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京都地方裁判所 平成15年(ワ)1359号 判決 2006年2月03日

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して金1億4000万円及びこれに対する被告Aにつき平成15年5月22日から,被告Bにつき同月23日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,被告らが理事であった当時に,西陣信用金庫(以下「西陣信金」という。)が行ったコスモ地所株式会社(以下「コスモ地所」という。)に対する各融資は,大口信用供与規制に違反し,安全性の原則から逸脱した(延滞に陥っていた売上げ皆無の債務超過会社に対して,実質的には担保を徴求せず,具体的な返済計画も求めないまま貸し付けた。)違法なものであるとして,西陣信金を吸収合併した伏見信用金庫(以下,「伏見信金」という。後に,京都みやこ信用金庫(以下「京都みやこ信金」という。)に商号変更)から,同信金が被告らに対して有する損害賠償請求権等を取得した原告が,被告らに対し,信用金庫法35条に基づき,上記各融資によって生じた損害金1億9000万円の内金1億4000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告Aにつき平成15年5月22日,被告Bにつき同月23日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。

2  基礎となる事実(争いのない事実及び末尾記載の証拠等によって認定することのできる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は,破綻金融機関等から買い取った資産の管理,回収及び処分などを業とする株式会社である。

イ 京都みやこ信金は,平成5年11月1日,西陣信金を吸収合併(以下,この合併を「本件合併」という。)した伏見信金が,同日,「京都みやこ信用金庫」に商号変更した信用金庫であるが,平成13年1月4日に解散した(甲3の1・2)。

ウ(ア) 被告Aは,平成4年5月22日から平成5年10月31日までの間,西陣信金の理事長の職にあった。

被告Aは,本件合併後,京都みやこ信金の副理事長に就任したが,平成7年4月26日に退任した。

(イ) 被告Bは,平成2年4月1日から平成5年10月31日までの間,西陣信金の専務理事の職にあった。

被告Bは,本件合併後,京都みやこ信金の専務理事に就任したが,平成6年11月1日から同金庫の監事となり,平成7年12月19日に退任した。

(2)  コスモ地所及びその関係者について

ア コスモ地所は,昭和62年10月15日に,Cによって設立された不動産業等を営む株式会社である(甲11)。

コスモ地所は,平成3年10月1日から平成6年9月30日までの間,売上げがなく,債務超過であった

イ Cは,不動産業を営むため,昭和51年12月21日に日本住宅株式会社を設立し,昭和54年10月3日に同社を日本地所株式会社(以下「日本地所」という。)に商号変更し,同社の代表取締役であった(甲10)。

ウ Cが昭和44年ころから呉服卸を営んでいたC商店と日本地所は,同一事務所(京都市a1区a2町a3番地)に看板を並べて掲げていたもので,西陣信金においても,その与信先であるC及び日本地所は一体のものとして与信管理していた。

(3)  西陣信金の融資審査体制,決裁権限及び不良債権の管理等

ア 西陣信金の融資審査体制については,その決裁権限内規によれば,営業部店で決裁できるのは,担保預金を控除しない累積貸出合計額すなわち表債額500万円までであり,それ以上は本部決裁が必要であった(甲12)。

イ 西陣信金の本部審査は,理事長,専務理事,常務理事,審査部長,審査次長,審査課長代理業務課長の役職別に貸出表債額により決定権限が決められており,表債額5億円超は理事長,同3億円以上5億円以下は専務理事の決裁権限とそれぞれ定められていた(甲12)。

審査は,合議で行われるものではなく,権限内の額においては,各自決裁権限者において単独で決裁できることになっていた。

そして,理事長決裁の融資については,審査課長代理から理事長までの各役職を順次経て決裁されていくことになり,審査体制上,理事長決裁の融資について,下位の者が融資不可と判断すれば,融資はできないことになっていた。

(4)  西陣信金のコスモ地所に対する融資等

ア 西陣信金は,コスモ地所に対して別紙1のとおり一連の融資(以下「本件一連の融資」という。)を行ってきたが,本件訴訟で対象とされているいる融資は,西陣信金が平成4年11月30日から平成5年7月30日までの間に7回にわたって行った別紙2記載の合計1億9000万円の融資である(以下,別紙2中「No.」欄記載の数字に従い,これら対象融資をそれぞれ,本件第1融資ないし本件第7融資のようにいい,これら7つの融資を併せて「本件各融資」という。)。

イ 西陣信金は,平成4年5月27日付け大蔵省近畿財務局(以下「近畿財務局」という。)検査により融資取組姿勢の厳正化の必要性を指摘され,日本地所について,いわゆる資産査定Ⅱ分類債権が約10億円であり,コスモ地所に対する融資については,「平成2年9月以降の売上が検査日現在まで皆無」であるにもかかわらず,「業況不芳先に対して与信の減額に努めることなく,債務者の申し出のまま資金使途や具体的な返済財源の検討を行わず無定見に他行借入れの返済を含む利息支払資金の貸し増しに応需するなど審査不十分」という指摘を受けていた(甲8の1・2)。

(5)  被告らによる退職金辞退の意思表示

被告らは,平成7年2月6日,外5名の旧西陣信金出身の理事らと共に,当時の京都みやこ信金理事長D(以下「D理事長」という。乙53)あてに,下記記載のある「役員退職金辞退に関する件」と題する書面(以下「乙15書面」という。)に署名押印して提出し,同信金に対する退職金を辞退するとの意思表示をした(乙15)。

「今般,旧西陣信用金庫常勤理事および監事は,合併前における旧西陣信用金庫の貸出金に占める多額の延滞貸出金及び今回の大蔵省検査において指摘されました多額の分類資産,特に第三,第四分類指定による多額の要償却債権が,金庫に対して多大の損害を発生せしめることに対する責任を明らかにするため,全員が自主的に役員退職金全額の辞退を決意致しましたので全員の連署をもってお届けいたします。よろしくお取り計い賜りますようお願い申し上げます。」

(6)  資産買取契約及び被告らに対する債権譲渡通知

原告は,平成12年12月15日,京都みやこ信金との間で,資産買取契約を締結し,同年同月18日をもって,京都みやこ信金が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び事務管理,不当利得,不法行為その他契約以外の原因に基づいて京都みやこ信金が有する権利を取得した。

そして,京都みやこ信金は,平成14年11月27日到達の書面をもって,被告らに対して,本件各融資についての損害賠償請求権を原告に譲渡した旨通知した(甲24の1ないし3)。

第3争点及び当事者の主張

1  主たる争点

(1)  本件各融資の違法事由の有無について,本件各融資の決裁に当たり,被告らに任務懈怠行為としての善管注意義務違反行為があったか。

ア 本件各融資が大口信用供与規制に違反する違法なものか。

イ 本件各融資が安全性の原則に違反する違法なものか。

(2)  (1)の義務違反と相当因果関係にある損害額

(3)  被告らの退職慰労金請求権について

ア 被告らが京都みやこ信金を退任する場合,退職慰労金請求権が当然に発生するか。

(ア) 被告らは,上記請求権と本訴請求権を相殺したか。

(イ) 被告らは上記請求権を放棄したか。

(ウ) 被告らの上記請求権の放棄は,解除条件付きか。又は,錯誤無効か。

イ 被告らが,乙15書面によって,京都みやこ信金に対する退職慰労金請求権を放棄したことに関して

(ア) 原告の本訴請求は信義則違反か。

(イ) 被告らの上記放棄によって,京都みやこ信金は不当利得を得たか。

(ウ) 被告らの上記放棄は,本訴請求権との代物弁済といえるか。

2  争点(1)(本件各融資の違法事由の有無)についての原告の主張

(1)  信用金庫の理事の一般的注意義務の内容

ア 信用金庫の理事の責任

(ア) 信用金庫の理事は,信用金庫から委任を受けた受任者の地位にあり,それぞれが善良なる管理者の注意をもってその委任事務(職務)を行わなければならず,また,法令,定款,規約の定め及び総会の決議を遵守して職務を行うべき忠実義務を負っていることから(信用金庫法39条,商法254条3項,民法(平成16年法律第147条による改正前のもの,以下同じ。)644条,商法254条の3),このような注意義務を怠って信用金庫に損害を与えたときは,信用金庫に対し,連帯して損害賠償責任を追うことになる(信用金庫法35条)。

(イ) 信用金庫の理事の上記注意義務は,金融機関の公共的性格及び会社法的観点(取締役・理事の兼職禁止,金融業務専念義務等)から,一般事業会社と比較して,より厳しい性質のものであると解される。

イ 法令遵守義務

信用金庫の理事が,法令に基づく規制に違反して融資決裁すれば,法令違反行為として,信用金庫法35条1項にいう「任務に怠ったとき」に該当する。

ウ 安全性の原則

(ア) 信用金庫は,不特定多数の一般大衆預金者から預金の預託を受け,その返還の確実性を何にもまして留意する必要があり,またその地域経済に対して有する大きな影響力の点からも金庫財産の安全な運用に努めなければならないものとされている。

(イ) このような信用金庫の公共性の点からすれば,債権回収の安全性の原則を遵守して融資を行うことが必要である。

そのためには,返済計画,資金使途,返済財源,貸付先の経営状態,担保力などを十分に調査,分析して,回収の安全性に問題がないことを確認して融資しなければならない。

(ウ) なお,被告らは,信用金庫の互助的性格及び地域金融機関としての性格から,会員である地元の中小企業の存続を維持すべき使命を持っている旨指摘するが,かかる性格があるとしても,安全性の原則に反する,あるいはこれを銀行より緩く運用する融資は許されない。

(2)  大口信用供与規制違反

ア 大口信用供与規制

(ア) 本件各融資当時,信用金庫法89条1項が準用する銀行法13条1項は下記のように規定されており,さらに信用金庫法施行令11条(本件各融資当時,以下同じ。)と併せて,信用金庫について,同一人に対する貸付限度額を広義の自己資本の20%とする,いわゆる大口信用供与規制が定められている(信用金庫法89条1項,銀行法13条1項,信用金庫法施行令11条,信用金庫基本通達)。

銀行の同一人(当該同一人と政令で定める特殊の関係のある者に対する信用の供与を含む。)に対する信用の供与等の額は,当該銀行の信用供与等の限度額を超えてはならない。ただし,信用の供与を受けている者が合併をし又は営業を譲り受けたことにより銀行の同一人に対する信用の供与限度額を超えることとになる場合にはその他政令で定めるやむを得ない理由がある場合において,大蔵大臣(本件各融資当時)の承認を受けたときはこの限りでない。

(イ) 金融機関が特定の大口先に資金を集中すると,当該貸出先の業況が悪化すれば金融機関は直ちに経営上の危機にさらされるため,これを防止しようとする大口信用供与規制(銀行法13条)の趣旨から,同規制については,平成10年の信用金庫法施行令改正(以下,この改正政令を「平成10年政令」という)以前より,①法形式上は別個の。法人格であるが,実質は独立の実体を備えず,全くの個人企業として経済的基礎が同一のものはいうまでもなく,②独立の法人としての実体を備え,経済的に独立している場合においてさえも,関連会社である場合はこれを合算の対象となる信用供与先となるよう,大蔵省が通達等により金融機関に行政指導をしており,本件各融資当時においても,受信合算対象者は明確にされ,また規制されてきたものである。

イ コスモ地所,C及び日本地所の関係

(ア)Cは,コスモ地所を設立し,使用人であったEを同社の名目上の代表取締役に就任させ,コスモ地所の本店所在地を,商業登記簿上はEの自宅所在地である京都府a市bc番地のdとしていた。その後,代表者がCに変更されたときに,同社の本店所在地もCの自宅所在地である京都市e区f町g番地のhに変更された。しかしながら,いずれも本店所在地には事務所はなく,また,従業員もいないという,いわゆるペーパーカンパニーであった。

また,コスモ地所の代表者印等もすべてCが保管しており,西陣信金から融資を受ける際にもEは全く関与せず,Cが融資申込み等の一切の処理を行っていた。そして,不動産業務は,C商店と同一の事務所で行っていた。

(イ) また,コスモ地所を債務者とする西陣信金の貸出稟議書添付の営業店意見書の記載(「日本地所㈱コスモ地所㈱及びCに関する諸経費等の運転資金の借り入れ申込であります」,甲16ないし甲19)からして,日本地所,コスモ地所及びの三者各々に対する融資金Cも区別することなく下記コスモ地所グループ全体として使われ,実質的に同一人に対する貸出金であった。

(ウ) 以上(ア)(イ)及び第2の2(基礎となる事実)(2)を併せてみれば,日本地所及びコスモ地所の実質的経営者は,いずれもC であり,経済的実態としては,C,日本地所及びコスモ地所が一体のものであったといえる(以下,これら三者を一括して「コスモ地所グループ」という。)。

ウ 本件各融資における大口信用供与規制違反

(ア) 西陣信金の大口信用供与規制の限度額(以下「法定限度額」という。)は,平成4年3月末日時点において約19億9076万円,平成5年3月末日時点において約19億9418万円であるところ,平成4年11月30日現在の本件各融資の最初の融資後のコスモ地所に対する与信残高は14億4650万円であるものの,同時点のコスモ地所グループ全体に対する与信残高は45億6512万円と法定限度額を2倍以上も既に超過している(別紙2参照)。

(イ) そして,この状態は,本件各融資の最後まで続き(別紙2及び別紙3のとおり。),平成5年7月30日の本件各融資の最後の融資後のコスモ地所に対する与信残高は17億5770万円であるものの,同時点のコスモ地所グループ全体に対する与信残高は49億4684万円であり法定限度額を超過している。

(ウ) したがって,本件各融資は,コスモ地所グループに対する大口信用供与規制に違反する違法なものである。

(3)  安全性の原則違反

本件各融資は,下記のアないしエの各点で,安全性の原則から大きく逸脱した違法なものであった。

ア 売上げ皆無の債務超過会社に対する貸付け

コスモ地所は,平成3年10月1日から平成6年9月30日までの間,売上げが皆無でしかも債務超過であった。

西陣信金が,このような会社に対して,別紙1のとおり,平成3年12月2日から平成5年7月30日まで25回にわたって総額16億8070万円もの巨額の融資を行うことは常軌を逸しており,無謀である。

イ 延滞状態に陥っていたこと

本件各融資は,コスモ地所グループに対する既存の融資に対する返済が滞り始めた以後の融資であり,債務者の信用状況が悪化した以後の新規融資である。

本件では,延滞先であるコスモ地所グループへ融資すべきとされる例外的な事情は一切なかった上,コスモ地所グループに対する債権は,近畿財務局の指導のとおり債権回収に専念し,新規の融資を原則として禁ずる債権となっていた。

ウ 返済計画の不存在

本件各融資においては,事業計画,資金使途,返済財源といった返済計画が何ら存在しない。

しかも,本件各融資の資金使途は「運転資金」とのみ記載されているだけでなく,実際にも,他行の融資金の利払に宛てられている部分(すなわち,融資残高が増加するだけで何ら回収には結びつかない部分)も多く含まれていた。

加えて,本件各融資に関する返済財源も,稟議書上,「売上げによる」旨漫然と記載されているが,営業店意見書には,物件売却もままならず,運転資金にも窮し,利息入金の目処も立っていない旨記載されており,現実的な返済財源,返済計画及び返済の可能性は皆無であった。

エ 無担保・無保証融資

平成4年11月30日時点において既に,保全不足額がコスモ地所だけで約11億4145万円,コスモ地所グループ全体では約18億5519万円となっていた(別紙2参照)。

西陣信金は,コスモ地所グループに対して,さらに担保を徴求することもなく,無担保で融資をし,平成5年7月30日時点では,コスモ地所だけで約14億7634万円,コスモ地所グループ全体では約23億9260万円もの保全不足の結果を生じさせた(別紙2参照)。

なお,本件各融資については,Eが保証人とされていたが,EはCの従業員に過ぎず,保証能力は皆無であった。

(4)  被告らの具体的注意義務違反の内容

ア 法令等遵守義務違反

被告らは,信用金庫の理事として,本件各融資の実行を決裁するに当たって,法令を遵守する義務があるにもかかわらず,上記のとおり,大口信用供与規制という法令に違反していることから,本件各融資の結果,回収不能を生じた損害を賠償する責任を負う。

イ 安全性の原則違反

(ア) 回収可能性のない融資の決裁及び実行

被告らは,コスモ地所グループ及び本件一連の融資の内容について十分に知り,本件各融資を実行すれば,その融資金が回収不可能になることは知っていたところ,本件各融資の当時理事長であった被告Aは,コスモ地所及びコスモ地所グループにおいて,経営状態が悪化しており,しかも何らの事業計画ないし返済計画がなかったにもかかわらず,担保不足のまま,ただ,相手先の経営存続を図るため,いわば,人的関係を理由として融資を決裁実行し,また,同当時専務理事であった被告Bについては,被告Aの本件各融資実行を阻止すべき地位・権限があったにもかかわらず,漫然とこれを了承し,本件各融資を実行させた。

(イ) 調査・確認義務の任務懈怠

仮に,融資実行を行う方向で考える場合であっても,信用金庫の理事が融資を決裁・実行するに当たっては,融資先の事業計画や返済契約に関する調査・検討等十分な融資審査を行い,不明な点については資料の提出や説明を求めるなど,融資金の回収可能性について十分な調査・確認を行わなければならないにもかかわらず,被告らは本件各融資の決裁に際し,これを怠った。

本件においては,稟議書の記載上,資金使途としては,「運転資金」との記載しかなく,返済財源についても,「売上による」との記載しかなく,さらに担保については,「保証人なし,無担保」等と記載されていたのであるから,返済計画や返済可能性について十分に調査確認すべき状況にあった。

(ウ) 以上のように,被告らの本件各融資の決裁・実行は,安全性の原則に違反し,被告らは,本件各融資の結果回収不能を生じた損害を賠償する責任を負う。

(5)  被告らの主張に対する反論

なお,被告らは本件各融資は違法でないと主張するが,コスモ地所が,近畿財務局検査(甲8)において名指しされた問題先であること,本件各融資の稟議書の記載から大口信用供与規制に違反する違法な融資であることを認識し又は容易に認識しえたこと,同稟議書の記載からも継続的かつ無審査による杜撰融資であることが伺われることなどからしても違法であることは明らかである。

また,被告らの,本件融資は,コスモ地所の有する不動産価格がいずれは回復すると被告らは予測し,それまでのつなぎ融資を行ったものであり,それは裁量の範囲内である旨の主張は争う。

さらに,被告らは経営判断の合理性を指摘するが,いわゆる経営判断の原則は適法行為にのみ適用されるものであり,本件各融資のように大口信用供与規制に違反する違法行為には適用の余地がない。

3  争点(1)(本件各融資の違法事由の有無)についての被告らの主張

(1)  原告の主張(1)(信用金庫の理事の一般的注意義務の内容)について

ア 同ア(信用金庫の理事の責任)は,一般論として認める。

イ 同イ(法令遵守義務)については争う。

大口信用供与規制違反が,直ちに違法の判断につながるものではなく,違法性判断の一要素になるにすぎない。

また,本件各融資に,大口信用供与規制という法令違反の事実はない。

ウ 同ウ(安全性の原則)は,一般論としては認める。

エ 違法性の判断基準

(ア) 金融機関は,その公共性に鑑み,安全確実な融資を行うほか,資金を必要とする者への営業資金の提供することによって営業活動を可能ならしめるという使命を負っている。

そして,信用金庫は,協同組織体としての互助的性格及び地域金融機関としての性格から,会員である地元の中小企業の存続を維持すべき使命を持っている。

(イ) 上記使命に鑑みると,結果的に回収することができなかった融資の違法性を判断するためには,当該融資の安全性の程度のみならず,当該融資による既存融資の回収への寄与,当該融資を拒否した場合の顧客に与える影響等の事情を総合考慮する必要がある。

(ウ) 不動産取引に融資する場合には,不動産市況の動向如何によって返済の確実性は決定的に影響を受けるのであり,将来の回収の可能性の判断において不確実な経済変動を前提とせざるを得ないから,融資時における将来の経済的変動予測に著しい誤りがない限りは,安全性の原則違反とはならないというべきである。

(エ) また,金融機関の公共性の観点から,一時的に経営危機に陥った事業者に対して融資を行い,危機を免れさせることも許されるべきである。

(2)  原告の主張(2)(大口信用供与規制違反)について

ア(ア) 同ア(大口信用供与規制)のうち,いわゆる大口信用供与規制が定められていることは認め,その余は否認する。

(イ) 信用金庫法89条1項,銀行法13条1項が規定する同一人の定義によれば,「当該同一人と政令で定める特殊な関係にある者を含む」とされており,当該同一人と実質的に同一人とされる者の内容は,政令をもって定めるものになっているところ,これを定める政令は平成10年12月1日に初めて施行されたものである。

したがって,本件各融資が行われた平成4年11月30日から平成5年7月30日までの時点では,上記「同一とされる特殊の関係にある者」の定義がなく,大口信用供与規制についてのいわゆる受信合算対象者が定められていなかったのであり,本件各融資が大口信用供与規制に違反したという事実はない。

また,原告が主張する行政指導や通達に違反したとしても,それが直ちに違法となるものではない。

イ 同イ(コスモ地所,C及び日本地所の関係)について

(ア) 同(ア)のうち,Cのコスモ地所設立,Eの同社の代表取締役就任及び同社の本店所在地の移転経過は認め,Eが名目的代表取締役であること及びコスモ地所がペーパーカンパニーであることは否認する。

(イ) 同(イ)については否認する。

コスモ地所は,日本地所及びCとは別の存在であり,これら三者各々に対する融資金が区別することなくコスモ地所グループ全体として使われたという事実はない。

(ウ) 同(ウ)は否認する。

原告がいう「コスモ地所グループ」三者を大口信用供与規制の受信合算対象者として同一で扱う旨の主張は争う。

コスモ地所は,①平成5年9月30日までが株主かつ代表E取締役であり,②Cの義理の甥であるEがCからいわば暖簾わけとして設立された会社で(大口信用供与供与規制を潜脱する目的ではない。),③独自の資産負債を有し,④営業活動の実体が存在したものであって,コスモ地所とC及び日本地所が銀行法13条の「同一人」とはいえない。

(3)  原告の主張(3)(安全性の原則違反)について

ア 同ア(売上げ皆無の債務超過会社に対する貸付け)及び同イ(延滞状態に陥っていたこと)について

(ア) 原告は,西陣信金が,平成3年10月1日から平成6年9月30日までの間,売上げがなく,債務超過であったコスモ地所に対して,別紙1のとおり,平成3年12月2日から平成5年7月30日まで25回にわたって総額16億8070万円の融資を行った旨主張するが,まず,この約16億円の融資のすべてが新規の融資ではなく,既存の貸付金を一つにまとめるとか,既存融資分の返済に充当するなど実質的な借換えが含まれている。

次に,これらの貸付金の使途は「運転資金」となっているが,そのうち約3億9200万円は西陣信金の貸付金の利息支払のための融資であるから,この分は資金が環流しているから実質的に新規融資とはいえない。

また,約2億6500万円は,西陣信金のコスモ地所に対する貸付金を北海道拓殖銀行に肩代わりしてもらった分の利息支払のための融資であり,やむを得ない措置であった。

(イ) コスモ地所が上記期間に売上げがなかったのは,不動産の短期譲渡に対する重課税,国土法の規制による転売の規制及び総量規制などの一連の不動産取引に対する規制の導入によって,平成3年後期から不動産の売却が著しく困難になってしまったからである。

そして,本件各融資当時は,時間が経過すれば地価が上昇し不動産取引が活性化するであろうと予想していたのであり,そうなれば,コスモ地所が購入していた不動産を融資額以上に売却し同社への融資金の返済も順調に回収できる一方,逆に,コスモ地所に対する融資金を回収することは同社を倒産に追い込むことになり,それまでの融資金を焦げ付かせることは明白であった(平成4年11月30日時点で,西陣信金がコスモ地所グループ三者に対する融資を拒否し三者を破綻させていれば,17億8519万円の損失を発生させていた。)。また,売却時期を遅らせることにより,短期譲渡の期間制限の5年を経過すれば,重課税の負担を免れることができ,相当の利益を確保できる物件もあった。

それ故,不動産景気が回復してコスモ地所の商品を販売できるようになるまで同社の運転資金の調達に協力することは,西陣信金にとっても有利かつ合理的な経営判断であった。

イ 同ウ(返済計画の不存在)について

本件融資の資金使途は「運転資金」とだけしか記載されていないが,本件各融資時には,融資金のかなりの部分を利息金の支払に宛てることがはっきりしており,現実にそのとおり使用されている。

ウ 同エ(無担保・無保証融資)について

平成4年11月30日時点及び平成5年7月30日時点における担保不足額は不知。なお,原告の担保物件の評価が当時の路線価に基づくものであるとするなら,当時の不動産価格は路線価よりも高い状態である。

また,本件各融資当時の,コスモ地所グループ全体に対する融資総額の保全不足額は,三者の担保不動産を簿価で評価した額と預金総額を合計した額とで差し引きすると,3億円程度にとどまる。

(4)  原告の主張(4)(被告らの具体的注意義務違反の内容)について

ア 同ア(法令等遵守義務違反)について

争う。

イ 同イ(安全性の原則違反)について

(ア) 同(ア)(回収可能性のない融資の決裁及び実行)について

争う。

上記のとおり,不動産景気が回復してコスモ地所の商品を販売できるようになるまで,同社への貸付金を延滞債権とすることを避けるべく,同社が金融機関に対し借入金債務の支払を続けるための資金を融資したものである。

(イ) 同(イ)(調査・確認義務の任務懈怠)について

争う。

実質的な資金使途等を把握した上で,融資しない場合に西陣信金が被る損害と融資することによる利益等を考慮に入れて慎重に検討した結果融資実行を決定したものである。

ウ 資金使途について

西陣信金のコスモ地所グループに対する,平成4年11月30日から平成5年7月30日までの融資残高増額分は3億8172万円であるところ,その資金使途は,①平成4年12月1日から平成5年7月30日までの返済利息金のために3806万6238円,②不動産購入費用のために3億0295万1583円,③営業経費,Cの手持ち現金等のために4070万2179円である。このように,コスモ地所グループに対する融資のうち,約8割が本業である不動産購入のためのものであり,しかも,この時期は既に不動産価格の下落は底をつき,以後,不動産価格は上昇すると予想されていた時期であり,何ら違法性のない正当な融資である。

4  争点(2)(争点(1)の義務違反と相当因果関係にある損害額)についての原告の主張

被告らの任務懈怠によって西陣信金は,本件一連の融資により債権約16億1043万円の回収不能という損害を被っているところ,本訴においてはこのうち,本件各融資総額である1億9000万円について損害として主張する。

5  争点(2)(争点(1)の義務違反と相当因果関係にある損害額)についての被告らの主張

(1)  本件一連の融資の現在残高は不知。

(2)  仮に,原告主張の損害が生じているとしても,それは京都みやこ信金の不適切な回収手続によるものであって,西陣信金の本件各融資との相当因果関係がない。

(3)  さらに,本件で問題とされている各貸付けのかなりの部分は西陣信金に対する利息金の支払に充てられており,本件各融資がなされなかったとすれば,同額が延滞利息として残り,それが損害となるのであるから,本件各融資残額全額が損害であるという主張は誤りである。

6  争点(3)(被告らの退職慰労金請求権)についての被告らの主張

(1)  被告らの退職慰労金請求権の発生

ア 西陣信金には,理事の退職慰労金について,総代会における決議に基づき理事会が定めた「役員退職金支給内規」があった。この総代会決議は,総代会が理事に対し,個々の退任理事につきこの内規に従って退職慰労金を支給する権限を包括的に委任したものである。理事会は,理事退任に当たっては,この内規に従って算出した金額を支給することをあらかじめ包括的に決めており,この内規によれば,当該退任理事の理事在任期間,退任時の報酬額及び一定の掛け率によって退職慰労金の額が一義的に算出されるようになっていた。同内規は,昭和60年10月21日に改定されたが(乙16の2),改定の内容は,従前の内規によると退職慰労金が勤続年数により増額されるのを改め漸減させるものであった。

イ 西陣信金と伏見信金の平成5年6月3日付け合併契約書(以下「本件合併契約書」という。乙19の2)10条に役員退職慰労金についての定めがあり,合併後の西陣信金の役員に対する退職慰労金につき,西陣信金の在任期間が通算されるものとし,「その他の取り扱い」については,両金庫が協議して別に定めるものとされている。これに基づいて,本件合併の際,京都みやこ信金(旧伏見信金)の理事長と旧西陣信金の理事長が今後の理事退職の場合の退職慰労金について,その理事の出身信用金庫の退職金支給方法に従って支給すること(合併契約書10条の「その他の取り扱い」に当たる。)を協議決定しており,以後,そのとおりに実行されている。この確認に基づき,合併後の京都みやこ信金の総代会ないし理事会において,個々の理事の退任に際し,改めて退職慰労金支給の決議がなされることは一切無かった。

ウ 信用金庫の理事に対する退職慰労金の支給のために総会又は総代会の決議を必要とする規制は,平成9年4月1日に施行された改正信用金庫法第39条に商法269条(平成14年法律第44号による改正前のもの,以下同じ。)を準用する規定を加えたことによって初めて設けられたものである。それ以前には,信用金庫法39条は,商法269条を準用していなかったのであるから,本件において乙15書面が作成された平成7年2月6日時点でも,現実に被告らが理事を退任した時点においても,総代会決議は,理事の退職慰労金発生の要件ではなかった。

エ 以上の事実を前提とすると,被告らにつき,その各退任時期(被告Aについては平成7年4月26日,被告Bについては同年12月19日)に,前述の総代会と理事会の事前の包括的決議に基づき,「役員退職金支給内規」に従った各退職慰労金請求権が当然に発生したといえる。そして,被告らが,退職時に受領できたはずの退職慰労金の金額は,京都みやこ信金の役員の退職員の定め(ただし,旧西陣信金出身者については同金庫の退職金規程による)に従って算出すると,被告Aは,平成7年4月26日の退職時点で7014万円であり,被告Bは平成7年2月19日の退職時点で5817万円であった。

(2)  退職慰労金請求権による相殺(抗弁)

被告らは,平成15年10月8日,同月7日付け相殺通知書をもって,京都みやこ信金に対し,原告の被告らに対する本訴請求にかかる損害賠償請求権の全部又は一部が仮に存在する場合に,被告らの同信金に対する上記退職慰労金請求権をもって対当額にて相殺する旨の意思表示をした。

(3)  原告の7(2)「退職慰労金請求権の放棄」の主張に対して(再々抗弁)

ア 解除条件成就

被告らの退職慰労金請求権放棄は,京都みやこ信金からの責任不追及を解除条件としてなされたものであり,被告らに対する本件損害賠償請求権行使により,解除条件が成就した。

イ 錯誤無効

被告らは,退職慰労金請求権を放棄すれば法的責任は追及されないと信じて,退職慰労金請求権を放棄したのであるから,放棄の意思表示は錯誤により無効である。また,被告らの退職慰労金請求権放棄の動機は明らかに表示されていた。

(4)  信義則違反(抗弁)

被告らは,平成7年2月6日,乙15書面を署名押印してD理事長に提出し,退職慰労金請求権を放棄した。

これは,京都みやこ信金が被告らに対し,将来,京都みやこ信金に損害が発生する可能性を理由にこれを償わせる趣旨で退職慰労金請求権を事前放棄させたものであるから,後日,同じ原因に基づき被告らに対して本件損害賠償請求を行うことは著しく信義則に反する。

(5)  不当利得返還請求権による相殺(抗弁)

被告らの退職慰労金請求権の事前放棄は,これが責任不追及の見返りとしてなされるものである以上,京都みやこ信金ないし債権譲受人である原告が責任追及の手段である本件損害賠償請求をなすことは,実質的に二重請求をなすに等しい。

本件損害賠償請求権を裁判所が認容する場合,京都みやこ信金が退職慰労金請求権放棄を受けたことによって得た利得(被告らの退職慰労金相当額)は,遡って法律上の原因を失うことになると解さなければ,被告らに二重に損失を強い,京都みやこ信金ないし原告に二重の利得を許容する結果となる。

被告らは,原告に対し,平成16年4月14日の本件第4回弁論準備手続において,この不当利得返還請求権をもって,原告の本件損害賠償請求権と対当額で相殺するとの意思表示をした。

(6)  代物弁済合意(抗弁)

被告らが,平成7年2月6日に行った退職慰労金請求権放棄は,京都みやこ信金に損害を与える不良債権発生に対し被告らが法的責任を負う場合には,将来の債権である退職慰労金請求権をもってその損害賠償債務に充てるという趣旨を含むものと解することができ(意思表示の合理的解釈),一種の代物弁済の合意といえる。

7  争点(3)(被告らの退職慰労金請求権)についての原告の主張

(1)  退職慰労金請求権の不存在

ア 被告らの主張は,退職慰労金請求権の発生が確定していることを前提としているところ,伏見信金と西陣信金の本件合併契約書10条2項によっても,本件合併後も役員として選任される西陣信金の役員の退職慰労金は,理事会の決議を経ることが定められており,このような決議を経ていない以上,退職慰労金請求権は未だ発生していない。

また,京都みやこ信金における実務の運用においても,伏見信金の役員も含めて退職慰労金が当然に支給されることにはなっておらず,退職慰労金支給決議がなされない以上,退職慰労金が支給されることはなかった。

イ また,被告らは,上記のとおり,理事としての善管注意義務違反を怠っており,退職慰労金の支給を受ける実質的合理性もない。

よって,被告らの退職慰労金請求権を自働債権とし,本件損害賠償請求権を受働債権とする相殺の抗弁の主張は失当である。

(2)  退職慰労金請求権の放棄(被告らの主張6(2)に対する再抗弁)

仮に,被告らに退職慰労金請求権が発生するとしても,被告らは,平成7年2月6日,京都みやこ信金に対し,乙15書面を提出することにより,将来発生すべき同請求権を放棄するとの意思表示をした。

(3)  被告らのその余の主張に対する反論

ア 被告らの,信義則違反,解除条件成就及び不当利得の各主張は,被告らに責任追及をしない代わりに,退職慰労金請求権を放棄した趣旨を述べたものであるが,かかる責任不追及が京都みやこ信金に法的拘束力をもたらす免除の趣旨であれば,信用金庫法35条4項が準用する商法266条5項により総会員の同意がなければ免除はできないこと(なお,平成13年法律第149号による商法改正に基づく同法266条7項の追加前,以下同じ。)からして失当であるし,乙15書面にも責任免除の記載はない。

イ 錯誤無効の主張については,いわゆる動機の錯誤であり,被告らが誤信したという,退職慰労金請求権を放棄すれば法的責任を追及されないとの動機が表示されない限り錯誤は成立せず,また,仮に錯誤があったとしても,被告らには重過失がある(再々々抗弁)。

ウ 代物弁済の主張については,どの債権に充当する意思であったかについて問題があり,乙15書面作成時に,京都みやこ信金の代表者が,退職慰労金請求権をもって,後に本件損害賠償請求権(債務)に「充当」する意思で作成されたと解されない限り成立しないし,被告らが本件損害賠償債権(債務)に対するものであることを当時確定的に認識していたものとは考えがたい。

エ 不当利得の主張については,そもそも,退職金支給義務のない原告に支払を免れたという利得は発生しておらず,仮に被告らの退職慰労金請求権の発生が確定していたことを前提としても,それを被告らが失ったのは,被告らの放棄という法律行為としての法律上の原因に基づくものであり,裁判所が本件損害賠償請求権の認容判決を下すことも法律上の原因に基づくものであるから,失当である。

第4当裁判所の判断

1  争点(1)(本件各融資の違法事由の有無)について

(1)  前記基礎となる事実,証拠等(各項末尾等に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができる。

ア コスモ地所について

(ア) コスモ地所の設立,本店,従業員等

Cは,昭和62年10月15日,自らの配偶者の甥であり,コスモ地所設立当時,日本地所に番頭として勤務していたEに対するいわば暖簾分けとして,コスモ地所を設立した(基礎となる事実(2)アイ,被告B本人)。

コスモ地所の本店は,設立時から平成5年9月30日まで,Eの住所地である「京都府a市bc番地のd」にあり,同年10月1日以降は,Cの住所地である「京都市e区f町g番地のh」にあった(甲11,甲13ないし甲19)。

本件各融資当時,コスモ地所の従業員は2名であり(甲13ないし甲19),Eは,ふだん,日本地所の事務所で勤務していた(被告A本人,被告B本人)。

(イ) コスモ地所の代表取締役とCの役割等

Cは,コスモ地所の設立当初,Eを同社の代表取締役に就任させ,以後平成5年9月30日まで,同社の代表取締役はEが務めた。

Cは,コスモ地所の相談役的な存在であり,平成5年ころ,不動産業界が壊滅的な打撃を受けることになった際には,Eに責任を負わせず最終的な責任を自らが負うために,平成5年10月1日,自ら,同社の代表取締役に就任した。

(甲11,乙43ないし乙48,乙54,被告B本人,被告A本人)

(ウ) コスモ地所の株式と株主

同社の発行済み株式総数は,同社設立時から平成5年9月30日まで100株であり,同年10月1日以降は200株である。

同社の株式は,同社設立時から平成元年9月30日まではEが8株,Cが50株,Fが10株,平成元年10月1日から平成5年9月30日まではEが100株(発行済み株式総数),同年10月1日以降はCが200株(同)をそれぞれ保有していた。

(甲11,乙1ないし乙7)

(エ) 決算等

コスモ地所は,平成3年から平成6年までの当時,流動性資産が約11億円ないし約13億円,固定資産が約105万円ないし234万円,流動負債が約13億円ないし約16億円それぞれ存在し,同期間において債務超過の会社であった。

また,コスモ地所の売上げは,第4期から第7期まで(平成2年10月1日から平成6年9月30日まで),全くなかった。

(甲20ないし甲22,乙46ないし乙48)。

(オ) 営業活動等

コスモ地所が平成元年10月1日以降に行った,商品(不動産)購入及び販売活動は下記の5件である。

①a 対象不動産

京都府a市ijk-lに所在の土地

b 購入日

平成元年9月22日

c 売却日

同年10月6日

d 売上金額

8600万円

②a 対象不動産

京都市m区no町pに所在の土地

b 購入日

平成2年2月2日

c 売却日

同年2月6日

d 売上金額

9600万円

③a 対象不動産

京都府a市qr番地に所在の土地建物

b 購入日

平成2年12月17日

c 破綻後売却

④a 対象不動産

京都府a市qr番地に所在の土地

b 購入日

平成4年2月20日

⑤a 対象不動産

京都市s区tu町v-wに所在の土地

b 購入日

日本地所から平成4年9月30日

c 破綻後売却

(甲38,乙45ないし乙48,乙54,被告B本人,弁論の全趣旨)

イ 西陣信金のコスモ地所に対する融資

(ア) 被告Aは,コスモ地所について,同社の指導者であるC の手腕を評価しており(乙54),西陣信金のコスモ地所に対する融資取引はCの口利きにより始まった(被告A本人)。

西陣信金は,Cが本店営業部(西陣信金の本店所在地は,京都市x区y町z番地,乙19の3)で取引を行っており,Cからのアドバイスもあって,京都府a市に本店があったコスモ地所に対する与信取引も本店営業部で開始した(被告B本人)。

(イ) 西陣信金は,平成2年末から平成3年初めころにかけて,約定返済が困難な融資先について,各営業店長,審査部長,専務理事,理事長の4者で協議し対応を検討した。

そして,コスモ地所については,代表者Eの人柄やCの指導力に加えて,不動産市況が回復基調にあると予測した上で,不動産を扱うコスモ地所も将来回復の可能性があると判断し,他方で,コスモ地所に対して日常経費の融資を拒否すると,同社を倒産に追い込み,同社から過去の貸付金残額を回収できなくなる恐れが高いと判断して,担保評価額が貸付金総額より少なく融資の保全に欠けることがあっても,日常経費と厳選した良質な商品物件購入資金は応需し,支援しながら将来の不動産市況の回復を待って回収すべきという方針で臨んだ。

(乙54,乙55,被告A本人,被告B本人)

(ウ) 近畿財務局は,平成4年5月27日付け検査において,西陣信金のコスモ地所に対する融資について,前記基礎となる事実(4)イのとおり指摘するとともに,コスモ地所に対する貸付けをすべてⅡ分類(債権確保上の諸条件が満足に満たされないため,あるいは,信用上疑義が存するなどの理由により,その回収について通常の度合いを超える危険を含むと認められる債権等の資産,乙54)と位置づけた(甲8の1・2)。

(エ) 西陣信金がコスモ地所に対して実行した別紙1記載融資No.2ないし5の各融資は,本件各融資時点で既に弁済期が到来していたが,返済されていなかった(甲27ないし甲30,被告B本人)。

そして,別紙1記載のその余の融資についても,本件各融資実行時点において,既に弁済期が到来していたものはいずれも返済されておらず,既存融資は実質的に延滞状態に陥っており(被告A本人,弁論の全趣旨),別紙1記載の融資の返済財源について具体的な返済計画が立てられたことは無かった(弁論の全趣旨)。

(オ) 西陣信金は,コスモ地所に対しては以下のような本件各融資を実行し,被告らは,これらの融資についてすべて決裁をした(前記基礎となる事実(4)ア及び下記各項に記載した証拠等)。

a 本件第1融資(甲13)

融資実行日

平成4年11月30日

融資金額

7000万円

担保

無担保

使途内容

運転資金

返済財源

売上により

b 本件第2融資(甲14)

融資実行日

平成4年12月28日

融資金額

2700万円

担保

無担保

使途内容

運転資金

返済財源

売上により

c 本件第3融資(甲15)

融資実行日

平成5年3月1日

融資金額

1700万円

担保

無担保

使途内容

運転資金

返済財源

売上により

c 本件第4融資(甲16)

融資実行日

平成5年4月30日

融資金額

2400万円

担保

無担保

使途内容

運転資金

返済財源

売上により

営業店意見

本件第4融資稟議書の営業店意見書には,右肩にfile_2.jpgとの記載があり,また,同融資の資金使途として,コスモ地所,日本地所,オーロラ地所株式会社(以下「オーロ」ラ地所という。)及びC に関する諸経費支払等のほか,税金,給与支払,厚生年金支払の記載がなされていた。(なお,第4融資については,他の融資と異なり,税金,給与支払,厚生年金支払で融資の半額を占めていた。)

e 本件第5融資(甲17)

融資実行日

平成5年5月31日

融資金額

2500万円

担保

無担保

使途内容

運転資金

返済財源

売上により

営業店意見

本件第5融資稟議書の営業店意見書には,本件第4融資と同様の意見が付されていた。

f 本件第6融資(甲18)

融資実行日

平成5年6月30日

融資金額

2400万円

担保

無担保

使途内容

運転資金

返済財源

売上により

営業店意見

本件第6融資稟議書の営業店意見書には,右肩にfile_3.jpgとの記載があり,また,同融資の資金使途として,コスモ地所,日本地所,オーロラ地所及びCに関する諸経費支払等,給与支払や厚生年金支払等の記載がなされていたほか,Cに対する白生地仕入資金300万円の貸出申請である旨の記載がなされていた。また,利息入金の目処さえ立っていない,来月以降は必要最小限の運転資金にとどめる,詳細を記した明細書を徴求予定等の記載がなされていた。

g 本件第7融資(甲19)

融資実行日

平成5年7月30日

融資金額

300万円

担保

無担保

使途内容

運転資金

返済財源

売上により

営業店意見

本件第7融資稟議書の営業店意見書には,コスモ地所のほか,日本地所及びに関する諸経費の支払C等の融資申請である旨の記載があった。

添付資料

同融資の稟議書には,コスモ地所のほか,日本地所,オーロラ地所及びCの稟議紹介票,日本地所の「所有物件販売価格予定価格」と題する書面,及び,「不動産業を主軸に他業種も検討中,多角的に業務展開している,年間約2億円,約10年ほどで返済していく計画です」と記載された事業計画と題する書面も添付されていた。

h なお,本件第1融資の際にも,本件第4ないし第7融資と同様,融資の資金使途として,日本地所やCに対する経費の支払に宛てる旨の営業店意見が付されていた(被告B本人。同様に,本件第2融資及び本件第3融資にも同様の意見が付されていたものと推認することができる。)。

(カ) また,本件各融資の資金使途としては,上記(オ)の各稟議書記載のもののほか,他行借入れの返済を含む利息支払資金に充てられていた(弁論の全趣旨。なお,甲8の1・2「(11-2)」頁)。

ウ 西陣信金の大口信用供与規制等

(ア) 西陣信金の,大口信用供与規制に関する法定限度額(括弧内は,広義の自己資本であり,その20%)は以下のとおりであった。

平成4年3月末日時点 約19億9076万円(99億5384万円,甲8の2)

平成5年3月末日時点 約19億9418万円(99億7091万円,別紙3,弁論の全趣旨)

(イ) 西陣信金の,C,日本地所及びコスモ地所に対する,本件各融資時点における各総貸出残高は,別紙2記載の「総貸高残高(含む対象融資)」欄に記載されたものであり,本件各融資当時の合計額は,同欄下の【小計】(A)欄に記載されたとおり,約45億円から約49億円程度であった(被告A本人)。

(ウ) 近畿財務局は,西陣信金に対する平成4年度大蔵検査において,コスモ地所に対する融資が大口信用供与規制違反であることは触れていないが(甲8の1・2,「(11-2)」頁参照),平成6年の大蔵検査においては,コスモ地所を,日本地所及びCとともに大口の信用集中として報告していた(甲53,「10-6」頁参照)。

エ 平成3年ないし同5年当時の地価,不動産市況及びそれらの新聞報道等

(ア) 日本政府は,平成2年4月に,不動産業向け融資の伸び率を融資総額の伸び率以下に抑えることを金融機関に求めるいわゆる総量規制を行い,平成3年後半から地価の下落傾向が始まった(乙14の2)。

(イ) 京都新聞は,平成3年12月21日付けで不動産融資の総量規制が解除され,地価再騰が懸念されるとの内容,平成4年4月24日付けで不動産市場回復へという見出しのもと,近畿圏でも昨年末に底打ち感が出ていること,不動産取引が徐々に回復しているとの内容,同年6月9日付けでマンション販売が回復基調との見出しのもと,売れ行きは本格回復に向かっているとの内容,同年8月8日付けでマンション販売個数4か月連続の増との見出しのもと,売れ行きの回復傾向が鮮明になってきたことを示したとの内容,同年同月20日付けで日銀総裁,不動産流動化を指示との見出しのもと,金融機関が抱える担保不動産を早期に流動化させることは金融機関の健全経営につながるもので日銀としてもサポートする強い指示を表明したとの内容の報道をそれぞれ行った。

(乙49の1ないし5)

(ウ) 京都新聞は,また,平成5年3月7日付けで,京都の地価下落が平成4年3月以降安定的に推移し地価下落が止まったとの内容,同年6月17日付けで前年から横ばい状態が続いてきた地価が安定し一部で反発傾向もあるとの内容,同年11月11日付けで地価の下落傾向が続いているものの,地価はほぼ横ばい状態であるとの内容,同年12月21日付けで地価が安定状態にあるとの内容の報道をそれぞれ行った。

(乙10ないし乙13)

(エ) 日本経済新聞は,平成4年6月3日付けで,消費者の不動産の購買意欲が大幅に向上しているとの内容,同年8月22日付けで建設省の調査で不動産価格の値下げが鈍り,横ばいの地域が増加し,同省は価格は落ち着きを見せていると分析しているとの内容の報道をそれぞれ行った。

(乙50の1・2)

(オ) 毎日新聞は,平成3年4月25日付けで,平成3年の終盤から来年にかけて首都圏の地価が再上昇し,3年程でピークに達する可能性が強いと専門家がみているとの内容,同年5月16日付けで,大都市圏の地価の底入れ感が強まっているとの内容,同年12月20日付けで不動産総量規制解除により地価が再騰する可能性が高いとの内容,平成5年3月23日付けでマンション業界が用地の仕入れを活発化させており,土地が流動化し始めているとの内容の報道をそれぞれ行った。

(乙51の1ないし4)

(カ)Cは,平成4年8月31日,京都市m区所在の不動産を約1億4600万円で買い取り,同年9月18日,同不動産を約1億6000万円で転売することで1400万円の転売利益を上げた。

(乙26ないし乙28,被告B本人)

(2)  被告らが西陣信金に対して負う善管注意義務の内容及び同義務違反の効果等

ア 信用金庫の目的と信用金庫理事の責任について

信用金庫は,協同組織として会員(出資者)の利益を図らなければならないことはもちろん,そもそも,不特定多数の一般大衆の預金者から資金の預託を受けており,その返還の確実性を何にもまして留意しなければならず,また,信用金庫が地域経済に対して有する影響力の点からも,金庫財産の安全な運用に務め,その経営の健全性を保たなければならない(信用金庫の公共性,信用金庫法1条)。

信用金庫の理事は,信用金庫から委任を受けた受任者の地位にあり,善良なる管理者の注意義務をもってその委任事務(職務)を行わなければならず,また,法令,定款,規約の定め及び総会の決議を遵守して職務を行うべき忠実義務を負う(信用金庫法39条,商法254条3項,民法644条,商法254条の3)。

そして,信用金庫の理事が,上記注意義務を怠り,その任務を怠ったときは,金庫に対し,損害賠償の責めを負う(信用金庫法35条1項)。

イ 大口信用供与規制違反の効果,判断基準について

(ア) 上記アの点から,信用金庫には,特殊な社会的責任があると考えられるから,その経営者たる理事は,会員(出資者)のみならず,預金者及び地域社会,さらには国に対し,経営(財務体質)を健全に保つ法的義務を負うと解されるところ,信用金庫には,いわゆる大口信用供与規制が定められている。

ところで,融資先が何らかの理由により営業不振となり金融機関からの融資を返済できないことになると,金融機関にとって預金者の預金の払戻原資が不十分なものとなり,金融機関に対する一般公衆の信頼が揺らぎ,社会的に信用不安を醸成することになりかねない。特に,金融機関の融資が大口取引先に偏り,その大口取引先の営業が不振となり,金融機関からの借入れが返済不能となったときは,金融機関の預金払戻原資への影響は大きくなる。

大口信用供与規制は,このように,前記のような特殊な社会的責任や法令遵守義務を負う信用金庫に対し,貸出金等の融資対象を分散させ,金融機関経営の危険分散を図る趣旨に基づくものである(甲49)。

したがって,信用金庫の理事は,大口信用供与規制に反する貸付けがされないように監視すべき義務があり,仮に,これに反する事態が生じている場合には,速やかに是正する義務を負うというべきである。

(イ) そうすると,信用金庫の理事が大口信用供与規制に反する貸付けを決裁した場合には,その違法性を阻却する特段の事情が認められない限り,理事の任務に違背した違法な行為であるといわざるを得ない。

これに対し,被告らは,違法性阻却の根拠として,いわゆる経営判断の原則を述べるが,同原則は,経営者が経営の専門家として,合理的な判断をしたことが前提となり,前記のような大口信用供与規制の趣旨・目的からすると,同規制に反する行為は,原則として,信用組合の財務の健全性を害する不合理なものというべきであって,経営者の裁量権の範囲を逸脱するものというほかないから,単に経営上の判断ということのみで,その責任を免れるということはできない。

(ウ) ところで,銀行法13条1項が定める「当該同一人と政令で定める特殊の関係のある者」に関して,平成10年政令が施行されるまで,上記当該特殊の関係のある者(以下「特殊関係者」という)を定。める政令は存在せず,本件各融資当時は,平成10年政令で定められた関連子会社に対する信用供与を含めた信用供与限度額等の定めは,基本通達により定められていた(甲49)。

そして,その後定められた平成10年政令においては,大口信用供与規制について,受信先についても同一人とそのグループとしてとらえて,これらのグループ間の信用供与に係る規制を整備しているところ,平成10年政令11条において規制されているものは,会社組織の実体を備え,経済的にも全く別で,実質的に銀行法13条が定める「同一人」とはいえない者であっても,子会社や同一人が50%を超える議決権を有する会社を特殊関係者と定めている。

このような法改正の経緯及び前記(ア)の大口信用供与規制の趣旨に鑑みると,平成10年政令施行以前である本件各融資当時においても,平成10年政令で定められていないが同政令で定められたよりも大口信用供与規制に服することが相当である者,すなわち,①法形式上は別個の法人格であるが実質は独立の実態を備えず,全くの個人企業として経済的基礎が同一の者や,故意に名義分割して同規制を潜脱している者は当然のこと,②法形式上は別人格であるが,会社組織の実態又は経済的独立性の程度に鑑み,実質的に同一人ないし同一人の支配に服していると評価できる者についても,銀行法13条の「同一人」に含まれると解するのが相当である。

ウ 安全性の原則違反の判断基準

(ア) 信用金庫の代表理事(理事長)は,会員に貸付けをするかどうか,貸し付けるとしても幾らまでを貸し付けるのか,担保を徴求するのかどうかを判断するに当たっては,当該貸付けに係る貸金が約定どおりに返済されずに,信用金庫が損失を被る危険性を考慮して,その危険性が信用金庫の経営上合理的な範囲にとどまる場合に限って,あるいは,合理的な範囲にとどまるよう担保を徴求するなどの措置をとった上で,これを行うべき任務を有している。

(イ) そして,上記の判断については,一方では,国民大衆の金融の円滑を図るという信用金庫の目的(法1条)を考慮しなければならないが,他方では,不特定多数から集めた資金を他に貸し付けるという業務の性質及び金融システムの根幹を担う公共性からして,引き受ける危険性にはおのずと限度があることを考慮して行うべきである。そのような判断は,将来予測を伴う専門性のある総合判断であるから,経営判断事項として代表理事に一定の裁量が認められるべきであり,当該判断をするためにされた情報収集,分析,検討が当時の状況に照らして合理性を欠くものであり,これを前提とする判断の推論過程及び内容が明らかに不合理なものである場合に裁量を逸脱するものとして,その任務懈怠が問われることになる。

なお,信用金庫の内部規定によって,貸付けの権限を職員等に委任している場合には,委任を受けた職員等が,上記の観点から適切に権限を行使するような態勢を整備し,その職員等に対して適正な貸付けをするように監督権を行使すべき任務を負っており,理事も,代表理事のそのような行為を監督すべき任務を負っていると解される。

(3)  大口信用供与規制違反について

ア まず,前記基礎となる事実(2)イウの事実によれば,日本地所は,実質は独立の実態を備えず,Cの個人企業としてCと経済的には一体のものと評価でき,銀行法13条における「同一人」に該当するものと認めることができる。

イ(ア) 次に,コスモ地所が,上記C及び日本地所とともに,銀行法13条の「同一人」に該当するかどうかについてみると,被告Aはこれを否定する供述をし(被告A本人),被告Bも,コスモ地所は,Cや日本地所とは独立した一個の法人である旨述べる(被告B本人)。

そして,本件各融資当時,コスモ地所が,独立の資産・負債を有していたこと,本店所在地はEの住所地にあったこと,株主構成や代表取締役も日本地所やCと異なっていたこと,近畿財務局が平成4年に行った西陣信金に対する検査においてコスモ地所に対する融資を大口信用供与規制違反として指摘していないこと等に照らすと,コスモ地所は,Cや日本地所との関係で,銀行法13条の「同一人」には含まれないようにも思われる。

(イ) しかしながら,①コスモ地所は,Cが昭和62年10月15日に設立した会社であること,②同社の設立当初はCがその半数の株式を保有する多数株主であったこと,③Cは,いったんはいわば暖簾分けとして配偶者の甥であるEに対して代表取締役の地位を譲っているものの,平成5年10月1日以降は,自らが代表取締役になるとともに全株式を保有していること,④Cはコスモ地所の相談役的な立場であり,平成5年以降壊滅的打撃を受けたコスモ地所の責任をEに取らせることなく,C自身が代表者になり責任を取ろうとしたこと,⑤本件各融資当時,コスモ地所の従業員はEのほか1名しかおらず,コスモ地所の代表者であるEは,平常,Cが代表取締役を務める日本地所の事務所で勤務していたこと等に加え,⑥西陣信金のコスモ地所との融資取引はCの口利きで始まったものであり,⑦コスモ地所の本店は本件各融資当時京都府宇治市にあったにもかかわらず,Cの口利きで,同所から離れたところにある西陣信金の本店営業部(京都市x区。Cの与信取引店と同一)で取引を行っていること,⑧被告AもCの手腕を買ってコスモ地所と与信取引を行っていたこと等の事実をも併せて考慮すると,コスモ地所はCが実質的に支配して経営し,Cと密接に関係した会社であったと評価することができる。

また,①本件各融資に関する貸出金稟議書に添付されている営業店意見書によれば,コスモ地所に対する融資金が,コスモ地所の給料支払のみならず,Cや日本地所などの諸経費に流用されることが当初から予定されており,実際に三者が互いに資金を融通し合う関係にあったこと(被告B本人。なお,本件第6融資の稟議書にも,Cに対する300万円の貸出申請の記載がある。),②本件第7融資の稟議書には,コスモ地所のみならず日本地所及びCの稟議紹介票や日本地所の「所有物件販売価格予定価格」と題する書面までもが添付されていたことに加え,③コスモ地所は,前記のとおり独自の資産や負債を有していたものの,前記認定事実(1)ア(オ)記載程度の商品(土地)取得販売しか行っておらず,とりわけ平成3年以降の土地購入販売は,唯一平成4年になされた日本地所からの土地購入のみであって(前記認定事実(1)ア(オ)),本件各融資当時は売上げ皆無の会社であったこと(なお,被告らは,コスモ地所は広告販売活動も行っていた旨主張し,これに沿う証拠(乙46(販売費及び一般管理費中に広告宣伝費が計上されている。),被告B本人)もあるが,平成3年10月1日から平成5年9月30日までの決算関係書類には広告宣伝費が計上されていない(乙47,乙48)。)等を併せてみると,コスモ地所は,その単体としての経済的な独立性は乏しく,むしろ,C及び日本地所と資金を融通し合い,また,日本地所から商品物件たる土地を購入するなどして,これら三者が経済的に一体のものであったと評価することができる。

そして,被告らも,被告らが好ましくない融資であると認識するfile_4.jpg(被告B本人)及び上記のような資金使途の記載があり,また,上記のような添付資料が付された稟議書を決裁していることや,被告ら本人尋問結果に照らすと,本件各融資の稟議書の決裁に際し,Cによるコスモ地所の実質的支配,経営の実態や,C,日本地所及びコスモ地所三者の経済的一体性の事実を十分認識し,少なくとも認識し得たものと認めることができる。

(ウ) 前記(イ)の事実,評価に加えて,平成6年9月19日現在の近畿財務局作成の検査報告書には,大口の信用集中として,C,日本地所及びコスモ地所の三者が掲載されていることも併せてみると,コスモ地所は,C及び日本地所とは独立の法人格を有しているものの,人的にも経済的にも密接関連しており,C及び日本地所から会社組織として又は経済的な独立性の程度が高いとはいえず,C及び日本地所と実質的同一人であること,すなわち,これら三者が銀行法13条の「同一人」であると認めることができ,この認定を覆すに足りる証拠はない。

ウ このように,C,日本地所及びコスモ地所は,これを一体としてみるべきところ,西陣信金の大口信用供与規制に関する法定限度額は,平成4年3月末日時点で約19億9076万円,平成5年3月末日時点で約19億9418万円であるのに対し(前記認定事実(1)ウ(ア)),本件各融資当時,当該融資を含めたこれら三者に対する融資残高は約45億円から約49億円であることからして(前記認定事実(1)ウ(イ)),本件各融資が,著しく大口信用供与規制に反した違法なものであることは明らかである。

(4) 被告らが大口信用供与規制に反して本件各融資の決裁をしたことについて,違法性を阻却する事由が認められず,安全性の原則にも違反すること

ア(ア) 前記基礎となる事実(4)イ及び前記認定事実(1)イ(ウ)によれば,平成4年5月27日付け近畿財務局検査において,西陣信金のコスモ地所に対する融資は全額Ⅱ分類とされ,コスモ地所のような業況不芳先に対して与信減額に努めていないこと等を問題視されていたのであるから,同検査当時理事長であった被告A及び同当時専務理事であった被告Bとしては,その検査の趣旨に沿って,コスモ地所の申出のまま資金使途や具体的な返済財源の検討を行わず,無定見に他行借入れの返済を含む利息支払資金の貸し増しに応需するというような従前の審査不十分の姿勢を改める必要があることを十分認識し又は認識し得たものと認めることができる。

(イ) にもかかわらず,西陣信金は,上記検査後においてもなお,実質延滞状態にあり,債務超過で売上げも皆無であったコスモ地所に対し,融資稟議書の返済財源は「売上により」と記載するのみで具体的な返済計画も検討することなく,無担保で合計1億9000万円もの多額の本件各融資を実行しており,これらの融資が安全性の原則に違反して違法であり,大口信用供与規制の違法性を阻却する特段の事情も認められないことは明らかであり,本件各融資実行を決裁した被告らは理事としての尽くすべき注意義務を著しく怠ったものと認めることができる。

イ(ア) これに対して被告らは,本件各融資は,コスモ地所に対する不動産価格がいずれ回復すると予測し,それまでのつなぎ融資を行ったものであり,本件各融資の決裁は,理事としての裁量の範囲内の行為である旨主張し,被告らも同旨の供述をする(乙54,乙55,被告A本人,被告B本人)。

確かに,前記認定のとおり業況不芳先であったコスモ地所に対して,本件各融資を行わなければ,コスモ地所が倒産し,既存融資が,担保等で保全されている部分を除き回収不能になること,したがって,十数億円以上の規模の損失が,本件各融資当時である平成4年ないし平成5年に確定することは容易に推認できるところであり(被告A本人,被告B本人,なお,本件各融資の稟議書(甲13ないし甲19)中の保全状況欄無担保残高参照),地域金融機関としての信用金庫の使命,役割,信用金庫の公共性(信用金庫法10条,1条,乙54,被告A本人,被告B本人)や,将来不動産市況が回復した場合に融資金回収の拡大化を図ること等の観点から,コスモ地所に対して本件各融資をすることにより,損失の確定を阻止するという観点も,経営判断として考慮すべき一事情ではある。

(イ)a しかしながら,大口信用供与規制に違反する行為に対して経営判断原則が及ばないのは前記のとおりであり,しかも,本件において,西陣信金は,コスモ地所グループに対して,大口信用供与規制を2倍以上も違反する違法性の高い融資を行っているものであるから,被告ら主張の(ア)の事情が,大口信用供与規制違反の違法性を阻却するものとは到底いえない。

b 次に,被告らが主張するところの,不動産市況の回復を待って,既存融資分も含む融資金の回収を図るとの経営判断自体についてみると,①確かに,平成3年ないし平成5年当時,地価が再騰する旨の報道等がなされていたものの,他方で,地価はほぼ横ばい,安定状況であるとの報道もなされていたことからして(前記認定事実(1)エ),地価の上昇が高度に期待できた状況にあったとまではいえないことに加えて,②いわゆるバブル時代の高騰していた土地価格はもともと実体のないものであったこと(乙14の2),③Cが平成4年当時に不動産の転売利益を挙げたケース(前記認定事実(1)エ(カ))も約1400万円の利益があったに過ぎず,十数億円以上の借入れ返済には程遠いものであったこと,④コスモ地所は,土地が高騰していた(いわゆるバブル時代(乙14の2)の)平成元年及び同2年当時ですら土地購入・売却の売上げが年間各1件で,しかもその売上高も1億円に満たないものであったこと,⑤コスモ地所は平成3年以降は売上げ皆無の会社であったこと等からすると,近い将来,不動産市況が回復してコスモ地所から十数億円もの既存融資を含め,本件各融資の返済が見込まれる状況にあったとまでは直ちに認めることができない。

また,上記の点に加え,①前記認定事実(1)イ(イ)のような融資方針後に行われた各融資が本件各融資実行時点で既に弁済期が到来していたのに実質延滞していたこと(同(1)イ(エ)),②本件各融資の使途としては,税金,給与,年金支払等の経費等直ちに返済原資に結びつかないものが含まれていること,③コスモ地所の事業計画についても,本件第7融資に関して融資稟議書に(1)イ(オ)Cに記載している程度でその実現性に具体性が欠けるばかりか,本件第1ないし第6融資に関しても融資稟議書に物件売却という抽象的な記載のほか,コスモ地所の事業計画についての具体的な記載すらなく,融資金の返済原資について十分検討した形跡が認められないこと,④本件第6融資の融資稟議書添付の営業店意見からして,本件各融資当時,コスモ地所は西陣信金からの借入利息入金の目処が立っておらず,西陣信金は同社から詳細な明細書を徴求することなく必要以上の運転資金を供与していたことが推認できること,⑤近畿財務局の検査で既存融資が全額Ⅱ分類とされている中で,表債額が10億円超となる本件各融資を無担保で実行していること等の各事実や,⑥被告ら自身も,本件各融資が,借入利息の支払及びコスモ地所のみならず日本地所及びCへの不動産購入資金に充てられた旨主張する一方で,本件各融資のように他者(C,日本地所)に流れる資金や利息貸し増しの融資は好ましくないと述べていること(被告A本人,被告B本人),⑦信用金庫には互助の精神が必要であるとしても,預金者に損害を与えるような危険な融資は避けるべきであると考えられること(被告B本人)をも併せて考慮すると,本件各融資は,既存融資の回収のために必要不可欠であったとまではいえず,またその回収に確実な当てがあったとみることもできず,被告らが本件各融資を決裁するに当たりなされた情報収集,分析,検討は,各決裁当時の状況に照らして合理性のあるものとはいえず,これを前提とする判断の推論過程及び内容も明らかに不合理であると認めることができる。

(ウ) したがって,前記(ア)の点は,大口信用供与規制に違反する本件各融資の違法性を阻却するものではなく,また,安全性の原則違反を否定する根拠ともなりえない。

ウ そして,他に,前記(3)ウ及び(4)ア,イ(イ)bの判断を覆すに足りる証拠はない。

(5)  以上より,争点(1)について,本件各融資は大口信用供与規制及び安全性の原則に違反した違法なものであり,本件各融資を決裁した被告らは,理事としての善管注意義務に違反し,任務を怠ったものとして,信用金庫法35条1項に基づく,信用金庫に対する債務不履行の責任を免れない。

2  争点(2)(争点(1)の義務違反行為と相当因果関係にある損害額)について

(1)  争点(1)で判断したように,被告らが本件各融資(総額1億9000万円,別紙2)を決裁し,これら融資が実行されたことが債務不履行に該当する上,弁論の全趣旨によれば,これら本件各融資の残高は回収可能性のないものと認められるところ,証拠(甲24の1及び甲25の1)によれば,上記本件各融資総額のうち,下記合計金額1億4389万2000円が,前記被告らの善管注意義務違反と相当因果関係にある損害と認めることができる。

(本件各融資) (損害額)

本件第1融資 5116万7000円

本件第2融資 1522万7000円

本件第3融資 1506万3000円

本件第4融資 2184万2000円

本件第5融資 2283万3000円

本件第6融資 1477万8000円

本件第7融資 298万2000円

以上の合計 1億4389万2000円

(2)  これに対して,被告らは,本件各融資が回収可能性のないものになったのは,本件合併後,京都みやこ信金の役員らが,被告らによる本件各融資の回収を禁止し,また,同信金の回収手続が不適切であったからである旨主張し,被告らも同旨の供述をするが(乙54,被告B本人),別紙1記載のとおり,本件一連の融資の残高が十数億円存在し,本件各融資がすべて無担保で実行されている中で,仮に,被告らが回収手続に関与し,又は,京都みやこ信金がより適切な回収を行うことによって,本件各融資金員の一部でも回収して上記損害が生じなかった可能性があった旨の具体的な主張立証はない。

また,被告らは,本件各融資金員の多くが,西陣信金に対する利息金の支払に充てられた旨も主張するが,本件各融資金員が本件各融資への返済に充てられたと認めるに足りる証拠はない。

そして,他に,前記(1)の認定を覆すに足りる主張,証拠はない。

3  争点(3)(被告らの退職慰労金請求権の存否)について

(1)  証拠等(各項末尾等に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができる。

ア 西陣信金においては,理事の退職慰労金について,総代会決議に基づき理事会が定めた役員退職金支給内規が存在しており,理事会は,理事退任に当たり,この内規に従って算出した金額を支給することをあらかじめ決めており,この内規によれば,当該退任理事の理事在任期間,退任時の報酬額及び一定の掛け率によって,退職慰労金の金額が一義的に算出できるようになっていた。

そして,これを支給する際に総代会や理事会の決議は特に要求されていなかったところ(特別功労金は除く。),上記内規に基づくと,被告らが京都みやこ信金退職時に受領しうる金員は,被告Aが7014万円,被告Bが5342万円とそれぞれ算出される。

(乙16の1ないし5,被告A本人,被告B本人)。

イ 伏見信金と西陣信金との間の本件合併契約書10条2項には,役員の退職慰労金に関し,下記の旨の規定が定められていた(乙19の2)。

「合併の際,伏見信金の役員として引き続き選任される西陣信金の役員は,在任期間は西陣信金の在任期間を通算し,理事会の決議を経て支給されるものとするが,その他の取り扱いについては,伏見信金・西陣信金協議の上別に定めるものとする。」

ウ 伏見信金と西陣信金との間の本件合併に関する,平成5年6月3日付け本件合併契約書付帯覚書(以下「本件付帯覚書」という。)5条には,役員の退職慰労金に関し,下記の旨の規定が定められていた(乙19の3)。

「西陣信金の役員の退職慰労金は合併の際には支給せず,合併契約書10条の規定により,西陣信金における在任期間を通算して支給するものとする。

ただし,伏見信金・西陣信金間の退職慰労金支給規程を基本に新たに支給規程を定めるが,この調整期間は5年とする。」

エ(ア) 京都みやこ信金のG副理事長及びH専務(肩書はいずれも当時,以下,それぞれ「G副理事長」,「H専務」という。)らは,平成7年1月終わりないし同年2月初めころ,D理事長の意を受けて,被告Aに対して,乙15書面の文案を示しつつ,西陣信金はⅡ分類,Ⅲ分類(最終の回収または価値について重大な懸念が存し,従って損失の発生の可能性が高いが,その損失額について合理的推計が困難な資産,乙54)及びⅣ分類(回収不能又は無価値と判定される資産)の多額の不良債権が存在し,将来京都みやこ信金に多額の損害が生じるおそれがあることから,これに対する責任を取る意味で,西陣信金出身理事の連帯責任において退職慰労金を辞退するとともに,同書面を理事長あてに提出するように申し向けた。

被告Aは,上記申出に対して直ちには応じず,その後2回ほど,上記G副理事長やH専務らに対して,今後被告ら西陣信金出身の理事に対して今後損害賠償請求を行わないという約束と引き換えに,被告ら以外の理事らに対しては半額でも支給するように申出をしたが,G副理事長らからこれを拒絶された。

(イ) 被告Aは,上記申出について,当初,責任免除の点に触れることなく,退職金辞退の点について被告Bに相談したところ,被告Bはそんなばかなことはないなどとしてこれに応じなかった。

被告Aは,翌日,被告Bと再度面会し,乙15書面に署名押印しないと,将来損害賠償請求や法的責任追及ををされるおそれがあること等を述べて説得した。被告Aが,乙15書面に署名押印しないと京都みやこ信金から損害賠償請求をされる,いかなる責任も追及されないから協力してほしい旨涙ながらに詫びつつ説得した結果,最終的に,被告Bは退職金を辞退することを承諾した。さらに,その後すぐに,被告ら以外の5名のほかの理事らも集まって協議し,被告Aが上記と同様の説得をしたところ,当該5名全員が退職金を放棄することに承諾したので,被告らを含む7名全員が乙15書面に署名押印した。

(ウ) これを受けて,被告Aは,平成7年2月6日,G副理事長,H専務らと面会し,同人らに対して乙15書面を提出した。

(エ) 乙15書面はH専務らが作成したものであり,被告らはその内容について,責任免除の趣旨であることや被告らに責任追及をしない旨の文言を入れるように求めることも可能であった。しかし,被告Aは,同書面によればその趣旨も含まれているものと理解し,被告Bやその余の理事らも文面を訂正することなく署名押印した。

(乙53ないし乙55,被告A本人,被告B本人)

オ 理事に対する退職慰労金支給のために総会又は総代会の決議を必要とする法的規制がなされたのは,平成9年4月1日の改正信用金庫法(同法39条による商法269条の準用)施行以降であるところ,本件合併後平成9年3月31日までの間に,京都みやこ信金を退任した理事で退職慰労金が支給されたのは以下の7名であり(逝去者を除く。),同支給について,いずれも,総代会ないし理事会の決議を経ていない。

【旧西陣信金出身者】

(氏名)

(退任期日)

I

平成6年5月末日

J

同上

なお,上記両名(以下,それぞれ,「I」「J」という。)については,西陣信金の退職慰労金支給規程に基づいて退職慰労金が支給された。

【旧伏見信金出身者】

(氏名)

(退任期日)

K

平成6年5月末日

L

平成7年4月27日

M

平成8年5月1日

N

平成8年6月5日

【非常勤理事】

(氏名)

(退任期日)

O

平成7年4月27日

(乙56,乙64,京都みやこ信金に対する平成16年6月4日付け調査嘱託に対する回答,同信金に対する平成16年9月21日付け調査嘱託に対する回答)

カ(ア) 京都みやこ信金は,平成12年12月15日に,原告との間で資産買取契約を締結する(基礎となる事実(6))までの間,被告らに対して,本件を含む損害賠償請求を行うことはなかった。

(イ) また,京都みやこ信金において,(ア)と同時期までの間,同信金から被告らに対する損害賠償請求等の法的責任追及を免除する旨の総代会決議(信用金庫法35条4項が準用する商法266条5項)はなされていない(争いがない。)。

(2)  被告らの退職慰労金請求権発生の有無について

ア 被告らは,前記認定のとおり,旧西陣信金出身の理事であるI及びJを含む7名の退任理事が,京都みやこ信金において総代会決議や理事会を経ることなく退職慰労金を支給されていることから,被告らにも,上記I及びJと同様に西陣信金の退職金支給内規に基づき,京都みやこ信金退任時に理事会決議等を経ることなく当然に前記(1)ア記載の退職慰労金請求権が発生すると主張し,法的な根拠として,前記第3の6(1)イの点や,本件付帯覚書5条ただし書の解釈として,同条項規定の調整期間内において,西陣信金出身の退職理事については,旧西陣信金の退職慰労金内規により退職慰労金が支払われるべき旨主張する。

イ(ア) しかしながら,本件合併契約書10条2項によれば,退職慰労金の支給は理事会決議に基づく旨明文で定めれられており,同条項の「その他の取り扱い」についても,その直前に明文で定められた理事会決議を経ることを前提に,その余の支給手続を定めていると解するのが文理上素直である。また,本件付帯覚書5条ただし書も,京都みやこ信金における退職慰労金支給規程を定めるための調整期間を定めているに過ぎないと解される上に,同条本文に「合併契約書10条の規程により」と定めていることからしても,退任理事に退職慰労金を支給するにはやはり本件合併契約書に基づき理事会決議を要する趣旨と解される。

そして,本件合併の際,伏見信金と西陣信金の当時の理事長間において,今後の理事退職の場合の退職慰労金支給について,その理事の出身信用金庫の退職金支給方法による旨の合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

(イ) 以上の点に加えて,平成6年5月末日に退任したI及びJについては,京都みやこ信金の理事会決議なしに退職慰労金が支給されているが,それは,合併間もない時期の退任であったことに原因があると考えられること(乙64)をも併せて考慮すると,被告らの退職慰労金請求権は,理事退任により当然に発生するものではなく,同請求権の発生には,京都みやこ信金の理事会決議が必要であったと解すべきである。被告らが主張する西陣信金ないし京都みやこ信金の退職慰労金支給規程は,同金員を算出するための基準に過ぎず,同規程をもって当然に退職慰労金が支給されるものと解するべきではないことは,破綻金融機関の役員ら(の一部)が退職慰労金の支給を受けていないこと等(甲48,乙59)に照らしても明らかである。

ウ そして,他に,被告らに退職慰労金請求権が当然に発生することを認めるに足りる証拠はない。

エ したがって,被告らに退職慰労金請求権が発生することを前提とした相殺,並びに解除条件付き放棄及び錯誤無効の各主張は判断するまでもない。

(3)  信義則違反の主張について

ア 被告らは,京都みやこ信金が将来被ることのあるべき損害に対する責任を取らせる意味で,乙15書面によって被告らに同信金に対する退職慰労金請求権を放棄させておきながら,同信金を承継した原告が被告らに対して本訴請求を行うことは信義則に反する旨の主張をし,被告ら本人もこれに沿う供述をする(乙54,乙55,被告A本人,被告B本人)。

また,被告らは,京都みやこ信金から,被告らに対して,損害賠償請求をされなかったこと等からしても(前記(1)ア(カ)),G副理事長及びH専務らと被告Aとの間に,退職慰労金辞退の代わりに京都みやこ信金は被告らに対して,今後,損害賠償請求等の法的責任追及を行うことなく,被告らの法的責任はすべて免除される旨約束が出来ていた旨述べ(以下「本件約束」という。被告A本人,被告B本人),本訴請求はいわば「騙し討ち」に等しい旨主張する。

イ しかし,この主張は,被告らに退職慰労金請求権が当然発生することを前提とした主張であるところ,被告らの退職慰労金請求権が当然に発生するものではないことは前示のとおりである。

したがって,この主張はその前提を欠くものであり,採用することはできない。

ウ もっとも,審理の経過に鑑み,念のため判断をしておく。

(ア) まず,本件約束がなされたか否かについてみると,乙15書面には,京都みやこ信金が被告らに対して損害賠償請求をしないことや,被告らの法的責任を免除するといった趣旨の文言は何ら記載されておらず,同書面には,本件約束があったとうかがわせる文言は何ら見当たらない。むしろ,同書面の文言からすれば,G副理事長,H専務らから提出を求められたという経緯や,また,被告らにとっては不本意であったにせよ,最終的には,被告らが,何らの条件を付することなく,自発的に退職金を放棄したものと理解するのが素直である。

また,乙15書面の作成経緯をみても,前記認定事実(1)エのとおり,被告らを含む西陣信金出身理事らは,G副理事長やH専務らから同書面を直ちに提出するように迫られた訳ではなく,退職慰労金を辞退するかどうか,乙15書面を提出するかどうかについて十分検討する時間があり,他の西陣信金出身理事らと共に十分相談していたものである。その上,被告らは,同書面の内容について被告らの意図に沿うように書き換えるようにG副理事長やH専務らに要請できたにもかかわらず,これをすることなく,同書面の内容を確認の上,署名押印して同人らに提出しているのであるから,本件約束のような同書面に記載のない付随的合意がなされたものとは理解しがたい。

さらに,前記認定事実(1)エのとおり,被告AがG副理事長らに対して2度行った,被告ら西陣信金出身の理事に対して今後損害賠償請求を行わないという約束と引き換えに,被告ら以外の理事らに対しては半額でも退職金支給するとの申出は,同副理事長らから拒絶されていた。

以上の各点に加え,被告Aの被告Bに対する退職慰労金請求権放棄についての当初の相談の際に,法的責任免除という被告らにとって極めて重要な事実を告げていないことからして,G副理事長やH専務らは,被告Aに対して,少なくとも当初は法的責任免除の説明をしていないものと推認できることを併せて考慮すると,被告ら自身が乙15書面の文言や被告Aの説明等から本件約束の存在を信じた可能性は否定できないものの(被告A本人,被告B本人),本件約束がなされたとは直ちに認めることはできず,他に,本件約束がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

(イ) 被告らは,前記1,2のとおり,違法な融資を行い,京都みやこ信金に対して多大な損害を与えた経営責任を負っている以上,このような被告らに対して,同信金から権利承継した原告が損害賠償請求を行うことが実質的に不合理であるとは解されない。

さらに,前記(2)の判断のとおり,そもそも被告らには京都みやこ信金に対する退職慰労金請求権が発生しない以上,同信金が被告らに乙15書面を提出させながら,同信金の権利を承継した原告が別途本訴損害賠償請求を行うことが,被告らにとって不利益を及ぼすことにもならない。

そして,本訴請求にかかる被告らの損害賠償債務については,京都みやこ信金においてこれを免除する旨の決議がなされていないところ(前記認定事実(1)カ(イ)),仮に,同信金を承継した原告が本件訴訟の損害賠償請求権ないし退職慰労金請求権の相当金額を被告らに請求できないものとすると,被告らに対して本件損害賠償請求権にかかる債務を免除する旨の法的効果が生じることになるが,これは,法的責任免除を総株主(信用金庫でいう総会員,信用金庫法10条)の同意に基づくものとする商法266条5項(信用金庫法39条で準用)の趣旨にも反することになる。

(ウ) 以上のとおり,被告らに退職金を辞退させた上で原告らが本訴請求を行うことは,本件約束に反する騙し討ちであると認めるに足りず,信義則に反するものと認めることはできない。

(4)  不当利得返還請求権との相殺の主張について

前示のとおり,被告らには京都みやこ信金に対する退職慰労金請求権が発生せず,また,被告らはこれを自発的に放棄している以上,そもそも退職慰労金支払義務のない原告に利得は発生しない。

よって,この主張も理由がない。

(5)  代物弁済合意の主張について

前示のとおり,被告らには退職慰労金請求権が発生せず,また,被告らはこれを自発的に放棄していることからして,これを本訴損害賠償債務の代物弁済に供することはできないから,この主張も理由がない。

第4結論

以上のとおり,原告の請求(上記損害金1億4389万2000円の内金1億4000万円の請求)は理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条,仮執行宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 福井美枝 裁判官 国分進)

(別紙省略)

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