし、これを使用して、平成15年9月24日午後11時19分から同月25日午前零時25分ころまでの間に「X」を、同日午前1時47分ころから同日午前3時18分ころまでの間に「Y」を、それぞれ被告人のパソコンからダウンロードし、それらの各データが送信可能化されている状況を明らかにするための実況見分を行った。その際、被告人のパソコンからダウンロードした各ファイルを再生したところ、上記各映画を視聴することが可能であることが確認された。なお、Winnyは不特定多数のパソコンとネットワーク接続を行うものであるため、上記実況見分において各映画をダウンロードするに際しては、ルータの付加機能であるファイアーウォール機能を利用して、京都府警察本部に設置されたパソコンが、被告人が使用するパソコン以外のパソコンとは接続されないようにする設定がなされ、上記実況見分の実施に際しては、随時、接続や通信状況を確認できる専用のソフトを利用して、同警察本部に設置されたパソコンと被告人の使用するパソコン以外のパソコンとが接続されていないことを確認しながら作業が進められた。
<7> 「X」はA社が、「Y」はB社がそれぞれ著作権を有する映画の著作物であり、「X」については平成15年11月11日にA社から、「Y」については同年12月4日にB社から、それぞれ氏名不詳者を被告訴人として、本件各送信可能化権侵害にかかる告訴がなされた。
3 以上の事実に基づき、以下、弁護人の主張について、順次検討を加えていくこととする。
<1> 弁護人の主張<10>について
弁護人は、被告人がアップロードする際に使用した「X」及び「Y」の各DVDには、インデックス機能等、映画館等で上映される場合には存在しない機能が付与されており、映画の著作物には該当しない旨主張しており、映画館で上映される場合のみが、映画の著作物として保護の対象となるかのごとく主張している。
しかし、著作権法上、映画の著作物として保護されているのは、映画としての作品ないし表現行為それ自体にかかる知的所有権であって、それらが記録された媒体の如何を問うものでない。もとより、映画館で上映される場合のみが、映画の著作物として保護の対象となるものでないことは明らかである。
そして、本件各DVDに収録されている情報は、1本の作品としての映画を視聴し得るものであることが明らかであるから、上記各著作権者が著作権を有する映画の著作物に該当することに疑いを入れる余地はない。
<2> 弁護人の主張<6>について
弁護人は、被告人の使用していた回線は光ファイバーであるから電気通信回線にも有線電気通信にも当たらない旨主張する。
弁護人の主張は、本件が、映画の著作物の情報が記録されているハードディスクと接続したパソコンを用いて、これがインターネットに接続された状態の下、Winnyを起動させ、インターネット利用者に上記情報を自動公衆送信し得るようにしたというものであることについて、ここにいう公衆送信とは、公衆によって直接受信されることを目的として有線電気通信の送信を行うことをいい(著作権法2条1項7号の2)、そのうち公衆からの求めに応じ自動的に行うものを自動公衆送信ということ(著作権法2条1項9号の4)を踏まえて、本件において「自動公衆送信し得るようにした」というのは、要するに、上記のようなパソコンと公衆の用に供されている電気通信回線とを接続させたことをいう(著作権法2条1項9号の5参照)とした上で、被告人が本件で用いたパソコンと公衆の用に供されている電気通信回線とは光ファイバーで接続されているところ、光は電気ではないから、光ファイバーは電気通信回線にも有線電気通信にも当たらないというものであると解される。
しかし、電気通信とは、有線、無線その他の電磁的方式により、符合、音響又は映像を送り、伝え、又は受けることと定義されており(電気通信事業法2条1号)、換言すれば、電磁波を用いて種々の情報を送信又は受信することが電気通信であり、電気が電磁波の一種であることは多言を要しない。ところで、光ファイバーとは、光を用いて情報を伝達する際に、光の通路として用いるグラス・ファイバーのことをいい、光ファイバー通信とは、光を搬送波に利用する通信である光通信の一種であるところ、光は、物理的には電磁波の一種であり、波長が約1ナノメートルから1ミリメートルの電磁波をいうと解されている。そして、光ファイバー通信は、光という電磁波を利用した電磁的方法により、種々の情報を送信又は受信するものにほかならないのであるから、これが電気通信の概念に含まれるものであることは明らかである。
<3> 弁護人の主張<1>について
弁護人は、被告人の本件行為は、特定の1名の者に対する送信を可能化したに過ぎず、公衆に対する送信を前提とした送信可能化権侵害には当たらない旨主張する。
たしかに、被告人は、自己のパソコンを、初期ノードを設定した1個のパソコンに接続し、それを介してWinnyネットワークに接続していたものである。しかし、Winnyネットワークに一旦接続されてしまえば、これに参加している不特定多数のパソコンとの間での情報のやり取りが可能となり、ファイルを共有する状態となるものであることは、明らかである。そして、当初設定された初期ノードにかかるパソコンは、単にWinnyネットワークに通ずる一つの通過点となるに過ぎず、そこには、同パソコンの使用者の意思等が何ら介在しないであるから、被告人の本件行為が、不特定かつ多数の公衆に対する直接の送信を可能化するものと評価されることは明らかである。
<4> 弁護人の主張<7>について
弁護人は、Winnyが、そのネットワーク内において他人のパソコンを介して情報の送受信を行うプログラムであることから、そこで行われる送信行為は間接送信にほかならず、被告人の本件行為についても、直接送信を前提とした送信可能化権侵害に当たることはないなどと主張する。
たしかに、弁護人が主張するように、Winnyネットワーク内における情報の送受信においては、これをアップロードした者とは異なる第三者が使用する複数のパソコンを経由して、その受信者となる者のパソコンに当該情報がダウンロードされるということもあり得る。
しかし、そのような場合であっても、上記の経由点となる第三者は、当該情報をダウンロードしようとする受信者の送信要求を受けて、これに応じるなど、いかなる意識的な行為もすることがなく、そもそも、当該情報がダウンロードされる際、自己のパソコンを経由したことすら認識することはないのである。このように、上記第三者は、Winnyを自己のパソコンにインストールするか、Winnyを起動するかという場面においては意識的に行動しているけれども、Winnyを利用して情報をダウンロードしようとした者が、その送信要求をしたのに応じて、これをアップロードしているパソコンからデータが送信されるに際し、その送受信が自己のパソコンを経由する場面においては、何ら自己の意思に基づいて行動することはないのであるから、有意識的に当該情報を中継しているなどとは到底評価することはできない。
したがって、Winnyネットワーク内における情報の送受信において、その送受信の過程で第三者のパソコンを経由することがあったとしても、それは、単なる通路ともいうべき存在に過ぎないのであって、この点をもって、被告人のパソコンから他のパソコンへの情報の送信が、間接送信であるなどと評価することはできない。弁護人の主張は失当である。
また、弁護人は、インターネットを利用した通信において、複数の電気通信事業者が介在する点を指摘し、直接送信を行うことは不可能であるという趣旨の主張もしている。しかし、電気通信事業者は、通信の媒介を行うものとして通信に不可欠の役割を担うものであり、その存在をもってインターネットを利用した通信の総てが間接的なものであるなどとの解釈をとり得る余地がないことは、関連の法解釈及び社会常識等に照らし、余りにも当然というべきである。
<5> 弁護人の主張<9>について
弁護人は、Winnyネットワーク上においては、暗号化され、断片化された状態でデータの送受信が行われるから、被告人がアップロードしたファイルも、それが送信される過程で同一性を失ない、著作権法上の保護が及ばなくなる旨主張する。
しかし、送受信の過程で、データが暗号化され、断片化されることがあったとしても、送受信が完了した時点で、受信者の側において、当初アップロードされたファイルがそのままの状態で復元されるのであるから、当初アップロードされたファイルとダウンロードされたファイルとの間に何ら同一性を損なうものではない。弁護人の主張は失当である。
<6> 弁護人の主張<2>及び<18>について
弁護人は、被告人は、Winnyとは間接送信を行うプログラムであると信じていたから、直接送信するという目的を欠いており、送信可能化権侵害罪の故意も認められないなどと主張する。
しかし、Winnyネットワーク上における情報の送受信が、間接送信ではなく、直接送信として評価されるものであることは既に説示したとおりである。そして、被告人は、他のWinnyの利用者がダウンロードすることができるようにするため、映画の情報をアップロードしていたというのであるから、上記のようなファイル共有ソフトとしてのWinnyの機能を十分認識し、これを使用していたといえるのであり、具体的なWinnyの動作やデータの送信経路等に関する詳細な知識を持ち合わせていなかったとしても、映画の情報を送信可能化することについての認識に欠けるところはなく、直接送信か間接送信かということを意識していた様子もない。したがって、被告人が、送信可能化権侵害罪の故意を有していたことに疑いを差し挟む余地はない。
<7> 弁護人の主張<17>について
弁護人は、本件において、被告人に帰責すべき意思に基づく行為は何ら存在しないなどと主張する。
しかし、被告人は、Winnyを起動して本件各映画の情報をアップロードすれば、Winnyネットワーク上の他の利用者からのダウンロード要求に応じて、それが自動的に送信される状態となることを認識した上で、かかるアップロードの行為に及んでいるのであるから、それが、被告人の意思に基づく行為として評価され、帰責の対象となることは明らかである。
<8> 弁護人の主張<8>について
弁護人は、送信可能化権侵害罪は、中央のサーバーを介して情報が発信されることを予定した構成要件であるから、本件のようなP2Pの事案には適用されない旨主張している。
しかし、著作権法にいう「自動公衆送信装置」とは、サーバーやホストコンピュータに限られるものではなく、およそ公衆からの求めに応じて自動的にそこに入力されている映像、音響、文字等を送信するものをいうのであるから、たとえ個人が所有するパソコンであっても、そこに存在するソフトの動作等により上記のような機能を有しているのであれば、「自動公衆送信装置」に該当する。そして、Winnyは、そのネットワーク内でダウンロードが要求されれば、自動的に目的のファイルを送信する機能を有するプログラムソフトであるから、これをダウンロードして使用していた被告人のパソコンが「自動公衆送信装置」に該当することは明らかである。
弁護人の主張は、著作権法の構成要件を恣意的に解釈したものに過ぎず、失当である。
<9> 弁護人の主張<12>について
弁護人は、著作権法38条1項により、公表された映画の著作物が、営利を目的とせず、かつ、観衆から料金を受けない場合は、公に上映することが許容されていることに照らし、その勿論解釈として、非営利で映画の著作物を送信可能化することは、当然に許されるなどという。
しかし、著作権法38条は、同法が著作権の制限について定める特別規定の一つであるところ、同条が著作物の送信可能化について何ら触れるものでないことは、明文上明らかである。弁護人は、この点立法の過誤であるなどとも主張しているが、独自の見解を述べるものというほかなく、採用できない。
<10> 弁護人の主張<15>について
弁護人主張の消尽理論という考え方は、映画の著作物に関する頒布権を巡って論じられているものであり、本件に即していえば、被告人が、購入した映画の著作物であるDVD自体を他へ譲渡する場合に、その適用が議論されるものである。本件においては、映画の著作物である各DVD自体の譲渡を問題としているのではなく、そのDVDに収録されている情報を送信可能化した被告人の行為について、その責任が問われているのであるから、そもそも弁護人主張の消尽理論が妥当する場面ではない。弁護人の主張は失当である。
<11> 弁護人の主張<16>について
著作権法6条3号は、条約により我が国が保護の義務を負う著作物は、著作権法による保護を受ける旨規定している。そして、著作権関連条約としては、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(1886年に制定された後、数回の改正がなされているところ、本項においては、それらの改正を含めて、単に「ベルヌ条約」という)、万国著作権条約、TRIPS協定、ベルヌ条約20条の「特別の取極」としてのWIPO著作権条約等がある。我が国及びアメリカ合衆国は、ともにベルヌ条約に加盟しているところ、同条約は、著作権を保護するに際して特段の方式を必要としないとする無方式主義を採用し、同条約の同盟国は、他の同盟国の著作者にも自国の著作者に与えている保護と同様の保護を与えなければならないとする内国民待遇の原則を採用している。なお、ベルヌ条約においては、内国民待遇の原則の例外として、一部、本国における保護の限度で著作権保護を行えば足りるとする相互主義の適用が認められているけれども、これは、著作権の保護期間、応用美術の著作物の保護、追及権等に関しての例外を定めるものであって、その余の点にまで一般化されるものではない。
したがって、上記内国民待遇の原則に照らし、我が国においては、上記の例外を除き、我が国の著作権者に対して保護が与えられるのと同様の権利が、他国の著作権者に対しても等しく保障されるのであり、本件アメリカ合衆国の各法人の著作権についても、我が国の著作権法に基づく送信可能化権にかかる保護が及ぶことは明らかである。
なお、弁護人は、「X」にかかる著作権登録証明書中の第4項に譲渡を意味する「TRANSFER」という文言がある点をとらえて、同著作物については、F社からG社(現在はA社に商号が変更されている)にその主体が変動しており、アメリカ合衆国の著作権法に規定のない送信可能化権の譲渡というのは観念することができないから、A社には本件の告訴権がないなどとも主張している。
しかし、同著作権登録証明書の第4項は、著作権申請者を記載する欄であり、弁護人が指摘する「TRANSFER」という文言は、その第4項中の小欄の標題であって、「TRANSFER」と題された欄は、著作権者と著作権申請者とが異なる場合に、その理由を記載すべき欄であるところ、同著作権登録証明書においては、G社及びF社の各社がいずれも著作権者であり、かつ著作権申請者であるとされており、上記「TRANSFER」と題された欄には何らの記載もなされていない。すなわち、「X」の著作権に関しては何の譲渡もされていないのである。弁護人の主張は、同著作権登録証明書についての誤った理解に基づくもので、明らかに失当である。
そのほか、ベルヌ条約に関して、弁護人が種々主張するところも同条約及び我が国の著作権法の規定を恣意的に解釈し、独自の見解を述べるものというほかない。
<12> 弁護人の主張<5>について
弁護人は、著作権法上「情報」「映画」「著作物」「直接」という各文言の定義が明らかでなく漠然不明確であるから、著作権侵害罪は、憲法21条、31条に違反するなどという。
たしかに、弁護人が主張するように、著作権法には「映画」「情報」「直接」という文言についての定義規定が存在しない。
しかし、およそ法令一般において、そこで使用されるあらゆる文言について逐一定義規定を要するものでないことはいうまでもない。そして、「映画」「直接」という文言が意味する内容が、一般常識に照らして明らかであることは、多言を要しない。直接送信という用例にかかる「直接」という文言についても、その日常用語としての意味から何ら乖離するものではない。また、「著作物」という文言についても、著作権法2条において「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」という定義がなされていることに加えて、著作権法10条においてその詳細な例示がなされており、これらの条文等を併せ考えれば、「映画の著作物」という文言が漠然不明確であるとは到底いえない。更に、「情報」という文言についても、たしかに、弁護人が主張するように多義的な文言ではあるけれども、当該著作物の形状、性質、状態、種類及び送信する際に使用する機械の性質、種類等に照らせば、著作権法の条文で使用されている「情報」という文言が意味するところは、自ずから明らかとなるのであり、漠然不明確であるとはいえない。
また、弁護人は、著作権侵害罪は、処罰の対象となる行為が限定されておらず、漠然不明確かつ過度に広範であるなどとも主張している。
しかし、著作権法上、いかなる場合に著作権侵害行為として処罰されるかは、その個々の条文において明確に規定されている。たしかに、その個別具体的な侵害態様については、種々様々な場合があろうけれども、それらの侵害態様についてまで逐一明記しておかなければならないものでないことはいうまでもない。著作権侵害罪を定める著作権法の規定が、いかなる行為をその処罰の対象とするかについて、他の刑罰法令と同様に、通常の判断能力を有する一般人であれば理解し得る程度の明確性を備えていることは、明らかというべきである。
著作権侵害罪が憲法21条及び31条に違反して無効であるなどとする弁護人の主張は、明らかに失当である。
<13> 弁護人の主張<3>及び<4>について
憲法21条2項にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき、網羅的一般的に発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解されている。著作権法119条1号、23条1項は、既に発表済みの著作物について、著作権者以外の者が無断で送信可能化することを禁止するものであって、著作権を有する者が著作物を表現することを禁止するものでないばかりか、その目的も、著作物の著作権を保護することにあり、むしろ著作権者の表現行為を正当に保護するための規定であるから、同法119条1号、23条1項が、憲法21条2項にいう検閲に該当しないことはもとより、表現行為の違法な事前抑制にも何ら該当しないことは明らかである。
弁護人の主張は明らかに失当である。
<14> 弁護人の主張<14>について
弁護人は、本件の正犯は、Winnyを開発したEであり、被告人は、これを幇助したに過ぎないなどと主張する。
しかし、被告人は、自らが購入したDVDを使用して、各映画の情報をアップロードし、送信可能化したものであり、Winnyの他の利用者が各映画の情報をダウンロードできるよう、これを提供しようとする自己の意思を実現するために、被告人自らがその実行行為を行っているのであるから、被告人が本件の正犯であることは明らかである。
<15> 弁護人の主張<13>について
弁護人は、本件における捜査手法を論難し、捜査用パソコン上でWinnyを起動し、被告人からのデータを受信するなどしたことをもって、違法な捜査であり、これにより得られた証拠は、違法収集証拠である旨主張する。
しかし、捜査機関は、本件捜査の過程において、被告人により送信可能化権侵害行為が行われていることを明らかにするために、捜査機関の使用するパソコンと被告人以外の者が使用する他のパソコンとが接続されないようにする措置を講じた上、被告人が使用するパソコンから本件各映画の情報をダウンロードすることを内容とする実況見分を行ったものであるところ、かかる捜査は、その目的、手段のいずれの面からも正当である。また、そもそも捜査機関は、Winnyを使用した著作権侵害行為を取り締まってほしい旨の国際映画著作権協会からの要望を受けて、捜査に当たっていたのであるから、本件捜査における捜査機関の行為が各著作権者の有する種々の権利を侵害したものでないことも明らかである。
更に、被告人は、捜査機関からの働きかけを受けて、本件各映画の情報をアップロードし、送信可能化したというのではなく、上記実況見分が実施された時点では、既に自らの意思でこれをアップロードし、送信可能化の状態に置いていたのであるから、捜査機関が、被告人の犯意を惹起させたなどという余地はなく、捜査機関の行為が、違法なおとり捜査に当たるものでないことも明らかである。
本件の捜査手法についての弁護人の主張は全く理由がない。
<16> 弁護人の主張<11>について
判示のとおり、本件公訴事実(訴因変更後のもの)については、これを十分認定することができるところ、弁護人は、「公衆送信用記録媒体」「情報」「自動公衆送信用装置」「公衆の用に供されている電気通信」等の構成要件に該当する事実の摘示がなく、訴因ないし犯罪事実の特定として不十分であるなどと主張する。
しかし、本件において、構成要件となる「情報」とは映画の著作物である邦題名「X」及び「Y」の各情報であり、「公衆送信用記録媒体」とはそれらの情報が記録された被告人使用のパソコンのハードディスクであり、「自動公衆送信用装置」とは送受信用プログラムの機能を有するファイル共有ソフト「Winny2.0β6.6」をダウンロードして使用していた被告人のパソコンであり、「公衆の用に供されている電気通信」とはインターネットであることが、それぞれ明らかであるところ、それらの事実の摘示により、本件における訴因ないし犯罪事実の特定には何ら欠けるところはないというべきである。
4 以上説示したとおり、弁護人が多岐にわたって縷々主張するところは、いずれも全く当を得ないものであり、被告人は、判示の事実にかかる罪責を免れない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は各著作物ごとに著作権法119条1号、23条1項に該当するところ、これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから、刑法54条1項前段、10条により1罪として犯情の重い邦題名「X」の著作物にかかる著作権侵害の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役1年に処し、情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(本件の弁護活動について)
弁護人は、本件について、文化庁長官に対し、著作権紛争解決のあっせんを申請するに当たり、その申請書に、起訴状及び検察官の冒頭陳述書の各写しのほか、検察官から開示を受けて謄写した証拠書類である告訴状2通の写しを添付し、Eに対しても、検察官から開示を受けて謄写した証拠書類である捜査報告書の内容を送付していることが窺われる。これらの各書類が、弁護人に交付されたり、弁護人が謄写したりすることができるのは、迅速な訴訟進行のため、弁護人の便宜を図ったものであって、第三者が、これらの書類を弁護人から入手し、閲覧等することは予定されていないばかりか、各書類には種々の記載がなされており、それらが社会一般に公開されることとなれば、捜査の秘密保持、関係者のプライバシー保護等、様々な問題が生じることが容易に想定できる。また、これらの書類の中には、事件関係者が捜査機関に提出するために作成したものもあるところ、それらの書類は、捜査機関又は裁判所以外には出回らないことを前提として作成提出されているものであり、弁護士であれば、そのようなことは当然承知している筈である。それにもかかわらず、これらの書類を第三者に送付した弁護人の行為は、慎重さを欠いた、まことに不適切な行為である。
また、弁護人は、Winnyの開発者であるE及びその弁護人とは連絡が取れないから、Winnyの動作等についての弁護人の主張を立証するためには、同人の警察官調書の取調を請求する以外に術がないとして、Eの警察官調書の取調を請求した。しかし、関係証拠によると、弁護人とEとの間では、平成16年2月から同年4月までの間に、同弁護人から9回、Eから7回にわたって電子メールが送信されていることが認められ、しかも、その内容は、Winnyの機能や動作に関するものが多々含まれている。そして、弁護人からの電子メールには、本件の証拠書類をデータ化したものが添付されていたことも窺われることなどに照らすと、弁護人とEとの間では、本件に関連して、それなりに密な連絡が取られていたことは明らかであり、弁護人は、裁判所に対し、証拠の取調を請求するに当たり、虚偽の事実を告げたものといわざるを得ない。このように裁判所に対して虚偽の事実を告げて証拠請求をするなどという弁護活動は、裁判所と弁護人との間の信頼関係を著しく損ない、事件の審理ひいては実体的真実発見にも多大な悪影響を与えかねないものであって、弁護士倫理の観点からも到底許されるものではない。
本件審理の過程において、このような不適切な弁護行動が行われたことについては、裁判所としてこれを看過することはできず、弁護人に対し強く自戒を求めるものである。
(量刑の理由)
本件は、ファイル共有ソフトであるWinnyを用いて2本の映画をアップロードし、アクセスしてきた不特定多数のインターネット利用者に各映画の情報を自動公衆送信できるようにし、各映画の著作権者が有する著作権を侵害したという事案である。
被告人は、Winnyを使用することで、廃盤になっていたDVDソフトを手に入れることができたことから、自己も同じように所持している映画等の情報をアップロードして、他の利用者に提供しようなどと考え、本件犯行に及んだというのであり、その動機は、まことに思慮を欠いた安易かつ身勝手なものである。被告人の供述によれば、約1年の間、本件を含め、常時15本から20本程度の映画の情報を次々とWinnyネットワーク上にアップロードしていたというのであるから、相当多数の者によりそれらの映画の情報がダウンロードされ、無料でその視聴の用に供されていたものと推察される。このような被告人の行為は、巨額の制作費、時間及び労力等を費やして映画を制作した著作権者の努力を無にするものであり、かかる著作権侵害行為が蔓延することとなれば、映画を制作しようとする者の意欲を削ぐこととなり、ひいては映画産業が衰退してしまいかねないのであるから、知的財産権の保護が国内外における社会的課題ともなっている中、本件は、まことに悪質な犯行というべきである。各著作権者らの処罰感情が厳しいのも当然である。
以上からすれば、被告人の責任は重い。
しかし、他方で、被告人が、捜査段階から客観的な事実関係については素直に認め、自己の行為を反省するとともに、二度と本件のような行為をしない旨述べていること、20万円を贖罪寄付していること、被告人の前科は業務上過失傷害罪の罰金前科2犯のみであること、本件は、弁護人が、種々の主張をして争ったため、審理に約1年間を要することになったものの、この弁護活動は、被告人の公判供述等に照らすと、果たして被告人の意思に適ったものであったのか疑問なしとしないから、これをもって、被告人自身の反省の程度に疑いの目が向けられるものではないことなどを考慮して、被告人に対しては、主文の刑を科した上で、その執行を猶予することとした。
(裁判長裁判官 楢崎康英 裁判官 神田大助 裁判官 佐々木隆憲)