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京都地方裁判所 平成15年(ワ)1676号 判決 2004年9月30日

主文

1  被告は,原告に対し,金1億2000万円及びこれに対する平成15年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決の第1項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は,破綻した信用組合京都商銀(以下「京都商銀」という。)から損害賠償請求権等を承継した原告が,京都商銀の理事長であった被告に対し,平成5年1月5日に京都商銀から東洋企業株式会社に対して行われた2億2000万円の融資(以下「本件融資」という。)の決裁の際に,被告に理事としての任務懈怠があったとして,中小企業等協同組合法38条の2第1項に基づき,損害(上記2億2000万円及び同金員の未収利息)の内金1億2000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年6月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合の遅延損害金の支払を請求している事案である。

2  基礎となる事実(争いのない事実及び末尾記載の証拠等によって明らかに認定することのできる事実。)

(1)  当事者等

ア 原告は,破綻金融機関等から買い取った資産の管理,回収及び処分などを業とする株式会社である(甲1)。

イ 京都商銀は,昭和29年8月4日に設立され,平成14年5月27日に解散した信用組合である(甲3の1ないし5)。

ウ 被告は,昭和35年10月に京都商銀の専務理事に,昭和57年5月に同理事長に,平成9年5月に同理事会長にそれぞれ就任したが,平成13年4月に辞任した(なお,京都商銀の閉鎖登記簿謄本(甲3の4)によれば,被告が平成13年2月9日に辞任した旨同年4月17日付けで登記されている。)。

(2)  後記日本工業グループ等の概要及び本件融資前の貸付けの状況等

ア(ア) 東洋企業株式会社(現在の商号は「ジャパンベストン株式会社」。以下「東洋企業」という。)は,昭和51年4月設立の建設業,不動産業を業とする株式会社である(甲6の1ないし6)。

(イ) 東洋企業は,日本工業株式会社(以下「日本工業」という。)の傘下にあり,実質的にはAが支配していた(以下,日本工業,東洋企業,A及びBを一括して「日本工業グループ」ともいう。)。(甲8の1ないし3,甲22ないし甲26,甲32)

イ 京都商銀は,かねてから日本工業グループに対する融資を行っており,東洋企業に対する融資は昭和61年2月から行われていた。

ウ 京都商銀は,平成元年2月28日,別紙物件目録記載1ないし3の不動産について,債務者を東洋企業,取引の範囲を信用組合取引,手形債権及び小切手債権とする極度額6億円の根抵当権の設定を受けていた(甲17の1ないし3)。

エ 日本工業は,いわゆるバブル景気時に金融機関から過大な融資を受け,平成4年当時,金融機関借入金が約450億円に上り(甲9),平成4年4月以降京都商銀に対する借入金の利払を延滞しており(甲32),同年6月5日京都地方裁判所に和議開始の申立てをした(同裁判所平成4年(コ)第3号事件)(甲11)。

日本工業の傘下にある東洋企業の経営状態も同じころから逼迫し,同年12月には従来からの融資の返済を延滞していた(甲14の2,甲21の1)。

オ(ア) 本件融資当時,日本工業の代表取締役は,AとAの次男のCであった(甲8の3)。

(イ) 京都商銀の有力顧客のDは,上記Cの舅(しゅうと)で,焼肉店,パチンコ及びサウナなどを経営する株式会社第一物産のオーナー社長であった。

(3)  京都商銀における融資規定,融資手続等

ア 京都商銀においては,平成5年1月当時,その融資規定において,一債務者に対する純債務金額500万円以内かつ1年以内の貸出期限の融資以外の融資には本部決裁を要するものとされ,具体的には,支店で稟議書を作成して本部に上げ,本部の審査部を経て,審査委員会が審査し,決裁権者の認可を得た後,支店は,その認可通知書を受領した段階で初めて融資ができる扱いとなっていた(甲5,弁論の全趣旨)。

イ 本件融資当時の審査委員会は,理事長である被告,専務理事E及び常務理事Fの3名で構成されていた。

(4)  本件融資は,本部決裁を経て,平成5年1月5日,京都商銀d支店(以下「d支店」ともいう。)から,東洋企業に対して行われたものである。

(5)  資産買取契約

原告は,平成14年5月24日,京都商銀との間で資産買取契約を締結し,同月27日,京都商銀から,その有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び事務管理,不当利得,不法行為その他契約以外の原因に基づいて京都商銀が有する権利を買い取った(甲2)。

(6)  被告らに対する債権譲渡通知

京都商銀は,平成14年12月20日,被告に対して,本件融資についての損害賠償請求権を原告に譲渡した旨を通知した(甲19の1,2)。

3  争点及び当事者の主張

(1)  本件融資の決裁に当たり,被告に任務懈怠行為としての善管注意義務違反があったか否か

(原告の主張)

ア 本件融資の経過

(ア) Aは,平成4年12月末,d支店の支店長Gに対して,東洋企業名義で実質的には,日本工業の運転資金に宛てるための融資を打診したが,同支店長から,いったんは断られた。

(イ)a しかし,東洋企業は,平成5年1月4日,京都商銀に対し,Dが連帯保証をするとして,再度,融資を依頼してきた。

また,Dは,同日,被告に対し,自分が保証をするから東洋企業に対する融資を応諾するよう懇請した。

b そこで,被告は,同日,d支店に対して,Dが韓国から帰国して保証書を作成することを待つことなく,東洋企業に対する融資を翌5日に実行することを指示した。

(ウ) d支店は,同年同月4日,被告の指示に従い,返済財源の裏付け資料を徴求しないまま,東洋企業に対する2億2000万円の融資について下記のとおりの融資稟議書,稟議説明書及び融資申込書(甲14の2ないし4)を作成し,本部に送付して,融資を認可する決裁を申請した。

a 融資実行予定日

平成5年1月5日

b 融資金額 2億2000万円

c 資金使途 運転資金(支払手形決済資金その他支払)

d 種類 手形貸付

e 金利 年利8パーセント

f 弁済期 平成5年2月22日

g 取上理由 工事代金入金遅れのため資金繰りつかず。それまでの短期つなぎ融資。今回本店優良取引先D氏本人からの保証意思もあり融資実行予定。保証意思確認については,平成5年1月4日,D本人から済州島より電話で理事長宛直接に「私が保証するから本件融資を応諾して欲しい」旨懇請があった。

h 返済方法及び返済財源

京都市水道局工事代金入金後 期日一括返済

i 連帯保証人 住所 京都市a区b町c

氏名 D本人電話で意思確認済(平5.1.4)

(エ) 被告,E及びFは,翌1月5日に開催された審査委員会で,上記(ウ)の稟議に基づいて,特段の条件を付すこともないまま,本件融資の実行を認可する旨の決裁をした。

この決裁に基づき,d支店は,同日,東洋企業に2億2000万円を融資した。

東洋企業は,同日,融資を受けた2億2000万円のうち,1億8200万円を日本工業に,1740万円をAに,730万円をBに,700万円をHにそれぞれ交付し,日本工業は上記交付金の内から1億1500万円の支払手形の決済資金に充当した。

(オ) d支店は,何度かDに対して保証書を提出するよう依頼したが,Dがこれに応じなかったため,Dの保証書徴求は断念した。

(カ) 本件融資は,元本2億2000万円全額が延滞のままであり,かつ,D以外の根保証人であるA,日本工業も保証を否認し争っている。

イ 被告の注意義務違反

(ア) 被告の注意義務

被告は,京都商銀の理事長として,融資を承認するに際し,関係法令並びに京都商銀の定款及び融資規定などの内規を遵守することはもとより,あらかじめ融資先の営業状態,資産などを精査するとともに,確実にして十分な担保を徴して融資金の回収に万全の措置を講ずるなど,京都商銀のために職務を誠実に遂行すべき善管注意義務,忠実義務を負っていた。

(イ) 被告の注意義務違反

a 融資条件とされた保証人からの保証書の徴求の懈怠

保証人が将来保証契約の締結を否認することに備えて,保証書を徴求することは金融機関の実務として当然のことである。

本件融資は,融資金額が高額であるにもかかわらず,東洋企業の経営状態が劣悪で,新たに担保物件も徴求していないのであり,保証人Dの資力,信用に依存していたのであるから,Dの保証書を徴求することは,必須のことであった。

ところが,被告は,平成5年1月5日までには,韓国滞在中のDから保証書を徴求することは到底不可能な状態であり,かつ,融資後も保証書を徴求できるかどうか分からない状況にあったにもかかわらず,同月4日,保証書を徴求しないまま翌日に融資を実行することをd支店G支店長に指示し,翌5日に本件融資を実行させたのであるから,これが,被告の注意義務違反に該当することは明らかである。

b 経営が悪化し返済能力の認められない債務者に対する貸付け

東洋企業は,平成4年末の時点において,資金繰りがつかず返済能力がなかったのであるから,被告は,東洋企業に対して新規融資を行ってはいけないという注意義務を負っていた。

ところが,被告は,これを怠り,本件融資を認可した。

c 日本工業への実質的な迂回融資

本件融資は,その実行日に,融資金2億2000万円のうち1億8200万円が日本工業の口座に振り替えられ,同社の支払手形決済等のために使用されており,日本工業に対するいわゆる迂回融資である。

東洋企業は日本工業グループに属する会社であり,経営実態のない会社であったから,被告は,東洋企業に対する融資が日本工業の運転資金に流用されることを認識し,少なくとも認識可能であった。

被告は,和議開始の申立てをして事実上倒産していた日本工業に対して融資をしてはならないのと同様に,東洋企業に対しても融資をしてはならないという注意義務を負っていた。

ところが,被告はこれを怠り,東洋企業に対して本件融資を認可した。

d 無担保融資

京都商銀は,平成元年2月28日,別紙物件目録記載1ないし3の不動産について,債務者を東洋企業,取引の範囲を信用組合取引,手形債権及び小切手債権とする極度額6億円の根抵当権の設定を受けていたが,平成5年1月当時,上記不動産の価値は数千万円程度(時価評価額は7500万円から8200万円程度,担保価格は5250万円から5740万円程度)であったのに対し,東洋企業に対する融資残高は3億9646万4000円(定期預金担保1億円分を控除しても,純債務額は2億9646万4000円)に達しており,いわゆる担保割れの状態であった。

京都商銀の東洋企業に対する融資については,平成5年1月4日時点で,このように既に担保割れの状態であったから,東洋企業に新たな融資をするについては,確実な担保を徴求するべきであったのに,被告は,無担保での融資を認可した。

e 返済原資たる工事代金の裏付け資料等の確認の懈怠

稟議説明書によれば,本件融資の返済原資は,京都市水道局から支払われる工事代金が予定されていたのであるから,融資の可否の判断に際しては,その入金時期や入金の確実性が極めて重要な材料となっているはずである。したがって,被告は,本件融資を認可するに先立ち,上記工事代金の入金の時期,確実性について客観的な裏付けとなる根拠資料を確認する義務を負っていた。しかし,被告は前記工事の裏付け資料等を確認することを怠って,本件融資を認可した。

(被告の主張)

ア 原告の主張ア(本件融資)について

(ア) 同(ア)は不知。

(イ)a 同(イ)aのうち,Dから被告に対して自分が保証するからAに融資をしてほしい旨の電話があったことは認め,その余は不知。

b 同(イ)bは否認する。

被告は,d支店の支店長であったGに対して,融資依頼を取り次いで,融資内容や返済条件,返済能力を調査の上,融資稟議書を提出するよう指示したのみであって,Dの保証書を取る前に融資を認可することはありえない。

(ウ) 同(ウ)は不知ないし争う。

稟議関係書類には,その真否は別として,融資条件や資金使途,返済方法,返済財源等の記載がなされているところ,これらの記載内容は理事長の指示があっただけですぐに記載できるものではない。原告が,Aは,平成4年12月末にd支店に,東洋企業名義で実質日本工業のための運転資金の融資を打診したと主張していることからもわかるように,d支店は,平成5年1月4日以前から,本件融資の内容を理解していたことが認められるのであり,あらかじめd支店が融資稟議書等を作成し,Dが保証人となることを条件に融資決裁を仰いだというべきである。

(エ) 同(エ)のうち,被告が本件融資を決裁したこと,仮に決裁していたとしても本件融資の認可決裁に特段の条件を付さなかったことは否認し,その余は不知ないし争う。

本件融資は,保証書を徴求することを条件として認可が下りたにもかかわらず,Gらが認可条件に反し,保証書を徴求する前融資を実行してしまったものである。

(オ) 同(オ),(カ)は不知ないし争う。

イ 原告の主張イ(被告の善管注意義務違反)について

(ア) 同(ア)(被告の注意義務)は認める。

ただし,理事長に自ら融資先の営業状態や資産等の直接精査義務があり,かつ,十分な担保がなければ融資できないとの主張であれば争う。

(イ) 同(イ)(被告の注意義務違反)について

全て争う。

a 同a(保証書の徴求懈怠)について

被告が保証書なしに本件融資を指示することはあり得ない。

b 同b(債務者の返済能力が認められないこと),同c(実質的に日本工業に対する迂回融資)及び同e(返済原資の裏付け資料なし)について

これら,融資先の問題点,融資資金使途及び融資稟議書記載内容の裏付けの確認及び調査をする義務があるのは,本件融資を実行する担当支店であるd支店であって,理事長である被告ではない。

c 同d(無担保融資)について

担保不動産の評価額が,根抵当権設定後,下落している事案はいくらでもあることであって,本件融資の担保とされていた物件は,本件融資時点においても6億円程度の評価がそもそも可能である。また,仮に当時その程度の評価ができなかったとしても,直接の融資担当者が6億円と評価したものを前提として理事長が融資決裁することについては,融資担当者の責任は生じえても,理事長の責任が生じるものではない。

(2)  損害及び因果関係

(原告の主張)

本件融資の現在元本残高は2億2000万円であり,同金額と未収利息が回収不能となった。被告の前記注意義務違反と相当因果関係にある京都商銀の損害はこれらの合計金額である。

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(被告の善管注意義務違反行為の有無)について

(1)  本件融資の経過

前記基礎となる事実,証拠(各項末尾に掲げる)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア Aは,平成4年12月末,京都商銀d支店のG支店長に対して,東洋企業名義で実質的には,日本工業の運転資金に宛てるための融資を打診したが,同支店長から,いったんは断られた(甲32)。

イ 被告は,平成5年1月4日,韓国済州島に滞在中のDから国際電話にて,Aが急にお金が要るようになったので,D自身が保証をするから面倒をみてやってほしい旨懇請された(乙1,被告本人)。

ウ 被告による,Dの保証書を徴求しない段階での融資実行の指示

(ア) 本件融資の融資稟議書(営業店保存用)の認可条件欄に,「理事長確認,支店長へ実行指示」の記載がなされていること(甲14の2),被告が決裁をした(被告が決裁したか否かについては当事者間に争いがあるが,後述のとおり認められる。)本件融資の融資稟議書の融資実行(予定)日及び稟議説明書の融資実行予定日欄には,融資実行日が平成5年1月5日であることが明記されていたこと(甲14の2,3,甲21の1,2),被告は,平成5年1月4日のDとの国際電話の際に,Dがいつ日本に帰るか確認しなかったこと(被告本人),保証書が徴求されていない場合は融資稟議書の保証人氏名欄に保証人名が記載されないところ(被告本人),本件融資稟議書の保証人氏名欄にはDの氏名が記載されていなかったこと(甲21の1),融資金は理事長が決裁をした認可印が押捺してある認可通知書がないと現実に出金できないこと(被告本人),京都商銀において2億2000万円もの多額の融資を行うには理事長である被告の関与なしに実行することはできないこと(証人F)などの事実が認められる。

(イ) こららの事実を総合して考えると,被告は,平成5年1月4日,d支店に対して,Dが韓国から帰国して保証書を作成することを待つことなく,東洋企業に対する本件融資を翌5日に実行するように指示したことを認めることができる。

(ウ) この点,被告は,d支店の支店長であったGに対して,融資依頼を取り次いで,融資内容や返済条件,返済能力を調査の上,融資稟議書を提出するよう指示したのみであって,Dから保証書を徴求する前に本件融資を実行すべく指示した事実はない旨主張し,被告本人はこれに沿う供述(乙1の陳述書も含む。)をするが,前記認定事実に照らし,信用できない。

エ d支店の本件融資の認可申請

(ア) d支店は,平成5年1月4日,上記ウの被告の指示に従い,返済財源の裏付け資料を徴求しないまま,東洋企業に対する2億2000万円の融資(本件融資)について,第2の3(1)(原告の主張)ア(ウ)aないしi記載のとおりの融資稟議書,稟議説明書及び融資申込書を作成し,本部に送付して,融資を認可する決裁を申請した(甲14の2ないし4,甲21の1,2,甲32)。

(イ) この点,被告は,前記アの事実をもって,d支店は事前に稟議書を作成しており,Dが保証人になる事を前提に融資決裁を仰いだと主張するが,d支店が被告から本件融資を指示される前に稟議書を作成していたと認めるに足りる証拠はなく,むしろ,前記アの事実をイウ(ア)(イ)の事実と併せて見れば,d支店としては,東洋企業に対する本件融資には消極的であったが,被告からの指示によりやむを得ず本件融資の認可申請をしたことが認められるのであって(甲32),前記アの事実をもってエ(ア)の事実を左右するものではない。

オ 被告による本件融資の決裁

(ア) 被告及びEは,同年1月5日,上記エ(ア)の稟議に基づいて,特段の条件を付すこともないまま,本件融資の実行を認可する旨の決裁をした(甲14の1,甲21の1)。

(イ) この点,被告は,認可通知書(甲14の1)に押捺されている被告名義の印影は,被告の印影とは異なり,被告は本件融資を決裁したことがない旨主張し,これに沿う,被告及びFの供述(乙1,乙2,証人F,被告本人)もある。

しかしながら,東洋企業に対する別件融資の際の本部保存用融資稟議書上の被告名義の印影(甲35の1ないし5)及び本件融資の期限延長の融資稟議書上の被告名義の決裁印の印影(甲15の1,甲36の1・2)と,本件融資の認可通知書(甲14の1)及び本部保存用融資稟議書(甲21の1)に押印された被告名義の印影とが同一であることは明らかに認めることができる。

また,証拠(証人F,被告本人)によれば,被告が使用していた融資決裁のための印鑑は,京都商銀の本部の理事長室で,被告自身が自らの机の上で管理保管していたもので,被告以外の者がこの印鑑を冒用することは通常考えにくく,従来もそのような例も無かったことも併せて考えると,被告が本件融資の認可通知書及び本部保存用融資稟議書に自らの決裁印を押印して決裁したことは明らかであって,反対趣旨の上記被告本人及びFの供述はいずれも信用できない(また,京都商銀においては多額の部類に属する本件融資についての,平成5年3月,平成7年3月及び平成9年2月の本件融資の各継続稟議において,被告本人自身,これら各稟議書に決裁印を押していることからして(甲15の1ないし3,甲36の1,2),本件融資を認可した記憶がないとの被告本人の供述も信用できない。)。

(ウ) なお,被告は仮に本件融資を決裁していたとしても,認可について特段の条件を付さなかったことを否認し,被告本人も同旨の供述をし,本件融資の融資稟議書(営業店保存)の認可条件欄には,「D氏,連帯保証を条件とする.」旨の記載がある(甲14の2)。

しかしながら,被告が決裁した本件融資の融資稟議書(本部保存)の認可条件欄は空欄であること(甲21の1),同稟議書(営業店保存)の認可条件欄の記載については,上記記載に続けて,「(本人電話にて意志確認済み) 5.1/4 理事長確認.支店長へ実行指示」との記載がなされていること,本件融資当時d支店支店長代理であったIが,原告代理人に対し,融資稟議書(営業店保存)の上記認可条件欄の記載は,イレギュラーな融資実行についてその経過を明らかにしておくようにとのGの指示を受けて,理事長であった被告の指示を受けて本件融資を実行した旨記載したものであると供述していること(甲33)からすると,上記被告本人の供述も信用できない。

(エ) そして,被告は,Gが,Dの保証を徴求するとの本件融資の認可条件を無視して本件融資を実行したと主張するが,かかる事実を認めるに足りる証拠はなく(証人Fは,d支店には手形不渡り回避の為に平成5年1月5日中に融資を実行する必要性があった旨供述するが,あくまでその可能性を推測で述べているに過ぎない。)Gが,被告の在任期間中である平成6年5月に常務理事に昇進していることからしても(甲32),Gが被告の指示に反して本件融資を実行したとみるのは不自然と言わざるを得ない。

カ 本件融資の実行と資金の流れ

上記オ(ア)の決裁に基づき,d支店は,平成5年1月5日,日本工業,A及びCを保証人として,東洋企業に2億2000万円を融資した(前記認定事実,甲14の2,甲21の1)。

そして,東洋企業は,同日,融資を受けた2億2000万円のうち,1億8200万円を日本工業に,1740万円をAに,730万円をBに,700万円をHにそれぞれ交付した(甲23から甲26)。

キ 本件融資時の担保の評価について

(ア) 基礎となる事実記載のとおり,京都商銀は,平成元年2月28日,別紙物件目録記載1ないし3の不動産について,極度額6億円の根抵当権の設定を受けていたところ,上記不動産の時価評価額は,平成13年当時約5500万円であったが,これに地価変動による修正を加えると,平成5年1月当時は7500万円から8200万円程度,同時点における担保価格は5250万円から5740万円程度であったと認められる(甲27ないし甲31。枝番号も含む)。

そして,同時点における,東洋企業に対する融資残高は3億9646万4000円(定期預金担保1億円分を控除しても,純債務額は2億9646万4000円)に達しており,いわゆる担保割れの状態であった。

(イ) なお,被告は,上記担保評価について,10年以上も前の時価と比べれば,現在は10分の1,20分の1といった価格に下落している事案がいくらでもあるにもかかわらず,このような評価はおよそ信用できないと主張するが,かかる主張を裏付ける証拠はなく,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。

ク d支店は,その後,何度かDに対して保証書を提出するよう依頼したが,Dはこれに応じなかったため,Dの保証書徴求は断念した(甲32)。

ケ 本件融資は,元本2億2000万円全額が全く返済されないまま残存している(甲18)。

(2)  被告の善管注意義務違反の内容と判断基準

ア 信用組合の理事は,善管注意義務を負うから(中小企業等協同組合法42条,商法254条3項,民法644条),同義務に違反し,信用組合に損害を与えた場合には,その損害を連帯して賠償しなければならない(中小企業等協同組合法38条の2第1項)。

イ しかしながら,他方,信用組合の理事長は,信用組合という中小規模の金融機関の維持運営を組合員により包括的に委託されている者であるから,その任務を遂行するため,専門的な知識と経験に基づく総合的な判断を求められているのであって,その判断を下すに当たっての理事長の裁量は性質上自ずから広い裁量が認められているものというべきである。

したがって,信用組合の理事がした融資決裁上の判断により,結果的に当該融資が回収不能となって組合に損害をもたらしたとしても,それだけで直ちに善管注意義務違反ということはできず,融資時点で回収不能となることが相当程度予見され又は予見され得べき状態であるにもかかわらず,十分な担保を取らずに融資を実行する等,その判断が信用組合の理事として著しく不合理なものであるか,もしくは不注意による事実誤認により,結果的に著しく不合理な判断を行った場合に限り,上記裁量を逸脱したものとして善管注意義務違反になるものというべきである。

ウ そして,かかる裁量の逸脱の有無を判断するに当たっては,融資の条件,内容,担保の有無,借主の財産,経営の状況等を考慮することはもちろん,信用組合の経営状況,経済的社会的状況等の諸事情も含めて総合的に判断することが必要である。

(3)  争点(1)についての検討

ア (1)認定の事実を前提に,(2)の判断基準に従って,本件融資の決裁をした被告の善管注意義務違反の有無を検討する。

(ア) 日本工業の傘下にあった東洋工業は,親会社たる日本工業が借入金の利払を延滞して和議開始の申立てを行っていた状況の中で,本件融資当時,経営状況が逼迫しており,従来の融資金に対する返済を延滞していたのであるから,京都商銀の東洋企業に対する新たな融資については,貸倒れになる可能性が極めて高い状況にあった(基礎となる事実(2)エ)。

(イ) そして,融資の返済財源については,融資決裁時にその裏付け資料を徴求して審査しなければならないにもかかわらず(被告本人),稟議説明書に返済財源として記載されていた「京都市水道局工事代金入金後」について本件融資稟議書に裏付け資料は添付されていなかった(甲14の3)。

また,被告は,d支店に対し本件融資の実行を指示した翌日に,d支店から上がってきた本件融資稟議の決裁を行っていることからしても,その返済財源についてd支店が十分吟味する時間がないことを,十分認識した上で本件融資を認可していたものと推認できる。

(ウ) 本件融資の資金使途としては,稟議説明書には,運転資金(支払手形決済資金その他の支払)とされていたが,実際には,Aグループに対する資金として使われており,被告自身,本件融資の前日のDからの,Aに貸してやって欲しい旨の国際電話の内容から,本件融資の使途が東洋企業の運転資金ではなく,Aグループに対する実質迂回融資であること,すなわち資金使途の虚偽性を認識していたものと推認できる。

(エ) 京都商銀の東洋企業に対する融資は,本件融資直前において,不動産担保がいわゆる担保割れの状況にあったにも関わらず,京都商銀においては多額の部類に属する本件融資において,新たに不動産担保を徴求することはなかった。

また,保証人となっていた日本工業は,本件融資の前年に和議開始の申立てをし,本件融資時に日本工業の代表取締役をしていたA及びCを含めて特段返済能力があるとは認められなかった(本件融資稟議書上,これら三者に本件融資の担保としての価値がある旨の記載は認められず,京都商銀がこれら三者をグループ一体として評価していたこと,本件訴訟においてはDの保証の有無が最大の問題点となっていることから等からして,本件融資当時これら三者の保証人としての返済能力に特段期待をしていたものと認めることはできない。)。

(オ) 以上のような状況の下においては,Dの保証を新たに徴求する必要性が相当高かったにもかかわらず,前記のごとく,被告は,Dから保証書を徴求したかを確認することもなく,特段の条件を付しないまま,d支店に本件融資の実行を指示し,決裁した。

イ 以上の事情を総合すると,本件融資は,貸倒れになる可能性が極めて高い状況にあったにもかかわらず,その返済原資について十分な検討をすることもないまま,京都商銀においては多額の部類に属する融資を,新たに担保・保証(特に本件融資稟議にあたり重要な要素であるDの保証)を徴求することなくあえて行われたものであって,信用組合の行う融資としては到底許容されるものではなく,被告の本件融資決裁における判断は,信用組合の理事長として著しく不合理であるといわざるを得ず,被告には,理事長の裁量権を逸脱した善管注意義務違反があるものと認められる。

2  争点(2)(損害及び因果関係)について

前記認定事実(1(1)ケ)のとおり,本件融資金元本2億2000万円が現在に至るまで返済されておらず,また,保証人である日本工業の和議開始の申立てなど既に指摘した事情も踏まえると,本件融資金元本2億2000万円及びその未収利息については回収可能性が認められず(被告においても,本件融資時の担保評価はともかく,現時点における本件融資金員が一部でも回収可能性がある旨の主張立証をしない。),これら全額が,前記被告の善管注意義務違反と相当因果関係にある損害と認められる。

第4結論

以上のとおり,原告の請求は理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,仮執行宣言について同法259条1項にそれぞれ従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 福井美枝 裁判官 国分進)

(別紙物件目録省略)

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