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京都地方裁判所 平成15年(ワ)1943号 判決 2004年10月01日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は、原告Aに対し、金1000万円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告Aに対し、金100万円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告Aに対し、金201万6000円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告は、原告Bに対し、金8万8250円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被告は、原告Bに対し、金100万円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被告は、原告Bに対し、金67万2000円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は、被告に普通預金債権を有する原告Aの預金通帳が盗まれ、これが利用されて1000万円が払戻しされたところ、被告の払戻手続きに過失があるとして、原告Aにおいて、当該預金1000万円の支払を求め(請求1)、また、被告の預金支払拒絶が不法行為であるとして、同原告及び同原告の夫である原告Bが、被った損害(請求4)、慰謝料(請求2、5)、弁護士費用(請求3、6)の請求を求めた事案である。これに対し被告は、払戻手続に過失はなく、債権の準占有者に対する弁済であると主張している。

2  前提事実(争いがないか証拠上明らかな事実)

(1)  当事者

ア 原告Aは、被告のP支店に対し、普通預金債権を有する者である。

イ 原告Bは、原告Aの夫であり、原告Aの普通預金を資金として住宅を購入しようとしていた。

ウ 被告は、預金または定期積金の受け入れ等を業とする信用金庫である(甲1)。

(2)  原告Aの被告に対する普通預金債権の発生

原告Aは、平成15年5月28日付けで、被告P支店の普通預金(口座番号×××-△△△△△△△)を開設し(甲2)、同年6月1日付けで、1万円を上記普通預金に預け入れた(甲3)。

その後、原告Bは、原告Aを代理して、平成15年6月12日、住宅購入資金1200万円を、預金機を用いて13回に分けて、上記普通預金口座に預け入れた(甲3)。

(3)  預金通帳の盗難

平成15年6月16日または平成15年6月17日ころ、上記預金通帳(以下「本件預金通帳」という。)が、原告Aの自宅から、何者かに盗まれた。

(4)  本件預金1000万円の払戻

平成15年6月17日の午後1時56分ころ、男性(以下単に「男性」という。)が、被告P支店に来店し、払戻請求書(甲5)に、「A」と記名し、「A」名義の印鑑を捺印し、金額欄に「¥10000000」と記載した上で、本件預金通帳と共にこれを被告P支店の受付を担当していた被告従業員のMに渡した(甲5)。

Mは、印鑑を照合し、届出印と同一であると判断し(甲5)、同日午後2時00分ころ、出金担当のNが男性に1000万円を払い戻した(以下「本件払戻」という。甲3)。

(5)  被告のP支店長は、平成15年6月27日頃、本件預金1000万円の払戻を請求する原告A(甲6)に対し、その請求に応じることはできない旨回答して拒絶した(甲7)。

3  当事者の主張

別紙主張整理メモ記載のとおり。

第3判断

1  事実認定

証拠(枝番を含む。)によれば、以下の事実が認められる。

(1)  被告の預金規定(乙1)第1章第6条は「払戻請求書、証書、通帳、諸届その他の書類に使用された印影(または署名・暗証)を、届出の印鑑(または署名鑑・暗証)と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取扱いましたうえは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があってもそのために生じた損害については、当金庫は責任を負いません」と定められており、この内容は、預金者にも告知されている。

(争いがない。弁論の全趣旨)。

(2)  平成15年6月17日午後1時56分頃、被告P支店の受付カウンター2番窓口のMに対し、黒っぽい服装をした男性が、「家族の者です。」と告げて、払戻請求書(甲5、乙19)を提出した。その払戻請求書は、別紙1(略)である。

(乙20、21、証人M)

(3)  Mは、印鑑照合システムを用いて、原告Aの口座開設時の印鑑届(乙5)の印影(赤色で表示される。)と上記払戻請求書(甲5、乙19)の印影(緑色で表示される。)を拡大して、横に並べて見比べ(平面照合)、多少の相違は朱肉の付き具合の違いとみて一致しているものと判断し、さらに、二つの印影を重ね合わせて照合し(乙6)、同様に一致しているものと判断し、印影が一致しない場合に表示される照合要注意の表示(乙8)もなされなかったので、同一の印鑑による印影と判断した。なお、印鑑照合システムの照合画面は、別紙2(略)である。

(乙21、証人M)

(4)  本件預金通帳には副印鑑の押印はない。

(弁論の全趣旨)

(5)  男性は、現金が用意できるまでの約5分間、そわそわする等の様子もなく、そして、窓口で被告担当者Nが現金を渡したが、この際、現金を入れるための封筒をもう一枚欲しいと言ったり、払戻後もすぐに立ち去らず一旦来客用の椅子に座る等、何ら挙動不審な点も見られなかった。

(乙20、証人M)

(6)  本件預金通帳の払戻前の残高は、1201万円で(甲3)、このうち約83%の1000万円が払い戻されたことになる。

(7)  普通預金においては、払戻手続きが、本人ではなく代理人によって行われることは日常頻繁である。また、他人名義の預金から、1000万円を超える払戻が行われることも、Mの担当に限ってみても、月に2、3件はある。

(弁論の全趣旨、証人M)

(8)  被告において、本件払戻当時は、払戻手続きが代理人によってなされた場合、それが普通預金であれば、特に代理人の身分等を確認してはいなかった。しかし、本件後の平成15年8月からは、<1>200万円以上の出金で、預金残高の50%を超える場合、<2>貸越が発生している場合、<3>1000万円以上の出金のいずれかであれば、払戻請求書の裏面に、本人及び代理人の住所、生年月日を記載してもらうことにし、代理人が記載した本人の住所や生年月日が相違しているか、代理人の行動に不審な点がある場合には、本人に電話で確認することに内部手続を改めた。

(甲24、証人M)

2  被告の行った本件払戻は有効か。

(1)  上記認定事実によると、Mは、印鑑照合システムを用いて、原告Aの口座開設時の印鑑届の印影と本件払戻請求書の印影を拡大して平面照合し、さらに、二つの印影を重ね合わせて照合し、印鑑照合システム自体の照合要注意の表示もなされなかったことも考慮して、同一の印鑑による印影と判断したもので、その印鑑照合には、特段落ち度はなかったものと認めるのが相当である。

原告らは、原告Aの印鑑は盗難に遭っておらず、印鑑届(乙5)と払戻請求書(甲5、乙19)の印影では、「S(Aの名字の1文字目)」の2ないし4画目、「T(Aの名字の2文字目)」の2画目に顕著な相違が見られる旨主張する。しかし、双方の印影の照合画面は、別紙2のとおりであって、かならずしも原告ら主張の相違点は認めがたく、また、原告ら主張の点を相違としても、印影は、朱肉の材質、付き具合、押捺時の力の入れ方、紙の材質、状態等によって微妙な相違が生じることは避けがたく、相違点を朱肉の付き具合の違いとみたMの判断に、落ち度があるとは認められない。

(2)  原告らは、平成15年1月1日施行の「金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律」(以下「本人確認法」という。)、同法施行令3条によれば、本人以外の者が200万円以上の預金の払戻を請求する際には、住所、氏名、生年月日を尋ねるなどの本人確認義務が、金融機関に課せられているが、本件払戻ではなされていないなどと主張する。

しかし、本人確認法施行令3条にいう「顧客」とは、同法3条1項に定めるとおり、当初の預貯金契約の締結、すなわち、本件でいえば、本件普通預金口座の開設を行った者である原告Aを意味するものである。そして、その段階で、本人確認の手続きを行っている(乙5、弁論の全趣旨)のであるから、払戻時には、本人確認手続は不要とされている(乙4・なお、代理人に対する確認手続も、同法では要求されていない。)。

そもそも、本人確認法は、その第1条にあるように、犯罪行為のための資金の提供等が金融機関を通じて行われることの防止を目的とするもので、本件のような場合には、適用がないというべきである。その他、原告らは、本人確認法に基づきるる主張をするが、いずれも本件では採用できない。

(3)  原告らは、<1>本件払戻を行ったのは、男性であり、<2>払戻金額は、預金残高の全額に近い金額であること、<3>これまで窓口でも、カードでも一度も払戻がされておらず、<4>本件預金は、住宅購入資金として、同年6月20日に、訴外工務店に支払われる予定の金銭であり、このことは被告P支店のOが熟知していたことなどの事情があるから、男性の受領権限に疑念を持つべきであった旨主張する。

確かに、口座開設時の印鑑届の印影と払戻請求書の印影が同一であったとしても、払戻に訪れた代理人の代理権限に疑いを抱くような特段の事情が認められる場合には、その事情を看過して、払戻に応じた場合に、その払戻手続には、過失があるものと解するのが相当である。

しかし、本件預金は、普通預金であって、払戻の多寡にかかわらず、被告には直ちに払い戻すべき義務があるものであり、代理人による払戻が日常頻繁になされることや、他人名義の預金から、1000万円を超える払戻が行われることも、Mの担当に限ってみて、月に2、3件あることは、前認定のとおりである。そして、本件では、口座開設支店における払戻の事例であり、男性に不審な言動が見られなかったことも前認定のとおりである。また、被告P支店のOは渉外担当で、窓口担当のMにおいては、本件預金の使途について認識がなかったのであるから(証人M)、男性の受領権限に疑念を持つべきであったということはできない。

このような事情を考慮すれば、男性の受領権限に疑念を持たなかったからといって、Mに過失があったということはできない。

(4)  前認定のとおり、代理人による預金払戻に対し、被告内部の手続改正がもう少し早めに行われておれば、本件払戻は行われなかった可能性があるものの、以上説示のとおり、原告らにとってははなはだ不幸な結果ではあるが、被告の行った本件払戻手続に過失はなかったと認められるので、本件払戻は、被告の預金規定6条及び債権の準占有者に対する弁済として、有効というべきである。

第4結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は失当である。

(裁判官 中村隆次)

主張整理メモ

請求の趣旨

1 被告は、原告Aに対し、金1000万円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告Aに対し、金100万円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告Aに対し、金201万6000円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告は、原告Bに対し、金8万8250円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 被告は、原告Bに対し、金100万円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6 被告は、原告Bに対し、金67万2000円及びこれに対する平成15年6月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

前提事実(争いがないか、証拠上明らかな事実)

1 当事者

(1) 原告Aは、被告のP支店に対し、普通預金債権を有する者である。

(2) 原告Bは、原告Aの夫であり、原告Aの普通預金を資金として住宅を購入しようとしていた。

(3) 被告は、預金または定期積金の受け入れ等を業とする信用金庫である(甲1)。

2 原告Aの被告に対する普通預金債権の発生

原告Aは、平成15年5月28日付けで、被告P支店の普通預金(口座番号×××-△△△△△△△)を開設し(甲2)、同年6月1日付けで、1万円を上記普通預金に預け入れた(甲3)。

その後、原告Bは、原告Aを代理して、平成15年6月12日、住宅購入資金1200万円を、預金機を用いて13回に分けて、上記普通預金口座に預け入れた(甲3)。

3 預金通帳の盗難

平成15年6月16日または平成15年6月17日ころ、上記預金通帳(以下「本件預金通帳」という。)が、原告Aの自宅から、何者かに盗まれた。

4 本件預金1000万円の払戻

平成15年6月17日の午後1時56分ころ、男性(以下単に「男性」という。)が、被告P支店に来店し、払戻請求書(甲5)に、「A」と記名し、「A」名義の印鑑を捺印し、金額欄に「¥10000000」と記載した上で、本件預金通帳と共にこれを被告P支店の受付を担当していた被告従業員のMに渡した(甲5)。

Mは、印鑑を照合し、届出印と同一であると判断し(甲5)、同日午後2時00分ころ、出金担当のNが男性に1000万円を払い戻した(以下「本件払戻」という。甲3)。

5 被告のP支店長は、平成15年6月27日頃、本件預金1000万円の払戻しを請求する原告A(甲6)に対し、その請求に応じることはできない旨回答して拒絶した(甲7)。

請求原因

請求原因に対する認否

1 原告Aは、平成15年6月12日現在で本件預金1000万円を有していた。

よって、本件預金1000万円の支払を求める。

1 認める。

争う。

2 また、被告のP支店長の払戻の拒絶は、不法行為を構成するから、被告は、後記の損害に対し、使用者責任を負うべきである。

2 被告のP支店長が、本件預金1000万円の払戻を拒絶したことは認めるが、その余は争う。

3 原告Bは、訴外株式会社豊喜工務店(以下「訴外工務店」という。)との間で、平成14年9月28日、a市b町の土地と、その土地上に訴外工務店が立てた建物を、併せて代金3520万1575円で購入する旨の売買契約を締結し、300万円を支払っていた(甲10)。そして、平成15年6月頃、原告Bは、訴外工務店との間で、同年6月20日に、被告P支店にて、残金3221万1575円及び各種手数料・追加費用のうち、1200万円を原告Aの普通預金から訴外工務店に支払い、残額を原告Bが被告から借り入れた上で訴外工務店に支払うという旨の合意をしていた。

しかし、被告のP支店長が平成15年6月25日に、本件預金1000万円の返還を拒絶した(甲7)ため、原告Bは期限内に訴外工務店に対し代金の支払を行うことができなかった。

その後、原告Bは何とか親族から金銭を工面し、また他の金融機関からの融資も受けた結果、上記売買代金を平成15年7月15日に、訴外工務店に対し全額支払うことができた。

しかし、原告Bは訴外工務店に対し、同日までの20日間の遅延損害金8万8250円の支払義務を負うに至り、損害を被った。

3 不知ないし否認。

4 原告らは、本件預金1000万円の支払拒絶という被告の不法行為によって、精神的苦痛を被った。これを金銭的に評価すれば、原告それぞれについて100万円が相当である。

4 争う。

5 原告らは、本件訴訟を原告ら代理人に委任し、弁護士費用として、原告Aは201万6000円(甲11)、原告Bは67万2000円(甲12)の支払を約した。

5 争う。

抗弁に対する認否反論

被告の抗弁

争う。

被告の行った本件払戻は、以下の経緯でなされたもので、被告は善意無過失で払戻に応じたもので、被告の預金規程6条及び債権の準占有者に対する弁済として、有効である。

1 預金規程の内容は認める。

1 被告の預金規定第1章第6条は「払戻請求書、証書、通帳、諸届その他の書類に使用された印影(または署名・暗証)を、届出の印鑑(または署名鑑・暗証)と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取扱いましたうえは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があってもそのために生じた損害については、当金庫は責任を負いません」とされている(乙1)。

2 原告Aの印鑑は、盗難に遭っていないのであるから、乙5の印影と甲5の印影が同じはずがない。

乙6をみても、左上の部分が一致していない。

印鑑照合システムを利用したからといって、注意義務を果たしたことにはならない。

2 被告担当者Mは、印鑑照合システムを用いて、印鑑届(乙5)の印影(赤)と払戻請求書(甲5)の印影(緑)を拡大して、横に並べ、又、重ね合わせて照合し(乙6)、照合要注意の表示(乙8)もなされなかったので、同一の印鑑による印影と判断した。したがって、被告の行った印鑑照合に過失はない。

3 女性名義の預金通帳を用いて男性が払戻を受けること自体、挙動不審である。金額や使途、原告Aとの関係を明かさないまま払戻を行った男性の行動は、挙動不審である。

3 しかも、本件預金通帳には副印鑑の押印はなく、通帳を見て印影が偽造されるおそれはなく、また、開店直後でもなく、預金残高全額に近い金額でもなく、更に、払い戻した男性は「家族の分」と言って払戻し請求し、記載された姓名の字は間違っておらず、現金が用意できるまでの間約5分間程度もそわそわする等の様子もなく、そして、窓口で被告担当者Nが現金を渡したが、この際、現金を入れるための封筒をもう一枚欲しいと言ったり、払戻後もすぐに立ち去らず一旦来客用の椅子に座る等、何ら挙動不審な点も見られなかった。

再抗弁(善意無過失の評価障害事実)

再抗弁に対する認否反論

1 乙6の印鑑照合の画面によれば、印鑑届(乙5)の印影と払戻請求書(甲5)の印影では、「S」の2画目、3画目、4画目、「T」の3画目にかなり顕著な相違点が見られる。印影が同一でないことは明らかである。

1 否認する。印影は同一である。

2 平成15年1月1日施行の「金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律」(以下「本人確認法」という。)、同法施行令3条によれば、本人以外の者が200万円以上の預金の払戻を請求する際には、住所、氏名、生年月日を尋ねるなどの本人確認義務が、金融機関に課せられているが、本件払戻ではなされていない。

同法は、無権限者による預金の払戻請求を防止することもを目的に含まれている。

本人確認法施行令3条1項但書、3条2項、本人確認法施行規則5条にいう「顧客」の意味につき、普通預金口座の開設を行った原告Aではなく、本件で実際に窓口にて取引をした男性をさす。

被告は、「当初に」本人確認を行う際に本人と異なるものが来たときには「本人」と「自然人」両方の「本人確認」が必要となるが、それ以降は本人確認法3条2項は適用されない、と主張している。しかし、かかる解釈は、明らかに施行令3条1項が「預金又は貯金の受け入れを内容とする契約の締結」(1号)に加え、現金等の「受払いをする取引であって、取引の金額が200万円を超えるもの」についても、本人確認を要求する取引に該当する(21号)、と定めていることと矛盾する。

金融庁のパンフレット(甲16)においても、代理人が取引を行う場合、代理人の本人確認が要求されている。

本人確認が済んでいる名義人本人の使者や代理人として、他人が預金の払戻をするような取引についても、同法施行令3条1項29号にいう「取引の相手方が取引の名義人又は代表者等になりすましている疑いがある場合」の取引に該当するものと解すべきである。

2 本人確認法は、金融機関がテロ資金の供与やマネーロンダリングに利用されることを防ぐことを目的としているものであり、本件のような無権限者による預金の払戻請求を防止することを目的としているものではない。

同法3条は、200万円を超える預金の払戻は、本人確認を要することになっているが、本人確認済みの顧客等との取引は除くとされている。

同法施行令3条1項但書き、3条2項及び施行規則5条にいう「顧客」の意味は、本人確認法3条1項に定めるとおり、「預貯金契約の締結等の取引」即ち当初の「預金の受け入れを内容とする契約の締結」(施行令3条1項1号)即ち普通預金口座の開設を行った顧客即ち「原告A」のことである。

本件では、預金開設当初に原告Aの本人確認を行っており、払戻時には不要である。そして、本件において、施行規則5条1号により、被告は、預金通帳の提示を受けて既に本人確認を行っていることを確認したのである。

本人確認が済んである名義人本人の使者や代理人として他人が本人の使者・代理人として預金の払い戻しをすることは日常的に一般に見られることであり、このようなものまで規制していないのである。

本人確認法3条2項は「金融機関は、顧客等の本人確認を行う場合において」の規程であり、本件では適用がない。

本件では、男性は、原告Aになりすまして本件払戻を行ったのではなく、同法施行令3条1項29号の適用はない。

3 仮に印影が同一であったとしても、以下のような事情があるから、男性の受領権限に疑念を持つべきであった。

<1> 本件払戻を行ったのは、男性である。

<2> 払戻金額は、預金残高の全額に近い金額である。

<3> これまで窓口でも、カードでも一度も払戻がされていない。

<4> 本件預金は、住宅購入資金として、同年6月20日に、訴外工務店に支払われる予定の金銭であった。このことは被告P支店のOが熟知していた。

3 男性に無権限を思わせる事情はなかった。

<1> 認める。

<2> 本件は、普通預金の払戻であるから、全額に近いものであっても、何ら不自然でない。

<3> 争わない。

<4> Oは、渉外担当の職員であり、預金払戻の担当ではない。

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